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コメントでご指摘頂きました22:25の×誓子→〇誓詞 25:20×風聞所→〇風聞書 26:53×川村甚三郎→〇沢村甚三郎となります。以上お詫びして訂正いたします
13:20 ×:個人的解釈を「咥」えながら〇:個人的解釈を「加」えながら
19:52×:極めて「気」密性も高く〇:極めて「機」密性も高く
すごく誠実なUP主👍改めて、慎んで動画を拝聴させていただきます。いつも楽しい動画アップありがとうございます🍀
家では無く出世した人達を取り上げてほしいかも明治代だと志士が居るけど、それ以前に藩の要職に取り上げられてた人達
誓詞は神仏への起請文だから、この場合『誓紙』でしょうね。
時節の挨拶が毎回素敵なんだよなぁ…
忍者のようなスパイじゃなくて、より近代的な情報機関といったほうが正しいかも。幕末になると、むしろ出世コースになります。
KGBエージェントから大統領へ出世した人みたいだな
まぁ諜報活動してると嫌でも権力者の弱みを見聞きする事になるからねぇまして優秀な人ならもってのほか
御庭番の資料は推測ですが、徳川本家が資料を秘蔵している気がします。時代が経たとはいえ表に出すことが未だに憚られる内容や、下手したら故人の尊厳を傷つけかねない内容も多々ある事でしょうから、今後も世に出される可能性は低いのではないでしょうか?それにしても、tera sen様の常に複数資料をあたって導き出そうとする過程には毎回頭が下がります。本当にありがとうございます。
妻の実家が長野県の譜代大名家臣でした。殿様が寺社奉行就任したのですが、天子様と仲の良い法親王が座主を務める有力寺院での生臭い案件を捌いた時の事です。側近の有力公家子弟達が富くじ詐欺・蓄妾・乱交・位官や僧官斡旋詐欺等の両手で足りない死人が出た案件を捌いた後に問題発生しました。最悪の場合は天子様の後継問題になる事件で殿様が過労死(ほぼ毒殺)してから、事件解決に関わった有能な家臣も何故か追い腹や病死が続き御家存亡の危機に落ちたそうです。死体は全て火葬の為に証拠無しでしたが、家臣の家が盗みに入られたり放火で全焼の事件が続けば明らかでしょう。事件資料は妻の実家の漆喰壁に塗り込めて無事でしたが、戦前に神祗官が乗り込んで全て没収されました
暴れん坊将軍で、上様が峰打ちなのに御庭番が斬りまくってたのが、不思議。
フィクションのドラマですから😅
上様には敵に慈悲をかける自由があるけど、家来は上様の命を守るためにやっているから、ちょっとでも「敵に慈悲」をかける行動は不忠に当たる、からと理解してました。
確かにアレせっかく上様が峰打ちにしてるのに明らかにザシュザシュ斬ってる音やと思ったらやっぱり斬ってたか
敵の偉いさんを上様が自分で斬れないのか、「成敗!」と指示して斬らせてたからね
吉宗さんは、「目安箱」を設置した→「民の声を聞いた」ことから、自ら城下へ赴いた、となってますが、まあ、将軍様がお供もなしに、城下へ行くことはありませんから。フィクションはフィクション、おとぎ話の域を越えず。
たいへん面白かったし勉強になりました。当時の薩摩藩では隠密を用心して国元では薩摩訛、江戸では標準語(武家言葉)を話していたらしい。遠国の隠密御用の話を聞いていると、松尾芭蕉が被ってきます。隠密が報告書をしたためる下りは、現代の会計検査員に似ています。全国の諜報組織として近江商人、伊勢大神楽、富山の薬売りなどてはないでしょうか?くノ一は歩き巫女、出雲阿国だったのかな?鼠小僧、雲霧仁左衛門も忍者?佐助と名乗る忍者は複数存在した、組織名だったのかな?
>佐助と名乗る忍者は複数存在した、組織名だったのかな?組織名というか役職名と見た方が良いのでは?「大輔」とか「左衛門」「右衛門」とか、元々何らかの役職名が人名化したものだし
@@nuruosan4398 様なるほど!その方がシックリきますね。
西郷隆盛が参勤交代で江戸に来ての仕事は藩主島津斉彬の御庭番で西郷隆盛は島津斉彬が藩主になった時に建泊書を出して斉彬から認められたが、西郷隆盛の身分が低かったから正式に藩主斉彬に合うのは手続きが必要なので御庭番にすれば斉彬に合う機会が多いので斉彬は西郷隆盛を育て挙げて西郷隆盛は斉彬から信頼を受けて斉彬の使者で他藩邸に行ったりして最終的には斉彬養女の天璋院篤姫の将軍家婚姻の実行工作役や一橋慶喜の将軍継承工作まで行って有名になり、安政の大獄では容疑者リストに載る程の大物になった。
大河(「飛ぶがごとく」・古い!)でも、江戸・自他の藩邸の風聞報告、国元の下級藩士の世論工作、みたいなこともしてました。今から見れば個人秘書的な存在ですが、上下関係に縛られた一般の武士からしたら、十分得体のしれない「忍者的な存在」だったと思えますね。
戦国時代の忍者の実像について、各大名家に仕官していた忍者たちが、自分たちの大名家の様子を国元に送り、それをデータベース化して、情報収集の依頼のあった大名家に送っただけという説を読んだことがあります。戦国時代でさえ、忍者は危険を犯した潜入はしなかったのかも。
まあ、東照大神君ゆかりの集団ともなればね……。幕府といえどもポイ捨てとはならんわな
地味な任務だからこそ、御庭番のリアルな実態が垣間見えてとても面白いです!
