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ドイツでリュートを習っていましたが、レッスンに行くと先生がいつもハーブティーを用意してくれていて、気持ちがほぐれました。いまでもそのことを懐かしく思い出します。彼女は演奏家としても素晴らしい人でした。日本では、西洋クラシック音楽をやっている人の多くは、音楽に親しむ前に、「高尚な芸術をやっている」という、ある種のエリート臭がつきまとっている感じがします。対西洋コンプレックスから来ているのかもしれませんが、これが怒りという形となり、日本の音楽教育を苦しくしてるような気がします。
なるほどなるほど。心あたりがある。
まさに目から鱗です。私は音大の助教授に理不尽に椅子を蹴られたり楽譜を飛ばされました。人間的に信用できない先生の元でいい演奏が出来るはずはありません。
ただ一言。ブラボーです。ほんとうに聴き入りました。ありがとうございました。
イイネを100回押したい内容でした。私も子どもの頃(30年程前)の音楽教室、5回に1回はレッスン中にひどく怒鳴られて泣いていました。指定される課題を練習していかない、音楽教室以外で教本をカバンから一度も出さない、そのくせ弾きたい曲を勝手に練習してくる、…そんな子どもでした(それは今も変わりませんけど)。おかげでレッスン計画が立たないので、先生はいつもイライラしてました。今では先生の気持ちもわかりますが、萎縮がクセになっている人や子どもを教える難しさも経験しました。厳しく強く怒る方がコンクール等の結果は出しやすいみたいですが、コンクール以外の音楽までコンクールみたいになっちゃって、そういう人が「自由にやろう!」としても難しいみたいです。私はもともと怒らないで策略で攻めるタイプではありますが、それでもついキレることもあります。そういうときは素直に謝るようにしています。長期的にみれば、指導者はできるだけキレずにやたらと怒らないで穏やかに導ける方が生徒は大きく深く伸びる、そのように私も思います。
そうなんですよね。子供によりますが、厳しくないとコンクール入らないのも事実。ジレンマはありますね。もちろん、車田さんも正論ですが…
やっと見れました。これ、毒親に育てられた子供が大きくなって家庭を持つと毒親になってしまうという話と全く同じだなと思いました。自分は発達障害の当事者でもありますが、発達障害の自助会でもよくこの話題が出て、たまたま昨日もこの話題が出ました。その時にある方が「自分はそういう教育を受けてきたから親になったら同じ教育をする」か「自分はあの時嫌な思いをしたから自分の子供には絶対同じことはしない」のどちらも自分の意志で選択できるという話をされ、とても参考になりました。音楽教育も全く同じじゃないかと思います。今はクラシックではなく三線をやっていますが、自分のような好き勝手弾くタイプでも全然怒られないし(ちゃんと指摘はされます)、のびのびとさせていただいております。
心理学を仕事にしています。レッスンで怒られると、子どもは傷ついてトラウマになります。成長して自分が教える側になってもレッスンはトラウマ場面なので、こんどは攻撃者と同一化して自分を守ろうとします。レッスンで怒ってしまう先生はトラウマに振り回されずに行動できるよう、コントロールのスキルを身に着けると良いと思うのですが、ことはそう単純ではありません。本人が自分の問題に気づいていないとか、親も「厳しく指導してくれる先生」と良い評価を与えるからです。車田さんがおっしゃるように、「怒る」と「厳しい」は全く別のことだという視点がまず必要だと感じました。
アドリア海での話、とても興味深いエピソードでした。ある分野の勉強でアメリカに行ったとき、クラスに参加する時わたしは緊張していたのですが、教室の控室に、信じられないくらい美味しいパンがこれでもかというくらいに置いてあり、緊張が吹っ飛んでリラックスして自分を出してクラスに出ることが出来ました。「自分を素直に出す」ための、おそらく先生のマジックだったのでしょう(そういうマジックには「素直に」かかってしまう)。その先生は、受講生が自分を出しすぎても決して怒らず、その人なりの個性として丁寧にサポートし、最終的にクラスを調和に導くという、今から考えれば絶妙の導き方でした。
本当に同感です。先生だけでなく、先輩もキツイ人が多い。そして、音楽だけでなく、一般的の学校生活も理不尽なことが多く、不登校の子供が増えてます。一人の先生の一言で、子供の人生も変わっちゃうこともあり得るから。車田さんのような価値観、世界観を持ってる先生がもっと増えるといいですね!!この動画を学校の先生も、子供達自分自身も、幅広い層に見てほしいですね!子供達がもっと自信を持つようになると思います。
😊😊
50過ぎてサックス習っていますが、自分の心を開放する、ということはとても響きました。まさに怒って何かをさせるのが当たり前の時代を生きてきましたが、おっしゃるとおり、指導者の自己満足と生徒の依存を生み出すシステムであったように思います。当時音楽はやっていませんでしたが…。先生のような考え方が、日本の教育界で当たり前になっていけば、自分の殻なんて何?と言ったマインドの子供がどんどん出てくるのではないかな、と思いました。
今回のお話は、音楽だけでなく、あらゆる教育に通じるお話だと思いました。心を育てる。人を育てる。心を開く。信頼関係がないところに教育は成り立ちませんよね。いつもありがとうございます😊
小学生の頃、特に深い意味も無くピアノのレッスンに巨人の野球帽をかぶっていったら、「あなた、何なのその帽子は!」と、烈火のごとく怒られました。先生は熱烈な阪神ファンだったのです😂でもレッスン中に怒られた事は無かったです。
素晴らしいお話し。理路整然といつも感心していますが、教える人、これから教える立場になるであろうかたに一度聞いてもらいたい話ですね。でもお話しにもあったように、怒られて育った世代はいまも多いと思います。少しづつでしょうけど、考え方を改める人が増えることを願うばかりです。これは何も音楽だけではなく、あらゆる職種、立場に言えることですね。ありがとうございます。
昔は怖い先生が居られました。萎縮したら良い演奏はできないですよね。素晴らしい解説、ありがとうございます。すべての指導者に観てほしいです。
私はピアノでしたが、定規で叩かれたり、満足いかないと、「来週来なくていい💢」と怒鳴られましたね😑田舎だったので頭下げて謝った記憶が痛々しい思い出です😵💫その時の先生にこの動画見せてあげたかったかったな😅その先生は音楽教育の大学出てませんでした💦処分品のエレクトーンも買わせられました😵就職して実家に帰ったときに、そのピアノ教室は潰れてました😮💨
ある音楽系の部活の先生(全国大会常連校の有名な先生で今は鬼籍に入られてます)がこう仰っていました「わたしは音楽が出来ないということに関しては絶対に怒らない」つまり、口で怒っても生徒の音楽性や技術は上達しないことをよくご存知だったのでしょう。その先生は「基礎を大事にする」ということだけをただ一つ貫いて、全国大会の直前でもいつもと全く同じ基礎練習を1時間やることをずっと徹底されていました。そこが「妥協をしない」ということだったのだと今分かった気がします。「基礎ができれいれば曲はすぐに仕上がる」これは考えてもみれば、どんなジャンルの音楽でも同じことが言えます。「怒る」より効率の良い指導方法があるとすれば、それはただ一つ、どんなに生徒が上達しても「日々の基礎練習は絶対に妥協させない」そうすればどんどん上手くなっていくだけなので「あー上手くなったね、良くなったね」と褒めるだけになるのだろうと思います。短気な先生も世の中にはいくらでもいますが、やはり、成果を上げている先生というのは、実に「効率的」な指導をされている例だなと思ってコメントさせていただきました。
「自分を信じる力を身に着ける」という言葉。本当にその通りだと思いました。音楽のみならず、あらゆる分野で大事だと思います。自分を信じる力を身に着けることを教えようとした場合、そのプロセスに怒る行為はその目的に逆行しているというお話、説得力が非常にありました。有り難うございました。
6月から ピアノ🎹習っております。長年ブランクが有りツェルニー30番入問でした。初日から アナタはメンタルが悪い、と言いながら腕立て伏せから始まり 毎回20分させられました。機嫌も悪い時有るし 私は練習してるのに 弾き方が自分に合わないから嫌ってました。もう無理!精神崩壊しそうでしたので 辞めました。趣味で楽しみたかっのに🥲今は 良い先生に恵まれ楽しくレッスン通ってます。
私はK音大教育科時代、一番苦手なのが声楽。しかし今思うと、受験の時の教授は厳しいと評判でしたが、怒られたことなく、その教授の紹介で入学後に着いた先生も同じくで、とても良い先生で感謝しています。受験勉強時代のレッスンには1時間半かけて行き、歌うのは10分ほど。(で当時7千円)私は大変小柄で痩せ型、生真面目でよくお腹を壊す。で、初めに「お腹の調子」やら何食べたらよいとかの、他の生徒からしたらどうでもよい話をする。それから大体先生と一緒に歌う。疲れさせない、緊張させない、良い声の見本を示す、この3つが私への教育方針だったんですね。4年生では発表会があり、私が「ピアノの発表会と連日になるので声楽の方は出たくない」と言った時も、「どっちつかずにならないように」と即了承。体のハンディが明らかで、舞台では声量の大差が目立ち気の毒、恥をかくと思われたと思います。個室で歌う年2回の試験は必須でしたが。1年生の成績はギリギリ。しかし、毎回少しずつ成績が上がりました。多分私への方針は、歌う事が嫌にならず4年続ければ、少しずつでも上達するから、という事だと。同じ門下の友達に話すと驚きます!レッスン料は同じだし。発表会出ないでいいなんて有りなの?と。卒業後、全く声楽のレッスンがなかった楽理学科の後輩と歌う機会があった時、彼女がまるで声が出なくて、その時も、こんな私でも嫌にならず続けた甲斐があった事を知りました。怒られたり、恥をかいたりしてたら、あり得なかった事です。
