伏石積み、は、西欧で広く行われているようです。Monsanto , Great Zinbabwe、も共にこの積み方です。この二箇所は、巨石と小さな平石で周囲を囲んだ造りです。相互距離は7756km=6794km×(π−2)火星直径の関数で表記出来ます。はやし浩司さんはTH-camで超古代の奴隷収容所跡だと解説してます。先着のイギギ火星人を奴隷化して酷使した歴史が浮き出てきます。小さく1箇所の出入口、高い塀と監視塔一つ、城無し、など特徴を挙げていて共感します。実はナスカと三内丸山遺跡との距離も7756km×2.00ですので、同じ奴隷化された縄文人収容所と診ています、一つの高い監視塔は有名ですし武器が発見されないのも、刑務所で武器を与えない理由から想像出来ます。なお、マダガスカル島には深く広い掘割遺跡が500越えて存在して、世界中の遺跡建造の為の奴隷労働力の住処≒タコ部屋を形成しています
父母は美馬市穴吹の出身です。今は鹿児島在住ですが私も幼少時度々穴吹へ帰り穴吹川で遊んだりしました。特に母方のきょうだいは色が白いように思います^^ 今一番に行きたい帰りたい地です。
小学生の頃プールで溺れました。友達が気づいてくれなければ死んでいたと思いますが気を失ってプールの底に沈んでいた時、白髪の老人に会ったことを記憶しています。
次に会ったら、どこから来たのか聞いておいてください。
@@maomao96363 かしこまりました!! 三途の川から生還しましたら(笑)
最近、白ウサギは、ユダヤ人では?という動画をみました✨月に🐇が住んでるという子供の頃きいた話しも意味が解らなかったですが、最近はワクワクします。白ウサギの伝説は、明らかに日本人に助けられてますよね😊遺跡神殿?は、まるで日本ではない映像ですね✨今の日本人にとって日本が一番ミステリーですね。奥深さにワクワクします。南米ネイティブの伝説で白い兄というのが、でてくるらしいですが、太陽の国日本が、白い兄として、白い弟白ウサギを助けたのは納得できるし、ワクワクします🌈イエス様にも兄とか弟とか、最近の動画ではありますね✨
私も行ったことがありますが、人は誰もいなくて、重い空気を感じました。
秘境やけん。
という徳島在住のTH-camの谷さんがこの辺りの深い内容をはなしてくださっているので、わかりやすいです。ユダヤからやってきたスサの王が治めていたこの辺りを、なぜ、後からきたアマテラスは孫のニニギに治めさせてやったのか、そのあたりがわかりやすく興味深いです。古事記などはいかに都合よくかかれているのか、徳島には隠されているひみつが沢山あるようです。
私はこの美馬市穴吹町の生まれで、子供時代を過ごしました。現在は近畿地方に住んでますが、小学校の時から父の仕事や自分でチャリンコを漕いでこの口山地区に来たものです。幼少期よりソロモン秘宝伝説の話は聞いた事ありましたが、大人になりクリスチャンになってからレムナントでこの神社を知りました。イスラエルの調査機関アミシャブがここに調査に来て、古来ここに我々の先祖が来たと断言したそうですね?自分の血の中にひょっとしたらイスラエル人のDNAが流れてるかも知れない、神の不思議な摂理を感じています。
この日本の始まりは美馬から始まりました。倭国阿波説を研究している方の多くの方に美馬から始まったと聞きました
私も春に磐境神社を訪問しました。白人神社の前の道(492号線)を剣山方面へ車で4,50分行くと、阿波忌部氏後裔の三木家があります。今も麻植の麻で織られたアラタエを、天皇家に献上しているそうです。阿波忌部氏に縁りある阿波国の古社、忌部神社の神紋は梶の葉、大麻比古神社の神紋は麻紋。
四国放送(?)の動画で見ました!
茂木先生が私の地元にいらっしゃるのが不思議な気分です。その辺りは私も行ったことが無いので、帰省した時に行ってみよう!
