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劉備が死なない限りは負けないというか建て直せるのが強み
やっぱ荊州を失ったのが痛かったよな…
諸葛亮孔明···その暮らしは高潔にして質素。政治から軍事に至る国造りの全てを引き受け誰よりも早く起きて誰よりも遅く寝る。
初期メンバー脱退、バンドみたいだなw メンバーの組み合わせの変遷にはロマンがある
こういう武将紹介は面白かったです。
新野の戦いから益州攻略まで徐庶→諸葛亮→龐統→黄忠・魏延→法正→馬超・馬岱→厳顔・李厳とか徐々に味方が増えていく感じが好き。
伊籍・呉蘭・雷同・李恢が抜けている。李恢は馬超を説得した人物(演義)。
劉琦はマイナーじゃないと思う。三国志演義でも吉川三国志でも横山三国志でも長めのエピソードとして取り上げられてて読んだ人なら皆が覚えてるはず。
戦略とも戦術もないんだが孔明と密談する時に梯子使って上がった時に孔明に帰られないように梯子を外すという機転を利かせたエピソードが結構秀逸だと思います。
法正とか郭嘉みたいな性格や素行に難ありだけど優秀な軍師って好きです
陳平とかね
郭嘉はコーエー三国志のビジュが良いから好き
曹操「郭嘉いたら赤壁負けなかった」孔明「法正いたら夷陵止めれた」このあたりの早逝惜しまれる感じも似てる
頭が良くて時々の主君に為になる計を出し、自身もきちんと生き残る賈詡も非常に素晴らしい。
北方、西方の異民族を意識するとまた面白みがます。
なんだかんだ蜀好きだ。
孔明の静かな声 とてもクール 登場人物も時期が明快でした 知らない人も沢山活躍していました それにしても孔明が北伐を7回も繰り返し 寿命を縮めた背景がわかりません 魏の勢力拡大をあの漢中の細い道を進軍して守ったことを想像すると心が痛いね 人材の先細り 寂しいね
ピラミッド建設と同じような国家事業だったという見方があります。魏と比べたら極めて小さい国家だった蜀という組織が、挙国一致して外敵と当たることで元々の対曹魏で結束していた入蜀する前に家臣となった者たちのガス抜きになった、という考え方。これで国家としてのまとまりを維持できた、ということ。また、挙国一致といっても入蜀以後に家臣となった元々の蜀の豪族たちは、別に曹魏と敵対したい訳でもないので、その者たちの不満を躱すためにも全ての国力を挙げての一大決戦としての兵力や国力を傾けるものではなく、したがって小口の兵隊を数度出すようになったようです。北伐は本気の戦いでもなく、デモンストレーション的要素が強いということですかね。
まずは、「てんかさんぶん」ね。
劉備が評価した5将軍は、ファミコン、天地を喰らうで習いました。その他いろんな将軍も覚えましたね。
3つにわかれた時点で争いを終わらせることができてた方が良かったように思える広い中国を一つの国にまとめあげるのはなかなか難しい
個人的には、劉備時代の配下も勿論好きだけれど劉禅時代の蜀を支えた張翼,張嶷,廖化,羅憲,姜維,夏侯覇,蒋琬,費禕,董允,陳祗といった地味だけれど個性的なメンバーも好きですw
国力最弱の蜀であれだけ踏ん張ったメンバーです。上記の人物達も十分に有能です。
羅憲は流石に存じ上げないなあ・・・光栄三國志で有名なのかな?
@@yoisyogyoza 光栄で有名かは分かりませんが…。羅憲は、劉禅時代に蜀に仕えていた人物で当時実権を握っていた黄皓に媚びを売らなかった事から彼の怒りを買って永安に左遷されていますね。その後は、蜀滅亡まで永安の守備を任されている感じでしたが蜀滅亡後に呉が「もう滅んじゃったなら、寸土でも掠め取っておこう。」的な感じで攻めてきます。それに対して、羅憲は孤立無援の状態で半年くらい永安城を守り抜き、最終的には魏の司馬昭の援軍(蜀は既に降伏しているため、この時は名目上魏の傘下にあった。)で呉軍を退ける事に成功するっていうエピソードが彼の中で一番有名ですかね。
シブメンぞろいで好き♪王平もすき
廖化、張翼、王平、羅憲はいいよなーあと夷陵の大敗の際逃げられなくて魏に降るしか無かった黄権も勿体無い人物だった
戦闘そのものでは、劉備軍は曹操軍にも呂布軍にもほとんど負けてない戦術や戦略で城を奪われてるだけで、曹操も呂布も劉備軍と直接ぶつかることは避けているはっきり言えば、直接対決で倒すにはリスクがデカすぎる関羽や張飛だけでも手に余るのに、それ以外が雪だるまのように膨れ上がるのは、恐怖でしか無い