間宮林蔵は薩摩に潜入出来た説があるんだよな。乞食のような格好をして潜入したから軍資金を隠すのが大変だったとかいうエピソードがあった気がする。
襖職人に化けて潜入し、城内にも出入りできる腕利き職人として3年近くも過ごしたというエピソードがありますね。
お庭番のお話ワクワクしました!テレビの見過ぎな思考ですが、虚無僧を装って張込みしたり屋台や宿屋でさりげなく聞き込みをしたのかなど、分からないこと多いからこそ妄想が広がり楽しかったです。情報が残って無いのは、かなりの秘密情報を探っていたからではないでしょうか。だからこそ旗本に出世できたりお庭番の家系が増えたんだと思います。
勉強になります。楽しいです。
今回も面白かったです!次回も楽しみに待ってます!
26:53 川村じゃなくて沢村だね 今回も面白かったです
ご指摘の通り沢村甚三郎の間違いでした。今後もよろしくお願いします
御庭番が隠密として調査にあたる際、公式には「病欠」という扱いになっていたらしい。
今の、捜査機関関係のドラマに出てきそうな、ありそでありそな話👍
@@まっちゃ-z7m 警察ではないけど、特命係長が近いかなぁ?
旧日本軍の中野学校でも潜入する時はドロップアウトした事にしてましたね。小野田さんとか。
江戸時代の忍者は城門の門番や城内外の巡回、つまり警備員だったそうな。
「伊賀」はいが。「甲賀」は実は、こうか。濁らないw こういう忍者ものの本の影響でこうが読みされるようになったとか(旧地元民より)。
俺の忍者のイメージは自衛隊の特殊作戦群かな・・・筋肉マッチョと言うより,海外に出ても語学堪能で文化に精通し現地に溶け込み,相手を魅了し味方に付ける・・・特殊部隊員はもちろん軍人にさえ見えない・・・もちろん戦わせても強い
それは、実力部隊でだから忍者全部の機能ではないと思います。そもそも特殊作戦群は、諜報機関ではないですし草のように長期諜報や情報組織もあるから言うならそして言うなら、日本の公安調査庁と自衛隊の特殊部隊と合わさったものかなと思いますし。
この動画を見て思い出したですが。大学でお世話になった先生が、この手の隠密稼業を生業にした武士の子孫でした。その先生曰く、先祖は尾張藩藩士だそうで。日頃は、城内の女中への華茶道・礼儀作法の指導や同藩藩士への教育活動を担当。裏で、城内に入る女中の素行調査や藩士に変な動きがないか監視するのが主な任務だったそうです。持ち回りで、お殿様に随伴したらしく。有事の際は、お殿様を護衛して戦場や危険な箇所から脱出させる任務も負っていたそうです。
12:13~12:33 彼らは通称「隠し目付」と呼ばれたそう。昔の時代劇で「隠し目付参上」「江戸特捜指令」において隠し目付の活躍を描いていたワケだけど、まさか実在していたとはねww。また余談ですが「大江戸捜査網」で活躍した「隠密同心」これも実在していて時代劇みたいに人を切り捨てるようなことは出来ず、探索オンリーであった。この様にこういう人達の仕事内容は到底文書にハッキリとしたものが記録されていなくて時代劇には持って来いなんだねww。
大江戸捜査網、「死して屍、拾う者なし」のナレーションを聞くと、子どもながら「ししてシシカバ、シシカバブー」って勝手に思っていました。「死して屍、拾う者なし」のナレーションは、通常は二度流れるのですが、大物ゲストの回は、三度流れていました。
随分深く考察されていて信頼できる。多くのさいとがかいつまんで張り合わせの物で、さも自前のごとくアップが多い。皆さんの良識からしかと認識してください。
大阪(大坂)と京都(京)での調査で地元協力者の手を借りたのと同様、薩摩藩調査でも近隣諸藩や薩摩藩内の協力者から直接的、間接的に情報を得ただろう。調査担当者が直接現地に潜入しての見聞は確かに価値が高いだろうが、得られる情報の確かさという点では、当地の事情に精通した協力者経由のほうが分があるかも知れない。
私もそう思いますね。複数の情報源から得た情報の裏付けをとったり偽情報を見分ける能力が必要でしょうね。だからこそ無理に薩摩に潜入しなくても良いと命令される訳で。。。
母方の大叔父が本願寺大谷派と幕府御庭番が薩摩藩潜入で潰し合いする目も当てられない幕末小説を応募したら海音寺潮五郎先生から手紙がきて面識を得て付き合いする流れがありました。薩摩藩は宗徒上下身分無しの一向宗を禁教して取締りで弾圧が凄まじく一向宗の学僧が密入国を繰り返しました。実際に台風上陸と桜島の火山噴火で大騒ぎの時に法要していたら人斬り桐野みたいな手柄を上げたい郷士・下士に襲撃され大騒ぎになった❨長崎奉行所へ密告❩事があります。200人以上が滅殺されたと 海音寺潮五郎の先祖は本願寺大谷派の寺でとても表沙汰に出来ない薩摩藩の色んな話が封印されてるそうです 明治になって長州とタッグを組んでいたので禁教解除になりましたがかなり薩摩側からかなり申し入れがあったそうです。
背景が何時もの信濃川?じゃないのですね。
>お馴染みの顔どこかで葵三代でも見てたのかなw
おかしいな、昔、田森倶楽部に忍者の子孫という丸っこいおばちゃんが出てきて「江戸時代までは人殺しばかりしていた」って言ってたのに・・・。