白人神社の正面奥に見える山がぴったりきれいな三角型ですね。日本はなんて奥が深い国なんだろう。先生が奇跡の国って言われるのが少しづつわかるようになれた気がします。それなのに国民は自分で考えることができなくさせられ、三島さん曰く‘’空っぽな経済大国‘’になってしまったのが悲しいし、もはや経済大国でもないという、、。悔しい。
投稿ありがとうございます~奇跡的に残ったと聞きました~☺️本来ならそこを壊して新たな神社を建てるが、、、狭くてできないので‼️下に建てたと聞きました~☺️
忌部の末裔75軒の方々が守っております‼️他の方は何人たりとて木を切ったり、、、色んな事はできない❗と聞きました。素晴らしい石組みです😆🎵🎵 自然のまま、、、加工したら行けない‼️
声も良いし、知性が溢れています。授業を受けてるみたいで頭が少し良くなりました。
日本人から見れば不思議な遺跡ですが
平たい石を積み上げるのは徳島特有なんですよね
動画を見ているだけで脳みそに風が吹くような超気持ちええ感覚がしました。ここはすごい。
山口県の角島にある夢崎明神を訪れた際にほぼ同じような石積みの造りでした。同島からはペトログリフも発見されていて説明には数千年前のものと説明があったと思います。茂木先生の歴史の考察をいつも楽しみにしています。
ネットで写真を見る限り、非常によく似ていますね。いつか、訪れてみましょう!
@@maomao96363 直接返信いただき感動しました。数千年前のことは検証が難しいですが、日本各地で発見されているペトログリフの文字と世界各地で発見されているペトログリフの文字が同じだったりするとワクワクします。これからも楽しみに勉強させていただきます!
@@maomao96363 茂木先生、 ぜひ、ペトログリフのシリーズもお願いします!! 期待しています!!
行ってみたいー
コレは驚いた😮😮
素晴らしい🎉🎉
配信感謝致します。言葉も出ないほど圧倒されました。不思議な感覚が漂う聖地ですね。茂木先生と一緒にお参りさせて頂いきました。
いつも素晴らしい旅に同行させて頂き、誠にありがとうございます。
日本の古代史は論証出来ない事ばかり。
ですが、それ故に10人いたら10通りの仮説があって良いと思います。
私は北イスラエル王国の10支族もネストリウス派も日本に来ていたと考えてます。
蘇我氏は我、蘇れりの字が当てられ、
聖徳太子は厩戸王。何か思い当たる事しかありません(笑)
私も日本の古代史と神社巡りが大好きで
大人の自由研究と題してます。
ここ5,6年。故郷である阿波の古代史に興味が湧き、帰省の度にいろんな神社に行っています。こちらの磐境神明神社はすごく興味があったので最初に行った神社の一つです。イスラエルの神殿の様式に似ているということでロマンですねぇ。
阿波古事記研究会の講演で聞いた美馬の語源の一つの説。皇御孫(すめみま)。辞書によると、皇(すめ)は天皇または神に関する語に付けて、尊敬・賛美する意を表す。御孫(みま)は天皇を表す。
楽しいですねの、結びがなんの偏向も無く、自由さがあって良いなと思いました。
緑泥片岩(りょくでいへんがん)←阿波の青石だと思います。
とても有名な石で京都のお寺の庭石にもたくさん使われています。
徳島城の石垣にも使われています。
祖母が美馬姓なので食い入るように見ています。
私も2週間前に行きました。不思議な作りの神社ですね。しかも、隣には。白人神社。四国特に剣山から吉野川流域そして淡路島周辺に色々な国作りの秘密がありそうだと感じました。また行きます。
ちょっと忌部氏の拠点も近い
なんとも異質な神社、息を飲みました!
それにしても白髪の翁はあちこちに出現するんですね。山幸彦や神武天皇に助言した塩土の老翁、宇佐八幡宮の鍛治の翁・・。
超人的お爺さんばかりですねぇ(笑)
私の先祖は四国の山奥出身ですが、地元の人しか知らない伝承が残っていたりします。
過疎化で人が減ってしまい、それも廃れようとしています。
何もできないまま、静かに時間だけが流れていきます。
せめて伝承を、文字に残してほしい...
