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私的にはスズキ ガンマのイメージが強い。友達が400ガンマのウォルターウルフに乗ってた。メーターにまでウォルターウルフのマークが入ってて、カッコ良かったなぁ~
明石家さんま師匠がイメキャラを務めた原付のハイにもタイアップ仕様がありましたね。
やっぱウォルターウルフって言ったらスズキ・ガンマのイメージだよなあ。あれはほんとかっこいいカラーリングだった。
「ウォルター・ウルフ」と言ったら、「水谷勝」だなあ
当時のタミヤのF1プラモデルに、ロータス78、マクラーレンM23と並んでWR1がありましたね。
スズキRG-Γウォルター.ウルフを思い浮かべる。
ウォルターウルフのオッちゃんが成金になった街(カルガリー)に住んでます。彼はカナダ人と言ってもカナダ生まれでもカナダ育ちでもなく1960年代当時この州でのオイルブームの際にヨーロッパや中東からヨーロッパ人やアメリカ人がゴールドラッシュよろしくこの街に殺到してきた時に来た連中の一人(恐らくオーストリアのパスポートも持っているんじゃないでしようか?)。石油王と言っても油田採掘のエンジニアリング畑の人です。油田に当たって成金になったのではなく採掘の大規模プロジェクトで儲けた口です。大型マシーンやパイプライン等の発注は億単位のお金が動きますから。F1チーム解散後に地元のホンダディーラーのメカニックに戻った人(つまり元ディーラーのメカ)がいて運営中の話は聞いたことがあります。チーム全員チャーター機で移動したりと結構な羽振りだったそうで。で、この州は石油と天然ガスは今もバンバン出ますので医療保険は無料(20年くらい前に年間2万円位だったのが突然「もう要りません」ということで無料になった)、ガソリン代・光熱費はカナダ全州で一番安い、消費税5%はありますが州税(他州は7か8%)はオイルブーム時代から無し。 ただご存じの通りロックフェラー家という石油利権の支配者が大ボスですから、街全体が石油ビジネスの総本山であるアメリカ テキサス州ダラス市に合わせた「テキサスタイム」で動いています。よって殆どの会社は朝8時就業開始なので朝夕のラッシュアワーも滅茶早い。 石油・天然ガス関連の会社員は「週休2日プラス隔週で金曜日が休みの3連休」でかなり羨ましい環境、高給取りだしボーナスも凄いらしい。と、ウルフのオッちゃんとは関係ないハナシですが、このような背景があるというわけです。何かのお役に立てれば幸いです。
むしろこの人にウルフの動画作ってもらいたい。そのくらいの知識量。カナダの歴史関係の動画作れば、かなり興味深い話が聞けそうですね。知識提供ご苦労様でした。
当時、タミヤの1/20箱絵のカッコ良さに惹かれて購入し、初めて製作したF1マシンがこれでした。黒と金色の重箱カラーに痺れました!
当時タバコメーカーのスポンサーカラーが多かった中、WWカラーはセンス良く好きだった。
スズキRG500Γ、RG250Γにウォルター・ウルフカラーがありましたね。あのF1カラーを、これら手が届くオートバイで手に入れる事ができる❗️当時とても胸がときめいたものです🤩
原付のハイやRG50Γにもありました。
ハイは明石家さんま師匠がイメキャラを務めた原付でしたね。
WR1とシェクターのヘルメットの組み合わせが実にカッコよかった!
ウィリアムズを乗っ取ったチームだったということも、フランク・ウィリアムズが1960年代から参戦していたことも知りませんでした。勉強になりました。ありがとうございます。WR1、大好きなマシンでプラモデルも作りましたね。
シェクター、ハント、この3年後のロズベルグ。世界を獲ったドライバー。レイホールもCARTチャンピオンでありインディ王者。誇れるドライバー・ラインナップだったなぁ~。
濃紺のカラーと狼をデザインしたWのマーキングがカッコイイですね。ステッカーもカナダの国旗を配してるのが良い。スズキが一時期、国内GP500戦の水谷RG-Γにウルフカラーを使用料払って使っていて、私も市販車のウルフ・RG500Γに乗っていましたが、見た目もカッコ良かった思い出があります。
@@aresama5942さん:それ以前の免許制度で取得しました。取得の3か月後に限定解除の制度に変わったので、危機一髪でしたね。
車好きの大富豪カナダ人の道楽F1チーム...あれ、何故か親近感が....それはさておき、サイドポンツーンを完全なウイングにするためにラジエーターを前に置くという手方はエンサインのN179も採用していましたね。あれも失敗作でしたが...
