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既にお気づきの方も居られるとは思いますが、伊予ではなく阿波が正しいです。勘違いしておりました。間違った知識を流布させてしまい申し訳ございません。
その手の記憶違いは誰でもあります。研究書や専門書でもある位です。有名な伊予の河野水軍と取り違えられたのかも知れませんね。専門の研究者が学会で発表するのではありませんからお気になさらず。たしか長曾我部氏の侵攻で、海部城は落ち、海部の刀工集団は庇護者を失い、散り散りになったと思います。隣国の土佐や河野水軍を頼って伊予に落ちのびた者も居たとも考えられます。その様な意味においては強ち間違いでは無いともいえるのでは?こじつけ?はい。この場合、海部城落城の故事付け(こじつけ)ですww
砥ぎCさんの考察って当時の生活から考えるから説得力あるよね
刀一つでその歴史背景が聞けてとても面白かったし凄く勉強になりました。
海部刀は初めて聞きました。勉強になりました。ありがとうございます研師Cさんがすべて仕上げそうですね
研いで元の姿を見たくなる刀剣ですね。研ぎの動画楽しみです。
色々勉強になります。海部刀とか知りませんでした。お疲れ様でした。ありがとうございました。
なんというか、こう、武骨で実用性だけで装飾がないものでしか得られないものがある太い身幅の刃に飾り気のない巻きの柄が男心をくすぐる
Yoshitsune's kuruma dachi comes to mind. I think it is written as 車太刀? A very simple sword used by a legend.
満腹感も顔に出ていますね。序でに一杯やってましたね☺
刀は見たこと無いですが、漁師にはナジミの形ですね。変わってないだなぁ。感動しました。今でもマキリはコレを小さくしたような形です。
四国は徳島にそのまま海部郡という地区があり、そこの資料館かどこかで海部刀が置かれてましたね
是非、勉強に行きたいです。
@@Togi_C 伊予(愛媛県)ではなく阿波(徳島県)に海部刀ってありますが・・・wikiより阿波国の海部地域で「海部氏」の生産奨励によって鎌倉時代から幕末まで盛んにつくられた刀で、江戸時代には蜂須賀家のお抱え鍛冶として徳島城下で鍛刀していた[1]。美術刀としても知られており、「片切刃造り」と「のこぎり刃造り」が特徴である。中世の昔から海部川流域で発生した海部刀工が創作した美術刀剣である[2]。 特徴は一致しますね↑この事なら 阿波海南文化村の海陽町立博物館(徳島県海部郡海陽町四方原字杉谷73番地)で見ることができると思います。
実用刀ですか。刀に限らず、実用品は消耗するので残りにくいと聞きます。どこかの段階でひょんなことから保存された素晴らしい歴史の一品ですね。
貴重な一振りをありがとうございます!生活必需品といった感じでしょうか装飾などはほとんど無く無駄を削ぎ落としていった結果の身幅や長さ片切り刃だったりするのかなと思いました使い込まれた姿が妙にそそられますね
技刀さんへ技刀さんの家には素晴らしい刀ばかりで古い物を国に展示されなくてはいけない刀が残っていたら凄すぎるから何も言えません。
刃物の歴史は面白いですねー。時代考察も入り、今回も大変勉強になりました!!土日は基本仕事なんでイベントに参加できない口惜しさ・・・
定期的に演舞会、見学会を行いますので機会があればお越しください。
@@Togi_C さん次回の機会に是非ともよろしくお願いします!!
はじめて海部刀拝見しました。刀匠としては伊豫國。河野水軍お抱え。若い頃、大山祗神社へ行った事を思い出します。話の中で山窩が使っていたと云われていたのでもしかして、もののけ姫のアシタカが腰に差していたものかと考えられます。
確かに!ということで早速サムネとタイトル変えさせて頂きました!その発想はなかったのでコメント頂きありがとうございます!
愛媛松山の者です伊予の國は現在の愛媛県です戦国時代までは村上水軍だけでなく河野水軍等、複数の水軍おり、戦国時代までは河野家が伊予松山を治めてました長宗我部に脅かされていましたが、秀吉の四国征伐までは健在でしたよ村上水軍は毛利家とも近しかったのでもしかしたら刀工達は毛利家に保護されたかも?
