ขนาดวิดีโอ: 1280 X 720853 X 480640 X 360
แสดงแผงควบคุมโปรแกรมเล่น
เล่นอัตโนมัติ
เล่นใหม่
こんな長大編成にデッキにも人が溢れてるのが信じられない😲
飛行機は贅沢な乗り物の時代だからねえ。
当時は山陰方面の高速道路は未整備でしたからね
当時のエル特急、乗せる乗せる、車販のワゴンが出せない。
381系の特急では『やくも』が一番 気持ち悪くなるお客さんが多かったそう。1:28 「こんなもんじゃないですか。」と インタビュー🎤されてるお客さんの右 通路側に座ってる女性が 本当に辛そう🤮
酔いそうな電車の中でアンケート書かせる神経がさすが国鉄職員だわ
ゲーをカブる覚悟は素晴らしいですね。
確かに国鉄職員ではあるが、「労組」と名乗ってますよねぇ。あの国鉄があんなアンケート取るわけねーわな。
「国鉄労働組合」国労だな。分割民営化に反対していた。敵対労働組合に車内アンケートを許すなんて、まあ職場が荒廃していた証。
当時の国鉄の労働環境やばかったからなそら組合が大きくなるわけで
酔う人に文字書かせたら、余計酔わんのかなぁと。
確かに
気のせいか、プリント渡されてる人睨んでるように見える笑
ほんまそれなw
文字見るだけで酔う😂
導入3か月でこう言われてる車両をずーっと今まで使い続けてたJR西日本ってすごいと思う。
同じ381系でくろしおも割と長い間使われていたな。
度重なる内装改装の結果座っている限りは問題無いノイジーマイノリティが大声出した結果悪評として喧伝された
JR化後、特に後藤車は動作構造からかなり手を入れてるよ今のやくもはかなりマシ一昔前は直線でも船に揺られているようなフワフワした動きだった
車両の機構とか軌道とか地道に改良を重ねて来たからと思いますよ。今の381やくもでは振り子の違和感とか全く感じない。
のののノイジーマイノリティ!?wサービスを提供する側がそんな姿勢じゃもう終わりだよこの国
和歌山の学生が乗ってましたが。あちらにはゲロしお381系がここまで来て地獄みるとは。
私も和歌山から来たと思われる女学生が酔ったと言っていて、381系くろしおと全く同じ車両なのに、免疫が付いていなかったのかな?と思いました。くろしおは海岸沿いが中心でやくもは山岳地帯中心なので揺れ方に違いがあるかも?私は帰省する際にくろしお号を良く利用しますが最初の頃は少し酔いましたが、今ではあのクセのある乗り味が懐かしいですね❗
@@柴田宏-h5n 和歌山市内の高校?では。阪和線では振り子を止めていたし、南海は関係ないし。
はじめて381系やくもに乗ったのは、2000系南風などの新しい制御付き振子装置を持った車両に乗った後だった。確かに突然ガクンと車体が傾斜したりフラフラと車体が揺れたりしていたけど、そこまで乗り心地は悪くなかった。
伯備線ではなくあくび線です。何度も乗ったが、生きた心地しなかった。
「吐く備線」と化してしまいましたね。
米子へ出張の際に何度か乗車しました。「ゆったり やくも」ではなく、「ぐったり はくも」と言われていますね。鉄道は大好きですが、乗り心地がいいとは思わなかったですね。今となっては、いい思い出ですが。
この特急1982年に新しくつくったそうですが、赤字なのに他線区からいらなくなった車両を持ってくるって事しない辺り、国鉄の迷走ぶりが凄いです。新車を導入しても乗り心地悪いんじゃ意味がないのでは?と当時も思いました。普通列車の電車も新しく作ったそうですから、国鉄の赤字額にそれも含まれてます。首都圏の古い車両を回すという事を国鉄はよくしてたそうですが、伯備線にはそれをしなかったみたいですね。沿線住民が開業の為にお金を落としたからとか。
通る道はハクビ線。
上越線で酷使された183系が流れてくる筈が地元と政治家が動いて特急と普通列車用に新車を導入し、土地も提供され出雲電車区(現後藤総合車両所出雲支所)が建設された。出雲電車区が建設された事でサンライズ出雲が設定される素地になった。
381系も伯備線から引退。悲しいです。
はくもとげろしおとはよく言ったものだ。最も、速達化への貢献はそれ以上に当時は革命的出来事だったんでしょうね。
9両編成で立客も居て満席、揺れは激しいが鉄路は輝いている。
数年前に実際に乗車しましたが全く酔いませんでした。ずっと座ってたってのもあるのかもしれませんが。車両は走行中にカタカタ音がして小刻みに揺れているって感じはありました。
ハタチのころ、長崎本線の電車特急でもヤバくなったことがあります。お天気と景色が良すぎて外を見すぎたのかも。
横揺れより小刻みな振動が続く事が車酔いを誘発しているとする研究結果が公表されていた程度ですので…
乗り物酔いは全くしない体質なのですが、岡山発直後は確かに独特の揺れ方だなとは感じました。私はすぐ慣れましたが酔いやすい人には酔いやすい車なんだろうなとは思います。
20数年前に乗ったけど、酔わなかったなあ。ずっと座ってたからかな。3年間「小牧線」で通学してたから、揺れに強くなってたのかな。
先人達の努力で生まれた車輌です、381系が有ったから今のN700Sへと進化したのです。
確かエチケット袋が備えてある電車ですよね?
