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ルールがどうなるか次第で勝敗変わるまさに「最後の審判」ですね。これを作った人は本当に素晴らしいと思います。
東大准教授が高校時代に作ったらしい。
てんさいすぎんか
尊敬します!凄く分かりやすくてとても楽しめました!
コレを作った縫田さん、大論争になるとまでは思っていなかったらしいんですが、結果的に現行将棋ルールの潜在バグを見つけるあたり、数学者っぽい緻密な頭脳の持ち主ですよね。
大道詰将棋の本とか色々見てた気でいたけどもこんな問題初めて見ました。発想してこの図形を作り上げるのはある種芸術品ですね
これは考えた人が凄いですねぇ。 だから双玉だったのですね。
反則手でも指せるからセーフ派の方々は、通常の打ち歩詰めについてはどう解釈されているのでしょうか。打ち歩詰めの局面でも、反則負け覚悟で玉をワープさせるような手は指せるはずですが、そんな手は考えませんよね。この問題は詰みの定義の曖昧さをついた大変興味深いもので、個人的にはその定義をもっと厳密にしないと結論できないと考えます。
自分は、連続王手の千日手は禁じ手なので指せない=打ち歩詰め。の考えがしっくり来ます。打ち歩詰めも禁じ手で指せないので、歩合い以外を選択することになり、先手勝ちだと思いました。
連続王手千日手の禁手は他の反則(駒の動かし方のルール違反、ニ歩等)と比べると異質。連続王手千日手の禁手だけは自分の指手でなく相手側の指手で成立するというケースもあり、指手というよりは局面判定で成立するという見方もできるため、揉める要素となる。局面判定で成立という見方をすれば、60手目の56歩は打歩詰めとならず、同角と取った局面で禁手成立となる。それ故、両者の主張を相殺して「通常の千日手指し直し」裁定になる可能性が高い。
有名な将棋ラノベ りゅうおうのおしごとでも『最後の審判」出てきまして、気になっていました。実に面白い問題でした!
まさか「調整中です」という裁定を遊戯王以外で(しかも将棋で)見ることになろうとは…
これはすごい 歩を打ったことによって反則以外では詰み状態を回避できないので、これは打ち歩詰めを回避する義務が後手にあるとしていいと思う
事実、りゅうおうのおしごとで出てきました。結果論としては引き分けになりました
~打ち歩詰めを回避する義務が後手にあるもしくは、千日手の起点を1つ前や1つ後に変えれるルールとか。
最後の審判の存在を知って検索で来ました。聴き覚えのある声だったので確認しましたが、一陸の解説動画で大変お世話になりました!お陰様で合格しました!
合格おめでとうございます!声で分かるとは😊
将棋の詳しいルールはよく知らないけど、そういうルールによって矛盾するものを考える人は本当にすごいと思う
天才すぎる。新しいルールが必要ですね。個人的には、最後の歩(56)は打ち歩詰めで打てないと思う。プロ棋士はどう考えているのかも聞いてみたいですね。
反則手であっても指す義務があるのか?無いのか?の答えが出れば、最後の審判やステイルメイトの答えが一気に解決するんですけどね・・・
こんなのよく考えたな。考えた人頭良すぎる。
全てのコマに意味がある
日本将棋連盟による「詰み」の定義は『一方の側が玉以外の駒の利きを敵玉の存在するマス目に合わせるような指し手、つまり玉に取りをかけることを“王手”といい、かけた側から見れば“王手をかける”という。王手をかけられた側が、その王手を次の一手で解除することが不可能になった状態、つまり次にどのように応接しても玉を取られてしまうことが防げない状態を“詰み”といい、玉側からみれば“詰まされた”という。』この内の「次の一手」という表現が合法手を指しているのは明らかだから、「歩を打って相手を詰みの状態にすること」を「打ち歩詰め」の定義とするならばこれは打ち歩詰めにあたると思う。
駒の性能上は同角と取れ、王手の連続千日手回避義務は王手をかけている側に課されていることを考慮すると、上記の定義では本件の場合を「打ち歩詰め」とするのには疑義が生ずる。
「連続王手の千日手」を「非合法手」とするのは自明なことではないんですよね、そこが議論の焦点となるみたいです
It's a sin to checkmate the king ♫
これってもっと簡単なパターンでループする問題ってまだ発見されてないですか?
解説分かりやすいですね!解説されないと、そもそもの千日手の発端である5六歩の捨て合いの意味が分からなかったです。指し将棋は一応アマ五段クラスなんですが。やっぱりロジカルで厳密な分、詰将棋は苦手だわ。
詰みというものはその局面単体で判断されるべきものであるように思います(あくまでただの個人的な思想です)局面単体を見れば56歩合は取り返せるので打歩詰ではなく、連続王手千日手が成立し先手反則負け(即ち不詰)という解釈派ですあくまで解釈の問題なのでどちらも妥当性はあると思いますし揉めることもないと思うのですが、普通に将棋をやっている人であればこのような形が詰み(打歩詰)になるのは何となく気持ち悪いのではないかと思います
この作品については、発表当時、結論をどうするかをめぐり、かなり議論があったと聞いています。ただ、結局は「詰むとも詰まないとも言えない」という結論に至ったと記憶しています(間違えていたらすみません)。私自身はこの作品を仔細に検討したことはなく(作品の存在と議論があったことを知っている程度)、したがって結論についても特段の持論はなかったのですが、この動画を拝見したことで、自分なりに答えを出してみようかと思っています(笑)ありがとうございました。また、この作品を見るたび、なぜか私は『来るべきもの』を思い出します。煙詰の理論上の最短手数を実現したことで知られる作品ですが、もし可能であれば、そちらもご紹介いただけると幸いです。
ただ実際のところ、これは詰将棋(攻め方が連続王手しないといけないルール)であるから成立しているのであって、それを考えなければ、必至がかかっているので単純に先手の勝ちになる。結局のところ、このような状態が起こることは無いに等しいだろう
例えば、飛車を離して打って、合い駒できればまだ詰みじゃないけど、持ち駒が歩しかなくて、合い駒すべき場所は二歩になるからできない。というような場合、飛車打ちで詰んでるのでしょうか。それとも反則手ではあるけど二歩できるんだから、二歩した瞬間負けになるのであって、飛車を打っただけではまだ詰みではないのでしょうか。同様に、歩を打っての王手に対する対応が同角しかなく、その同角が反則手である千日手だった場合、歩打ちで詰んでるんでしょうか。それとも反則手ではあるけど同角できるんだから、歩を打っただけではまだ詰みではないのでしょうか。詰んだ/詰んでないのタイミング判断と反則手という意味では、この前者と後者は同じロジックなのかな…と思います。前者は詰みだという風に感じるので、後者も同様に詰みだとした場合、打ち歩詰めになる気がします。
