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ちゃんとしたマシンを与えられさえすれば結果を残すミケーレさん流石と思いました。92年もですけど、ティレルって資金がカツカツの時ほど名車を生み出すイメージですね。
モノショック(1本)の方が、ツインショック(2本)よりもサスペンションユニットを並べるスペースが少なく済むのでフロントノーズを細くする(ナローノーズ、ペンシルノーズ?)事が出来ますね?それにフロントのバネ下重量が軽くなるのでハンドリングにも良い影響を与える感じがしますね?笑でもミカ・ハッキネンがロータス107のモノショック(+セミアクティブサスペンション付き)を嫌っていましたですね?笑ティレルは1993年リヤ側にもモノショック式を採用した021(マイク・コフラン設計)を投入しましたが、リヤが跳ねてしまってトラクションが不安定との不評を買ってしまいましたですね?リヤはエンジン動力を路面に伝えると言う重要な役割が有るので左右が独立するツインショックの方が良いですね?笑
「中嶋・HONDA・BRAUNと全てを失った」と古舘さんが実況してた92年、イルモアエンジンとチェザリス・グルイヤールを用いたティレルは流石。
こんなカラーリング79年にもありましたね、それはともかく、アルボレートがこのマシンで3位の入ったのが嬉しかったし、カッコいいマシンだと思いました。後のキャメルソースのかかったカラーリングはあまりカッコよくなかったですね。
途中サイドポーツンとフロントウイングにオートバックスのスポンサーロゴを見るとブラバム.ヤマハやスーパーアグリF-1とかちょくちょくF-1の舞台で見たけどいつの日かまたオートバックスのスポンサーロゴを付けたF-1世界を舞台に戦う勇姿をまた見てみたい😊
ティレルは歴史あるチームだけあって名前を出さず純粋に応援するタニマチ的な富豪のスポンサーが居たと津川哲夫さんが書いてましたな。もっとも数十億の予算で戦う時代のF1にはとても足りない額だったのではと想像もしますが。
ノンスポンサーで018がデビューした時は衝撃だったよね。
お疲れ様です!ティレル018!中嶋さん曰く『乗りやすい』良いマシンだったイメージがあります。ブライアンハートチューンのDFRというフォードHBの次の良エンジンってのもありますが、89年鈴鹿でアレジが当時ロータスの中嶋さんをストレートで簡単に抜いていく姿が印象的でした。翌年、ブラジルGPではウィングを寝かせた中嶋さんがストレートで他者を交わしていく…ハンドリングもコントローラブルで、案外ストレート速度も悪くなかったバランスが良い車体だったイメージあります!
毎度です。そうなんですよ。結局018がハーベイの理想に一番近い車ということになるんですよね。タイヤもGYですし。
アメリカグランプリでのアレンジ対セナのバトルとそれを見守るケンティレルの笑顔が忘れられないです。
ケンおじさんの、ほくそ笑む映像がアレジのフェニックス快走エピソードに印象付けられました。
お疲れ様です♪89年ポールリカールと90年フェニックスのアレジ、おいおい!すげぇヤツが(インター3000から話題でしたが)現れたなぁ~って思いましたもんね。マシン特性としては018が好きか019が好きかによって、ドライバーのタイプが分かれそうですね。中嶋さんも019について、「コーナリンググリップのメリハリがはっきりし過ぎてて018より乗りにくいんだけど、タイム測ると019の方が速いんだよね…。」と困惑してましたね。あぁ、もう30年以上も昔なのかぁ…。懐かしさいっぱいの動画ありがとうございました❗
毎度です。なるほど、ってことはやっぱりアンヘドラルウイングとドルフィンノーズ効果があったってことなんですね~。そうですよ。30年ですよ。気が付けばジジィでですな!
本来…V8エンジンとの相性がバツグンだったんだが…020でホンダV10載せてジャジャ馬になってしまった…あっ、ペンシルノーズも好きでした。
中嶋さんは019より018の方が乗りやすかったみたいですね。
ずっとグッドイヤーを使っていれば、91年も夢が見れたのに。
89年前半のスポンサーがないティレルブルーだけの018は、往時のティレルっぽくて好きでした。チーム運営は、さぞ大変だったんでしょうけど。018は普通にNICEなマシンだったと思っています。やはりモノショックの印象が強かったですね。戦績的にはアルボレートの3位もありますが、アレジのF1デビュー戦の4位も光ります。F1ルーキーでも乗りやすかった=ベースがしっかりしていたのではないかと推測できます。90年にロータスから移籍してきた中嶋選手も、ロータス101よりソリッドな特性であり、ダウンフォースもしっかり出ていたとコメントしています。90年型019は018発展型のため、当然のように進化し、タイムアップしますが、好みは018だったとも。反面、018のステアリングはかなり重く、結構難儀したとも…。ステアリングの機構というよりフロントのダウンフォースが安定して出ていたのでしょう。だから重かったのではないかと。それが90年序盤に(若い)アレジとの差につながったのかもしれないですね。
018というよりロータス102ですね。
アンクル・ケンは「スポンサー?私だよ!」ってインタヴューに答えたのを昔、読みました☺
世間一般で「F1の絵を描いてください。」とオーダーを出したら大概の方が描かれるであろうというくらいにシンプルで、効率的で、スタイリッシュですよね サイドポンツーンから後半にかけては019、020の兄弟達と瓜二つと言ってもいいほどアメリカGPのフェニックスで、マクラーレン&フェラーリ、ウィリアムズ&ベネトンを差し置いてトップを快走したのも理解出来ます90年のベネトンに供給されたスペックのフォードV8だったら、何勝かはしていた気がしますw個々の個人差はあると思いますが「トップ勢と遜色がないくらいに格好いい」津川さんの「速い車は大概、カッコいいんだよ。」が染み入ります✨
90年に田宮模型からオンロードカーのスペアボディのみの販売として89後期仕様のティレル018が発売した時には驚きました!この隠れた名車を商品化する当時の田宮模型のセンスが凄くないですか?
あの頃のタミヤはすごかったです!直接チームに直談判してプラモにして良いか聞いてたらしいですから!担当者の中にF1大好きな輩が絶対いましたな!
絶対にF1好きがいましたよね!その情熱がロータススポンサーにたどり着いたんですよね
実はモナコでアレジが018で走りたがったけどハーベイさんに怒られた。という記事を読んだ記憶があります。気になってWikipediaで調べてみたら、前戦のイモラで019が1台大破したのでスペアとしてモナコに持ち込まれていたそうです。
@@ミャーチミャーチ コメントありがとうございます。そんな事があったんですね!そこまでは存じませんでした。アレジがヘソを曲げたという事でしょうか?