地元の方にしか伝わっていない情報も多いので、いずれ勉強、調査に行きたいと思ってます。
海部刀も気になるけど、2人がお昼なに食べたのかが気になるw
海部刀ですか❗初めて拝見しました✨いやぁ刀も色々と有るものですね😃
まだまだ変わった刀剣はあります。徐々に紹介できたらと思います。
@@Togi_C 楽しみにしてます✨
刀鍛Gと同じ流れで、「あ〜もう出来てる」って、砥ぎ上がってるのが出て来そうw
研ぎCなら或いは…(笑)
どうでしょう…楽しみにしててください。
何度もコメントスミマセン、先日地元の出雲大社に奉納刀を見に行ってきました私が行った時は見れなかったですが、烏丸と言う素晴らしい奉納刀が有るらしく学芸員さんもパンフレットを見て今は蔵に納めて居ますとの事でしたが正宗や他重要文化財に指定されている刀剣が五振り有りました、抜刀斎さんも、もしお時間が空けば出雲大社にさ是非見に行って頂きたいと思います、烏丸が展示されていれば良いのですか😮
「片切り刃」と聞いて、かなり前(40年前?)のNHKの昼の番組を思い出しました。特集が瀬戸内の水軍などその土地固有の文化歴史などの紹介でしたが、そのときの紹介もメインが「・・水軍」を含めた歴史の紹介で、水軍が使用していた長物の「片切り刃」などの紹介番組でした。その土地の古老が所有していた片切り刃の刀の紹介の映像では、所有者の古老の刀を見る目がまるで恋人を見るようなうっとりした目つきに対し、女子アナの目つきが、何でこんな野蛮な物(片切り刃の長物)を紹介するのにつき合わせれるうだろうと言った嫌悪感丸出しの目つきだったのが印象的でした(爆笑)。刀剣女子とかの名称がはやる前だったんで、ヤムを得ないとは思ってましたが、そこまであからさまに嫌悪感を出す必要は無かろうと今でも思っています。対岸の岡山県では備前刀が作られたのに対し、水軍では帆布やロープ、場合によっては船材木などを削ったり切ったりするのでより実用的で研ぎやすい片切り刃が使われたと納得しています。
鰹、鰤、鯖等を捌いたり、枝打って焚き付け作ったり、モヤイを斬ったり、時には闘ったり。必需品でしょう…
荒天候時に係留ロープを外すってのは命懸けな時があるんで切断を選択する場合があります。なので鉈ってのは便利です。大荒れの時に出刃で太い係留ロープを切ってたのを見たことありますよ(笑)
おお、なるほど!
鉈や斧の方が湿った麻縄は良く斬れますね。
この間、メルカリで買った脇差と同じです^_^しかも鞘も同じ形状。柄巻も片切り刃?も鞘も栗型も^_^ハバキはスマホ並みに重く刀身もナタみたいに重く鍔も片刃用でしたよ。持った感じは大型の脇差タイプのサバイバルナイフって感じです。海部刀だったんですかね。釣吉小僧さん専用 脇差 (銘無し)で検索したら出てきます
ここで山窩の話が聞けるとは。山窩の道具の「ウメアイ」(細身で両刃の小刀)とは違いますね。
知識のある方のコメント、勉強になります。
時代小説で知ってはいますが、見たことはありません。様々な刃物を持っていたと想像できますね。
ばあちゃんが村上で家に薙刀があったという。村上海賊ミュージアムには青龍刀があったりで水運の案内、関所を担ってたのでそういうものもやり取りがあったんでしょうね。村上水軍は普通に陸戦もやってたのでそういう知識もあったんだろうなと思います。親戚に天文学者の方がいたりで村上水軍は天文学にも造形があったんだろうなと。「村上海賊の娘」でも夜中に船を走らせる描写があったり。うちのばあちゃんの系図は知らないんですけど、鹿児島出身なので長州(村上武吉は毛利に抱えられた)、薩摩でどういう流れだったのか興味深いです。
父方の先祖が愛媛の忽那水軍の海賊だったそうなので、何か親近感が湧きました😂
確かに牛刀10寸ぐらいの大きさに見えるし山で使ってたとか納得できるなー片刃だし
夢がある話ですね~
隆慶一郎の清磨の弟子を主人公にした小説に出て来た山刀のイメージがつきました。同小説に出て来た甲伏せ、四方詰めについてご解説頂ければ幸いです。
普段使いのこんな刃物欲しいですね。
研ぎC先生凄い!!
