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最近心の哲学で「無から有は生じ得ぬ」→「心も同様」→「人間に心があるなら人間の諸要素にも心がある」→「万物に心がある」って論理で汎心論が盛り上がってるって聞いてはえ〜ってなった。
何度もこの動画を再生し学びを深めています。ありがとうございます。
応援ありがとうございます。引き続きがんばります。
(ネオ高等遊民さんこんにちは)。何スゴ哲学史シリーズを拝見するのはポエムニデス回が初めてでした。あまりの力量と熱意に感動しました。ほんとにお疲れさまです。哲学書を読んでる人間なんて誰もいないんじゃないか、読んでるのなんてひょっとして世界でおれだけなんじゃないのかとか思いながら過ごしてきたもので、こういう活躍の姿を見せて貰えるととても心強くなります。ゼノン篇も楽しみにしてますねとは言わないでおきますw
丁寧に教えてくださって、ありがとうございます。
大変勉強になりました。動画を見てパルメニデスの問いは決して過去のものではなく、恒久不変的なものだと思いました。
自信在る居るってことがSFの世界並みに、それ以上に不思議で、在ること事態がおかしい!といてもたってもいられない私にとって、熱いテーマです!熱いトピックを熱く語ってくださってありがとうございます。言葉にし難いテーマですが、素晴らしい言い回しも箇所箇所あってすごく熱かったです。お疲れ様、ありがとうございます。またカムバックして欲しいです。
パルミニデスかっこいいです❗️❗️説明がめちゃくちゃわかりやすいです❗️素直に聞いたら普通に理解できました。素晴らしい動画です❗️
とてもうれしいコメントをありがとうございます!
お疲れ様でした。言われたことは、何度も考え続けるかと思います。ありがとうございます。
安易に語ると怒られそうですが(誰に?w)人の直観に反した事象に対して数式と計算値への信頼を出発点に迫る量子物理学と結論は真逆なのに思考過程は近似しているように思え、感動しました。
感動しました!(感想がうまく言語化できません笑)「純粋なるロゴス」なるものに対する疑念が一瞬わいたものの、その疑念も結局のところ「ある」か「ない」かの問いになってしまう、そんな気がしました。あらゆることがこの「ある」「ない」に帰結してしまうような思考パターンはいったいどこからきたのか、という問いも可能ではないかと思いましたが、結局それもそのパターンの起源が「ある」か「ない」かという問いであるし、なんだかもう正直まったくわかりません。「ある」「ない」という概念が人類にとって果たして普遍的なものか、という問いも少し残りました。言語によって差異が出てくる可能性も否めないのではないかと思います。(「ある」「ない」という概念自体もっていない言語体系とかってあるんですかね…?詳しい方教えてください笑)ただそうだとしても、「ある」「ない」に対応する概念にある程度の共通項がある限り、この問いからは逃れられない気がしました。私のような者には全然わかりませんでしたが、ネオ高等遊民さんのパトスがすごく伝わってきました!!笑 かっこよかったです。
哲学初心者の感想ですが感覚を排除して考えることが真理への道といいながらその思考の道具が言葉という感覚の塊であることに矛盾と限界を感じました
面白かったです〜✨有難うございました〜!!!!
オブジェクト指向言語でいうところの、オブジェクトかそうでないかみたいですね。共通点があれば、そこを抽象化できるから、根源にはオブジェクトが在る。変数も関数もぜんぶオブジェクトとして在るなんて、プログラム言語的にはとてもモダンだなと。
編集力がレベルアップしてる!
お疲れ様でした〜。方丈記すらすら誦じてしまうところに驚きました。ここから感想です。確実なものなんてない、あるかもしれないしないかもしれないことばっかり。そんな中で、「ある」を選ぶことが大事、あると言うだけの責任を持たないといけないと解しました。ハイデガーが話に出てくるために、「ある」ことを認めて、そこから自分だけのロゴスを使って確信を得ていこうねっていうお話(26分あたり)がなんかフッサールぽく(かじったばかり)と感じました。また、仏教の考えも生きる分にはいいんですけど、哲学の範疇からは逃げちゃうことになる気がしてたので、これでひとつ答え合わせができたと思います。いやほんとギリシア哲学は面白いですね。これ観てパルメニデス、プラトン、ハイデガー、デカルトetcに挑む気力が湧いてきました!パルメニデスって、糸電話の糸みたいな生き様、まさに媒体者mediamだなと、思いました。ポエムもいいなとか思っちゃいました笑。ネオ民さんいつもありがとう。
断片8は、純粋知性=絶対主観=存在とまで言い切っているようにも読めました。龍樹もそうなんですが、パルメニデスは論理を扱っていたのではなくて、事実・真実を扱っていたのです。
コメントありがとうございます。まさに。
無事就職が決まり、生活が落ち着いた(世間は落ち着くどころの騒ぎでは無いですが)ので、久々の休みに一気見しております。西田幾多郎をまだまだネチネチと学んでおります。独学なので、西田哲学を教授してくださる方がいればもっと早くに咀嚼できるのにと思うこの頃でございます。私事ながらIQテストを行ったら170ありました…これは西田哲学をこれまで独学で学べたことに深く関わってると思っております。動画に関係ないことばかり羅列するとあれなので、パルメニテスについて少し。パルメニテスは確か哲学を学びだした時に知って、だいぶ目立つ思想だなぁと思った覚えがあります。