どんな伝承なのかお教え下さいませ。
是非その伝承について、世間にお知らせ下さいませ。
伝承はこの国の宝です。時間がかかっても是非文字に残して下さい。
マメヅタ(豆蔦)は本州から九州の暖かい地域に分布するシダ植物で、多肉植物のように厚みのある葉をつけます。石の表面や壁、樹皮などを覆うようにツル状の茎を伸ばして広がります。育てやすいため、鉢植え植物のほか、苔玉に付着させてインテリア植物として多く流通しています。
行かれましたね! まだまだ楽しみは続きます。
美馬市のシンボルマークが気になりました。
美馬、ミマナ、まな
お皿を重ねたようなマークですね。
イザナギ神社は数あれど
少し離れた所に
日本国内で唯一イザナミ神社がある所ですね。
『白人神社』をハクジンと思ってはいけないと言ってくださってありがとうございます。日本の古くは、「音」で深めて解釈していくのが本当だと思っています。
古代史のロマンですよね。
エリ・コーヘン大使!懐かしい。お名前が出てくるとは!同氏はたぐいまれな親日家であると同時に若き日にイスラエル特殊部隊に所属し、テロリストから幼児を護った英雄です!出エジプト記とつなげるとは茂木先生らしい!!感動。
茂木先生が私の行けないところにどんどん行って、配信してくださって感謝です!!先生の歴史専門家の視点で見せていただけるのがとても勉強になります。
報告遅れましたが、月曜日に行って来ました こんな神社の形態は初めてです
外国人が参拝してました
何で知ったんだろうなと思いました ユダヤかなと
議論を楽しみたいです
ありがとうございました
独特ですね~本来ならば人目に触れてはいけない物のように感じます。
四国、中央構造線がど真ん中を流れる、なかなか侮れない場所だ、神秘に包まれる。
邪馬台国 四国説ってのがあって、なかなか面白いんですよ! あれ。
ありがとうございます。行きたいです。
滋賀県には、野面積み、穴太積みと言う自然石を積み上げる、穴太衆と言う石工の技術が今も伝えられています‼️戦国時代に城郭に用いられた石垣で名を馳せたと聞いています‼️日本全国に出張して寺社仏閣にも関わられたのかもしれません⁉️でも構図が異質で、積み方も違う様に見えますので、関係がないかも知れませんね⁉️‼️コーエンさんのこの調査見ていました。時代が違い過ぎて・・ゴメンなさい😮💨🙇♀️
滋賀にも参りましょう!
スクールの講義の後すぐにUPしてくださったんですね。感激です😊ありがとうございます。この先生のナレーションから2年前にここに踏み入れた時の感動が蘇りました。自分はクリスチャンですが、コーエン氏の話などから興味を持ち、アークがあるなら何か自分で感じられるかと、まず剣山に登って祈りました。が、❓疑問でした。次にここを訪れたんですが、自分は何かあるならここだ❗️と特別なものを感じしばし祈っておりました。石の祠の中の木の部分はもちろん後世のものですが中央は天照大御神様、右側は素戔嗚様など五柱が祀られていました。この地域は三角形の範囲で忌部氏の管轄でした。他にも興味深い古社がいくつかありました。剣山入り口の神社にあった冊子には、邪馬台国徳島説が書かれていました。日ユ同祖論シリーズ大変興味深く、引き続き先生の更なる深掘りを期待しています。ありがとうございました。
剣山にも参ります!