はい、洗面所にあります😅
振り子特急しなの運用時は、名古屋〜松本間、特に木曽辺りではゲロゲロだった。
別ページに有った文章で、下呂で この車両の使用計画が有った という ダジャレみたいな話は 本当なのか?
@@ふりだしにもどる-f9t 高山線電化計画があったので電化されたら381が入ったろうな。
@@ふりだしにもどる-f9t高山本線を電化して特急ひだを381系にしようという話が昔あったみたいです
2:20布原信号場ですかね?
さぁ新型車両でどれほど改善されるかな
今の381系のやくもは座席の改良とかでまだマシですね。昔のやくもはあのボヨボヨの椅子にあの乗り心地の組み合わせで気分を崩しやすかったんでしょうね。
やくももかなり酔ったが、くろしおも結構酔った😢
10両くらい当時はあったのですか?しかもすげー混んでる。人口が多かったのと、ライバルのバスがいなかったからかな?今は5両くらいでしたっけ?
これの流れで最新型の273系にもゲロ袋、もといエチケット袋が設置されるんかな
この前岡山に旅行したときに乗ったが、酷かった。酔いはしなかったが、走行中の車内を歩くのは困難で、テーブルから物が落ちることもざらにある。とはいえ最後の国鉄特急、味があってよかった。
長っ!!!9両編成やん
運転士が高運転台で一番揺すられるから、随分大変だったとか💧今の時代に設計される振り子車輌は運転席の部分が低くなるようにしているとか。
和歌山の高校生😮地元に帰っても待ち構えてるゲロ電車。
私もこれまで「しなの」「くろしお」「やくも」全てで381系に何回も乗りましたけど酔った事なんて一回も無いですけどね~。
あずさものったけど酔わなかった。ひょっとしてそれは違ったりして。
そこは個人差あるからね。バスでも船でも電車でも平気な人はケロッとしてるし逆に薬飲んでもダメな人もいる
そうそう、まだ係留されたままで動いてもないのに、船に乗っただけで酔う人っているよね。
正直、四国2000系やキハ187、ソニックみたいな制御付き振り子の車両と大差ないというか、言う程乗り心地悪いか?って感じなんですよね🤔ワイが鈍感なだけかなw ただ間違いなく言えるのは、振り子動作中の車内移動はマジで危険です😂w車内販売員の女性の方が仰っていたように転倒しそうになったことは何度かあります😅
前私が中央線で山梨と東京を2泊3日でいって383系しなのに乗ってきましたがでも酔い止め無しで行きましたがあくびが出て酔ってあずさに乗り継いでもしなので酔いが残り気持ち悪く酔ってしまいました。
「特別な乗り心地」ということで近年は逆に希少価値がありました。
私は381系電車に5回位乗りましたが酔った経験はなかったですが、去年やくもに乗ったときはけっこうスピードを出して揺れたので脱線するのではという恐怖心がありました。😅
この電車の前は181系気動車ですか?土讃線の南風とかの?
181系で最長11両編成でした。岡山ー益田の長距離路線ありました、食堂車組み込みもあり。まだ新見駅に転車台があったころじゃないかな?岡山乗り換えの「乗り換え割引」を使うか、片道の営業キロが601キロメートル以上になるところまで往復切符買って割り引くかどっちか計算してた覚えがあります。
わざわざ教えてくださって本当にありがとうございました。食堂車までとか信じられないです!わたしやくも号は381系に一度だけ死ぬほど酔いました…。ちなみに屋根の上にラジエター載せてるこの181系及び急行型の65系は500馬力でしたがよくオーバーヒートしたそうですね?結果的には失敗作ですか?