音楽教育のみならず、日本の学校教育や社会人教育のすべてに通じるすばらしいお話しですね❗音楽もスポーツも社員研修も自動車教習所も、日本の教師・講師はスパルタ型が多過ぎます・・・🤣私も今までの人生で何人かスパルタ型教師・講師に遭遇してきましたが、彼らは指導力がない低レベルな人間だったと軽蔑しています・・・😅
ずっと怒られ続けた音大時代でした。30年前です。もちろん音楽の道は諦めました。それでも音楽は大好きでアマチュアとして学びと演奏を続けて来ました。車田さんのおっしゃる様になんの表現も出来る様にならなかった様に思いますandいつも本番ボロボロでした。吹く事が怖く無くなるまで30年かかりました。自分でもよく辞めずにいたな〜と思ったりしますが、(笑)今こうして車田さんのお話を興味深く聞けるのは辞めずにいたからだと、自分を褒めてあげる事にします。いつも深いお話ありがとうございます。
ドイツ人の先生にレッスンを受けて最初に言われたのが「あなた褒められたことがないでしょう?」でした。昔の日本は怒る先生ばかりだったように思います。最近中国人のピアノ教師グループと話す機会があったのですが、今中国では猛烈にピアノ熱が盛り上がっていて教師不足らしいのですが、怒ったり怒鳴ったりする先生が多いそうです。東洋人のメンタリティーなのでしょうか。日本では、褒め上手な先生が増えていることを願っています。
素晴らしいお話でした。私は子供の頃からピアノを習っていましたが、「こう弾いたらもっと素敵になるかな」「ここのクレッシェンドは他のところより強く弾きたい」みたいな演奏を、全て「ああ、そんな風に勝手に弾かないで」の一言で否定されていました。大学で作曲を習ったときは、私が作った曲を「なんだろう、これは意味が分からないな」と何回も言われたことがありました。心からの演奏や自分の中にある音楽を否定されると、自分の人格を否定されたかのような気持ちになってすごく傷つきました。大人になって改めてピアノを習ったとき、先生に「あなたはちゃんと心ある演奏ができるのに、何でそんな機械的な演奏をするの?」と先生に言われました。この時私にはその原因が分かっていましたが、それを口にできないほどトラウマになっていました。日常でも親から否定的な言葉を浴びてきていたのも原因かと思いますが、心からの演奏ができるようになったのは35歳を越えてからでした。人生無駄にしたなと感じています。教育は恐ろしいです。自分語りですみませんでした。
楽譜破られました😂その先生は良い先生ではありません。演奏に精神性が出ます。芸術に身を捧げてる先生はオーラに包まれてて温かい気持ちになります。もちろん怒りません。しかし、一言一言に深みがあって、考える機会を与えてくださいました。
楽譜を破るなんて!ひどすぎます。。。😰
怒りをぶつける先生は、教える仕事に向いてないと思います。一人で芸術に浸ってれば良いのにね~。
私物破損で警察に訴えてやりたいですね🤣💐
何をやるにしても自分がやりたくてやる、楽しいからやるというところからのほうが人生豊かになりますね。日本人は他人からの評価を気にする人が多くそしてまた他人を評価する基準にしてしまう、、。自由で柔軟性ある人になりたいです♪
ある年、沖縄出身で琉球舞踊を習っていた母と一緒に、「吹奏楽の旅」を見ていました。テレビを見ながら、母が一言。「思うんだけど、この先生たち、普段の練習でもこんなに怒鳴ってるのかな?🤔これって演出?私の琉球舞踊のお稽古も厳しかったけど、こんなに怒鳴られたことないよ?」母は琉球舞踊でギャラももらってましたし、若手発掘のコンクールでも受賞経験があります。なので、決して遊び半分で習っていたわけではないはずです。車田さんのおっしゃる通り、日本では(海外も?)厳しい指導=怒って生徒に圧をかける指導と勘違いしている方がいると思います。本当の厳しさというのがどういうことなのか、もう少し理解している人が増えれば、教育や指導全般に関わる問題も解決していくと思いますが、怒鳴る指導をする人は自分も怒鳴られてきたという人が多く、車田さんのいう「本当の意味で厳しいレッスン」を受けたことがない人も多いと思うので、そういう概念を説明しても伝わらないかもしれないですね…車田さんの動画、どれもこれも強く共感できるものばかりで、ついこちらもコメントしてしまいました。。。
音楽をを教える、あるいは学ぶ、ということは、音楽を通して自己肯定感をつけるということかと思います。自己を肯定できない人は、決して他人に優しくできない。教える側に、しっかりとした自己肯定が育っていない場合、容易に「怒る」という結果となると思います。日本の風土は、案外この自己肯定感に注意を払っていないところがあります。ここに問題がある教師が多過ぎる。萎縮するほど怒るなんてのは、教師のエゴに過ぎない。なので、まず教師達に真の意味で「人に教えていいんだ」と実感していただく必要があるのですが。。。
中学生の時、吹奏楽部の練習でどうしても正しく演奏できないシンコペーションのリズムがあり、先輩からさんざん怒られて、それでもできなかったので楽器を打ちつけられたことがある。今となってはこんな簡単なことなぜできなかったのだろうと思い返していますが、あの時、タイを外して全部八部音符でリズム取りすればすぐに分かっただろうと思います。合理的な指導が重要だと思い知らされました。
車田先生いつも柔らかい口調で、的確なお話をありがとうございます♪( ´θ`)私の少ない経験ではありますが、趣味の声楽教室の先生方には恵まれて、厳しくも優しいご指導には感謝しています。 今回はオマケで何を召し上がるのかと思いきや、おもちゃの紹介で、ほっこりしました。ますます心が豊かになりました(о´∀`о)
ありがとうございます😊😊
旧知の声楽の先生の門下生が、バタバタと脱落しています。(先生を見限っているのです)言う事がめちゃくちゃで、門下生をパシリに使います。まるで秘書? 男尊女卑。その先生の音楽性や教養は認めますが、「どうしようもない、昭和を引きずった男」と陰で言われています。「精神力を鍛えているつもり」なのかも知れませんが、かえって逆効果ですね。音楽家に大切な、「自分を出す」事ができなくなってしまう事でしょう。
以前、小学4年生の子どもが、カラオケに行くとピッチもリズムもずれて、どう指導したら良いかたずねました。アドバイスの通り、本人が楽しく歌えることを最重要にして歌わせています。カラオケでは、ズレズレで歌うんですが、帰りの車内で同じ曲を歌手の歌と共に歌うと全くずれていませんでした。カラオケだと自分の歌声が聞こえてないのかな?と思いました。僕は医療従事者ですが、患者を怒ることは拘束の一種だと教えられました。身体拘束や薬物による拘束と同じ。まぁ、命に係わるときは怒ることもありますが、僕は怒るの苦手なんで理論的に説明してます。
心を開けない私に、あーあ、こういう生徒が1番厄介なんだよな、開いてくれればいいのにさぁ、みたいな態度をされること自体も、2歳ごろから親に怒られ続けてきて、学校では怒られないように、のみを考えて生きてきた私にとってはとても辛いです。そういう性格だから変えられないものだと見られていると感じます。だから、車田さんの今日のお話は、「心を開くことが大事」と、心が開けないことを性格の問題ではなくて、誰もがもつ技術問題のうちの一つのように捉えてくださっていることに、とても救われました。とはいえ私の先生の価値観を変えるのは無理だと思うので、車田さんの言葉を心の中で忘れずに自分で解決していけるように頑張ろうと思います。ありがとうございます😂
たぶん音楽だけの話しではないかもですスポーツでも教える側が問われる
今回も的確なお話しとても納得して致しました。有り難う御座います。
全くそうです。音楽だけでなく本当はスポーツでも叱ると生徒が萎縮して力が出せません。好きでやっているので楽しまなければ意味がないと思います。生徒のいいところを発見して褒めてやらねばなりません。そこから本当の関係が始まると思います。吹奏楽などで子供を叱っている指揮者がいます。その子は一生緊張して音楽をやるかも知れません。生徒であっても先ずは人間として接して欲しいです。
私はあまり自分の演奏が良いのか悪いのか判断できない生徒だったので、先生に聞いてもらえるときには、わざと大げさに吹いたり、挑戦的な演奏をしたりしていました。しかし、その行為に対して怒る先生はいませんでした。「それはやりすぎ」と注意されることもありましたし、「それいいね」などと肯定ささることもありました。そういいう積み重ねで「良い演奏」を学んだと思っています。もしかしたら、大げさな演奏に対して頭ごなしに叱られていたら、そういう経験はできなかったのかもしれませんね。
私は小学校の頃からクラッシックが好きで、クラスの演奏会もとても楽しみでしたが、コンクールに出る訳でも無いのに先生がとても厳しく声を荒げる方で、仰る通り萎縮してしまいとても苦痛で泣きながら演奏していました。高校も吹奏楽部に入りたかったのですが、その記憶が蘇り入部できませせんでした。車田さんが先生だったらもっと違う学生生活ができたかもしれません!でも今は大人になってオペラ鑑賞を楽しみ、車田さんのTH-camに巡り会えて、結果オーライです!ありがとうございます😊
心の解放💖最高です。
とても深い内容で、的確なお話をありがとうございました。生徒の気持ちを解放することが大事である、ということにとても感銘を受けました。お人形可愛いですね💐
ありがとうございます!
