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林業で働いています。この山はだいぶ丁寧に手入れされていると思います。ところどころあるピンクのテープは林業でよく使う目印です。
農大に通っている学生です。木の価格は山元立木(山の持ち主から直接買う場合)と丸太(建材の会社などからかう場合)で異なると授業で習いました。1970~75年代のスギは山元立木価格で13,168~19,726(円/㎥)、丸太価格では18,800~31,700(円/㎥)で販売されてたみたいです。80年代が1番価格が高い時期でした。現在は当時の半額以下の価格で取引されています。間違ってたらすみません。参考になると幸いです。
お二人が、「バイバイ」「さよなら」とは言わず、「じゃあね。ありがとう」「またね」って発したの、優しくてイイな😊こないだのスカイラインは、ただただ物悲しい思いになったけど、確かに今回は違いますね😢たまに有る 山中の不法投棄と違って… こうゆう形で取り残された車って、ヤッパリ哀しさを感じてしまう。働く車って凄かったんですね。お二人が陽が暮れちゃう前に戻れた事、前回みたいに深くまで入り込まなくて済んで良かったです😅今後も、ご安全に🙏😄
多分2トン積み13尺のロングですね。長い割には小回り効くので材木屋や鉄工所とかでよく使われてました。日通なんかはコレの6トンセミトレーラーまでありましたし昔は三輪車は沢山走ってました。貧しい時代の日本を支え働いて働いてひっそりと寿命を終えようとしてるトラックは神々しさすら感じます。
その昔はバーハンドルで運転席は中央でエンジン始動はキックでしたね。
ダイハツオート三輪車MC8実家の農家で現役です♪バタンコと呼んでます。20年前くらいに新聞に紹介されました。今では島で1台だけになりました。80代の父の愛車です(笑)エンジン音ショートにあげました♪
@@REMON0944 そりゃ!新聞にも載るでしょう❗出来ればずっと持っていて時々乗ってやればスーパーヒーロー❗
その車をこのチャンネルでぜひ紹介動画として出してほしい。島ということだから美味しい海鮮もたくさんあるのでは?
この個体はロングシャシなんでCM10T、もしくはさらに長尺のCO13Tではないかと(見た感じ13尺っぽいから恐らくCO13T)
@@カリスマニート-j3c有り難う御座います♪レモンの島で柑橘農家です♪
エンジン音をショートにあげました♪
私の行きつけの老舗のダイハツの社長にこの動画を見せようとおもいました絶対懐かしむと思うし、当時の話で帰れなくなりそうだけど😂
お疲れ様です!珍しい古い車をアップしてくれること、そしてそれを見て視聴者さんが色々と情報を書き込んでくれるのが楽しいです😄次回も楽しみです
😊自分は64歳ですが、自分の親父が昔八百屋をやってる時、自分がまだ小学生の時に使っていたのを思い出しました。この車見るたびオヤジを思い出す。😌 ちなみに映画、三丁目の夕日に実際使われたオート三輪は東京都立川市栄町のアウトマイスターと言う車の整備、修理屋さんに展示しております😊 詳しくはウェブで🤗
幼い頃の風景が蘇ってくるようなオート3輪です 昭和40年代半ばまで街中でも走っていました大きさのわりに小回りが利いて狭い道でも走れましたが、如何せんバランスが悪くよく横倒しになってしまい おじさん達がみんなで起こしてあげていたのを覚えていますちょうど杏仁さんが着ていらしたTシャツのような深い青色のトラックでした
ダイハツCO10T 1962?〜1972年?生産終了 荷台長さ8尺.10尺.13尺の3種類 1800cc?簡単に調べただけなので間違えがあると思います🤗
平積みの長さ、長そうなので13尺のCO13Tってやつなのかもしれないですね。
尺っていうのなんか古さを感じてしまう
@@活-p2v確かにそうかも
杏仁さんがオート3輪見つけた時の大声でジョージさんの慌てる所は笑ってしまいました😂
茨城県北部住です、こんなタイプの3輪自動車近所に2台実際に売られてます(荷台はここまで長くないけど)。動画見て似てるなぁと思いました。価格は60~70位だったかなこんな古い車買う人いるのかなっていつも見てます。最近では1番すきなチャンネルになって過去動画も遡って見てます今後の動画も楽しみにしてますね。
まるで川口浩探検隊みたい!無事生還できて良かった!私は1964(昭和39)年生まれですが、亡父が免許を取ってはじめて運転したのは「(バイクの様な)バーハンドルのオート三輪だった」と生前話していました。私も幼稚園の頃は近所で実用にしている方がいましたし、時々街で見かけましたよ。
70年頃まで、オート三輪はそこらじゅうで見ました。大人が写ってると意外に小さかったんですね。子供の目からは大きく感じました。当時は、耕運機にリヤカーつけて奥さんがリヤカーに乗って田んぼへ通う時代でしたので、オート三輪は立派な感じでしたね~。
タイムスリップした感じほんとその通りですね!車が物語を語ってますよね!
林業はまだ無くなってはいませんよ!高齢化はしてますが若い人も増えてます。残念なことに安い外材が入ってきてから日本の木材が放置されて、山の手入れが無くなってからは林道も放置され荒れております。昨今では外材が高騰したので、成長しきった日本の材木が見直されてますが、林道が荒れ果てていては山に入るには林道整備費がかかり、切り出したくても切り出せなくなってます。税金で森林環境税が取られてますが、ぜひ林道を復活させてもらい貴重な資源を無駄のないようにしてもらいたいと思います。輸出できるほど日本は森林大国だと思いますよ!