@@naruann15488 奥羽本線と中央西線での運用は急勾配が続くため冷却不足に陥り、電化も進んだだめ撤退したとのことです。運用は中国地方に集まり、その中でもやくもは気動車唯一のエル特急wで真っ黒な屋根上冷却器をのせて運用されていました。新見駅でホームに降りると運転台後ろの冷却器から熱風が凄かった覚えがあります。乗降扉が折り戸でした。JR西日本カラーになってもはまかぜなどを支えたいい形式だと思います。
この前乗ったとき全く気持ち悪くならなかったんだけどむしろこのくらいの揺れがちょうどいいとまで感じた()
先程381系引退したばかり,273系へバトンタッチ
381が好きなんで嫌いなんて思わんかったなぁ
自分も381大好きです。あとちょっとで引退なので月2回ほど乗り鉄してます。
全くです。何なら一番色っぽくて美しい電車だと思ってます。
昭和のサバっと感が良い
アンケート取って、何変えたんだ?
全く酔わなかったので楽しかったです。
1:19 箕島高校?
はくもか!?
紀勢本線のゲロしお
やくもって振り子輸送だから酔いやすいんじゃなかったっけ?
やはり国鉄時代のプロトタイプ故こういう振り子式の欠点が露呈したのが381系この381系の欠点を糧に今の振り子式、空気ばね傾斜式車両があると思うと技術の進化を感じる
183系・485系・583系・781系よりも揺れが酷すぎる
なぜか振り子車両に乗ると眠くなります381系やくも、くろしお、283系くろしお、HOT7000系スーパーはくと…いずれも眠くなりましたこれも乗り物酔いの症状なのでしょうか…(吐き気などがしたことはない)
ぐったりやくもって言われる理由がわかるな
ゲロりん特急やくも・ゲロくに特急くろしお‼️てかやくも長いなぁ〜
さすが「ゲロ電」!
定山渓鉄道もこんな感じのあだ名つけられてたな。
車内販売の人を見ていたらすげー揺れてるとわかるな。
381系がしなのでデビューしたのが1973年だから半世紀も使用されたということだよね。これほど評判が悪いのにずっと使われたというのはある意味奇跡。やくもが381系になったこの年、200系東北上越新幹線が営業運転を開始し、窓際にタバコを立てても倒れず快適な乗り心地、と言われたのとは対照的だわ。
このやくもの381系は1982年に新規製造したグループですよ。確かランボードが当時201系や185系に移行していて、同じ381系でも屋根周りの形が違うんだとか?115系の方も1982年に同時に作ったそうで、鋼鉄型では最末期グループになりますね。
@@asokai2346 そうですね。ただ、「ぐったり吐くも(ゆったりやくも)」「ゲロしお(くろしお)」「死ぬの(しなの)」と言われるように、381系で酔いやすかったのは間違いなかったようですね。じつは私は四国住みでして、1972年3月改正で新製登場した最終形のキハ181系特急「しおかぜ」に幼少期に乗っていました(のちに他所から転用された車両もあるそうですが)。ちょうど「しなの」が1973年に、「やくも」が1982年にそれぞれキハ181系から381系に変わりましたが、四国は電化がずいぶん遅れ、ようやく1993年3月にキハ181系が引退し、岡山-松山、高松-松山間が8000系電車にとってかわったのです。
@@MurphyColeman 伯備線・山陰本線倉敷-知井宮電化の時は地元自治体が幾分か投資をしておりましてね。国鉄はそれに応えるために特急だけでなく普通も新型車を入れようという事で昭和57年に381系と115系を冷房付きで新製配置。何と耐寒耐雪構造にしてまで投入するという大盤振る舞いをしてもらったという経緯がありまして。当時冷房付きの地方の電車というものはそんなになくて、夏場の車内サービスは非電化時代に比べて大幅にアップしているものと思われます。
嫁さんと乗ったら嫁が気持ち悪くなって特急やくもは揺れるのでもうこりごりっていわれた。
やくも長くない
ぐったりはくも
うっかり吐くよ。全席指定じゃないんだなあ。
みんな381系爺さん嫌いだったのか。
爺さんって年齢ではない気がするけどね。そんなこと言ったら地方私鉄なんかこれより20年以上古い車両がゴロゴロしてるぞ。地方私鉄なんかだとこの車齢だと新車よ新車。
スーパーはくとのほうが酔った
明大前の和泉歩道橋のゲロは、上に首都高速4号が被さってて雨に流されないので、いつまでたってもそのピザらしさを保っております。明治大学の学生さんがゲロピザ犯人なんですが、自分で片づけてるのを見たことない。
書きにくそう😅バインダーくらい一緒に付けてあげなよ…まじで国鉄貧乏なんだな…
ぐったりはくも😂
普段乗り物酔いしない俺を唯一吐く寸前まで追いやった電車