江戸時代までは傭兵などとして戦に参加していたので、おばちゃんの話は合ってるでしょう。雇われた甲賀者が織田信長暗殺をしようとして失敗する話も信長公記に書かれています。紀伊には伊賀・甲賀の他にも雑賀と根来という集団がいて織田信長や羽柴秀吉にゲリラ戦などで対抗していますし、家康がまだ松平元康だった時期に甲賀の多羅尾光俊が派遣した甲賀者が城攻めに加わっています。この多羅尾光俊は後の伊賀甲賀越えでも家康に協力して屋敷に招いており、甲賀と徳川との良好な関係が伺えます。
「御庭番 」ってはじめて聞いた時に「強い庭師さんがいるんだなぁ! 」って思ったのは俺だけじゃないはず😂
でも実際歴史上だと全然警護とは関係なさそうな役職名だけど、いざと言う時権力者の近い場所で活動してるからってので実は選りすぐりの精鋭って例は割とあるからそのイメージもあながち間違いではないかと
なんか特命係長みたいだな
只野ひとし
@@まっちゃ-z7m 最近はソレばっかりだね。昔は特命〇長って言えばエロ小説の定番シリーズだったのに
高橋克典を初めて知ったドラマだったわ
@@コーッケッコ さま最近では、朝ドラヒロインの父役を演じていましたね👍
薩摩は独特の方言で余所者が来たら直ぐに解る仕組みだったからね、入るのも命がけだ
松尾芭蕉は各地で切りまくったのでしょうか。俳句の人ではなかったでしょうか。
「御石神落とし」という漫画でも倉地政之助という明和年間の御休息御庭者支配、つまり御庭番の御頭が登場している。彼は明和三美人の一人・笠守お仙と結婚し金奉行まで出世したとか。
もしかして間宮林蔵って教科書に載ってる唯一の忍者?
伊能忠敬も追加してください
才蔵 こずえ? 左源太 あかね?でしたっけ?
四乃森蒼紫「御庭番と聞いて」
御庭番の説明が特命係長そのもので笑った
私も思った(笑)
今回はお庭番になっている
今回は元和偃武って言ったな。以前の動画で天和偃武という新語が出てきて、しかも実際にそういう歴史的現象があったかのごとく解説してたから、ちょっと信じそうになったわ。
生きては帰れない薩摩飛脚
隠密活動って記録残すんだ・・・ 残さないと思ってました
そりゃまぁ記録に残さないと報告出来ないしね現代でもどこの国でもそういう活動はちゃんと全部記録に残ってるはずだよ、公開はしないだろうけどね
甲賀市をこうかと読んでいるのが好印象。
この幕府時代の隠密衆は明治以降に生かされたのだろうか…
お庭番、ずっと「鬼わ番」と、「怖いやつ」と思い込んでいました。平和な江戸時代では、今の時代で言う「SP」みたいなものだったのでしょうか。今日も有益な情報ありがとうございます😉👍️🎶🍀🎉
ニイタカヤマノボレという暗号などは、アメリカのブラックチェンジャーに読まれていたので、日本軍の暗号は暗号ではなかった‼️鹿児島弁で無線を使えばアメリカ軍も分からなかっただろう、という笑い話がありますけど‼️
現在の 公安とか特命係長の イメージに近いのか
まぁCIAに内政監督権限持たせた様な物でしょうね
挨拶、葵三代見られたんですか?w
カムイ外伝のカムイの設定は伊賀流忍者の抜け忍者という設定です。
霊夢さん、魔理沙さん、お疲れさまです。ごめんなさい、「誓子」「風分所」ではなくて、「誓紙」「風分書」では?。
いつもご視聴ありがとうございます。ご指摘の通りでした。訂正してお詫びいたします
赤影もですが1963年生まれの私には「忍者ハットリくん∔忍者怪獣ジッポウ」「忍者部隊月光」「風のフジ丸」「サスケ」!行ったきりで還らぬことを薩摩飛脚というとか。御庭番は、殿様とじかに話ができるとのことで、薩摩でもあった役職(こちらは隠密ではなかったはず)。昔読んだ海音寺潮五郎の筆になる斉彬襲封は、幕府隠密まで活用した権力闘争、しかも斉彬の統治は短期でしたから、世間のイメージと違い家中の暗闘は、西南戦争終了まで続いたのでしょう。
御庭番って御庭番スタイルダブル粉チーズ平均勤務6年/誤報10時の御庭番?
俺の知ってる御庭番は、般若のお面被っていて、デブで油飲んで口から火を吐くんだけど( ̄▽ ̄;)
薩摩藩の北の方の田舎の農民の出身ですが、親に聞くには、江戸時代の薩摩藩では畑に刀を持って行っていて、昭和中期でも村毎に使う言葉の違いがあり(鹿児島内でも、会話が通じなかったりもしました。私が昭和後期に天文館で話していたおじいちゃんとも、話しが通じず、店の中の人に、聞いた時、店の中の人も隣町と、自分の町の言葉に変換して数人の数珠繋ぎで通訳してもらって通じた事もありました)、言葉だけでも村人がどうかも分かった様ですね。例えば、全く違う言葉を使う者を切って藩庁に申し出て、調べて他藩の者だと判明すると、藩庁から褒美が貰えたと聞きますけどねぇ〜。聞くには、薩摩藩は、言葉さえわざと村毎に通じなくして、言葉でどこの者かわかる様にしていたと聞きますけどねぇ…。まぁ〜、薩摩藩は入るのさえ大変だったみたいな話しも聞きますねぇ〜。
るろうに剣心の御庭番衆を思い出す。
隠密同心みたいなヤツか?死してしかばねひろうものなし!