参考文献の下の一言が良いです :)
失礼しました、わかりました。 納富信留 ですね、ハイ。
漠然とビックバンを諸現象の始まりとして考えてきたけど、無の中の有による発生が必要という視点は確かに衝撃だわ。色んな前提が崩壊していく。
私はまじめにパルメニデスの言説を分析したことがあるのですが、どうしても龍樹(ナーガールジュナ)との共鳴を感じてしまいます。ゼノンについては、まだ詳しく知らないのですが、彼の言説もまた、龍樹と共鳴するようです。エレア派の言説を通して中論を読み、中論を通してエレア派の言説を解釈する。それで、「自然について」と「中論」の解釈が完成し、同時に哲学はある種の完成に達する、ということさえ考えてしまいます。龍樹はエレア派の系統に属する人であり、彼は部派仏教の中の進んだ学説や般若経をエレア派の立場から解釈したのかもしれません。
こちらのチャンネル、見つけたばかりです。アラフィフの主婦の生活に光が一寸射したような、良いエネルギー分けて頂きました。ありがとうございます。夫が東洋思想勉強していて日常生活の問題にもナーガールジュナとか引き合いに出してくるのでうっとおしくてたまりません。(私は全く哲学の素養ありません)人間の持つ感覚を切り離して、自分の純粋な思考のみ確かな足場として考え進めるという事なのでしょうか。パルメニデス是非読んでみたいですけど、私の頭脳じゃ、時間の無駄かも知れないです😳 他の動画もチェックしてみます。👍
ご視聴ありがとうございます。楽しんでいただけたようで良かったです。新しく出しましたエンペドクレスの動画を見ていただければ、パルメニデスに関する理解もより進むかなと思います。是非こちらも1時間40分もありますが見ていただければ大変嬉しいです。
ありがとうございます!是非見てみます!
盲目の男、「時よ止まれ、君はなんと美しい」失ったもの(無)を得る(有)ための名台詞。個人的解釈です。
Ontology ειναιと hayah-tology היה についても語って頂きたいです。
5時間半の動画から来ましたが何を言ってるかよく分かりませんでした😂
飛行機 → 地域旅行タイムマシン → 時間旅行パルメニデス → 次元旅行
パッと思い描いたのがLGBTQ。最近あちこちで議論が行われていて「多様性」なんて言葉をなぜ使うのか?疑問に思っていました。多様性もなにもあるものをわざわざ認める必要があるのか、あるものはあるのだから「ある」が前提でそこからの話しであって多様性を認めようなどと言っている間は我も多様これも多様と迷路に迷うだろう。LGBTQにしても老若男女人種も全てある、いるのです。パルメニデスおもしろいですね生涯1冊しか残してないのに根本だけを語ったところも非常に興味深い、Amazonを覗いてうーむ読みたいモノクラブにそっと保存しました♪ネオさん楽しい解説ありがとうございました
うーん😓素晴らしい動画だと思うだけに自分の理解力の無さに悲しくなります。聞いてる途中に・じゃあ感覚ってなんなの?・「在る」からどう進めばいいの?とか変なこと考えてしまった・・・受験勉強で苦手科目解いてるみたいでした。何度も見て出直します。
お疲れ様でした。とても刺激的な動画でした。純粋に論理的な思考による認識……というと合理主義者の語る神の存在証明とか魂の不死の証明を思い出し、「それって危険じゃないの?」と思ってしまいました。分からないはずのものまで分かると誤審してしまうのですから。カントの『純粋理性批判』の話ですが、理論理性だけが暴走すると必然的に誤りに至る。経験を無視した理性のみによる認識って危険じゃん、と。しかし!考えてみれば、カントの理性批判は「理性による理性の批判」であって、結局、純粋な理性が判断してるんですよね。理性による誤りすら、理性そのものが正してる。とすると、これも結局、理性によるもの。カントの哲学はパルメニデスを否定するどころか、むしろそのアップデート版、延長上にある続編とも言えるかのかな、と思いました。純粋理性の歩みの原点はパルメニデスなのでしょう。……いや、哲学史はさておき、思惑から離れて理性によって「あるもの」を「ある」と認識する。この衝撃をただ受け止めた方がいいのかな。ただ漠然と「ある」のと、「あるはある」を経ての「ある」では、世界の見え方そのものも、自分の存在そのものも変わってきますよね。ここでようやく、哲学が始まるのでしょう。
清水さんありがとうございます。はやくカントの解説を!!!笑
在るとないとは、生命と非生命のことですね。
まさかこんな高尚な人がくぅ〜疲を知っているとは‥
すみません、聞き取れなかったのですけど、井上忠を解説している人の名前と本の題名を教えて頂けませんか?
あるかないかの問いが私たちにとって死ぬか生きるかの問いであるということは、私たちは感覚として生きる=あるということを信じているから。だから私たちは、北斗の例で言えば、あると答えられなかったら死ぬことと同じだから今死ね!って言われてる。したがって私たちはあるということを探究し続けることになる。そうでなければならない。こういうこと?
そうです!!!!!
パルメニデス、分からないし、怖いですね。彼の言っていることを完全に理解できてしまったら、真っ当な社会生活を送れなくなるような、危険な香りがします。分からない方が幸せなのかも(笑)。
メガシンノスケさんですか?