@@ミャーチミャーチ まさか018で走行していたとは❗️拒否られて終わりかと思ってました。もしかしたらもっとセナに迫れたかも なんて妄想してしまいますね!貴重なお話ありがとうございました。
018のボディデザインは、本当だったら89年のフェラーリだったはずのデザインですよね?83年にアルボレートがティレルでデビューした時のティレルのタイトルスポンサーはベネトンで、それはイタリア人ドライバーのアルボレート繋がりかと思っていましたから、アルボレートがベネトンに乗るのは当然かと思っていました。
確かにハーベイさんとミジョーさんがフェラーリから移籍後に作っているマシンでミジョーさんはフェラーリの時に考えたマシンコンセプトを利用したってインタビューで答えてましたね。ただエンジンが真逆なコンセプトなのでマシンバランスはv8に合わせていったと思います。
@@FormulaIneChannel キャメルはポールリカールからだったので、アレジの持ち込みだったと思っていましたがキャメルが先で、キャメルがアレジを乗せたんですね。当時、アレジはF3000でジョーダンで走っていましたし、ジョーダンのスポンサーはキャメルでしたよね。妄想ですが、91年にアレジがウイリアムズとの契約がなくなってフェラーリではなくジョーダンに乗っていたら92年はキャメルカラーのジョーダンだったかもしれませんね。
018はスポンサーが少なくて地味な感じですが形がシンプルでシュッとして一番美しいマシンだと思います。これにロスマンズが付いて活躍してくれたら・・・。
このブルーだけってのがいいんだよね!いつもお金なくてキュウキュウとしてたけどそこが魅力だったな。
「ロスマンズ・ティレル018」実車が走るのを見たかった。
全てのマシンの中で一番好きです(1990バージョンが)、次点がミナルディM189です。
EPSONカラーのティレル018は自分の中で一番かっこいいF1マシンだと思ってます。実際はもっとペンシルノーズでサイドポンツーンが低くて、タイヤの力強さが強調されていて、速そう!って感じなんですよね。ノーズもよくみると結構ガッツリハイノーズですし。しかもアメリカGPのあの活躍もありますし。前もどこかで話したような気もしますが、昔もしかしたら018は赤く塗られて黄色の跳ね馬がついてたかも、って漫画があって、そんな妄想するのも楽しいです。89年F1MODほしいですねえ。ティレル018も欲しいですけど、ロータス101も欲しい車ですからねえ。
018が無ければ今のF1は無い!と言えるほどの名車だと思います。
第一次ブームからティレル×日本人の系譜が始まったこともあり、私はティレルが好きです。好きすぎてカンペン(通じますか?)もスプレーで青+Tyrr ellロゴを塗ってました。
カンペン!懐かしいもちろん通じますよ!最高です!
018は1本しかないモノショックが特徴的で(森脇さんも驚いていました。)、かつ019ほどじゃないにしてもハイノーズの思想があったみたいで、百戦錬磨のミケーレが乗っても当時新人のジャンが乗っても速かったですよね。ハーベイはお金がない中、壊れにくいクセがなく扱いやすいクルマを作るのがほんとに上手いですよね。つくづく99年の急逝が悔やまれます。余談としてハーベイの急逝がオールホンダ体制の凍結に繋がり迷走し続けた、と個人的に思います。タッペンが現在頑張っている姿、空から暖かく見守っていることでしょう。余談その2アレジ、89年は時々レース欠場してF3000のタイトル奪取を優先させています。1988年までなかなか才能が認められなかった中、エディーとケンに声掛けられたんですよね。そう、ジョーダンとティレルです。2チームとも若手の才能を見抜きチャンスを与えることで有名でしたし、雰囲気も牧歌的なところがありましたね。息子さんの今の活躍を見て昔の自分と重ねて見ていることでしょう。
>ハーベイはお金がない中、壊れにくいクセがなく扱いやすいクルマを作るのがほんとに上手いですよね。94年の022もそうでした。ちなみにパーツの4割は前年のマイク・コフランの失敗作、021を流用したというエピソードもあります(右京さん談)。一方で金があると失敗作を作るというのが…(フェラーリF92A、ティレル023)。
確かに!お金ないといい車作るのにあると駄作ですな!そういう観点から見てませんでしたよ!面白いですな!
@@FormulaIneChannel 金があると色々なアイディアを実行できるので、あれもこれも取り入れて、失敗するのかもしれません。
このティレル018のフロントサスペンション(モノショック)にプラスして電動モーターによる車高調整(ライドハイトコントロール)が付いていたかと思うのですが?F1で初めての電動アクティブサスペンションを採用したマシン?電動アクティブであれば非力なフォードコスワースDFRのV8エンジンから油圧確保のための動力が奪われる(パワーロス)心配が無いかと?その代わりにバッテリーの電源はフル充電しないといけないですが?笑
中嶋さんは019より018の方を評価している感じでしたね。
中嶋さんはフロントが軽い018との相性が良かったのよ。ダウンフォースが強く出て上から押さえつけられながらコーナーを曲がっていく019には苦戦したよね。腕力がF1ドライバーの中では非力だったからね。森脇さんも確かコメントしてましたよ。
いつも動画楽しませてもらっています。質問ですが、モノショックっていまいち仕組みがわからないんですが、左右ノーアームが繋がっているってことは、右側のアームが上がったら左側のアームも一緒に上がってしまうんですか?
コメントありがとうございます。モノショックって左右のアームが直接ダンパーにつながっているわけではなくて、アームが完全に独立して動くわけです。プッシュロッドの根元がダンパーの根元につながっててそこで衝撃を吸収する仕組みですね。F1のモノショックって縦方向に装備されているのでイメージが付きづらいんですよね。あれを横に置くと本当はわかりやすいんですけども。イメージ的にはまずダンパー(スプリングの部分)を外してみると左右のアームは別々に動きますよね。その間に1本スプリング入れても右が上がったら右側からスプリングは縮みますけど左に影響はないですよね。こんな感じですがいかがですか?