五虎将軍と龐統、法正が揃っていた時が蜀の人材の全盛期です。終盤になると魏との人材不足の差が出てしまった。
法正も龐統も長生きして欲しがった😢特に法正は生きていたら歴史が変わっていたかも知れない、何せ諸葛亮が困った時に法正が生きていたらなー、と言う位の才を持っていたのだから、諸葛亮も頼りにしていた人物、本当に生きていてほしかった😢
日本と違って陸地で繋がっていると覇権を維持するにも数倍大変だっよね
しかも広い
劉備が死んだ後のコミックとかないな~と思っていたらビックコミックで『朱のチーリン』 (作者:向井沙子)という姜維が主人公の漫画が始まって、馬超が(あまりカッコよくない(笑))悪役として登場していたが、彼が今後どうなって蜀を支える武将になるのか、孔明とどう出会うのか楽しみです。
小説なら古くは柴田錬三郎。英雄ここに有り。英雄生きるべきか死すべきか。三國志中盤までと諸葛亮死亡後の三国滅亡までの小説。だから、司馬懿の公孫討伐やらクーデターやら姜維vs鄧艾やら蜀の滅亡と姜維の自滅、毌丘倹やら諸葛誕の反乱やら趙雲の再来と呼ばれた武将や、呉の丁奉の活躍や呉の内紛等が書かれています。
小説なら柴田錬三郎の「英雄生きるべきか死すべきか」がきちんと三国が滅ぶまで書いてあります。(司馬懿のクーデター。姜維と鄧艾の戦い。鍾会・鄧艾による蜀滅亡と2人の自滅。毌丘倹・文欽・諸葛誕の謀叛。魏呉の戦い。呉の内乱や魏の滅亡。最後に呉の滅亡)その前作が「英雄ここにあり」(五丈原まで)
諸葛亮は軍略家と言うより内政に秀でた人物だと思います。正史と演義では大分違いますよね。
清貧で厳格な超一流の内政家です。でも軍事は三流。軍人ではないから当然。
外交も並み程度。蜀のあの状態だと外交の選択肢自体がほとんど無い。
袁綝と劉琰がいない。袁綝は豫州出身。豫州袁氏といえば名門中の名門。劉琰は同姓でもあり劉備とは洒落者同士尊重されていたという。さらに言えば孔融や袁渙とも交流があり陳羣なども起用していた劉備は実は単なる軍閥ではなく名士層も重視していたと言える。残念ながら中原での戦いに敗れたのでそれら人脈が活きる事はほぼなかったが、そのために荊州閥の取り込みに切り替えて諸葛亮の獲得に動いたのだろう。劉表が劉備に疑念を抱いたのもそれら人心掌握の動きに野心を疑ったためだ。実際に赤壁後に名目だけの荊州牧として劉琦を推挙しておきながら何故か劉琦はコテンと死んでいる。いったい誰が殺処分したんでしょうねぇ…
益州と漢中を手に入れる全盛期と同時に凋落のきっかけとなる関羽を失うってのが劉備推しには悲しくてしょうがない
誰も関羽を荊州太守にするのを止めなかった。敢えて言いがかりを付けると、諸葛亮のせい。
@@yoisyogyozaというか消去法的にも関羽しか選択肢が無かった
北の外れから身を起こし、東の海辺で初めて州牧になり、南へ逃走し、西で建国し皇帝を宣言。東西南北の放浪に良く皆付き従った劉備「みんなありがとう!やで」
演技準拠にしたいのか史実準拠にしたいのかどっちなんだろう。史実準拠なら最初期から劉備に付き従った建国の功臣で趙雲に次ぐ評価がされていた陳到にふれないのはおかしいし、演技に準拠するなら徐庶にふれないののがわからない。
自分も最初にそこを明確にして欲しいと思いました。
田豫、陳登、陳羣がいれば歴史は変わってるかもしれない。
その3人かなり惜しいよな
ひょっとしたら孔融との関係で太史慈もいたかもしれない・・・
法正か龐統のどっちかは長生きして欲しかった…。
後、陳羣が劉備陣営から離れていなければ・・・
個人的には龐統は呉のスパイ説が結構合点がいくからなんとも。笑
@@しゅ-g6v 肝心の呉書に記述無く、龐統の弟は夷陵で劉備陣営に参戦して、退路が無くなったら魏に降伏してる。諡まで付けられてますし龐統のスパイ説というのは都市伝説以下の信憑性かなと。
その説、kwsk光栄三國志でも、埋伏武将をわざと登用して他の敵国に無理やり少数で突撃させて(捕虜にさせたり)首を斬られるよう仕向けたりしてますから、そういうことでしょうかw