パルメニデスの主張が天地開闢の衝撃であることを端的に表現しているのがk神の記述としてのヘーゲル論理学の端緒である有と無です。
これはもう本当に全ての根本ですね。しかしうーんいまひとつ分からん(笑)。現実の相対化、、、死を考えることにもつながりそうだけどこれって物凄い恐ろしいかも。自分や世界が急に根無し草になると言うか。ダメだもう寝よう(^^)/
聞いて思っただけのことで元から知ってた訳じゃないですが、ちょっと思ったのは、生成や変化が無いのではなくて、いやあるけど、ある!みたいに、それほど大した事ではないんじゃないかってゆう。。。あと、あるものからないものが、ないものからあるものが、“生まれ”ないって言っちゃってるし。その知識はあるんだなってゆう。全くないものについては考えることができないからといって、考えたものがあるものとは限らないなとも思った。あと、言葉が論理だと思っちゃってるとこもちょっと。むしろ現象が論理ではないか。ありかつないものの、あるに注目したときに見えてくる、あるとない、が、全く感覚を排したもの(論理的)だとするところに言葉の限界があるなと感じました。つまり、言葉の数だけ概念になってきたのであって、元から全ての概念があって言葉が生じたわけではないし、(それが)ある/is… と誰かが言っても結局自分や属する集団の感覚とは決して切り離せない、何かについて言っていることになる訳で。。つまり言葉自体が感覚の部分もあるのかなぁと。ある概念を表す言葉の定義が共有できないときや、しっかりしていなかったりすれば、あなたにとってはあるけど私にとってはない、といったことが起こるかも。
「鏡」という言葉がご本人から出てきたので,ようやくコメントできます.分析でも批判でも,ときには中傷でも,その鋭い矢印(刃)が自分自身に向いたときのことを考える人のなんと少ないことか.一生懸命勉強して,鋭く磨いた矢印が自分に向くことを考えない.それはただの武器.武器を作りたくて勉強したのかな.違うよね?
在ると無いの橋渡しは神になら出来る。神は出エジプトで自分自身のことを存在「在って在る者」と名のっている。
「ある」と「ない」ってそこまでアプリオリですかね、???それの意味は語が生まれるor学習されるに際した無数の経験とは切り離せないと思います。それに、ひとえに、私は世界から何の感覚も得られなかったとしたなら、「ある」と「ない」を物事の根本だとすら思わないと思います…何でしょうね、私自身がもともとの問題意識を共有できていないせいか、あまり意義を感じることができませんでした…
おっしゃる通りだと思います。だから「ある」「ない」は不思議なんですよね。
最近この動画を何度か見たのですが、私も同じことを思いました。何の感覚も無かったら、何一つ知ることも体験もできないので、そもそも「ある・ない」という概念自体生じないんじゃ?と。そこで「何かがある・ないは、人間の認識とは関係なく定まっている」と考えているのかなと最初思いました。ビッグバンは人間が認識しようとしまいとかつてあったはず。認識から独立して、論理的に命題の真偽を語りなさい、みたいなことを言っているのかと思ったけど、これは違うようですね。なぜなら「思惟することと、あることは一緒」と言っているからです。むしろ「認識無くして、あることはない」と言っているように思います。むずい。
パルメニデスの「ある。あらぬ」は、ヴィトゲンさんの言ってることと中味はにてませんか?パルメニデスは存在論、ヴィトゲンシュタインは言語論。きっと誰かが認識論で語っているんだろう。
ネオ高等遊民さん こんにちは。大変お疲れ様です! ☆今からループ再生開始致します☆
ゼノンまだー?
もう1回最初から見ろ!
@@neomin もう4週はしました。もう何週かしてきます。(ゼノン待ってます)
存在を難しくするということによって、存在(あるということ)を疑わなくても時間を過ごすことができるようにすることが哲学の使命であるということですよね?つまり、そういう使命を担っていることが哲学の存在理由であり、哲学そのものがある(存在する)ということを肯定する理由になっているということなんですよね?いつか冠👑を生薔薇で作って欲しい🌹
断片8は龍樹を超えているか、龍樹の最終奥義だと思いますね。私も驚きました。純粋知性を持つ意識=存在(あるもの)。「理性=神」というギリシャ思想のモチーフの一つの源流でしょう。仏教マニアの人たちのギリシャ思想批判には質の低いものが多いです。エレア派やプラトンを調べれば、それが自分たちが批判しているようなものでないことはすぐに分かるはずなのですが。
保存則こそ究極の理じゃないですか…エネルギー保存則、たましい保存則、ロゴス保存則とか…真空なんて無いんだよって…在ると成るを同時に持つのがたましい?
無限と有限との間にも同じことが言えそうなんだが。
帰納的な仮説を排除せよ、みたいな……?