隠密『九州と東北の方言は…キツいでござるヨ(;´Д`)』
激務であることは当然だが、錦衣衛、東廠、西廠と比べると可愛く思える。(壟断、弾圧的な意味で)
くのいちについてくわしくくわしく!
ありがとうございます!
そもそも密偵としたら最大の役目は殿に害が及ぶ前に目を摘む事だから殿を守らねばならぬ状況=害が及んだ時点でお役目失敗なのよね
隠密奉行朝比奈の解説を忘れてますよ!
ダブルコダチィ…
???「イヤーッ!!!」
忍者とは世を忍ぶ者。太平の世でも闇に生き、そして闇に消えていったのか・・・・。
御庭番って、伊賀忍者の系譜の組織なんですね。薩摩に密入国した御庭番といえば、やはり間宮林蔵。
時代劇によく出てくるいわゆる『裏柳生』という隠密組織は創作ですかね❔因みに私『るろうに剣心』は知りませんw😅
まぁ柳生自体最終的には大名として取立てたてたれて藩として形にもなったから相応の工作者は居て当然かと
背景の扁額に「四乃森蒼紫」ではなく「柏崎念至」を選ぶあたり、思わずニヤニヤしてしまう👍
私の先祖は公儀隠密❤
戦国後の忍者の逸話も面白いですよね。日本橋や、風俗街の吉原に風魔忍者が関わってたり。幕末の大河ドラマでいつか沢村甚三郎がチョイ役登場しないかずっと待ってますw
御庭番て忍者というより特命係長やったんやな
松尾芭蕉も一説には忍者だったといわれていますね。
面白かった
やっぱ吉宗って中興の祖だわ。
武将と忍者は、違いますね服部→武家警察の隠密化ですね。間宮林蔵は、隠密ではないかも?
間宮林蔵は隠密活動して大坂奉行の矢部定謙と共に浜田藩の密貿易の竹島事件を暴き、また薩摩藩で英国捕鯨船が来て薩摩藩が英国捕鯨船と揉め事を起こし英国捕鯨船の船員を射殺した事を薩摩藩が幕府に報告したが幕府は薩摩藩が偽りの報告かの事実確認に間宮林蔵は薩摩藩に潜入して英国捕鯨船事件の情報収集をして薩摩藩から帰国して事件の真祖を報告して薩摩藩と間宮林蔵の報告が同じだった事を幕府は確認した。
隠密同心心得の条
隠密ですか、謎に包まれた存在ですが。
赤影参上
えーと、えーと、ワグネル?
12:14 小十人目付ではなく、小人目付ではないでしょうか。
仕事人Ⅴ旋風編でそんな話あったな
あれっ風磨と根來は?
フウマ 北条?
風魔は盗賊化して消滅したんじゃなかったっけか?
伝令・お使い番かな・・・。
実は伝令は物凄い重要役職時には書にしたためる事すら憚れる内容を口頭で伝える場合もあるからねぇ
最後の御庭番の潜入捜査が、対象国薩摩に入国することすらせずに、長崎の動向調査だけで終わったとは…しかも上役への付け届けを報告書に加えて提出したものだったとは…。土佐藩の横目(巡査に当たる役職)を拝命して坂本龍馬などの土佐脱藩浪士の動向を調査したとされる元地下浪人、後の明治時代初期になって大出世を遂げる岩崎彌太郎とは大違いですね。ともあれ服部半蔵や徳川吉宗入府の時代は別格としても、御庭番=忍者=潜入をお役目とする専門の捜査官とは思わないほうが良いですね。ありがとうございました。次回の動画にも期待しています。
柏崎って翁やん。
つらつらわらじ、という参勤交代の旅を描いたマンガで松平定信が熊田家に弱みを握る為に送り込むって話があった。主役は熊田家の家老と、倉知家の青年御庭番だった。最後に殿様にバレて召し出され『小十人格御庭番 倉知九太郎』って名乗ってた。戻った九太郎に父親が『よく見て参ったか?』『・・・はい』ってやり取りが好きだったなぁ🎵
手を合わせてください🙏頭を下げて、この祈りを唱えてください。 「創造主、主なる神よ、私が偶像ではなくあなたを崇拝していることを知ってください。創造主、主なる神、すべてに感謝します。アーメン」 🙏🙏🙏🙏🙏🙏🙏🙏
なかなかおもしろかった。勉強になった。現代の官僚機構とは違ってるが本質的には同じ役割を果たしてる。幕府が決して無能な組織ではなかったということだ。明治になって御用学者によって無能を誇張されたにすぎないとわかる。明治時代の役人の多くは幕府の役人が明治政府の役職を務めた者が多いことからもわかる。御庭番制度とはなかなかよくできた制度とわかる。
忍者は国を富ますのが苦手なんだよな。ぷちんみたいだな。
コメントでご指摘頂きました22:25の×誓子→〇誓詞 25:20×風聞所→〇風聞書 26:53×川村甚三郎→〇沢村甚三郎となります。以上お詫びして訂正いたします
13:20
×:個人的解釈を「咥」えながら
〇:個人的解釈を「加」えながら
19:52
×:極めて「気」密性も高く
〇:極めて「機」密性も高く
すごく誠実なUP主👍
改めて、慎んで動画を拝聴させていただきます。
いつも楽しい動画アップありがとうございます🍀
家では無く出世した人達を取り上げてほしいかも
明治代だと志士が居るけど、それ以前に藩の要職に取り上げられてた人達
誓詞は神仏への起請文だから、この場合『誓紙』でしょうね。
時節の挨拶が毎回素敵なんだよなぁ…
忍者のようなスパイじゃなくて、より近代的な情報機関といったほうが正しいかも。
幕末になると、むしろ出世コースになります。
KGBエージェントから大統領へ出世した人みたいだな
まぁ諜報活動してると嫌でも権力者の弱みを見聞きする事になるからねぇ
まして優秀な人ならもってのほか
御庭番の資料は推測ですが、徳川本家が資料を秘蔵している気がします。
時代が経たとはいえ表に出すことが未だに憚られる内容や、下手したら故人の尊厳を傷つけかねない内容も多々ある事でしょうから、今後も世に出される可能性は低いのではないでしょうか?
