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「隠岐の戦国史」なんて初めてのフレーズ。貴重!!
隠岐の戦国史纏められる人居ったんやという謎の感動
座り絵の操り方が細かい!左下だけで既にアニメ作品みたいだこの絵が異常に好きなんで3回目は復習しながら拡大して楽しみました。情報量膨大なのに画面隅まで凝ってて感嘆/呆れますたしかかくさんいつ寝るんだろ
いわゆる「軍紀物」をできるだけ排除して語ろうとすることの難しさを感じました。そして、これだけ語れるだけでも恵まれている部類かもしれないのが……
隠岐の戦国史、解説して頂いて本当にありがとうございました。出雲と密接に連動していて想像していたよりも勢力の変動があったのは驚きでした。私はあまり歴史に詳しくないので、一次資料に基づいた歴史解説を動画で分かりやすく説明してくれるしかかく様にはいつもお世話になっております。これからも楽しく視聴させていただきます🙇♂️
全く知らない戦国史で、勉強になりました😊
これは面白かったです。隠岐の島を観光しましたが、行ったところがあちこちでてきて理解が深まりました。
隠岐氏の歴史解説、大変興味深かったです。隠岐氏の興亡を踏まえると、隠岐の秩序は出雲の政情に次第だと言えますね。
隠岐の戦国時代とは、渋いところを取り上げるものです。たぶん、出雲と連動していたんだろうな、と思っていたが、こんな事になっていたとは。興味深い情報を、有り難うございました。ちなみに、隠岐は江戸時代、松江藩の領土となったが、幕末に短期間、独立している、という…まぁ、1年程でポシャったのですが。
いつもガッチリ勉強させてもらってます。これからもよろしくお願いします。ちなみに尼子推しです。
隠岐氏って玉若酢命神社の億岐氏のことと完全に思い込んでいました。まさか佐々木源氏だったとは、、、勉強になります!
これほど詳しい解説、ありがとうございました。
毎度すごいですね。
後醍醐天皇の流罪地という印象しかなかったけどこんなにも関わりあるのは初めて知りました。
京極材宗(きむね)って珍しい名前だなと思ったら「材」は足利義材(よしき)=義稙の偏諱なんですね
動画投稿、お疲れさまです「出雲守護京極持清書状」(『福井県史資料編1』東大史料編纂所架蔵影写本「佐々木文書所収」)。で吉井克信先生も隠岐の海産物は山陰と北陸(京都)の海運拠点は若狭小浜にあったので小浜で「美保関役」が徴収されたと指摘されてます......ところで「隠岐の海産物」って響きだけで食べたくなりますよね(笑)
凄い!こんなマイナーな地域をこんなにも詳しく解説してくれるなんて有り難い。資料収集が本当に大変そう。
隠岐といえば洒落怖屈指の怖さといわれる「コトリバコ」において古くにコトリバコの作り方を教えた人物が元々いた場所となっていましたね
おっきー戦国史
投稿お疲れ様です。今回は、驚くほど混沌としている隠岐氏の解説回でした。まさか、海士村上氏や水若酢大宮司家まで加わってくるとは…。想像だにしませんでした。隠岐氏は私も注目していた家で、最近では山名氏や大内氏との関係がどういう風にあるのだろうかと考えていました。今回の動画を見て考えたことは、隠岐豊清の「豊」字は、なぜ尼子方である豊清が、わざわざ敵対勢力である山名氏の通字を名乗ったのかです。もしかしたら、伯耆国の山名豊興または山名豊澄とも関係はあったのかもしれないのですが、でもなぜそこまでする必要があったのかは分からないです。 因屋城・国府尾城、行きたいです。
佐渡国の戦国史についても動画を作っていただきたいです!