「全くあるか、全くあらぬかのどちらかでなければならぬ」「あるはある、ないはない」上の「全くある」、「あるはある」の「ある」とは本当にあるということで人間の認識に関係なく絶対的に「ある」ということでしょ。まあそれについてはいいとして、後半の(全くあるのでないなら)「全くあらぬ」、「ないはない」のほうは問題ではないですか?パルメニデスさんにとって目の前のこの世界は「まやかし」ですよね。パルメニデスさんにとってこの「まやかし」はどういうものになるのでしょうか?この「まやかし」があることや「まやかし」を認識している人間があることは「全くあらぬ」と矛盾していませんか?なにせ「全く」ですからね。「まやかし」といえども「まやかし」というものがある以上「全くあらぬ」のではないのだから「全くあらぬ」は成立していないことになりませんか?パルメニデスさんにとっては、この大宇宙(このまやかし大宇宙)というものは「全くあらぬ」のうちに含まれるということになるでしょうか。もしそうなら、パルメニデスさんの哲学は「本当にあるものが本当にある」と言ったこと以外は人間にとっては意味がなく何の役にも立たない無駄口でしょう。ネオさんはこれについてどう思いますか?
コメントありがとうございます。非常に重要な問題ですね。あるとないについては何度でも論じるべきですし、何度論じても決して完全には理解できない話です。まずパルメニデスの言葉をかんたんに振り返りますね。おっしゃるとおり、この世界はまやかし(思いなし)で、双頭の怪物だとかなんとか言われています。つまり、決して交わらないはずのあるとないが混ざり合った怪物的な何かがこの世界です。そして、ものすごくもっともらしく「ある」ような姿をしているとも言われています。女神の視点からみればまやかし、虚偽であるわれわれの世界(大宇宙)は、われわれからみると非常に真実らしく見える、というようなことですね。ちょっと長くなってるのでいったん切ります。
ご質問は、まやかしの世界がある以上、まったくあらぬは存在しないのではないか、ということですねまず冗談めかして言えば、まったくあらぬは存在しないのではないかといえば、そりゃないんだから存在しないに決まっているよと言えてしまいますね笑それはさておき、パルメニデスの「ない」は、「ない」という言葉の意味を追求していると考えると少し腑に落ちてくるかもしれません。「ないは考えることもできない」というのがそれです。この世界は当然考えることができるので、まやかしだろうがなんだろうが「ない」とは異なるものです。一見意味のないトートロジーを言っているようですが、これが実在をとらえる真理であるという点が重要です。単に机は机であるみたいなトートロジーとは違って、ないはないというのは、私たちの存在に関する知識を深めてくれるように思えます。
@@neomin たくさんコメントしてくださってどうもありがとうございます。お手数掛けてくださって感動しました。このまやかしの世界はパルメニデスさんがいっている本当の「ない」ではないのであればやっぱりまやかしも「ある」ことになりませんか。パルメニデスさんによると「あるものこそがある」(本当にあるものこそが本当にある)のでしたが、まやかしも「ある」となると言っていることが矛盾していることになりませんか。現実世界と実在の世界を分けて考えればそんなに難しい話ではなく分かる気がします。しばらくゆっくり考えてみます。プラトンの対話篇のやり取りみたいで面白かったです。どうもありがとうございました。
私は「ないはない」こそ端的な真理として成立している(と考えざるを得ない)ので、この世界がいかに確かにあるように見えても、まやかしだと見なさざるを得ないという理解です。「ないはない」の単純明快で端的な正しさというのを重く見ています。「ないはない」が正しくないなんてことはどう考えてもありえない、、、という感じです。
@@neomin ありがとうございます。あの後考えていろいろ分かったので夜にまた書きます。例えば、「本当にあるものが本当にある」というときの「ある」(=本当の「ある」)と、「まやかし宇宙がある」とか「ある、かつ、ない」の「ある」(=まやかしの「ある」)は同じではないということも分かりました。それから、昨日どこで間違ったのかも分かりました。それと、カントについても聞いて頂きたいことがあります。(これは昨日よりも簡単な話です)それから、私からネオさんへの質問が毎日続いて毎日ネオさんの読書のお邪魔をすることはありませんのでご安心ください。明日からはしばらくおとなしくなりますので(笑)ではまたあとで。
「女神」という定義の曖昧な存在が出てくるせいで、この話の論点である「あるか、ないか」という問いが全く頭に入ってきませんでした。つまり、そもそも女神なんて「いない(ない)」だろうと。また、ある神を女神と呼ぶということは、一般的に「神」と呼ばれる存在は、狭義には「男神」ということになります。しかし、もし仮に神が全知全能かつ絶対唯一の存在であるならば、女神という存在によって相対化されること自体が矛盾していると考えます。したがって、私はパルメニデスなんてそもそもこの世に存在しなかったことにしたいと思います。
とっても聞きづらい!もったいない!ちゃんと聞きたいのに音響悪すぎて「喋っている言葉を再度脳内で構築して」聞かないと分からないのでそっちにリソースが消費されてとっても聞きづらい。マスクしてる上に専用マイクでとってるわけでもなく更には部屋の壁で反響までしててマジでもったいない。頭を使わない簡単な話ならそこらのユーチューバーでいいんだけど流石にこれは難しい。ほかの方の解説に行くしか・・・。3年前の動画に何言ってんだと思われるかもだけど改善可能ならお願いしたい。
追記、二年前の動画の「パルメニデスがわかると哲学史が一挙に見通せます」を見つけました。割と聞き取りやすく改善されていました。
最近心の哲学で「無から有は生じ得ぬ」→「心も同様」→「人間に心があるなら人間の諸要素にも心がある」→「万物に心がある」って論理で汎心論が盛り上がってるって聞いてはえ〜ってなった。
何度もこの動画を再生し学びを深めています。ありがとうございます。
応援ありがとうございます。引き続きがんばります。
(ネオ高等遊民さんこんにちは)。何スゴ哲学史シリーズを拝見するのはポエムニデス回が初めてでした。あまりの力量と熱意に感動しました。ほんとにお疲れさまです。哲学書を読んでる人間なんて誰もいないんじゃないか、読んでるのなんてひょっとして世界でおれだけなんじゃないのかとか思いながら過ごしてきたもので、こういう活躍の姿を見せて貰えるととても心強くなります。ゼノン篇も楽しみにしてますねとは言わないでおきますw
丁寧に教えてくださって、ありがとうございます。
大変勉強になりました。動画を見てパルメニデスの問いは決して過去のものではなく、恒久不変的なものだと思いました。
自信在る居るってことがSFの世界並みに、それ以上に不思議で、在ること事態がおかしい!といてもたってもいられない私にとって、熱いテーマです!熱いトピックを熱く語ってくださってありがとうございます。言葉にし難いテーマですが、素晴らしい言い回しも箇所箇所あってすごく熱かったです。お疲れ様、ありがとうございます。またカムバックして欲しいです。
パルミニデスかっこいいです❗️❗️説明がめちゃくちゃわかりやすいです❗️素直に聞いたら普通に理解できました。素晴らしい動画です❗️
とてもうれしいコメントをありがとうございます!