昔、日東28分の1のプラモでWR5、出てましたね!!
日本ではウルフカウンタックが有名ですね。今より良い時代と思います。
4輪ではないですが日本では2輪のスズキのライダーの水谷勝さんのウォルターカラーが印象に残ってますね4輪では???って感じですね。
ウォルターウルフカラーのガンマ500は今でも乗ってます。ツーリング行くと知らない世代の若者が寄ってくるんだよね。今時の若者から見てもカッコいいんだな(*^^*)
タミヤのWR1、気がついたら4箱積んでた(笑)77年最終戦日本GPではご好意からタミヤのステッカー貼られたエピソード好き
ピーター・ウォーが模型店で働いている時代に田宮会長と知り合いになったんですよ
マシンだけでなくて、ガソリンタンクや工具箱にも、タミヤのステッカーが貼られていましたね。
ジョディ・シェクターは最初危険な走りを魅せたがフランソワ・セベールの死をきっかけに安定した走りを魅せるようになった1979年、南アフリカ人初のF1ワールドチャンピオン獲得
TH-camに上がってる昔の全日本F2選手権の映像を見たとき、ウォルターウルフカラーのマシンを駆る萩原光さんの姿を見たときは驚きました。
パトリック・ヘッドが在籍していた頃はハーベイ以外にロス・ブラウンやニール・オートレイ(多分在籍)らがいた豪華なスタッフがいたがウィリアムズの独立にヘッドらのスタッフが抜けたと同時にチーム力が落ちるに比例してウィリアムズが躍進するキッカケとなる皮肉な話。
スーパーカーブーム世代の私にとっては、ウォルター・ウルフって言えばランボルギーニ・カウンタックLP500Sのウルフスペシャルを思い出しますね。ウルフがデビューウィンを飾ったのは何となく知っていましたが、なんとあのウィリアムズを買収していたとは知りませんでした。初年度のブラックカラーのマシンは結構かっこよかったな。
古い話で記憶違いなら申し訳ないのですが、国内のウォルターウルフカラーはウォルターウルフご本人ではなくウォルターウルフブランドを日本国内で展開していたアパレルメーカーのスポンサードだった記憶があります。最初はGCでの高橋晴邦さんが監督で関谷さんがドライバーだった記憶があります。F2では最終戦の鈴鹿でテオファビとマイクサックウェルの2カーでサックウェルが2位に入ったと記憶しております。F2はどこのチームが母体だったのか忘れてしまいました。大昔の鈴鹿の秋の記憶が蘇りました。
F1では資金を出していたウォルター・ウルフですが、全日本500ccでは逆にスズキからお金を貰っていたそうです市販車のウォルター・ウルフ・バージョンも、1台当たり〇〇円をスズキが支払うといった具合だったそうで
なんかジョディーシェクターがいたから勝てたようなチームみたいですね?第一次F1ブームで日本GPで一時2位で走行していた動画見ました!このチームのマシンデザイン「20」の形がEU圏のお化け屋敷の古時計の数字みたいで自分が幼少期の頃なんか不気味で怖かった記憶があります。当時ティレルP34とロータスのラジコン見たことがありロータスの偽物みたいに感じてました…子供で理解出来なかったので🤔
ナス色で金ラインこれだけでなんだか胸熱になるから不思議。
WR1、大好きですね〜‼️
ウォルターウルフはメインスポンサー無しでパーツサプライヤーのみというのがカッコよかった。マネージャーがピーターウォー、デザイナーがハーベイポスルスウェイトというのもスゴすぎ。あと、デザインルームのアルバイトか何かでエイドリアンニューウェイが在籍してた、とピーターウォーがインタビューで答えてた記事を読んだ記憶があるなぁ。この動画とは関係無いかも知れないけど、「ランボルギーニカウンタックLP500S」はウォルターウルフがランボルギーニに作らせたんじゃなかったっけ?