申し訳ない、佐渡については私自身が前提知識レベルも殆ど知らないため難しいです・・・
先週、徳源院に行きました。京極氏の墓所は改修中のために拝見できませんでした。 ここにも出てくる高清や有名な道誉の墓まりにいきたかったんですが、、
動画制作お疲れ様です、海を渡ってまで尼子を救援したりしてたのに滅亡してしまうとは。隠岐氏の興亡は周りの大勢力の情勢に振り回される小勢力の悲哀を感じますね。
尼子再興軍と深い繋がりがあったんですね、それを考えるとノブヤボに隠岐が登場しても面白そう
隠岐に戦国時代があった事自体が驚きだし、かなりガチに殺ったり殺られたりしてるのにも驚いた。
のぶやぼでも対馬の宗氏が追加されたしすぐに元就に滅ぼされる晴久のテコ入れ的な感じで隠岐も追加されて欲しいですね。篠原長房とか三好三人衆やってることの割にステータス低すぎる…
いつか京極氏の西国での活動の動画も見たいです。
信長の野望の盲点ですね。
そういえば逃げ上手の若君アニメ化されていましたね。
隠岐かぁ、1泊で島前島後行きたいとこはだいたい回れたけど、船の都合上 知夫里島の赤壁は未達なのは心残り
久しぶりに天邪鬼の子が聞けて嬉しい♪
攻められた訳でもなく、粛清された訳でもないのに、消えてしまったのか隠岐氏は…
いや、「最新のまとめ!」とかいうけどこれまでTH-cam上でそのトピックまとめられてないから(笑)
最初の方に出た京極騒乱とかトップでしかかくさんの動画が来るw(応仁の乱全体ならもう少し色々な動画あるけど)
一度旅行で行ったけど景色はきれいだし古刹も多いし海の幸も酒も美味いしインバウンドに汚されていないし本当に楽しかったなぁ。ぜひ皆も一度は足を運んで欲しい隠岐は良いところだぞ~・・・
佐渡・壱岐・対馬・安房・志摩・蝦夷もお願いします()
隠岐なのか壱岐なのかすぐに忘れる
同じ離島の佐渡の戦国史を解説して欲しい。
佐渡は…マンガ「花の慶次」で本間家から上杉直轄化の戦いが(脚色込みで)描かれたから関心高めかも…ですね(汗
@@bingosaruしかも本間を悪人に脚色している。原作小説では戦うふりをしていただけだったし、慶次は最初から皆○しの予定だった。
10年くらい前に個人的に戦国期の尼子氏を掘り下げた事あって、隠岐氏が守護代であった事や、塩谷氏の乱の動向、尼子傘下→尼子の没落後は毛利家臣→尼子再興軍(鹿之助)が上陸して巻き込まれるまでは当時もわかってて、最後の当主が吉川元春に謀殺されて、吉川氏が支配権を握ったと読んだ記憶があったんですが、内乱(御家騒動)で滅んだ?んですね。そもそも調べようにも資料がほとんどなくて謎の多いとこだったんですが、よくここまで調べましたね…最近は隠岐の研究も進んでいるんでしょうかね…
隠岐奈のつつましやかな2つのオッキーナのように小さな島前島後も日本の大っきーな歴史に揺さぶられていたんだね
渋すぎる笑
凄く研究されてますねあまり陽の当たらない歴史に焦点を当てるのは素晴らしいです中国地方の方でしょうか?私は東京千代田区に生まれ住んでいる千代田区の郷土史家です鎌倉府の御家人から江戸府の旗本として続いている家に生まれたので今は江戸城内での儀礼の研究をしています楽しみに拝見しました今後も楽しみにしています
ありがとうございます。私は中国地方に住んでいる訳ではないのですが、主に中国地方について個人的に調べております。
安来民 松田備前守とか初めて聞いた///
後鳥羽上皇の子孫を自称する武将とかいると胸熱だけど、いないだろうなぁ
後鳥羽院の子孫は上賀茂神社の社家になってるよ。いわゆる「賀茂七家」と呼ばれる家々がそう。ちなみに大内義興の母親はこの賀茂七家のウチのひとつ「鳥居大路家」出身だから、大内義興も女系ながら後鳥羽院の子孫になる。そして、義興の娘と吉見正頼の子孫(大野毛利家や須佐益田家など)もそう。
材宗末裔が隠岐で牛突きしたとかでもええべ
鳥羽尊秀...
最新(初めて
おきのくに と読まないのは痛い
お主の頭はキレッキレやのう
まとめだなんだと主張しようが論文が全てやからな
仰る通りです。そのため、こうして話題になることで、学術的にまとまっていない隠岐国戦国史について専門家の人達が整理して論文にしていただくことを切に願います。
「隠岐の戦国史」なんて初めてのフレーズ。貴重!!