そういう大切な森林を切り開き、環境破壊しながらメガソーラーを推進している政府です。森林保護など屁とも思っていませんよ。
甘いですね❗国鉄が亡く成る頃から木材輸送の拠点駅が亡く成り、駅に隣接した木工場が亡く成り、鉄道貨物か亡く成りました❗山は荒れ果て、山肌か流れ落ち、土砂崩れ、山崩れが頻発し林道は寸断しています❗後十年後は漁業者漁師、山の猟師も消えて、原野に帰る❗官僚機構が作りし害塵夷みんは犯罪大国に向かって爆進して税金の払わない害塵、国保を食い物にする害塵だらけですが❓後継者は自称難明、自称忌明はサイレント侵略なんだ。ヨーロッパはどう成って居ますか❓蕨はどうですか❓川口はどうですか❓奴らは税金シャブってシャブ売ってますよ❗🤗
残念な事に長年放置された 日本国内に有る戦後植林された杉の樹の殆どは、価値のない樹ばかりになってしまっています。とは言え極く一部の手入れのされた山があるのは事実です。そこで、昨今地道に活躍されている方もいらっしゃいます。『きらめ樹間伐』や『皮剥き間伐』と言われる間伐を有志の方々が頑張って行なわれています。手入れされず長年放置された山の樹は製材出来ず何の価値も有りません
ダイハツのCM10型と思われます。昭和37年製、荷台の長さが10尺なのでCM10、三方開きです。ちなみに一方開きの8尺荷台のCM8型というのも有りました。
動画投稿本当に本当にありがとうございます‼️
50年以上前、私が小学生低学年のころ、水洗トイレが普及してない時代このオート三輪のバキュームカーが走っていました、懐かしすぎます。幼い頃にタイムスリップしました。
BGMの選定が素晴らしくセンスいいですね。生まれも育ちも東京の私(1968年)が最後にオート三輪が現役で走っている姿を目撃したのは、1991年の東京都町田市と横浜市青葉区の県境でしたが、それも奇跡と言えるくらい久しぶりの目撃体験でした。幼い頃(1970年代前半)は農家の庭先に駐車している姿をよく見ていましたが走っている姿はすでに稀でした。3輪は小回りが効くのでこういう山道では重宝されたんでしょうね。私が子供の頃は3輪でなくともボディー下部がサビで穴が空いている車ってよく見ましたが、最近の車は材料や塗装技術の進歩なのか、そういうミスボラシイものは見かけなくなりましたね。とてもいい事なんですが、何故か少し寂しい気もするのは不思議です。
ジョージと同じくびくりしたぁ😳寂しかった山の中に、杏仁さんたち来てくれて良かったね☺️最後までしっかり働いたんでしょうね😌お疲れ様でした🫡杏仁さんとジョージさんもお疲れ様でした😊杏仁さんの植えすぎ🌲がなんか念がこもって😅
ありがとうございます。見てたらなんか込み上げてくるものがあり感慨深くなり次を楽しみにしてます。
サントリーの「ウエスト」は1987年11月に発売された缶コーヒーらしいBOSSの前ですな
同じ放置車両でも、今回は少しほんわかしてました。やや、ラピュタみたいな。ただ、ジョージさんのびっくりした表情、かわいかったなぁ❤
家の親父が乗っていました。この車買って三か月後 家出しやがった。なんか 涙が出てしまいました。
秋田のとあるショップでも3輪オート展示してるのを見ましたが、こんなデカイ3輪オート初めて見ましたよ。杏仁さん達に救って欲しい気もしますが、やはりこのままにしておいた方が良いのかもしれませんね。この山の中で3輪オートは仕事してたんだよって物語ってますね。
魚屋勤めだった父に、夏休みになると魚市場に連れていってもらってました。昭和50年代でもオート三輪は現役でしたね。その頃の光景を思い出してしまいました。
ダイハツ 3輪トラック 1500㏄ 68ps 1949年(昭和24年)生産開始、1972年(昭和47年)生産終了。新車価格は当時50万円ということらしいです。土地柄、ダイハツやったんでしょうね。
現在の価格になおすといくらになるんでしょうね
現役で実家で走っています♪
当時は活躍していたでしょうね〜👍ふもとに降ろされていたら「今の姿残っていなかった🤔🙄」と思えば山に取り残された事が良かったのかな〜と思いました👍🛻ゆっくり静かにお休みなさい🛺
今回も登山お疲れ様でした😊途中杏仁さんが叫んだ時のジョージさんの表情思わず笑ってしまった😂
草ヒロいいですね~時代の流れを感じます。どんどん草ヒロの動画を作って欲しいですね。
むかし京都北山杉の絞巻き作業を少ししていました。数寄屋造り用の銘木柱で一本50万円位で売れていたでしょうか。でも、足場用の曲がった細い杉木などは数百円でしか売れないって当時聞いてたわ。
宍粟の山奥に、これまた弩マニアックな…チェリーセダンが放置されてるのを見た、自信は無かったけど頭に車名思い浮かべてから調べたらちゃんと当たってたのが嬉しかった(笑)後部ドアの窓の後ろが跳ね上げてある意匠が超独特やったから判った✨
お疲れ様です!山へ突撃することが増えましたね 笑杏仁ロボが居るので大丈夫だとは思うんですが念の為クマ避けの鈴とかスプレーとか携帯しといた方が良いですよー!
子供の頃、材木屋さんが使ってるのをよく見かけました。狭い山岳路での小回り性能を発揮し、林業では重宝されたようで、軽3輪のダイハツミゼットやマツダK360よりも長く、カタログ落ちした数年後まで受注生産により販売されていたそうです。
すごく年代を感じさせてくれますね 僕はまだ若すぎるので当時のことは知らないんですが オート3輪トラックは初代クラウンぐらいの年ですよね 1955年ぐらい いや〜僕らのおじいちゃん世代ですからね 感動しました
ジョージがふざけずに真面目に語ってる貴重な動画ですね🙂
当時、活躍して木材を運んでいる姿を想像するとなんかエモいですね😌
ピンクテープがあるのを見ると元林道が登山道になってる感じでしょうか?お二人とも手ぶらのように見えますが、山では何があるかわからないですし、時間帯も考えると水、食料、ヘッドランプ、熊よけスプレーくらいは持って行かれた方が良いですよ
楽しかったです😄
当時の風景が、思い出されますね😄
ダイハツ 大阪発動機のオート三輪のエンブレムは大阪城でめっちゃかっこよかったです!40年前に運転したことがあります。ミゼットは小さな車で軽自動車より小さい車でした。
近所の小さな製材所にマツダのオート三輪トラックが居た記憶あります。河内長野、金剛山の綺麗な杉とか、登山の度に眺めるの楽しみでした。
懐かし〜幼少の頃トロリーバスに乗ってると横を二人乗りメッサーシュミットが通り過ぎ続けてオート三輪が通る、そんな風景を思い出しました。ちなみに来年から年金もらえる歳です。
めっちゃ感動しました
正面と側面に別個のライトが付いている事から、ダイハツ・三輪トラック二屯積タイプPO型と思われます。
こちらはダイハツのオート三輪のようですが懐かしいですね~私が子供のころ住んでた地域の材木屋さんがマツダのT2000を使ってました
ダイハツの三輪トラック、良いものですね。昔旧車イベントで見たのですが、フロントの大阪城エンブレムがいかにもダイハツって感じでこれまた良かったです。
杏仁さんより少し上の年齢ですが祖父が林業に携わっており小学校の夏休みの自由研究で林業の現場に行ったりしました。山中で切った木をロープで下の道路まできれいに下ろしていましたね。杉は成長が早いので杉を切っては新たな杉を植えて成長を待つって話が記憶に残ってます。
旧車雑誌で読んだ程度なので、うろ覚えですが、3輪トラックは小回りが利いた(フロントフォークを起点につづれ折りを曲がれる)ので、1970年代まで新車が販売され、林業関係者に重宝されていたそうです。 旧車イベントだと、ミゼットや『ケサブロー(マツダの小型3輪)』以外にも、今回のダイハツの車両やマツダT1500やT2000のような3輪トラックは『テッパン』ですよね。
確かに花粉症は悩ましいけれど、江戸時代から戦後にかけて荒廃した山林に植林してくれた先人には感謝しております!