通称、ウルフ・カウンタック🐺❗
ピーターウォーは無能…
ウルフはシャーシナンバーが車名なので、WR1〜4、5 〜6 、7〜9という形になりますね。
ピーター・ウォーさんはロータスからウルフ行ってまたロータスに戻ってって感じなんですね中嶋悟さん所属時のロータスマネージャーさんですもんね
日本のF2のスポンサーにもなってましたな😮
ウォルターウルフレーシングと言えば動画の中でも出てきますが、デビューマシンWR1の前に出たマシンとスタッフの体制から、ヘスケスレーシングの撤退からの流れが強く感じられますネ。
ウルフWR1の新車発表会では「ヘスケス308C」クリソツでした❗😅
ウォルター・ウルフがオーストリア出身なのは初耳。こうなると、レッドブルを見てるみたい。
強く輝く炎はすぐに消えてしまう。でもインパクトはあったし、何と言ってもカラーリングがカッコ良かった。
継続って、やっぱり難しいんだなぁ……ウルフカラー、かっこいいんだよね。
カラーリングがカッコイイですねいま存在したら人気出そう
専用仕様のランボル~あとこのカラーリング~どこかのレーサーか市販車か日本のバイクもこんなようなカラーリングがあったような。バイクあまり知らないからわかりませんが、これらしきプラモを父が部屋に飾ってありましたが……見事に粉砕されました💦
スズキとタイアップしていましたね。
@@櫃本賢治 スズキのチームのヨシムラと赤黒と少し似た印象を与えたためスズキといえば赤と黒のイメージもありました👍黒と赤で配色での基色が反対で違いますが💦
デビュー戦で優勝したチームは第1回のアルファロメオの他にメルセデス、ウルフ、ブラウンのみ。資金が潤沢で体制も整っていたとはいえ、小規模プライベーターが参戦初年度に3勝してチャンピオン争いするとはすごい。
ウォルター・ウルフといえは水谷よね
ウォルター・ウルフ本人の石油関連事業を資本としたF1や米国CAN-AM、欧F3の「リアル・ウルフ」と、アパレルブランドのスポンサー展開による国内GCやF2、2輪500cc等の「ファッション・ウルフ」は別物と言えますね。
しかし、当時のロータスといいこのウルフにもオリンパスのロゴがサイドポンツーンにありますよね。当時のオリンパスの知名度があったのでしょうね。
ローレンスストロールさん、ぜひこのカラーリングと名前を復活させて欲しい。息子とラティフィを乗せて
2輪(motogp(WGP)・スーパーバイク)・4輪(F1等のフォーミュラ・WRC等のラリー・GTやツーリングカーや古くはCカー等)のモータースポーツを見ていると様々なカテゴリーをまたいで資金力がある企業がチームスポンサーに付く事があります(ただし、時にカテゴリーによって、良いイメージや悪いイメージが付いてしまう事も…)が、ウォルターウルフに関して2輪では80年代、WGP500ccクラスにてスズキのスポンサーをしていた事を本で知っていましたが、F1でおっかない事をしていたとは…💦💦💦💦💦💦💦💦。
ウォルターウルフはカウンタックやスズキのレーサーでもおなじみですよね。F1もか。すごいな。。
シンプルでオーソドックスなマシンを出してきて成功したのはジョーダンの1年目に似たものを感じます。日本では高橋晴邦サンがチームを請け負っていたけど、桑島がせっかくのチャンスを自ら潰してしまったのがホントに残念でした。
ウルフカラーのシェブロンB36、ありましたねぇ!!
ハースだって、サイバーだし、レッドブルは、ジョーダン等だったり、買取りは、昔からあった。消えたチームの中でロータスやテイテルに好きでした!