キハ181のがマシだった
183系1000番台を新製配置したらキハ181なんかよりもマシに見えるけどね。1980年代の国鉄型はある意味頑丈で乗り心地もよい車両しかいなかったように思える。201系通勤型電車がこの最たる例だけど、いっちゃああれだがキハ181なんかよりも全然よかったけど?むしろ1970年代前半までの国鉄型車両なんかデキの悪い車両しかいなかったんだから、そういう意味ではキハ181なんて大した車両じゃないな。485系1000番台とか781系とかの方がよっぽど上だわ。
サンエン台湾のズズ嬢は酔いました。女性トラックドライバーのチャンネルポンタ君も酔いました。アンドロイドお姉さんさおりさんとかスーツ君は喜んではしゃいでました。ユーチューバの職能の違いが理解できました。
酔い止めを配れば
はくも、げろしお、はくの
国鉄が凄いのが、たかだか電化開業の為に新車を新規製造した事ですよ。赤字とか言うくせに、1両1億ぐらいする特急車やら普通列車用の電車を新造して、ローカル幹線にぶち込むというね。首都圏のお古とか、それこそ特急なら余ってた車両をそのまま持って来ればいいものをわざわざ新しく作って導入するという。国鉄の車両って税金で作ってたんだっけ?独立採算性だから違うとは思うが、赤字なら車両ぐらい削減してもいい気がするんだけどね。そういう所でお金を使うから借金が膨れ上がるんだよ。新快速用に117系を導入するのは筋が通ってる。だけど地方電化幹線に新車をわざわざ入れて、儲けが見込めるかと言えばそうではない。ただお金を垂れ流しただけに過ぎない。長野にも近郊型電車を地域の人間の顔色を窺って新車を出したそうだが、本当なら首都圏のお古を回せば事足りるのにね。
新車導入と電化で所要時間短縮というのは当時として珍しいことではなく、特急も今より多く全国に新車をばらまくような形の新車導入をしてたわけだから「首都圏のお古」というのもそもそもあって無いようなものだろう。特に振り子式電車導入線区は架線設備も地上設備もそれ用のセッティングにしないといけないこともあったから計画として同時に進める方が理に適ってた。末期はJR化後のことを見越して採算の厳しそうな路線に新車を多く残してたりもした。三島会社と言われる北海道九州四国はまさにそう。国鉄の赤字の根本は公団の路線乱開発と多すぎる職員だったと思うよ。
国鉄かぁ、何もかも皆懐かしい、、、
その考えは正に国鉄本社の言い分にはなりますね…実際都市だろうが田舎だろうが料金は払ってるんで、それでいて永遠にお古とは…となるとそりゃ足も遠のきますよ 国鉄末期の各鉄道管理局並びにJR各社の「地域に寄り添った鉄道へ」というのはそういうお役所経営への反省なんだと思います
@@泉-x4j長野鉄道管理局と新潟鉄道管理局 、岡山鉄道管理局と広島鉄道管理局に115系1000/2000番台を1977と1978年度付けで新車で導入しましたが、あれは当時地方軽視していた国鉄が珍しく重い腰を上げて導入した新型車だったそうですからね。本社は普通列車なんぞ高崎・東北線で使い終えた非冷房車を流せばいいじゃないかの思いが強かったそうですが、これら鉄道管理局はそれに反発し、その地域に適した新型車を導入するようにと本社に依頼して出来た車両なんだとか。本来、115系は1977年辺りで製造終了する予定だったそうですが、これがあり1983年まで製造を続行したそうですからね。(本来は新規設計で出すつもりが、会計院と国労に足止めを食らって115系を継続で製造するという事で落ち着いたんだとか。)
国鉄の電化工事では折角地元負担で電化したのに首都圏や各地で酷使された粗悪品を寄越して大顰蹙を買った事が多々ありましてね。知井宮電化はまだ恵まれている。特急は勿論、普通列車用にも新車が用意され、本社の理屈では「田舎に冷房は不要」とするところを冷房付でしたから。いよいよ首が回らなくなり4年後の城崎電化では各地から状態が悪い車両をかき集めた結果、また顰蹙を買う。
ようやく新車、しかしもう2023年、国労ご苦労😅意味の無い労働運動になったな。
拙者も、中2の夏休みに、和歌山-新宮間、くろしお号に乗ったでござる、白浜-串本辺り、酔ったでござる、それ以来、くろしお号に、乗るの嫌になったでござる😰
俺もやくもで酔ったわ
こんな長大編成にデッキにも人が溢れてるのが信じられない😲
飛行機は贅沢な乗り物の時代だからねえ。
当時は山陰方面の高速道路は未整備でしたからね
当時のエル特急、乗せる乗せる、車販のワゴンが出せない。
381系の特急では『やくも』が一番 気持ち悪くなるお客さんが多かったそう。