@@yoisyogyoza 元々周瑜に仕えていて呉に亡骸を届けたのは龐統。その後龐統を冷遇している劉備に戦略家として重用するよう求めたのが魯粛。そして天下二分構想の周瑜に対して三分構想だった魯粛体制の呉にとっては、蜀の地を劉備に収めさせる必要があった。裏切るというよりは呉の思惑通りに劉備を誘導し、劉備軍の内情を呉に報告していたスパイ的な役割の可能性は高いと思う。劉備としても蜀取りの初動では必要だけど、ある程度整った時点で退場させるのはありえるし、軍師的なポジションの龐統が致命傷を受けるような場所にいる事は不自然。波風立たないように戦死を装って、いいタイミングで退場させたんじゃないかなという説です。
死諫した連中の特集お願いします。
三国志演義は、フィクションです。基本的に蜀軍は、最後まで戦わないので、負けてないと言っているだけです。
丞相は一国の最高権力者ではないですよね。
初めから関羽と張飛が義兄弟になり諸葛亮孔明という軍師を仲間にし、趙雲、黄忠、馬超という五虎大将となる仲間を配下に加えて長く蜀を守ったけど息子が全てを終わらした😭
蜀の歴史=劉禅の歴史。蜀を建国したのは劉備だけど、1年しか戴冠してない。その後40年国を維持したのは劉禅。そしてその5虎大将軍もその劉備とほぼ同時期に死んでる。趙雲建国時点で既に70歳近い。孔明でさえそのうちの12年。つまり劉備や孔明、5将軍の時代なんて蜀全体の歴史の1クォータでしかなかったということ。
しかも劉禅は三国時代の三国全ての中で在位期間は極めて長い
五虎大将軍🎉🎉🎉🎉🎉🎉🎉🎉
天下三分の計って魯粛説もありますよね
魯粛が「天下三分の計」って“説”…と言うか戦略的には魯粛も劉備を引き入れて「天下三分の計」を練っていましたよ…(^_^;)ちなみに周瑜の戦略は「天下二分の計」ですけどね…
正確には魯粛のは「北方が争ってるうちに劉表を討って荊州を奪い、最終的に長江の南をゲットして皇帝になった後、曹操と戦う」なのでどちらかというと天下二分ですね。その後に劉備が出てきて三分に変更した感じです。
尺の都合か“陳羣”の出来事がなかったッスねぇ〜…私としては魏の「司空」まで務めた陳羣が劉備陣営に居たと言うのは結構な衝撃でしたもんね…ちなみに劉備が徐州を継ぐ際に「徐州は袁術と呂布に囲まれてるから危険」って進言したんですけど却下されちゃったって言うエピソードがありますね…結局、その後、呂布に攻め込まれて陳羣の言う事、聞いときゃ良かったってなるんですけどね…(^_^;)
一番大事な関羽という将を失うだろうことを予言して荊州太守にすることを諫めた家臣はいなかったのかなぁ・・・
@@yoisyogyoza1番大事な将を1番大切な場面場所で使わなくていつ使うのよ…笑
さんぶん?さんぶ?どっちでもいいの?誰か教えてください。
さんぶの計じゃなくてサンブンの計だよ
徐州時代に後に魏の司空になり科挙のもとになる九品官人法を作る陳羣や、魏の虎豹騎的な精鋭である白耳兵の隊長の陳到(趙雲にならぶ評価の武将なのに知られていないドマイナー武将)あたりが抜けているかな
ロールプレイングでも劉備を使いますね👍🏻👍🏼👍🏽👍🏾👍🏿雌雄一対の剣あれば中盤まで2回攻撃で強いですから
全員知っています 後は(泣いて馬謖を斬る)の馬謖氏もお忘れなく
てんかさんぶんではないでしょうか?!
三兄弟のおかげで劉備は世に出れた。そして三兄弟のおかげで天下を取り損ねた孔明は白帝城にて、劉備の渾身の洗脳?で生涯を忠実に劉備の息子に使える決心をさせられた
劉備殿より我が君とか前王様と言ったほうが家臣っぽくないですか?
そういや陳羣も一時仕えてましたよね、演義に出てない有名どころじゃ、陳到や劉エンらも予州時代に配下になってますよね。
諸葛亮の霊流れ入る、諸葛亮の霊流れ入る、、、エルカンタービレの名のもとに、、
後に魏に仕えた牽招も幽州時代の立ち上げメンバーですよね。田豫は予州時代だったような…すいません記憶違いかも知れませんが。
陳登や陳羣や田豫もいます。幽州時代だと簡雍なんて蜀建国後も劉備のマブダチ。
夷陵の戦いに孔明が従軍していなったのが悔やまれる。
劉備といえば劉表が亡くなって荊州を託されたが、抑えなかったため曹操に追われ、肝心なところで決断が出来ないのが目立ちますね。早めに荊州を抑えていれば曹操の侵入を防げたのではと思います。
早目に荊州抑えても戦術作戦を考える龐統法正がいないから、善戦はするかもしれないけど難しくね?
