スサノオ、聖徳太子、応神天皇、忌部など痕跡が目白押しの聖域・眉山を徹底解剖【阿波・淡路古代史編⑤】
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- เผยแพร่เมื่อ 29 ก.ย. 2024
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こちらの動画はシリーズでお届けしています。
まだ様々な視点からの情報を出している途中なので、阿波説について疑問を抱かれる方は是非最終考察までご覧になってからのコメントをお待ちしております。
信政の野望今回は
阿波・淡路古代史編⑤
【眉山編】
現在の徳島の玄関口は鳴門市のイメージですが、古代は徳島市街にあるこの眉山の辺りまで海が入り込んでいたため船で直接入って来られる玄関口のような場所でした。
スサノオや聖徳太子、空海に応神天皇と様々な人物に関する神社や遺跡が集まっている聖域眉山から阿波の古代史を見て行こうと思います。
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このチャンネルではお城や神社仏閣などをぶらり観光しながら、歴史についても学べるそんなチャンネルです。
まだまだ謎の多い日本の歴史を妄想や考察もしながら皆さんと一緒に楽しんで行けたら嬉しいです。
ひょっとしたらあなたの先祖やルーツを知るキッカケにもなるかもしれません。
史跡に関する情報はもちろん、付近のグルメなどもおススメがあったら紹介して行こうと思います♪
是非チャンネル登録やコメント、よろしくお願いします(^^)
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#日本史 #古代史 #阿波
この動画を懐かしく拝見しました。私は81才の老人ですが、18才まで徳島市に在住し、眉山には運動のため週に1度は山頂まで登っていました。私も本動画の説に大賛成です。眉山山頂から阿讃山脈が見えますが、見える範囲の最高峰が大山(標高691m)です。私は中学時代にこの大山にも登りました。大山からは、「伊の国」全体が一望できます。現在は、大山の中腹には大山寺がありますが、その奥宮が伊予国一宮の大山祇神社の元宮だと言われています。
ありがとうございます😊
やはり阿波から伊予へ、という流れになりそうですね!
そうなるときっと伊予にも重要な役割が与えられていたんだろうな〜と、こちらも早く調べてみたくなりました!
22のご縁に感謝です。貴重なお話ありがとうございます♪
神武像は日清戦勝記念、豊玉姫の元宮は城山であったかと思います。
眉山とは少し離れますが、上八万町にお祀りされております神代踊りで有名な宅宮神社(えのみや)も良きですよ。
またまた、拝見しちゃいました。
徳島は、本当に不思議な場所ですよね。日本神話を追って行くと、痕跡・証拠・情報などが全て揃っているんですよね。
須賀とは大きな河川のほとり等で土砂が堆積して出来た土地の事。
吉野川流域には現在も「~須賀」という地名が多くあり、素戔嗚命の「須賀の宮」なども恐らく吉野川流域
に在ったのだろうと考えています。
そして飛鳥(アスカ)とは元々は阿須賀(アスカ)で、阿波国の須賀の意。奈良の飛鳥はきっと奈良時代以降に阿波の阿須賀(アスカ)に
ちなんで付けらた地名でしょう。
やはり持統朝までは阿波だったと思います。推古天皇の次の天皇である舒明天皇が唄った歌に次のような歌が在ります。
「倭には、群山あれど、とりよろふ、天香久山。登り立ち、国見をすれば、国原には煙立つ立つ、海原にはカモメ立つ立つ、うまし国ぞ、蜻蛉島、倭の国は」
この歌の中には海原とかカモメが登場していて、阿波でならば普通に見る事の出来る情景ですが、内陸の奈良盆地では絶対に見る事の出来ない情景です。
この事は舒明天皇の時代においても依然として都が阿波に置かれていた・・という事を意味しているんじゃないでしょうか?
徳島生まれ 東京在住の50代です
恥ずかしながら こんなに阿波に古代の痕跡があるなんて知りませんでした
もっと郷土の神様を崇敬したいと思います ありがとうございます
中学校の校長先生が 忌部先生でした 忌部神社の宮司さんらしいって
子供は普通に接していましたが いい先生でした 生物が本職らしくて
年に一度は忌部先生の引率で 龍王山に登って 植物採集していました
今でも中学校の思い出というと植物採集です
内容が濃いですし量が多いです。
そのうえさらっと話すので聞き逃しそうです。
黒岩神社での踊りのリズム韓国の踊りのリズムとそっくりでビックリしました。何があったのでしょうか、
徳島は遺跡もすごいですよ。
この辺りは遺跡だらけです。もしかしたら鳴門から吉野川下流域まではものすごく大きな縄文後期から弥生時代にかけて一大都市だった可能性のある遺跡が続いています!