それにしても、tera sen様の常に複数資料をあたって導き出そうとする過程には毎回頭が下がります。本当にありがとうございます。
妻の実家が長野県の譜代大名家臣でした。殿様が寺社奉行就任したのですが、天子様と仲の良い法親王が座主を務める有力寺院での生臭い案件を捌いた時の事です。側近の有力公家子弟達が富くじ詐欺・蓄妾・乱交・位官や僧官斡旋詐欺等の両手で足りない死人が出た案件を捌いた後に問題発生しました。最悪の場合は天子様の後継問題になる事件で殿様が過労死(ほぼ毒殺)してから、事件解決に関わった有能な家臣も何故か追い腹や病死が続き御家存亡の危機に落ちたそうです。死体は全て火葬の為に証拠無しでしたが、家臣の家が盗みに入られたり放火で全焼の事件が続けば明らかでしょう。事件資料は妻の実家の漆喰壁に塗り込めて無事でしたが、戦前に神祗官が乗り込んで全て没収されました
暴れん坊将軍で、上様が峰打ちなのに御庭番が斬りまくってたのが、不思議。
フィクションのドラマですから😅
上様には敵に慈悲をかける自由があるけど、家来は上様の命を守るためにやっているから、ちょっとでも「敵に慈悲」をかける行動は不忠に当たる、からと理解してました。
確かにアレせっかく上様が峰打ちにしてるのに明らかにザシュザシュ斬ってる音やと思ったらやっぱり斬ってたか
敵の偉いさんを上様が自分で斬れないのか、「成敗!」と指示して斬らせてたからね
吉宗さんは、「目安箱」を設置した→「民の声を聞いた」ことから、自ら城下へ赴いた、となってますが、まあ、将軍様がお供もなしに、城下へ行くことはありませんから。フィクションはフィクション、おとぎ話の域を越えず。
たいへん面白かったし勉強になりました。
当時の薩摩藩では隠密を用心して国元では薩摩訛、江戸では標準語(武家言葉)を話していたらしい。
遠国の隠密御用の話を聞いていると、松尾芭蕉が被ってきます。
隠密が報告書をしたためる下りは、現代の会計検査員に似ています。
全国の諜報組織として近江商人、伊勢大神楽、富山の薬売りなどてはないでしょうか?
くノ一は歩き巫女、出雲阿国だったのかな?
鼠小僧、雲霧仁左衛門も忍者?
佐助と名乗る忍者は複数存在した、組織名だったのかな?
>佐助と名乗る忍者は複数存在した、組織名だったのかな?
組織名というか役職名と見た方が良いのでは?
「大輔」とか「左衛門」「右衛門」とか、元々何らかの役職名が人名化したものだし
@@nuruosan4398 様
なるほど!
その方がシックリきますね。
西郷隆盛が参勤交代で江戸に来ての仕事は藩主島津斉彬の御庭番で西郷隆盛は島津斉彬が藩主になった時に建泊書を出して斉彬から認められたが、西郷隆盛の身分が低かったから正式に藩主斉彬に合うのは手続きが必要なので御庭番にすれば斉彬に合う機会が多いので斉彬は西郷隆盛を育て挙げて西郷隆盛は斉彬から信頼を受けて斉彬の使者で他藩邸に行ったりして最終的には斉彬養女の天璋院篤姫の将軍家婚姻の実行工作役や一橋慶喜の将軍継承工作まで行って有名になり、安政の大獄では容疑者リストに載る程の大物になった。
大河(「飛ぶがごとく」・古い!)でも、江戸・自他の藩邸の風聞報告、国元の下級藩士の世論工作、みたいなこともしてました。今から見れば個人秘書的な存在ですが、上下関係に縛られた一般の武士からしたら、十分得体のしれない「忍者的な存在」だったと思えますね。
戦国時代の忍者の実像について、各大名家に仕官していた忍者たちが、自分たちの大名家の様子を国元に送り、それをデータベース化して、情報収集の依頼のあった大名家に送っただけという説を読んだことがあります。戦国時代でさえ、忍者は危険を犯した潜入はしなかったのかも。
まあ、東照大神君ゆかりの集団ともなればね……。
幕府といえどもポイ捨てとはならんわな
地味な任務だからこそ、御庭番のリアルな実態が垣間見えてとても面白いです!