お疲れ様でした。
言われたことは、何度も考え続けるかと思います。
ありがとうございます。
安易に語ると怒られそうですが(誰に?w)人の直観に反した事象に対して数式と計算値への信頼を出発点に迫る量子物理学と結論は真逆なのに思考過程は近似しているように思え、感動しました。
感動しました!(感想がうまく言語化できません笑)
「純粋なるロゴス」なるものに対する疑念が一瞬わいたものの、その疑念も結局のところ「ある」か「ない」かの問いになってしまう、そんな気がしました。
あらゆることがこの「ある」「ない」に帰結してしまうような思考パターンはいったいどこからきたのか、という問いも可能ではないかと思いましたが、結局それもそのパターンの起源が「ある」か「ない」かという問いであるし、なんだかもう正直まったくわかりません。
「ある」「ない」という概念が人類にとって果たして普遍的なものか、という問いも少し残りました。言語によって差異が出てくる可能性も否めないのではないかと思います。(「ある」「ない」という概念自体もっていない言語体系とかってあるんですかね…?詳しい方教えてください笑)ただそうだとしても、「ある」「ない」に対応する概念にある程度の共通項がある限り、この問いからは逃れられない気がしました。
私のような者には全然わかりませんでしたが、ネオ高等遊民さんのパトスがすごく伝わってきました!!笑 かっこよかったです。
哲学初心者の感想ですが
感覚を排除して考えることが真理への道といいながら
その思考の道具が言葉という感覚の塊であることに
矛盾と限界を感じました
面白かったです〜✨有難うございました〜!!!!
オブジェクト指向言語でいうところの、オブジェクトかそうでないかみたいですね。
共通点があれば、そこを抽象化できるから、根源にはオブジェクトが在る。
変数も関数もぜんぶオブジェクトとして在るなんて、プログラム言語的にはとてもモダンだなと。
編集力がレベルアップしてる!
お疲れ様でした〜。方丈記すらすら誦じてしまうところに驚きました。
ここから感想です。確実なものなんてない、あるかもしれないしないかもしれないことばっかり。そんな中で、「ある」を選ぶことが大事、あると言うだけの責任を持たないといけないと解しました。
ハイデガーが話に出てくるために、「ある」ことを認めて、そこから自分だけのロゴスを使って確信を得ていこうねっていうお話(26分あたり)がなんかフッサールぽく(かじったばかり)と感じました。
また、仏教の考えも生きる分にはいいんですけど、哲学の範疇からは逃げちゃうことになる気がしてたので、これでひとつ答え合わせができたと思います。
いやほんとギリシア哲学は面白いですね。これ観てパルメニデス、プラトン、ハイデガー、デカルトetcに挑む気力が湧いてきました!パルメニデスって、糸電話の糸みたいな生き様、まさに媒体者mediamだなと、思いました。ポエムもいいなとか思っちゃいました笑。
ネオ民さんいつもありがとう。
断片8は、純粋知性=絶対主観=存在とまで言い切っているようにも読めました。龍樹もそうなんですが、パルメニデスは論理を扱っていたのではなくて、事実・真実を扱っていたのです。
コメントありがとうございます。まさに。
無事就職が決まり、生活が落ち着いた(世間は落ち着くどころの騒ぎでは無いですが)ので、久々の休みに一気見しております。西田幾多郎をまだまだネチネチと学んでおります。
独学なので、西田哲学を教授してくださる方がいればもっと早くに咀嚼できるのにと思うこの頃でございます。
私事ながらIQテストを行ったら170ありました…これは西田哲学をこれまで独学で学べたことに深く関わってると思っております。
動画に関係ないことばかり羅列するとあれなので、パルメニテスについて少し。
パルメニテスは確か哲学を学びだした時に知って、だいぶ目立つ思想だなぁと思った覚えがあります。
参考文献の下の一言が良いです :)
失礼しました、わかりました。 納富信留 ですね、ハイ。
漠然とビックバンを諸現象の始まりとして考えてきたけど、無の中の有による発生が必要という視点は確かに衝撃だわ。色んな前提が崩壊していく。
私はまじめにパルメニデスの言説を分析したことがあるのですが、どうしても龍樹(ナーガールジュナ)との共鳴を感じてしまいます。ゼノンについては、まだ詳しく知らないのですが、彼の言説もまた、龍樹と共鳴するようです。エレア派の言説を通して中論を読み、中論を通してエレア派の言説を解釈する。それで、「自然について」と「中論」の解釈が完成し、同時に哲学はある種の完成に達する、ということさえ考えてしまいます。龍樹はエレア派の系統に属する人であり、彼は部派仏教の中の進んだ学説や般若経をエレア派の立場から解釈したのかもしれません。