早速の返信ありがとうございます。縦置きのダンパーの下に左右それぞれのアームが繋がっているように見えるのですが、左側のアームが上がりダンパーが縮むと縮んだダンパーに引っ張られて右側のアームも上がるように思えるのですが、、、、理解力が低くてすみません。
@@ドンムーチョ そう感じますよね。ダンパーの下で確かにつながっていますがアームは独立しているので左が上がっても右は影響を受けないんです。アームが連動していれば確かに左が上がれば右も上がりますけども。
左右ノーアームが独立しているっていうのは理解できますが、やはり右側のアームが上がったら、左側のアームを支えるものがなくなってぷらぷらになる気が、、、それとも車高を支える機構と速時Gやタイヤからの外力を吸収する機構が別々、、、、いやいやそれだと加速時などの車高が上がる側の車高の調整には追従できませんし、、、、もう少し勉強します。。。。。
018といえば、アルボレートのフェラーリ放出からの失地回復と思わせて……とアレジの鮮烈デビューですよね。でも翌年のフェニックスの映像が今でも一番よく見かけるけど。アルボレート、ティレル最後のウイナーなのになあ。あと、モノショックのフロントサスが話題になってたかな。
そうなんですよね。アルボレート確かティレルで2勝してるんですよね。アルボレートはあの優しさの裏に切れると手に負えないところもあったようですから。バーナードとのセミオートマ対決もしかり新しいものへの拒絶しがちなんですよね。アルボレートさんがフランスGPに現れたらアレジはティレルに乗ってないわけではどうなっていなのか気になります。
モノショックが有名なマシンですね。このマシンがなければアンヘドラルウイングが生まれなかったですね。
この頃になってくるとティレルも優勝できてないのは何故なんだろうやはり資金難がこの頃からあったのだろうか
ティレル…もしかしたら年代によっては一番著名なメーカーかも…6輪、フロントウイング、ハイドローリックサスペンション?…F1メーカーで唯一技術的夢を与えてくれたかも…
回頭性良く軽快に走る、ほんとにシンプルで美しいマシンでした。エンジンやボトムや、色々規制変更の多い時代にあって、幾つかの優秀な解答例のある中で、一番シンプルに書かれた数式を見る様な美でした。the smartという称号で呼びたい様な。ずっとDFVやジャッド辺りで行って、この名車の集大成的完成美(レース)を見たかったですね。
そうそう、ティレルと言えば虎之介も才能あるドライバーだったしマシンも悪くなかったからあの不完全燃焼感、何とかならなかったかなあ...と、動画をねだってみたり...
いつかやろうと思ってますがかなり先になりそうですな!今は88-91年あたりをうろちょろしようかと
1989年アレジがデビュー戦だった地元フランスGPでいきなり4位入賞したマシン
018 間違いなく名車ですね。 展示してあった実車をまじかに見る機会があったんですが下から覗き込んでみたところナマズひげの019がハイノーズの始祖と言われてますが018の時点でかなりのハイノーズだったのが衝撃的でした。缶コーヒーのロング缶が入るくらいにはハイノーズでした。キャンギャルの女の子の白い視線を横目に車体下にカメラを入れて写真を撮ったのも今となっては懐かしい思い出です。
F1の写真撮る時夢中になりすぎてとんでもない体勢になるやつ、とってもわかります!😆
パワー重視で空力無頓着のマクラーレンと比べるとリアウィングの何と小さいことか、、、ボディでしっかりダウンフォースを稼げてたんだろうなぁ、、、中嶋悟選手も乗り心地が良いってコメントしてたし、ベテランから若手まですんなり乗れる良いマシンだったのですね
こんにちは。ティレル018の歴史をたどると軽量コンパクトなエンジン(コスワース)だったからこそ生きたマシンだったのように思えます。のちにフォードHBエンジンを獲得しようと考えていたのも納得ですね。スポンサーゼロの状況から最終的にはあちこちとスポンサーがついて良かったと傍目には思えるのですが、ここでロスマンズとの契約ができなかったのが残念ですね。このことが今後に大きく影響するとは思っていなかったですね…。
開幕時のスポンサーゼロって凄いですね😨。ケンさんの理由のない自信も凄いですけど😅。アルボレートさんが最初に乗っていたのは知りませんでした。アレジとジョニハさんだけやと思っておりました。
アルボレート経由で「マルボロ」のスポンサーフィーが有ったのでは?😜
車体には付いていませんが、出戻りの形になったアルボレートには、マルボロのスポンサーがついていましたね。しかし、シーズン途中でキャメルのスポンサーを受けることになり、ケン・ティレルはアルボレートにマルボロドライバーからキャメルドライバーになるように命じたそうですが、さすがにアルボレートは怒って離脱したそうです。
いつかオニクスの話しも宜しくお願いします!ブルーとホワイトのカラーにピンクのラインが映える美しいマシンでした。バンロッセムとマネートロン(ニヤリ
もうMODは作成済みですがネタが…動画になるかどうか。頑張ってみます!
楽しみに待たせて頂きます!しかしバンロッセムのどこかの教団の教祖様のような風貌に当時度胆抜かれました(笑)
ティレルが使っていたDFRはHBまではいかなくても、DFR の最高レベルですよ。
ブライアンハートさんのチューンすごかったですよねぇ
この車。TI 英田に、カーボン剥き出しが納車されて走った様だがその後どうなったんだろうね。?
018はボディ下面でかなりのダウンフォース(DFRの馬力としては)が得られていたので、ボディ上面のウイングはバランス取り程度だったと聞いた事があります。019でさらに攻めたので、車高変化によるダウンフォース変化がシャープになってしまったんでしょうか。俊敏なんですけど、安定感のある挙動してましたよね、018って。
コメントありがとうございます。019は攻めすぎて、モノショックサスの効果も相まってグラウンドエフェクトからダウンフォースが強く取れすぎたんでしょうね。それがコーナー進入時やバンプでそのダウンフォースが抜けた時に酷いアンダーが出たりしてたんでしょうね。これグラウンドエフェクトを使おうとしてたチームみんなのお悩みでしたから。ここで必要だったのはアクティブサスってことですね。ここまでたどり着いていればティレルは非力なエンジンでもトップクラスに入れてたはず。たどり着いたのがウィリアムズってことですね。
おっしゃる通り、ティレル018は成功作なんだと思います。やはりDFRエンジンの非力、でも小さくて軽い、という性質と当時のティレルのチームレベルがマッチしたんだと思います。扱いに困らなかったんだろうな、と。中島、89年の時点でロータスなんか乗らずに移籍していれば、結果は全然違ってたんじゃないかと思います。
結局第1期ハーベイ体制は018がハーベイさんの理想に一番近かったってことになりそうですな!確かに中嶋さんティレル1年速く来てたら全然ちがってでしょうね!
「ティレル018のキャメルの面積が増えて、ロータス101が「青く」なる」なんてジョークがパドック内で囁かれたという噂があったような。
それうまいですな!座布団一枚!
このゲームの画像は018じゃなくてロータス101に見えるが…
102ですね!