石井町出身です 嬉しい情報満載🎉ありがとうございます🙏🌸
2019年頃から邪馬台国=四国説で阿波に興味があり徳島に行きましたが 阿波の神社はへんな外人もいなく 日本古来を感じています
練馬駅に豊玉の地名があります。近くに氷川神社があります。聖徳太子も徳島県にいたんですか!
大変勉強になります、動画アップありがとうございます。きちんと現場調査もされていて説得力がありますね。
阿波が日本のはじまりだったとなると困る関係者の方(学者・神社関係者・文科省など)もいらっしゃるかもしれませんが、日本の本当の歴史を知りたいです。
「それでも地球は回っている」と信念を貫いたガリレオのように、真実の解明に頑張ってください。
高良の宮が竹内宿祢ですね、神功皇后、応神天皇、の関係は今でも不思議です、応神天皇は阿波生まれか?渡来人か?
大三島にも行かれるのですね。
私は国産みの隠岐の三つ子島は大三島じゃないかなと思ってます。
奇跡的な天然の防波堤に囲まれた宗方港の表札のように小さな三つ子島が浮かんでおり、三つ子島は古代今治エリアの象徴だったでしょうし、国宝武具の過半数が大三島納められていることや今治に伊予国府があったことなど、瀬戸内の最重要エリアだったことは間違いありません。そんなことを考えながら、今治側から沖に見える三つ子島を眺めるのは至福のひとときです。
すごい!素晴らしい動画です!
当方の次回の動画から、詳細は違えども、阿波から日本が始まったと考えておられる
発信者のリンクを貼らせていただきます。
わぁ〜!
ありがとうございます!!
僕もいつもANYAさんの動画楽しく拝見させて頂いてます😊
@@shingekinobumasa お互い、阿波の解明に頑張りましょう!
ANYAちゃんねるさん!ご本人!
こんにちは。
いつも見させていただいてます。
私は徳島市在住ですが、阿波の神社など知らない事を知ることができてありがとうございます。
眉山近辺の神社などを見てみようと今日、回ってみました。
この動画では「神武天皇像は、明治天皇が乃木将軍に命じて建てた」とありましたが、像の近くにある
説明書には「明治30年に、当時丸亀歩兵12連隊に入隊し出征した徳島県人971名の醵金によりなされた」と書いてありました。
明治天皇も乃木将軍も出てきません。その情報はどこから出たものでしょうか?
ありがとうございます😊
「道は阿波より始まる」という書籍ではそのように説明されています。
僕もどちらが正しいのかは詳しくはわからないんですが、現在の阿波説が盛り上がるキッカケの1つにこの書籍がある事から、こちらの話しを紹介させて貰いました🙇♂️
吉野ヶ里遺跡のニュースが栄えてる中、
よく真実追及しながら、良質な動画作れるなぁ…、すげーわ🤣🤣
励みになる嬉しいお言葉、ありがとうございます😊
現地に足を運んで丁寧に考証されてる。ホント素晴らしい動画。ただ気になる点が一つありまして「足跡」は「ソクセキ」と読んだ方が適切かなーと思ったりします。
動画有難うございます。先月、剣山へ上がる予定が天候悪化で断念しました。周辺の白人神社等々へも詣でれなかったので、次回動画も楽しみにしております。
いろは歌は弘法様が作ったという説がありますよね、そこから『いの一番』という言葉が生まれた事、いの国と合わせて考えると面白い。
天石門別豊玉姫神社は行ったのに和多津見豊玉姫神社はいかなかったのですか?
大御和神社はコウノミヤ
聖徳太子の上宮はウエノミヤではなくコウノミヤですよ。
上宮 かうのみや→コウノミヤ
東京からの弾丸旅だったので行きたいところ半分も行けませんでした🥹
逆に言うとそれだけ阿波は気になる所だらけです!