@@maomao96363 楽しみにしてます〜❤行き着くまでの山道の運転結構細くて大変です。気をつけて下さい❣️その途中にも忌部神社の看板がありました。
美馬に六芒星がある神社がありました。
初めて石の神殿を見ました。ありがとうございます。徳島は謎に満ちていて想像すると楽しいです。
私は徳島に行った事がないからとても勉強になりました。
妖怪退治の伝説も持つ有名武将の子孫だとする口伝がある友人が、旅先で偶然入った店に親戚とそっくりな顔をしたマスターがいて声をかけたそうです。名刺を交換したら同じ名字で、マスターもその友人とそっくりな親戚がいると言い、同じ口伝が伝わっていました。が、わかる限りで出身も親類も繋がりはなく、顔と名前と口伝のみ。・・・数百年、千年レベルの時を超え、「血」の縁が呼び合う事があるなら、いつか古代史も何かがわかるかもしれない。DNA解析も進んだことだし。
歩き遍路をしています。件の神社には兼ねてから訪れてみたいと思っていましたが、残念ながら美馬市は経路に入っていません。結願後、一番札所の鳴門に戻りますので足を伸ばそうと思います。
私は家庭連合会員ですが、日本🗾古代史が大好きです。聖書と結び付いてるので、興味深いですね。
私の父の里が隣の箸蔵ですが、この辺りは平家の落人が多いと聴いています。
何かおもしろい伝承があれば、教えてください。
面白く大変興味深いです!!
ここにも来てたんですか。この石は緑色片岩という通称青石です。機内の古墳にも阿波の青石が使われてるらしいです。薄く剥がれるので加工がしやすいのです。剣山のことは地元のTH-camソロモンクロニクルとCUEテレビに詳しいです。ちなみに私も地元麻植で天村雲神社の近くです。
なんか涙出ました。知らないことで自分ができてる。
古代日本に石の文化が無かった以上、海外からの渡来人が石の文化を伝えたと考えるのが自然ですよね。
磐境神明神社の隣の白人神社の言い伝えにある白髪の方も、繋がりありそうな感じがします。
白人のすぐ近くに住んでいます。ニニギノミコトをお祭りしています。しわさかは古代の遺跡で、ニニギノミコトのお墓と聞いています。ニニギノミコトは剣山から降りて友内山から降りてきてここで住まいしていたそうです。奥さまは木花咲耶姫て川向の新宮神社にお祭りしています。白人神社は白ウサギの伝説があります。拝殿に親子のうさぎの彫刻があり、灯籠の上には石のうさぎが乗っています。白ウサギは神様の使いとかいわれています。忌部の75人の宮人が昔からお祭りしていて、御神輿も他の人には担がせません。首野という地名は忌部の首が住んでいた為ついています。梶山は木綿を作るため梶の木を植えた為付いた地名です。仕出原は紙垂を作っでいた為付いた地名です。源為朝伝説があります。白人神社の西隣に為朝をお祭している八幡神社があります。白人は10月28日がお祭りで八幡は10月1日がおまつりです。1月15日(旧)には為朝の弓にあやかりお的祭があります。
タメトモガ相栗峠から弓を放ち白人の向かいの山の毘沙門岳に当たり跳ね返って弓がたった所が弓立てという地名で口山中学の下あたりになります。初めて馬に草を食べさせた所が初草という地名です。
平家打倒わ祈願し宝を埋めたと伝わっています。
源氏の姫が後を追ってきて余りの道の険しさに泣く泣く引き返したのが恋人峠です。白縫姫と言うそうで女官たちと来たそうです。知野に来て、為朝と事を尋ねて、知野の人がその人は死んだと言われ嘆き悲しんで自害して果てたそうです。それで血の海になったので血野でしたがあまりなので知野に変えたそうです。そのまえにも木花咲耶姫が夫のニニギノミコトわ訪ねて来て病気で血を吐いて亡くなって血野になったという話があります。おいでで頂き有難うございました。
「白人」という社名のいわれは、何かご存じですか?