凄く納得のご指摘ですありがとうございます怒られたら音楽が楽しくなくなりますね
お聞きしてて涙がでました。レッスン受けたいです。
僕のレッスンでしょうか?もしそうでしたら一度こちらもご覧ください。kurumada-vocal-academy.com/
筋肉を付ける訓練の話し、発音を直す話し、大変よくわかりました。話が逸れますが、発音とはなにを標準とするのだろうと思いました。ドイツ語も、ベルリンあたり、ヴェルデンベルクのアレマン語や、バイエルンやオーストリアの方言がいつ、「『ドイツオペラ』や『ドイツリート』でのドイツ語」に整理されてきたのだろう(だれによつて)。イタリア語も、トリノとベニス、ローマやフィレンツェ、ナポリなど、さまざまであると思いますが、いつ頃、イタリア歌曲でのイタリア語の発音が整理されたのか(だれによつて)。などと思いました。
車田先生今日のご投稿も素晴らしい内容 ありがとうございます!即効果や競わせたいを求める風潮が強くまだまだ恐くて厳しい従来型の先生を評価するご父兄も多く、特に生徒よりご父兄に聞いて頂きたい内容かな~と(^_^)私の在籍していた母校の音楽科は、恐ーい先生が結構いらっしゃり私の師匠も(見ていらっしゃらないことを祈る 爆)年齢を重ねられ丸くなられ、今はいい関係ですが学生時代はものすごく恐くて、弾けないと、先生の指の跡が残るほど叩かれたり、言葉での叱責も凄く厳しかった。。。同級生は、レッスン直前に精神安定剤を飲んでいたほどです。そのことを最近申し上げたら「あら そうだったかしら」と とぼけられました。。。親と同じですね(^_^;)言われた方は、忘れられないですからねえ。。。ステージでは一人特にピアニストには響く言葉です♬しかもいつも弾いている楽器ではない!この孤独と緊張といつも一人で闘うのに、縮こまったり自分を偽ったりなんてしていられないですもんね(*^O^*)海外でご活躍されていらっしゃる車田先生を心から尊敬致しております(^_^)/現役高校教師ピアニストマユミージュことMayumi
わたしも教える立場なので、すごく勉強になります。ありがとうございます
私の大学の先生は怒る事は無かったが、終始無関心で不機嫌そうでたまにレッスン中寝てました。何時も私はビクビクしていて当時それを厳しい優しさだと履き違えて捉えてましたが今思うと怨みしかありません。こちらは高い授業料払って習って来ているのに、確かに私の力量は先生のレベルからすれば教えるに値しない存在だったかもしれませんが、それならそもそも大学に入学させるべきではなかったと思います。良い金づるに使われて卒業後まるで使い捨てたホッカイロの様な扱いを受けました。ですので今はSNSの力を使って信念有る誹謗中傷によって恨みを晴らす復讐に日々に精進しておりますwですのでこの動画をみて私も厳しいレッスンと言うか愛のない冷たい先生の自己中心的なレッスンは反対だと思いました。
心を開放するって言葉にするより私にとっては感覚的に難しいと感じてしまいます😭本当の自分がどう感じているのか、どうしたいのか、それをどう表すのかずっとずっと考えてしまいます。経験からかどうしてもその場で求められている自分であろうとしてしまって生産性がないなと感じながらもぐるぐると…🌀音楽を始めてからそんな自分にも向き合うようになりました!笑
私の声楽の先生の中にも とにかく意地悪に怒る先生がいました。レッスンに行く前からドキドキしていました。留学さきで先生方がとてもおおらかだった事に驚きました。自分が教える立場に立った時、生徒を萎縮させるような教え方は絶対避けようと思いました。
教えるべきは個人的感情をぶつける否定ではなく、音楽の厳しさでなければいけないですね。19年くらい元プロ先生にチェロレッスン受けてますが一度も怒られたことはなくできない箇所をご指摘していただいてます。但し完璧にできるまで何度でも繰り返しです、2ページのエチュードが3カ月のことも。でもその分上達できるのだと思います。
自分を解放して自己肯定感をもてることにつながるから、音楽を学ぶことって大事なんですね。それには歌がいちばんいいような気がします。
心の底から共感します。自分も音楽を教え、子どもを教えるのですが、絶対に怒りません。周りの先生はたいてい怒っているので、わたしはなにかやる気のない先生のように見えます。昔の日本人の先生は怒鳴りました。斎藤秀雄なども怖かったなど本などで知りました。すばらしい音楽教育だったことは成果を見れば明らかなのですが、それは生徒が先生の意図を理解していたからでしょう。怒鳴る点だけを見ると、これは軍国主義教育の影響もあるのではないでしょうか。学校に関して言えば、国家に従順になる国民を作るための洗脳だと思っています。そういったものと芸術は対象的な行為です。
苦手な音域に苦手な母音が重なると、必死に横隔膜の使い方を思い出して練習しています。これが中々で🥵へこたれずに頑張りたいと思います!
いつも大切なことを伝えてくださって、ありがとうございます😊私はいわゆる愛好家😅の1人ですが、日本人の先生にいつも怒られて😠💢きました。その先生よりも年長ゆえか、彼女の偏狭なプライドも日本人に対する侮辱発言も、気にしないようにしてきましたが、段々とレッスンが苦しくなってきて、辞めてしまいました😭怒り💢は、音楽とは真逆の質のものだと思います。心が折れます。つい最近、来日していたメゾソプラノのカサロヴァ氏が若手に教えるマスタークラスを聴講する機会がありました。彼女は、緊張している受講者が萎縮しないよう、リラックスして自分を出せるよう、すごく配慮なさる様子が印象的でした。愛情溢れる❤️🔥レッスンでした。
私は音楽ではないですが、習い事(仕事に直結する事なので必死なお勉強)をしていますが、元々の性格が自由奔放過ぎて…先生に言われた基本的なことをしっかりやってないので先生をイライラさせてます。これは自分が頑張らないといけないと思いますが、もう一つ悩みがあります。それは先生とのコミュニケーションでたまに語彙?通じ合えない?理解できない?時があります。最近、質問しても何回言ったの?みたいな態度をされてしまったり、説明してくれなかったり…勘違いされてキレ気味に機関銃のように色々言われて、私の伝えてたい事や聞きたい事を理解してもらえない時がたまにあります。フラストレーションが溜まってしまいます。たぶん思考回路が違う為、100%理解し合えない相性なのかなと思うんです、こういうとき、このまま同じ先生に教えてもらうのか、別の先生に変えた方がいいか悩みます。今の先生のメソッドが素晴らしく、カリキュラムは遅かれど一応進んでいます。まだ続けたい思いもありますが…悩んでいます。何か改善点ありましたらご教示頂けますでしょうか。
中学の音楽の先生がしょっちゅう怒ってました。口癖は歌謡曲は流行歌。流行歌とは流れゆく歌。歌謡曲は聞いたら駄目だ。みんな音楽の授業は大嫌いでした。
共感します。日本の教育者の姿勢と欧米との違い、スタンスの違いは有名かもしれませんが、それがわかりやすく言語化されていて腑に落ちました。自分の音楽の先生には感謝しています、日本人ですが怒ることがなかったので。
アマチュアのソプラノ カウンターテナーです。はい、私も「教わる側」の立場から、 「先生が怒ってしまう」 のは実に逆効果だと思います!声楽レッスンを受け始めたとき、私はヘッドヴォイス (ファルセット)を出すことそのものが、大変困難でした。声楽を学びだす以前の私が haute contreで、G5-A5あたりまでは「テナーの声」で歌えてしまったので、secondo passagioより上に行くという経験がなかったためです。当時の私の先生は女性のソプラノさんだったので、「男がsecondo passagioをまたぐ苦しみ」を理解できなかったようですが、それでもその先生は怒ったりはなさらなかったので、私はいまだに声楽を学び続けておれます。その先生が「怒って」しまっていたら、私はおそらく声楽をそれ以上学ばなかったでしょう!ついでながら、動画の最後のお人形さんたち、かわいいですね!
怒ると叱るで、時には必要の話。暴力容認の理屈と一緒の理屈。今では、中学、高校で暴力容認は減ったけと。同じですね。
大学の吹奏楽団でパートリーダーがヒステリックにぎゃんぎゃん喚き散らす人でした。みんな萎縮してしまい、メンバー全員が「腫れ物に触る」という接し方をしていたのを思い出します。私は耐えかねてパートリーダーと激しく衝突して退団し、のぴのぴできる一般団体で活動しました。
できたら全員の総意でそいつを除名してほしかった🤣
@@無脳-m9b やられたらやり返すなんてしませんよ。
とても大切なお話を聞かせて頂きました。私も厳しいのと怒るのと怖さがよく分からなかったです。勿論自分自身も厳しい教育を受けてきた世代ですが、その中に楽しさも見つけてきました。しかし、怖さには萎縮して表現に影響があったって思います^^ 子どもたちと音楽に関わるときには、そのようにならないように厳しさはあっても怒ることはしないように、パーソナリティを大事に関わっていきたいとすごく思えた動画でとても嬉しかったです🌟ありがとうございました!
先生のコーヒーを飲むときの表情が、なかなか、ほっこりしていますね❤
お話の根底に、生徒を上達させることに対する強固な意思と目的意識があり感動します。そもそもこれを持っていない教師も多いと思います。
素晴らしいお話ありがとうございました。子供をもつ母親の私にとっても音楽教育の在り方について考えさせられる機会を頂けて幸運だと思います。逆に音楽を学ぶ子供に対して親の関わり方などのお話もいつか伺えたら嬉しいです✨
いつも動画楽しみにしてます!
ピアノの教師で女性でしたが、金切り声で生徒を怒鳴っていました。防音のレッスン室ですら漏れてくる絶叫を指差して、親に「あの先生が担当するならピアノ教室を辞める」と宣言し、親も珍しく承諾してました。とにかく異常なほどヒスを起こしていました。一番嫌だったのは機嫌が良い時はニコニコからの絶叫と激変することと、その割に優秀な生徒しかレッスンをしようとしなかったことです。
学生の時、私の友達(違う門下)がピアノのレッスンを受けに行った時…その日は展覧会の絵を練習していったらしいのですが、最初のソーファーシ♭ーを弾いた瞬間に「ちが〜う‼︎」と怒鳴られ…やはり凄く萎縮してしまったという話をしていました。
歌は歌えない私ですが、お話しにいろいろ共感いたしました。分かりやすく、的確です。ありがとうございました。ところで、珈琲はやはりジャーマンロースト(やや深煎り)がお好きですか?
約40年くらい前西ベルリンで働いていて街にチェーンの立飲みカフェがあり、並んでいる皆がモカ一つと注文☕。 当時は日本でモカなんて知りませんでした🤣
@@無脳-m9b 貴重なお話しありがとうございます。へぇー、一様にモカを注文されていたんですね😳ちなみに「コーヒーをひとつ」という意味ではないですよね?豆のモカですよね?40年前と言えば、日本でも喫茶店が流行っていましたが、ほとんど大手メーカーのものを使っていましたね。キリマン、ブルマン、ブラジル、ブレンドが知られている感じで、モカやマンデリンもありましたし、キーコーヒーがトラジャをだしていましたが、主流ではなかった印象です。
アジアのダンスを教えています。自分は現地で見よう見真似で何度も繰り返しやって、できるようになりましたが、今日本で私が教えている人達は「できるまで、飽きずに真似る」という方法が好きではないようです。少しでも、生徒さんの自己肯定感を上げられるよう、一箇所だけでもできるようになって欲しく、何度も繰り返してしまうのですが。私はリズム感が余り良くないので、自分ではメロディー等をきいて合わせて踊れるのですが、拍を音楽的にきちんと説明もできず、「(私の歌に合わせて教えている時と、音源の)リズムの取り方が違う」と言われ、つい不快感を表明しているかもしれません。結論は、私が苦手な音楽(ビート)を捉える力をどうにかして上げる事と、生徒さん達が「見よう見真似で学ぶ事」に対する耐性を付ける事、両方が必要なのだと思います。、、ですが、愚痴になってしまいますが、全体的に今の若い方達は、マニュアルなしで学ぶ事が苦手、しのごの言わずにやり続ける事が苦手、なように感じます。
怒りたくなる気持ちはわかりますが、キッとそれしか先生にテクがないからなんでしょうね。あっ、でも自分の子どもには怒ってしまう…(爆)
いつも大変楽しく拝見しています。とても頷くところが多いです。本題とは離れるのですが、最後に紹介されていた人形がとても可愛らしく、一つ欲しいなと思っています。ドイツではなんと呼ばれる人形なのでしょうか?お手隙の時にお教えいただければ幸いです。今後も動画を楽しみにしています。よろしくお願いいたします。
あ!ありました!ワーグナーの回で紹介されてました!ありがとうございます!