私などまだまだ不勉強です。
マキリナガサ古くは環頭太刀とか刃物の歴史は面白いですね😊
研ぎC先生にお会いしたいけど、東村山は遠いな~💦藁切りさんの郡山の方が新幹線ですぐだぁ。
いずれ機会がありましたらいらしてください。
こういう形状の刃物が東北に流れ着いて、ナガサやマスケといったマタギの刃物になったのかな?と思いながら拝見させていただきました。
抜刀斎さんへもし可能でしたら動画で日本刀と色んな刃物の切り味比べの動画つくってもらえませんか?よろしくお願いします。
動画楽しく拝見しています。包丁🔪の研ぎの講座とかしていだけると職業柄ありがたいです。
次回、包丁研ぎも撮影予定です。
そうですね、私もその通りだと思います。
刀身を撮影する時、机や台を置いて、その上でカメラをスライドさせるともっと滑らかに移動出来るんじゃないかな?なんて思ってしまいましたタイヤの付いた台車(オモチャの車など)でも使えば更に滑らかに動かせるかも?余計なお世話でしたらごめんなさい(´-ω-)
ありがとうございます。参考にさせていただきます。刀を撮るのは本当に難しいです。
峰のギザギザだけ見ると、るろうに剣心の志々雄真実の無限刃みたい
山窩や水軍かぁ。なんか浪漫がありますね。刀剣の世界って、武士に限らず部族や職業の中でも違う広がっていて、さらに時代ごとに変遷があって。面白いですね。そしてそうした背景を踏まえてジブリをはじめとする日本アニメで刀剣が克明に描かれているのも、この国を繋いできたご先祖へのリスペクトを感じてしまう。
伊予の人(愛媛県人🍊)ですが、海部刀知らなんだ🤣
刃以外にノコ刃、造り込みはなんだろう?
たしかに気になるところです。
研ぎC先生久しぶりな気がします^^
この刀を研いだ動画はいつ出てくるんだろう
研ぎC先生の眉の角度でいい刀かどうか判別できますね
アシタカの刀は、形状や蝦夷という地理条件を考えても蕨手刀辺りをモデルにしているのでは。
古物商の資格を取られたとの事で(別動画で拝見しました)、妄想企画を提案させてください。錆身を入手して窓開けを施し、C先生の研ぎ料金を上乗せした価格で販売するというのはいかがでしょうか(笑)動画付きで入手できるなら(NG集等も付けて)、中々価値も高いかと😊
僕の学生時代の塾の先生が村上水軍の祖先でしたよ!
第3共栄丸さん達はこれ使っていたのかな?
いろいろ考えるとロマンを感じますね。
すみませんございますイメージですが、陸奥圓明流を思い出しました。既出でしたらすみませんm(_ _)m
マタギや漁師、アイヌが使っていたマキリに近いのでしょうか?
用途としてはマキリと同じだと考えてます。形状も似かよっています。
@@Togi_C ご回答ありがとうございます。こちらの地方(東北)でも元はマタギの山刀なのでしょうが、同様のマキリが海の漁師も使っていたようなので、不思議な類似点があって興味深いです。
私は東北が発祥ではないかと考えておりますので、山刀が海を渡って四国、九州へと行ったのではないでしょうか。
鮫のってアーロンかな?だとしたらだいぶ初期だね(笑)
たしかアーロンだったと思います。
研ぎCの変態な目でカイフ刀の肌を見たいのね研ぎC先生の変態はやれやれですよ😅
鍛え肌はかなり気になるところです。
ワンピース 海賊ということで倭寇の王直関係はどうでしょう!
アシタカの刀のモデルは蕨手刀ですよ。と細かいことを言ってみる(藁蕨手刀が東北地方から出土するからモデルにしたとのことでした。ソースはドキュメント「もののけ姫はこうして産まれた」です。
船は何で造られたのです?昔から、船造りは、山の民の職掌だったと聞いています。詰まりは、山の民イコール海の民だった。海部刀は土佐の海部で打たれたと聞きました。大阪の陣で、海部の辺りの出の侍が、手柄を立てたのに徳川侍が使った武器を見て、鉈で戦ったのかとむちゃくちゃないちゃもんを付けてモノギを起こしたとも。
僕は清和天皇の子孫です!