残念ながら聞いておりません。一説にはヘブライ語のシラーから来たのではないかと書いてあります。地元では(白人はん)と親しみを込めてよんでいます。木花咲耶姫はお花はんと言われます。剣山を源流とする穴吹川と貞光川は木綿麻川と昔は言われていました。友内山は木綿麻山(ゆうまやま)と呼ばれていました。高越山は天照大神のお母さんの伊邪那美命のお墓をお祭りしています。古老から(おこうっつあん)は偉いんでよ 有り難いんでよ と聞いています。一世代前の人たちは月に一度お参りしていたそうです。口山 大内から古道があります。高越寺の地名は木綿麻山となっています。吉野川や遠くから判るように今でも畝火の代わりに明かりが灯されています。
脇町にはハハキ神社があります。岩津の橋から下がイズモと言われ上ガソラと呼ばれていました。高越山から降りていくと、桃を食った地名や四方見トンネルや坂本や千曳の大岩など古事記にまつわる地名が沢山あります。半田には崇神天皇の宮がありました。磯城瑞籬宮といわれています。そこの地名は天皇と言います。半田には、京都の地名の元になった京都と言う地名もあります。
白人はんの呼び名のいわれは古老から聞いてなくてお役に立てず申し訳ありません。
何かの建物の土台??だったのでは、、、細すぎますが、、、不思議ですね。
確かに四国の剣山の神輿祭はユダヤ教の御祭そっくりだそうですね?!
淡路島のホテルニュー淡路にも自然石で造られた古いお宮がありますね。
楽しいですね🥰
茂木先生の行動力は凄いですね!歴史が本業と思ってましたが、地質学も詳しいのですね。「ブラタモリ」のようです。「茂木誠の地球ブラリ」でも表示されてはいかがですか。とにかく、面白いです。
石垣がいつの時代かはわかりませんが、城郭に石垣が使われたのとはまったく別でココだけ単体で存在しているのが謎ですね
吉野川流域で石積みされた石が 青緑 の系統のものであれば、
たぶん、 緑泥片岩 りょくでいへんがん で、
つまり、 阿波の青石 だと思います。地元の川から産出したものではないでしょうか。
阿波の青石 は産出後、舟に乗せられ、遠くの京都の他、各地に運ばれていたといわれます。
色の美しさと加工のし易さから、古代より各地で需要が高い岩石で価値が高かったようです。
特に、日本庭園の色合いを決める重要な石で、
格調高い庭石とされていたようです。
緑泥片岩、勉強になりました!
同じ美馬市の友内神社にも同じものがありますよ。
石垣に囲まれた神殿(?)がですか!?
@@maomao96363
そうです。あまり有名ではありませんが。
近くに児宮神社(天児神社)もあります。
この神社は天児屋根命の降臨の地と伝承されています。
阿波忌部の祖神
天日鷲の妹が天児屋根の母です。
木屋平(こやだいら)という地名ものこっています。
そして天児屋根命の妻も天日鷲の妹なのです。
当時はもちろん通い婚でしたよね。
友内山は
古来、木綿麻山(ゆうまやま)と呼ばれ天皇の即位儀礼である大嘗祭で木綿を貢進していました。
別名を高千穂山です。
本来の高千穂は、この友内山だという説もあります。
ニニギに随伴したのは、天児屋根命以外は忌部神です。
たくさんの人たちが石を拾い運んで積み上げたんだろうね~なんか興味深いです。茂木先生だんだんとリアルを追求しているところ、すばらしいです👍👍👍👍👍‼️🙄
なるほど…
やはりユダヤが関係してくるんですね。
今回も勉強になりました🙏
ここは、以前イスラエルの元大使が来て、イスラエルの古代の礼拝所とそっくりと驚いたそうです。
阿波市阿波町に日本一神とされる加茂神社があり、対岸の吉野川市川島町には忌部神社があります。また隣の山川町の髙越山山頂にはイザナミを祀っており美馬市の舞中島にはイザナミ神社があります。
見どころ満載、徳島県!