徳島の府中駅はコウエキと読みますが、聖徳太子の上宮=コウノミヤが大御和神社の別称に引き継がれ、現代に残っていると考えると面白いですね。
🌿学識の豊かさもさることながら 離乳食の如く噛み砕いて講義して下さる 人としてのその優しさに感動しました。🌿 とても大きな事績なのに 野辺に小さく佇んで過ぎし日を語る今の在り様に 私達が失おうとしている大切なものに ハッとさせられます。🌷深謝御礼!🌿
神話や神社の話が多いですね。
神社の歴史は、一部を除いて
歴史は、平安時代以降が大半です。
もちろん、古代信仰はありましたが神社自体は、古いものではない。
余り神社や神話にこだわり過ぎないことが大事だと思う。
動画は、楽しいです♪
大山は上板の大山さんからでは?☺️ 山の神と野神神がセットになっております~ 伊予の三島には野神様がいないので阿波から伊予の三島へと個人的に思っております~☺️
現在の大山寺の上には黒岩大権現ですので❗全て合うと思っております~☺️
天の香久山が割れた片方が伊予に、という話もあるので阿波から伊予にという流れは僕もその通りだと思っています(^^)
大山寺には昭和天皇も来られていますね
今回も楽しく拝聴しました!!!(*≧∇≦)ノ眉山(以ノ山)此処は島よりか、岬と言われてます❗(御大岬)みほみさき❕☝️とも~高良峯祠~❗また毛受ヶ原→仁徳天皇~ササギの抜け穴❗❕☝️そうなんですよねぇ‼️!(*≧∇≦)ノ阿波色々尋ねていただいて大感謝です❕☝️阿波人のひとりです❕☝️配信動画ありがと😉👍️🎶うございました!👍️👊😆🎵
確かに岬と言った方が正しかったかもしれません!
ありがとうございます😊
@@shingekinobumasa ササギの抜け穴❗❕☝️ひょっとしたら❗堺の百舌へ遷した跡かもしれませんよね‼️御遺体ごと~👍️
神武東征は四国を通ってなされたのだと思います。山陰を通ったとの通説は明治以降の長州藩のゴリ押しでしょう。
土地に残る祭事等は歴史検証の最重要ヒントになるんだなと実感しました
ほんとうにこのチャンネルはもっと多くの人が見るようになると思っています。大変でしょうけど頑張ってください!
ありがとうございます😊
天照大神の名前「オオヒルメ」はオオゲツヒメの別名「オオアワメ」が変じた物であろうと思います。
古代の阿波地方では、山側をソラ、海側をイヅモと呼び、眉山周辺には素戔嗚に関わる地名や神社が多いというのは興味深かったですが、イヅモと言えば、もう一人・オオクニヌシが関係深く、建国の功労者として名高い上に、高天原一族に国譲りもしたと古事記や出雲国風土記にも多く書かれていると聞きます。眉山周辺には、大国主にまつわる史跡などはあるのでしょうか?また国譲りの使者が高天原から出雲に遣わされて、出雲が応じるまでには非常に長い時間がかかったようですが、そこまで長い期間、高天原族が返答を待っていたのには、阿波と出雲の間の距離が影響していると思います。コレがイヅモが相手の場合だったら、そんなに長い時間待ったでしょうか?
🌿追伸、本日ただ今より 先生のファンになりました。🌻
眉の近くに耳があるなら、目もあるはずそこが天照と月読の生誕の地?
熱田神宮何回か行ってるのにこんなに色々な神様が祀られているとはしりませんでした。また、いつかお参りしたいとおもいます。
徳島に住んで神社巡りしているものです😆。ほんまにおもっしょいけん、また来てください!(黒岩神社まだ行けていません!)
初めまして。還暦を過ぎた徳島市民です
ふと目に留まって懐かしくて拝見しました
今は徳島市の県庁のそばにに住んでいますが、20歳までは眉山の東側の麓に住んでいました
小さい頃は眉山が遊び場と言えるくらいよく登っていました
小学生の頃は(眉山の麓にある新町小学校)雨で遠足が流れると代わりに眉山に登るのが恒例でした
子供の頃ですから神社の名前やら由来やら全く知らずに遊んでいましたので、初めて知る事ばかりで眉山て凄い所だったんだと50年以上前の事を一生懸命思い出しています
本当に懐かしい
空と言うのは徳島県西部の三好市辺りで空の人と言われています。
三木家は忌部氏の末裔ではないらしいですよ!!
コメント欄で教えて頂き驚きました…!