俺は019より018が好きやわ。後、エアインダクトのデザインが少し違う😅
その後ジャン=クロード・ミジョーさんとハーベイ・ポスルスウェイトさんがデザインに関わりジャンアレジさんがドライブしたフェラーリF92Aはある意味ティレル018/019の後継的マシンなんでしょうか?このへんの話も知りたいです。
コメントありがとうございます。もちろん、フェラーリも特集させて頂きます!ちょっとやりたいことが多すぎて皆さんのご要望にちょっとずつお答えしているので気長にお待ちいただければ幸いでございます。ちなみにF92Aのデザインはスティーブニコルズとミジョーのデザインですね。シーズン途中からハーベイさんが入ってきてますがベースはニコルズさんとミジョーさんですね。実際にコンセプトからデザインまでをハーベイ、ミジョーコンビがフェラーリでデザインしたマシンは多分ないですね。F93Aもジョージライトンさんだったと思います。ミジョーさんのF92Aですがティレル時代のコ後継とは言えないかもしれませんね。なんせエンジンがv12ですからね。
きた、ティレルネタ大好き。018もよかったですよね。
さりげなーーーく、ハイノーズの息吹がwwwそしてアレジとティレルが運命の出会い?w その後、両者あんな運命を辿るとは…
みんな大好きティレル、アレジが活躍したのも018あってこそですね。しかしマシンってカラーリングでガラッと印象変わりますよねぇ、特に018は一年でカラーリングコロコロ代わったのでけっこう困惑しました(笑)ほかの方も言ってますがロスマンズカラーだったら美しいマシンになってたでしょうね
フォンドメタル、お願い出来ませんか?軍馬も乗りましたし。
ありがとうございます!リクエスト受け止めさせていただきます!
018は、名車ですよアレがなければ、アレジも中嶋の活躍はなかったわけでチェザリスもよく、走りました
こうして018みるとカラーリングは大事なんだなぁと改めて感じますね
ジョナサン・パーマーといえば「フライングドクター」の言葉が必ず思い浮かべます(天才・古館伊知郎凄すぎるw)
古館さん…サイコー!
もしティレルがロスマンズとの交渉が上手く行ったら、二輪のロスマンズ・ホンダがF1でも見れた可能性は十分ありますね…。
ティレルは後にブリティッシュ・アメリカン・タバコに買収され、後にホンダF1、ブラウンGPを経てあのメルセデスとなった。だが過去にもマクラーレンのロン・デニスはティレルを買収してマクラーレンのジュニアチーム化を目論んでいたり、1991年末にはイル・バローネ・ランパンテが買収案もあったが結果的にはご破算となった模様。
ほじくってます(笑)90年開幕フェニックスのアレジ、セナのこれぞF1のバトルで駆引きとハラハラ❗ケンさん映って、笑顔の後藤さん。速いぞマルティニ、後方で頑張るフォイテク❗この時代のPQ特集も所望いたします(笑)
ありがとうございます。90年はすでにザックリですが終わらせてまして、この辺りですかね。th-cam.com/video/S6xprxEqJNs/w-d-xo.htmlth-cam.com/video/KElRXoyPkgA/w-d-xo.html
アレジがいきなり4位でしたな!
やっぱキャメルロゴはかっいい
古舘伊知郎氏のおいしいキャメルソースのフレーズ思い出したw当時見ててアルボレートって西ドイツから?ラルース行ってキャメル付いてるやーんと思ってましたね。
018はシーズン後半のキャメルがスポンサーになった時の「とりあえずスポンサーついたんで色つけました」的なやっつけ仕事っぽいカラーリングをよく覚えています(^_^;)しかしケンおじさん、開幕前にそんな事言ってたんですね。ただメキシコ3位で少しは予言的中といった感じでしょうか。
確かにこのキャメルカラーは後ろ半分キャメルですからね。やっつけ感満載ですな!そうなんです。ケンジィは何か根拠があったんですかね?まぁロンに50%の株売って資金はちょいちょいあったので一時的に楽になったのかもしれませんね。
これ、ロータス102なので、90年から92年まで使用されたヒストリーもお願いします。
018のMODがないなんて・・・あれだけの名車・・・悲しいwまさかのロータス102ベースとは・・・なんか後ろがもっさりしてるからそのままランボルギーニが搭載されてそうww102Bだとフロントノースが太いからティレルのスマートなノースが再現できないんでしょうな・・・じっくり見れば見るほどロータス感が否めないwということはあたくしが一番好きなローラLC89もないんでしょうな
もちろんLC89はないですが作りましたよ!いつかアップします!
XP TDKのテープかと昔思ってました^_^。この頃は4強時代ですから、ポイント獲ると言う事はすごい事でした。
ティレル018って90年シーズンの開幕2戦まで使ってて、中嶋さんも018は019と比べて、乗りやすかった(と言えば良いのでしょうか)ということを聞いたことがあります
ホィールがozじゃなくスピードラインじゃないですか?
すみませんザックリなもので…
出た、ティレル動画や笑 フェラーリを追われたアルボレートが3位になった時の紺一色が懐かしい!それと、フランスからキャメルと一緒にアレジがデビューしたマシン!そのおかげで、マールボロドライバーのアルボレートがティレルを去りましたが…。地味やけど、話題あったマシンでしたね。今回もありがとうございました!
ミケーレは、ここから転落の人生が始まったのね😢
ジュリアーノ君のお父さんはティレル時代「ビルヌーブの再来」呼ばれ次代のワールドチャンピオン候補として期待されていましたが移籍(以下略
90年総集編を見ると評価がすごい。あのウィリアムズからも誘われてる。がケンティレル氏の荒すぎる。フェラーリだけはまだ早いと言ってたね。
中嶋悟がティレルに移籍した年の開幕で今宮さんが、「中嶋はロータス時代にセカンドドライバーで苦労したけれど、今年はティレルのファーストドライバーですから期待していいと思います」とか言ってたのに第一戦からアレジがね😅中嶋も良かったし、レースは最高に興奮したんですけどね😅😅😅
018大好きです!!特にCAMELがついた時のカラーリングが一番好きでした。しかし翌年のカラーリングにはぶったまげました…😅
明らかなハイノーズ登場前にボディ下の空力効率化を意識したマシン。それが、ティレル018やフェラーリ639・640~。
あかん…ロータス102って分かったオイラはオタクかぁ
間違えないですな。オタクですな!でもこの業界では誉め言葉ですぜぃ!
フロント周りへのこだわりはすごい反面、サイドポンツーンからリヤへの絞り込みが皆無とか、リヤ周りへの意識が希薄なのは残念というか、時代が追いついていないというか。。
ちゃんとしたマシンを与えられさえすれば結果を残すミケーレさん流石と思いました。
92年もですけど、ティレルって資金がカツカツの時ほど名車を生み出すイメージですね。
モノショック(1本)の方が、ツインショック(2本)よりもサスペンションユニットを並べるスペースが少なく済むのでフロントノーズを細くする(ナローノーズ、ペンシルノーズ?)事が出来ますね?
