長崎本線非電化化キハ47の旅
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- เผยแพร่เมื่อ 10 ม.ค. 2023
- 妙ちくりんな車両が多いことで避けてきたJR九州ですが、
今回長崎新幹線部分開業に合わせた在来線切り離し策の一環として
長崎本線の肥前浜ー長崎間が非電化化されました。
それに伴い不足する車両を補うためキハ47が運用されることになりました。
色は違えど国鉄末期のローカル線の主力であったキハ47で再び長崎本線を旅することができるということで、
避けてきた九州旅行に出かけました。
#国鉄 #鉄道 #JAPAN Rail way
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ライブでも少し話しましたが12年ぶり(2012/10以来)に来て、長崎周辺の交通もかなり変わりましたね。ブログでも書きますが長崎本線でトンネル侵入時に警笛を鳴らしているのが印象的でした
駅前の変わり方がショックでした
いいなあ~小長井付近は昔特急待ち合わせなどで、長時間停車した時間が1番魅力でした
特急待ち合わせも今は昔ですね
改めて見返したらやはり長崎・諫早発の便は意外と人が多いですね。
そうですね。初めのうちはボックス二人くらいだったかな
ご無沙汰してます。偶然にも私も長崎に行きました。あの微妙な新幹線に乗りに。長崎駅の変わり様は私もびっくりしました。前の駅が良かったので 時間の関係で帰りも新幹線でしたがキハ47だったら在来線で戻ればと思いました。またばったり出会うと面白いかもしれません。
それは偶然ですね。
475以来になりますが、狙っている列車は同じものが多いと思いますので、どこかで偶然お会いすることもあるかと思います。
その際はよろしくお願い申し上げます。
やっぱり長与経由ですね~。いいですね。ディーゼルはみな海経由がいい!似合う!
景色は長与経由ですね。大村湾が見えて長崎の街まで繋がるのがいいですね
あぁ……残念。お会いすることは叶いませんでしたね😭しかし、お酒と弁当を携えて有明の海辺を行く姿を見ることができたのは嬉しいです😌
ありがとうございます。
いつも突然決めて、短時間で通過してしまうので。。
まだまだ行く機会はあると思うので、よろしくお願いします
実は僕、生まれてからすぐ県外に出てき、その後長崎に来たのは3年前なのですが、その時既に駅の改装がほぼ終わっていましたね……通路用に一線だけ旧ホームを残すのみでした。
その一年後、大村線では最後の国鉄型キハ66も2021年の6月で廃止になり、2022年には新幹線も部分的に開業となり、今に至ります。
何より一番残念なのは大村線のクロスシート率の大幅減少ですね……
一世代前のDC200形ならまだ転換クロスだったのですけれどもね😢
長崎も僕の知っていた駅では無くなり、あの駅に着いても「長崎に来た」という気がしませんね。
綺麗だけど味がない、特に「旅情」を全力で否定されているように感じます
長崎本線は肥前浜から先は架線撤去で衰退を感じますね。
私も年末年始に南九州のキハ40に乗りに行きましたが肥薩線、吉都線、日南線みな空いていてとても良かったです。
オレンジ鉄道と同じ流れなんでしょうね。
旅客列車のために電化を維持したくないということですか。
南九州はまだキハ40系列が多いですね
廃止3カ月前ぐらいのあかつきで姫路から長崎まで行きましたがその当時と比べたら長崎駅もずいぶん変わってしまいましたね…
そうですね。
その頃も駅本屋は新しくなっていたと思いますが、地上駅は趣がありましたね
お疲れ様でした。
親について行った最初の雲仙温泉、出島・弓張の時代でした。
非電化になり、時代が戻った?。
急行「出島」「弓張」ですか!
