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640はF1史上最も美しいマシンなのではないでしょうか😉
640や641は今だに1番カッコいいF1マシン
640の進化版の641/2は「これぞ跳ね馬!」ともいうべき本当にカッコいいマシンだったなあ。フェラーリの歴代マシンのなかでもTOP3に入る美しさだと思っている
僕にとってはBestですね。あのスムーズな流れるような、女性のようなしなやかなボディラインが美しい😘
ですよねえ「ろくよんいち すらっしゅつー」この語呂のカッコ良さもボディラインの美しさとともに佳き。
はい、自分は641/2がベストだと思いますニューヨーク近代美術館 にプロストの乗っていた車体があるらしいですが、見に行ってみたいです
ヘレスでガソリンが軽くなってからの速さは天下一品でした(´∀`)b
640は見た目のカッコよさとV12サウンドに先進のセミATにドライバーがマンセルでほんと好きなマシンですねシーズン前のテストでマンセルがヘアピンで腕がクロスした時にシフトのアップダウンが分からなくなってスピンしたって当時オートスポーツでの本人のコラムで読んで笑いましたがその後開幕戦で勝った時は流石マンセルってなりましたね
640のデビュー·ウィンはいろいろと衝撃的でした。別けてもマンセルのピットインでステアリングホイールを投げ捨てて交換する映像には度肝を抜かれました。
641/2も好きですが、640のノーズ先端やサイドポンツーン入口の角ばった形状とか、スポンサーロゴの配置、2ケタのカーナンバーといったステッカーの見た目に関しては、こっちの方が自分好みです。初期のローインダクション仕様が見るからに速そうで歴代最高に美しいフェラーリだと思います。ただ実際はエンジンに十分な空気を送り込めない問題作だったようで、わずか3戦の短命でした。
この頃のF1ホント楽しかった…
このフェラーリ640は、画期的な美しさを纏っていましたねぇ。マンちゃんも、それなりに勝利を上げましたね。
前期型のヘッドレスト周りのちょっと出たロールバーとか控えめなインテークとかに80s的なちょっと古めかしさを感じつつも全体的に流麗で美しいデザインにセミATという90sの到来を感じさせるハイテクの融合というミスマッチ感にフェティシズムを感じる変態は自分だけでは無いはず(と思いたい)脱線しますが当時のタミヤのキットの成形色がかなり良くてそのまま組み立ててデカール貼るだけでもそれなりの完成度で出来上がる傑作でした。アッパーカウルとの噛み合いがやや悪いなと思って雑誌の写真で調べるとちゃんと実車もそこは薄っすら隙間ができると知ってタミヤの仕事っぷりに感動した中学生でした。
前期型の低いデザインが本当に美しい
セミオートマはF1史上画期的開発だと思った。 セナのオンボード映像見ると忙しなく両手で重ステを操り時には片手で重ステ持って右手は忙しなくギアシフト操作してる。 ドライバーは楽になったと思う一連の操作が一切ハンドルから手を離さず指先でギアシフトできるのだから。
バーナードはこの時の仕事ぶりを見て事故にあったナニーニの代役にモレノを推薦したエピソードがあります。
640のセミオートマ、当然ながら中々壊れなかったこともあったみたいで。マンセルに至っては壊れる前提で飛行機のチケットを予約したら、そのまま優勝しちゃって乗り遅れたことがあったとか。
それ89年開幕戦の話。動画にもあるけど、フェラーリ陣営のほとんどが完走すら無理。って思ってたのにデビューウインw
今見てもかっこいいですね、特に前期型が好きなんでタミヤからプラモ発売した時は親に買ってもらって嬉しかった~
F640デビュー戦=古舘一郎デビュー戦当時美しいマシーンでしたよね。前年のもっさりした感じとは全然違ういかにも速いとわかるシャープなライン。F640と641は名車であり伝説です。(1300件の苦情電話も伝説
88年限りでフェラーリを去ったアルボレートがトラブル続きの640を見て「あんなものに乗らなくて良かった」と捨て台詞を吐いたが、その後セミオートマが主流になったのは皮肉。ピケと双璧の巧みなシフトワークが特長のアルボレートにしてみればH型シフトパターンと違ってさほどテクニックを要しないパドルシフトは受け入れがたかったのでは、と思う。
640と発展型641/2の造形美は、当時からバイオリンに喩えられていましたね。懐かしいです。今でもフェラーリ641/2 バイオリンで検索すると、半分はフェラーリ、半分はバイオリンとなっているリカルド・サントスのポスターを見ることができます。
マシンのハイテク化もこの頃から進んでいった気がします。
640は開幕前悪い話しか聞かなかっただけに、デビューウィンには驚くしかなかった。
87年の鈴鹿といい、88年のイタリアといい、予期しないタイミングで勝つのがフェラーリの印象がありました。マクラーレン・ホンダの連勝を初っ端で止めたのは前年に未勝利のマンセルっていうのが、またドラマチック‼️
美しい車と思うのは自分が熱心に見ていた世代だったからかと思うが、シンプルで素人にもわかりやすい時代だったな。
間違いなく名車✨革新的なテクノロジー✨と洗練された空力✨今でも大好きなマシンです✨
640はデビューWINも驚いたが予選3番手のベルガーがスタートと同時にマシンを左右に振り2番手のパトレーゼを抜きトップのセナと並んで1コーナーに入っていったのにびっくりした当時はスタートはシフトアップしながらの片手運転だったので車を操作して抜きにかかるなんて不可能だったのにジグザグ走行しながらトップに躍り出ようとする姿に新時代を感じた結果セナとからんでリタイヤだったけどもしトップに立っていたらベルガーが独走していたと思う
歴史に刻まれる名車プラモデルも買ったし、ラジコンカ-も持ってましたタイトルを獲得した、マクラ-レンのマシンより、カッコいいのは?ジョン・バ-ナ-ドだからなのか、フェラーリだからなのか?何れにせよ、カッコいい。
最初のレースで「ステアリングを変える」ってのがなかなか良かった。
確かフェラーリが電子式で92年のウイリアムズが油圧式のシフトシステムを採用してた様な気がします。フェラーリもアクティブサスを採用した93年に油圧式に変えたとか・・・って、なんかの本に載ってた様な・・・不確かですみません。
フェラーリのセミオートマチック(電子式?)は、将来フルオートマチックに発展させるつもりで1990年モナコGPにプロスト車だけ飛ばしシフト(プログラムによって一気にシフトダウン)を採用したですね(マンセル車は通常式?)ウィリアムズのセミオートマチック(油圧式)は、シーケンシャル(ギヤを1段ずつシフト)なので飛ばしシフトが出来ないですが、信頼性を重視した?マクラーレンが1992年MP4/7Aに初めて採用したセミオートマチックもパドルによる1段ずつシフトさせる機構+ボタンを押せば飛ばしシフトも選択機出来る?1993年MP4/8は更に発展させたフルオートマチックに近い機構を使っていたようですね?