既にお気づきの方も居られるとは思いますが、伊予ではなく阿波が正しいです。
勘違いしておりました。
間違った知識を流布させてしまい申し訳ございません。
その手の記憶違いは誰でもあります。
研究書や専門書でもある位です。
有名な伊予の河野水軍と取り違えられたのかも知れませんね。
専門の研究者が学会で発表するのではありませんからお気になさらず。
たしか長曾我部氏の侵攻で、海部城は落ち、海部の刀工集団は庇護者を失い、散り散りになったと思います。
隣国の土佐や河野水軍を頼って伊予に落ちのびた者も居たとも考えられます。
その様な意味においては強ち間違いでは無いともいえるのでは?
こじつけ?
はい。この場合、海部城落城の故事付け(こじつけ)ですww
砥ぎCさんの考察って当時の生活から考えるから説得力あるよね
刀一つでその歴史背景が聞けてとても面白かったし凄く勉強になりました。
海部刀は初めて聞きました。勉強になりました。ありがとうございます
研師Cさんがすべて仕上げそうですね
研いで元の姿を見たくなる刀剣ですね。
研ぎの動画楽しみです。
色々勉強になります。
海部刀とか知りませんでした。
お疲れ様でした。ありがとうございました。
なんというか、こう、武骨で実用性だけで装飾がないものでしか得られないものがある
太い身幅の刃に飾り気のない巻きの柄が男心をくすぐる
Yoshitsune's kuruma dachi comes to mind. I think it is written as 車太刀? A very simple sword used by a legend.
満腹感も顔に出ていますね。
序でに一杯やってましたね☺
刀は見たこと無いですが、漁師にはナジミの形ですね。
変わってないだなぁ。
感動しました。
今でもマキリはコレを小さくしたような形です。
四国は徳島にそのまま海部郡という地区があり、そこの資料館かどこかで海部刀が置かれてましたね
是非、勉強に行きたいです。
@@Togi_C 伊予(愛媛県)ではなく阿波(徳島県)に海部刀ってありますが・・・
wikiより
阿波国の海部地域で「海部氏」の生産奨励によって鎌倉時代から幕末まで盛んにつくられた刀で、江戸時代には蜂須賀家のお抱え鍛冶として徳島城下で鍛刀していた[1]。
美術刀としても知られており、「片切刃造り」と「のこぎり刃造り」が特徴である。中世の昔から海部川流域で発生した海部刀工が創作した美術刀剣である[2]。
特徴は一致しますね↑この事なら 阿波海南文化村の海陽町立博物館(徳島県海部郡海陽町四方原字杉谷73番地)で見ることができると思います。
実用刀ですか。刀に限らず、実用品は消耗するので残りにくいと聞きます。どこかの段階でひょんなことから保存された素晴らしい歴史の一品ですね。
貴重な一振りをありがとうございます!
生活必需品といった感じでしょうか
装飾などはほとんど無く
無駄を削ぎ落としていった結果の身幅や長さ
片切り刃だったりするのかなと思いました
使い込まれた姿が妙にそそられますね
技刀さんへ
技刀さんの家には素晴らしい刀ばかりで古い物を国に展示されなくてはいけない刀が残っていたら凄すぎるから何も言えません。
刃物の歴史は面白いですねー。時代考察も入り、今回も大変勉強になりました!!土日は基本仕事なんでイベントに参加できない口惜しさ・・・
定期的に演舞会、見学会を行いますので機会があればお越しください。
@@Togi_C さん
次回の機会に是非ともよろしくお願いします!!
はじめて海部刀拝見しました。
刀匠としては伊豫國。河野水軍お抱え。若い頃、大山祗神社へ行った事を思い出します。話の中で山窩が使っていたと云われていたのでもしかして、もののけ姫のアシタカが腰に差していたものかと考えられます。
確かに!ということで早速サムネとタイトル変えさせて頂きました!
その発想はなかったのでコメント頂きありがとうございます!
愛媛松山の者です
伊予の國は現在の愛媛県です
戦国時代までは村上水軍だけでなく河野水軍等、複数の水軍おり、戦国時代までは河野家が伊予松山を治めてました
長宗我部に脅かされていましたが、秀吉の四国征伐までは健在でしたよ
村上水軍は毛利家とも近しかったのでもしかしたら刀工達は毛利家に保護されたかも?