ありがとうございます🙇
いつもありがとうございます。某番組などで場面を見ましたが、そもそも、思い通りにならなくて、指揮棒を叩きつけたり、譜面を蹴飛ばすような指導者の演奏はあんまり聞きたくないです。道具を大切にできない指揮者の人間性を疑います。そういった、指導は上手くはなるかもしれませんが、「音楽することは怒られるもの」という認識を植え付けられて、燃え尽き症候群になったり、音楽が嫌いになって音楽を遠ざける原因にもなります。体育会系の根性論的な指導がなぜ、吹奏楽などの音楽指導に浸透したことは何故だろうと疑問に思います。
前の声楽の先生がひどかったなあ・・・私には大丈夫だったけど、他の人への暴言が・・・他人が怒られてるのを聞くだけでも、喉が萎縮しちゃいます今の先生は、ぜーーったいに怒らないし、褒めて伸ばすタイプ。でも、声の聞き分けが鋭くて、気を抜くとすぐに見抜かれる。いい意味で厳しい😂
自分の中で音楽の時間と言えば、アルトリコーダーで激しく頭をブッ叩かれて酷い内出血した事しか思い出せません(笑)ちなみに吹奏楽部の顧問で何度も入賞してたような教員でした。それ以来、音楽の授業は覚えていません。
😥😥
気の毒·····😱
ごる原にゃんさん、その先生は最低です。ご自分の肯定感を失わず生きて行ってください😊
私は大人の生徒で反田恭平さんの基礎指導をされた先生と同じ先生でしたが穏やかな優しい男性の先生で、レッスンは楽しくなければダメだとおっしゃってました。反田さんも本の中で、厳しい詰め込むような先生だったらとっくにダメになっていた、と書かれていました。音楽→音が苦。
のだめはokなんですねー。スッキリしました。
クラシックはある程度、怒られながらやらないと上手くならないと思っていましたが、多分そうではないですね。まあ、子供の頃に習った先生達からは、怒られてもあまり気にしませんでした。笑笑 ピアノの先生、激しい方でした。笑 むしろ、もっと上手くやってやろうって気になりましたね。😆
いいねを10000回押したい
10:55 別に上手くなりたくないのに親に無理やり習い事としてやらされてる状況の子供が多いのも原因ですね、恐怖心を使って無理やりやらせるのが技術を教える上で最適解になってしまいます。そして技術が身について他の子より上手くできれば自信が生まれて、このきっかけをもって音楽が好きになるかもしれないし、他の子より身につかなければ、、、落ちこぼれ、、、、、、その子は一生音楽を演奏することにトラウマを持ちながら生き続けることになります、悪い日本の文化ですね
吹奏楽の旅に出てくるやたらと怒鳴り散らす顧問を見ると、とても不愉快になる。
そいつらはクズだから無視しましょう🤣🎶💐
トラウマですね? なぜかその先生の話しを聞いて涙が出てきました。
ベートーヴェンは酒乱の父親から虐待の様に夜な夜なピアノを練習させられたと伝えられていますが、実情はどうだったのでしょうかね。根性論の国、日本ではそういう話も不自然に感じませんが、考えてみるとそれでは音楽が嫌いになり、向上心も生まれませんよね。
私の以前の声楽の先生はいつも怒ってました。人間性を疑われる人格立ったので2年でやめましたが、音楽であろうと仕事であろうと意味のない怒りは時間の無駄ですね。先生を選ぶときは特に気を付けましょう。
学校であてがわれた楽器講師は30分の半分を怒鳴り散らし、音階も十分に教えません。外で紹介で習い始めると教え方が丁寧でOKの閾値は高くても子どもは喜んで弾き続け順調に上達しました。音大に行かせなくても、オケを続けたり、家庭を持った時に楽しんだり習わせたりできる大人になってほしいと思いますが、その機会をつぶしてるのは楽器講師だと思いました。遭遇した講師を続けていたら親子でその楽器とその講師の音大を大嫌いになってたでしょう。卒業生を講師として派遣する音大側にも見てほしい動画です。音楽教育は人間教育だと思うので、人間性の豊かな方に習わないと意味ない思いました。。怒る講師は留学経験のない方。昔はこうだったんだ!と教えるの辞めて欲しいです。子どもたちが自分の音楽をみつけて、笑顔で発揮できますように。
のためカンタービレで、主人公のトラウマで、怒る先生が出てきたが、日本で音楽の先生は、あのイメージ。服部克久先生が昔テレビで、厳しいレッスンを見たか、あのイメージしかない。
全く同感です
まったく納得です。
私は、一時期、あるギタリストの先生について、クラシック・ギターのレッスンを受けたことがありました。その先生が短気で、レッスンに行く度に怒られていたので、3ヶ月で、やめました。
😢
怒るなんてまだマシだと思います。💦軽蔑されました。君大学でてるの? ちなみに私は音大ではなくて一般大学出身です。今こそ心に余裕がありますがその時は本当に辛かったです💦
「それから3年たってからです」石の上にも3年ですね。
わたしが行ったことがあるのは初心者クラスだけですが生暖かく見守るというかあたりさわりなく接して通い続けさせる感じが多いと思います。そのままだと絶対に上達しないのがわかっているけどなんでもいいから誉めるとか。音楽は音楽と楽器の技術と2つ別の世界があり前者はとてもロジカルな言語的な世界です。前者について音大コースでない一般には絶対に教えません。独学できるのですがそういう世界があることすら隠します。意地が悪いのかバカのまま褒めておけば楽に稼げるバイト確保のためか実際は音楽は単純な世界ではないでしょうか。わたしは目に問題があるので教材は暗譜していってましたが2年通って全く上達しなかった先生のとこをやめた日に「おぼえりゃいいってもんじゃないんだからね」と大声で怒鳴りつけてこちらが楽器をしまう前に靴音高く出ていかれました。まさにそれがやめた原因です。そこに通い続けていたら死ぬまで初心者でした。教室までの往復と出かける準備に毎回3時間、それと月謝。プロ奏者と一緒に30分過ごせるだけでいいという人もいるのでしょうが。雑に通すのはダメです。それでも暗譜で通すまで練習を積み人前で実行するのはボケ防止に最適です。しかし記憶力がどうとか言われるとあの怒声がフラッシュバックして嫌味のように聞こえ鬱です。音の世界は素晴らしいが音ではないところで楽しませようみたいな残念な教室が多いのでは
キツい先生についたことがありましたが、萎縮しますね。演奏が疑心暗鬼になる、自分を信じて感情を表に出すことが怖くなる。コンクールなど結果がはっきり出る場面でも結果悪いと返事もしなかったり。正直イヤになりました。伸び伸びと表現できる場所は大事ですね、音楽はすぐに上手くなれるものではないのでなおさら。
私の母は、怒る先生にカンツォーネを習ってしまっています。私は辞めて欲しいと思っています。車田先生のような先生に習って欲しいです。東京の練馬区近辺でレッスンに行きやすい先生をご存知なら教えてください。
怒ると云えば、外山雄三先生!!あの先生、阿蘇か、桜島………。しかし、人間性はすばらしいですよ!私、10年ほど名古屋フィルで常任指揮者兼音楽監督やられていた時、何度かリハーサル見せていただきました………。「凄まじい!」の一言につきますね。ハンパでなかったですよ(笑)
誤解のないように申し上げます。私は外山雄三先生のやり方を否定してません。あの先生の人間性、愛知県立芸大での授業ヲ受けた諸先輩、また、名古屋近郊の諸大学からブラスバンド上手い諸先輩が外山先生の「大号令」で名古屋球場に集合し、「全球団初」のブラスバンドでの応援が始まったのです。その際、外山先生から受けた指導は「音楽だけでなく、人ととして大事なことを沢山教えてもらった」と云うことを「耳にタコ🐙ができる」ほど聞かされました(笑)
ちなみに………有史以前、桜島の大噴火がありまして………九州全滅!!考古学者の間では「当たり前」の話しですよ。桜島の火山灰が今の博多ですら、50センチほど積もったことが発掘調査でわかっていますよ。
日本は自分で考える力がないのも教育の影響
怒るっていうつもりじゃないのかもしれませんが。感動したなんて嘘っぱちにしか聞こえない。感情表現ができないなら頭打ちね。練習中に突然ピアノをやめてああもう無理!!。そういうことを言われて、それでも歌が好きなので、頑張ろうと思っているのですが、行く前の日になると憂鬱になるようになってしまっています。感性がないんじゃないの?とまで言われたら、だからそんな酷いことを言うのかな?とも思います。感受性がない人間っていますか?
音♪が苦に~!なっちゃってる人、なってしまった人、嫌になった人、嫌いに!させられた人!大勢いるんじゃ?ないの~?!恩が苦!は、もっと嫌だけどね :||
車田さんの云う通り、「ただカミナリ落す」だけでは………、「意味がない」車田さんの云う通り、やられた方は「ビビって、人間としてのスケールが小さくなる」「上の顔色ばかり伺う」ような人間になりませすわな。………そんなん、人生おもろない………。違います?