なんとなく演義色が強い意見だと思いますなあ
劉表が託したのは荊州じゃなくて劉琮なんだよなぁそれに荊州に留まって闘う為には劉表の遺臣達を説得するなり切り従えるなりしないといけないし、曹操軍が迫ってる状況でそんな悠長な事してられないから逃げるしか手が無かったと思われ
しかも劉表遺臣といっても正確には劉表の家来ではなく荊州の名家連中だからね。更にこれらは曹操に近しいのが多い。
孔明は荊州の名士層の掌握が一番の手柄なのに丞相まで何もしてないふうにとらえられるのは…
諸葛亮その人が押しも押されもせぬ荊州の名士ですしね。婚姻戦略で劉表・蔡瑁・龐統ら荊州名士との親戚となり確固たる地位を確立しています。劉封が攻め滅ぼした蒯祺には諸葛亮の姉が嫁いでいましたが、生死は不明です。もし姉が巻き添えを喰らっていたのだとして、諸葛亮は劉封に深い恨みを抱いたでしょうかね。
@@nekono_mimikon 魏延に劉封と益州閥を抑える為にも必要不可欠な北伐で最重要な荊州の武官をもっと使いこなせていたら、蜀は違っていたかもしれないですね。そして代わりに一番の頼みの荊州出身の馬謖も…
魏延、法政って癖がある人材を使いこなした劉備ってやはり魅力ある人間だったってことかも。
声がいい
ありがとうございます。今後ともよろしくお願いします🙇♂️
三国志演義ベースのお話ですね。徐庶が抜けておりますが・・・
前後左右将軍任命の時の5人目は趙雲よりも魏延なんじゃないの?
陳羣と徐庶が残留してたら蜀の内政問題が少し改善されてたかな?
負けないというより山あいだから攻めづらかっただけ。
馬超って蜀に帰順してから何かしたん?😊
「なぜ劉備軍は負けないのか」も何も、負け通しなんですが…特にここで説明されている演義は「負けっぱなしだけど劉備の徳があるから慕われ続ける」というのが物語の骨子なんですが…
基本曹操以外に負けてないんだけどね
呂布とか、孫権(呂蒙,陸遜)、劉璋にも(一部)負けてるじゃん?
十哲に選ばれた孔明先生!
髭殿も討ち取られてたのか(/. _.\)
戦闘が強くても諸葛亮に追随できるような軍略家がいないのが致命的やった
長板で一般人がついてきて、それを守ったのって正史なの?流石に演義だと思ってました。本当ならとんでもなく凄い。ただ曹操はこういう時に現実的に考えて、市民を切り捨てれたから覇者になれたのかなとも感じます。
長板坡の張飛はリアルに正史です。どれほど張飛が有能か良くわかる。
戦争は数だよ兄貴
一人二役にはちょっと笑ってしまった
五虎大将軍
まぁ頑張ろ
諸葛亮のですます何とかならなかったのか
3:35 バンドみたいに言うなwww
三国志演義はあくまで蜀が主人公だから、かなり正史と違いがありますよね。本当に劉備が人徳者なのか…。同族の劉暲から、蜀を簒奪したことから、結構腹黒い人物なのでしょうか。
呂布「こいつが一番の食わせものだ!」
あの曹操が、ま隣りに居る状況で、ガチで殺そうとしたのに逃げおおせた只一人の男。
完全に劉備派であり大蜀漢正統論者です😂
私もこのメンバーが居たら絶対統一出来たと思います、魏と真っ向勝負しても勝てたと思います早い段階だったら。
題名に「演義」って入れといてよ
"しんがり"
水鏡「伏龍か鳳雛どっちかゲット出来れば天下握れるぞ」なお
どっちもとは言っていないからセーフw
劉備は中国あちこち行っていて 面白いですね〜波乱万丈
呉軍が真田w
「三国志」後々の後々に書かれた物語は100%フィクションですけどね。(人名などは合ってるかもしれませんが、架空の人物も多々います)劉備の人格だけで歴史は動きません。諸葛亮の知恵だけではどうにもなりません。実際、魏の方が魅力があったから優勢になったのでしょう。劉備は大猫熊みたいなもんでしょう。(言い過ぎか・・・)いろんな「迷場面」が出てきますよね。「いやいや、それは現実には不可能やろ!」と。m(_ _)m実際、物語の中と現実の地理的位置もそれはそれは違うし。関羽はどっち向いて走ってるんよ。σ(^_^;)でも、そういうこと抜きに、面白いですよね「三国志」「三国史」としていないところに、もっと注目してほしい。20分40秒付近、「人材の少ない蜀」と自ら言ってしまってますね。劉備の人柄、どこいった?
孔明は、魏延という最強武将を使えなかったのが痛い
史実では使いまくっていたけどね
@@大井英須 劉備の生きてるまではでは無いでしょうか?
@@宮永咲-t9d北伐でも丞相司馬やら前軍師やらに任命されてゴリゴリに起用されてますよ。
五虎大将軍成立したときが絶頂期だよな
この直後に関羽が爆走して詰むことになる。
正史?演義?なんかビミョじゃないかな
張飛が真田に殺されてる゚゚(゚´ω`゚)゚。ピー
これ正史?主に横山三国志の知識なら造り話も沢山あるから信ぴょう性はないよw
この時代の中国マジで有能しかおらんw
劉備の養子劉邦も活躍してましたよね
初心者向け
組織図??