前者は明確な詰み。しかし、後者(連続王手千日手と打歩逆王手が被った場合)の扱いは明確に決まっていない。後者は両者の主張が衝突した結果、「通常の千日手指し直し」の裁定になる可能性が高い。
打ち歩王手に対する同角が、反則千日手ではなく、角が移動することで相手の飛車の効きが自玉に当たる場合は、打ち歩側の反則とされていますよね。打ち歩のあとに「連続王手の千日手確定の手をさすか」「自玉が取られてしまう手をさすか」は同じ反則負けを誘う行為に思います。打ち歩詰めの詰ませ方に特別なルールが規定されていないのであれば、両者は同じ解釈が適用されるべきと思います。
@@tarohyamada2389 打ち歩詰め(詰め)と言えるかについて、別の視点のものを少し調べてきました。打ち歩詰めだけでなく、連続王手の千日手の方にも論点があるようです。連続王手の千日手は、禁じ手ではなく。禁じられた局面と言われるようです。これは、王手をかける側だけでなくかけられる側がこの局面を作り出す場合があるからで、この時、最終的に四度目の同一局面を作り出す手を指した側(王手されてた側)でなく、相手方(王手をかけ続けた側)の負けになり、禁じられた局面を作り出す一手が禁じ手になるわけではありません。翻って、王手をかける側が四度目の同一局面を作り出す場合は、その手を指した側が負けるわけですが、前述のように、連続王手の千日手=禁じ手というわけではなく、それが自殺手になっているから禁じ手に含むべきであろうという解釈のようです。通常の自殺手は、王手放置や、自ら相手の駒の利いている位置に移動する、合い駒を自らどかすというような、次に王将取られる手のことを言うのが一般的なようで、「禁じられた局面を作り出す一手で、それを指した側が負けとなる場合」にも自殺手になるかは、ルール記載の中で曖昧なままのようです(?)そのため、自殺手およびその他の禁じ手「以外」の手(禁じられた局面を作る手)による応手がある場合、詰みと言えるかという論点が生じるようです。多分。ネット検索で将棋ファンの方のコラムを見つけて読んだだけなので、私の理解が誤っている可能性もありますが、参考まで。
@@shhi9379 「通常の千日手指し直し」になる可能性は無いです。通常の千日手ではなく連続王手の千日手なので。ルールに照らし合わせれば、少なくともどちらかの反則負けになることは確定していて、どちらの反則負けになるのかが曖昧という状態です。
初見時「これは明らかに後手玉の詰み、完全作でしょ」と感じその数年後に「いや詰まないな。詰まないというルールを採用すべきだ」と考え最終的には「詰む、詰まない、両解釈とも妥当性が高い」という結論に至った、この詰将棋が大好きな僕からこの詰将棋を初めて見て「これは詰みでいいだろう」と思ったあなたに向けて、その考えを揺るがせるかもしれない2つの事実。・連続王手の千日手は、今回のような王手がスタートのループ手順の他に、(王手に対する)相手の応手がスタートのループ手順の場合がある(同一局面4回A→A→A→Aの手順中一方の指し手が全て王手であることが連続王手の千日手の定義。つまりの最後の指し手が王手である必要はない)そしてそれはレアケースではない。連続王手の千日手となる王手を一律に「指せない手」とするならば、このパターンの場合は王手した直後にはまだ同一局面4回目にはならないのに禁じられることになる。・当たり前だが、「同じ局面を繰り返しているだけなのに状況が変わる」という趣旨の最後の審判を詰みと捉えた場合「同一局面なら合法手(指せる手)は全て同じ、故に状況も同じ」という一見当然成り立つべき法則が成り立たなくなる。
前者について。最後の指し手が王手でないケースがあるのはわかりますが、少なくとも「最後の審判」は最後の指し手が王手であるケースなのだから、この場合に絞って考えればよいのでは?後者について。「同一局面では状況も同じ」だと文字通り千日指していても終わらないから「千日手」(連続王手でない千日手)というルールがあるのです。じゃあ連続王手であろうとなかろうと千日手は全部指し直しにすべき(そういうルールに改めるべき)という主張もありえて、それはそれで筋が通っていると思いますが。
@@plainsboro2860 前者について既に約500年の歴史がある将棋について、経験的に定められている絶対的なルールがあって、そのルールを解釈する…そんな感じの立場としてはおっしゃる通りです。この場面のルールについて経験から解釈したり類推したりすればいいですね。一方でこの詰将棋を受けて「合理的なルールを考える」とか「ルールを整備する」というような立場に身を置いた場合、連続王手の千日手というルールは「できれば、全体として記述(定義)しやすいルールである方がいい」「できれば、全体として一貫したルールである方が良い」ということになります。この立場なら、経験的によくある局面から類推するというよりは、連続王手の千日手のもう1つのパターンから類推することも重視されるでしょう。後者について「状況」というと意味が広すぎましたが、ここでは「その局面及び以後の局面における合法手の全パターン=(いわゆる)ゲーム木」が等しいという意味です。なので勝敗判定が下る直前までの範囲で考えて欲しいです。さて、この後者を問題にしたのは、まず1つにはほぼ文面通りで、「同じ状況のはずなのに違うことになるルールは変でしょ?」とプレイヤーの直観に対する違和感を煽る目的がありますがまあ実際はこの詰将棋を詰みだと考えている人には「確かに意外だが、将棋のルールから必然的にその意外性が生まれるのはかえって面白い」と思われるだけでしょうね。しかしもう1つ目的があって、この「同じ局面なのに状況が異なる」ルールはルールの矛盾が起きやすいルールなのです。おっしゃる通り同じ局面でも勝敗判定の有無が異なる(千日手)わけで、それも矛盾を起こし得る要素ですが、実際に検討してみると矛盾は起こりません。しかしそれ以上に、合法手が異なるということは、合法手の非存在によって勝敗判定が下る将棋においては、「同じ局面なのに4回目だけ合法手が無くて勝敗判定が下る(そして同時に千日手でもある)」という状況を生み出し得るので、矛盾しやすいです。そして事実矛盾する局面を知っているんですが、具体的には内緒です🤫 内緒だからボカした言い方だったという😆
@@tbeturan9887 「矛盾する局面を知っている」といわれても、失礼ながらにわかには信じがたいのですが。
@@plainsboro2860 all ok😆
@@tbeturan9887 研究者の方ですか?