ピアノ習っていましたが、怖くてやめました。二回とも同じ理由。怒鳴り付けられたり、嫌み言われたり。なんでそんなことするんだろう。生徒が減るだけのようなw
私の知ってる実例………。外山先生が指揮した名古屋フィルと小澤征爾が指揮した新日フィルとでは、どちらの演奏が「いきいき」していたか………。………そんなもん、「昔ながら決まっとる」…、。外山先生が指揮した名古屋フィルに決まっとるわ!!オ・マ・ケ(と、云うが後日談)昔日、名古屋フィルは金山と云うところにある「名古屋市民会館」が本拠地でした。その夜の名古屋フィルの定期演奏会は客演で井上道義先生でした。が、なぜか「外山先生がいる?」喫煙コーナーにお二人、陣取ってみえました。私と後輩達に、気づかれた外山先生「お前たち、また来たのか(来てワルイんですか)勉強しとるのか、勉強!(余計なお世話です!)勉強せんとな、この変な外人みたいになるぞ!(もう手遅れでした)」井上先生「ハラ抱えてバカ笑い!」で、後輩が発見した「名古屋初の広島焼きの店」に「民族大移動」なぜ「民族大移動」か。名古屋フィルの若手団員サンも数人ついで見えたからです。外山先生や井上先生の「人柄」でしょうね。
ドイツでリュートを習っていましたが、レッスンに行くと先生がいつもハーブティーを用意してくれていて、気持ちがほぐれました。いまでもそのことを懐かしく思い出します。彼女は演奏家としても素晴らしい人でした。日本では、西洋クラシック音楽をやっている人の多くは、音楽に親しむ前に、「高尚な芸術をやっている」という、ある種のエリート臭がつきまとっている感じがします。対西洋コンプレックスから来ているのかもしれませんが、これが怒りという形となり、日本の音楽教育を苦しくしてるような気がします。
なるほどなるほど。心あたりがある。
まさに目から鱗です。
私は音大の助教授に理不尽に椅子を蹴られたり楽譜を飛ばされました。
人間的に信用できない先生の元でいい演奏が出来るはずはありません。
ただ一言。ブラボーです。
ほんとうに聴き入りました。
ありがとうございました。
イイネを100回押したい内容でした。
私も子どもの頃(30年程前)の音楽教室、5回に1回はレッスン中にひどく怒鳴られて泣いていました。指定される課題を練習していかない、音楽教室以外で教本をカバンから一度も出さない、そのくせ弾きたい曲を勝手に練習してくる、…そんな子どもでした(それは今も変わりませんけど)。おかげでレッスン計画が立たないので、先生はいつもイライラしてました。
今では先生の気持ちもわかりますが、萎縮がクセになっている人や子どもを教える難しさも経験しました。厳しく強く怒る方がコンクール等の結果は出しやすいみたいですが、コンクール以外の音楽までコンクールみたいになっちゃって、そういう人が「自由にやろう!」としても難しいみたいです。
私はもともと怒らないで策略で攻めるタイプではありますが、それでもついキレることもあります。そういうときは素直に謝るようにしています。
長期的にみれば、指導者はできるだけキレずにやたらと怒らないで穏やかに導ける方が生徒は大きく深く伸びる、そのように私も思います。
そうなんですよね。
子供によりますが、厳しくないとコンクール入らないのも事実。ジレンマはありますね。
もちろん、車田さんも正論ですが…
やっと見れました。これ、毒親に育てられた子供が大きくなって家庭を持つと毒親になってしまうという話と全く同じだなと思いました。
自分は発達障害の当事者でもありますが、発達障害の自助会でもよくこの話題が出て、たまたま昨日もこの話題が出ました。
その時にある方が「自分はそういう教育を受けてきたから親になったら同じ教育をする」か「自分はあの時嫌な思いをしたから自分の子供には絶対同じことはしない」のどちらも自分の意志で選択できるという話をされ、とても参考になりました。
音楽教育も全く同じじゃないかと思います。
今はクラシックではなく三線をやっていますが、自分のような好き勝手弾くタイプでも全然怒られないし(ちゃんと指摘はされます)、のびのびとさせていただいております。
心理学を仕事にしています。レッスンで怒られると、子どもは傷ついてトラウマになります。成長して自分が教える側になってもレッスンはトラウマ場面なので、こんどは攻撃者と同一化して自分を守ろうとします。レッスンで怒ってしまう先生はトラウマに振り回されずに行動できるよう、コントロールのスキルを身に着けると良いと思うのですが、ことはそう単純ではありません。本人が自分の問題に気づいていないとか、親も「厳しく指導してくれる先生」と良い評価を与えるからです。車田さんがおっしゃるように、「怒る」と「厳しい」は全く別のことだという視点がまず必要だと感じました。
アドリア海での話、とても興味深いエピソードでした。
ある分野の勉強でアメリカに行ったとき、クラスに参加する時わたしは緊張していたのですが、教室の控室に、信じられないくらい美味しいパンがこれでもかというくらいに置いてあり、緊張が吹っ飛んでリラックスして自分を出してクラスに出ることが出来ました。「自分を素直に出す」ための、おそらく先生のマジックだったのでしょう(そういうマジックには「素直に」かかってしまう)。
その先生は、受講生が自分を出しすぎても決して怒らず、その人なりの個性として丁寧にサポートし、最終的にクラスを調和に導くという、今から考えれば絶妙の導き方でした。
本当に同感です。先生だけでなく、先輩もキツイ人が多い。そして、音楽だけでなく、一般的の学校生活も理不尽なことが多く、不登校の子供が増えてます。一人の先生の一言で、子供の人生も変わっちゃうこともあり得るから。
車田さんのような価値観、世界観を持ってる先生がもっと増えるといいですね!!
この動画を学校の先生も、子供達自分自身も、幅広い層に見てほしいですね!子供達がもっと自信を持つようになると思います。
😊😊
50過ぎてサックス習っていますが、自分の心を開放する、ということはとても響きました。
まさに怒って何かをさせるのが当たり前の時代を生きてきましたが、おっしゃるとおり、指導者の自己満足と生徒の依存を生み出すシステムであったように思います。当時音楽はやっていませんでしたが…。
先生のような考え方が、日本の教育界で当たり前になっていけば、自分の殻なんて何?と言ったマインドの子供がどんどん出てくるのではないかな、と思いました。
今回のお話は、音楽だけでなく、あらゆる教育に通じるお話だと思いました。心を育てる。人を育てる。心を開く。信頼関係がないところに教育は成り立ちませんよね。いつもありがとうございます😊
😊😊
小学生の頃、特に深い意味も無くピアノのレッスンに巨人の野球帽をかぶっていったら、「あなた、何なのその帽子は!」と、烈火のごとく怒られました。先生は熱烈な阪神ファンだったのです😂でもレッスン中に怒られた事は無かったです。
素晴らしいお話し。理路整然といつも感心していますが、教える人、これから教える立場になるであろうかたに一度聞いてもらいたい話ですね。でもお話しにもあったように、怒られて育った世代はいまも多いと思います。少しづつでしょうけど、考え方を改める人が増えることを願うばかりです。これは何も音楽だけではなく、あらゆる職種、立場に言えることですね。ありがとうございます。
昔は怖い先生が居られました。萎縮したら良い演奏はできないですよね。素晴らしい解説、ありがとうございます。すべての指導者に観てほしいです。
私はピアノでしたが、定規で叩かれたり、満足いかないと、「来週来なくていい💢」と怒鳴られましたね😑田舎だったので頭下げて謝った記憶が痛々しい思い出です😵💫その時の先生にこの動画見せてあげたかったかったな😅その先生は音楽教育の大学出てませんでした💦処分品のエレクトーンも買わせられました😵就職して実家に帰ったときに、そのピアノ教室は潰れてました😮💨
ある音楽系の部活の先生(全国大会常連校の有名な先生で今は鬼籍に入られてます)がこう仰っていました「わたしは音楽が出来ないということに関しては絶対に怒らない」つまり、口で怒っても生徒の音楽性や技術は上達しないことをよくご存知だったのでしょう。その先生は「基礎を大事にする」ということだけをただ一つ貫いて、全国大会の直前でもいつもと全く同じ基礎練習を1時間やることをずっと徹底されていました。そこが「妥協をしない」ということだったのだと今分かった気がします。「基礎ができれいれば曲はすぐに仕上がる」これは考えてもみれば、どんなジャンルの音楽でも同じことが言えます。「怒る」より効率の良い指導方法があるとすれば、それはただ一つ、どんなに生徒が上達しても「日々の基礎練習は絶対に妥協させない」そうすればどんどん上手くなっていくだけなので「あー上手くなったね、良くなったね」と褒めるだけになるのだろうと思います。短気な先生も世の中にはいくらでもいますが、やはり、成果を上げている先生というのは、実に「効率的」な指導をされている例だなと思ってコメントさせていただきました。
「自分を信じる力を身に着ける」という言葉。本当にその通りだと思いました。音楽のみならず、あらゆる分野で大事だと思います。自分を信じる力を身に着けることを教えようとした場合、そのプロセスに怒る行為はその目的に逆行しているというお話、説得力が非常にありました。有り難うございました。
6月から ピアノ🎹習っております。長年ブランクが有りツェルニー30番入問でした。初日から アナタはメンタルが悪い、と言いながら腕立て伏せから始まり 毎回20分させられました。機嫌も悪い時有るし 私は練習してるのに 弾き方が自分に合わないから嫌ってました。もう無理!精神崩壊しそうでしたので 辞めました。趣味で楽しみたかっのに🥲今は 良い先生に恵まれ楽しくレッスン通ってます。
私はK音大教育科時代、一番苦手なのが声楽。しかし今思うと、受験の時の教授は厳しいと評判でしたが、怒られたことなく、その教授の紹介で入学後に着いた先生も同じくで、とても良い先生で感謝しています。
受験勉強時代のレッスンには1時間半かけて行き、歌うのは10分ほど。(で当時7千円)
私は大変小柄で痩せ型、生真面目でよくお腹を壊す。
で、初めに「お腹の調子」やら
何食べたらよいとかの、他の生徒からしたらどうでもよい話をする。
それから大体先生と一緒に歌う。
疲れさせない、緊張させない、良い声の見本を示す、この3つが私への教育方針だったんですね。
4年生では発表会があり、私が「ピアノの発表会と連日になるので声楽の方は出たくない」と言った時も、「どっちつかずにならないように」と即了承。体のハンディが明らかで、舞台では声量の大差が目立ち気の毒、恥をかくと思われたと思います。
個室で歌う年2回の試験は必須でしたが。1年生の成績はギリギリ。しかし、毎回少しずつ成績が上がりました。
多分私への方針は、歌う事が嫌にならず4年続ければ、少しずつでも上達するから、という事だと。
同じ門下の友達に話すと驚きます!