1:28 「こんなもんじゃないですか。」と インタビュー🎤されてるお客さんの右 通路側に座ってる女性が 本当に辛そう🤮
酔いそうな電車の中でアンケート書かせる神経がさすが国鉄職員だわ
ゲーをカブる覚悟は素晴らしいですね。
確かに国鉄職員ではあるが、「労組」と名乗ってますよねぇ。
あの国鉄があんなアンケート取るわけねーわな。
「国鉄労働組合」国労だな。分割民営化に反対していた。
敵対労働組合に車内アンケートを許すなんて、まあ職場が荒廃していた証。
当時の国鉄の労働環境やばかったからな
そら組合が大きくなるわけで
酔う人に文字書かせたら、余計酔わんのかなぁと。
確かに
気のせいか、プリント渡されてる人睨んでるように見える笑
ほんまそれなw
文字見るだけで酔う😂
導入3か月でこう言われてる車両をずーっと今まで使い続けてたJR西日本ってすごいと思う。
同じ381系でくろしおも割と長い間使われていたな。
度重なる内装改装の結果座っている限りは問題無い
ノイジーマイノリティが大声出した結果悪評として喧伝された
JR化後、特に後藤車は動作構造からかなり手を入れてるよ
今のやくもはかなりマシ
一昔前は直線でも船に揺られているようなフワフワした動きだった
車両の機構とか軌道とか地道に改良を重ねて来たからと思いますよ。
今の381やくもでは振り子の違和感とか全く感じない。
のののノイジーマイノリティ!?w
サービスを提供する側がそんな姿勢じゃもう終わりだよこの国
和歌山の学生が乗ってましたが。あちらにはゲロしお381系がここまで来て地獄みるとは。
私も和歌山から来たと思われる女学生が酔ったと言っていて、381系くろしおと全く同じ車両なのに、免疫が付いていなかったのかな?と思いました。くろしおは海岸沿いが中心でやくもは山岳地帯中心なので揺れ方に違いがあるかも?私は帰省する際にくろしお号を良く利用しますが最初の頃は少し酔いましたが、今ではあのクセのある乗り味が懐かしいですね❗
@@柴田宏-h5n
和歌山市内の高校?では。阪和線では振り子を止めていたし、南海は関係ないし。
はじめて381系やくもに乗ったのは、2000系南風などの新しい制御付き振子装置を持った車両に乗った後だった。
確かに突然ガクンと車体が傾斜したりフラフラと車体が揺れたりしていたけど、そこまで乗り心地は悪くなかった。
伯備線ではなくあくび線です。何度も乗ったが、生きた心地しなかった。
「吐く備線」と化してしまいましたね。
米子へ出張の際に何度か乗車しました。「ゆったり やくも」ではなく、「ぐったり はくも」と言われていますね。鉄道は大好きですが、乗り心地がいいとは思わなかったですね。今となっては、いい思い出ですが。
この特急1982年に新しくつくったそうですが、赤字なのに他線区からいらなくなった車両を持ってくるって事しない辺り、国鉄の迷走ぶりが凄いです。新車を導入しても乗り心地悪いんじゃ意味がないのでは?と当時も思いました。普通列車の電車も新しく作ったそうですから、国鉄の赤字額にそれも含まれてます。首都圏の古い車両を回すという事を国鉄はよくしてたそうですが、伯備線にはそれをしなかったみたいですね。沿線住民が開業の為にお金を落としたからとか。
通る道はハクビ線。
上越線で酷使された183系が流れてくる筈が地元と政治家が動いて特急と普通列車用に新車を導入し、
土地も提供され出雲電車区(現後藤総合車両所出雲支所)が建設された。
出雲電車区が建設された事でサンライズ出雲が設定される素地になった。
381系も伯備線から引退。悲しいです。
はくもとげろしおとはよく言ったものだ。
最も、速達化への貢献はそれ以上に当時は革命的出来事だったんでしょうね。
9両編成で立客も居て満席、揺れは激しいが鉄路は輝いている。
数年前に実際に乗車しましたが全く酔いませんでした。
ずっと座ってたってのもあるのかもしれませんが。
車両は走行中にカタカタ音がして小刻みに揺れているって感じはありました。
ハタチのころ、長崎本線の電車特急でもヤバくなったことがあります。お天気と景色が良すぎて外を見すぎたのかも。
横揺れより小刻みな振動が続く事が車酔いを誘発しているとする研究結果が公表されていた程度ですので…
乗り物酔いは全くしない体質なのですが、岡山発直後は確かに独特の揺れ方だなとは感じました。私はすぐ慣れましたが酔いやすい人には酔いやすい車なんだろうなとは思います。
20数年前に乗ったけど、酔わなかったなあ。
ずっと座ってたからかな。
3年間「小牧線」で通学してたから、揺れに強くなってたのかな。
先人達の努力で生まれた車輌です、381系が有ったから今のN700Sへと進化したのです。
確かエチケット袋が備えてある電車ですよね?