古事記に登場する主要神々が人知れず、
徳島の神社にコンプリートされていますね。
「麁服」調進の郷、「阿波隠し」の謎を秘めた土地です。
阿波町の出身ですが、そういう事は学校では全く教えてもらえませんでした。
今は故郷から遠く離れた所に住んでいますが、たまたまこのチャンネルを目にしたのも何かのご縁。地元の事を調べてみたいと思います。
@@カルロスウッド 参考になって良かったです。もう1つつけ加えれば吉野川の善入寺島は粟島が正式名称でお墓を造ってはならないとされていました。安芸の宮島と同じです。
@@誠大林 か
先の剣山の動画配信の追伸をいたします。剣山は、ソロモン王の亡骸を埋葬しソロモン王が使用していた剣も同等としました。やがて訳ありその剣は、熱田神宮に安置され天皇正統を司る三種の神器となりました。ダビデ王が使っていた勾玉も三種の神器として絶対的秘物となりました。四国山中にあるそれらの白人神社もきっとソロモン王に関わることだと思います。
ユダヤの遺跡そっくり。
ホテルの敷地にあるものと。
プラーナがすごい神社ですねぇ。
私も茂木先生の弊立神宮の巻を希望します❣️
謎の石積み神殿といえば、私の地元岡山県の熊山遺跡にも是非おこしください
ぼくは古墳に興味があっていろいろ調べていますが、四国と言えば石を積みあげた香川県の古墳を思い起こします。「積石塚」と呼ばれています。この動画で紹介されている積み石の様式はその伝統を引くものかもしれませんね。しらべてみたら、積石塚古墳は長野や山梨などにもあるそうです。
伏石積み、は、西欧で広く行われているようです。Monsanto , Great Zinbabwe、も共にこの積み方です。この二箇所は、巨石と小さな平石で周囲を囲んだ造りです。相互距離は7756km=6794km×(π−2)火星直径の関数で表記出来ます。はやし浩司さんはTH-camで超古代の奴隷収容所跡だと解説してます。先着のイギギ火星人を奴隷化して酷使した歴史が浮き出てきます。小さく1箇所の出入口、高い塀と監視塔一つ、城無し、など特徴を挙げていて共感します。実はナスカと三内丸山遺跡との距離も7756km×2.00ですので、同じ奴隷化された縄文人収容所と診ています、一つの高い監視塔は有名ですし武器が発見されないのも、刑務所で武器を与えない理由から想像出来ます。なお、マダガスカル島には深く広い掘割遺跡が500越えて存在して、世界中の遺跡建造の為の奴隷労働力の住処≒タコ部屋を形成しています
こんちは。さらに川を遡って美馬市穴吹町古宮平谷の石尾神社もお訪ねください。剣山前宮とされ磐座、岩境(板状列石)のみで構成された神社です。
ネットで見ました! これはすごい。
@@maomao96363 さん ある方のご神示によってこの神社を発見し訪れました。2005年6月のことです。
2年前に行きました。アークが隠されたと言われる剣山もありますしね。神秘の徳島😮
先生、ありがとうございます。
おかげさまで『アマテラスの暗号』読めました。
やはり、古代イスラエルの聖書の民と深い関係があるのですね。
現在、日本は対外的な危機が叫ばれていますが、本来の思いを回復するなら、不思議と護られるかもしれませんね。
いや国防を神様任せにしちゃダメでしょ。
四国に本当にアークがあるのかなー?
アマテラスの暗号を読んで以来、磐境神明神社の謎など、興味が尽きない。
空海がお遍路を整備したのも理由が気になりますー。
「白」がシラスだとすると、
「皇」はシラス王ですね。
八倉比売神社の奥宮に
とても良く似ています。
あちらは、五角形だそうです。
北を向いてお祀りするのは、
北極星🌟信仰ですね。
砂漠を旅するヤハウエの民も、
北極星🌟がとても重要だったと
思います。
そして、海を渡って来た民も…。
穴吹がこんなに有名とはしらなかったな
昔、しごとで半田・穴吹行きました。剣山の麓。
私も同じ事を思いました😊
最後の「来たかもしれないし来なかったかもしれない。でもそういうことを考えると楽しいですね」
に共感しれチャンネル登録しました。
未来どんな技術ができるかと同様に過去なにがあったかもロマンがあります。
個人的にはあちらこちらの神社の成り立ちから当時の人々が何を怖れ何を大事にしていたのかを思いはせるのが趣味の一つ。
無論地球的に見てどう人が動き、文化信仰神話が残っているのか思いめぐらすのも楽しみの一つ。
動画を通していろいろ知見を聞かせてくださいね。
徳島に来ていたのですね😮
お会いしたかった‼️
先生今度は九州のドまんなかの幣立もお願いします!!!!