レッスン料は同じだし。
発表会出ないでいいなんて有りなの?と。
卒業後、全く声楽のレッスンがなかった楽理学科の後輩と歌う機会があった時、彼女がまるで声が出なくて、その時も、こんな私でも嫌にならず続けた甲斐があった事を知りました。
怒られたり、恥をかいたりしてたら、あり得なかった事です。
音楽教育のみならず、日本の学校教育や社会人教育のすべてに通じるすばらしいお話しですね❗
音楽もスポーツも社員研修も自動車教習所も、日本の教師・講師はスパルタ型が多過ぎます・・・🤣
私も今までの人生で何人かスパルタ型教師・講師に遭遇してきましたが、彼らは指導力がない低レベルな人間だったと軽蔑しています・・・😅
ずっと怒られ続けた音大時代でした。30年前です。もちろん音楽の道は諦めました。それでも音楽は大好きでアマチュアとして学びと演奏を続けて来ました。車田さんのおっしゃる様になんの表現も出来る様にならなかった様に思いますandいつも本番ボロボロでした。吹く事が怖く無くなるまで30年かかりました。自分でもよく辞めずにいたな〜と思ったりしますが、(笑)今こうして車田さんのお話を興味深く聞けるのは辞めずにいたからだと、自分を褒めてあげる事にします。いつも深いお話ありがとうございます。
😊😊
ドイツ人の先生にレッスンを受けて最初に言われたのが「あなた褒められたことがないでしょう?」でした。昔の日本は怒る先生ばかりだったように思います。最近中国人のピアノ教師グループと話す機会があったのですが、今中国では猛烈にピアノ熱が盛り上がっていて教師不足らしいのですが、怒ったり怒鳴ったりする先生が多いそうです。東洋人のメンタリティーなのでしょうか。日本では、褒め上手な先生が増えていることを願っています。
素晴らしいお話でした。
私は子供の頃からピアノを習っていましたが、「こう弾いたらもっと素敵になるかな」「ここのクレッシェンドは他のところより強く弾きたい」みたいな演奏を、全て「ああ、そんな風に勝手に弾かないで」の一言で否定されていました。
大学で作曲を習ったときは、私が作った曲を「なんだろう、これは意味が分からないな」と何回も言われたことがありました。
心からの演奏や自分の中にある音楽を否定されると、自分の人格を否定されたかのような気持ちになってすごく傷つきました。
大人になって改めてピアノを習ったとき、先生に「あなたはちゃんと心ある演奏ができるのに、何でそんな機械的な演奏をするの?」と先生に言われました。この時私にはその原因が分かっていましたが、それを口にできないほどトラウマになっていました。日常でも親から否定的な言葉を浴びてきていたのも原因かと思いますが、心からの演奏ができるようになったのは35歳を越えてからでした。
人生無駄にしたなと感じています。教育は恐ろしいです。
自分語りですみませんでした。
楽譜破られました😂その先生は良い先生ではありません。演奏に精神性が出ます。
芸術に身を捧げてる先生はオーラに包まれてて温かい気持ちになります。もちろん怒りません。しかし、一言一言に深みがあって、考える機会を与えてくださいました。
楽譜を破るなんて!ひどすぎます。。。😰
怒りをぶつける先生は、教える仕事に向いてないと思います。
一人で芸術に浸ってれば良いのにね~。
私物破損で警察に訴えてやりたいですね🤣💐
何をやるにしても自分がやりたくてやる、楽しいからやるというところからのほうが人生豊かになりますね。日本人は他人からの評価を気にする人が多くそしてまた他人を評価する基準にしてしまう、、。自由で柔軟性ある人になりたいです♪
ある年、沖縄出身で琉球舞踊を習っていた母と一緒に、「吹奏楽の旅」を見ていました。
テレビを見ながら、母が一言。
「思うんだけど、この先生たち、普段の練習でもこんなに怒鳴ってるのかな?🤔これって演出?私の琉球舞踊のお稽古も厳しかったけど、こんなに怒鳴られたことないよ?」
母は琉球舞踊でギャラももらってましたし、若手発掘のコンクールでも受賞経験があります。
なので、決して遊び半分で習っていたわけではないはずです。
車田さんのおっしゃる通り、日本では(海外も?)厳しい指導=怒って生徒に圧をかける指導と勘違いしている方がいると思います。
本当の厳しさというのがどういうことなのか、もう少し理解している人が増えれば、教育や指導全般に関わる問題も解決していくと思いますが、怒鳴る指導をする人は自分も怒鳴られてきたという人が多く、車田さんのいう「本当の意味で厳しいレッスン」を受けたことがない人も多いと思うので、そういう概念を説明しても伝わらないかもしれないですね…
車田さんの動画、どれもこれも強く共感できるものばかりで、ついこちらもコメントしてしまいました。。。
音楽をを教える、あるいは学ぶ、ということは、音楽を通して自己肯定感をつけるということかと思います。自己を肯定できない人は、決して他人に優しくできない。教える側に、しっかりとした自己肯定が育っていない場合、容易に「怒る」という結果となると思います。
日本の風土は、案外この自己肯定感に注意を払っていないところがあります。ここに問題がある教師が多過ぎる。萎縮するほど怒るなんてのは、教師のエゴに過ぎない。なので、まず教師達に真の意味で「人に教えていいんだ」と実感していただく必要があるのですが。。。
中学生の時、吹奏楽部の練習でどうしても正しく演奏できないシンコペーションのリズムがあり、先輩からさんざん怒られて、それでもできなかったので楽器を打ちつけられたことがある。今となってはこんな簡単なことなぜできなかったのだろうと思い返していますが、あの時、タイを外して全部八部音符でリズム取りすればすぐに分かっただろうと思います。合理的な指導が重要だと思い知らされました。
車田先生
いつも柔らかい口調で、的確なお話をありがとうございます♪( ´θ`)
私の少ない経験ではありますが、趣味の声楽教室の先生方には恵まれて、厳しくも優しいご指導には感謝しています。
今回はオマケで何を召し上がるのかと思いきや、おもちゃの紹介で、ほっこりしました。ますます心が豊かになりました(о´∀`о)
ありがとうございます😊😊
旧知の声楽の先生の門下生が、バタバタと脱落しています。(先生を見限っているのです)言う事がめちゃくちゃで、門下生をパシリに使います。まるで秘書? 男尊女卑。その先生の音楽性や教養は認めますが、「どうしようもない、昭和を引きずった男」と陰で言われています。「精神力を鍛えているつもり」なのかも知れませんが、かえって逆効果ですね。音楽家に大切な、「自分を出す」事ができなくなってしまう事でしょう。
以前、小学4年生の子どもが、カラオケに行くとピッチもリズムもずれて、どう指導したら良いかたずねました。
アドバイスの通り、本人が楽しく歌えることを最重要にして歌わせています。
カラオケでは、ズレズレで歌うんですが、帰りの車内で同じ曲を歌手の歌と共に歌うと全くずれていませんでした。
カラオケだと自分の歌声が聞こえてないのかな?と思いました。
僕は医療従事者ですが、患者を怒ることは拘束の一種だと教えられました。身体拘束や薬物による拘束と同じ。
まぁ、命に係わるときは怒ることもありますが、僕は怒るの苦手なんで理論的に説明してます。
心を開けない私に、あーあ、こういう生徒が1番厄介なんだよな、開いてくれればいいのにさぁ、みたいな態度をされること自体も、2歳ごろから親に怒られ続けてきて、学校では怒られないように、のみを考えて生きてきた私にとってはとても辛いです。
そういう性格だから変えられないものだと見られていると感じます。
だから、車田さんの今日のお話は、「心を開くことが大事」と、心が開けないことを性格の問題ではなくて、誰もがもつ技術問題のうちの一つのように捉えてくださっていることに、とても救われました。とはいえ私の先生の価値観を変えるのは無理だと思うので、車田さんの言葉を心の中で忘れずに自分で解決していけるように頑張ろうと思います。ありがとうございます😂
たぶん音楽だけの話しではないかもです
スポーツでも教える側が問われる
今回も的確なお話しとても納得して致しました。
有り難う御座います。
😊😊
全くそうです。音楽だけでなく本当はスポーツでも叱ると生徒が萎縮して力が出せません。
好きでやっているので楽しまなければ意味がないと思います。
生徒のいいところを発見して褒めてやらねばなりません。
そこから本当の関係が始まると思います。
吹奏楽などで子供を叱っている指揮者がいます。
その子は一生緊張して音楽をやるかも知れません。
生徒であっても先ずは人間として接して欲しいです。
私はあまり自分の演奏が良いのか悪いのか判断できない生徒だったので、先生に聞いてもらえるときには、わざと大げさに吹いたり、挑戦的な演奏をしたりしていました。しかし、その行為に対して怒る先生はいませんでした。「それはやりすぎ」と注意されることもありましたし、「それいいね」などと肯定ささることもありました。そういいう積み重ねで「良い演奏」を学んだと思っています。もしかしたら、大げさな演奏に対して頭ごなしに叱られていたら、そういう経験はできなかったのかもしれませんね。
私は小学校の頃からクラッシックが好きで、クラスの演奏会もとても楽しみでしたが、コンクールに出る訳でも無いのに先生がとても厳しく声を荒げる方で、仰る通り萎縮してしまいとても苦痛で泣きながら演奏していました。高校も吹奏楽部に入りたかったのですが、その記憶が蘇り入部できませせんでした。車田さんが先生だったらもっと違う学生生活ができたかもしれません!でも今は大人になってオペラ鑑賞を楽しみ、車田さんのTH-camに巡り会えて、結果オーライです!ありがとうございます😊
心の解放💖最高です。
😊😊
とても深い内容で、的確なお話をありがとうございました。
生徒の気持ちを解放することが大事である、ということにとても感銘を受けました。
お人形可愛いですね💐
😊😊
ありがとうございます!
ありがとうございます😊😊
凄く納得のご指摘です
ありがとうございます
怒られたら音楽が楽しくなくなりますね
お聞きしてて涙がでました。
レッスン受けたいです。
僕のレッスンでしょうか?もしそうでしたら一度こちらもご覧ください。
kurumada-vocal-academy.com/
筋肉を付ける訓練の話し、発音を直す話し、大変よくわかりました。話が逸れますが、発音とはなにを標準とするのだろうと思いました。
ドイツ語も、ベルリンあたり、ヴェルデンベルクのアレマン語や、バイエルンやオーストリアの方言がいつ、「『ドイツオペラ』や『ドイツリート』でのドイツ語」に整理されてきたのだろう(だれによつて)。
イタリア語も、トリノとベニス、ローマやフィレンツェ、ナポリなど、さまざまであると思いますが、いつ頃、イタリア歌曲でのイタリア語の発音が整理されたのか(だれによつて)。
などと思いました。
車田先生
今日のご投稿も素晴らしい内容 ありがとうございます!
即効果や競わせたいを求める風潮が強く
まだまだ恐くて厳しい従来型の先生を評価するご父兄も多く、特に生徒よりご父兄に聞いて頂きたい内容かな~と(^_^)
私の在籍していた母校の音楽科は、恐ーい先生が結構いらっしゃり
私の師匠も(見ていらっしゃらないことを祈る 爆)年齢を重ねられ丸くなられ、今はいい関係ですが
学生時代はものすごく恐くて、弾けないと、先生の指の跡が残るほど叩かれたり、言葉での叱責も凄く厳しかった。。。
同級生は、レッスン直前に精神安定剤を飲んでいたほどです。
そのことを最近申し上げたら「あら そうだったかしら」と とぼけられました。。。親と同じですね(^_^;)
言われた方は、忘れられないですからねえ。。。
ステージでは一人
特にピアニストには響く言葉です♬
しかもいつも弾いている楽器ではない!