この車と同じ車を私のお父さんが20代の時に乗ってたそうです😮この車の当時の解説を沢山してくれました😳ダイハツの車らしいです🛻3輪なのでカーブでスピードを出しすぎるとコケるらしいです😓
山登り楽しんでいた時に探していた放置車を見つけた時の杏仁さんの声に驚くジョージさんwwオート三輪って博物館でしか見たことないです。当たり前の様に走っていた時代があったんだなぁと思いました。
鋭角に曲がれるから材木屋さんはオート三輪に乗ってる人が多いと子供の頃今は亡き父が言ってましたね。オート三輪用の免許があったと聞いた気もします。
懐かしい! 幼い頃、一度乗せていただいた記憶があります。沖縄県の砂糖キビ畑の農道で、男達が砂糖キビを担いで下駄の付いた足場板を上って、オート三輪に運んでいた映像を思い出しました。😃
40年代当時林業 製材関係には小回り聞くので9尺 13尺のダイハツCOやマツダのT2000、T1500なんかよく使われていました
30年以上前に実家の畑の近くに同じトラックがありました。ですが、その当時ですら不動車でしたし、今はもう有りません。いやぁ、懐かしですね。
人間がこれだけスムーズに歩けるということは、下草とか、周りの茂みとか、キチンと手入れされているということ。場所によっては、ヘタしたらクルマも通れないくらいに草とかブッシュとか放置してある道路も多い。近所の遊歩道など、草や木の枝が覆い被さって、歩けないところ多いですよ。
これじゃなくマツダのT2000は、子供の頃。家にありました。また、大人になってからだいぶ古いこのダイハツMC8車検整備やったことあります。フロントフォークバラすんです。大先輩とやりました。懐かしい。今、ワシが住む市内で走っていますよ。
60近いオッサンですが子供の頃はまだ走ってましたね。三輪は全てバタコって言ってました。
ミゼットでしたら大阪のスカイビルの地下に展示してますね。昭和世代の街並みになっています。ただこちらの車より少し小さめでした💦
山歩きお疲れ様❗珍しい車でしたね〜。でも、歩いてしか行けない所の為にまだ残っているのでしょうね。車が入れる場所ならもうとっくに無くなってると思います。貴重な映像ありがとうございました❗ジョージさんのビビり…マジ顔に爆笑🤣🤣でも、気持ちはわかります(笑)
此方の県のクラシックカーを展示する建物にこの手のダイハツオート三輪は綺麗に保管してあります。その建物は工場でしたが工場は付近別な場所に移転し先代の社長様が社員教育で旧車、骨董品集められました。確かタレントのヒロミさんも立ち寄られたそうです。動画では探せば動く現存車両があると思いますがイベントでしか見る事がありません、本日は旧車イベントでした。ダイハツ工業、カタカナで書かれたステッカーは持っております。自分がお世話になってるダイハツのディーラーさんと言うか車屋さん、確かに若い頃はオート三輪とか手掛けて扱ってたとお聞きました。なのでこの手の車両も販売修理されたのかも知れませんね。
たぶん同じ車種が近くの町の庭に埋もれてる🤗(マツダだったかも)オート三輪が現役だった世代ですが何回か横転の現場に遭遇しました、そのうち一回は木材を乗せた奴で荷台に人が乗っていて亡くなった事故でした。ちなみにミゼットではないですよ。サブネームの無いただオート三輪と呼ばれていた車種だと思います。
東京オリンピックの頃オート三輪はよく走っていましたね。この車はその中でも一番大きい車で子供だったので凄く大きく感じた車でした。こんなに形が残ってるんですね。今のように舗装されてる道は都会でも幹線やバス通りに限られた時代、デコボコの道でも土煙を上げながら建設関係でよく使われていた車のイメージがあります。
杉の木は、1本¥1000〜2500円と林業してる父から聞きました。地域によって違うと思います。
亡き父が大工でしたが、材木を製材してる製材店で30年くらい前に現役で使ってましたよコレ。グレーの車体でした
これは、オート三輪ではないですよ。オート三輪は、「オートバイ三輪自動車」の略語です。オートバイの後輪を二輪にして、後部に荷台を付けたものです。だから運転装置は、オートバイのままです。ハンドルは、バーハンドルですし、エンジンの始動はキックです。一人乗りです。三輪車は小回りが、利くんですよね。だから昔は良く使われていました。
ジョージさん面白かったなんか神秘的な場所
オート三輪幼い頃、よく見かけました😊懐かしい🛻
杉だけに植えすぎですか😅杏仁さんの敵、杉林まで取材お疲れ様でした🙋山登りの取材、道に迷わないか毎回ヒヤヒヤします。取材される時は気を付けて下さいね。ジョージ君マジでビックリ👀してましたね😂
15:08 歴史が感じられるトラック🚚
配信待ってました!いつも動画投稿ありがとうございます😊
動画投稿ありがとうございます。以前、京都府の山中の放置車両の動画を見た時にも思いましたけど、今、放置車両がある場所まで、どうやって車を持ってきたのか?すごい謎ですね。この車の持ち主の人か?地権者の人か?誰かしらが、この車を合法的に山から降ろしてあげられる方法があるといいなって思いました。
ダイハツのオート三輪ですね、大凡60年前の2t車ですね、子供の頃、乗せて頂きました。
私もスギ花粉アレルギーで、春になると箱ティッシュを持ち歩いて生活してました!舌下免疫療法のおかげで、ポケットティッシュで生活できるようになりましたよ🥳QOLがめちゃ上がるのでお勧めです!舌下免疫療法に関して↓・薬にかかるお金:月2000円ぐらいです・梅雨明けから10月くらいのスギ花粉が飛んでない時期にスタートしないといけないので注意です・治療は2-3年かかりますが、10月スタートで翌年の春からポケットティッシュで生活できました(私の場合)早めに治療を始めたらもっと効果ありそうです!