こちらのチャンネル、見つけたばかりです。アラフィフの主婦の生活に光が一寸射したような、良いエネルギー分けて頂きました。ありがとうございます。夫が東洋思想勉強していて日常生活の問題にもナーガールジュナとか引き合いに出してくるのでうっとおしくてたまりません。(私は全く哲学の素養ありません)人間の持つ感覚を切り離して、自分の純粋な思考のみ確かな足場として考え進めるという事なのでしょうか。パルメニデス是非読んでみたいですけど、私の頭脳じゃ、時間の無駄かも知れないです😳 他の動画もチェックしてみます。👍
ご視聴ありがとうございます。楽しんでいただけたようで良かったです。新しく出しましたエンペドクレスの動画を見ていただければ、パルメニデスに関する理解もより進むかなと思います。是非こちらも1時間40分もありますが見ていただければ大変嬉しいです。
ありがとうございます!是非見てみます!
盲目の男、「時よ止まれ、君はなんと美しい」失ったもの(無)を得る(有)ための名台詞。個人的解釈です。
Ontology ειναιと hayah-tology היה についても語って頂きたいです。
5時間半の動画から来ましたが何を言ってるかよく分かりませんでした😂
飛行機 → 地域旅行
タイムマシン → 時間旅行
パルメニデス → 次元旅行
パッと思い描いたのが
LGBTQ。
最近あちこちで議論が行われていて「多様性」なんて言葉をなぜ使うのか?疑問に思っていました。多様性もなにもあるものをわざわざ認める必要があるのか、あるものはあるのだから「ある」が前提でそこからの話しであって多様性を認めようなどと言っている間は我も多様これも多様と迷路に迷うだろう。
LGBTQにしても老若男女人種も全てある、いるのです。
パルメニデスおもしろいですね生涯1冊しか残してないのに根本だけを語ったところも非常に興味深い、Amazonを覗いてうーむ読みたいモノクラブにそっと保存しました♪
ネオさん楽しい解説ありがとうございました
うーん😓素晴らしい動画だと思うだけに自分の理解力の無さに悲しくなります。聞いてる途中に
・じゃあ感覚ってなんなの?
・「在る」からどう進めばいいの?
とか変なこと考えてしまった・・・
受験勉強で苦手科目解いてるみたいでした。何度も見て出直します。
お疲れ様でした。とても刺激的な動画でした。
純粋に論理的な思考による認識……というと合理主義者の語る神の存在証明とか魂の不死の証明を思い出し、「それって危険じゃないの?」と思ってしまいました。分からないはずのものまで分かると誤審してしまうのですから。
カントの『純粋理性批判』の話ですが、理論理性だけが暴走すると必然的に誤りに至る。経験を無視した理性のみによる認識って危険じゃん、と。
しかし!
考えてみれば、カントの理性批判は「理性による理性の批判」であって、結局、純粋な理性が判断してるんですよね。理性による誤りすら、理性そのものが正してる。
とすると、これも結局、理性によるもの。
カントの哲学はパルメニデスを否定するどころか、むしろそのアップデート版、延長上にある続編とも言えるかのかな、と思いました。純粋理性の歩みの原点はパルメニデスなのでしょう。
……いや、哲学史はさておき、思惑から離れて理性によって「あるもの」を「ある」と認識する。この衝撃をただ受け止めた方がいいのかな。
ただ漠然と「ある」のと、「あるはある」を経ての「ある」では、世界の見え方そのものも、自分の存在そのものも変わってきますよね。ここでようやく、哲学が始まるのでしょう。
清水さんありがとうございます。
はやくカントの解説を!!!笑
在るとないとは、生命と非生命のことですね。
まさかこんな高尚な人がくぅ〜疲を知っているとは‥
すみません、聞き取れなかったのですけど、井上忠を解説している人の名前と本の題名を教えて頂けませんか?
あるかないかの問いが私たちにとって死ぬか生きるかの問いであるということは、私たちは感覚として生きる=あるということを信じているから。
だから私たちは、北斗の例で言えば、あると答えられなかったら死ぬことと同じだから今死ね!って言われてる。
したがって私たちはあるということを探究し続けることになる。そうでなければならない。
こういうこと?
そうです!!!!!
パルメニデス、分からないし、怖いですね。
彼の言っていることを完全に理解できてしまったら、真っ当な社会生活を送れなくなるような、危険な香りがします。
分からない方が幸せなのかも(笑)。
メガシンノスケさんですか?