時刻表でしかみたことがない?博多あたりで見ていたかもしれないけど意識はしていなかった列車です。
みささ、みまさかのようなイメージですね。
時代が戻った感じ、まさにそれです。
長崎駅の変わりようには驚かれたでしょう…
あの港町の終着駅の風情は消え失せました、あの福知山駅の変わりようと重なります、ラッピング車に当たったのですね、
潮目が満潮に近かったのは残念ですが良い天気で良かったですね。YC1は初乗車ですね、
驚きました。驚きというか、悲しさというか、これがあの寝台特急「さくら」が到着していた同じ駅なのか?と思うと悔しいという気持ちですかね。
そしてまたこの長崎駅が当たり前のように長崎駅と呼ばれる事にも違和感あります
5:00 長崎地区のキハ47は車両の中間部でも窓が開くんですね。宮崎•鹿児島地区のキハ47は車端部しか窓が開かず焦りました、、、
実はうまく開かなかったので、車端部に移りました。
開いたのかもしれないのですが、僕が初めに座った席は開きませんでした
@@user-tabiichiro そうだったんですね。そうであれば、おそらく長崎のキハ47も窓が車端部以外開かないよう改造されている可能性が高そうですね。
折尾駅も昔の面影がないのが寂しいです。
そうですね。特に筑豊本線側のレンガや低いホームなど汽車感がたっぷりあった頃が懐かしいです
原田ゆき飯塚ゆきの列車、50系キハ65、58 67 40系など黒崎方面門司 門司港ゆきよく乗り継ぎました、かいもん 日南 にちりんからも。かしわ飯もよく買いました、高架の売店で
も。
JR西から47恵んでもらえばよかったのに…
JR九州の47状態悪すぎ
西日本のは新車同然ですね
1972年に長崎トンネルを擁する現在の「現川(うつつがわ)ルート」ができるまでの大村湾に沿う通称「長与ルート」は電化が容易にできないためにその対象から除外され、冒頭の長崎トンネルを新たに掘削して完成と同時に電化し、現川(うつつがわ)などの新駅が開業しました。その長崎トンネルを抜ければそこはもう長崎の市内、運がよければご存知「長崎電気軌道」の路面電車群を見渡せると好評を博しました。
今まであまり意識してませんでしたが、現川ルートは完全に短絡線ですね。
景色は面白く無くなるものの、在来線を活性化させるにはある程度この手法が必要かと思いました
@@user-tabiichiro
おはようございます。
さらにその約2年後、現川ルートと瓜二つの存在というか、踏切すら一つも持たない日本の在来線としては初の「ミニ新幹線」こと「湖西線」が開業、同時に「運賃計算の特例」が新たに導入されました。
あと現在の生瀬~道場間と嵯峨嵐山~馬堀間もその一つです。
大阪から長崎なんて夜出発朝着で夜行列車でちょうどいい距離なのに、朝出発で昼近くになってから現地で行動開始は不便ですね。しかし幼少の頃から親の帰省等で見慣れた長崎の風景がすっかり変わってしまい残念です。三角屋根の駅舎がなくなってもホームや側線が残っていた頃は昔ながらの終着駅の風情がありましたが。新幹線ができて、大村線等も変な顔の電車だか気動車になってしまい、もう長崎に列車で訪問することは無いだろうと思っていましたが、思わぬキハ47の登場(たぶん肥前大浦から肥前山口の定期運行は初めてと思います)で、首の皮一枚で繋がった感じです
そうなんですよ。
夜行で行く時間軸に身体が馴染んでいるので、飛行機の面倒なことといったらありません。
同じ値段で座席夜行があれば間違いなくそっちに乗りますし、寝台料金払っても「あかつき」がいいです。
末期は九州往復切符で25000円くらいで寝台列車往復できましたね。
もっと使っておけばよかったと思います。
YC1系って電車ともディーゼルともつかない名前です。意味は「やさしくて力持ち」だそうで。
そうなんですか?
ハイブリッドですよね。
新幹線開業と架線撤去を伴う事実上の並行在来線切り捨てで進歩しているのか衰退しているのか判らない長崎方面。
個人的に好きな肥前大浦〜多良が鉄路として維持されたのは良しとしますが、
床下から猛々しい咆哮を放つディーゼルよりもELやDLが牽引する静かで窓が開閉する客車だったなら…と思わずにはいられません。
今となっては客レが復活する可能性は完全に絶たれていますね。
それを思うと、遠くまで来てしまったものだと感じます。
定期列車にこだわっているのですがイベントすらほぼ無理な状況ですね
あっ、長崎駅が.... 2019年に行ったのが最後でしたが、駅ビル開発はされていたもののホームは昔ながらの終着駅らしい佇まいの地上駅でした。これも現代化なのでしょうね。
それに引き換え山陰本線(幡生~長門市~益田)は、古典的な駅舎が多く残っていて風情を感じます。収益的には存亡の危機らしいですが、そもそも収益で推し量るインフラになってしまった鉄道が、未来の日本社会を先取りしているのかも。
昔を知らない人は「綺麗な駅」というのですが、旅情が全くなくなったのが残念ですね。
東京から長崎まで夜行列車で到着する時の感動は、前の駅でないと感じられません。
昔を知らない人は「綺麗な駅」というのですが、旅情が全くなくなったのが残念ですね。
東京から長崎まで夜行列車で到着する時の感動は、前の駅でないと感じられません。