今年47歳になりますが、子供の頃に走っていました。3輪なので珍しくよく憶えています。色は昭和の風呂のような青っぽいような緑っぽいような色でしたね😂
こういうのレストアしてほしいです。全国の草ヒロにエンジンかけて回るとか楽しそうですよ!これでもエンジンかけれる可能性あるのがさすがキャブ車ですよね!
杏仁さんの声にマジビビりした素のジョージに笑ダイハツCM10Tってガソリン車の1490ccのようです!
三輪トラックが山の中にあったらそんな声もでるし、その声にビックリもしますよね笑。レトロで素敵だし労働の雰囲気が見えてきそうな佇まいですね。熊には気をつけてくださいね
そこは、上止々呂美から入る天台山南の大向谷です。 登りきれば、妙見山からの尾根コースに出る。
オート三輪って、マツダってイメージと、ダイハツ・ミゼットの2種と思ってましたが、ダイハツ3輪トラック🛻もあったんですね。ダイハツの方がデカい3輪トラック作ってたんですね。昔働いていて山奥に眠ってたもの見せて頂いてありがとうございます。🙂
まわるいハンドルがついていたけれどバイクみたいなハンドルの3リントラックに子供のころまたがったことがあります。64さいのおじさんですが、60年位前だいやくやつしていたトラックだとおもいます。なつかしく拝見しました。
探索お疲れ様です。電波もですが、最近はいろんな場所に熊平然と出てきたりするので気を付けてくださいね。後恐らく、車種ですがダイハツの3輪CM型(1,5トン積) って奴じゃないですかね。形状が似ているような感じがします。それかそれベースに荷台68センチ伸ばしたCM10型三方開のCM10T型って呼ばれていたタイプでは?
杏仁さん、ジョージさん熊には気をつけて下さいね😱
ダイハツのオート三輪っていいエンジン音するんすよ。ジョージさん、杏仁さんの魔法のカードで買いましょうよ。
途中出てきた間引きの木は、みんな使う割り箸になってますよ👍‼️
1962年製のダイハツCM8じゃないですかね?プリもうさんの草ヒロ特殊その13に紹介されてましたよ!
杏仁さんの少し上ですが😅小学生の低学年の頃街中を走ってたのを思い出しました💦めっちゃ懐かしいですね😊
たしかでは有りませんがその三輪車はダイハツ号だと思います1933年に初めて作られた車で750㏄~1000㏄迄有ったそうです僕の小さな頃はダイハツと言ったら小さなミゼットが走って居ましたマツダの三輪車も見た記憶が有りますきっと当時の林業を営んでいた方達がその三輪車に載せて木を運んでいたのでしょうタイムスリップしたみたいですね
杏仁さん、ラバー博士、ジョージさん、お疲れ様です。以前の動画で山奥にスカイラインを放置❔、山を歩いて放置車両が有って捨てるのは何とも言えないですね👀暑くなりますので、体調管理に気を付けてください💦
杏仁さま、ジョージさま何時も楽しく拝見させて貰っています。杏仁さんが違和感を感じられた。林の奥に見えた白い木についてですが、その樹は、もしかすると(映像に無いので想像となりますが)『きらめ樹』と言う間伐で処理中のものかも知れません『きらめ樹』とは、女性や子供でも出来る間伐の方法です。『きらめ樹』間伐は、現在山の木々の手入れがされなくなった山の持ち主に予め了承を得た上でその山に植林された杉の樹の正常な成長を促しその山を価値のある山にする事を前提にした間伐の方法になります。戦後植林された杉の樹の林業が安価な外材の煽りを受けて衰退してしまって手入れや間伐をされることが無くなった山の再生を手助けを無償で行う団体があります。その団体は、法人ではありませんあくまで、一般の市民が集まって行動されています。過去に人工的に植林された山を長年放置されて昨今の局地的な豪雨や線状降水帯の自然現象で、自然災害として被害が頻発するようになりました。実際には、自然災害では無く人工的に植林された山を人間が放置した結果災害が発生しているそういった認識のある人達が立ち上がって『きらめ樹』の間伐が行われています。『きらめ樹』の間伐の方法は、梅雨の時期杉の樹が水分を豊富に吸い上げている時期に残して大きく成長させたい樹(真っ直ぐに伸びている樹)の周囲に有る成長に邪魔となる曲がって伸びた樹や残したい樹の成長の妨げになる樹を間伐するのですが、適正に成長を促す為に一定の決まり事(やたら滅多ら間伐は逆効果)で間伐するべき樹を選別をして50年後に残した樹が太く真っ直ぐに成長出来るように価値のある樹に育てるのです。具体的には、間伐する選定した樹の表皮(樹のかわ)を剥いて水分が上がらないようにします。樹は表皮の部分から成長のための水分を取り込みます。そこを断つ事で樹の成長を止めます。その状態で数ヶ月放置して置き立ち枯れした樹を間伐していきます。水分の殆どは、抜けてしまう為切り倒した樹は軽くなり長さを2m強に捌けば女性でも移動が可能になります。先に述べた『女性や子供でも』重機が無くても間伐ができると言うのはそう言った意味です。実際には、一般的には間伐を行う為には重機を使用されますが、重機を山に入れる為には、地主さまが一山持っていない限りその山の保有者の地主様達に重機が通れるように予め話を通して了承を得る必要がありその地主様を先ず突き止めなければならない上に交渉も必要です。その為現実問題としてかなりの下準備も必要で中々簡単ではありませんしかも、重機を使用するとなれば費用も馬鹿になりませんそういった上でも『きらめ樹』間伐は、仲間が集まれば意外と簡単にローコストで山を育て災害の防止にもなり山の麓に安全に暮らしてもらえる環境も整える事も夢ではありません先に述べた放置されてた山の樹は、間伐をされず手入れが行き届かない為にモヤシのような細く曲がりくねり周りの樹と喧嘩をする様に無尽蔵に存在している為山に根が這っていませんその為、大量に水分(豪雨による)を含み比較的に浅い山肌から土砂崩れの様になって各地で被害が発生しています。本来手入れのされた樹がある山では、そのような事が起こりません手入れのされていない山肌には下草も生えていないことが多くそこに有る樹も充分に根を這わせていない為に山の地面が崩れ易い状況があります。災害の起こったニュースや報道もそう言った事実を知らないのか 隠しているのか 殆ど知られていませんが、この『きらめ樹』間伐は日本全国に広く実施され行動しているのも事実です。もし、興味を持って『きらめ樹』と検索して頂ければ嬉しく思います。但し、今回の動画での(白い樹)とは、全く異なるお話だったかも分かりませんが、白い樹が私の知る物であればと思いコメントさせて頂きました。また、別名として皮剥き間伐とも言われています。