隠岐の戦国史纏められる人居ったんやという謎の感動
座り絵の操り方が細かい!
左下だけで既にアニメ作品みたいだ
この絵が異常に好きなんで
3回目は復習しながら拡大して
楽しみました。情報量膨大なのに
画面隅まで凝ってて感嘆/呆れますた
しかかくさんいつ寝るんだろ
いわゆる「軍紀物」をできるだけ排除して語ろうとすることの難しさを感じました。そして、これだけ語れるだけでも恵まれている部類かもしれないのが……
隠岐の戦国史、解説して頂いて本当にありがとうございました。出雲と密接に連動していて想像していたよりも勢力の変動があったのは驚きでした。私はあまり歴史に詳しくないので、一次資料に基づいた歴史解説を動画で分かりやすく説明してくれるしかかく様にはいつもお世話になっております。これからも楽しく視聴させていただきます🙇♂️
全く知らない戦国史で、勉強になりました😊
これは面白かったです。隠岐の島を観光しましたが、行ったところがあちこちでてきて理解が深まりました。
隠岐氏の歴史解説、大変興味深かったです。
隠岐氏の興亡を踏まえると、隠岐の秩序は出雲の政情に次第だと言えますね。
隠岐の戦国時代とは、渋いところを取り上げるものです。
たぶん、出雲と連動していたんだろうな、と思っていたが、こんな事になっていたとは。
興味深い情報を、有り難うございました。
ちなみに、隠岐は江戸時代、松江藩の領土となったが、幕末に短期間、独立している、という…まぁ、1年程でポシャったのですが。
いつもガッチリ勉強させてもらってます。
これからもよろしくお願いします。
ちなみに尼子推しです。
隠岐氏って玉若酢命神社の億岐氏のことと完全に思い込んでいました。まさか佐々木源氏だったとは、、、勉強になります!
これほど詳しい解説、ありがとうございました。
毎度すごいですね。
後醍醐天皇の流罪地という印象しかなかったけどこんなにも関わりあるのは初めて知りました。
京極材宗(きむね)って珍しい名前だなと思ったら「材」は足利義材(よしき)=義稙の偏諱なんですね
動画投稿、お疲れさまです
「出雲守護京極持清書状」(『福井県史資料編1』東大史料編纂所架蔵影写本「佐々木文書所収」)。で吉井克信先生も隠岐の海産物は山陰と北陸(京都)の海運拠点は若狭小浜にあったので小浜で「美保関役」が徴収されたと指摘されてます......ところで「隠岐の海産物」って響きだけで食べたくなりますよね(笑)
凄い!こんなマイナーな地域をこんなにも詳しく解説してくれるなんて有り難い。資料収集が本当に大変そう。
隠岐といえば洒落怖屈指の怖さといわれる「コトリバコ」において古くにコトリバコの作り方を教えた人物が元々いた場所となっていましたね
おっきー戦国史
投稿お疲れ様です。今回は、驚くほど混沌としている隠岐氏の解説回でした。
まさか、海士村上氏や水若酢大宮司家まで加わってくるとは…。想像だにしませんでした。隠岐氏は私も注目していた家で、最近では山名氏や大内氏との関係がどういう風にあるのだろうかと考えていました。今回の動画を見て考えたことは、隠岐豊清の「豊」字は、なぜ尼子方である豊清が、わざわざ敵対勢力である山名氏の通字を名乗ったのかです。もしかしたら、伯耆国の山名豊興または山名豊澄とも関係はあったのかもしれないのですが、でもなぜそこまでする必要があったのかは分からないです。
因屋城・国府尾城、行きたいです。
佐渡国の戦国史についても動画を作っていただきたいです!