間宮林蔵は薩摩に潜入出来た説があるんだよな。
乞食のような格好をして潜入したから軍資金を隠すのが大変だったとかいうエピソードがあった気がする。
襖職人に化けて潜入し、城内にも出入りできる腕利き職人として3年近くも過ごしたというエピソードがありますね。
お庭番のお話ワクワクしました!
テレビの見過ぎな思考ですが、虚無僧を装って張込みしたり屋台や宿屋でさりげなく聞き込みをしたのかなど、分からないこと多いからこそ妄想が広がり楽しかったです。
情報が残って無いのは、かなりの秘密情報を探っていたからではないでしょうか。だからこそ旗本に出世できたりお庭番の家系が増えたんだと思います。
勉強になります。楽しいです。
今回も面白かったです!
次回も楽しみに待ってます!
26:53 川村じゃなくて沢村だね
今回も面白かったです
ご指摘の通り沢村甚三郎の間違いでした。今後もよろしくお願いします
御庭番が隠密として調査にあたる際、公式には「病欠」という扱いになっていたらしい。
今の、捜査機関関係のドラマに出てきそうな、ありそでありそな話👍
@@まっちゃ-z7m
警察ではないけど、特命係長が近いかなぁ?
旧日本軍の中野学校でも潜入する時はドロップアウトした事にしてましたね。
小野田さんとか。
江戸時代の忍者は城門の門番や城内外の巡回、つまり警備員だったそうな。
「伊賀」はいが。「甲賀」は実は、こうか。濁らないw こういう忍者ものの本の影響でこうが読みされるようになったとか(旧地元民より)。
俺の忍者のイメージは自衛隊の特殊作戦群かな・・・
筋肉マッチョと言うより,海外に出ても語学堪能で文化に精通し現地に溶け込み,相手を魅了し味方に付ける・・・
特殊部隊員はもちろん軍人にさえ見えない・・・
もちろん戦わせても強い
それは、実力部隊でだから忍者全部の機能ではないと思います。
そもそも特殊作戦群は、諜報機関ではないですし
草のように長期諜報や情報組織もあるから
言うなら
そして言うなら、日本の公安調査庁と自衛隊の特殊部隊と合わさったものかなと思いますし。
この動画を見て思い出したですが。
大学でお世話になった先生が、この手の隠密稼業を生業にした武士の
子孫でした。
その先生曰く、先祖は尾張藩藩士だそうで。
日頃は、城内の女中への華茶道・礼儀作法の指導や同藩藩士への
教育活動を担当。
裏で、城内に入る女中の素行調査や藩士に変な動きがないか監視する
のが主な任務だったそうです。
持ち回りで、お殿様に随伴したらしく。
有事の際は、お殿様を護衛して戦場や危険な箇所から
脱出させる任務も負っていたそうです。
12:13~12:33 彼らは通称「隠し目付」と呼ばれたそう。昔の時代劇で「隠し目付参上」「江戸特捜指令」において隠し目付の活躍を描いていたワケだけど、まさか実在していたとはねww。
また余談ですが「大江戸捜査網」で活躍した「隠密同心」これも実在していて時代劇みたいに人を切り捨てるようなことは出来ず、探索オンリーであった。
この様にこういう人達の仕事内容は到底文書にハッキリとしたものが記録されていなくて時代劇には持って来いなんだねww。
大江戸捜査網、「死して屍、拾う者なし」のナレーションを聞くと、子どもながら「ししてシシカバ、シシカバブー」って勝手に思っていました。
「死して屍、拾う者なし」のナレーションは、通常は二度流れるのですが、大物ゲストの回は、三度流れていました。
随分深く考察されていて信頼できる。多くのさいとがかいつまんで張り合わせの物で、さも自前のごとくアップが多い。皆さんの良識からしかと認識してください。
大阪(大坂)と京都(京)での調査で地元協力者の手を借りたのと同様、薩摩藩調査でも近隣諸藩や薩摩藩内の協力者から直接的、間接的に情報を得ただろう。調査担当者が直接現地に潜入しての見聞は確かに価値が高いだろうが、得られる情報の確かさという点では、当地の事情に精通した協力者経由のほうが分があるかも知れない。
私もそう思いますね。
複数の情報源から得た情報の裏付けをとったり偽情報を見分ける能力が必要でしょうね。
だからこそ無理に薩摩に潜入しなくても良いと命令される訳で。。。
母方の大叔父が本願寺大谷派と幕府御庭番が薩摩藩潜入で潰し合いする目も当てられない幕末小説を応募したら海音寺潮五郎先生から手紙がきて面識を得て付き合いする流れがありました。薩摩藩は宗徒上下身分無しの一向宗を禁教して取締りで弾圧が凄まじく一向宗の学僧が密入国を繰り返しました。実際に台風上陸と桜島の火山噴火で大騒ぎの時に法要していたら人斬り桐野みたいな手柄を上げたい郷士・下士に襲撃され大騒ぎになった❨長崎奉行所へ密告❩事があります。200人以上が滅殺されたと 海音寺潮五郎の先祖は本願寺大谷派の寺でとても表沙汰に出来ない薩摩藩の色んな話が封印されてるそうです 明治になって長州とタッグを組んでいたので禁教解除になりましたがかなり薩摩側からかなり申し入れがあったそうです。
背景が何時もの信濃川?じゃないのですね。
>お馴染みの顔
どこかで葵三代でも見てたのかなw