この孤独と緊張といつも一人で闘うのに、縮こまったり自分を偽ったりなんてしていられないですもんね(*^O^*)
海外でご活躍されていらっしゃる車田先生を心から尊敬致しております(^_^)/
現役高校教師ピアニストマユミージュことMayumi
わたしも教える立場なので、すごく勉強になります。ありがとうございます
😊😊
私の大学の先生は怒る事は無かったが、終始無関心で不機嫌そうでたまにレッスン中寝てました。
何時も私はビクビクしていて当時それを厳しい優しさだと履き違えて捉えてましたが今思うと怨みしかありません。
こちらは高い授業料払って習って来ているのに、確かに私の力量は先生のレベルからすれば教えるに値しない存在だったかもしれませんが、それならそもそも大学に入学させるべきではなかったと思います。
良い金づるに使われて卒業後まるで使い捨てたホッカイロの様な扱いを受けました。
ですので今はSNSの力を使って信念有る誹謗中傷によって恨みを晴らす復讐に日々に精進しておりますw
ですのでこの動画をみて私も厳しいレッスンと言うか愛のない冷たい先生の自己中心的なレッスンは反対だと思いました。
心を開放するって言葉にするより私にとっては感覚的に難しいと感じてしまいます😭
本当の自分がどう感じているのか、どうしたいのか、それをどう表すのかずっとずっと考えてしまいます。
経験からかどうしてもその場で求められている自分であろうとしてしまって生産性がないなと感じながらもぐるぐると…🌀
音楽を始めてからそんな自分にも向き合うようになりました!笑
私の声楽の先生の中にも とにかく意地悪に怒る先生がいました。レッスンに行く前からドキドキしていました。
留学さきで先生方がとてもおおらかだった事に驚きました。
自分が教える立場に立った時、生徒を萎縮させるような教え方は絶対避けようと思いました。
😊😊
教えるべきは個人的感情をぶつける否定ではなく、音楽の厳しさでなければいけないですね。19年くらい元プロ先生にチェロレッスン受けてますが一度も怒られたことはなくできない箇所をご指摘していただいてます。但し完璧にできるまで何度でも繰り返しです、2ページのエチュードが3カ月のことも。でもその分上達できるのだと思います。
😊😊
自分を解放して自己肯定感をもてることにつながるから、音楽を学ぶことって大事なんですね。
それには歌がいちばんいいような気がします。
心の底から共感します。自分も音楽を教え、子どもを教えるのですが、絶対に怒りません。周りの先生はたいてい怒っているので、わたしはなにかやる気のない先生のように見えます。昔の日本人の先生は怒鳴りました。斎藤秀雄なども怖かったなど本などで知りました。すばらしい音楽教育だったことは成果を見れば明らかなのですが、それは生徒が先生の意図を理解していたからでしょう。怒鳴る点だけを見ると、これは軍国主義教育の影響もあるのではないでしょうか。学校に関して言えば、国家に従順になる国民を作るための洗脳だと思っています。そういったものと芸術は対象的な行為です。
苦手な音域に苦手な母音が重なると、必死に横隔膜の使い方を思い出して練習しています。これが中々で🥵へこたれずに頑張りたいと思います!
いつも大切なことを伝えてくださって、ありがとうございます😊私はいわゆる愛好家😅の1人ですが、日本人の先生にいつも怒られて😠💢きました。その先生よりも年長ゆえか、彼女の偏狭なプライドも日本人に対する侮辱発言も、気にしないようにしてきましたが、段々とレッスンが苦しくなってきて、辞めてしまいました😭
怒り💢は、音楽とは真逆の質のものだと思います。心が折れます。
つい最近、来日していたメゾソプラノのカサロヴァ氏が若手に教えるマスタークラスを聴講する機会がありました。彼女は、緊張している受講者が萎縮しないよう、リラックスして自分を出せるよう、すごく配慮なさる様子が印象的でした。愛情溢れる❤️🔥レッスンでした。
私は音楽ではないですが、習い事(仕事に直結する事なので必死なお勉強)をしていますが、元々の性格が自由奔放過ぎて…先生に言われた基本的なことをしっかりやってないので先生をイライラさせてます。これは自分が頑張らないといけないと思いますが、
もう一つ悩みがあります。
それは先生とのコミュニケーションでたまに語彙?通じ合えない?理解できない?時があります。最近、質問しても何回言ったの?みたいな態度をされてしまったり、説明してくれなかったり…勘違いされてキレ気味に機関銃のように色々言われて、私の伝えてたい事や聞きたい事を理解してもらえない時がたまにあります。フラストレーションが溜まってしまいます。たぶん思考回路が違う為、100%理解し合えない相性なのかなと思うんです、こういうとき、このまま同じ先生に教えてもらうのか、別の先生に変えた方がいいか悩みます。今の先生のメソッドが素晴らしく、カリキュラムは遅かれど一応進んでいます。
まだ続けたい思いもありますが…悩んでいます。
何か改善点ありましたらご教示頂けますでしょうか。
中学の音楽の先生がしょっちゅう怒ってました。口癖は歌謡曲は流行歌。流行歌とは流れゆく歌。歌謡曲は聞いたら駄目だ。
みんな音楽の授業は大嫌いでした。
共感します。日本の教育者の姿勢と欧米との違い、スタンスの違いは有名かもしれませんが、それがわかりやすく言語化されていて腑に落ちました。自分の音楽の先生には感謝しています、日本人ですが怒ることがなかったので。
アマチュアのソプラノ カウンターテナーです。
はい、私も「教わる側」の立場から、 「先生が怒ってしまう」 のは実に逆効果だと思います!
声楽レッスンを受け始めたとき、私はヘッドヴォイス (ファルセット)を出すこと
そのものが、大変困難でした。
声楽を学びだす以前の私が haute contreで、G5-A5あたりまでは「テナーの声」で歌えて
しまったので、secondo passagioより上に行くという経験がなかったためです。
当時の私の先生は女性のソプラノさんだったので、「男がsecondo passagioを
またぐ苦しみ」を理解できなかったようですが、それでもその先生は怒ったりは
なさらなかったので、私はいまだに声楽を学び続けておれます。
その先生が「怒って」しまっていたら、私はおそらく声楽をそれ以上学ばなかったでしょう!
ついでながら、動画の最後のお人形さんたち、かわいいですね!
怒ると叱るで、
時には必要の話。
暴力容認の理屈と一緒の理屈。今では、中学、高校で暴力容認は減ったけと。同じですね。
大学の吹奏楽団でパートリーダーがヒステリックにぎゃんぎゃん喚き散らす人でした。
みんな萎縮してしまい、メンバー全員が「腫れ物に触る」という接し方をしていたのを思い出します。
私は耐えかねてパートリーダーと激しく衝突して退団し、のぴのぴできる一般団体で活動しました。
できたら全員の総意でそいつを除名してほしかった🤣
@@無脳-m9b
やられたらやり返すなんてしませんよ。
とても大切なお話を聞かせて頂きました。私も厳しいのと怒るのと怖さがよく分からなかったです。
勿論自分自身も厳しい教育を受けてきた世代ですが、その中に楽しさも見つけてきました。しかし、怖さには萎縮して表現に影響があったって思います^^
子どもたちと音楽に関わるときには、そのようにならないように厳しさはあっても怒ることはしないように、
パーソナリティを大事に関わっていきたいとすごく思えた動画でとても嬉しかったです🌟ありがとうございました!
先生のコーヒーを飲むときの表情が、なかなか、ほっこりしていますね❤
お話の根底に、生徒を上達させることに対する強固な意思と目的意識があり感動します。そもそもこれを持っていない教師も多いと思います。
素晴らしいお話ありがとうございました。
子供をもつ母親の私にとっても音楽教育の在り方について考えさせられる機会を頂けて幸運だと思います。
逆に音楽を学ぶ子供に対して親の関わり方などのお話もいつか伺えたら嬉しいです✨
いつも動画楽しみにしてます!
😊😊
ピアノの教師で女性でしたが、金切り声で生徒を怒鳴っていました。防音のレッスン室ですら漏れてくる絶叫を指差して、親に「あの先生が担当するならピアノ教室を辞める」と宣言し、親も珍しく承諾してました。とにかく異常なほどヒスを起こしていました。一番嫌だったのは機嫌が良い時はニコニコからの絶叫と激変することと、その割に優秀な生徒しかレッスンをしようとしなかったことです。
学生の時、私の友達(違う門下)がピアノのレッスンを受けに行った時…その日は展覧会の絵を
練習していったらしいのですが、最初のソーファーシ♭ーを弾いた瞬間に「ちが〜う‼︎」と怒鳴られ…
やはり凄く萎縮してしまったという話をしていました。
歌は歌えない私ですが、お話しにいろいろ共感いたしました。分かりやすく、的確です。ありがとうございました。
ところで、珈琲はやはりジャーマンロースト(やや深煎り)がお好きですか?
約40年くらい前西ベルリンで働いていて街にチェーンの立飲みカフェがあり、並んでいる皆がモカ一つと注文☕。 当時は日本でモカなんて知りませんでした🤣
@@無脳-m9b 貴重なお話しありがとうございます。へぇー、一様にモカを注文されていたんですね😳ちなみに「コーヒーをひとつ」という意味ではないですよね?豆のモカですよね?
40年前と言えば、日本でも喫茶店が流行っていましたが、ほとんど大手メーカーのものを使っていましたね。キリマン、ブルマン、ブラジル、ブレンドが知られている感じで、モカやマンデリンもありましたし、キーコーヒーがトラジャをだしていましたが、主流ではなかった印象です。
アジアのダンスを教えています。自分は現地で見よう見真似で何度も繰り返しやって、できるようになりましたが、今日本で私が教えている人達は「できるまで、飽きずに真似る」という方法が好きではないようです。
少しでも、生徒さんの自己肯定感を上げられるよう、一箇所だけでもできるようになって欲しく、何度も繰り返してしまうのですが。
私はリズム感が余り良くないので、自分ではメロディー等をきいて合わせて踊れるのですが、拍を音楽的にきちんと説明もできず、「(私の歌に合わせて教えている時と、音源の)リズムの取り方が違う」と言われ、つい不快感を表明しているかもしれません。
結論は、私が苦手な音楽(ビート)を捉える力をどうにかして上げる事と、生徒さん達が「見よう見真似で学ぶ事」に対する耐性を付ける事、両方が必要なのだと思います。
、、ですが、愚痴になってしまいますが、全体的に今の若い方達は、マニュアルなしで学ぶ事が苦手、しのごの言わずにやり続ける事が苦手、なように感じます。
怒りたくなる気持ちはわかりますが、キッとそれしか先生にテクがないからなんでしょうね。
あっ、でも自分の子どもには怒ってしまう…(爆)
いつも大変楽しく拝見しています。とても頷くところが多いです。本題とは離れるのですが、最後に紹介されていた人形がとても可愛らしく、一つ欲しいなと思っています。ドイツではなんと呼ばれる人形なのでしょうか?お手隙の時にお教えいただければ幸いです。今後も動画を楽しみにしています。よろしくお願いいたします。
あ!ありました!ワーグナーの回で紹介されてました!ありがとうございます!