田宮のグランプリシリーズに640ありましたね。90年頃のF1ブームの時にパチ組しました。無塗装でもきれいでした。
639から641までが基本的に同じに見えるくらいなのに、2年?同じ形で活躍したのは素晴らしいと思ったな。この頃はフィアットの権利問題での口出しもうるさくなかったから立体化には恵まれていたし、全てがカッコ良く収まっていた印象。
フェラーリ640〜640/2〜641 速さと美しさを兼ね備えた自分的には大好きなフェラーリのF-1マシンです。89年はホントバッタバタと壊れてましたね^^;中継観ていても常に後ろからオイルスモーク吹いてる印象です。ただ開発エピソードは知りませんでした。639の存在は知っていましたがどんなクルマかは当時情報が出てなかったと思います。
88年用のNAマシンのプロトタイプとして当時のレーシングオンやオートスポーツに載ってました。サイドポンツーンの幅が狭くて高い、いかにも640の前身的な雰囲気がプロトぽくて好きでした
640もスタイルが綺麗ですが639も凄く綺麗ですもし88年後半に実戦投入していたら・・・ってタラレバですが
僕も639はフェラーリF-1で1番好きと言うかF-1マシンの中で1番好きです。初めて見た時何だコレってくらい個性的なデザインで、でも全体を よく見ると信じられないくらい美しくて、今見ても感動します。やっぱりジョンバーナードは凄いデザイナーだねニューウェイも凄いけど
アルボレートさんはセミ・オートマをあまり好きではなかったようです。その事も639導入を遅らせた部分かもしれません。バーナードさんにとって、セミ・オートマ導入反対のドライバーは扱いづらかったと思います。ちなみに、ベネトンでもピケさんがそうだったので非常に苦労したと思います。セミ・オートマ導入反対のドライバーを放出してからでないと、セミ・オートマを実戦投入できなかったのでベネトンが4強チームの中で一番導入が遅れた原因のひとつだと思います。それにしても甲高いⅤ12サウンドと当時のフェラーリのサイドポッドのデザインは女性的なものを感じます。
当時はパドルシフトのセミオートマに憧れたけど、自分で免許を取った後にはパドルシフトに強烈な違和感が。3ペダルのHパターンシフトノブにしっくりくる自分です。1993年以降に続々とF1を引退→他カテゴリに移行(特に米国)したドライバーは、そんな気持ちだったんだろうな。
9:32〜燃料は半分だけ積んで速さをアピール!同じ事を1986年のブラジルGPでミナルディのデ・チェザリスがハーフタンク作戦と銘打ってレースに出走してました(前半6番手を走り後にリタイア)
スポンサー欲しい下位チームはテストの時に軽いタンクでタイム出してアピールとかはよくやってたね
89年のフェラーリのセミオートマの信頼性が92年のウイリアムズ並みにあったらマクラーレンVSフェラーリ対決がさぞかし面白かったでしょうね
デビュー当時は画面的なシステムでしたね👍今や市販車にも採用されているシステムですし私もパドルシフト車2台(内1台は今も愛車です)乗ってますがこれは楽ですよ。
ほんと、若い頃の、バーナードはイケメンだよね👍️それにしても、639&640美しい✨
89年のマンセルとベルガーのコンビは仲は良好だった。90年にプロストが加入してからも一発の速さは見せていたものの、プロストの流暢なイタリア語により主導権を奪われ、徐々にマンセルはフェラーリに自分の居場所をなくして、シーズン中盤には完全にやる気をなくして投げやりになってしまった(終盤は開き直って好成績)。やはりマンセルにはフェラーリは合わなかったのも。
余談ですがプロストはフランス人で、母国語がフランス語ですが同じラテン語系に属するイタリア語をマスターするのが楽だったのでしょうね?同じラテン語系のスペイン語もマスターされたのでは?
最初は買ったタミヤのF1プラモこのマシンだったな👌フェラーリの話しでないですが、91年のブラジルGPのウィリアムズのマンセルのパドルシフトの不具合で止まりきれないであわやリタイアしたことも印象的でした。あちらは6速セミオートだったようだけど忘れました。そして優勝したマクラーレンのセナもギアトラブルで鉄人の如く逃げきったと凄まじい時代です💦
パドルシフトはF-1の歴史に残る大発明だね、 ボタンでなくパドルでやるってよく思いついたよな、 これエンツォの息子のアイディアなんだよね?確かバーナードとはメチャ仲悪かったみたいね
懐かしー。当時は衝撃的だったもんなあ。
この7速セミATは当時の桜井淑敏さんの本で読んだのですが導入当初はプログラムで制御されたシフトダウンではなく、一個ずつ順番に手動でパドル操作しないといけなかったらしくヘアピンの飛び込みなどで7速から2速まで落とす時に、マンセルが何個落としたか解らなくなって困ってた~みたいな話が載ってましたね。半分ジョークだとは思いますが。
ゲーセンのセガのスーパーモナコGPがパドルシフト採用してたから、気軽に気分を味わえたなあ…
あれはほんと名作でしたね
なつかしいですね、当時ハマって、極めましたよ。 笑バーチャレーシングの、エキスパートコースも。
あたしゃバーチャレーシング派
@@英國紳士-d1g ポリゴンならではの挙動とエアーで横Gを再現しているのがよかった
@@英國紳士-d1g ハインツ=ハラルド・フレンツェンがバーチャレーシングでパドルシフトに慣れて、初のF1ドライブでも違和感なく走ってザウバーの首脳陣の度肝を抜いた話ホント好き。
SEGAだったか?ゲームセンターにセミATペダルシフト&モナココースのゲームマシンに夢中になった想い出。
次の年のマシンのが成績は良かったけど見た目はこっちのがかっこいいのよなー。
「F640」…速いけど、良く壊れてましたね…😅セミオートマとV12エンジンが何かと話題ではありますが、自分としては、ノーズ先端の空力処理も特徴的な所として推しです🏎️フロントノーズからマシン全体のフォルムが洗練されていて凄く好きだったので、田宮のプラモデルを買って作った記憶があります😌(当時はシールにまだ「Marlboro」のロゴが入っていました😁)
新幹線の700系が出たときフェラーリ640のノーズだ!と思った
90年モナコプロストのインをつくアレジ、続けてベルガーも突っ込み、接触、赤旗。プロストはなぜかアレジが悪いとバレストルにチクるwプロストのモナコ仕様は6速。Tカーはマンセル仕様の7速。マンセル仕様の7速車に乗ることになったプロストはグリッドでマンセルにシフトポイントを聞きに行ってたのは印象的。
1990総集編の城さんのナレ--ションのようだ、おもえばアレジは若さで良しとしてもベルガ--の突っ込みはムリがある😅、この接触なければ面白い90年モナコだったかもしれませんね😂。
マンセル&フェラーリの組み合わせは本当にシビレた!個人的にはマンセル・ベルガーより策士プロストと組んだ90年シーズンが好みだけど。フェラーリの真紅のボディにユニオンジャック🇬🇧のマンセルのヘルメットの取り合わせがとにかくイカしてた!