植えすぎ!の次の瞬間スギ薬局のCM入るの草w
毎週山登りするおじさんになってきたw
これは珍しいですねぇ😮ここまで来ると運ぶのは困難ですけれどミニカの様にいつか杏仁さんの修理工場で朽ちた車が復活するのも見てみたいです。余談となりますけれど納車帰りに撃墜された我輩のヴェルファイア(まだ入院治療中)を杏仁さんの手で修理してもらいたかったです。地元(当方、岩手県の最果て)が遠いので、近くなら修理依頼してたと思います。
近所にマツダのT2000がいます!めちゃめちゃ極上の個体が‼️屋根の下に(たまに走ってます)
多分杏仁さんと同世代位です。S50前後でほぼチリ紙交換の車でしか見なかったですが、当時私は子供で異形な雰囲気に恐怖を感じていつも物陰に隠れてました。その頃オート三輪は大人達にバカにされていた(チリ紙交換の車かみたいな)記憶があります。スバル360などの軽も軽だからかバカにされていました。多分マウントでしょうか。
ためになる動画ありがとうございます
すごいレストアしがいがありそうですね!アカデミックの軽トラに負けてない!杏仁さんの許可が出たからジョージさんオート三輪買ってくるのかな😅
ちょっと前のニュースで、吉野杉一本二万円くらいでしたよ。原木の値段で、その後の加工工賃は別ですけど。
林業で働いています。
この山はだいぶ丁寧に手入れされていると思います。ところどころあるピンクのテープは林業でよく使う目印です。
農大に通っている学生です。木の価格は山元立木(山の持ち主から直接買う場合)と丸太(建材の会社などからかう場合)で異なると授業で習いました。1970~75年代のスギは山元立木価格で13,168~19,726(円/㎥)、丸太価格では18,800~31,700(円/㎥)で販売されてたみたいです。80年代が1番価格が高い時期でした。現在は当時の半額以下の価格で取引されています。間違ってたらすみません。参考になると幸いです。
お二人が、「バイバイ」「さよなら」とは言わず、
「じゃあね。ありがとう」「またね」って発したの、優しくてイイな😊
こないだのスカイラインは、ただただ物悲しい思いになったけど、確かに今回は違いますね😢
たまに有る 山中の不法投棄と違って… こうゆう形で取り残された車って、ヤッパリ哀しさを感じてしまう。働く車って凄かったんですね。
お二人が陽が暮れちゃう前に戻れた事、前回みたいに深くまで入り込まなくて済んで良かったです😅
今後も、ご安全に🙏😄
多分2トン積み13尺のロングですね。長い割には小回り効くので材木屋や鉄工所とかでよく使われてました。日通なんかはコレの6トンセミトレーラーまでありましたし昔は三輪車は沢山走ってました。
貧しい時代の日本を支え働いて働いてひっそりと寿命を終えようとしてるトラックは神々しさすら感じます。
その昔はバーハンドルで運転席は中央でエンジン始動はキックでしたね。
ダイハツオート三輪車MC8
実家の農家で現役です♪
バタンコと呼んでます。
20年前くらいに新聞に紹介されました。今では島で1台だけになりました。
80代の父の愛車です(笑)
エンジン音ショートにあげました♪
@@REMON0944 そりゃ!新聞にも載るでしょう❗出来ればずっと持っていて時々乗ってやればスーパーヒーロー❗
その車をこのチャンネルでぜひ紹介動画として出してほしい。
島ということだから美味しい海鮮もたくさんあるのでは?
この個体はロングシャシなんでCM10T、もしくはさらに長尺のCO13Tではないかと(見た感じ13尺っぽいから恐らくCO13T)
@@カリスマニート-j3c
有り難う御座います♪
レモンの島で柑橘農家です♪
エンジン音をショートにあげました♪
私の行きつけの老舗のダイハツの社長にこの動画を見せようとおもいました
絶対懐かしむと思うし、
当時の話で帰れなくなりそうだけど😂
お疲れ様です!
珍しい古い車をアップしてくれること、そしてそれを見て視聴者さんが色々と情報を書き込んでくれるのが楽しいです😄
次回も楽しみです
😊自分は64歳ですが、自分の親父が昔八百屋をやってる時、自分がまだ小学生の時に使っていたのを思い出しました。この車見るたびオヤジを思い出す。😌 ちなみに映画、三丁目の夕日に実際使われたオート三輪は東京都立川市栄町のアウトマイスターと言う車の整備、修理屋さんに展示しております😊 詳しくはウェブで🤗
幼い頃の風景が蘇ってくるようなオート3輪です 昭和40年代半ばまで街中でも走っていました
大きさのわりに小回りが利いて狭い道でも走れましたが、如何せんバランスが悪く
よく横倒しになってしまい おじさん達がみんなで起こしてあげていたのを覚えています
ちょうど杏仁さんが着ていらしたTシャツのような深い青色のトラックでした
ダイハツCO10T 1962?〜1972年?生産終了 荷台長さ8尺.10尺.13尺の3種類 1800cc?簡単に調べただけなので間違えがあると思います🤗
平積みの長さ、長そうなので13尺のCO13Tってやつなのかもしれないですね。
尺っていうのなんか古さを感じてしまう
@@活-p2v
確かにそうかも
杏仁さんがオート3輪見つけた時の大声でジョージさんの慌てる所は笑ってしまいました😂
茨城県北部住です、こんなタイプの3輪自動車近所に2台実際に売られてます(荷台はここまで長くないけど)。
動画見て似てるなぁと思いました。
価格は60~70位だったかなこんな古い車買う人いるのかなっていつも見てます。
最近では1番すきなチャンネルになって過去動画も遡って見てます
今後の動画も楽しみにしてますね。
まるで川口浩探検隊みたい!無事生還できて良かった!私は1964(昭和39)年生まれですが、亡父が免許を取ってはじめて運転したのは「(バイクの様な)バーハンドルのオート三輪だった」と生前話していました。私も幼稚園の頃は近所で実用にしている方がいましたし、時々街で見かけましたよ。
70年頃まで、オート三輪はそこらじゅうで見ました。大人が写ってると意外に小さかったんですね。子供の目からは大きく感じました。当時は、耕運機にリヤカーつけて奥さんがリヤカーに乗って田んぼへ通う時代でしたので、オート三輪は立派な感じでしたね~。
タイムスリップした感じほんとその通りですね!車が物語を語ってますよね!