これ、りゅうおうのおしごと!の八一vs名人戦で出たやつか……
アニメの最終話にも出てきていましたね。実戦で出たら、千日手みたいな指し直しにするしかなさそうですよね。
大会や名人戦ならば、双方に優勝(勝ち)にさせるべきでしょう。
千日手の回避義務を盾に打ち歩詰めを主張するのは、立法趣旨から考えると、権利の濫用に思える後手は手を変えられないのに対して先手は合法手によって手を変えることができる連続王手千日手の違法性は、最終手そのものではなく回避義務を負わないことにあり、結果的に回避義務を負う意思がなかったことを最終手から遡って推定されるに過ぎないと解すべきよって不詰み
はー!なるほど。これが「打ち歩詰め」かどうか、か。通常だと手番で王手がかかってる先手は「取らねばならない」けど、それが連続王手千日手の反則負け。アマの小さい大会で自分が主催だったら、打ち歩自体は(反則になる点で実際には取れないが)角の効きではあるので、打ち歩詰め判定しないかなあ…。だとするとこの局面後手勝ちなのか。難しいですね😓
フリーソフトのボナンザで検証したらグリッチになってしまった!
これは詰将棋というよりもシュレーディンガーの猫的な思考実験だよな…
これ思ったけど、同じく最後の審判の動画をあげてる鈴木貫太郎さんはこの動画参考にしてるな😏ここのコメント欄であがってたのと同じ話題について触れてたからw
例えば全ゴマした後△1一王▲3二龍の形になったとき後手番なら反則手しかさせないから後手の負けになるのは当たり前。反則手指すしかないなら指す方が負けなのではないでしょうか。
チェスだとステールメイト(引き分け)になる場合ですね。これも将棋だと滅多に出てこない(私は見たことがありません)のでルールにあるのかわかりませんが、追い込まれた側(後手)の負けになるのが自然だと私も考えます。
チェスでは連続王手千日手(パーペチュアルチェック)は引き分け。
この詰将棋考えた人は天才やなぁ。アンチテーゼになるのかな。
エビスフリオン これ本業が数学者の縫田光司さんで、現行の将棋ルールの不備(潜在バグ?)を結果的に見事に炙り出しましたね。
6三角合の次に1二飛成の詰めろで勝てるので、残念ながら惜しい(完全作とは言い難い)。手順の途中で王手以外で勝てるのを許してはダメ。私の見解では、双玉詰将棋は手順の途中(初手も含む)で王手以外で勝てたら不完全作!!!!!!
@@Umeki_Daisy 実戦で図の局面が現れた場合に作意どおり進めると60手目で56歩を強行されて攻め方に非があることを主張されて「通常の千日手指し直し」の裁定になる可能性が高く、しかも王手の連続手でなくても明確に勝てる手順が存在する以上、不完全作と判定されても文句は言えない。
@@shhi9379 王手以外を考えて良いのであればそもそも盤面に自玉がなければ即詰みにする必要性自体がないのでは…
@@shhi9379 不完全作というより、作家個人のポリシーでそういう作品を作らない、とかですかね
詰みと投了は別物というのは大前提だ。7:35この局面を詰みとみなすかどうかが論点になると思う。これに限らず、「打つ手はあるけど反則負けになる形」って詰みと言えるかどうかだな。例えば遠くから飛車で王手をかけられ、持ち駒に歩しかなくて二歩になるとか、最上段で桂香歩しかないとか・・・
下のカンタビーレフェルトさんのおっしゃっていることで尽きていると思います。現行のルールでも、5六歩は打ち歩詰めであり、したがって詰将棋で指すことはできません。もし実戦だったら5六歩と打った瞬間に負けとなります。
いいえ、駒の動かし方の基本ルールで打歩王手を解除できないときは明確な打歩詰めだが、本件の場合は疑義があり(連続王手千日手回避義務を怠った非を主張される)、もし実戦で起きたら両者の主張を踏まえた上、立会人が裁定することになる。
@@shhi9379 もし実戦だったとします。仮に後手が5六歩と打ち、7:14の局面になったとします。ここで先手は論理的にはいろいろな対応のしかたがあります。例えば6六の銀で5六の歩を取る。これには銀を横に動かせないというルールを破った非があります。5七の玉で5六の歩を取る。これには玉を相手の駒の利きに動かしたという非があります。9七の歩を9六に進める。これには王手を放置して関係ない手を打ったという非があります。そして6七の角で5六の歩を取る。これには連続王手の千日手を成立させたという非があります。これらの中で一番最後の対応だけを特別視する理由はありません。要するにどう対応しても何らかの非があるわけです。そういう状態に先手は追い込まれた。歩を打って王手したことにより、先手をそういう状態に追い込んだのですから、5六歩という手は打ち歩詰めです。だから5六歩自体に非があるわけです。
@@plainsboro2860 いや、駒の性能上は同角と取れる。駒の性能でどのように応じても王を取られる場合は明確な詰みであるが、このケースでは日本将棋連盟の「詰み」の定義に該当するか明確になっていない。従って、もし実戦で起きたら立会人の裁定に委ねることになる!!!!! なお、実戦で問題図の局面が現れた場合は、作意手順を強行して危ない橋を渡る必要は全くなく、6三角合の次は、12飛成か27桂で詰めろをかけるのが賢明である(自王は詰まず、この詰めろは受からないので明確な勝ち)。
@@shhi9379 日本将棋連盟の「詰み」の定義に明記されていなくても「詰み」と扱われているケースはあります。1. 王を取られないためには、「二歩」をするしかないケース2. 王を取られないためには、歩か香か桂を禁止されている場所に打つしかないケース以上のようなケースとの整合性はどうするのですか?あと、詰めろをかければ勝ちであるとかいうのは、話の本筋とは関係ない、どうでもいいことです。
@@plainsboro2860 上記の1.と2.は駒の動かし方の基本ルールで指せない手(ワープ角などと扱いは同じ)となっているので自明。しかし、「王手の連続千日手禁手」と被った場合は、少なくとも両者の主張でもめる要素が多いので、残念ながらちょっと違うのである(この場合、立会人の裁定にせざるを得ない)。今だって、もめているので、実戦で起きたらなおさらである!!!!!