それにフロントのバネ下重量が軽くなるのでハンドリングにも良い影響を与える感じがしますね?笑
でもミカ・ハッキネンがロータス107のモノショック(+セミアクティブサスペンション付き)を嫌っていましたですね?笑
ティレルは1993年リヤ側にもモノショック式を採用した021(マイク・コフラン設計)を投入しましたが、
リヤが跳ねてしまってトラクションが不安定との不評を買ってしまいましたですね?
リヤはエンジン動力を路面に伝えると言う重要な役割が有るので左右が独立するツインショックの方が良いですね?笑
「中嶋・HONDA・BRAUNと全てを失った」と古舘さんが実況してた92年、イルモアエンジンとチェザリス・グルイヤールを用いたティレルは流石。
こんなカラーリング79年にもありましたね、それはともかく、アルボレートがこのマシンで3位の入ったのが嬉しかったし、カッコいいマシンだと思いました。
後のキャメルソースのかかったカラーリングはあまりカッコよくなかったですね。
途中サイドポーツンとフロントウイングにオートバックスのスポンサーロゴを見るとブラバム.ヤマハやスーパーアグリF-1とかちょくちょくF-1の舞台で見たけどいつの日かまたオートバックスのスポンサーロゴを付けたF-1世界を舞台に戦う勇姿をまた見てみたい😊
ティレルは歴史あるチームだけあって名前を出さず純粋に応援するタニマチ的な富豪のスポンサーが居たと津川哲夫さんが書いてましたな。もっとも数十億の予算で戦う時代のF1にはとても足りない額だったのではと想像もしますが。
ノンスポンサーで018がデビューした時は衝撃だったよね。
お疲れ様です!ティレル018!
中嶋さん曰く『乗りやすい』良いマシンだったイメージがあります。
ブライアンハートチューンのDFRというフォードHBの次の良エンジンってのもありますが、89年鈴鹿でアレジが当時ロータスの中嶋さんをストレートで簡単に抜いていく姿が印象的でした。
翌年、ブラジルGPではウィングを寝かせた中嶋さんがストレートで他者を交わしていく…
ハンドリングもコントローラブルで、案外ストレート速度も悪くなかったバランスが良い車体だったイメージあります!
毎度です。そうなんですよ。結局018がハーベイの理想に一番近い車ということになるんですよね。タイヤもGYですし。
アメリカグランプリでのアレンジ対セナのバトルとそれを見守るケンティレルの笑顔が忘れられないです。
ケンおじさんの、ほくそ笑む映像がアレジのフェニックス快走エピソードに印象付けられました。
お疲れ様です♪89年ポールリカールと90年フェニックスのアレジ、おいおい!すげぇヤツが(インター3000から話題でしたが)現れたなぁ~って思いましたもんね。マシン特性としては018が好きか019が好きかによって、ドライバーのタイプが分かれそうですね。中嶋さんも019について、「コーナリンググリップのメリハリがはっきりし過ぎてて018より乗りにくいんだけど、タイム測ると019の方が速いんだよね…。」と困惑してましたね。あぁ、もう30年以上も昔なのかぁ…。懐かしさいっぱいの動画ありがとうございました❗
毎度です。なるほど、ってことはやっぱりアンヘドラルウイングとドルフィンノーズ効果があったってことなんですね~。そうですよ。30年ですよ。気が付けばジジィでですな!
本来…V8エンジンとの相性がバツグンだったんだが…020でホンダV10
載せてジャジャ馬になってしまった…
あっ、ペンシルノーズも好きでした。
中嶋さんは019より018の方が乗りやすかったみたいですね。
ずっとグッドイヤーを使っていれば、91年も夢が見れたのに。
89年前半のスポンサーがないティレルブルーだけの018は、往時のティレルっぽくて好きでした。
チーム運営は、さぞ大変だったんでしょうけど。
018は普通にNICEなマシンだったと思っています。やはりモノショックの印象が強かったですね。
戦績的にはアルボレートの3位もありますが、アレジのF1デビュー戦の4位も光ります。F1ルーキーでも乗りやすかった=ベースがしっかりしていたのではないかと推測できます。
90年にロータスから移籍してきた中嶋選手も、ロータス101よりソリッドな特性であり、ダウンフォースもしっかり出ていたとコメントしています。90年型019は018発展型のため、当然のように進化し、タイムアップしますが、好みは018だったとも。
反面、018のステアリングはかなり重く、結構難儀したとも…。ステアリングの機構というよりフロントのダウンフォースが安定して出ていたのでしょう。だから重かったのではないかと。
それが90年序盤に(若い)アレジとの差につながったのかもしれないですね。
018というよりロータス102ですね。
アンクル・ケンは「スポンサー?私だよ!」ってインタヴューに答えたのを昔、読みました☺
世間一般で「F1の絵を描いてください。」とオーダーを出したら大概の方が描かれるであろうというくらいにシンプルで、効率的で、スタイリッシュですよね サイドポンツーンから後半にかけては
019、020の兄弟達と瓜二つと言ってもいいほど
アメリカGPのフェニックスで、マクラーレン&フェラーリ、ウィリアムズ&ベネトンを差し置いてトップを快走したのも理解出来ます
90年のベネトンに供給されたスペックのフォードV8だったら、何勝かはしていた気がしますw
個々の個人差はあると思いますが「トップ勢と遜色がないくらいに格好いい」
津川さんの「速い車は大概、カッコいいんだよ。」が染み入ります✨
90年に田宮模型からオンロードカーのスペアボディのみの販売として89後期仕様のティレル018が発売した時には驚きました!この隠れた名車を商品化する当時の田宮模型のセンスが凄くないですか?
あの頃のタミヤはすごかったです!直接チームに直談判してプラモにして良いか聞いてたらしいですから!担当者の中にF1大好きな輩が絶対いましたな!
絶対にF1好きがいましたよね!その情熱がロータススポンサーにたどり着いたんですよね
実はモナコでアレジが018で走りたがっ
たけどハーベイさんに怒られた。
という記事を読んだ記憶があります。
気になってWikipediaで調べてみたら、前戦のイモラで019が1台大破したのでスペアとしてモナコに持ち込まれていたそうです。
@@ミャーチミャーチ
コメントありがとうございます。
そんな事があったんですね!そこまでは存じませんでした。アレジがヘソを曲げたという事でしょうか?