パルメニデスの主張が天地開闢の衝撃であることを端的に表現しているのがk神の記述としてのヘーゲル論理学の端緒である有と無です。
これはもう本当に全ての根本ですね。しかしうーんいまひとつ分からん(笑)。現実の相対化、、、死を考えることにもつながりそうだけどこれって物凄い恐ろしいかも。自分や世界が急に根無し草になると言うか。ダメだもう寝よう(^^)/
聞いて思っただけのことで元から知ってた訳じゃないですが、ちょっと思ったのは、生成や変化が無いのではなくて、いやあるけど、ある!みたいに、それほど大した事ではないんじゃないかってゆう。。。あと、あるものからないものが、ないものからあるものが、“生まれ”ないって言っちゃってるし。その知識はあるんだなってゆう。
全くないものについては考えることができないからといって、考えたものがあるものとは限らないなとも思った。
あと、言葉が論理だと思っちゃってるとこもちょっと。むしろ現象が論理ではないか。ありかつないものの、あるに注目したときに見えてくる、あるとない、が、全く感覚を排したもの(論理的)だとするところに言葉の限界があるなと感じました。つまり、言葉の数だけ概念になってきたのであって、元から全ての概念があって言葉が生じたわけではないし、(それが)ある/is… と誰かが言っても結局自分や属する集団の感覚とは決して切り離せない、何かについて言っていることになる訳で。。つまり言葉自体が感覚の部分もあるのかなぁと。
ある概念を表す言葉の定義が共有できないときや、しっかりしていなかったりすれば、あなたにとってはあるけど私にとってはない、といったことが起こるかも。
「鏡」という言葉がご本人から出てきたので,ようやくコメントできます.
分析でも批判でも,ときには中傷でも,その鋭い矢印(刃)が自分自身に向いたときのことを考える人のなんと少ないことか.一生懸命勉強して,鋭く磨いた矢印が自分に向くことを考えない.それはただの武器.武器を作りたくて勉強したのかな.違うよね?
在ると無いの橋渡しは神になら出来る。神は出エジプトで自分自身のことを存在「在って在る者」と名のっている。
「ある」と「ない」ってそこまでアプリオリですかね、???
それの意味は語が生まれるor学習されるに際した無数の経験とは切り離せないと思います。
それに、ひとえに、私は世界から何の感覚も得られなかったとしたなら、「ある」と「ない」を物事の根本だとすら思わないと思います…
何でしょうね、私自身がもともとの問題意識を共有できていないせいか、あまり意義を感じることができませんでした…
おっしゃる通りだと思います。だから「ある」「ない」は不思議なんですよね。
最近この動画を何度か見たのですが、私も同じことを思いました。
何の感覚も無かったら、何一つ知ることも体験もできないので、
そもそも「ある・ない」という概念自体生じないんじゃ?と。
そこで「何かがある・ないは、人間の認識とは関係なく定まっている」
と考えているのかなと最初思いました。
ビッグバンは人間が認識しようとしまいとかつてあったはず。
認識から独立して、論理的に命題の真偽を語りなさい、
みたいなことを言っているのかと思ったけど、これは違うようですね。
なぜなら「思惟することと、あることは一緒」と言っているからです。
むしろ「認識無くして、あることはない」と言っているように思います。
むずい。
パルメニデスの「ある。あらぬ」は、ヴィトゲンさんの言ってることと中味はにてませんか?
パルメニデスは存在論、ヴィトゲンシュタインは言語論。
きっと誰かが認識論で語っているんだろう。
ネオ高等遊民さん こんにちは。大変お疲れ様です!
☆今からループ再生開始致します☆
ゼノンまだー?
もう1回最初から見ろ!
@@neomin もう4週はしました。もう何週かしてきます。(ゼノン待ってます)
存在を難しくするということによって、存在(あるということ)を疑わなくても時間を過ごすことができるようにすることが哲学の使命であるということですよね?
つまり、そういう使命を担っていることが哲学の存在理由であり、哲学そのものがある(存在する)ということを肯定する理由になっているということなんですよね?
いつか冠👑を生薔薇で作って欲しい🌹
断片8は龍樹を超えているか、龍樹の最終奥義だと思いますね。私も驚きました。純粋知性を持つ意識=存在(あるもの)。「理性=神」というギリシャ思想のモチーフの一つの源流でしょう。仏教マニアの人たちのギリシャ思想批判には質の低いものが多いです。エレア派やプラトンを調べれば、それが自分たちが批判しているようなものでないことはすぐに分かるはずなのですが。
保存則こそ究極の理じゃないですか…エネルギー保存則、たましい保存則、ロゴス保存則とか…真空なんて無いんだよって…在ると成るを同時に持つのがたましい?
無限と有限との間にも同じことが言えそうなんだが。
帰納的な仮説を排除せよ、みたいな……?
「全くあるか、全くあらぬかのどちらかでなければならぬ」「あるはある、ないはない」
上の「全くある」、「あるはある」の「ある」とは本当にあるということで人間の認識に関係なく絶対的に「ある」ということでしょ。まあそれについてはいいとして、後半の(全くあるのでないなら)「全くあらぬ」、「ないはない」のほうは問題ではないですか?