ハーベイ・ポストレスウェイトは優秀なデザイナーだがどちらかといえば堅実な設計を基本にした。ウルフWR1は良くできたデザインだったが支給されたDFVエンジンがロータスなど上位チームよりパワーが低いものだったので苦戦した。WR2はロータス78を手本にしたがまだ当時ポストレスウェイトはグランドエフェクトを確実に理解してなかったと思います。とはいえ黒(濃紺かな?)とゴールドのカラーリングで一瞬の輝きを見せてくれた忘れられないチームです😁。
@@aresama5942 様 動画を見直しました。ご指摘の通りです。ありがとうございます。
カルロス・パーチェって、あのホセ・カルロス・パーチェですかね?サーキットの名称に自身の名前が与えられるなんて...
ありがとうございます。
ハーベイの若い頃のイケメンよ
まさに金持ちの道楽巻き込まれる方はたまったもんじゃないな
ウイリアムズF1といえば桑島正美のことも触れてあげてほしい
F1インジャパンのウィリアムズと79年GCのシェブロン、どちらもウルフカラーで桑島繋がりだったんだ!!
ウォルター・ウルフ カラーのΓ‐400が街を走ってた時代。
カッコいいマシンなのに😊ランボルギーニも道楽で作らせたのかな?
WR5はださカッコ良くて好きでした( ´∀` )
ウォルター・ウルフ織田無道の乗っていたウルフカウンタックで名前を知りました。
昔、乗っていたスクーター🛵がウォルターウルフ・カラーだったよ。
@@aresama5942 多分😅
ピーターとポストレイトのコンビで1977年に、三勝しましたけど、以後未勝利で、1979年にウオルター、ウルフが飽きて、チーム売却、個人的には、WR 7が好きでした。
厳密にはロータス78はグランドエフェクトカーではありません。グランドエフェクトとは車体下面と地面の間を流れる空気の流れを利用してダウンフォースを発生させるもので、78のように単純にサイドポンツーンをウイング状にしたものとはダウンフォース発生のメカニズムが根本的に違うのです。78も理論上はわずかであれベンチュリー効果はありますが、ダウンフォース発生にほぼ地面は無関係なので、ウイングカーとグランドエフェクトカーは似て非なる構造の車なのです。
美しい車は速い。 それがWR1でしたね。 この年のTOPチームはフェラーリ312T2 ロータス78 マクラーレンM23 どれも映える車でした。・・・フルカウル化したティレルP34も美しかったけど「タイレル」で遅くなったのかな?
ウォルターウルフってF1参戦もして居たのをこの動画で知りました。てっきり、バイクだけだと思っていたので・・・ウォルターウルフカラーのΓが大好きだったので、F1でも見てみたかったなぁ^^;
有る意味❗、カナダの石油王‼ ウルフ・カウンタックは1号車から幻の3号車💜迄,有りましたね👌。 因みに、悪しからず😎👍🐺🚗💨❗❗
ウォルターウルフって言ったら、ウルフカウンタックが真っ先に出てくるけど、F1もやったんだ
最近ウルフ氏が野田juju選手と会ってるのをブログで見ました。一緒に桑島正美氏も。どうゆう関係だろうか?