はい、洗面所にあります😅
振り子特急しなの運用時は、名古屋〜松本間、特に木曽辺りではゲロゲロだった。
別ページに有った文章で、下呂で この車両の使用計画が有った という ダジャレみたいな話は 本当なのか?
@@ふりだしにもどる-f9t
高山線電化計画があったので
電化されたら381が入ったろうな。
@@ふりだしにもどる-f9t高山本線を電化して特急ひだを381系にしようという話が昔あったみたいです
2:20布原信号場ですかね?
さぁ新型車両でどれほど改善されるかな
今の381系のやくもは座席の改良とかでまだマシですね。
昔のやくもはあのボヨボヨの椅子にあの乗り心地の組み合わせで気分を崩しやすかったんでしょうね。
やくももかなり酔ったが、くろしおも結構酔った😢
10両くらい当時はあったのですか?しかもすげー混んでる。
人口が多かったのと、ライバルのバスがいなかったからかな?
今は5両くらいでしたっけ?
これの流れで最新型の273系にもゲロ袋、もといエチケット袋が設置されるんかな
この前岡山に旅行したときに乗ったが、酷かった。酔いはしなかったが、走行中の車内を歩くのは困難で、テーブルから物が落ちることもざらにある。とはいえ最後の国鉄特急、味があってよかった。
長っ!!!9両編成やん
運転士が高運転台で一番揺すられるから、随分大変だったとか💧
今の時代に設計される振り子車輌は運転席の部分が低くなるようにしているとか。
和歌山の高校生😮
地元に帰っても待ち構えてるゲロ電車。
私もこれまで「しなの」「くろしお」「やくも」全てで381系に何回も乗りましたけど酔った事なんて一回も無いですけどね~。
あずさものったけど酔わなかった。ひょっとしてそれは違ったりして。
そこは個人差あるからね。
バスでも船でも電車でも平気な人はケロッとしてるし逆に薬飲んでもダメな人もいる
そうそう、まだ係留されたままで動いてもないのに、船に乗っただけで酔う人っているよね。
正直、四国2000系やキハ187、ソニックみたいな制御付き振り子の車両と大差ないというか、言う程乗り心地悪いか?って感じなんですよね🤔
ワイが鈍感なだけかなw
ただ間違いなく言えるのは、振り子動作中の車内移動はマジで危険です😂w
車内販売員の女性の方が仰っていたように転倒しそうになったことは何度かあります😅
前私が中央線で山梨と東京を2泊3日でいって383系しなのに乗ってきましたがでも酔い止め無しで行きましたがあくびが出て酔ってあずさに乗り継いでもしなので酔いが残り気持ち悪く酔ってしまいました。
「特別な乗り心地」ということで近年は逆に希少価値がありました。
私は381系電車に5回位乗りましたが酔った経験はなかったですが、去年やくもに乗ったときはけっこうスピードを出して揺れたので脱線するのではという恐怖心がありました。😅
この電車の前は181系気動車ですか?土讃線の南風とかの?
181系で最長11両編成でした。岡山ー益田の長距離路線ありました、食堂車組み込みもあり。
まだ新見駅に転車台があったころじゃないかな?岡山乗り換えの「乗り換え割引」を使うか、片道の営業キロが601キロメートル以上になるところまで往復切符買って割り引くかどっちか計算してた覚えがあります。
わざわざ教えてくださって本当にありがとうございました。食堂車までとか信じられないです!わたしやくも号は381系に一度だけ死ぬほど酔いました…。ちなみに屋根の上にラジエター載せてるこの181系及び急行型の65系は500馬力でしたがよくオーバーヒートしたそうですね?結果的には失敗作ですか?