おかしいな、昔、田森倶楽部に忍者の子孫という丸っこいおばちゃんが出てきて「江戸時代までは人殺しばかりしていた」って言ってたのに・・・。
江戸時代までは傭兵などとして戦に参加していたので、おばちゃんの話は合ってるでしょう。
雇われた甲賀者が織田信長暗殺をしようとして失敗する話も信長公記に書かれています。
紀伊には伊賀・甲賀の他にも雑賀と根来という集団がいて織田信長や羽柴秀吉にゲリラ戦などで対抗していますし、
家康がまだ松平元康だった時期に甲賀の多羅尾光俊が派遣した甲賀者が城攻めに加わっています。
この多羅尾光俊は後の伊賀甲賀越えでも家康に協力して屋敷に招いており、甲賀と徳川との良好な関係が伺えます。
「御庭番 」ってはじめて聞いた時に「強い庭師さんがいるんだなぁ! 」って思ったのは俺だけじゃないはず😂
でも実際歴史上だと全然警護とは関係なさそうな役職名だけど、いざと言う時権力者の近い場所で活動してるからってので実は選りすぐりの精鋭って例は割とあるからそのイメージもあながち間違いではないかと
なんか特命係長みたいだな
只野ひとし
@@まっちゃ-z7m 最近はソレばっかりだね。
昔は特命〇長って言えばエロ小説の定番シリーズだったのに
高橋克典を初めて知ったドラマだったわ
@@コーッケッコ さま
最近では、朝ドラヒロインの父役を演じていましたね👍
薩摩は独特の方言で余所者が来たら直ぐに解る仕組みだったからね、入るのも命がけだ
松尾芭蕉は各地で切りまくったのでしょうか。俳句の人ではなかったでしょうか。
「御石神落とし」という漫画でも倉地政之助という明和年間の御休息御庭者支配、つまり御庭番の御頭が登場している。彼は明和三美人の一人・笠守お仙と結婚し金奉行まで出世したとか。
もしかして間宮林蔵って教科書に載ってる唯一の忍者?
伊能忠敬も追加してください
才蔵 こずえ?
左源太 あかね?
でしたっけ?
四乃森蒼紫「御庭番と聞いて」
御庭番の説明が特命係長そのもので笑った
私も思った(笑)
今回はお庭番になっている
今回は元和偃武って言ったな。以前の動画で天和偃武という新語が出てきて、しかも実際にそういう歴史的現象があったかのごとく解説してたから、ちょっと信じそうになったわ。
生きては帰れない薩摩飛脚
隠密活動って記録残すんだ・・・ 残さないと思ってました
そりゃまぁ記録に残さないと報告出来ないしね
現代でもどこの国でもそういう活動はちゃんと全部記録に残ってるはずだよ、公開はしないだろうけどね
甲賀市をこうかと読んでいるのが好印象。
この幕府時代の隠密衆は明治以降に生かされたのだろうか…
お庭番、ずっと「鬼わ番」と、「怖いやつ」と思い込んでいました。
平和な江戸時代では、今の時代で言う「SP」みたいなものだったのでしょうか。
今日も有益な情報ありがとうございます😉👍️🎶🍀🎉
ニイタカヤマノボレ
という暗号などは、アメリカのブラックチェンジャーに読まれていたので、日本軍の暗号は暗号ではなかった‼️
鹿児島弁で無線を使えばアメリカ軍も分からなかっただろう、という笑い話がありますけど‼️
現在の 公安とか特命係長の イメージに近いのか
まぁCIAに内政監督権限持たせた様な物でしょうね
挨拶、葵三代見られたんですか?w
カムイ外伝のカムイの設定は伊賀流忍者の抜け忍者という設定です。
霊夢さん、魔理沙さん、お疲れさまです。ごめんなさい、「誓子」「風分所」ではなくて、「誓紙」「風分書」では?。
いつもご視聴ありがとうございます。ご指摘の通りでした。訂正してお詫びいたします
赤影もですが1963年生まれの私には
「忍者ハットリくん∔忍者怪獣ジッポウ」「忍者部隊月光」「風のフジ丸」「サスケ」!
行ったきりで還らぬことを薩摩飛脚というとか。御庭番は、殿様とじかに話ができるとのことで、薩摩でもあった役職(こちらは隠密ではなかったはず)。
昔読んだ海音寺潮五郎の筆になる斉彬襲封は、幕府隠密まで活用した権力闘争、しかも斉彬の統治は短期でしたから、世間のイメージと違い家中の暗闘は、西南戦争終了まで続いたのでしょう。
御庭番って御庭番スタイルダブル粉チーズ平均勤務6年/誤報10時の御庭番?
俺の知ってる御庭番は、般若のお面被っていて、デブで油飲んで口から火を吐くんだけど
( ̄▽ ̄;)
薩摩藩の北の方の田舎の農民の出身ですが、親に聞くには、江戸時代の薩摩藩では畑に刀を持って行っていて、昭和中期でも村毎に使う言葉の違いがあり(鹿児島内でも、会話が通じなかったりもしました。私が昭和後期に天文館で話していたおじいちゃんとも、話しが通じず、店の中の人に、聞いた時、店の中の人も隣町と、自分の町の言葉に変換して数人の数珠繋ぎで通訳してもらって通じた事もありました)、言葉だけでも村人がどうかも分かった様ですね。
例えば、全く違う言葉を使う者を切って藩庁に申し出て、調べて他藩の者だと判明すると、藩庁から褒美が貰えたと聞きますけどねぇ〜。
聞くには、薩摩藩は、言葉さえわざと村毎に通じなくして、言葉でどこの者かわかる様にしていたと聞きますけどねぇ…。
まぁ〜、薩摩藩は入るのさえ大変だったみたいな話しも聞きますねぇ〜。
るろうに剣心の
御庭番衆を思い出す。
隠密同心みたいなヤツか?