最近話題のスピ系神社ですね。
@@maomao96363 返信に感謝感激です!! 大ファンであります!!! ^^!!!
私も 参りました。不思議な神社でした。
その祠の裏に 有るものがあり、
写真を撮って参りました。
花鳥風月👈👀
茂木先生が、「令和の西行法師」に思えてきました…☺。こういう説や、伝承があってもいいと思います。全否定か全肯定の世では息苦しいです。
西行法師関連の場所にも参ります。
加工無しっぽい石積み、古そうなのはなんとなく分かりますね。
白人神社の石積みは阿波の青石(結晶片岩)だと思います。山川町の山﨑忌部神社境内には、大きな結晶片岩が置いてあり隣に"さざれ石"との看板が設置されています。
山の中の神社なのにしっかり整備されている。
とても面白いですね。
日本の歴史の多くにユダヤの痕跡がある、とても信ぴょう性が高いと思います。
茂木先生、高天原の話が出たのでお尋ねします。「飛騨の口碑」について茂木先生のご見解をお聞きしたいです。こちらも面白そう。
地方地方に、それぞれの建国神話があったんだと思います。古事記・日本書紀の編纂過程で多くは抹殺されましたが、口碑として残ったんですね。
@@maomao96363
ご返信ありがとうございます。感激です。
いつか、茂木先生の動画で「飛騨の口碑」を扱っていただけたら、うれしいです。
即位時の笏(しゃく)など、飛騨と皇族には縁があったように思います。
いろいろと信ぴょう性が高そうですし、ロマンがあると思います。茂木先生の考察など聞いてみたいです。
もちろん、ユダヤとの縁についての動画も、引き続き楽しませていただきます。
あの剣山と、大窪寺をつなぐラインに、この謎多き神社は位置していてると分かりました。さらに探究してみます
徳島といえば、徳島城もこのような筋っぽい質感の石垣だったような印象があります。
シダ植物の仲間のマメヅタかラン科のマメヅタランと思われます。
墓?私の住む所では骨壺の周りに石を配して組み立てる古い習慣があります。現在に於いては皆無になりましたが。
どちらですか?
面白い神社ですね。石の積み方が雑です。南米の古代遺跡は、石が計算されたように積まれて、面取りされてるのを写真で見たことがありますか、こちらは石を積上げただけで、素朴でまた興味深いです。いつの日か元気なら行ってみたいです。歴史はロマンですね~
この神社初めて配電しました、屋根の作りが複雑ですばらしい、
宮大工が如何に高度な技術を持っていたかおどろきです、有難うございます。
徳島で住んで居ますなが茂木先生に是非神山町
へも行って頂きたいです。
町おこし、頑張ってるところですね。
歩き遍路で焼山寺を訪れました。遍路転がしでした!
@@maomao96363 返信ありがとうございます、神山には古事記の神話に良く似た痕跡が沢山残っています、先生に考察して頂ければ幸いです。
土塀ならぬ岩、まるで、頑強な岩城。
こんな神社が有るなんて初めて知りました。🙏🏻
案内者さんが、北向きに祈ると仰ってましたが、
この北には何が有るんでしょう?
住まいする富士市の大き目の二社は、北、富士山の方に向かって参拝します。
この動画によって浅間さんだからな?と自分答えを出しましたが😅
祠には、天照、国常立、ニニギ、イザ○○、の札が入ってました。もう1柱は不明瞭で読めず。ニニギが気になる〰️
一見して文化圏の違いが分かる作り。
なるほど、何かしら取沙汰されるわけだ。
神明神社の説明文には江戸時代後半以降のものとあるが、改築したとするならば何の為なのか気になるし、祠を改築するというのは一般的に憚られる事では無いだろうか…
そんな事を思いました。
茂木先生は体の鍛練をなさっていますね、最近の長渕剛さんみたいです。
山口県の角島にも似たような神社があります。
夢崎明神です。
四国はどの川でも泳げる位綺麗ですよ
私は仁淀川で泳ぎました
面白い体験ですね?そういえば、この神社へ行く周辺の集落を栗枝渡(くりしど→キリスト?)という名前の集落だそうですが、どうなんでしょうかねぇ?