@@naruann15488 奥羽本線と中央西線での運用は急勾配が続くため冷却不足に陥り、電化も進んだだめ撤退したとのことです。運用は中国地方に集まり、その中でもやくもは気動車唯一のエル特急wで真っ黒な屋根上冷却器をのせて運用されていました。新見駅でホームに降りると運転台後ろの冷却器から熱風が凄かった覚えがあります。乗降扉が折り戸でした。JR西日本カラーになってもはまかぜなどを支えたいい形式だと思います。
この前乗ったとき全く気持ち悪くならなかったんだけど
むしろこのくらいの揺れがちょうどいいとまで感じた()
先程381系引退したばかり,273系へバトンタッチ
381が好きなんで嫌いなんて思わんかったなぁ
自分も381大好きです。あとちょっとで引退なので月2回ほど乗り鉄してます。
全くです。何なら一番色っぽくて美しい電車だと思ってます。
昭和のサバっと感が良い
アンケート取って、何変えたんだ?
全く酔わなかったので楽しかったです。
1:19 箕島高校?
はくもか!?
紀勢本線のゲロしお
やくもって振り子輸送だから酔いやすいんじゃなかったっけ?
やはり国鉄時代のプロトタイプ故こういう振り子式の欠点が露呈したのが381系
この381系の欠点を糧に今の振り子式、空気ばね傾斜式車両があると思うと技術の進化を感じる
183系・485系・583系・781系よりも揺れが酷すぎる
なぜか振り子車両に乗ると眠くなります
381系やくも、くろしお、283系くろしお、HOT7000系スーパーはくと…
いずれも眠くなりました
これも乗り物酔いの症状なのでしょうか…(吐き気などがしたことはない)
ぐったりやくもって言われる理由がわかるな
ゲロりん特急やくも・ゲロくに特急くろしお‼️
てかやくも長いなぁ〜
さすが「ゲロ電」!
定山渓鉄道もこんな感じのあだ名つけられてたな。
車内販売の人を見ていたらすげー揺れてるとわかるな。
381系がしなのでデビューしたのが1973年だから半世紀も使用されたということだよね。これほど評判が悪いのにずっと使われたというのはある意味奇跡。やくもが381系になったこの年、200系東北上越新幹線が営業運転を開始し、窓際にタバコを立てても倒れず快適な乗り心地、と言われたのとは対照的だわ。
このやくもの381系は1982年に新規製造したグループですよ。確かランボードが当時201系や185系に移行していて、同じ381系でも屋根周りの形が違うんだとか?115系の方も1982年に同時に作ったそうで、鋼鉄型では最末期グループになりますね。
@@asokai2346 そうですね。ただ、「ぐったり吐くも(ゆったりやくも)」「ゲロしお(くろしお)」「死ぬの(しなの)」と言われるように、381系で酔いやすかったのは間違いなかったようですね。じつは私は四国住みでして、1972年3月改正で新製登場した最終形のキハ181系特急「しおかぜ」に幼少期に乗っていました(のちに他所から転用された車両もあるそうですが)。ちょうど「しなの」が1973年に、「やくも」が1982年にそれぞれキハ181系から381系に変わりましたが、四国は電化がずいぶん遅れ、ようやく1993年3月にキハ181系が引退し、岡山-松山、高松-松山間が8000系電車にとってかわったのです。
@@MurphyColeman 伯備線・山陰本線倉敷-知井宮電化の時は地元自治体が幾分か投資をしておりましてね。国鉄はそれに応えるために特急だけでなく普通も新型車を入れようという事で昭和57年に381系と115系を冷房付きで新製配置。何と耐寒耐雪構造にしてまで投入するという大盤振る舞いをしてもらったという経緯がありまして。当時冷房付きの地方の電車というものはそんなになくて、夏場の車内サービスは非電化時代に比べて大幅にアップしているものと思われます。
嫁さんと乗ったら嫁が気持ち悪くなって特急やくもは揺れるのでもうこりごりっていわれた。
やくも長くない
ぐったりはくも
うっかり吐くよ。全席指定じゃないんだなあ。
みんな381系爺さん嫌いだったのか。
爺さんって年齢ではない気がするけどね。そんなこと言ったら地方私鉄なんかこれより20年以上古い車両がゴロゴロしてるぞ。地方私鉄なんかだとこの車齢だと新車よ新車。
スーパーはくとのほうが酔った
明大前の和泉歩道橋のゲロは、上に首都高速4号が被さってて雨に流されないので、いつまでたってもそのピザらしさを保っております。明治大学の学生さんがゲロピザ犯人なんですが、自分で片づけてるのを見たことない。