劉琦のキは王偏。埼玉みたいな字にしたらかわいそうだろw
所詮、組織力蜀は弱いから負けたのと、無能ばかりだから負けた
三国全部カスくて草
三國志・演義より「蜀軍大将軍・劉備玄徳❕の桃園の旗の元に大軍師・諸葛孔明あり‼️以上🍑10/7・土曜日
劉備が死なない限りは負けないというか建て直せるのが強み
やっぱ荊州を失ったのが痛かったよな…
諸葛亮孔明···その暮らしは高潔にして質素。政治から軍事に至る国造りの全てを引き受け誰よりも早く起きて誰よりも遅く寝る。
初期メンバー脱退、バンドみたいだなw メンバーの組み合わせの変遷にはロマンがある
こういう武将紹介は面白かったです。
新野の戦いから益州攻略まで
徐庶→諸葛亮→龐統→
黄忠・魏延→法正→
馬超・馬岱→厳顔・李厳
とか徐々に味方が増えていく感じが好き。
伊籍・呉蘭・雷同・李恢が抜けている。
李恢は馬超を説得した人物(演義)。
劉琦はマイナーじゃないと思う。三国志演義でも吉川三国志でも横山三国志でも長めのエピソードとして取り上げられてて読んだ人なら皆が覚えてるはず。
戦略とも戦術もないんだが孔明と密談する時に梯子使って
上がった時に孔明に帰られないように梯子を外すという機転を
利かせたエピソードが結構秀逸だと思います。
法正とか郭嘉みたいな性格や素行に難ありだけど優秀な軍師って好きです
陳平とかね
郭嘉はコーエー三国志のビジュが良いから好き
曹操「郭嘉いたら赤壁負けなかった」
孔明「法正いたら夷陵止めれた」
このあたりの早逝惜しまれる感じも似てる
頭が良くて時々の主君に為になる計を出し、自身もきちんと生き残る賈詡も非常に素晴らしい。
北方、西方の異民族を意識するとまた面白みがます。
なんだかんだ蜀好きだ。
孔明の静かな声 とてもクール 登場人物も時期が明快でした 知らない人も沢山活躍していました それにしても孔明が北伐を7回も繰り返し 寿命を縮めた背景がわかりません 魏の勢力拡大をあの漢中の細い道を進軍して守ったことを想像すると心が痛いね 人材の先細り 寂しいね
ピラミッド建設と同じような国家事業だったという見方があります。
魏と比べたら極めて小さい国家だった蜀という組織が、挙国一致して外敵と当たることで元々の対曹魏で結束していた入蜀する前に家臣となった者たちのガス抜きになった、という考え方。
これで国家としてのまとまりを維持できた、ということ。
また、挙国一致といっても入蜀以後に家臣となった元々の蜀の豪族たちは、別に曹魏と敵対したい訳でもないので、その者たちの不満を躱すためにも全ての国力を挙げての一大決戦としての兵力や国力を傾けるものではなく、したがって小口の兵隊を数度出すようになったようです。
北伐は本気の戦いでもなく、デモンストレーション的要素が強いということですかね。
まずは、「てんかさんぶん」ね。
劉備が評価した5将軍は、
ファミコン、天地を喰らうで習いました。
その他いろんな将軍も覚えましたね。
3つにわかれた時点で争いを終わらせることができてた方が良かったように思える
広い中国を一つの国にまとめあげるのはなかなか難しい
個人的には、劉備時代の配下も勿論好きだけれど劉禅時代の蜀を支えた張翼,張嶷,廖化,羅憲,姜維,夏侯覇,蒋琬,費禕,董允,陳祗といった地味だけれど個性的なメンバーも好きですw
国力最弱の蜀であれだけ踏ん張ったメンバーです。
上記の人物達も十分に有能です。
羅憲は流石に存じ上げないなあ・・・
光栄三國志で有名なのかな?
@@yoisyogyoza 光栄で有名かは分かりませんが…。
羅憲は、劉禅時代に蜀に仕えていた人物で当時実権を握っていた黄皓に媚びを売らなかった事から彼の怒りを買って永安に左遷されていますね。その後は、蜀滅亡まで永安の守備を任されている感じでしたが蜀滅亡後に呉が「もう滅んじゃったなら、寸土でも掠め取っておこう。」的な感じで攻めてきます。それに対して、羅憲は孤立無援の状態で半年くらい永安城を守り抜き、最終的には魏の司馬昭の援軍(蜀は既に降伏しているため、この時は名目上魏の傘下にあった。)で呉軍を退ける事に成功するっていうエピソードが彼の中で一番有名ですかね。
シブメンぞろいで好き♪王平もすき
廖化、張翼、王平、羅憲はいいよなー
あと夷陵の大敗の際逃げられなくて魏に降るしか無かった黄権も勿体無い人物だった
戦闘そのものでは、劉備軍は曹操軍にも呂布軍にもほとんど負けてない