ソフトと対局したら千日手になりました(笑)
昔、ゲーセンの将棋ゲームで「故意の打歩詰め」で勝ったことがある(反則でなく普通に詰みと判定)。
「合法手がないが、連続王手の千日手がある局面のとき、終局し、無勝負になる」というルールを支持します。
改造マリオの芸術性に通ずるものがありますねー
出来るけど、やったら反則なのかやったら反則になる事はやっちゃダメなのか。詰将棋ってルールの枠組みだから起きたジレンマですね。
鈴木貫太郎さんの同様の趣旨の動画は、氏が数学塾講師であるためか作者が東大の情報工学の准教であることが示唆されており、なるほどこういう問題を作る人にとっては「論理から生まれる芸術もある」んだろうなって改めて思いましたね。私はかつて東工大でコンピュータの融通の利かなさが苦痛で情報科学を捨てたくらいの人間なので、論理に芸術性は感じません。人類にとって必要なものではあるけれど、本当の意味では魅力を感じないからです。悲しいぐらい厳密性と論理性に欠けた人間なので、今では歌を歌ってます(笑)。にしてもこの作品は凄いです。「これが詰みか反則かを容易には判定できない」という問題提起ができる初期配置を考案しただけでなく、随所に現れる変化に通常の双玉詰将棋としての面白さもあるのですから。
(後手玉が)詰みか不詰みかを確定させるためには、「打ち歩詰め」と「連続王手の千日手」のそれぞれを禁止としている公式規定を厳密に参照し、さらに各規定の趣旨にまで立ち返らなければならないでしょう。そのうえで、より反則性の高いほうを“負け”とすることになるかと思います。結局のところ、この作品の肝は【より反則性が高い(低い)のはどちらか】ということにあるような気がします。ただ、直感的には、後手に分がある(後手玉不詰み)と思います。他の方のコメントにもあるとおり、この歩打ちには通常であれば同角と対応できるのであり、その意味で原則的な打ち歩詰めには該当しないからです。すなわち、この5六歩が打ち歩詰めだというのは、先手が「今度も同角と応じれば、連続王手の千日手に該当して自分が反則負けになってしまう」という主張からきた見解だと思われ、いわばそれは先手の都合に過ぎないと考えるからです。
すいません。これ、最後角で歩取れるから打ち歩詰じゃないような気がします。連続王手で、先手負けじゃないのですか?だって最後角でとれるので、理由はなんであれ取れるので、
ですよね!普通の感覚だと打ち歩じゃないですね😊けど連続王手と被った時の規定が現時点ではありません😂
連続王手の千日手は反則手だから、2歩やその他の反則手と同じような扱いだと考えればどうだろうか?反則負け覚悟なら2歩は打てるし角ワープもできるが、仮にそれらの反則手を使えば打ち歩詰めを回避できるという局面であっても「打ち歩詰めじゃない」とはならない。つまり反則手とはルール上指せない手を示しているのであり、「2歩は打てない」「銀は真横に動けない」「桂馬は後ろに下がれない」これらと同様に「連続王手の千日手は指せない」と考えるのが自然ではないだろうか?
最後の歩は、連続王手の千日手を誘う手に過ぎないと思います。つまり、不詰=負け。なので、実戦でやられた時は潔く投了するしか無いでしょう。負けないためには、途中で手を変えて駒を補充して勝つしか無いと思います😅💧
後手5六歩打の時点では反則手では無い。原則的に詰んでいない。しかし手番が先手に渡り、5六同角なら連続王手の千日手となり反則手。それ以外でも反則手。「打歩詰め」ではなく「後手打ち歩による反則手の強制」で後手勝ち。…ではないのかなw何せめっちゃ面白い!
最後の、角で歩を取るか取らないかは先手の問題で後手には関係無い気がしますが。
各で歩を取る以外では王手を回避できない
@@空手踊り 各ではなく、角です
このレベルでも藤井さんなら数分で解いちゃいそうだな
数分?、いや、秒殺でしょう。打歩王手と連続王手千日手が被るという問題もわかるだろうし、63角合の次に12飛成の必至で勝てるということもわかる。但し、藤井五冠でも、関係者と議論してルールを決めない限り、1人だけでは打歩王手と連続王手千日手が被った場合の扱いまでは特定できない。
解ける解けないの問題ではないことに気づかない的外れなコメント
めっちゃ面白い! でもまぁ後手側からの5六歩は何の制約もなく打てる歩なので、4度目の5六同角を回避できない先手の負け(不詰め)ですね。先手側の制約を守るために後手が手を変える必要性は全くなく、当然打ち歩詰めにもなってない。でもほんとに面白い。
先手は、6三角合の次に1二飛成(または2七桂)の詰めろで明確な勝ちを選ぶべきだね。
最後に打つのは歩ではなく飛車じゃだめなの?
以下 簡単に詰み
コンピューターの判定だとこの詰将棋は成立すると思う。もっともコンピューターの判定が正しいか?が問題。たとえば後手の駒は11玉のみ、先手は32竜を含む全ての駒を持っているとして。12以外の地点にも先手の打ち歩を許さないソフトも案外多い。
それは何とも言えない。昔、将棋ゲームで故意に「打ち歩詰め」をやったことがあるが、「詰みで勝ち」、あるいは「無効な手で却下&やり直し」(反則負けでない)の判定になったことがある。
全駒制覇&打歩のステイルメイトも故意にやったことがあります。「打歩詰め判定」で却下されてやり直しを強制され、別の手を指して結局勝ち。
連続王手の千日手は反則ではない。指し将棋の便宜上、指せるけど指したら負けと判定されるだけ。これに対し、反則則ち禁じ手とは、そもそも指すことができない手のこと。
おもしろ
残念ながら「明らかな不詰」。本件の扱いが明文化されていない状態ではどうしようもなく、もし実戦で起きたと仮定すると両者の主張が衝突した結果、「千日手指し直し」か「引き分け」の裁定にせざるを得ないでしょう。また、この問題の局面が実戦で現れた場合、無理に王手の連続で詰ましにいく必然性は全くなく、0:53のところで同角成ではなく1二飛成と相手に手を渡したとしても先手王は詰まず、69手よりは遥かに短い手数で勝つことができる。
実戦でこれが起きてほしいと思っています😁おそらく、千日手や持将棋と同様で指し直しにするしかないと思います。この問題の局面が現れた場合に1二飛成と相手に手を渡すというのは面白いですね。自玉が詰まないので詰めろで十分です!
実戦で作意どおり進めると、60手目で5六歩を強行されて「王手の連続千日手でしか王手を解除できなくなったのは攻め方に非がある」ことを主張され、せいぜい「王手の連続千日手禁手」を「通常の千日手指し直し」の裁定にしてもらうのが精一杯。従って、正解手順は、6七角、5六歩(4四王は作意の後半の手順で詰む)、同角、4四王、3三銀引不成、5三王、4二銀引不成、5二王、7四角、6三角合、1二飛成の詰めろで勝ち。合駒に角を使わされた後では、先手王は到底詰まず、かつ、この詰めろは受からない。
おかしいよね
???連続王手の千日手は反則。つまり合法手ではない。詰みの定義は「王手を逃れる合法手が無いこと」で、もちろん反則手は合法手ではない。つまり打ち歩詰め。だから歩は打てない。ルールに何の不備もないが?
個人的には連続王手の千日手で問題としては不成立を支持する。理由としてはこれを打ち歩詰めと判定するソフトがないこと。
ルールがどうなるか次第で勝敗変わるまさに「最後の審判」ですね。これを作った人は本当に素晴らしいと思います。
東大准教授が高校時代に作ったらしい。
てんさいすぎんか
尊敬します!凄く分かりやすくてとても楽しめました!