フェラーリF1エンジンの信頼性が向上したのはホンダのノウハウが入ったのでは?当時のホンダレーシングの後藤治監督がマクラーレンからスクーデリアフェラーリに移籍した結果、セミオートマチックトランスミッションのオイルシール、各ベアリング等などをホンダの技術がかなり入った事で信頼性アップしたと自分は思います
トーションバーを使ったサスペンションというのも早さに貢献しているんでしょうね。スプリングと違ってバネ係数が変化するので(スプリングでも似たようなこと出来ますよとか言わないでね、程度の話なので)
これも今では業界標準だね移籍したベネトンではムダに新しいことをやろうとしてメーター部のバルクヘッド撤廃をB191でやってた代わりにサスペンション支持のためにメンバーを通してたけどバーンやブラウンらのB192では通常工法に戻った
ただ、バーナード自身はV12が好きではなかったようで「コブ」なんて嫌っていたとか。ちなみにセミオートマ自体はフェラーリも開発していましたが、「普通のギヤボックスがいい」とお蔵入りになったとか。
89年初戦のブラジルグランプリでマンセルがセナを抜き去ったのが今でも忘れられないです。初戦なのに奇跡的にリタイアしなかったのが今でも不思議でなりません。
マンセルがパスしたのはプロストではないでしょうか。
それはプロスト。
たしかにプロストで周回遅れのセナが後半Hストレ--トでマンセルをパスして観客が興奮したのです😅。ちなみにこの流れを作った原因にベルガ--が絡んでましたね😂。
あのロベルトモレノはフェラーリワークスのテストドライバーだった事も有ったんですね、この動画で初めて知りました!^^因みにこの当時マクラーレンはシャーシ性能に難が有ったみたいですがフェラーリは抜群の安定感が有ったらしいですね。^^
マンセルは88年から89年の前半まで車の信頼性のせいでリタイヤばっかりですね(88年はウィリアムズ・ジャッドで14戦中12戦リタイヤ)。
フェラーリはバーナード移籍時メス型成型モノコックで上手く行ってたように見えるけどな・・・639から640への進化ではただオス型でも積層の方向を変えた最新素材を採用しごく僅かに下面に段差をつけたハイノーズ前後方向でも今では標準のコクピット周辺での絞りの入った細ノーズ空力エンジニアのアンリ・デュランの意向かもしれないけど弦長の短いリアウィングなどは先端を走ってた
確か共同開発してたマネッティマレリ社がこのセミATの技術を市販車のアルファロメオに「セレスピード」という名称で搭載させました。だけど「扱い辛い」って乗ってる人が言ってた。
マンセル懐かしい。
モレノの写真おでこより上が写ってないのは?
トラブル続きだったセミオートマは今や当たり前の装備になりました。ハンガリーGPのマンセルの走りは凄かったですね。あの頃はマシンが壊れすぎるので、フィオリオ監督とマンセルが予選中にケンカしてマシンに乗る乗らないで揉めたりしてました。マシントラブルを隠すようにピットイン即ガレージ行きが定番でしたね。
今のF1で使ってるのと、この時代のじゃ別物レベルだよ
FW14でもセミAT熟成で苦労したマンセル。剛腕の彼はきっとこんなの要らねー💢 って思ってたんじゃ
ジョンバーナードって結局のトコロ、良いデザイナーだったのに、チームの首脳陣と揉めたりしなければ、ロリーバーンやニューウェイよりもっと凄いことをやってのけたのでは❓と・・・この動画を見て感心しております。
@@stillalive8131 バーナードやマーレイが「過去の人」でも彼らの残した功績は、私の中では、なんら変わりありません。N.ピケがマーレイのマシンで大活躍していた頃のブラバムのFANだったので、コメントの書き方が失礼極まりないですね。🤔
スラッシュ2のプロストは、壊さなかったよなあ、マンセルのドライブじゃあないかな
89年のF-1中継見てて、イントロCGで639って出てきてたんですよね。実戦投入されてない型番・・・はて?と思ってたんですが30年越しで当時の状況が理解できました。
1989年ブラジルGPでは、リタイアを予想していたマンセルが、早めの飛行機を予約していたけど、完走しかも優勝したため乗れなかったとか・・・
1990年の長いサイドポンツーンのマシンはかっこよかった。
懐かしい話だなぁフェラーリ640って言っていたF1マシーン😉
俺の車に付いてるパドルシフトのご先祖様ありがとうございます
ベルガーがかわいそうだった確かポルトガルで優勝して、イタリアとスペインで2位だったか・・それ以外は全部リタイア・・
その後バーナードはどの移籍先でも自身のアイデア盛り込んだ斬新で高価な設計のギアボックス採用を主張、信頼性や費用対効果を疑問視するチーム首脳陣と対立し離脱。を繰り返します。
今では信じられない話だけど、639はお披露目当初、カモノハシ呼ばわりされててメディアでは奇抜で醜いという声が主流だった。特に前年お払い箱になったアルボレートはボロクソに言ってました^^;88年GPXの記事だったかな
フェラーリは真っ赤なのがいいよね。このあと白い所が増えたら全く良いところ無かっただけに尚更そう思う。
ボディカラーはこの時期の色が好みこれから数年してマイケルと契約するためにマルボロレッドに変わるけど。
フェラーリからマクラーレンにアンリ・デュランが移籍した理由もチームのゴタゴタみたいです(・_・;)。マレリからボッシュに切り替えるのも失敗だったとベルガー。開幕戦はセミオートマのトラブルで完走が難しいので意地でも決勝スタートでブロックでリタイアの後でニキ・ラウダと論争した模様。
私もボケ防止に20年以上振りにMT車買いました笑
フェラーリやルノーのエンジンはオルタネーターや電子制御エンジンマネジメントシステム(燃料フェール&点火イグニション)にマグネティー・マレリ製を使っていますね?笑ドイツのポルシェやBMWなどはボッシュ製を使っている?ランボルギーニもボッシュの電子制御マネジメントシステムを使っていました?