戦術や戦略で城を奪われてるだけで、曹操も呂布も劉備軍と直接ぶつかることは避けている
はっきり言えば、直接対決で倒すにはリスクがデカすぎる
関羽や張飛だけでも手に余るのに、それ以外が雪だるまのように膨れ上がるのは、恐怖でしか無い
五虎将軍と龐統、法正が揃っていた時が蜀の人材の全盛期です。
終盤になると魏との人材不足の差が出てしまった。
法正も龐統も長生きして欲しがった😢特に法正は生きていたら歴史が変わっていたかも知れない、何せ諸葛亮が困った時に法正が生きていたらなー、と言う位の才を持っていたのだから、諸葛亮も頼りにしていた人物、本当に生きていてほしかった😢
日本と違って陸地で繋がっていると覇権を維持するにも数倍大変だっよね
しかも広い
劉備が死んだ後のコミックとかないな~と思っていたらビックコミックで『朱のチーリン』 (作者:向井沙子)という姜維が主人公の漫画が始まって、馬超が(あまりカッコよくない(笑))悪役として登場していたが、彼が今後どうなって蜀を支える武将になるのか、孔明とどう出会うのか楽しみです。
小説なら古くは柴田錬三郎。
英雄ここに有り。
英雄生きるべきか死すべきか。
三國志中盤までと諸葛亮死亡後の三国滅亡までの小説。
だから、司馬懿の公孫討伐やらクーデターやら姜維vs鄧艾やら蜀の滅亡と姜維の自滅、毌丘倹やら諸葛誕の反乱やら趙雲の再来と呼ばれた武将や、呉の丁奉の活躍や呉の内紛等が書かれています。
小説なら柴田錬三郎の「英雄生きるべきか死すべきか」がきちんと三国が滅ぶまで書いてあります。
(司馬懿のクーデター。姜維と鄧艾の戦い。鍾会・鄧艾による蜀滅亡と2人の自滅。毌丘倹・文欽・諸葛誕の謀叛。魏呉の戦い。呉の内乱や魏の滅亡。最後に呉の滅亡)
その前作が「英雄ここにあり」
(五丈原まで)
諸葛亮は軍略家と言うより内政に秀でた人物だと思います。
正史と演義では大分違いますよね。
清貧で厳格な超一流の内政家です。でも軍事は三流。軍人ではないから当然。
外交も並み程度。
蜀のあの状態だと外交の選択肢自体がほとんど無い。
袁綝と劉琰がいない。
袁綝は豫州出身。豫州袁氏といえば名門中の名門。劉琰は同姓でもあり劉備とは洒落者同士尊重されていたという。さらに言えば孔融や袁渙とも交流があり陳羣なども起用していた劉備は実は単なる軍閥ではなく名士層も重視していたと言える。残念ながら中原での戦いに敗れたのでそれら人脈が活きる事はほぼなかったが、そのために荊州閥の取り込みに切り替えて諸葛亮の獲得に動いたのだろう。劉表が劉備に疑念を抱いたのもそれら人心掌握の動きに野心を疑ったためだ。実際に赤壁後に名目だけの荊州牧として劉琦を推挙しておきながら何故か劉琦はコテンと死んでいる。いったい誰が殺処分したんでしょうねぇ…
益州と漢中を手に入れる全盛期と同時に凋落のきっかけとなる関羽を失うってのが劉備推しには悲しくてしょうがない
誰も関羽を荊州太守にするのを止めなかった。
敢えて言いがかりを付けると、諸葛亮のせい。
@@yoisyogyozaというか消去法的にも関羽しか選択肢が無かった
北の外れから身を起こし、東の海辺で初めて州牧になり、南へ逃走し、西で建国し皇帝を宣言。東西南北の放浪に良く皆付き従った
劉備「みんなありがとう!やで」
演技準拠にしたいのか史実準拠にしたいのかどっちなんだろう。
史実準拠なら最初期から劉備に付き従った建国の功臣で趙雲に次ぐ評価がされていた陳到にふれないのはおかしいし、演技に準拠するなら徐庶にふれないののがわからない。
自分も最初にそこを明確にして欲しいと思いました。
田豫、陳登、陳羣がいれば歴史は変わってるかもしれない。
その3人かなり惜しいよな
ひょっとしたら孔融との関係で太史慈もいたかもしれない・・・
法正か龐統のどっちかは長生きして欲しかった…。
後、陳羣が劉備陣営から離れていなければ・・・
個人的には龐統は呉のスパイ説が結構合点がいくからなんとも。笑
@@しゅ-g6v 肝心の呉書に記述無く、龐統の弟は夷陵で劉備陣営に参戦して、退路が無くなったら魏に降伏してる。諡まで付けられてますし龐統のスパイ説というのは都市伝説以下の信憑性かなと。
その説、kwsk
光栄三國志でも、埋伏武将をわざと登用して他の敵国に無理やり少数で突撃させて(捕虜にさせたり)首を斬られるよう仕向けたりしてますから、そういうことでしょうかw