地元の方にしか伝わっていない情報も多いので、いずれ勉強、調査に行きたいと思ってます。
海部刀も気になるけど、
2人がお昼なに食べたのかが気になるw
海部刀ですか❗
初めて拝見しました✨
いやぁ刀も色々と有るものですね😃
まだまだ変わった刀剣はあります。
徐々に紹介できたらと思います。
@@Togi_C 楽しみにしてます✨
刀鍛Gと同じ流れで、「あ〜もう出来てる」って、砥ぎ上がってるのが出て来そうw
研ぎCなら或いは…(笑)
どうでしょう…楽しみにしててください。
何度もコメントスミマセン、先日地元の出雲大社に奉納刀を見に行ってきました私が行った時は見れなかったですが、
烏丸と言う素晴らしい奉納刀が有るらしく学芸員さんもパンフレットを見て今は蔵に納めて居ますとの事でしたが正宗や他重要文化財に指定されている刀剣が五振り有りました、抜刀斎さんも、もしお時間が空けば出雲大社にさ是非見に行って頂きたいと思います、烏丸が展示されていれば良いのですか😮
「片切り刃」と聞いて、かなり前(40年前?)のNHKの昼の番組を思い出しました。特集が瀬戸内の水軍などその土地固有の文化歴史などの紹介でしたが、そのときの紹介もメインが「・・水軍」を含めた歴史の紹介で、水軍が使用していた長物の「片切り刃」などの紹介番組でした。その土地の古老が所有していた片切り刃の刀の紹介の映像では、所有者の古老の刀を見る目がまるで恋人を見るようなうっとりした目つきに対し、女子アナの目つきが、何でこんな野蛮な物(片切り刃の長物)を紹介するのにつき合わせれるうだろうと言った嫌悪感丸出しの目つきだったのが印象的でした(爆笑)。刀剣女子とかの名称がはやる前だったんで、ヤムを得ないとは思ってましたが、そこまであからさまに嫌悪感を出す必要は無かろうと今でも思っています。
対岸の岡山県では備前刀が作られたのに対し、水軍では帆布やロープ、場合によっては船材木などを削ったり切ったりするのでより実用的で研ぎやすい片切り刃が使われたと納得しています。
鰹、鰤、鯖等を捌いたり、枝打って焚き付け作ったり、モヤイを斬ったり、時には闘ったり。
必需品でしょう…
荒天候時に係留ロープを外すってのは命懸けな時があるんで切断を選択する場合があります。
なので鉈ってのは便利です。
大荒れの時に出刃で太い係留ロープを切ってたのを見たことありますよ(笑)
おお、なるほど!
鉈や斧の方が湿った麻縄は良く斬れますね。
この間、メルカリで買った脇差と同じです^_^
しかも鞘も同じ形状。
柄巻も片切り刃?も鞘も栗型も^_^
ハバキはスマホ並みに重く刀身もナタみたいに重く鍔も片刃用でしたよ。
持った感じは大型の脇差タイプのサバイバルナイフって感じです。海部刀だったんですかね。
釣吉小僧さん専用 脇差 (銘無し)で検索したら出てきます
ここで山窩の話が聞けるとは。
山窩の道具の「ウメアイ」(細身で両刃の小刀)とは違いますね。
知識のある方のコメント、勉強になります。
時代小説で知ってはいますが、見たことはありません。様々な刃物を持っていたと想像できますね。
ばあちゃんが村上で家に薙刀があったという。村上海賊ミュージアムには青龍刀があったりで水運の案内、関所を担ってたのでそういうものもやり取りがあったんでしょうね。村上水軍は普通に陸戦もやってたのでそういう知識もあったんだろうなと思います。親戚に天文学者の方がいたりで村上水軍は天文学にも造形があったんだろうなと。「村上海賊の娘」でも夜中に船を走らせる描写があったり。
うちのばあちゃんの系図は知らないんですけど、鹿児島出身なので長州(村上武吉は毛利に抱えられた)、薩摩でどういう流れだったのか興味深いです。
父方の先祖が愛媛の忽那水軍の海賊だったそうなので、何か親近感が湧きました😂
確かに牛刀10寸ぐらいの大きさに見えるし山で使ってたとか納得できるなー片刃だし
夢がある話ですね~
隆慶一郎の清磨の弟子を主人公にした小説に出て来た山刀のイメージがつきました。
同小説に出て来た甲伏せ、四方詰めについてご解説頂ければ幸いです。
普段使いのこんな刃物欲しいですね。
研ぎC先生凄い!!