コレを作った縫田さん、大論争になるとまでは思っていなかったらしいんですが、結果的に現行将棋ルールの潜在バグを見つけるあたり、数学者っぽい緻密な頭脳の持ち主ですよね。
大道詰将棋の本とか色々見てた気でいたけどもこんな問題初めて見ました。発想してこの図形を作り上げるのはある種芸術品ですね
これは考えた人が凄いですねぇ。 だから双玉だったのですね。
反則手でも指せるからセーフ派の方々は、通常の打ち歩詰めについてはどう解釈されているのでしょうか。打ち歩詰めの局面でも、反則負け覚悟で玉をワープさせるような手は指せるはずですが、そんな手は考えませんよね。
この問題は詰みの定義の曖昧さをついた大変興味深いもので、個人的にはその定義をもっと厳密にしないと結論できないと考えます。
自分は、連続王手の千日手は禁じ手なので指せない=打ち歩詰め。の考えがしっくり来ます。
打ち歩詰めも禁じ手で指せないので、歩合い以外を選択することになり、先手勝ちだと思いました。
連続王手千日手の禁手は他の反則(駒の動かし方のルール違反、ニ歩等)と比べると異質。
連続王手千日手の禁手だけは自分の指手でなく相手側の指手で成立するというケースもあり、指手というよりは局面判定で成立するという見方もできるため、揉める要素となる。
局面判定で成立という見方をすれば、60手目の56歩は打歩詰めとならず、同角と取った局面で禁手成立となる。
それ故、両者の主張を相殺して「通常の千日手指し直し」裁定になる可能性が高い。
有名な将棋ラノベ りゅうおうのおしごとでも『最後の審判」出てきまして、気になっていました。実に面白い問題でした!
まさか「調整中です」という裁定を遊戯王以外で(しかも将棋で)見ることになろうとは…
これはすごい 歩を打ったことによって反則以外では詰み状態を回避できないので、これは打ち歩詰めを回避する義務が後手にあるとしていいと思う
事実、りゅうおうのおしごとで出てきました。結果論としては引き分けになりました
~打ち歩詰めを回避する義務が後手にある
もしくは、千日手の起点を1つ前や1つ後に変えれるルールとか。
最後の審判の存在を知って検索で来ました。
聴き覚えのある声だったので確認しましたが、一陸の解説動画で大変お世話になりました!
お陰様で合格しました!
合格おめでとうございます!声で分かるとは😊
将棋の詳しいルールはよく知らないけど、そういうルールによって矛盾するものを考える人は本当にすごいと思う
天才すぎる。新しいルールが必要ですね。
個人的には、最後の歩(56)は打ち歩詰めで打てないと思う。
プロ棋士はどう考えているのかも聞いてみたいですね。
反則手であっても指す義務があるのか?無いのか?の答えが出れば、最後の審判やステイルメイトの答えが一気に解決するんですけどね・・・
こんなのよく考えたな。考えた人頭良すぎる。
全てのコマに意味がある
日本将棋連盟による「詰み」の定義は『一方の側が玉以外の駒の利きを敵玉の存在するマス目に合わせるような指し手、つまり玉に取りをかけることを“王手”といい、かけた側から見れば“王手をかける”という。王手をかけられた側が、その王手を次の一手で解除することが不可能になった状態、つまり次にどのように応接しても玉を取られてしまうことが防げない状態を“詰み”といい、玉側からみれば“詰まされた”という。』
この内の「次の一手」という表現が合法手を指しているのは明らかだから、「歩を打って相手を詰みの状態にすること」を「打ち歩詰め」の定義とするならばこれは打ち歩詰めにあたると思う。
駒の性能上は同角と取れ、王手の連続千日手回避義務は王手をかけている側に課されていることを考慮すると、上記の定義では本件の場合を「打ち歩詰め」とするのには疑義が生ずる。
「連続王手の千日手」を「非合法手」とするのは自明なことではないんですよね、そこが議論の焦点となるみたいです
It's a sin to checkmate the king ♫
これってもっと簡単なパターンでループする問題ってまだ発見されてないですか?
解説分かりやすいですね!解説されないと、そもそもの千日手の発端である5六歩の捨て合いの意味が分からなかったです。指し将棋は一応アマ五段クラスなんですが。やっぱりロジカルで厳密な分、詰将棋は苦手だわ。
詰みというものはその局面単体で判断されるべきものであるように思います(あくまでただの個人的な思想です)
局面単体を見れば56歩合は取り返せるので打歩詰ではなく、連続王手千日手が成立し先手反則負け(即ち不詰)という解釈派です
あくまで解釈の問題なのでどちらも妥当性はあると思いますし揉めることもないと思うのですが、普通に将棋をやっている人であればこのような形が詰み(打歩詰)になるのは何となく気持ち悪いのではないかと思います
この作品については、発表当時、結論をどうするかをめぐり、かなり議論があったと聞いています。
ただ、結局は「詰むとも詰まないとも言えない」という結論に至ったと記憶しています(間違えていたらすみません)。
私自身はこの作品を仔細に検討したことはなく(作品の存在と議論があったことを知っている程度)、したがって結論についても特段の持論はなかったのですが、この動画を拝見したことで、自分なりに答えを出してみようかと思っています(笑)
ありがとうございました。
また、この作品を見るたび、なぜか私は『来るべきもの』を思い出します。
煙詰の理論上の最短手数を実現したことで知られる作品ですが、もし可能であれば、そちらもご紹介いただけると幸いです。
ただ実際のところ、これは詰将棋(攻め方が連続王手しないといけないルール)であるから成立しているのであって、
それを考えなければ、必至がかかっているので単純に先手の勝ちになる。
結局のところ、このような状態が起こることは無いに等しいだろう
例えば、飛車を離して打って、合い駒できればまだ詰みじゃないけど、持ち駒が歩しかなくて、合い駒すべき場所は二歩になるからできない。
というような場合、飛車打ちで詰んでるのでしょうか。それとも反則手ではあるけど二歩できるんだから、二歩した瞬間負けになるのであって、飛車を打っただけではまだ詰みではないのでしょうか。
同様に、歩を打っての王手に対する対応が同角しかなく、その同角が反則手である千日手だった場合、歩打ちで詰んでるんでしょうか。それとも反則手ではあるけど同角できるんだから、歩を打っただけではまだ詰みではないのでしょうか。
詰んだ/詰んでないのタイミング判断と反則手という意味では、この前者と後者は同じロジックなのかな…と思います。
前者は詰みだという風に感じるので、後者も同様に詰みだとした場合、打ち歩詰めになる気がします。
前者は明確な詰み。しかし、後者(連続王手千日手と打歩逆王手が被った場合)の扱いは明確に決まっていない。後者は両者の主張が衝突した結果、「通常の千日手指し直し」の裁定になる可能性が高い。
打ち歩王手に対する同角が、反則千日手ではなく、角が移動することで相手の飛車の効きが自玉に当たる場合は、打ち歩側の反則とされていますよね。
打ち歩のあとに「連続王手の千日手確定の手をさすか」「自玉が取られてしまう手をさすか」は同じ反則負けを誘う行為に思います。
打ち歩詰めの詰ませ方に特別なルールが規定されていないのであれば、両者は同じ解釈が適用されるべきと思います。
@@tarohyamada2389 打ち歩詰め(詰め)と言えるかについて、別の視点のものを少し調べてきました。打ち歩詰めだけでなく、連続王手の千日手の方にも論点があるようです。
連続王手の千日手は、禁じ手ではなく。禁じられた局面と言われるようです。
これは、王手をかける側だけでなくかけられる側がこの局面を作り出す場合があるからで、この時、最終的に四度目の同一局面を作り出す手を指した側(王手されてた側)でなく、相手方(王手をかけ続けた側)の負けになり、禁じられた局面を作り出す一手が禁じ手になるわけではありません。
翻って、王手をかける側が四度目の同一局面を作り出す場合は、その手を指した側が負けるわけですが、前述のように、連続王手の千日手=禁じ手というわけではなく、それが自殺手になっているから禁じ手に含むべきであろうという解釈のようです。
通常の自殺手は、王手放置や、自ら相手の駒の利いている位置に移動する、合い駒を自らどかすというような、次に王将取られる手のことを言うのが一般的なようで、「禁じられた局面を作り出す一手で、それを指した側が負けとなる場合」にも自殺手になるかは、ルール記載の中で曖昧なままのようです(?)