申し訳ない、佐渡については私自身が前提知識レベルも殆ど知らないため難しいです・・・
先週、徳源院に行きました。京極氏の墓所は改修中のために拝見できませんでした。 ここにも出てくる高清や有名な道誉の墓まりにいきたかったんですが、、
動画制作お疲れ様です、海を渡ってまで尼子を救援したりしてたのに滅亡してしまうとは。
隠岐氏の興亡は周りの大勢力の情勢に振り回される小勢力の悲哀を感じますね。
尼子再興軍と深い繋がりがあったんですね、それを考えるとノブヤボに隠岐が登場しても面白そう
隠岐に戦国時代があった事自体が驚きだし、かなりガチに殺ったり殺られたりしてるのにも驚いた。
のぶやぼでも対馬の宗氏が追加されたしすぐに元就に滅ぼされる晴久のテコ入れ的な感じで隠岐も追加されて欲しいですね。
篠原長房とか三好三人衆やってることの割にステータス低すぎる…
いつか京極氏の西国での活動の動画も見たいです。
信長の野望の盲点ですね。
そういえば逃げ上手の若君アニメ化されていましたね。
隠岐かぁ、1泊で島前島後行きたいとこはだいたい回れたけど、船の都合上 知夫里島の赤壁は未達なのは心残り
久しぶりに天邪鬼の子が聞けて嬉しい♪
攻められた訳でもなく、粛清された訳でもないのに、消えてしまったのか隠岐氏は…
いや、「最新のまとめ!」とかいうけどこれまでTH-cam上でそのトピックまとめられてないから(笑)
最初の方に出た京極騒乱とかトップでしかかくさんの動画が来るw
(応仁の乱全体ならもう少し色々な動画あるけど)
一度旅行で行ったけど景色はきれいだし古刹も多いし海の幸も酒も美味いしインバウンドに汚されていないし本当に楽しかったなぁ。
ぜひ皆も一度は足を運んで欲しい
隠岐は良いところだぞ~・・・
佐渡・壱岐・対馬・安房・志摩・蝦夷もお願いします()
隠岐なのか壱岐なのかすぐに忘れる
同じ離島の佐渡の戦国史を解説して欲しい。
佐渡は…マンガ「花の慶次」で本間家から上杉直轄化の戦いが(脚色込みで)描かれたから関心高めかも…ですね(汗
@@bingosaruしかも本間を悪人に脚色している。原作小説では戦うふりをしていただけだったし、慶次は最初から皆○しの予定だった。
10年くらい前に個人的に戦国期の尼子氏を掘り下げた事あって、隠岐氏が守護代であった事や、塩谷氏の乱の動向、尼子傘下→尼子の没落後は毛利家臣→尼子再興軍(鹿之助)が上陸して巻き込まれるまでは当時もわかってて、最後の当主が吉川元春に謀殺されて、吉川氏が支配権を握ったと読んだ記憶があったんですが、内乱(御家騒動)で滅んだ?んですね。
そもそも調べようにも資料がほとんどなくて謎の多いとこだったんですが、よくここまで調べましたね…最近は隠岐の研究も進んでいるんでしょうかね…
隠岐奈のつつましやかな2つのオッキーナのように小さな島前島後も日本の大っきーな歴史に揺さぶられていたんだね
渋すぎる笑
凄く研究されてますね
あまり陽の当たらない歴史に焦点を当てるのは素晴らしいです
中国地方の方でしょうか?
私は東京千代田区に生まれ住んでいる千代田区の郷土史家です
鎌倉府の御家人から江戸府の旗本として続いている家に生まれたので今は江戸城内での儀礼の研究をしています
楽しみに拝見しました
今後も楽しみにしています
ありがとうございます。
私は中国地方に住んでいる訳ではないのですが、主に中国地方について個人的に調べております。
安来民 松田備前守とか初めて聞いた///
後鳥羽上皇の子孫を自称する武将とかいると胸熱だけど、いないだろうなぁ
後鳥羽院の子孫は上賀茂神社の社家になってるよ。いわゆる「賀茂七家」と呼ばれる家々がそう。
ちなみに大内義興の母親はこの賀茂七家のウチのひとつ「鳥居大路家」出身だから、大内義興も女系ながら後鳥羽院の子孫になる。そして、義興の娘と吉見正頼の子孫(大野毛利家や須佐益田家など)もそう。
材宗末裔が隠岐で牛突きしたとかでもええべ
鳥羽尊秀...
最新(初めて
おきのくに と読まないのは痛い
お主の頭はキレッキレやのう
まとめだなんだと主張しようが論文が全てやからな
仰る通りです。
そのため、こうして話題になることで、学術的にまとまっていない隠岐国戦国史について専門家の人達が整理して論文にしていただくことを切に願います。