林業はまだ無くなってはいませんよ!高齢化はしてますが若い人も増えてます。
残念なことに安い外材が入ってきてから日本の木材が放置されて、山の手入れが無くなってからは林道も放置され荒れております。
昨今では外材が高騰したので、成長しきった日本の材木が見直されてますが、林道が荒れ果てていては山に入るには林道整備費がかかり、切り出したくても切り出せなくなってます。
税金で森林環境税が取られてますが、ぜひ林道を復活させてもらい貴重な資源を無駄のないようにしてもらいたいと思います。
輸出できるほど日本は森林大国だと思いますよ!
そういう大切な森林を切り開き、環境破壊しながらメガソーラーを推進している政府です。森林保護など屁とも思っていませんよ。
甘いですね❗国鉄が亡く成る頃から木材輸送の拠点駅が亡く成り、駅に隣接した木工場が亡く成り、鉄道貨物か亡く成りました❗山は荒れ果て、山肌か流れ落ち、土砂崩れ、山崩れが頻発し林道は寸断しています❗後十年後は漁業者漁師、山の猟師も消えて、原野に帰る❗官僚機構が作りし害塵夷みんは犯罪大国に向かって爆進して税金の払わない害塵、国保を食い物にする害塵だらけですが❓後継者は自称難明、自称忌明はサイレント侵略なんだ。ヨーロッパはどう成って居ますか❓蕨はどうですか❓川口はどうですか❓奴らは税金シャブってシャブ売ってますよ❗🤗
残念な事に長年放置された 日本国内に有る戦後植林された杉の樹の殆どは、価値のない樹ばかりになってしまっています。とは言え極く一部の手入れのされた山があるのは事実です。そこで、昨今地道に活躍されている方もいらっしゃいます。『きらめ樹間伐』や『皮剥き間伐』と言われる間伐を有志の方々が頑張って行なわれています。手入れされず長年放置された山の樹は製材出来ず何の価値も有りません
ダイハツのCM10型と思われます。昭和37年製、荷台の長さが10尺なのでCM10、三方開きです。ちなみに一方開きの8尺荷台のCM8型というのも有りました。
動画投稿本当に本当にありがとうございます‼️
50年以上前、私が小学生低学年のころ、水洗トイレが普及してない時代このオート三輪のバキュームカーが走っていました、懐かしすぎます。幼い頃にタイムスリップしました。
BGMの選定が素晴らしくセンスいいですね。
生まれも育ちも東京の私(1968年)が最後にオート三輪が現役で走っている姿を目撃したのは、1991年の東京都町田市と横浜市青葉区の県境でしたが、それも奇跡と言えるくらい久しぶりの目撃体験でした。幼い頃(1970年代前半)は農家の庭先に駐車している姿をよく見ていましたが走っている姿はすでに稀でした。3輪は小回りが効くのでこういう山道では重宝されたんでしょうね。
私が子供の頃は3輪でなくともボディー下部がサビで穴が空いている車ってよく見ましたが、最近の車は材料や塗装技術の進歩なのか、そういうミスボラシイものは見かけなくなりましたね。とてもいい事なんですが、何故か少し寂しい気もするのは不思議です。
ジョージと同じくびくりしたぁ😳
寂しかった山の中に、杏仁さんたち来てくれて良かったね☺️
最後までしっかり働いたんでしょうね😌
お疲れ様でした🫡
杏仁さんとジョージさんもお疲れ様でした😊
杏仁さんの植えすぎ🌲がなんか念がこもって😅
ありがとうございます。見てたらなんか込み上げてくるものがあり感慨深くなり次を楽しみにしてます。
サントリーの「ウエスト」は1987年11月に発売された缶コーヒーらしい
BOSSの前ですな
同じ放置車両でも、今回は少しほんわかしてました。やや、ラピュタみたいな。
ただ、ジョージさんのびっくりした表情、かわいかったなぁ❤
家の親父が乗っていました。この車買って三か月後 家出しやがった。
なんか 涙が出てしまいました。
秋田のとあるショップでも3輪オート展示してるのを見ましたが、こんなデカイ3輪オート初めて見ましたよ。杏仁さん達に救って欲しい気もしますが、やはりこのままにしておいた方が良いのかもしれませんね。この山の中で3輪オートは仕事してたんだよって物語ってますね。
魚屋勤めだった父に、夏休みになると魚市場に連れていってもらってました。
昭和50年代でもオート三輪は現役でしたね。
その頃の光景を思い出してしまいました。
ダイハツ 3輪トラック 1500㏄ 68ps
1949年(昭和24年)生産開始、1972年(昭和47年)生産終了。新車価格は当時50万円ということらしいです。
土地柄、ダイハツやったんでしょうね。
現在の価格になおすといくらになるんでしょうね
現役で実家で走っています♪
当時は活躍していたでしょうね〜👍ふもとに降ろされていたら「今の姿残っていなかった🤔🙄」と思えば山に取り残された事が良かったのかな〜と思いました👍🛻ゆっくり静かにお休みなさい🛺
今回も登山お疲れ様でした😊途中杏仁さんが叫んだ時のジョージさんの表情思わず笑ってしまった😂
草ヒロいいですね~時代の流れを感じます。どんどん草ヒロの動画を作って欲しいですね。
むかし京都北山杉の絞巻き作業を少ししていました。数寄屋造り用の銘木柱で一本50万円位で売れていたでしょうか。
でも、足場用の曲がった細い杉木などは数百円でしか売れないって当時聞いてたわ。
宍粟の山奥に、これまた弩マニアックな…チェリーセダンが放置されてるのを見た、自信は無かったけど頭に車名思い浮かべてから調べたらちゃんと当たってたのが嬉しかった(笑)後部ドアの窓の後ろが跳ね上げてある意匠が超独特やったから判った✨
お疲れ様です!
山へ突撃することが増えましたね 笑
杏仁ロボが居るので大丈夫だとは思うんですが念の為クマ避けの鈴とかスプレーとか携帯しといた方が良いですよー!