吉野川の上流に、そういう神社もありますね。
磐境神明神社の階段、結構きついですよね。八倉比売神社もですが。
私の実家の実家が木屋平三ツ木で、穴吹木屋平は身近です。
三木家、東宮山、天行山など天皇家との関係が気になります。
何か伝承があれば、教えてください。
楽しく拝見しました。千葉・旭町にあります玉崎神社は飯岡石(固くて有名)が神殿の周りに積み上げられています。裏門から入るとまるで祭祀場だったような気がします。
玉前神社(上総國一宮)と共にご祭神は玉依姫命、関東では珍しいですよね
白人神社がお寺みたいですね。不思議な神社です
いつも勉強になります。
茂木先生、二拍する時は両手を胸の前で合わせて、指の関節一つ分ぐらい上下にずらしたたきますと、響くようないい拍手ができますよ。
まさに西行法師の「なにごとのおはしますかはしらねども かたじけなさに涙こぼるる」な景色ですね(´- `*)
私は徳島の延喜式神名帳に載っている神社の近所に住んでいますが、裏庭に瓦焼きで作ったような祠が三つあります。家神として祀っています。うち一つに五社宮と書かれてあり、元は五つあったが二つ壊れたようです。
こちらの神社も五社宮なのかな…と思いながら、動画を興味深く拝見しました。
徳島はシスABという稀少血液型の人が他県より多いようで、私はこの血液型に反応する特殊な抗体を持っていることが、献血の際偶然発見されました。シスABの世界の分布を調べてみたら、人の移動に関する何か繋がりが見えて来ないかと思ったりします。
「五社」とは、何を祀っているのでしょう?
シスAB、調べてみます。
五社が何を意味するかは分かりません。
平家の落人のお墓と聞いている石の上に祀られていて、平家と直接関係あるのか、関係ないのかわかりません。ただ平家の逃走ルートにここの地名(地名はプライバシーがあるので伏せておきますね)も記されているので、落人が逃げ込んで来た…というのは事実かなと思います。偶然逃げ込んで来たのか、神明帳で神社の存在を知っていて意図的に逃げ込んで来たのか… 妄想が膨らみます。
徳島の山の中に、天皇即位のためのアラタエという麻衣を作って来た一族がいます。現代人の感覚だと 山奥は不便で遅れているかのように感じ、なんでこんな山奥と天皇家が関係しているのかと不思議に思ってしまいます。
が、津波や台風、コロナを見て、「山は自然のバリケード」であると私は思うようになりました。天然の要塞でもあるというか。山があると防波堤や防潮堤になります。防風林にもなります。他所者が入って来づらく、感染症に対してもバブルを形成している感じです。
古代人にとっては、山に囲まれている方が安全安心安寧な暮らしができていたのかも知れません。
昔の中国は町が城壁で囲まれていましたよね。山がその城壁代わりと考えれば、古代は、山の中に町が栄え、天皇家と関係するようなことがあったのかも知れないと考えてみたりします。
www.halex.co.jp/blog/ochi/20170901-12605.html
↑この方の仮説が面白いです。天候や地震など、自然現象から古代を考察しています。
私は遺伝情報から歴史を遡ったら面白いかなと思っています。シスABは地域集積性があるようです。
出羽三山の一つ月山神社登拝の折、山頂にて同じようなしつらえの遥拝所にて参拝いたしました。三山開祖蜂子皇子(崇峻天皇の皇子)は、聖徳太子の助けを受け、難行苦行の末出羽の地にたどり着いたとのこと。羽黒山神社の秘仏蜂子皇子御尊はどことなく日本人離れしたご面相で、皇子は渡来系の血を引く方だったのかなどと想像してしまいました。信仰の地ではありますが、隠された歴史があるのかもしれません。
月山、予定に入れておきます。