書きにくそう😅バインダーくらい一緒に付けてあげなよ…まじで国鉄貧乏なんだな…
ぐったりはくも😂
普段乗り物酔いしない俺を唯一吐く寸前まで追いやった電車
キハ181のがマシだった
183系1000番台を新製配置したらキハ181なんかよりもマシに見えるけどね。1980年代の国鉄型はある意味頑丈で乗り心地もよい車両しかいなかったように思える。201系通勤型電車がこの最たる例だけど、いっちゃああれだがキハ181なんかよりも全然よかったけど?むしろ1970年代前半までの国鉄型車両なんかデキの悪い車両しかいなかったんだから、そういう意味ではキハ181なんて大した車両じゃないな。485系1000番台とか781系とかの方がよっぽど上だわ。
サンエン台湾のズズ嬢は酔いました。女性トラックドライバーのチャンネルポンタ君も酔いました。アンドロイドお姉さんさおりさんとかスーツ君は喜んではしゃいでました。ユーチューバの職能の違いが理解できました。
酔い止めを配れば
はくも、げろしお、はくの
国鉄が凄いのが、たかだか電化開業の為に新車を新規製造した事ですよ。赤字とか言うくせに、1両1億ぐらいする特急車やら普通列車用の電車を新造して、ローカル幹線にぶち込むというね。首都圏のお古とか、それこそ特急なら余ってた車両をそのまま持って来ればいいものをわざわざ新しく作って導入するという。国鉄の車両って税金で作ってたんだっけ?独立採算性だから違うとは思うが、赤字なら車両ぐらい削減してもいい気がするんだけどね。そういう所でお金を使うから借金が膨れ上がるんだよ。新快速用に117系を導入するのは筋が通ってる。だけど地方電化幹線に新車をわざわざ入れて、儲けが見込めるかと言えばそうではない。ただお金を垂れ流しただけに過ぎない。長野にも近郊型電車を地域の人間の顔色を窺って新車を出したそうだが、本当なら首都圏のお古を回せば事足りるのにね。
新車導入と電化で所要時間短縮というのは当時として珍しいことではなく、特急も今より多く全国に新車をばらまくような形の新車導入をしてたわけだから「首都圏のお古」というのもそもそもあって無いようなものだろう。
特に振り子式電車導入線区は架線設備も地上設備もそれ用のセッティングにしないといけないこともあったから計画として同時に進める方が理に適ってた。
末期はJR化後のことを見越して採算の厳しそうな路線に新車を多く残してたりもした。三島会社と言われる北海道九州四国はまさにそう。
国鉄の赤字の根本は公団の路線乱開発と多すぎる職員だったと思うよ。
国鉄かぁ、何もかも皆懐かしい、、、
その考えは正に国鉄本社の言い分にはなりますね…実際都市だろうが田舎だろうが料金は払ってるんで、それでいて永遠にお古とは…となるとそりゃ足も遠のきますよ 国鉄末期の各鉄道管理局並びにJR各社の「地域に寄り添った鉄道へ」というのはそういうお役所経営への反省なんだと思います
@@泉-x4j長野鉄道管理局と新潟鉄道管理局 、岡山鉄道管理局と広島鉄道管理局に115系1000/2000番台を1977と1978年度付けで新車で導入しましたが、あれは当時地方軽視していた国鉄が珍しく重い腰を上げて導入した新型車だったそうですからね。本社は普通列車なんぞ高崎・東北線で使い終えた非冷房車を流せばいいじゃないかの思いが強かったそうですが、これら鉄道管理局はそれに反発し、その地域に適した新型車を導入するようにと本社に依頼して出来た車両なんだとか。本来、115系は1977年辺りで製造終了する予定だったそうですが、これがあり1983年まで製造を続行したそうですからね。(本来は新規設計で出すつもりが、会計院と国労に足止めを食らって115系を継続で製造するという事で落ち着いたんだとか。)
国鉄の電化工事では折角地元負担で電化したのに首都圏や各地で酷使された粗悪品を寄越して大顰蹙を買った事が多々ありましてね。
知井宮電化はまだ恵まれている。
特急は勿論、普通列車用にも新車が用意され、
本社の理屈では「田舎に冷房は不要」とするところを冷房付でしたから。
いよいよ首が回らなくなり4年後の城崎電化では各地から状態が悪い車両をかき集めた結果、また顰蹙を買う。
ようやく新車、しかしもう2023年、国労ご苦労😅
意味の無い労働運動になったな。
拙者も、中2の夏休みに、和歌山-新宮間、くろしお号に乗ったでござる、白浜-串本辺り、酔ったでござる、それ以来、くろしお号に、乗るの嫌になったでござる😰
俺もやくもで酔ったわ
ぐったりはくも