@@ミャーチミャーチ
まさか018で走行していたとは❗️
拒否られて終わりかと思ってました。
もしかしたらもっとセナに迫れたかも なんて妄想してしまいますね!
貴重なお話ありがとうございました。
018のボディデザインは、本当だったら89年のフェラーリだったはずのデザインですよね?
83年にアルボレートがティレルでデビューした時のティレルのタイトルスポンサーはベネトンで、それはイタリア人ドライバーのアルボレート繋がりかと思っていましたから、アルボレートがベネトンに乗るのは当然かと思っていました。
確かにハーベイさんとミジョーさんがフェラーリから移籍後に作っているマシンでミジョーさんはフェラーリの時に考えたマシンコンセプトを利用したってインタビューで答えてましたね。ただエンジンが真逆なコンセプトなのでマシンバランスはv8に合わせていったと思います。
@@FormulaIneChannel
キャメルはポールリカールからだったので、アレジの持ち込みだったと思っていましたが
キャメルが先で、キャメルがアレジを乗せたんですね。
当時、アレジはF3000でジョーダンで走っていましたし、ジョーダンのスポンサーはキャメルでしたよね。
妄想ですが、91年にアレジがウイリアムズとの契約がなくなってフェラーリではなくジョーダンに乗っていたら
92年はキャメルカラーのジョーダンだったかもしれませんね。
018はスポンサーが少なくて地味な感じですが形がシンプルでシュッとして一番美しいマシンだと思います。これにロスマンズが付いて活躍してくれたら・・・。
このブルーだけってのがいいんだよね!いつもお金なくてキュウキュウとしてたけどそこが魅力だったな。
「ロスマンズ・ティレル018」
実車が走るのを見たかった。
全てのマシンの中で一番好きです(1990バージョンが)、次点がミナルディM189です。
EPSONカラーのティレル018は自分の中で一番かっこいいF1マシンだと思ってます。実際はもっとペンシルノーズでサイドポンツーンが低くて、タイヤの力強さが強調されていて、速そう!って感じなんですよね。ノーズもよくみると結構ガッツリハイノーズですし。しかもアメリカGPのあの活躍もありますし。前もどこかで話したような気もしますが、昔もしかしたら018は赤く塗られて黄色の跳ね馬がついてたかも、って漫画があって、そんな妄想するのも楽しいです。
89年F1MODほしいですねえ。ティレル018も欲しいですけど、ロータス101も欲しい車ですからねえ。
018が無ければ今のF1は無い!と言えるほどの名車だと思います。
第一次ブームからティレル×日本人の系譜が始まったこともあり、私はティレルが好きです。
好きすぎてカンペン(通じますか?)もスプレーで青+Tyrr ellロゴを塗ってました。
カンペン!懐かしいもちろん通じますよ!最高です!
018は1本しかないモノショックが特徴的で(森脇さんも驚いていました。)、かつ019ほどじゃないにしてもハイノーズの思想があったみたいで、百戦錬磨のミケーレが乗っても当時新人のジャンが乗っても速かったですよね。
ハーベイはお金がない中、壊れにくいクセがなく扱いやすいクルマを作るのがほんとに上手いですよね。つくづく99年の急逝が悔やまれます。
余談として
ハーベイの急逝がオールホンダ体制の凍結に繋がり迷走し続けた、と個人的に思います。タッペンが現在頑張っている姿、空から暖かく見守っていることでしょう。
余談その2
アレジ、89年は時々レース欠場してF3000のタイトル奪取を優先させています。1988年までなかなか才能が認められなかった中、エディーとケンに声掛けられたんですよね。そう、ジョーダンとティレルです。2チームとも若手の才能を見抜きチャンスを与えることで有名でしたし、雰囲気も牧歌的なところがありましたね。息子さんの今の活躍を見て昔の自分と重ねて見ていることでしょう。
>ハーベイはお金がない中、壊れにくいクセがなく扱いやすいクルマを作るのがほんとに上手いですよね。
94年の022もそうでした。ちなみにパーツの4割は前年のマイク・コフランの失敗作、021を流用したというエピソードもあります(右京さん談)。一方で金があると失敗作を作るというのが…(フェラーリF92A、ティレル023)。
確かに!お金ないといい車作るのにあると駄作ですな!そういう観点から見てませんでしたよ!面白いですな!
@@FormulaIneChannel 金があると色々なアイディアを実行できるので、あれもこれも取り入れて、失敗するのかもしれません。
このティレル018のフロントサスペンション(モノショック)にプラスして電動モーターによる車高調整(ライドハイトコントロール)が付いていたかと思うのですが?F1で初めての電動アクティブサスペンションを採用したマシン?
電動アクティブであれば非力なフォードコスワースDFRのV8エンジンから油圧確保のための動力が奪われる(パワーロス)心配が無いかと?その代わりにバッテリーの電源はフル充電しないといけないですが?笑
中嶋さんは019より018の方を評価している感じでしたね。
中嶋さんはフロントが軽い018との相性が良かったのよ。ダウンフォースが強く出て上から押さえつけられながらコーナーを曲がっていく019には苦戦したよね。腕力がF1ドライバーの中では非力だったからね。
森脇さんも確かコメントしてましたよ。
いつも動画楽しませてもらっています。
質問ですが、モノショックっていまいち仕組みがわからないんですが、左右ノーアームが繋がっているってことは、右側のアームが上がったら左側のアームも一緒に上がってしまうんですか?
コメントありがとうございます。モノショックって左右のアームが直接ダンパーにつながっているわけではなくて、アームが完全に独立して動くわけです。プッシュロッドの根元がダンパーの根元につながっててそこで衝撃を吸収する仕組みですね。F1のモノショックって縦方向に装備されているのでイメージが付きづらいんですよね。あれを横に置くと本当はわかりやすいんですけども。イメージ的にはまずダンパー(スプリングの部分)を外してみると左右のアームは別々に動きますよね。その間に1本スプリング入れても右が上がったら右側からスプリングは縮みますけど左に影響はないですよね。こんな感じですがいかがですか?