子供の頃、材木屋さんが使ってるのをよく見かけました。
狭い山岳路での小回り性能を発揮し、林業では重宝されたようで、軽3輪のダイハツミゼットやマツダK360よりも長く、カタログ落ちした数年後まで受注生産により販売されていたそうです。
すごく年代を感じさせてくれますね 僕はまだ若すぎるので当時のことは知らないんですが オート3輪トラックは初代クラウンぐらいの年ですよね 1955年ぐらい いや〜僕らのおじいちゃん世代ですからね 感動しました
ジョージがふざけずに真面目に語ってる貴重な動画ですね🙂
当時、活躍して木材を運んでいる姿を想像するとなんかエモいですね😌
ピンクテープがあるのを見ると元林道が登山道になってる感じでしょうか?お二人とも手ぶらのように見えますが、山では何があるかわからないですし、時間帯も考えると水、食料、ヘッドランプ、熊よけスプレーくらいは持って行かれた方が良いですよ
楽しかったです😄
当時の風景が、思い出されますね😄
ダイハツ 大阪発動機のオート三輪のエンブレムは大阪城でめっちゃかっこよかったです!40年前に運転したことがあります。ミゼットは小さな車で軽自動車より小さい車でした。
近所の小さな製材所にマツダのオート三輪トラックが居た記憶あります。
河内長野、金剛山の綺麗な杉とか、登山の度に眺めるの楽しみでした。
懐かし〜幼少の頃トロリーバスに乗ってると横を二人乗りメッサーシュミットが通り過ぎ続けてオート三輪が通る、そんな風景を思い出しました。ちなみに来年から年金もらえる歳です。
めっちゃ感動しました
正面と側面に別個のライトが付いている事から、ダイハツ・三輪トラック二屯積タイプPO型と思われます。
こちらはダイハツのオート三輪のようですが懐かしいですね~
私が子供のころ住んでた地域の材木屋さんがマツダのT2000を使ってました
ダイハツの三輪トラック、良いものですね。
昔旧車イベントで見たのですが、フロントの大阪城エンブレムがいかにもダイハツって感じでこれまた良かったです。
杏仁さんより少し上の年齢ですが祖父が林業に携わっており小学校の夏休みの自由研究で林業の現場に行ったりしました。
山中で切った木をロープで下の道路まできれいに下ろしていましたね。
杉は成長が早いので杉を切っては新たな杉を植えて成長を待つって話が記憶に残ってます。
旧車雑誌で読んだ程度なので、うろ覚えですが、3輪トラックは小回りが利いた(フロントフォークを起点につづれ折りを曲がれる)ので、1970年代まで新車が販売され、林業関係者に重宝されていたそうです。
旧車イベントだと、ミゼットや『ケサブロー(マツダの小型3輪)』以外にも、今回のダイハツの車両やマツダT1500やT2000のような3輪トラックは『テッパン』ですよね。
確かに花粉症は悩ましいけれど、江戸時代から戦後にかけて荒廃した山林に植林してくれた先人には感謝しております!
この車と同じ車を私のお父さんが20代の時に乗ってたそうです😮
この車の当時の解説を沢山してくれました😳ダイハツの車らしいです🛻
3輪なのでカーブでスピードを出しすぎるとコケるらしいです😓
山登り楽しんでいた時に探していた放置車を見つけた時の杏仁さんの声に驚くジョージさんww
オート三輪って博物館でしか見たことないです。当たり前の様に走っていた時代があったんだなぁと思いました。
鋭角に曲がれるから
材木屋さんはオート三輪に乗ってる人が多いと
子供の頃今は亡き父が言ってましたね。
オート三輪用の免許があったと聞いた気もします。
懐かしい! 幼い頃、一度乗せていただいた記憶があります。
沖縄県の砂糖キビ畑の農道で、男達が砂糖キビを担いで下駄の付いた足場板を上って、オート三輪に運んでいた映像を思い出しました。😃
40年代当時林業 製材関係には小回り聞くので9尺 13尺のダイハツCOやマツダのT2000、T1500なんかよく使われていました
30年以上前に実家の畑の近くに同じトラックがありました。
ですが、その当時ですら不動車でしたし、今はもう有りません。
いやぁ、懐かしですね。
人間がこれだけスムーズに歩けるということは、下草とか、周りの茂みとか、キチンと手入れされているということ。場所によっては、ヘタしたらクルマも通れないくらいに草とかブッシュとか放置してある道路も多い。近所の遊歩道など、草や木の枝が覆い被さって、歩けないところ多いですよ。
これじゃなくマツダのT2000は、子供の頃。家にありました。
また、大人になってからだいぶ古いこのダイハツMC8車検整備やったことあります。
フロントフォークバラすんです。大先輩とやりました。懐かしい。今、ワシが住む市内で走っていますよ。
60近いオッサンですが子供の頃はまだ走ってましたね。
三輪は全てバタコって言ってました。
ミゼットでしたら大阪のスカイビルの地下に展示してますね。
昭和世代の街並みになっています。
ただこちらの車より少し小さめでした💦
山歩きお疲れ様❗珍しい車でしたね〜。でも、歩いてしか行けない所の為にまだ残っているのでしょうね。車が入れる場所ならもうとっくに無くなってると思います。貴重な映像ありがとうございました❗
ジョージさんのビビり…マジ顔に爆笑🤣🤣でも、気持ちはわかります(笑)
此方の県のクラシックカーを展示する建物にこの手のダイハツオート三輪は綺麗に保管してあります。
その建物は工場でしたが工場は付近別な場所に移転し先代の社長様が社員教育で旧車、骨董品集められました。
確かタレントのヒロミさんも立ち寄られたそうです。
動画では探せば動く現存車両があると思いますが
イベントでしか見る事がありません、本日は旧車イベントでした。
ダイハツ工業、カタカナで書かれたステッカーは持っております。
自分がお世話になってるダイハツのディーラーさんと言うか車屋さん、
確かに若い頃はオート三輪とか手掛けて扱ってたとお聞きました。
なのでこの手の車両も販売修理されたのかも知れませんね。
たぶん同じ車種が近くの町の庭に埋もれてる🤗(マツダだったかも)
オート三輪が現役だった世代ですが何回か横転の現場に遭遇しました、そのうち一回は木材を乗せた奴で荷台に人が乗っていて亡くなった事故でした。
ちなみにミゼットではないですよ。サブネームの無いただオート三輪と呼ばれていた車種だと思います。