@@中村佳己-t4r 88年から89年頃の話らしいですね。
@@takuyasera4280 MT派の理由はジョン・バーナードのハンドルが重いなら両手を使える様にパドルシフト化、パワステ効くならパドルシフトは街乗りには要らない気がします。2ペダルは左足操作が市販車は無いから右足だけ疲れるので、ボケ防止以前に両足が使えるMT車が良いです。
@@SUPRAGT-5 様1988年までのターボ時代マクラーレンが使っていたTAGポルシェV6ターボエンジンは、ターボユニットにKKK、電子制御マネジメントシステムにはボッシュ「モトロニック」を使うのが御決まりでしたね?笑フェラーリやルノーのV6ターボエンジンは、ターボユニットにギャレット・エアーリサーチ、電子制御マネジメントシステムにマグネティー・マレリを使っていた?ホンダV6ターボエンジンは、ターボユニットにIHI、電子制御マネジメントシステムはホンダ独自のオリジナル「PGM-F1」でしたね?笑
Hパターンの人間が操っている感が大好きシフトミスで順位が入れ替わるのも醍醐味
古舘さんが、赤い高速カモノハシって言って、優勝した車ですね。
古舘さん懐かしいな〜
1990年のメキシコGP,馬場アナの「2台のフェラーリが来ている、2台のフェラーリが来ている!」と言ってプロスト、マンセルがセナを抜きさるシーンが印象に残っています。プロストは予選13番手からの優勝で641/2のベストレース。
懐かしいですね〜プロストマンセルって
モレノ氏がそのままフェラーリに在籍している世界線が見たい
モレノがテストドライバーを契約満了した時に餞別(退職金?)代わりに639のステアリングホイールを貰ったという逸話も…
あと639~640系ではセミATばかりが取り上げられますが前後のサスペンションアームをフルカーボンで作ってたりもしてましたっけ。(で、そこも良く壊れたとか)
セミオートマは70年代にロータスが先にやってたような??なんか複雑なシステムだった気が・・・。そもそもバーナードが居たシャパラルでオートマがあったはず。詳しくはよく知らんw最近になってレーシングカーで油圧サスペンション・オートマ・可変ウイングを60年代に色々研究・投入してたみたいやね。技術者・研究者の先見性恐ろしいわ。
スーパーファミコンのFZEROのタイムアタック用のマシンってこれがモチーフだよな
チームを離れた(あるいは追われた)デザイナーは自分の手掛けたマシンが後任者にどのような評価を受けるか気が気でなかったでしょうねバーナードのイギリスでの特別待遇は特にフェラーリのような名門チームでは軋轢を生むのは必至ですよね
ギヤトランスミッションのオートマチック化やアクティブサスペンションにもセミ(半自動)とフル(全自動)の両方ありますね?セミオートマチックは1段ずつシフトアップ&シフトダウンさせますが、フルオートマチックは無段階?飛ばしシフトが可能ですね?笑余談ですが、銃器でもセミオートマチックは弾を単発ずつ発射、フルオートマチックは連続で弾を複数発射させる?のと動作的には同じですね?セミオートマチックで確実に安定して作動させれば、次ぎにはフルオートマチックに移行させるのが常套手段ですが、残念ながらフルオートマチック(プログラムシフト)は禁止されてしまいましたね?泣
640は前期型がカッコイイです。
640というか639を初めて見たときは「これ滅茶苦茶早いか滅茶苦茶遅いかのどっちかだぞ」という感想が上がるくらい不格好に見えました。V12と縦置きギアボックスと巨大な燃料タンク故に胴長、ターボ車と比較して異様に高い再度ポンツーン。早いクルマ=低重心フォルムが常識だったのでとても心配したものでした
マンセルは誰よりも早くセミオートマとアクティブサス体験済みだったんだなぁ。
導入し始めた頃はセミオートマ自体に否定的な声も少なくなかったみたいだけど、この年のフェラーリはリタイアの殆どがこの機構の問題で、完走すれば常に表彰台入りと言う十分過ぎる程の戦闘力を持っていた。セミオートマ(バーナード曰く正確にはオルタネーター)のトラブルさえ起こらなければ、あるいはマクラーレン・ホンダより速かったのかもしれないし、F1がエンジン至上主義から空力やアシスト機能重視に目覚めたエポックメイキングだったのは間違いない。そして何より640のバイオリンのように無駄のない滑らかなシャシーが本当に美しい!
ギアボックスとオルタネーターは無関係だよ!もう少しお勉強した方がいいかと
バーナードが作った最後の名車ですかね。ベネトンではイマイチでしたし。
フィオリオ監督の89年開幕時の「燃料半分」発言、今なら即時解雇だろうね。当時はおおらか?だったんですかね。
640はカッコいいだけど、やっぱり信頼性がな😂
でも640が一番美しくて一番好きだった、
641/2でメキシコ フランス イギリス スペイン でマクラーレンを一蹴鈴鹿でのセナの報復さえなければ 確実にプロストがWC
ハイテク技術ってのは出だしの頃は苦労する物だと思うよアクティブサスもそうだったしね身近なものだと一般車のHVとかもそうなんじゃない?
三菱が見捨てたSST…日産が育てたDCT…どこで差が付いた?
この頃のフェラーリは、ジョンバーナードに振り回されていた😂
このセミオートマのせいでゲームセンターでスーパーモナコにがっつりハマった。笑
640は文句なく美しい。っつーてもあくまでも個人的な感想だけど(苦笑)
マンセルは一番かっこいい時期のマシンにのってると個人的に思っています。ロータス、ウィリアムズ、フェラーリ。マクラーレンだけはカッコ悪かった。
確かにね。噂ではマクラーレン代表のロン・デニスと不仲だと聞いたよ。
@緋鯉心愛姫 気分がやはりでるんですかね
マンセル&ベルガーでリタイア率60%なら上出来な気が…
640、641は登場したときは、独特なサイドポンツーンやノーズコーンがアヒルみたいでダサいと思ったけど、勝ち出して、翌年プロストマンセルデュオでマクラーレンを追い詰め出したらカッコよく見えてきた逆に登場時、戦闘機みたいでカッコよかったF93は成績不振で最後はダサく見えてしまったやっぱり結果なんだなって思った
セミATはフェラーリだけでなく投入した初年度の各チームは信頼性確保に苦労していた、今は当たり前だがレギュレーションでいきなりセミAT禁止マニュアル復活なんてなったら見てみたい気もするが。 今、思えばバーナードってメカニカル的な才能はあったけどエアロに関してはそれほどでも・・・・
セミオートマ禁止なんかにしたらモノコックから全部造り直さないといけなくなるからそんなことには絶対にならない
当時セミオートマは、ターボに比べてパワーバンドの広い自然吸気エンジンは6速では足りないため7速にしたたので、そのためマニュアルでは追いつかないからセミオートマがベストな選択だった、みたいなことを森脇さん言ってたけど、後年そうでなくてマシンデザイン上の採用であったことを641のムック本で読みました割と最近
パワーバンド広いならギアの段数は少なくて済みます狭いからこそ段数増やして美味しい所をより多く使えるようにするのが基本。
いまさらですがPバウンド広いのでギア増やすは謎?、狭く扱いづらいので増やすなら理解できるが、ようはギアチェン時の回転数のズレを大きくしないために増やすのでしょう。ホンダはフラットで扱いやすいエンジンだったようですね。またデザインの理由でセミオ--トマにしたと言うのも初耳でしたね😅。
コークボトルライン?はバーナードで無く 完成させたのはゲーリーアンダーソンじゃなかったかね? ジョーダン191/192?かと?セミオートマは革新的?とは思いみたけどやはりドグミッションの発展形?として当時は見ていたねマンセルがレース後 ステアリングを投げ捨てた時の表情かなりの激痛だったのだろう 電子制御パドルであればあのような痛み?は無いだろうで やはりまだまだ ドグミッションか?リターンミッションの変形版?だったかと