早速の返信ありがとうございます。
縦置きのダンパーの下に左右それぞれのアームが繋がっているように見えるのですが、左側のアームが上がりダンパーが縮むと縮んだダンパーに引っ張られて右側のアームも上がるように思えるのですが、、、、
理解力が低くてすみません。
@@ドンムーチョ そう感じますよね。ダンパーの下で確かにつながっていますがアームは独立しているので左が上がっても右は影響を受けないんです。アームが連動していれば確かに左が上がれば右も上がりますけども。
左右ノーアームが独立しているっていうのは理解できますが、やはり右側のアームが上がったら、左側のアームを支えるものがなくなってぷらぷらになる気が、、、
それとも車高を支える機構と速時Gやタイヤからの外力を吸収する機構が別々、、、、いやいやそれだと加速時などの車高が上がる側の車高の調整には追従できませんし、、、、
もう少し勉強します。。。。。
018といえば、アルボレートのフェラーリ放出からの失地回復と思わせて……とアレジの鮮烈デビューですよね。
でも翌年のフェニックスの映像が今でも一番よく見かけるけど。
アルボレート、ティレル最後のウイナーなのになあ。
あと、モノショックのフロントサスが話題になってたかな。
そうなんですよね。アルボレート確かティレルで2勝してるんですよね。アルボレートはあの優しさの裏に切れると手に負えないところもあったようですから。バーナードとのセミオートマ対決もしかり新しいものへの拒絶しがちなんですよね。アルボレートさんがフランスGPに現れたらアレジはティレルに乗ってないわけではどうなっていなのか気になります。
モノショックが有名なマシンですね。
このマシンがなければアンヘドラルウイングが生まれなかったですね。
この頃になってくるとティレルも優勝できてないのは何故なんだろうやはり資金難がこの頃からあったのだろうか
ティレル…もしかしたら年代によっては一番著名なメーカーかも…6輪、フロントウイング、ハイドローリックサスペンション?…F1メーカーで唯一技術的夢を与えてくれたかも…
回頭性良く軽快に走る、ほんとにシンプルで美しいマシンでした。
エンジンやボトムや、色々規制変更の多い時代にあって、
幾つかの優秀な解答例のある中で、一番シンプルに書かれた数式を見る様な美でした。
the smartという称号で呼びたい様な。
ずっとDFVやジャッド辺りで行って、この名車の集大成的完成美(レース)を見たかったですね。
そうそう、ティレルと言えば虎之介も才能あるドライバーだったしマシンも悪くなかったからあの不完全燃焼感、何とかならなかったかなあ...と、動画をねだってみたり...
いつかやろうと思ってますがかなり先になりそうですな!今は88-91年あたりをうろちょろしようかと
1989年アレジがデビュー戦だった
地元フランスGPでいきなり4位入賞した
マシン
018 間違いなく名車ですね。
展示してあった実車をまじかに見る機会があったんですが
下から覗き込んでみたところ
ナマズひげの019がハイノーズの始祖と言われてますが
018の時点でかなりのハイノーズだったのが衝撃的でした。
缶コーヒーのロング缶が入るくらいにはハイノーズでした。
キャンギャルの女の子の白い視線を横目に
車体下にカメラを入れて写真を撮ったのも
今となっては懐かしい思い出です。
F1の写真撮る時夢中になりすぎてとんでもない体勢になるやつ、とってもわかります!😆
パワー重視で空力無頓着のマクラーレンと比べるとリアウィングの何と小さいことか、、、ボディでしっかりダウンフォースを稼げてたんだろうなぁ、、、中嶋悟選手も乗り心地が良いってコメントしてたし、ベテランから若手まですんなり乗れる良いマシンだったのですね
こんにちは。ティレル018の歴史をたどると軽量コンパクトなエンジン(コスワース)だったからこそ生きたマシンだったのように思えます。のちにフォードHBエンジンを獲得しようと考えていたのも納得ですね。スポンサーゼロの状況から最終的にはあちこちとスポンサーがついて良かったと傍目には思えるのですが、ここでロスマンズとの契約ができなかったのが残念ですね。このことが今後に大きく影響するとは思っていなかったですね…。
開幕時のスポンサーゼロって凄いですね😨。
ケンさんの理由のない自信も凄いですけど😅。
アルボレートさんが最初に乗っていたのは知りませんでした。
アレジとジョニハさんだけやと思っておりました。
アルボレート経由で「マルボロ」のスポンサーフィーが有ったのでは?😜
車体には付いていませんが、出戻りの形になったアルボレートには、マルボロのスポンサーがついていましたね。しかし、シーズン途中でキャメルのスポンサーを受けることになり、ケン・ティレルはアルボレートにマルボロドライバーからキャメルドライバーになるように命じたそうですが、さすがにアルボレートは怒って離脱したそうです。
いつかオニクスの話しも宜しくお願いします!ブルーとホワイトのカラーにピンクのラインが映える美しいマシンでした。バンロッセムとマネートロン(ニヤリ
もうMODは作成済みですがネタが…動画になるかどうか。頑張ってみます!
楽しみに待たせて頂きます!しかしバンロッセムのどこかの教団の教祖様のような風貌に当時度胆抜かれました(笑)
ティレルが使っていたDFRはHBまではいかなくても、DFR の最高レベルですよ。
ブライアンハートさんのチューンすごかったですよねぇ
この車。TI 英田に、カーボン剥き出しが納車されて走った様だがその後どうなったんだろうね。?
018はボディ下面でかなりのダウンフォース(DFRの馬力としては)が得られていたので、ボディ上面のウイングはバランス取り程度だったと聞いた事があります。
019でさらに攻めたので、車高変化によるダウンフォース変化がシャープになってしまったんでしょうか。
俊敏なんですけど、安定感のある挙動してましたよね、018って。
コメントありがとうございます。019は攻めすぎて、モノショックサスの効果も相まってグラウンドエフェクトからダウンフォースが強く取れすぎたんでしょうね。それがコーナー進入時やバンプでそのダウンフォースが抜けた時に酷いアンダーが出たりしてたんでしょうね。これグラウンドエフェクトを使おうとしてたチームみんなのお悩みでしたから。ここで必要だったのはアクティブサスってことですね。ここまでたどり着いていればティレルは非力なエンジンでもトップクラスに入れてたはず。たどり着いたのがウィリアムズってことですね。
おっしゃる通り、ティレル018は成功作なんだと思います。やはりDFRエンジンの非力、でも小さくて軽い、という性質と当時のティレルのチームレベルがマッチしたんだと思います。扱いに困らなかったんだろうな、と。
中島、89年の時点でロータスなんか乗らずに移籍していれば、結果は全然違ってたんじゃないかと思います。
結局第1期ハーベイ体制は018がハーベイさんの理想に一番近かったってことになりそうですな!確かに中嶋さんティレル1年速く来てたら全然ちがってでしょうね!
「ティレル018のキャメルの面積が
増えて、ロータス101が「青く」
なる」
なんてジョークがパドック内で
囁かれたという噂があったような。
それうまいですな!座布団一枚!
このゲームの画像は018じゃなくてロータス101に見えるが…
102ですね!