@@yoisyogyoza 元々周瑜に仕えていて呉に亡骸を届けたのは龐統。その後龐統を冷遇している劉備に戦略家として重用するよう求めたのが魯粛。そして天下二分構想の周瑜に対して三分構想だった魯粛体制の呉にとっては、蜀の地を劉備に収めさせる必要があった。裏切るというよりは呉の思惑通りに劉備を誘導し、劉備軍の内情を呉に報告していたスパイ的な役割の可能性は高いと思う。劉備としても蜀取りの初動では必要だけど、ある程度整った時点で退場させるのはありえるし、軍師的なポジションの龐統が致命傷を受けるような場所にいる事は不自然。波風立たないように戦死を装って、いいタイミングで退場させたんじゃないかなという説です。
死諫した連中の特集お願いします。
三国志演義は、フィクションです。基本的に蜀軍は、最後まで戦わないので、負けてないと言っているだけです。
丞相は一国の最高権力者ではないですよね。
初めから関羽と張飛が義兄弟になり諸葛亮孔明という軍師を仲間にし、趙雲、黄忠、馬超という五虎大将となる仲間を配下に加えて長く蜀を守ったけど息子が全てを終わらした😭
蜀の歴史=劉禅の歴史。蜀を建国したのは劉備だけど、1年しか戴冠してない。その後40年国を維持したのは劉禅。そしてその5虎大将軍もその劉備とほぼ同時期に死んでる。趙雲建国時点で既に70歳近い。孔明でさえそのうちの12年。つまり劉備や孔明、5将軍の時代なんて蜀全体の歴史の1クォータでしかなかったということ。
しかも劉禅は三国時代の三国全ての中で在位期間は極めて長い
五虎大将軍🎉🎉🎉🎉🎉🎉🎉🎉
天下三分の計って魯粛説もありますよね
魯粛が「天下三分の計」って“説”…と言うか戦略的には魯粛も劉備を引き入れて「天下三分の計」を練っていましたよ…(^_^;)
ちなみに周瑜の戦略は「天下二分の計」ですけどね…
正確には魯粛のは「北方が争ってるうちに劉表を討って荊州を奪い、最終的に長江の南をゲットして皇帝になった後、曹操と戦う」なのでどちらかというと天下二分ですね。その後に劉備が出てきて三分に変更した感じです。
尺の都合か“陳羣”の出来事がなかったッスねぇ〜…
私としては魏の「司空」まで務めた陳羣が劉備陣営に居たと言うのは結構な衝撃でしたもんね…
ちなみに劉備が徐州を継ぐ際に「徐州は袁術と呂布に囲まれてるから危険」って進言したんですけど却下されちゃったって言うエピソードがありますね…
結局、その後、呂布に攻め込まれて陳羣の言う事、聞いときゃ良かったってなるんですけどね…(^_^;)
一番大事な関羽という将を失うだろうことを予言して荊州太守にすることを諫めた家臣はいなかったのかなぁ・・・
@@yoisyogyoza1番大事な将を1番大切な場面場所で使わなくていつ使うのよ…笑
さんぶん?さんぶ?どっちでもいいの?誰か教えてください。
さんぶの計じゃなくてサンブンの計だよ
徐州時代に後に魏の司空になり科挙のもとになる九品官人法を作る陳羣や、魏の虎豹騎的な精鋭である白耳兵の隊長の陳到(趙雲にならぶ評価の武将なのに知られていないドマイナー武将)あたりが抜けているかな
ロールプレイングでも劉備を使いますね👍🏻👍🏼👍🏽👍🏾👍🏿雌雄一対の剣あれば中盤まで2回攻撃で強いですから
全員知っています 後は(泣いて馬謖を斬る)の馬謖氏もお忘れなく
てんかさんぶんではないでしょうか?!
三兄弟のおかげで劉備は世に出れた。そして三兄弟のおかげで天下を取り損ねた
孔明は白帝城にて、劉備の渾身の洗脳?で生涯を忠実に劉備の息子に使える決心をさせられた
劉備殿より我が君とか前王様と言ったほうが家臣っぽくないですか?
そういや陳羣も一時仕えてましたよね、演義に出てない有名どころじゃ、陳到や劉エンらも予州時代に配下になってますよね。
諸葛亮の霊流れ入る、諸葛亮の霊流れ入る、、、エルカンタービレの名のもとに、、
後に魏に仕えた牽招も幽州時代の立ち上げメンバーですよね。田豫は予州時代だったような…すいません記憶違いかも知れませんが。
陳登や陳羣や田豫もいます。
幽州時代だと簡雍なんて蜀建国後も劉備のマブダチ。
夷陵の戦いに孔明が従軍していなったのが悔やまれる。
劉備といえば劉表が亡くなって荊州を託されたが、抑えなかったため曹操に追われ、肝心なところで決断が出来ないのが目立ちますね。早めに荊州を抑えていれば曹操の侵入を防げたのではと思います。
早目に荊州抑えても戦術作戦を考える龐統法正がいないから、善戦はするかもしれないけど難しくね?