この時、F1に参戦していなければ、ランボルギーニを買収するつもりだったそうです。
ランボルギーニにカウンタックを5リッターにしてLP500造らせる。
ウイリアムズが頑なで、閉鎖的で技術力は高いけどドライバーの意見を軽視する冷たいチームになったのはこの乗っ取り事件が原因じゃないかとずっと思っている特にFW14獲得以降から完全に衰退する2000年前後まではフランクの異常な判断が多かった。
@@義朗青木 信頼していたのは、ピアス・カレッジだけだったそうです。(フランクのレース仲間だった)
フランクウィリアムズが石油王のウルフをスポンサーにしようとしましたウルフが乗っ取りましたハントの希望する体制が仇となりました
@@義朗青木 注目のコメントに対して注目の返信がないとコメントを書く面白みがありません
RGΓ のWWカラーはカッコよかったねぇ
詐欺師フランクと呼ばれていた頃か。ウォルター・ウルフといえば織田無道。
犬小屋?“鳩小屋“にてないかなぁ屋上にあるやつに
私的にはスズキ ガンマのイメージが強い。
友達が400ガンマのウォルターウルフに乗ってた。
メーターにまでウォルターウルフのマークが入ってて、カッコ良かったなぁ~
明石家さんま師匠がイメキャラを務めた原付のハイにもタイアップ仕様がありましたね。
やっぱウォルターウルフって言ったらスズキ・ガンマのイメージだよなあ。あれはほんとかっこいいカラーリングだった。
「ウォルター・ウルフ」と言ったら、「水谷勝」だなあ
当時のタミヤのF1プラモデルに、ロータス78、マクラーレンM23と並んでWR1がありましたね。
スズキRG-Γウォルター.ウルフを思い浮かべる。
ウォルターウルフのオッちゃんが成金になった街(カルガリー)に住んでます。
彼はカナダ人と言ってもカナダ生まれでもカナダ育ちでもなく1960年代当時この州でのオイルブームの際にヨーロッパや中東からヨーロッパ人やアメリカ人がゴールドラッシュよろしくこの街に殺到してきた時に来た連中の一人(恐らくオーストリアのパスポートも持っているんじゃないでしようか?)。石油王と言っても油田採掘のエンジニアリング畑の人です。油田に当たって成金になったのではなく採掘の大規模プロジェクトで儲けた口です。大型マシーンやパイプライン等の発注は億単位のお金が動きますから。
F1チーム解散後に地元のホンダディーラーのメカニックに戻った人(つまり元ディーラーのメカ)がいて運営中の話は聞いたことがあります。チーム全員チャーター機で移動したりと結構な羽振りだったそうで。
で、この州は石油と天然ガスは今もバンバン出ますので医療保険は無料(20年くらい前に年間2万円位だったのが突然「もう要りません」ということで無料になった)、ガソリン代・光熱費はカナダ全州で一番安い、消費税5%はありますが州税(他州は7か8%)はオイルブーム時代から無し。
ただご存じの通りロックフェラー家という石油利権の支配者が大ボスですから、街全体が石油ビジネスの総本山であるアメリカ テキサス州ダラス市に合わせた「テキサスタイム」で動いています。よって殆どの会社は朝8時就業開始なので朝夕のラッシュアワーも滅茶早い。 石油・天然ガス関連の会社員は「週休2日プラス隔週で金曜日が休みの3連休」でかなり羨ましい環境、高給取りだしボーナスも凄いらしい。
と、ウルフのオッちゃんとは関係ないハナシですが、このような背景があるというわけです。
何かのお役に立てれば幸いです。
むしろこの人にウルフの動画作ってもらいたい。そのくらいの知識量。
カナダの歴史関係の動画作れば、かなり興味深い話が聞けそうですね。
知識提供ご苦労様でした。
当時、タミヤの1/20箱絵のカッコ良さに惹かれて購入し、初めて製作したF1マシンがこれでした。黒と金色の重箱カラーに痺れました!
当時タバコメーカーのスポンサーカラーが多かった中、WWカラーはセンス良く好きだった。
スズキRG500Γ、RG250Γにウォルター・ウルフカラーがありましたね。
あのF1カラーを、これら手が届くオートバイで手に入れる事ができる❗️当時とても胸がときめいたものです🤩
原付のハイやRG50Γにもありました。
ハイは明石家さんま師匠がイメキャラを務めた原付でしたね。
WR1とシェクターのヘルメットの組み合わせが実にカッコよかった!
ウィリアムズを乗っ取ったチームだったということも、フランク・ウィリアムズが1960年代から参戦していたことも知りませんでした。勉強になりました。ありがとうございます。
WR1、大好きなマシンでプラモデルも作りましたね。
シェクター、ハント、この3年後のロズベルグ。世界を獲ったドライバー。レイホールもCARTチャンピオンでありインディ王者。誇れるドライバー・ラインナップだったなぁ~。
濃紺のカラーと狼をデザインしたWのマーキングがカッコイイですね。ステッカーもカナダの国旗を配してるのが良い。
スズキが一時期、国内GP500戦の水谷RG-Γにウルフカラーを使用料払って使っていて、私も市販車のウルフ・RG500Γに乗っていましたが、見た目もカッコ良かった思い出があります。
@@aresama5942さん:それ以前の免許制度で取得しました。
取得の3か月後に限定解除の制度に変わったので、危機一髪でしたね。
車好きの大富豪カナダ人の道楽F1チーム...あれ、何故か親近感が....それはさておき、サイドポンツーンを完全なウイングにするためにラジエーターを前に置くという手方はエンサインのN179も採用していましたね。あれも失敗作でしたが...