俺は019より018が好きやわ。後、エアインダクトのデザインが少し違う😅
その後ジャン=クロード・ミジョーさんとハーベイ・ポスルスウェイトさんがデザインに関わり
ジャンアレジさんがドライブしたフェラーリF92Aはある意味ティレル018/019の後継的マシンなんでしょうか?
このへんの話も知りたいです。
コメントありがとうございます。もちろん、フェラーリも特集させて頂きます!ちょっとやりたいことが多すぎて皆さんのご要望にちょっとずつお答えしているので気長にお待ちいただければ幸いでございます。ちなみにF92Aのデザインはスティーブニコルズとミジョーのデザインですね。シーズン途中からハーベイさんが入ってきてますがベースはニコルズさんとミジョーさんですね。実際にコンセプトからデザインまでをハーベイ、ミジョーコンビがフェラーリでデザインしたマシンは多分ないですね。F93Aもジョージライトンさんだったと思います。ミジョーさんのF92Aですがティレル時代のコ後継とは言えないかもしれませんね。なんせエンジンがv12ですからね。
きた、ティレルネタ大好き。018もよかったですよね。
さりげなーーーく、ハイノーズの息吹がwww
そしてアレジとティレルが運命の出会い?w その後、両者あんな運命を辿るとは…
みんな大好きティレル、アレジが活躍したのも018あってこそですね。しかしマシンってカラーリングでガラッと印象変わりますよねぇ、特に018は一年でカラーリングコロコロ代わったのでけっこう困惑しました(笑)ほかの方も言ってますがロスマンズカラーだったら美しいマシンになってたでしょうね
フォンドメタル、お願い出来ませんか?軍馬も乗りましたし。
ありがとうございます!リクエスト受け止めさせていただきます!
018は、名車ですよ
アレがなければ、アレジも中嶋の活躍はなかったわけで
チェザリスもよく、走りました
こうして018みるとカラーリングは大事なんだなぁと改めて感じますね
ジョナサン・パーマーといえば「フライングドクター」の言葉が必ず思い浮かべます(天才・古館伊知郎凄すぎるw)
古館さん…サイコー!
もしティレルがロスマンズとの交渉が上手く行ったら、二輪のロスマンズ・ホンダがF1でも見れた可能性は十分ありますね…。
ティレルは後にブリティッシュ・アメリカン・タバコに買収され、後にホンダF1、ブラウンGPを経てあのメルセデスとなった。だが過去にもマクラーレンのロン・デニスはティレルを買収してマクラーレンのジュニアチーム化を目論んでいたり、1991年末にはイル・バローネ・ランパンテが買収案もあったが結果的にはご破算となった模様。
ほじくってます(笑)
90年開幕フェニックスのアレジ、セナのこれぞF1のバトルで駆引きとハラハラ❗
ケンさん映って、笑顔の後藤さん。
速いぞマルティニ、後方で頑張るフォイテク❗
この時代のPQ特集も所望いたします(笑)
ありがとうございます。90年はすでにザックリですが終わらせてまして、この辺りですかね。
th-cam.com/video/S6xprxEqJNs/w-d-xo.html
th-cam.com/video/KElRXoyPkgA/w-d-xo.html
アレジがいきなり4位でしたな!
やっぱキャメルロゴはかっいい
古舘伊知郎氏のおいしいキャメルソースのフレーズ思い出したw当時見ててアルボレートって西ドイツから?ラルース行ってキャメル付いてるやーんと思ってましたね。
018はシーズン後半のキャメルがスポンサーになった時の「とりあえずスポンサーついたんで色つけました」的なやっつけ仕事っぽいカラーリングをよく覚えています(^_^;)
しかしケンおじさん、開幕前にそんな事言ってたんですね。
ただメキシコ3位で少しは予言的中といった感じでしょうか。
確かにこのキャメルカラーは後ろ半分キャメルですからね。やっつけ感満載ですな!そうなんです。ケンジィは何か根拠があったんですかね?まぁロンに50%の株売って資金はちょいちょいあったので一時的に楽になったのかもしれませんね。
これ、ロータス102なので、90年から92年まで使用されたヒストリーもお願いします。
018のMODがないなんて・・・
あれだけの名車・・・悲しいw
まさかのロータス102ベースとは・・・なんか後ろがもっさりしてるからそのままランボルギーニが搭載されてそうww
102Bだとフロントノースが太いからティレルのスマートなノースが再現できないんでしょうな・・・
じっくり見れば見るほどロータス感が否めないw
ということはあたくしが一番好きなローラLC89もないんでしょうな
もちろんLC89はないですが作りましたよ!いつかアップします!
XP TDKのテープかと昔思ってました^_^。
この頃は4強時代ですから、ポイント獲ると言う事はすごい事でした。
ティレル018って90年シーズンの開幕2戦まで使ってて、中嶋さんも018は019と比べて、乗りやすかった(と言えば良いのでしょうか)ということを聞いたことがあります
ホィールがozじゃなくスピードラインじゃないですか?
すみませんザックリなもので…
出た、ティレル動画や笑 フェラーリを追われたアルボレートが3位になった時の紺一色が懐かしい!それと、フランスからキャメルと一緒にアレジがデビューしたマシン!そのおかげで、マールボロドライバーのアルボレートがティレルを去りましたが…。地味やけど、話題あったマシンでしたね。今回もありがとうございました!
ミケーレは、ここから転落の人生が始まったのね😢
ジュリアーノ君のお父さんはティレル時代「ビルヌーブの再来」呼ばれ次代のワールドチャンピオン候補として期待されていましたが移籍(以下略
90年総集編を見ると評価がすごい。あのウィリアムズからも誘われてる。がケンティレル氏の荒すぎる。フェラーリだけはまだ早いと言ってたね。
中嶋悟がティレルに移籍した年の開幕で今宮さんが、「中嶋はロータス時代にセカンドドライバーで苦労したけれど、今年はティレルのファーストドライバーですから期待していいと思います」とか言ってたのに第一戦からアレジがね😅
中嶋も良かったし、レースは最高に興奮したんですけどね😅😅😅
018大好きです!!特にCAMELがついた時のカラーリングが一番好きでした。
しかし翌年のカラーリングにはぶったまげました…😅
明らかなハイノーズ登場前にボディ下の空力効率化を意識したマシン。
それが、ティレル018やフェラーリ639・640~。
あかん…
ロータス102って分かったオイラはオタクかぁ
間違えないですな。オタクですな!でもこの業界では誉め言葉ですぜぃ!
フロント周りへのこだわりはすごい反面、サイドポンツーンからリヤへの絞り込みが皆無とか、リヤ周りへの意識が希薄なのは残念というか、時代が追いついていないというか。。