コークボトルの始祖はバーナードでしょ
セミAT登場はエンジンのオーバーレブを減少させコスト削減に大幅に貢献した産物。
あのころのベルガ--に言ってやろう!、鈴鹿のシケインはほぼエンブレ状態😅。ほんとプロストは綺麗にシフトDするよね、音でわかる😂。
リアタイヤが縁石で跳ね上がればセミ云々とか無関係で瞬間的にオーバーレブになるよ2004年シーズンでもそういうリスクはあったからこの時代なら尚更です
640はF1史上最も美しいマシンなのではないでしょうか😉
640や641は今だに1番カッコいいF1マシン
640の進化版の641/2は「これぞ跳ね馬!」ともいうべき本当にカッコいいマシンだったなあ。フェラーリの歴代マシンのなかでもTOP3に入る美しさだと思っている
僕にとってはBestですね。あのスムーズな流れるような、女性のようなしなやかなボディラインが美しい😘
ですよねえ「ろくよんいち すらっしゅつー」この語呂のカッコ良さもボディラインの美しさとともに佳き。
はい、自分は641/2がベストだと思います
ニューヨーク近代美術館 にプロストの乗っていた車体があるらしいですが、見に行ってみたいです
ヘレスでガソリンが軽くなってからの速さは天下一品でした(´∀`)b
640は見た目のカッコよさとV12サウンドに先進のセミATにドライバーがマンセルでほんと好きなマシンですね
シーズン前のテストでマンセルがヘアピンで腕がクロスした時にシフトのアップダウンが分からなくなってスピンしたって当時オートスポーツでの本人のコラムで読んで笑いましたがその後開幕戦で勝った時は流石マンセルってなりましたね
640のデビュー·ウィンはいろいろと衝撃的でした。別けてもマンセルのピットインでステアリングホイールを投げ捨てて交換する映像には度肝を抜かれました。
641/2も好きですが、640のノーズ先端やサイドポンツーン入口の角ばった形状とか、スポンサーロゴの配置、2ケタのカーナンバーといったステッカーの見た目に関しては、こっちの方が自分好みです。初期のローインダクション仕様が見るからに速そうで歴代最高に美しいフェラーリだと思います。ただ実際はエンジンに十分な空気を送り込めない問題作だったようで、わずか3戦の短命でした。
この頃のF1ホント楽しかった…
このフェラーリ640は、画期的な美しさを纏っていましたねぇ。
マンちゃんも、それなりに勝利を上げましたね。
前期型のヘッドレスト周りのちょっと出たロールバーとか
控えめなインテークとかに80s的なちょっと古めかしさを感じつつも
全体的に流麗で美しいデザインにセミATという90sの到来を感じさせるハイテクの融合というミスマッチ感にフェティシズムを感じる変態は自分だけでは無いはず(と思いたい)
脱線しますが当時のタミヤのキットの成形色がかなり良くて
そのまま組み立ててデカール貼るだけでもそれなりの完成度で出来上がる傑作でした。
アッパーカウルとの噛み合いがやや悪いなと思って
雑誌の写真で調べるとちゃんと実車もそこは薄っすら
隙間ができると知ってタミヤの仕事っぷりに感動した中学生でした。
前期型の低いデザインが本当に美しい
セミオートマはF1史上画期的開発だと思った。
セナのオンボード映像見ると忙しなく両手で重ステを操り時には片手で重ステ持って右手は忙しなくギアシフト操作してる。
ドライバーは楽になったと思う
一連の操作が一切ハンドルから手を離さず指先でギアシフトできるのだから。
バーナードはこの時の仕事ぶりを見て事故にあったナニーニの代役にモレノを推薦したエピソードがあります。
640のセミオートマ、当然ながら中々壊れなかったこともあったみたいで。マンセルに至っては壊れる前提で飛行機のチケットを予約したら、そのまま優勝しちゃって乗り遅れたことがあったとか。
それ89年開幕戦の話。
動画にもあるけど、フェラーリ陣営のほとんどが完走すら無理。って思ってたのにデビューウインw
今見てもかっこいいですね、特に前期型が好きなんでタミヤからプラモ発売した時は親に買ってもらって嬉しかった~
F640デビュー戦=古舘一郎デビュー戦
当時美しいマシーンでしたよね。前年のもっさりした感じとは全然違ういかにも速いとわかるシャープなライン。
F640と641は名車であり伝説です。
(1300件の苦情電話も伝説
88年限りでフェラーリを去ったアルボレートがトラブル続きの640を見て「あんなものに乗らなくて良かった」と捨て台詞を吐いたが、その後セミオートマが主流になったのは皮肉。ピケと双璧の巧みなシフトワークが特長のアルボレートにしてみればH型シフトパターンと違ってさほどテクニックを要しないパドルシフトは受け入れがたかったのでは、と思う。
640と発展型641/2の造形美は、当時からバイオリンに喩えられていましたね。懐かしいです。
今でもフェラーリ641/2 バイオリンで検索すると、半分はフェラーリ、半分はバイオリンとなっているリカルド・サントスのポスターを見ることができます。
マシンのハイテク化もこの頃から進んでいった気がします。
640は開幕前悪い話しか聞かなかっただけに、デビューウィンには驚くしかなかった。
87年の鈴鹿といい、88年のイタリアといい、予期しないタイミングで勝つのがフェラーリの印象がありました。
マクラーレン・ホンダの連勝を初っ端で止めたのは前年に未勝利のマンセルっていうのが、またドラマチック‼️
美しい車と思うのは自分が熱心に見ていた世代だったからかと思うが、シンプルで素人にもわかりやすい時代だったな。
間違いなく名車✨
革新的なテクノロジー✨と洗練された空力✨今でも大好きなマシンです✨
640はデビューWINも驚いたが予選3番手のベルガーがスタートと同時にマシンを左右に振り2番手のパトレーゼを抜きトップのセナと並んで1コーナーに入っていったのにびっくりした
当時はスタートはシフトアップしながらの片手運転だったので車を操作して抜きにかかるなんて不可能だったのにジグザグ走行しながらトップに躍り出ようとする姿に新時代を感じた
結果セナとからんでリタイヤだったけどもしトップに立っていたらベルガーが独走していたと思う
歴史に刻まれる名車
プラモデルも買ったし、ラジコンカ-も持ってました
タイトルを獲得した、マクラ-レンのマシンより、カッコいいのは?
ジョン・バ-ナ-ドだからなのか、フェラーリだからなのか?
何れにせよ、カッコいい。
最初のレースで「ステアリングを変える」ってのがなかなか良かった。
確かフェラーリが電子式で92年のウイリアムズが油圧式のシフトシステムを
採用してた様な気がします。
フェラーリもアクティブサスを採用した93年に油圧式に変えたとか・・・
って、なんかの本に載ってた様な・・・
不確かですみません。
フェラーリのセミオートマチック(電子式?)は、将来フルオートマチックに発展させるつもりで1990年モナコGPにプロスト車だけ飛ばしシフト(プログラムによって一気にシフトダウン)を採用したですね(マンセル車は通常式?)
ウィリアムズのセミオートマチック(油圧式)は、シーケンシャル(ギヤを1段ずつシフト)なので飛ばしシフトが出来ないですが、信頼性を重視した?
マクラーレンが1992年MP4/7Aに初めて採用したセミオートマチックもパドルによる1段ずつシフトさせる機構+ボタンを押せば飛ばしシフトも選択機出来る?
1993年MP4/8は更に発展させたフルオートマチックに近い機構を使っていたようですね?