昔、日東28分の1のプラモでWR5、出てましたね!!
日本ではウルフカウンタックが有名ですね。今より良い時代と思います。
4輪ではないですが
日本では2輪のスズキのライダーの水谷勝さんのウォルターカラーが印象に残ってますね
4輪では???って感じですね。
ウォルターウルフカラーのガンマ500は今でも乗ってます。
ツーリング行くと知らない世代の若者が寄ってくるんだよね。
今時の若者から見てもカッコいいんだな(*^^*)
タミヤのWR1、気がついたら4箱積んでた(笑)
77年最終戦日本GPではご好意からタミヤのステッカー貼られたエピソード好き
ピーター・ウォーが模型店で働いている時代に田宮会長と知り合いになったんですよ
マシンだけでなくて、ガソリンタンクや工具箱にも、タミヤのステッカーが貼られていましたね。
ジョディ・シェクターは最初
危険な走りを魅せたが
フランソワ・セベールの死をきっかけに
安定した走りを魅せるようになった
1979年、南アフリカ人初のF1ワールドチャンピオン獲得
TH-camに上がってる昔の全日本F2選手権の映像を見たとき、ウォルターウルフカラーのマシンを駆る萩原光さんの姿を見たときは驚きました。
パトリック・ヘッドが在籍していた頃はハーベイ以外にロス・ブラウンやニール・オートレイ(多分在籍)らがいた豪華なスタッフがいたが
ウィリアムズの独立にヘッドらのスタッフが抜けたと同時にチーム力が落ちるに比例してウィリアムズが躍進するキッカケとなる皮肉な話。
スーパーカーブーム世代の私にとっては、ウォルター・ウルフって言えばランボルギーニ・カウンタックLP500Sのウルフスペシャルを思い出しますね。
ウルフがデビューウィンを飾ったのは何となく知っていましたが、なんとあのウィリアムズを買収していたとは知りませんでした。
初年度のブラックカラーのマシンは結構かっこよかったな。
古い話で記憶違いなら申し訳ないのですが、国内のウォルターウルフカラーはウォルターウルフご本人ではなくウォルターウルフブランドを日本国内で展開していたアパレルメーカーのスポンサードだった記憶があります。最初はGCでの高橋晴邦さんが監督で関谷さんがドライバーだった記憶があります。F2では最終戦の鈴鹿でテオファビとマイクサックウェルの2カーでサックウェルが2位に入ったと記憶しております。F2はどこのチームが母体だったのか忘れてしまいました。大昔の鈴鹿の秋の記憶が蘇りました。
F1では資金を出していたウォルター・ウルフですが、
全日本500ccでは逆にスズキからお金を貰っていたそうです
市販車のウォルター・ウルフ・バージョンも、
1台当たり〇〇円をスズキが支払うといった具合だったそうで
なんかジョディーシェクターがいたから勝てたようなチームみたいですね?第一次F1ブームで日本GPで一時2位で走行していた動画見ました!このチームのマシンデザイン「20」の形がEU圏のお化け屋敷の古時計の数字みたいで自分が幼少期の頃なんか不気味で怖かった記憶があります。当時ティレルP34とロータスのラジコン見たことがありロータスの偽物みたいに感じてました…子供で理解出来なかったので🤔
ナス色で金ラインこれだけでなんだか胸熱になるから不思議。
WR1、大好きですね〜‼️
ウォルターウルフはメインスポンサー無しでパーツサプライヤーのみというのがカッコよかった。
マネージャーがピーターウォー、デザイナーがハーベイポスルスウェイトというのもスゴすぎ。
あと、デザインルームのアルバイトか何かでエイドリアンニューウェイが在籍してた、とピーターウォーがインタビューで答えてた記事を読んだ記憶があるなぁ。
この動画とは関係無いかも知れないけど、「ランボルギーニカウンタックLP500S」はウォルターウルフがランボルギーニに作らせたんじゃなかったっけ?