それが正しい情報として証明されて広まる日が来るといいですよね😊
@@shingekinobumasa さま
もっと位が高いそうです。
『のだせんいち』さんのチャンネルの1ヶ月前の土佐野さんの発表を貼りつけようしましたが、何故か、貼りつけられないです😱
三木家と後藤田家が犬猿の仲なのもそのせいかも。
若い頃はガンガン夜中に頂上まで車で上って夜景観てたのに40なってから登ってみたら道もクネクネしてて危ないし頂上の駐車場から展望台なんて1人では怖すぎて絶対上れないと思ったw
明日古事記めぐりで徳島から淡路島を参拝巡りしたいと思っていましたが
地元徳島にも由来がある数々の場所があるなんてびっくりしました。
徳島も是非巡ってみたいと思います。
ご縁に感謝です🙏✨
😮
勉強になりまります。黒岩神社が大三島の大山祇神社から勧進されたとことに興味がありました。式内神社の伊予神社は愛媛開拓の祖・孝霊天皇の皇子を祀る古社です。主祭神は彦狭島命。第7代孝霊天皇の皇子で、『古事記』には播磨の牛鹿の臣の祖とある。反抗勢力に対するため当地に派遣され、神崎庄に鎮座したという。彦狭島命の子孫が、大三島の大山祇神社の神職家の家系につながっていくそうです。なぜ、彦狭島命が伊予を開拓したのに話題にならないのでしょうか?伊予は戦わずに平定された?伊予から東進した?吉備との関係は?伊予の調査もたのしみにしています。 工学博士芸人 遼子規キンジロ
情報ありがとうございます!
まだその辺り詳しく調べられていないんですが、伊予となっている以上何かしら繋がっているのは間違いないですよね😊
連絡ありがとうございます。伊予の調査も期待しています。天山で岩が2つに分かれて伊予と大和に分かれたと話が、伊予風土記、阿波風土記にあります。記紀でも、最初に出てきて、その後出てこない四国になないかあると思います。
ふと思ったんですが天照と須佐男って色々話に出てきますが月読ってあまり話に出てきませんね。
地元では八万の眉山の話しや父方の先祖が瀬戸水軍で大山祇神社は先祖が建てたと言われていて、神に舞を見せる相撲をしていたと苗字から調べたところわかり、産まれたところは母方の地元の眉山の麓で何か縁がありそう言うルーツになってるのかと面白くなりました。
面白い動画でした。
ちなみに、信じないとは思いますが、その先祖が神を祀る仕事していたからか、昔から色々先読みや映像が見えます。
多分なんかそれも関係するんやと思います。
Twitterで知り合った人と四国や徳島の日本スタート説など自分たちの苗字を調べてルーツを調べる活動をLINEグループで今回の動画など面白いのあれば紹介し合うサークル作って遊んでます。
この動画もそこで直接知り合いから教えてもらいました。
僕に関わる内容ということで
ありがとうございます!
そして素敵なご先祖様ですね😊
祖母が徳島なので、小さい時は長いこと徳島にいっていました。
現地の方の話し方が懐かしく、涙がでてきました。
面白い動画有難うございます。
ありがとうございます😊
徳島良い人ばかりで大好きになりました!
すごいなー。神話の世界が現存してる。こんな国はイスラエルと日本だけだろな。
徳島県中部の穴吹地域と貞光地域で明治時代にバトルを起こし、裁判所が何の信仰的な背景のない眉山に移された忌部神社をご存じでしょうか
地元の皆さんは近くの金比羅さんにお参りしていますね。
伊のつく地名に興味を持っています。
意味をウイクショナリーで調べますと、「人」+音符「尹」。「尹」は、手で神杖を持った様を表わす象形文字。伊は神の意志を伝える聖職者。治める人の意を表す。調和をさせる様、殷初期の伝説の宰相伊尹(いいん)に因み嘉字とされ、人名、地名に用いられる、とあります。 イの國に伊が使われるのも理解できますね。
伊の漢字の意味からも繋がるというのはとても面白いです!