そのため、自殺手およびその他の禁じ手「以外」の手(禁じられた局面を作る手)による応手がある場合、詰みと言えるかという論点が生じるようです。多分。
ネット検索で将棋ファンの方のコラムを見つけて読んだだけなので、私の理解が誤っている可能性もありますが、参考まで。
@@shhi9379 「通常の千日手指し直し」になる可能性は無いです。通常の千日手ではなく連続王手の千日手なので。ルールに照らし合わせれば、少なくともどちらかの反則負けになることは確定していて、どちらの反則負けになるのかが曖昧という状態です。
初見時「これは明らかに後手玉の詰み、完全作でしょ」と感じ
その数年後に「いや詰まないな。詰まないというルールを採用すべきだ」と考え
最終的には「詰む、詰まない、両解釈とも妥当性が高い」という結論に至った、この詰将棋が大好きな僕から
この詰将棋を初めて見て「これは詰みでいいだろう」と思ったあなたに向けて、その考えを揺るがせるかもしれない2つの事実。
・連続王手の千日手は、今回のような王手がスタートのループ手順の他に、(王手に対する)相手の応手がスタートのループ手順の場合がある
(同一局面4回A→A→A→Aの手順中一方の指し手が全て王手であることが連続王手の千日手の定義。つまりの最後の指し手が王手である必要はない)
そしてそれはレアケースではない。連続王手の千日手となる王手を一律に「指せない手」とするならば、このパターンの場合は王手した直後にはまだ同一局面4回目にはならないのに禁じられることになる。
・当たり前だが、「同じ局面を繰り返しているだけなのに状況が変わる」という趣旨の最後の審判を詰みと捉えた場合「同一局面なら合法手(指せる手)は全て同じ、故に状況も同じ」という一見当然成り立つべき法則が成り立たなくなる。
前者について。
最後の指し手が王手でないケースがあるのはわかりますが、少なくとも「最後の審判」は最後の指し手が王手であるケースなのだから、この場合に絞って考えればよいのでは?
後者について。
「同一局面では状況も同じ」だと文字通り千日指していても終わらないから「千日手」(連続王手でない千日手)というルールがあるのです。じゃあ連続王手であろうとなかろうと千日手は全部指し直しにすべき(そういうルールに改めるべき)という主張もありえて、それはそれで筋が通っていると思いますが。
@@plainsboro2860
前者について
既に約500年の歴史がある将棋について、経験的に定められている絶対的なルールがあって、そのルールを解釈する…そんな感じの立場としてはおっしゃる通りです。この場面のルールについて経験から解釈したり類推したりすればいいですね。
一方でこの詰将棋を受けて「合理的なルールを考える」とか「ルールを整備する」というような立場に身を置いた場合、連続王手の千日手というルールは「できれば、全体として記述(定義)しやすいルールである方がいい」「できれば、全体として一貫したルールである方が良い」ということになります。
この立場なら、経験的によくある局面から類推するというよりは、連続王手の千日手のもう1つのパターンから類推することも重視されるでしょう。
後者について「状況」というと意味が広すぎましたが、ここでは「その局面及び以後の局面における合法手の全パターン=(いわゆる)ゲーム木」が等しいという意味です。なので勝敗判定が下る直前までの範囲で考えて欲しいです。
さて、この後者を問題にしたのは、まず1つにはほぼ文面通りで、「同じ状況のはずなのに違うことになるルールは変でしょ?」とプレイヤーの直観に対する違和感を煽る目的がありますが
まあ実際はこの詰将棋を詰みだと考えている人には「確かに意外だが、将棋のルールから必然的にその意外性が生まれるのはかえって面白い」と思われるだけでしょうね。
しかしもう1つ目的があって、この「同じ局面なのに状況が異なる」ルールはルールの矛盾が起きやすいルールなのです。
おっしゃる通り同じ局面でも勝敗判定の有無が異なる(千日手)わけで、それも矛盾を起こし得る要素ですが、実際に検討してみると矛盾は起こりません。
しかしそれ以上に、合法手が異なるということは、合法手の非存在によって勝敗判定が下る将棋においては、「同じ局面なのに4回目だけ合法手が無くて勝敗判定が下る(そして同時に千日手でもある)」という状況を生み出し得るので、矛盾しやすいです。
そして事実矛盾する局面を知っているんですが、具体的には内緒です🤫 内緒だからボカした言い方だったという😆
@@tbeturan9887 「矛盾する局面を知っている」といわれても、失礼ながらにわかには信じがたいのですが。
@@plainsboro2860 all ok😆
@@tbeturan9887 研究者の方ですか?