田宮のグランプリシリーズに640ありましたね。90年頃のF1ブームの時にパチ組しました。無塗装でもきれいでした。
639から641までが基本的に同じに見えるくらいなのに、2年?同じ形で活躍したのは素晴らしいと思ったな。この頃はフィアットの権利問題での口出しもうるさくなかったから立体化には恵まれていたし、全てがカッコ良く収まっていた印象。
フェラーリ640〜640/2〜641 速さと美しさを兼ね備えた自分的には大好きなフェラーリのF-1マシンです。
89年はホントバッタバタと壊れてましたね^^;
中継観ていても常に後ろからオイルスモーク吹いてる印象です。
ただ開発エピソードは知りませんでした。
639の存在は知っていましたがどんなクルマかは当時情報が出てなかったと思います。
88年用のNAマシンのプロトタイプとして当時のレーシングオンやオートスポーツに載ってました。
サイドポンツーンの幅が狭くて高い、いかにも640の前身的な雰囲気がプロトぽくて好きでした
640もスタイルが綺麗ですが639も凄く綺麗です
もし88年後半に実戦投入していたら・・・ってタラレバですが
僕も639はフェラーリF-1で1番好きと言うかF-1マシンの中で1番好きです。
初めて見た時何だコレってくらい個性的なデザインで、でも全体を よく見ると信じられないくらい美しくて、今見ても感動します。
やっぱりジョンバーナードは凄いデザイナーだね
ニューウェイも凄いけど
アルボレートさんはセミ・オートマをあまり好きではなかったようです。その事も639導入を遅らせた部分かもしれません。
バーナードさんにとって、セミ・オートマ導入反対のドライバーは扱いづらかったと思います。ちなみに、ベネトンでもピケさんがそうだったので非常に苦労したと思います。
セミ・オートマ導入反対のドライバーを放出してからでないと、セミ・オートマを実戦投入できなかったのでベネトンが4強チームの中で一番導入が遅れた原因のひとつだと思います。
それにしても甲高いⅤ12サウンドと当時のフェラーリのサイドポッドのデザインは女性的なものを感じます。
当時はパドルシフトのセミオートマに憧れたけど、
自分で免許を取った後にはパドルシフトに強烈な違和感が。
3ペダルのHパターンシフトノブにしっくりくる自分です。
1993年以降に続々とF1を引退→他カテゴリに移行(特に米国)
したドライバーは、そんな気持ちだったんだろうな。
9:32〜燃料は半分だけ積んで速さをアピール!同じ事を1986年のブラジルGPでミナルディのデ・チェザリスがハーフタンク作戦と銘打ってレースに出走してました(前半6番手を走り後にリタイア)
スポンサー欲しい下位チームはテストの時に軽いタンクでタイム出してアピールとかはよくやってたね
89年のフェラーリのセミオートマの信頼性が92年のウイリアムズ並みにあったらマクラーレンVSフェラーリ対決がさぞかし面白かったでしょうね
デビュー当時は画面的なシステムでしたね👍
今や市販車にも採用されているシステムですし私もパドルシフト車2台(内1台は今も愛車です)
乗ってますがこれは楽ですよ。
ほんと、若い頃の、バーナードは
イケメンだよね👍️
それにしても、639&640美しい✨
89年のマンセルとベルガーのコンビは仲は良好だった。
90年にプロストが加入してからも一発の速さは見せていたものの、プロストの流暢なイタリア語により主導権を奪われ、徐々にマンセルはフェラーリに自分の居場所をなくして、シーズン中盤には完全にやる気をなくして投げやりになってしまった(終盤は開き直って好成績)。
やはりマンセルにはフェラーリは合わなかったのも。
余談ですが
プロストはフランス人で、母国語がフランス語ですが同じラテン語系に属するイタリア語をマスターするのが楽だったのでしょうね?
同じラテン語系のスペイン語もマスターされたのでは?
最初は買ったタミヤのF1プラモこのマシンだったな👌フェラーリの話しでないですが、91年のブラジルGPのウィリアムズのマンセルのパドルシフトの不具合で止まりきれないであわやリタイアしたことも印象的でした。
あちらは6速セミオートだったようだけど忘れました。
そして優勝したマクラーレンのセナもギアトラブルで鉄人の如く逃げきったと凄まじい時代です💦
パドルシフトはF-1の歴史に残る大発明だね、
ボタンでなくパドルでやるってよく思いついたよな、 これエンツォの息子のアイディアなんだよね?確か
バーナードとはメチャ仲悪かったみたいね
懐かしー。当時は衝撃的だったもんなあ。
この7速セミATは当時の桜井淑敏さんの本で読んだのですが
導入当初はプログラムで制御されたシフトダウンではなく、一個ずつ順番に手動でパドル操作しないといけなかったらしく
ヘアピンの飛び込みなどで7速から2速まで落とす時に、マンセルが何個落としたか解らなくなって困ってた~
みたいな話が載ってましたね。半分ジョークだとは思いますが。
ゲーセンのセガのスーパーモナコGPがパドルシフト採用してたから、気軽に気分を味わえたなあ…
あれはほんと名作でしたね
なつかしいですね、
当時ハマって、極めましたよ。 笑
バーチャレーシングの、エキスパートコースも。
あたしゃバーチャレーシング派
@@英國紳士-d1g
ポリゴンならではの挙動とエアーで横Gを再現しているのがよかった
@@英國紳士-d1g ハインツ=ハラルド・フレンツェンがバーチャレーシングでパドルシフトに慣れて、初のF1ドライブでも違和感なく走ってザウバーの首脳陣の度肝を抜いた話ホント好き。
SEGAだったか?ゲームセンターにセミATペダルシフト&モナココースのゲームマシンに夢中になった想い出。
次の年のマシンのが成績は良かったけど見た目はこっちのがかっこいいのよなー。
「F640」…速いけど、良く壊れてましたね…😅
セミオートマとV12エンジンが何かと話題ではありますが、
自分としては、ノーズ先端の空力処理も特徴的な所として推しです🏎️
フロントノーズからマシン全体のフォルムが洗練されていて凄く好きだったので、田宮のプラモデルを買って作った記憶があります😌
(当時はシールにまだ「Marlboro」のロゴが入っていました😁)
新幹線の700系が出たときフェラーリ640のノーズだ!と思った
90年モナコ
プロストのインをつくアレジ、続けてベルガーも突っ込み、接触、赤旗。
プロストはなぜかアレジが悪いとバレストルにチクるw
プロストのモナコ仕様は6速。
Tカーはマンセル仕様の7速。
マンセル仕様の7速車に乗ることになったプロストはグリッドでマンセルにシフトポイントを聞きに行ってたのは印象的。
1990総集編の城さんのナレ--ションのようだ、おもえばアレジは若さで良しとしてもベルガ--の突っ込みはムリがある😅、この接触なければ面白い90年モナコだったかもしれませんね😂。
マンセル&フェラーリの組み合わせは本当にシビレた!
個人的にはマンセル・ベルガーより策士プロストと組んだ90年シーズンが好みだけど。
フェラーリの真紅のボディにユニオンジャック🇬🇧のマンセルのヘルメットの取り合わせがとにかくイカしてた!
フェラーリF1エンジンの信頼性が向上したのはホンダのノウハウが入ったのでは?