ありがとうございます😊
神回。素晴らしく調べてらっしゃいますね。まさに豊玉姫神社に詣ってきたところです。黒岩神社興味深い!チャンネル登録させて頂きました。
知らないところも多く出てきました。ありがとうございます。また、行ったところも、そんな繋がり・言われがあるのかと感心しました。
私は東北に住む者で、阿波に関しては素人ですが、大変勉強になっております。更に、コメント内容に関しても素晴らしい勉強になります。この質の良いチャンネルに私の疑問をあげさせて頂きます。
記紀によって以前の歴史が闇の中へと隠されてしまいましたが、古事記のイザナギとイザナミの古代からの神話に、藤原不比等が手を加えたことに気付きました。イザナギとイザナミは不比等夫婦を表しているようです。天武天皇に嫁いだ不比等の妹の五百重娘(いおえのいらつめ)を天武天皇が亡くなってから嫁にしており、その子が藤原麻呂です。イザナギとイザナミの設定が兄妹ということに違和感を感じていましたし、兄妹の関係なのに柱を回って始めて会ったことの矛盾が藤原不比等が自分たちをイザナギとイザナミに置き換えることで、後の天皇家の元になる天照大神の上位に立つことになります。古事記の研究はまだ始めていませんが、少し読んだ時に気付きました。内容にはまだ色々不比等に関係しているかも知れないところが見受けられますが、私が今一番知りたいことは、イザナギ神社は阿波にあったはずだと思いますので、その痕跡を調査して欲しいと思いました。
今淡路島にあるイザナギ神社は不比等が遷宮したのではないか?と思ったからです。
畿内には、熊野本宮大社を頂点として、イザナギ神社と元伊勢籠神社と伊吹山と伊勢神宮を結んだ五芒星が有名ですが、その中心の五角形に平城京や平安京が位置していることから、陰陽師が関わっていると想像出来ます。そこから、イザナギ神社が淡路島の今の位置にある必要が生じて、阿波からイザナギ神社を移したと考えられるのです。
イザナギが不比等であれば都を守護する立場にもなります。元イザナギ神社が阿波から消された意図が、不比等の思いにあるように考えます。イザナギ神社の元位置を探して頂ければ幸いです。
藤原不比等の辺りは僕もまだちゃんと研究できていないので全然答えが出ていないんですが、例えばアダムとイブもそうですし始祖が兄妹から始まるのは神話ではよくあるんですよね。
イザナギとイザナミも単純にそういった神話からヒントを得て作られている可能性もありますし、また妹と書いて一般的な男女のペアの女性を指す場合や妻と同じ意味になる事もあるみたいなので、イザナギ神社も含めてもう少しじっくりと考えてみようと思います!
コメントありがとうございます😊
中の人、心理カウンセラーのラッキーさん?
残念ながら?ラッキーさんではありません😂
古代史好きにはなかなか面白いユーチューバーと思い、チャンネル登録しました!
さっそく今宵の晩御飯とともに視聴致します。
これからもフィールドワーク配信楽しみに視聴致します!
ありがとうございます😊
記紀の記述に基づいて作ったテーマパーク、というのが私の考えです。
@@willkill95328 四国には壮大なスケールのスタンプラリー、お遍路さんも有りますからね。
来週、徳島県に行く予定です。スポットも沢山有り過ぎで、正直絞り込むのが難しいですね。
エリアを絞って行かないと大変な事になりますよね!笑
素敵な旅になりますように(^^)
@@shingekinobumasa
ありがとうございます。阿波旅行に動画を参考させて頂きます。
歴史の解釈は人それぞれ、✳欄を拝見しただけでとても面白いです。
私の故郷は福岡県京都郡みやこ町です。京都府がまだ京と呼ばれる以前から京都【みやこ】とよばれていた場所で応神天皇出生地、仲哀天皇縁の場所があります。
京都府の方々が此方を訪れた際には、此処にも京都があると驚きますが、歴史はずっとずっと古いです。
私は邪馬台国九州説を信じる一人ですが、遥か彼方の遠い遠い昔のことであり、何が真実なのかは誰にも解らないことだと想います。
古文書に書かれている事柄にしても都合の良いように解釈したり嘘で塗り固められたりと真実は闇の中だと想います。
様々な意見や解釈がされるのはそれはそれで面白いのかも知れませんね。
余談にて・・・初めて✳しました。なかなかに興味深き内容でした。
大変面白かったです。失礼いたします。
ありがとうございます😊
福岡の京都ですか!
地名からしても不思議な匂いがプンプンしますね。
阿波視点での動画を作ってはいますが、僕は九州も重要な場所だったのは間違いないと思っています!
立地的にも大陸の玄関口ですし、九州にいた勢力が日本を作って行く中で重要な役割を担っていたとも思っています。
九州にもいつか足を運んでそちらの謎も紐解いてみたいなと思います(^^)
スサノオノは伊弉諾大神から
産まれたのに、なぜ根の国の
イザナミ大神が恋しいのか
不思議でならない
流石に強引すぎだが、勇気をもらった