私などまだまだ不勉強です。
マキリ
ナガサ
古くは環頭太刀とか
刃物の歴史は面白いですね😊
研ぎC先生にお会いしたいけど、東村山は遠いな~💦
藁切りさんの郡山の方が新幹線ですぐだぁ。
いずれ機会がありましたらいらしてください。
こういう形状の刃物が東北に流れ着いて、ナガサやマスケといったマタギの刃物になったのかな?と思いながら拝見させていただきました。
抜刀斎さんへもし可能でしたら動画で日本刀と色んな刃物の切り味比べの動画つくってもらえませんか?よろしくお願いします。
動画楽しく拝見しています。
包丁🔪の研ぎの講座とかしていだけると職業柄ありがたいです。
次回、包丁研ぎも撮影予定です。
そうですね、私もその通りだと思います。
刀身を撮影する時、机や台を置いて、その上でカメラをスライドさせるともっと滑らかに移動出来るんじゃないかな?なんて思ってしまいました
タイヤの付いた台車(オモチャの車など)でも使えば更に滑らかに動かせるかも?
余計なお世話でしたらごめんなさい(´-ω-)
ありがとうございます。
参考にさせていただきます。
刀を撮るのは本当に難しいです。
峰のギザギザだけ見ると、るろうに剣心の志々雄真実の無限刃みたい
山窩や水軍かぁ。なんか浪漫がありますね。刀剣の世界って、武士に限らず部族や職業の中でも違う広がっていて、さらに時代ごとに変遷があって。面白いですね。そしてそうした背景を踏まえてジブリをはじめとする日本アニメで刀剣が克明に描かれているのも、この国を繋いできたご先祖へのリスペクトを感じてしまう。
伊予の人(愛媛県人🍊)ですが、海部刀知らなんだ🤣
刃以外にノコ刃、造り込みはなんだろう?
たしかに気になるところです。
研ぎC先生久しぶりな気がします^^
この刀を研いだ動画はいつ出てくるんだろう
研ぎC先生の眉の角度でいい刀かどうか判別できますね
アシタカの刀は、形状や蝦夷という地理条件を考えても蕨手刀辺りをモデルにしているのでは。
古物商の資格を取られたとの事で(別動画で拝見しました)、妄想企画を提案させてください。
錆身を入手して窓開けを施し、C先生の研ぎ料金を上乗せした価格で販売するというのはいかがでしょうか(笑)
動画付きで入手できるなら(NG集等も付けて)、中々価値も高いかと😊
僕の学生時代の塾の先生が村上水軍の祖先でしたよ!
第3共栄丸さん達はこれ使っていたのかな?
いろいろ考えるとロマンを感じますね。
すみませんございます
イメージですが、陸奥圓明流を思い出しました。
既出でしたらすみませんm(_ _)m
マタギや漁師、アイヌが使っていたマキリに近いのでしょうか?
用途としてはマキリと同じだと考えてます。形状も似かよっています。
@@Togi_C ご回答ありがとうございます。こちらの地方(東北)でも元はマタギの山刀なのでしょうが、同様のマキリが海の漁師も使っていたようなので、不思議な類似点があって興味深いです。
私は東北が発祥ではないかと考えておりますので、山刀が海を渡って四国、九州へと行ったのではないでしょうか。
鮫のってアーロンかな?
だとしたらだいぶ初期だね(笑)
たしかアーロンだったと思います。
研ぎCの変態な目でカイフ刀の肌を見たいのね
研ぎC先生の変態はやれやれですよ😅
鍛え肌はかなり気になるところです。
ワンピース 海賊ということで倭寇の王直関係はどうでしょう!
アシタカの刀のモデルは蕨手刀ですよ。と細かいことを言ってみる(藁
蕨手刀が東北地方から出土するからモデルにしたとのことでした。
ソースはドキュメント「もののけ姫はこうして産まれた」です。
船は何で造られたのです?
昔から、船造りは、山の民の職掌だったと聞いています。
詰まりは、山の民イコール海の民だった。
海部刀は土佐の海部で打たれたと聞きました。
大阪の陣で、海部の辺りの出の侍が、手柄を立てたのに徳川侍が使った武器を見て、鉈で戦ったのかとむちゃくちゃないちゃもんを付けてモノギを起こしたとも。
僕は清和天皇の子孫です!