当時のホンダレーシングの後藤治監督がマクラーレンからスクーデリアフェラーリに移籍した結果、セミオートマチックトランスミッションのオイルシール、各ベアリング等などをホンダの技術がかなり入った事で信頼性アップしたと自分は思います
トーションバーを使ったサスペンションというのも早さに貢献しているんでしょうね。
スプリングと違ってバネ係数が変化するので(スプリングでも似たようなこと出来ますよとか言わないでね、程度の話なので)
これも今では業界標準だね
移籍したベネトンではムダに新しいことをやろうとしてメーター部のバルクヘッド撤廃をB191でやってた
代わりにサスペンション支持のためにメンバーを通してたけどバーンやブラウンらのB192では通常工法に戻った
ただ、バーナード自身はV12が好きではなかったようで「コブ」なんて嫌っていたとか。ちなみにセミオートマ自体はフェラーリも開発していましたが、「普通のギヤボックスがいい」とお蔵入りになったとか。
89年初戦のブラジルグランプリでマンセルがセナを抜き去ったのが今でも忘れられないです。初戦なのに奇跡的にリタイアしなかったのが今でも不思議でなりません。
マンセルがパスしたのはプロストではないでしょうか。
それはプロスト。
たしかにプロストで周回遅れのセナが後半Hストレ--トでマンセルをパスして観客が興奮したのです😅。ちなみにこの流れを作った原因にベルガ--が絡んでましたね😂。
あのロベルトモレノはフェラーリワークスのテストドライバーだった事も有ったんですね、この動画で初めて知りました!^^
因みにこの当時マクラーレンはシャーシ性能に難が有ったみたいですがフェラーリは抜群の安定感が有ったらしいですね。^^
マンセルは88年から89年の前半まで車の信頼性のせいでリタイヤばっかりですね(88年はウィリアムズ・ジャッドで14戦中12戦リタイヤ)。
フェラーリはバーナード移籍時メス型成型モノコックで上手く行ってたように見えるけどな・・・
639から640への進化ではただオス型でも積層の方向を変えた最新素材を採用しごく僅かに下面に段差をつけたハイノーズ
前後方向でも今では標準のコクピット周辺での絞りの入った細ノーズ
空力エンジニアのアンリ・デュランの意向かもしれないけど弦長の短いリアウィングなどは先端を走ってた
確か共同開発してたマネッティマレリ社がこのセミATの技術を市販車のアルファロメオに「セレスピード」という名称で搭載させました。
だけど「扱い辛い」って乗ってる人が言ってた。
マンセル懐かしい。
モレノの写真おでこより上が写ってないのは?
トラブル続きだったセミオートマは今や当たり前の装備になりました。
ハンガリーGPのマンセルの走りは凄かったですね。あの頃はマシンが壊れすぎるので、フィオリオ監督とマンセルが予選中にケンカしてマシンに乗る乗らないで揉めたりしてました。マシントラブルを隠すようにピットイン即ガレージ行きが定番でしたね。
今のF1で使ってるのと、この時代のじゃ別物レベルだよ
FW14でもセミAT熟成で苦労したマンセル。剛腕の彼はきっとこんなの要らねー💢 って思ってたんじゃ
ジョンバーナードって結局のトコロ、良いデザイナーだったのに、チームの首脳陣と揉めたりしなければ、ロリーバーンやニューウェイよりもっと凄いことをやってのけたのでは❓と・・・この動画を見て感心しております。
@@stillalive8131 バーナードやマーレイが「過去の人」でも彼らの残した功績は、私の中では、なんら変わりありません。N.ピケがマーレイのマシンで大活躍していた頃のブラバムのFANだったので、コメントの書き方が失礼極まりないですね。🤔
スラッシュ2のプロストは、壊さなかったよなあ、マンセルのドライブじゃあないかな
89年のF-1中継見てて、イントロCGで639って出てきてたんですよね。実戦投入されてない型番・・・はて?と思ってたんですが30年越しで当時の状況が理解できました。
1989年ブラジルGPでは、リタイアを予想していたマンセルが、早めの飛行機を予約していたけど、完走しかも優勝したため乗れなかったとか・・・
1990年の長いサイドポンツーンのマシンはかっこよかった。
懐かしい話だなぁ
フェラーリ640
って言っていた
F1マシーン😉
俺の車に付いてるパドルシフトのご先祖様ありがとうございます
ベルガーがかわいそうだった
確かポルトガルで優勝して、イタリアとスペインで2位だったか・・それ以外は全部リタイア・・
その後バーナードはどの移籍先でも自身のアイデア盛り込んだ斬新で高価な設計のギアボックス採用を主張、信頼性や費用対効果を疑問視するチーム首脳陣と対立し離脱。を繰り返します。
今では信じられない話だけど、639はお披露目当初、カモノハシ呼ばわりされててメディアでは奇抜で醜いという声が主流だった。
特に前年お払い箱になったアルボレートはボロクソに言ってました^^;
88年GPXの記事だったかな
フェラーリは真っ赤なのがいいよね。このあと白い所が増えたら全く良いところ無かっただけに尚更そう思う。
ボディカラーはこの時期の色が好み
これから数年してマイケルと契約するためにマルボロレッドに変わるけど。
フェラーリからマクラーレンにアンリ・デュランが移籍した理由もチームのゴタゴタみたいです(・_・;)。
マレリからボッシュに切り替えるのも失敗だったとベルガー。
開幕戦はセミオートマのトラブルで完走が難しいので意地でも決勝スタートでブロックでリタイアの後でニキ・ラウダと論争した模様。
私もボケ防止に20年以上振りにMT車買いました笑
フェラーリやルノーのエンジンはオルタネーターや電子制御エンジンマネジメントシステム(燃料フェール&点火イグニション)にマグネティー・マレリ製を使っていますね?笑
ドイツのポルシェやBMWなどはボッシュ製を使っている?
ランボルギーニもボッシュの電子制御マネジメントシステムを使っていました?
@@中村佳己-t4r 88年から89年頃の話らしいですね。
@@takuyasera4280 MT派の理由はジョン・バーナードのハンドルが重いなら両手を使える様にパドルシフト化、パワステ効くならパドルシフトは街乗りには要らない気がします。
2ペダルは左足操作が市販車は無いから右足だけ疲れるので、ボケ防止以前に両足が使えるMT車が良いです。
@@SUPRAGT-5 様
1988年までのターボ時代
マクラーレンが使っていたTAGポルシェV6ターボエンジンは、
ターボユニットにKKK、電子制御マネジメントシステムにはボッシュ「モトロニック」を使うのが御決まりでしたね?笑
フェラーリやルノーのV6ターボエンジンは、
ターボユニットにギャレット・エアーリサーチ、電子制御マネジメントシステムにマグネティー・マレリを使っていた?