通称、ウルフ・カウンタック🐺❗
ピーターウォーは無能…
ウルフはシャーシナンバーが車名なので、WR1〜4、5 〜6 、7〜9という形になりますね。
ピーター・ウォーさんはロータスからウルフ行ってまたロータスに戻ってって感じなんですね中嶋悟さん所属時のロータスマネージャーさんですもんね
日本のF2のスポンサーにもなってましたな😮
ウォルターウルフレーシングと言えば動画の中でも出てきますが、デビューマシンWR1の前に出たマシンとスタッフの体制から、ヘスケスレーシングの撤退からの流れが強く感じられますネ。
ウルフWR1の新車発表会では「ヘスケス308C」クリソツでした❗😅
ウォルター・ウルフがオーストリア出身なのは初耳。
こうなると、レッドブルを見てるみたい。
強く輝く炎はすぐに消えてしまう。
でもインパクトはあったし、何と言ってもカラーリングがカッコ良かった。
継続って、やっぱり難しいんだなぁ……
ウルフカラー、かっこいいんだよね。
カラーリングがカッコイイですね
いま存在したら人気出そう
専用仕様のランボル~あとこのカラーリング~どこかのレーサーか市販車か日本のバイクもこんなようなカラーリングがあったような。
バイクあまり知らないからわかりませんが、これらしきプラモを父が部屋に飾ってありましたが……見事に粉砕されました💦
スズキとタイアップしていましたね。
@@櫃本賢治 スズキのチームのヨシムラと赤黒と少し似た印象を与えたためスズキといえば
赤と黒のイメージも
ありました👍
黒と赤で配色での基色が
反対で違いますが💦
デビュー戦で優勝したチームは第1回のアルファロメオの他にメルセデス、ウルフ、ブラウンのみ。資金が潤沢で体制も整っていたとはいえ、小規模プライベーターが参戦初年度に3勝してチャンピオン争いするとはすごい。
ウォルター・ウルフといえは水谷よね
ウォルター・ウルフ本人の石油関連事業を資本としたF1や米国CAN-AM、欧F3の「リアル・ウルフ」と、アパレルブランドのスポンサー展開による国内GCやF2、2輪500cc等の「ファッション・ウルフ」は別物と言えますね。
しかし、当時のロータスといいこのウルフにもオリンパスのロゴがサイドポンツーンにありますよね。当時のオリンパスの知名度があったのでしょうね。
ローレンスストロールさん、ぜひこのカラーリングと名前を復活させて欲しい。息子とラティフィを乗せて
2輪(motogp(WGP)・スーパーバイク)・4輪(F1等のフォーミュラ・WRC等のラリー・GTやツーリングカーや古くはCカー等)のモータースポーツを見ていると様々なカテゴリーをまたいで資金力がある企業がチームスポンサーに付く事があります(ただし、時にカテゴリーによって、良いイメージや悪いイメージが付いてしまう事も…)が、ウォルターウルフに関して2輪では80年代、WGP500ccクラスにてスズキのスポンサーをしていた事を本で知っていましたが、F1でおっかない事をしていたとは…💦💦💦💦💦💦💦💦。
ウォルターウルフはカウンタックやスズキのレーサーでもおなじみですよね。F1もか。すごいな。。
シンプルでオーソドックスなマシンを出してきて成功したのはジョーダンの1年目に似たものを感じます。
日本では高橋晴邦サンがチームを請け負っていたけど、桑島がせっかくのチャンスを自ら潰してしまったのがホントに残念でした。
ウルフカラーのシェブロンB36、ありましたねぇ!!
ハースだって、サイバーだし、レッドブルは、ジョーダン等だったり、買取りは、昔からあった。消えたチームの中でロータスやテイテルに好きでした!