ありがとうございます🙇
😊😊
いつもありがとうございます。
某番組などで場面を見ましたが、
そもそも、思い通りにならなくて、指揮棒を叩きつけたり、譜面を蹴飛ばすような指導者の演奏はあんまり聞きたくないです。道具を大切にできない指揮者の人間性を疑います。
そういった、指導は上手くはなるかもしれませんが、「音楽することは怒られるもの」という認識を植え付けられて、燃え尽き症候群になったり、音楽が嫌いになって音楽を遠ざける原因にもなります。
体育会系の根性論的な指導がなぜ、吹奏楽などの音楽指導に浸透したことは何故だろうと疑問に思います。
前の声楽の先生がひどかったなあ・・・
私には大丈夫だったけど、他の人への暴言が・・・
他人が怒られてるのを聞くだけでも、喉が萎縮しちゃいます
今の先生は、ぜーーったいに怒らないし、褒めて伸ばすタイプ。
でも、声の聞き分けが鋭くて、気を抜くとすぐに見抜かれる。いい意味で厳しい😂
自分の中で音楽の時間と言えば、アルトリコーダーで激しく頭をブッ叩かれて酷い内出血した事しか思い出せません(笑)
ちなみに吹奏楽部の顧問で何度も入賞してたような教員でした。
それ以来、音楽の授業は覚えていません。
😥😥
気の毒·····😱
ごる原にゃんさん、その先生は最低です。ご自分の肯定感を失わず生きて行ってください😊
私は大人の生徒で反田恭平さんの基礎指導をされた先生と同じ先生でしたが穏やかな優しい男性の先生で、レッスンは楽しくなければダメだとおっしゃってました。反田さんも本の中で、厳しい詰め込むような先生だったらとっくにダメになっていた、と書かれていました。音楽→音が苦。
のだめはokなんですねー。スッキリしました。
クラシックはある程度、怒られながらやらないと上手くならないと思っていましたが、多分そうではないですね。
まあ、子供の頃に習った先生達からは、怒られてもあまり気にしませんでした。笑笑 ピアノの先生、激しい方でした。笑 むしろ、もっと上手くやってやろうって気になりましたね。😆
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10:55 別に上手くなりたくないのに親に無理やり習い事としてやらされてる状況の子供が多いのも原因ですね、恐怖心を使って無理やりやらせるのが技術を教える上で最適解になってしまいます。そして技術が身について他の子より上手くできれば自信が生まれて、このきっかけをもって音楽が好きになるかもしれないし、他の子より身につかなければ、、、落ちこぼれ、、、、、、その子は一生音楽を演奏することにトラウマを持ちながら生き続けることになります、悪い日本の文化ですね
吹奏楽の旅に出てくるやたらと怒鳴り散らす顧問を見ると、とても不愉快になる。
そいつらはクズだから無視しましょう🤣🎶💐
トラウマですね? なぜかその先生の話しを聞いて涙が出てきました。
ベートーヴェンは酒乱の父親から虐待の様に夜な夜なピアノを練習させられたと伝えられていますが、実情はどうだったのでしょうかね。根性論の国、日本ではそういう話も不自然に感じませんが、考えてみるとそれでは音楽が嫌いになり、向上心も生まれませんよね。
私の以前の声楽の先生はいつも怒ってました。人間性を疑われる人格立ったので2年でやめましたが、音楽であろうと仕事であろうと意味のない怒りは時間の無駄ですね。先生を選ぶときは特に気を付けましょう。
学校であてがわれた楽器講師は30分の半分を怒鳴り散らし、音階も十分に教えません。外で紹介で習い始めると教え方が丁寧でOKの閾値は高くても子どもは喜んで弾き続け順調に上達しました。
音大に行かせなくても、オケを続けたり、家庭を持った時に楽しんだり習わせたりできる大人になってほしいと思いますが、その機会をつぶしてるのは楽器講師だと思いました。遭遇した講師を続けていたら親子でその楽器とその講師の音大を大嫌いになってたでしょう。卒業生を講師として派遣する音大側にも見てほしい動画です。音楽教育は人間教育だと思うので、人間性の豊かな方に習わないと意味ない思いました。。
怒る講師は留学経験のない方。昔はこうだったんだ!と教えるの辞めて欲しいです。子どもたちが自分の音楽をみつけて、笑顔で発揮できますように。
のためカンタービレで、主人公のトラウマで、怒る先生が出てきたが、
日本で音楽の先生は、あのイメージ。服部克久先生が昔テレビで、厳しいレッスンを見たか、あのイメージしかない。
全く同感です
まったく納得です。
私は、一時期、あるギタリストの先生について、クラシック・ギターのレッスンを受けたことがありました。その先生が短気で、レッスンに行く度に怒られていたので、3ヶ月で、やめました。
😢
怒るなんてまだマシだと思います。💦
軽蔑されました。君大学でてるの? ちなみに私は音大ではなくて一般大学出身です。
今こそ心に余裕がありますがその時は本当に辛かったです💦
「それから3年たってからです」石の上にも3年ですね。
わたしが行ったことがあるのは初心者クラスだけですが生暖かく見守るというかあたりさわりなく接して通い続けさせる感じが多いと思います。そのままだと絶対に上達しないのがわかっているけどなんでもいいから誉めるとか。音楽は音楽と楽器の技術と2つ別の世界があり前者はとてもロジカルな言語的な世界です。前者について音大コースでない一般には絶対に教えません。独学できるのですがそういう世界があることすら隠します。意地が悪いのかバカのまま褒めておけば楽に稼げるバイト確保のためか実際は音楽は単純な世界ではないでしょうか。わたしは目に問題があるので教材は暗譜していってましたが2年通って全く上達しなかった先生のとこをやめた日に「おぼえりゃいいってもんじゃないんだからね」と大声で怒鳴りつけてこちらが楽器をしまう前に靴音高く出ていかれました。まさにそれがやめた原因です。そこに通い続けていたら死ぬまで初心者でした。教室までの往復と出かける準備に毎回3時間、それと月謝。プロ奏者と一緒に30分過ごせるだけでいいという人もいるのでしょうが。雑に通すのはダメです。それでも暗譜で通すまで練習を積み人前で実行するのはボケ防止に最適です。しかし記憶力がどうとか言われるとあの怒声がフラッシュバックして嫌味のように聞こえ鬱です。音の世界は素晴らしいが音ではないところで楽しませようみたいな残念な教室が多いのでは
キツい先生についたことがありましたが、萎縮しますね。演奏が疑心暗鬼になる、自分を信じて感情を表に出すことが怖くなる。コンクールなど結果がはっきり出る場面でも結果悪いと返事もしなかったり。正直イヤになりました。
伸び伸びと表現できる場所は大事ですね、音楽はすぐに上手くなれるものではないのでなおさら。
私の母は、怒る先生にカンツォーネを習ってしまっています。私は辞めて欲しいと思っています。
車田先生のような先生に習って欲しいです。東京の練馬区近辺でレッスンに行きやすい先生をご存知なら教えてください。
怒ると云えば、外山雄三先生!!あの先生、阿蘇か、桜島………。しかし、人間性はすばらしいですよ!私、10年ほど名古屋フィルで常任指揮者兼音楽監督やられていた時、何度かリハーサル見せていただきました………。「凄まじい!」の一言につきますね。ハンパでなかったですよ(笑)
誤解のないように申し上げます。私は外山雄三先生のやり方を否定してません。あの先生の人間性、愛知県立芸大での授業ヲ受けた諸先輩、また、名古屋近郊の諸大学からブラスバンド上手い諸先輩が外山先生の「大号令」で名古屋球場に集合し、「全球団初」のブラスバンドでの応援が始まったのです。その際、外山先生から受けた指導は「音楽だけでなく、人ととして大事なことを沢山教えてもらった」と云うことを
「耳にタコ🐙ができる」ほど聞かされました(笑)
ちなみに………有史以前、桜島の大噴火がありまして………九州全滅!!考古学者の間では「当たり前」の話しですよ。桜島の火山灰が今の博多ですら、50センチほど積もったことが発掘調査でわかっていますよ。
日本は自分で考える力がないのも教育の影響
怒るっていうつもりじゃないのかもしれませんが。感動したなんて嘘っぱちにしか聞こえない。感情表現ができないなら頭打ちね。練習中に突然ピアノをやめてああもう無理!!。そういうことを言われて、それでも歌が好きなので、頑張ろうと思っているのですが、行く前の日になると憂鬱になるようになってしまっています。感性がないんじゃないの?とまで言われたら、だからそんな酷いことを言うのかな?とも思います。感受性がない人間っていますか?
音♪が苦に~!なっちゃってる人、なってしまった人、嫌になった人、嫌いに!させられた人!大勢いるんじゃ?ないの~?!恩が苦!は、もっと嫌だけどね :||
😢
車田さんの云う通り、「ただカミナリ落す」だけでは………、「意味がない」
車田さんの云う通り、やられた方は
「ビビって、人間としてのスケールが小さくなる」「上の顔色ばかり伺う」ような人間になりませすわな。
………そんなん、人生おもろない………。
違います?
ピアノ習っていましたが、怖くてやめました。二回とも同じ理由。
怒鳴り付けられたり、嫌み言われたり。
なんでそんなことするんだろう。
生徒が減るだけのようなw
私の知ってる実例………。
外山先生が指揮した名古屋フィルと小澤征爾が指揮した新日フィルとでは、どちらの演奏が「いきいき」していたか………。
………そんなもん、「昔ながら決まっとる」…、。
外山先生が指揮した名古屋フィルに決まっとるわ!!
オ・マ・ケ(と、云うが後日談)
昔日、名古屋フィルは金山と云うところにある「名古屋市民会館」が本拠地でした。その夜の名古屋フィルの定期演奏会は客演で井上道義先生でした。が、なぜか「外山先生がいる?」喫煙コーナーにお二人、陣取ってみえました。私と後輩達に、気づかれた外山先生「お前たち、また来たのか(来てワルイんですか)勉強しとるのか、勉強!
(余計なお世話です!)勉強せんとな、この変な外人みたいになるぞ!(もう手遅れでした)」井上先生「ハラ抱えてバカ笑い!」
で、後輩が発見した「名古屋初の広島焼きの店」に「民族大移動」なぜ「民族大移動」か。名古屋フィルの若手団員サンも数人ついで見えたからです。外山先生や井上先生の「人柄」でしょうね。