なんとなく演義色が強い意見だと思いますなあ
劉表が託したのは荊州じゃなくて劉琮なんだよなぁ
それに荊州に留まって闘う為には劉表の遺臣達を説得するなり切り従えるなりしないといけないし、曹操軍が迫ってる状況でそんな悠長な事してられないから逃げるしか手が無かったと思われ
しかも劉表遺臣といっても正確には劉表の家来ではなく荊州の名家連中だからね。
更にこれらは曹操に近しいのが多い。
孔明は荊州の名士層の掌握が一番の手柄
なのに丞相まで何もしてないふうにとらえられるのは…
諸葛亮その人が押しも押されもせぬ荊州の名士ですしね。
婚姻戦略で劉表・蔡瑁・龐統ら荊州名士との親戚となり確固たる地位を確立しています。
劉封が攻め滅ぼした蒯祺には諸葛亮の姉が嫁いでいましたが、生死は不明です。
もし姉が巻き添えを喰らっていたのだとして、諸葛亮は劉封に深い恨みを抱いたでしょうかね。
@@nekono_mimikon
魏延に劉封と益州閥を抑える為にも必要不可欠な北伐で最重要な荊州の武官をもっと使いこなせていたら、蜀は違っていたかもしれないですね。
そして代わりに一番の頼みの荊州出身の馬謖も…
魏延、法政って癖がある人材を使いこなした劉備ってやはり魅力ある人間だったってことかも。
声がいい
ありがとうございます。
今後ともよろしくお願いします🙇♂️
三国志演義ベースのお話ですね。徐庶が抜けておりますが・・・
前後左右将軍任命の時の5人目は趙雲よりも魏延なんじゃないの?
陳羣と徐庶が残留してたら蜀の内政問題が少し改善されてたかな?
負けないというより山あいだから攻めづらかっただけ。
馬超って蜀に帰順してから何かしたん?😊
「なぜ劉備軍は負けないのか」も何も、負け通しなんですが…特にここで説明されている演義は「負けっぱなしだけど劉備の徳があるから慕われ続ける」というのが物語の骨子なんですが…
基本曹操以外に負けてないんだけどね
呂布とか、孫権(呂蒙,陸遜)、劉璋にも(一部)負けてるじゃん?
十哲に選ばれた孔明先生!
髭殿も討ち取られてたのか(/. _.\)
戦闘が強くても諸葛亮に追随できるような軍略家がいないのが致命的やった
長板で一般人がついてきて、それを守ったのって正史なの?流石に演義だと思ってました。
本当ならとんでもなく凄い。
ただ曹操はこういう時に現実的に考えて、市民を切り捨てれたから覇者になれたのかなとも感じます。
長板坡の張飛はリアルに正史です。
どれほど張飛が有能か良くわかる。
戦争は数だよ兄貴
一人二役にはちょっと笑ってしまった
五虎大将軍
まぁ頑張ろ
諸葛亮のですます何とかならなかったのか
3:35 バンドみたいに言うなwww
三国志演義はあくまで蜀が主人公だから、かなり正史と違いがありますよね。本当に劉備が人徳者なのか…。同族の劉暲から、蜀を簒奪したことから、結構腹黒い人物なのでしょうか。
呂布「こいつが一番の食わせものだ!」
あの曹操が、ま隣りに居る状況で、ガチで殺そうとしたのに逃げおおせた只一人の男。
完全に劉備派であり大蜀漢正統論者です😂
私もこのメンバーが居たら絶対統一出来たと思います、魏と真っ向勝負しても勝てたと思います早い段階だったら。
題名に「演義」って入れといてよ
"しんがり"
水鏡「伏龍か鳳雛どっちかゲット出来れば天下握れるぞ」
なお
どっちもとは言っていないからセーフw
劉備は中国あちこち行っていて 面白いですね〜波乱万丈
呉軍が真田w
「三国志」後々の後々に書かれた物語は100%フィクションですけどね。
(人名などは合ってるかもしれませんが、架空の人物も多々います)
劉備の人格だけで歴史は動きません。
諸葛亮の知恵だけではどうにもなりません。
実際、魏の方が魅力があったから優勢になったのでしょう。
劉備は大猫熊みたいなもんでしょう。(言い過ぎか・・・)
いろんな「迷場面」が出てきますよね。
「いやいや、それは現実には不可能やろ!」と。m(_ _)m
実際、物語の中と現実の地理的位置もそれはそれは違うし。
関羽はどっち向いて走ってるんよ。σ(^_^;)
でも、そういうこと抜きに、面白いですよね「三国志」
「三国史」としていないところに、もっと注目してほしい。
20分40秒付近、「人材の少ない蜀」と自ら言ってしまってますね。
劉備の人柄、どこいった?
孔明は、魏延という最強武将を使えなかったのが痛い
史実では使いまくっていたけどね
@@大井英須 劉備の生きてるまではでは無いでしょうか?
@@宮永咲-t9d北伐でも丞相司馬やら前軍師やらに任命されてゴリゴリに起用されてますよ。
五虎大将軍成立したときが絶頂期だよな
この直後に関羽が爆走して詰むことになる。
正史?演義?なんかビミョじゃないかな
張飛が真田に殺されてる゚゚(゚´ω`゚)゚。ピー
これ正史?
主に横山三国志の知識なら造り話も沢山あるから信ぴょう性はないよw
この時代の中国マジで有能しかおらんw
劉備の養子劉邦も活躍してましたよね
初心者向け
組織図??
劉琦のキは王偏。埼玉みたいな字にしたらかわいそうだろw
所詮、組織力
蜀は弱いから負けたのと、無能ばかりだから負けた
三国全部カスくて草
三國志・演義より「蜀軍大将軍・劉備玄徳❕の桃園の旗の元に大軍師・諸葛孔明あり
‼️以上🍑10/7・土曜日