ハーベイ・ポストレスウェイトは優秀なデザイナーだがどちらかといえば堅実な設計を基本にした。ウルフWR1は良くできたデザインだったが支給されたDFVエンジンがロータスなど上位チームよりパワーが低いものだったので苦戦した。
WR2はロータス78を手本にしたがまだ当時ポストレスウェイトはグランドエフェクトを確実に理解してなかったと思います。
とはいえ黒(濃紺かな?)とゴールドのカラーリングで一瞬の輝きを見せてくれた忘れられないチームです😁。
@@aresama5942 様 動画を見直しました。ご指摘の通りです。ありがとうございます。
カルロス・パーチェって、あのホセ・カルロス・パーチェですかね?
サーキットの名称に自身の名前が与えられるなんて...
ありがとうございます。
ハーベイの若い頃のイケメンよ
まさに金持ちの道楽
巻き込まれる方はたまったもんじゃないな
ウイリアムズF1といえば桑島正美のことも触れてあげてほしい
F1インジャパンのウィリアムズと79年GCのシェブロン、どちらもウルフカラーで桑島繋がりだったんだ!!
ウォルター・ウルフ カラーのΓ‐400が街を走ってた時代。
カッコいいマシンなのに😊ランボルギーニも道楽で作らせたのかな?
WR5はださカッコ良くて好きでした( ´∀` )
ウォルター・ウルフ
織田無道の乗っていたウルフカウンタックで名前を知りました。
昔、乗っていたスクーター🛵がウォルターウルフ・カラーだったよ。
@@aresama5942 多分😅
ピーターとポストレイトのコンビで1977年に、三勝しましたけど、以後未勝利で、1979年にウオルター、ウルフが飽きて、チーム売却、個人的には、WR 7が好きでした。
厳密にはロータス78はグランドエフェクトカーではありません。
グランドエフェクトとは車体下面と地面の間を流れる空気の流れを利用してダウンフォースを発生させるもので、78のように単純にサイドポンツーンをウイング状にしたものとはダウンフォース発生のメカニズムが根本的に違うのです。
78も理論上はわずかであれベンチュリー効果はありますが、ダウンフォース発生にほぼ地面は無関係なので、ウイングカーとグランドエフェクトカーは似て非なる構造の車なのです。
美しい車は速い。 それがWR1でしたね。 この年のTOPチームはフェラーリ312T2 ロータス78 マクラーレンM23 どれも映える車でした。
・・・フルカウル化したティレルP34も美しかったけど「タイレル」で遅くなったのかな?
ウォルターウルフってF1参戦もして居たのをこの動画で知りました。
てっきり、バイクだけだと思っていたので・・・
ウォルターウルフカラーのΓが大好きだったので、F1でも見てみたかったなぁ^^;
有る意味❗、カナダの石油王‼ ウルフ・カウンタックは1号車から幻の3号車💜迄,有りましたね👌。 因みに、悪しからず😎👍🐺🚗💨❗❗
ウォルターウルフって言ったら、ウルフカウンタックが真っ先に出てくるけど、F1もやったんだ
最近ウルフ氏が野田juju選手と会ってるのをブログで見ました。一緒に桑島正美氏も。どうゆう関係だろうか?
この時、F1に参戦していなければ、ランボルギーニを買収するつもりだったそうです。
ランボルギーニにカウンタックを5リッターにしてLP500造らせる。
ウイリアムズが頑なで、閉鎖的で
技術力は高いけどドライバーの意見を軽視する冷たいチームになったのは
この乗っ取り事件が原因じゃないかとずっと思っている
特にFW14獲得以降から完全に衰退する2000年前後まではフランクの異常な判断が多かった。
@@義朗青木 信頼していたのは、ピアス・カレッジだけだったそうです。(フランクのレース仲間だった)
フランクウィリアムズが石油王のウルフをスポンサーにしようとしましたウルフが乗っ取りましたハントの希望する体制が仇となりました
@@義朗青木 注目のコメントに対して注目の返信がないとコメントを書く面白みがありません
RGΓ のWWカラーはカッコよかったねぇ
詐欺師フランクと呼ばれていた頃か。
ウォルター・ウルフといえば織田無道。
犬小屋?“鳩小屋“にてないかなぁ屋上にあるやつに