これ、りゅうおうのおしごと!の八一vs名人戦で出たやつか……
アニメの最終話にも出てきていましたね。実戦で出たら、千日手みたいな指し直しにするしかなさそうですよね。
大会や名人戦ならば、双方に優勝(勝ち)にさせるべきでしょう。
千日手の回避義務を盾に打ち歩詰めを主張するのは、立法趣旨から考えると、権利の濫用に思える
後手は手を変えられないのに対して先手は合法手によって手を変えることができる
連続王手千日手の違法性は、最終手そのものではなく回避義務を負わないことにあり、結果的に回避義務を負う意思がなかったことを最終手から遡って推定されるに過ぎないと解すべき
よって不詰み
はー!なるほど。
これが「打ち歩詰め」かどうか、か。通常だと手番で王手がかかってる先手は「取らねばならない」けど、それが連続王手千日手の反則負け。アマの小さい大会で自分が主催だったら、打ち歩自体は(反則になる点で実際には取れないが)角の効きではあるので、打ち歩詰め判定しないかなあ…。だとするとこの局面後手勝ちなのか。
難しいですね😓
フリーソフトのボナンザで検証したらグリッチになってしまった!
これは詰将棋というよりもシュレーディンガーの猫的な思考実験だよな…
これ思ったけど、同じく最後の審判の動画をあげてる鈴木貫太郎さんはこの動画参考にしてるな😏
ここのコメント欄であがってたのと同じ話題について触れてたからw
例えば全ゴマした後△1一王▲3二龍の形になったとき後手番なら反則手しかさせないから後手の負けになるのは当たり前。
反則手指すしかないなら指す方が負けなのではないでしょうか。
チェスだとステールメイト(引き分け)になる場合ですね。
これも将棋だと滅多に出てこない(私は見たことがありません)のでルールにあるのかわかりませんが、追い込まれた側(後手)の負けになるのが自然だと私も考えます。
チェスでは連続王手千日手(パーペチュアルチェック)は引き分け。
この詰将棋考えた人は天才やなぁ。アンチテーゼになるのかな。
エビスフリオン
これ本業が数学者の縫田光司さんで、現行の将棋ルールの不備(潜在バグ?)を結果的に見事に炙り出しましたね。
6三角合の次に1二飛成の詰めろで勝てるので、残念ながら惜しい(完全作とは言い難い)。手順の途中で王手以外で勝てるのを許してはダメ。私の見解では、双玉詰将棋は手順の途中(初手も含む)で王手以外で勝てたら不完全作!!!!!!
@@Umeki_Daisy 実戦で図の局面が現れた場合に作意どおり進めると60手目で56歩を強行されて攻め方に非があることを主張されて「通常の千日手指し直し」の裁定になる可能性が高く、しかも王手の連続手でなくても明確に勝てる手順が存在する以上、不完全作と判定されても文句は言えない。
@@shhi9379
王手以外を考えて良いのであれば
そもそも盤面に自玉がなければ即詰みにする必要性自体がないのでは…
@@shhi9379 不完全作というより、作家個人のポリシーでそういう作品を作らない、とかですかね
詰みと投了は別物というのは大前提だ。
7:35この局面を詰みとみなすかどうかが論点になると思う。
これに限らず、「打つ手はあるけど反則負けになる形」って詰みと言えるかどうかだな。
例えば遠くから飛車で王手をかけられ、持ち駒に歩しかなくて二歩になるとか、最上段で桂香歩しかないとか・・・
下のカンタビーレフェルトさんのおっしゃっていることで尽きていると思います。
現行のルールでも、5六歩は打ち歩詰めであり、したがって詰将棋で指すことはできません。
もし実戦だったら5六歩と打った瞬間に負けとなります。
いいえ、駒の動かし方の基本ルールで打歩王手を解除できないときは明確な打歩詰めだが、本件の場合は疑義があり(連続王手千日手回避義務を怠った非を主張される)、もし実戦で起きたら両者の主張を踏まえた上、立会人が裁定することになる。
@@shhi9379 もし実戦だったとします。
仮に後手が5六歩と打ち、7:14の局面になったとします。
ここで先手は論理的にはいろいろな対応のしかたがあります。
例えば6六の銀で5六の歩を取る。これには銀を横に動かせないというルールを破った非があります。
5七の玉で5六の歩を取る。これには玉を相手の駒の利きに動かしたという非があります。
9七の歩を9六に進める。これには王手を放置して関係ない手を打ったという非があります。
そして6七の角で5六の歩を取る。これには連続王手の千日手を成立させたという非があります。
これらの中で一番最後の対応だけを特別視する理由はありません。
要するにどう対応しても何らかの非があるわけです。
そういう状態に先手は追い込まれた。
歩を打って王手したことにより、先手をそういう状態に追い込んだのですから、5六歩という手は打ち歩詰めです。
だから5六歩自体に非があるわけです。
@@plainsboro2860 いや、駒の性能上は同角と取れる。駒の性能でどのように応じても王を取られる場合は明確な詰みであるが、このケースでは日本将棋連盟の「詰み」の定義に該当するか明確になっていない。従って、もし実戦で起きたら立会人の裁定に委ねることになる!!!!! なお、実戦で問題図の局面が現れた場合は、作意手順を強行して危ない橋を渡る必要は全くなく、6三角合の次は、12飛成か27桂で詰めろをかけるのが賢明である(自王は詰まず、この詰めろは受からないので明確な勝ち)。
@@shhi9379 日本将棋連盟の「詰み」の定義に明記されていなくても「詰み」と扱われているケースはあります。
1. 王を取られないためには、「二歩」をするしかないケース
2. 王を取られないためには、歩か香か桂を禁止されている場所に打つしかないケース
以上のようなケースとの整合性はどうするのですか?
あと、詰めろをかければ勝ちであるとかいうのは、話の本筋とは関係ない、どうでもいいことです。
@@plainsboro2860 上記の1.と2.は駒の動かし方の基本ルールで指せない手(ワープ角などと扱いは同じ)となっているので自明。しかし、「王手の連続千日手禁手」と被った場合は、少なくとも両者の主張でもめる要素が多いので、残念ながらちょっと違うのである(この場合、立会人の裁定にせざるを得ない)。今だって、もめているので、実戦で起きたらなおさらである!!!!!