ホンダV6ターボエンジンは、
ターボユニットにIHI、電子制御マネジメントシステムはホンダ独自のオリジナル「PGM-F1」でしたね?笑
Hパターンの人間が操っている感が大好き
シフトミスで順位が入れ替わるのも醍醐味
古舘さんが、赤い高速カモノハシって言って、優勝した車ですね。
古舘さん
懐かしいな〜
1990年のメキシコGP,馬場アナの「2台のフェラーリが来ている、2台のフェラーリが来ている!」と言ってプロスト、マンセルがセナを抜きさるシーンが印象に残っています。プロストは予選13番手からの優勝で641/2のベストレース。
懐かしいですね〜
プロスト
マンセルって
モレノ氏がそのままフェラーリに在籍している世界線が見たい
モレノがテストドライバーを契約満了した時に餞別(退職金?)代わりに639のステアリングホイールを貰ったという逸話も…
あと639~640系ではセミATばかりが取り上げられますが前後のサスペンションアームをフルカーボンで作ってたりもしてましたっけ。(で、そこも良く壊れたとか)
セミオートマは70年代にロータスが先にやってたような??なんか複雑なシステムだった気が・・・。
そもそもバーナードが居たシャパラルでオートマがあったはず。詳しくはよく知らんw
最近になってレーシングカーで油圧サスペンション・オートマ・可変ウイングを60年代に色々研究・投入してたみたいやね。技術者・研究者の先見性恐ろしいわ。
スーパーファミコンのFZEROのタイムアタック用のマシンってこれがモチーフだよな
チームを離れた(あるいは追われた)デザイナーは自分の手掛けたマシンが
後任者にどのような評価を受けるか気が気でなかったでしょうね
バーナードのイギリスでの特別待遇は特にフェラーリのような名門チームでは
軋轢を生むのは必至ですよね
ギヤトランスミッションのオートマチック化やアクティブサスペンションにもセミ(半自動)とフル(全自動)の両方ありますね?
セミオートマチックは1段ずつシフトアップ&シフトダウンさせますが、フルオートマチックは無段階?飛ばしシフトが可能ですね?笑
余談ですが、銃器でもセミオートマチックは弾を単発ずつ発射、フルオートマチックは連続で弾を複数発射させる?
のと動作的には同じですね?
セミオートマチックで確実に安定して作動させれば、次ぎにはフルオートマチックに移行させるのが常套手段ですが、残念ながらフルオートマチック(プログラムシフト)は禁止されてしまいましたね?泣
640は前期型がカッコイイです。
640というか639を初めて見たときは「これ滅茶苦茶早いか滅茶苦茶遅いかのどっちかだぞ」という感想が上がるくらい不格好に見えました。V12と縦置きギアボックスと巨大な燃料タンク故に胴長、ターボ車と比較して異様に高い再度ポンツーン。早いクルマ=低重心フォルムが常識だったのでとても心配したものでした
マンセルは誰よりも早くセミオートマとアクティブサス体験済みだったんだなぁ。
導入し始めた頃はセミオートマ自体に否定的な声も少なくなかったみたいだけど、この年のフェラーリはリタイアの殆どがこの機構の問題で、完走すれば常に表彰台入りと言う十分過ぎる程の戦闘力を持っていた。
セミオートマ(バーナード曰く正確にはオルタネーター)のトラブルさえ起こらなければ、あるいはマクラーレン・ホンダより速かったのかもしれないし、F1がエンジン至上主義から空力やアシスト機能重視に目覚めたエポックメイキングだったのは間違いない。
そして何より640のバイオリンのように無駄のない滑らかなシャシーが本当に美しい!
ギアボックスとオルタネーターは無関係だよ!
もう少しお勉強した方がいいかと
バーナードが作った最後の名車ですかね。ベネトンではイマイチでしたし。
フィオリオ監督の89年開幕時の「燃料半分」発言、今なら即時解雇だろうね。当時はおおらか?だったんですかね。
640はカッコいいだけど、やっぱり信頼性がな😂
でも640が一番美しくて一番好きだった、
641/2でメキシコ フランス イギリス スペイン でマクラーレンを一蹴
鈴鹿でのセナの報復さえなければ 確実にプロストがWC
ハイテク技術ってのは出だしの頃は苦労する物だと思うよ
アクティブサスもそうだったしね
身近なものだと一般車のHVとかもそうなんじゃない?
三菱が見捨てたSST…
日産が育てたDCT…どこで差が付いた?
この頃のフェラーリは、ジョンバーナードに振り回されていた😂
このセミオートマのせいでゲームセンターでスーパーモナコにがっつりハマった。笑
640は文句なく美しい。っつーてもあくまでも個人的な感想だけど(苦笑)
マンセルは一番かっこいい時期のマシンにのってると個人的に思っています。ロータス、ウィリアムズ、フェラーリ。
マクラーレンだけはカッコ悪かった。
確かにね。
噂ではマクラーレン代表のロン・デニスと
不仲だと
聞いたよ。
@緋鯉心愛姫 気分がやはりでるんですかね
マンセル&ベルガーでリタイア率60%なら上出来な気が…
640、641は登場したときは、独特なサイドポンツーンやノーズコーンがアヒルみたいでダサいと思ったけど、勝ち出して、翌年プロストマンセルデュオでマクラーレンを追い詰め出したらカッコよく見えてきた
逆に登場時、戦闘機みたいでカッコよかったF93は成績不振で最後はダサく見えてしまった
やっぱり結果なんだなって思った
セミATはフェラーリだけでなく投入した初年度の各チームは信頼性確保に苦労していた、今は当たり前だがレギュレーションでいきなりセミAT禁止マニュアル復活なんてなったら見てみたい気もするが。
今、思えばバーナードってメカニカル的な才能はあったけどエアロに関してはそれほどでも・・・・
セミオートマ禁止なんかにしたらモノコックから全部造り直さないといけなくなるからそんなことには絶対にならない
当時セミオートマは、ターボに比べてパワーバンドの広い自然吸気エンジンは6速では足りないため7速にしたたので、そのためマニュアルでは追いつかないからセミオートマがベストな選択だった、みたいなことを森脇さん言ってたけど、後年そうでなくてマシンデザイン上の採用であったことを641のムック本で読みました割と最近
パワーバンド広いならギアの段数は少なくて済みます
狭いからこそ段数増やして美味しい所をより多く使えるようにするのが基本。
いまさらですがPバウンド広いのでギア増やすは謎?、狭く扱いづらいので増やすなら理解できるが、ようはギアチェン時の回転数のズレを大きくしないために増やすのでしょう。ホンダはフラットで扱いやすいエンジンだったようですね。またデザインの理由でセミオ--トマにしたと言うのも初耳でしたね😅。
コークボトルライン?はバーナードで無く 完成させたのは
ゲーリーアンダーソンじゃなかったかね? ジョーダン191/192?
かと?セミオートマは革新的?とは思いみたけど
やはりドグミッションの発展形?として当時は見ていたね
マンセルがレース後 ステアリングを投げ捨てた時の表情
かなりの激痛だったのだろう 電子制御パドルであれば
あのような痛み?は無いだろうで やはりまだまだ ドグミッションか?
リターンミッションの変形版?だったかと
コークボトルの始祖はバーナードでしょ
セミAT登場はエンジンのオーバーレブを減少させコスト削減に大幅に貢献した産物。
あのころのベルガ--に言ってやろう!、鈴鹿のシケインはほぼエンブレ状態😅。ほんとプロストは綺麗にシフトDするよね、音でわかる😂。
リアタイヤが縁石で跳ね上がればセミ云々とか無関係で瞬間的にオーバーレブになるよ
2004年シーズンでもそういうリスクはあったからこの時代なら尚更です