パルメニデスさんにとって目の前のこの世界は「まやかし」ですよね。
パルメニデスさんにとってこの「まやかし」はどういうものになるのでしょうか?
この「まやかし」があることや「まやかし」を認識している人間があることは「全くあらぬ」と矛盾していませんか?
なにせ「全く」ですからね。
「まやかし」といえども「まやかし」というものがある以上「全くあらぬ」のではないのだから「全くあらぬ」は成立していないことになりませんか?
パルメニデスさんにとっては、この大宇宙(このまやかし大宇宙)というものは「全くあらぬ」のうちに含まれるということになるでしょうか。
もしそうなら、パルメニデスさんの哲学は「本当にあるものが本当にある」と言ったこと以外は人間にとっては意味がなく何の役にも立たない無駄口でしょう。
ネオさんはこれについてどう思いますか?
コメントありがとうございます。非常に重要な問題ですね。あるとないについては何度でも論じるべきですし、何度論じても決して完全には理解できない話です。
まずパルメニデスの言葉をかんたんに振り返りますね。おっしゃるとおり、この世界はまやかし(思いなし)で、双頭の怪物だとかなんとか言われています。つまり、決して交わらないはずのあるとないが混ざり合った怪物的な何かがこの世界です。そして、ものすごくもっともらしく「ある」ような姿をしているとも言われています。
女神の視点からみればまやかし、虚偽であるわれわれの世界(大宇宙)は、われわれからみると非常に真実らしく見える、というようなことですね。
ちょっと長くなってるのでいったん切ります。
ご質問は、まやかしの世界がある以上、まったくあらぬは存在しないのではないか、ということですね
まず冗談めかして言えば、まったくあらぬは存在しないのではないかといえば、そりゃないんだから存在しないに決まっているよと言えてしまいますね笑
それはさておき、パルメニデスの「ない」は、「ない」という言葉の意味を追求していると考えると少し腑に落ちてくるかもしれません。「ないは考えることもできない」というのがそれです。この世界は当然考えることができるので、まやかしだろうがなんだろうが「ない」とは異なるものです。
一見意味のないトートロジーを言っているようですが、これが実在をとらえる真理であるという点が重要です。
単に机は机であるみたいなトートロジーとは違って、ないはないというのは、私たちの存在に関する知識を深めてくれるように思えます。
@@neomin
たくさんコメントしてくださってどうもありがとうございます。お手数掛けてくださって感動しました。
このまやかしの世界はパルメニデスさんがいっている本当の「ない」ではないのであればやっぱりまやかしも「ある」ことになりませんか。
パルメニデスさんによると「あるものこそがある」(本当にあるものこそが本当にある)のでしたが、まやかしも「ある」となると言っていることが矛盾していることになりませんか。
現実世界と実在の世界を分けて考えればそんなに難しい話ではなく分かる気がします。
しばらくゆっくり考えてみます。
プラトンの対話篇のやり取りみたいで面白かったです。どうもありがとうございました。
私は「ないはない」こそ端的な真理として成立している(と考えざるを得ない)ので、この世界がいかに確かにあるように見えても、まやかしだと見なさざるを得ないという理解です。「ないはない」の単純明快で端的な正しさというのを重く見ています。「ないはない」が正しくないなんてことはどう考えてもありえない、、、という感じです。
@@neomin
ありがとうございます。
あの後考えていろいろ分かったので夜にまた書きます。
例えば、「本当にあるものが本当にある」というときの「ある」(=本当の「ある」)と、
「まやかし宇宙がある」とか「ある、かつ、ない」の「ある」(=まやかしの「ある」)は同じではないということも分かりました。
それから、昨日どこで間違ったのかも分かりました。
それと、カントについても聞いて頂きたいことがあります。(これは昨日よりも簡単な話です)
それから、私からネオさんへの質問が毎日続いて毎日ネオさんの読書のお邪魔をすることはありませんのでご安心ください。
明日からはしばらくおとなしくなりますので(笑)
ではまたあとで。
「女神」という定義の曖昧な存在が出てくるせいで、この話の論点である「あるか、ないか」という問いが全く頭に入ってきませんでした。つまり、そもそも女神なんて「いない(ない)」だろうと。また、ある神を女神と呼ぶということは、一般的に「神」と呼ばれる存在は、狭義には「男神」ということになります。しかし、もし仮に神が全知全能かつ絶対唯一の存在であるならば、女神という存在によって相対化されること自体が矛盾していると考えます。
したがって、私はパルメニデスなんてそもそもこの世に存在しなかったことにしたいと思います。
とっても聞きづらい!もったいない!
ちゃんと聞きたいのに音響悪すぎて「喋っている言葉を再度脳内で構築して」
聞かないと分からないのでそっちにリソースが消費されてとっても聞きづらい。
マスクしてる上に専用マイクでとってるわけでもなく更には部屋の壁で反響
までしててマジでもったいない。頭を使わない簡単な話ならそこらのユーチューバー
でいいんだけど流石にこれは難しい。ほかの方の解説に行くしか・・・。
3年前の動画に何言ってんだと思われるかもだけど改善可能ならお願いしたい。
追記、二年前の動画の「パルメニデスがわかると哲学史が一挙に見通せます」
を見つけました。割と聞き取りやすく改善されていました。