ソフトと対局したら千日手になりました(笑)
昔、ゲーセンの将棋ゲームで「故意の打歩詰め」で勝ったことがある(反則でなく普通に詰みと判定)。
「合法手がないが、連続王手の千日手がある局面のとき、終局し、無勝負になる」というルールを支持します。
改造マリオの芸術性に通ずるものがありますねー
出来るけど、やったら反則なのかやったら反則になる事はやっちゃダメなのか。詰将棋ってルールの枠組みだから起きたジレンマですね。
鈴木貫太郎さんの同様の趣旨の動画は、氏が数学塾講師であるためか作者が東大の情報工学の准教であることが示唆されており、なるほどこういう問題を作る人にとっては「論理から生まれる芸術もある」んだろうなって改めて思いましたね。
私はかつて東工大でコンピュータの融通の利かなさが苦痛で情報科学を捨てたくらいの人間なので、論理に芸術性は感じません。人類にとって必要なものではあるけれど、本当の意味では魅力を感じないからです。悲しいぐらい厳密性と論理性に欠けた人間なので、今では歌を歌ってます(笑)。
にしてもこの作品は凄いです。「これが詰みか反則かを容易には判定できない」という問題提起ができる初期配置を考案しただけでなく、随所に現れる変化に通常の双玉詰将棋としての面白さもあるのですから。
(後手玉が)詰みか不詰みかを確定させるためには、「打ち歩詰め」と「連続王手の千日手」のそれぞれを禁止としている公式規定を厳密に参照し、さらに各規定の趣旨にまで立ち返らなければならないでしょう。
そのうえで、より反則性の高いほうを“負け”とすることになるかと思います。
結局のところ、この作品の肝は【より反則性が高い(低い)のはどちらか】ということにあるような気がします。
ただ、直感的には、後手に分がある(後手玉不詰み)と思います。
他の方のコメントにもあるとおり、この歩打ちには通常であれば同角と対応できるのであり、その意味で原則的な打ち歩詰めには該当しないからです。
すなわち、この5六歩が打ち歩詰めだというのは、先手が「今度も同角と応じれば、連続王手の千日手に該当して自分が反則負けになってしまう」という主張からきた見解だと思われ、いわばそれは先手の都合に過ぎないと考えるからです。
すいません。これ、最後角で歩取れるから打ち歩詰じゃないような気がします。連続王手で、先手負けじゃないのですか?だって最後角でとれるので、理由はなんであれ取れるので、
ですよね!普通の感覚だと打ち歩じゃないですね😊けど連続王手と被った時の規定が現時点ではありません😂
連続王手の千日手は反則手だから、2歩やその他の反則手と同じような扱いだと考えればどうだろうか?
反則負け覚悟なら2歩は打てるし角ワープもできるが、仮にそれらの反則手を使えば打ち歩詰めを回避できるという局面であっても「打ち歩詰めじゃない」とはならない。
つまり反則手とはルール上指せない手を示しているのであり、
「2歩は打てない」「銀は真横に動けない」「桂馬は後ろに下がれない」これらと同様に「連続王手の千日手は指せない」と考えるのが自然ではないだろうか?
最後の歩は、連続王手の千日手を誘う手に過ぎないと思います。つまり、不詰=負け。なので、実戦でやられた時は潔く投了するしか無いでしょう。
負けないためには、途中で手を変えて駒を補充して勝つしか無いと思います😅💧
後手5六歩打の時点では反則手では無い。原則的に詰んでいない。
しかし手番が先手に渡り、5六同角なら連続王手の千日手となり反則手。それ以外でも反則手。
「打歩詰め」ではなく「後手打ち歩による反則手の強制」で後手勝ち。
…ではないのかなw
何せめっちゃ面白い!
最後の、角で歩を取るか取らないかは先手の問題で後手には関係無い気がしますが。
各で歩を取る以外では王手を回避できない
@@空手踊り 各ではなく、角です
このレベルでも藤井さんなら数分で解いちゃいそうだな
数分?、いや、秒殺でしょう。打歩王手と連続王手千日手が被るという問題もわかるだろうし、63角合の次に12飛成の必至で勝てるということもわかる。
但し、藤井五冠でも、関係者と議論してルールを決めない限り、1人だけでは打歩王手と連続王手千日手が被った場合の扱いまでは特定できない。
解ける解けないの問題ではないことに気づかない的外れなコメント
めっちゃ面白い! でもまぁ後手側からの5六歩は何の制約もなく打てる歩なので、4度目の5六同角を回避できない先手の負け(不詰め)ですね。
先手側の制約を守るために後手が手を変える必要性は全くなく、当然打ち歩詰めにもなってない。でもほんとに面白い。
先手は、6三角合の次に1二飛成(または2七桂)の詰めろで明確な勝ちを選ぶべきだね。
最後に打つのは歩ではなく飛車じゃだめなの?
以下 簡単に詰み
コンピューターの判定だと
この詰将棋は成立すると思う。
もっともコンピューターの判定が正しいか?が問題。
たとえば後手の駒は11玉のみ、先手は32竜を含む全ての駒を持っているとして。
12以外の地点にも先手の打ち歩を許さないソフトも案外多い。
それは何とも言えない。昔、将棋ゲームで故意に「打ち歩詰め」をやったことがあるが、「詰みで勝ち」、あるいは「無効な手で却下&やり直し」(反則負けでない)の判定になったことがある。
全駒制覇&打歩のステイルメイトも故意にやったことがあります。「打歩詰め判定」で却下されてやり直しを強制され、別の手を指して結局勝ち。
連続王手の千日手は反則ではない。指し将棋の便宜上、指せるけど指したら負けと判定されるだけ。これに対し、反則則ち禁じ手とは、そもそも指すことができない手のこと。
おもしろ
残念ながら「明らかな不詰」。本件の扱いが明文化されていない状態ではどうしようもなく、もし実戦で起きたと仮定すると両者の主張が衝突した結果、「千日手指し直し」か「引き分け」の裁定にせざるを得ないでしょう。また、この問題の局面が実戦で現れた場合、無理に王手の連続で詰ましにいく必然性は全くなく、0:53のところで同角成ではなく1二飛成と相手に手を渡したとしても先手王は詰まず、69手よりは遥かに短い手数で勝つことができる。
実戦でこれが起きてほしいと思っています😁おそらく、千日手や持将棋と同様で指し直しにするしかないと思います。この問題の局面が現れた場合に1二飛成と相手に手を渡すというのは面白いですね。自玉が詰まないので詰めろで十分です!
実戦で作意どおり進めると、60手目で5六歩を強行されて「王手の連続千日手でしか王手を解除できなくなったのは攻め方に非がある」ことを主張され、せいぜい「王手の連続千日手禁手」を「通常の千日手指し直し」の裁定にしてもらうのが精一杯。
従って、正解手順は、6七角、5六歩(4四王は作意の後半の手順で詰む)、同角、4四王、3三銀引不成、5三王、4二銀引不成、5二王、7四角、6三角合、1二飛成の詰めろで勝ち。合駒に角を使わされた後では、先手王は到底詰まず、かつ、この詰めろは受からない。
おかしいよね
???連続王手の千日手は反則。つまり合法手ではない。詰みの定義は「王手を逃れる合法手が無いこと」で、もちろん反則手は合法手ではない。つまり打ち歩詰め。だから歩は打てない。ルールに何の不備もないが?
個人的には連続王手の千日手で問題としては不成立を支持する。理由としてはこれを打ち歩詰めと判定するソフトがないこと。