死してしかばねひろうものなし!
隠密『九州と東北の方言は…キツいでござるヨ(;´Д`)』
激務であることは当然だが、錦衣衛、東廠、西廠と比べると可愛く思える。(壟断、弾圧的な意味で)
くのいちについてくわしくくわしく!
ありがとうございます!
そもそも密偵としたら最大の役目は殿に害が及ぶ前に目を摘む事だから殿を守らねばならぬ状況=害が及んだ時点でお役目失敗なのよね
隠密奉行朝比奈の解説を忘れてますよ!
ダブルコダチィ…
???「イヤーッ!!!」
忍者とは世を忍ぶ者。
太平の世でも闇に生き、そして闇に消えていったのか・・・・。
御庭番って、伊賀忍者の系譜の組織なんですね。
薩摩に密入国した御庭番といえば、やはり間宮林蔵。
時代劇によく出てくるいわゆる『裏柳生』という隠密組織は創作ですかね❔
因みに私『るろうに剣心』は知りませんw😅
まぁ柳生自体最終的には大名として取立てたてたれて藩として形にもなったから相応の工作者は居て当然かと
背景の扁額に「四乃森蒼紫」ではなく「柏崎念至」を選ぶあたり、思わずニヤニヤしてしまう👍
私の先祖は公儀隠密❤
戦国後の忍者の逸話も面白いですよね。
日本橋や、風俗街の吉原に風魔忍者が関わってたり。
幕末の大河ドラマでいつか沢村甚三郎がチョイ役登場しないかずっと待ってますw
御庭番て忍者というより特命係長やったんやな
松尾芭蕉も一説には忍者だったといわれていますね。
面白かった
やっぱ吉宗って中興の祖だわ。
武将と忍者は、違いますね
服部→武家
警察の隠密化ですね。
間宮林蔵は、隠密ではないかも?
間宮林蔵は隠密活動して大坂奉行の矢部定謙と共に浜田藩の密貿易の竹島事件を暴き、また薩摩藩で英国捕鯨船が来て薩摩藩が英国捕鯨船と揉め事を起こし英国捕鯨船の船員を射殺した事を薩摩藩が幕府に報告したが幕府は薩摩藩が偽りの報告かの事実確認に間宮林蔵は薩摩藩に潜入して英国捕鯨船事件の情報収集をして薩摩藩から帰国して事件の真祖を報告して薩摩藩と間宮林蔵の報告が同じだった事を幕府は確認した。
隠密同心心得の条
隠密ですか、謎に包まれた存在ですが。
赤影参上
えーと、えーと、ワグネル?
12:14 小十人目付ではなく、小人目付ではないでしょうか。
仕事人Ⅴ旋風編でそんな話あったな
あれっ風磨と根來は?
フウマ 北条?
風魔は盗賊化して消滅したんじゃなかったっけか?
伝令・お使い番かな・・・。
実は伝令は物凄い重要役職
時には書にしたためる事すら憚れる内容を口頭で伝える場合もあるからねぇ
最後の御庭番の潜入捜査が、対象国薩摩に入国することすらせずに、長崎の動向調査だけで終わったとは…しかも上役への付け届けを報告書に加えて提出したものだったとは…。
土佐藩の横目(巡査に当たる役職)を拝命して坂本龍馬などの土佐脱藩浪士の動向を調査したとされる元地下浪人、後の明治時代初期になって大出世を遂げる岩崎彌太郎とは大違いですね。
ともあれ服部半蔵や徳川吉宗入府の時代は別格としても、御庭番=忍者=潜入をお役目とする専門の捜査官とは思わないほうが良いですね。
ありがとうございました。次回の動画にも期待しています。
柏崎って翁やん。
つらつらわらじ、という参勤交代の旅を描いたマンガで松平定信が熊田家に弱みを握る為に送り込むって話があった。
主役は熊田家の家老と、倉知家の青年御庭番だった。
最後に殿様にバレて召し出され
『小十人格御庭番 倉知九太郎』
って名乗ってた。
戻った九太郎に父親が
『よく見て参ったか?』
『・・・はい』
ってやり取りが好きだったなぁ🎵
手を合わせてください🙏頭を下げて、この祈りを唱えてください。 「創造主、主なる神よ、私が偶像ではなくあなたを崇拝していることを知ってください。創造主、主なる神、すべてに感謝します。アーメン」 🙏🙏🙏🙏🙏🙏🙏🙏
なかなかおもしろかった。勉強になった。現代の官僚機構とは違ってるが本質的には同じ役割を果たしてる。幕府が決して無能な組織ではなかったということだ。明治になって御用学者によって無能を誇張されたにすぎないとわかる。明治時代の役人の多くは幕府の役人が明治政府の役職を務めた者が多いことからもわかる。御庭番制度とはなかなかよくできた制度とわかる。
忍者は国を富ますのが苦手なんだよな。ぷちんみたいだな。