東京オリンピックの頃オート三輪はよく走っていましたね。この車はその中でも一番大きい車で子供だったので凄く大きく感じた車でした。こんなに形が残ってるんですね。今のように舗装されてる道は都会でも幹線やバス通りに限られた時代、デコボコの道でも土煙を上げながら建設関係でよく使われていた車のイメージがあります。
杉の木は、1本
¥1000〜2500円と林業してる父から聞きました。
地域によって違うと思います。
亡き父が大工でしたが、材木を製材してる製材店で30年くらい前に現役で使ってましたよコレ。グレーの車体でした
これは、オート三輪ではないですよ。オート三輪は、「オートバイ三輪自動車」の略語です。
オートバイの後輪を二輪にして、後部に荷台を付けたものです。
だから運転装置は、オートバイのままです。ハンドルは、バーハンドルですし、エンジンの始動はキックです。
一人乗りです。
三輪車は小回りが、利くんですよね。だから昔は良く使われていました。
ジョージさん面白かった
なんか神秘的な場所
オート三輪幼い頃、よく見かけました😊懐かしい🛻
杉だけに植えすぎですか😅杏仁さんの敵、杉林まで取材お疲れ様でした🙋山登りの取材、道に迷わないか毎回ヒヤヒヤします。取材される時は気を付けて下さいね。ジョージ君マジでビックリ👀してましたね😂
15:08 歴史が感じられるトラック🚚
配信待ってました!いつも動画投稿ありがとうございます😊
動画投稿ありがとうございます。
以前、京都府の山中の放置車両の動画を見た時にも思いましたけど、今、放置車両がある場所まで、
どうやって車を持ってきたのか?すごい謎ですね。
この車の持ち主の人か?地権者の人か?誰かしらが、この車を合法的に山から降ろしてあげられる方法があるといいなって思いました。
ダイハツのオート三輪ですね、大凡60年前の2t車ですね、子供の頃、乗せて頂きました。
私もスギ花粉アレルギーで、春になると箱ティッシュを持ち歩いて生活してました!
舌下免疫療法のおかげで、ポケットティッシュで生活できるようになりましたよ🥳
QOLがめちゃ上がるのでお勧めです!
舌下免疫療法に関して↓
・薬にかかるお金:月2000円ぐらいです
・梅雨明けから10月くらいのスギ花粉が飛んでない時期にスタートしないといけないので注意です
・治療は2-3年かかりますが、10月スタートで翌年の春からポケットティッシュで生活できました(私の場合)早めに治療を始めたらもっと効果ありそうです!
今年47歳になりますが、子供の頃に走っていました。3輪なので珍しくよく憶えています。色は昭和の風呂のような青っぽいような緑っぽいような色でしたね😂
こういうのレストアしてほしいです。
全国の草ヒロにエンジンかけて回るとか楽しそうですよ!
これでもエンジンかけれる可能性あるのがさすがキャブ車ですよね!
杏仁さんの声にマジビビりした素のジョージに笑
ダイハツCM10Tってガソリン車の1490ccのようです!
三輪トラックが山の中にあったらそんな声もでるし、その声にビックリもしますよね笑。レトロで素敵だし労働の雰囲気が見えてきそうな佇まいですね。熊には気をつけてくださいね
そこは、上止々呂美から入る天台山南の大向谷です。 登りきれば、妙見山からの尾根コースに出る。
オート三輪って、マツダってイメージと、ダイハツ・ミゼットの2種と思ってましたが、ダイハツ3輪トラック🛻もあったんですね。ダイハツの方がデカい3輪トラック作ってたんですね。昔働いていて山奥に眠ってたもの見せて頂いてありがとうございます。🙂
まわるいハンドルがついていたけれどバイクみたいなハンドルの3リントラックに子供のころまたがったことがあります。64さいのおじさんですが、60年位前だいやくやつしていたトラックだとおもいます。なつかしく拝見しました。
探索お疲れ様です。
電波もですが、最近はいろんな場所に熊平然と出てきたりするので気を付けてくださいね。
後恐らく、車種ですがダイハツの3輪CM型(1,5トン積) って奴じゃないですかね。形状が似ているような感じがします。
それかそれベースに荷台68センチ伸ばしたCM10型三方開のCM10T型って呼ばれていたタイプでは?
杏仁さん、ジョージさん熊には気をつけて下さいね😱
ダイハツのオート三輪っていいエンジン音するんすよ。ジョージさん、杏仁さんの魔法のカードで買いましょうよ。
途中出てきた間引きの木は、みんな使う割り箸になってますよ👍‼️
1962年製のダイハツCM8じゃないですかね?
プリもうさんの草ヒロ特殊その13に紹介されてましたよ!
杏仁さんの少し上ですが😅小学生の低学年の頃街中を走ってたのを思い出しました💦めっちゃ懐かしいですね😊
たしかでは有りませんがその三輪車はダイハツ号だと思います
1933年に初めて作られた車で750㏄~1000㏄迄有ったそうです
僕の小さな頃はダイハツと言ったら小さなミゼットが走って居ました
マツダの三輪車も見た記憶が有ります
きっと当時の林業を営んでいた方達がその三輪車に載せて木を運んでいたのでしょう
タイムスリップしたみたいですね
杏仁さん、ラバー博士、ジョージさん、お疲れ様です。
以前の動画で山奥にスカイラインを放置❔、山を歩いて放置車両が有って
捨てるのは何とも言えないですね👀
暑くなりますので、体調管理に気を付けてください💦
杏仁さま、ジョージさま
何時も楽しく拝見させて貰っています。
杏仁さんが違和感を感じられた。
林の奥に見えた白い木についてですが、
その樹は、もしかすると(映像に無いので想像となりますが)
『きらめ樹』と言う間伐で処理中のものかも知れません
『きらめ樹』とは、女性や子供でも出来る間伐の方法です。
『きらめ樹』間伐は、現在山の木々の手入れがされなくなった山の持ち主に
予め了承を得た上でその山に植林された杉の樹の正常な成長を促し
その山を価値のある山にする事を前提にした間伐の方法になります。
戦後植林された杉の樹の林業が安価な外材の煽りを受けて衰退してしまって
手入れや間伐をされることが無くなった山の再生を手助けを無償で行う団体があります。
その団体は、法人ではありませんあくまで、一般の市民が集まって行動されています。
過去に人工的に植林された山を長年放置されて昨今の局地的な豪雨や線状降水帯の自然現象で、
自然災害として被害が頻発するようになりました。
実際には、自然災害では無く人工的に植林された山を人間が放置した結果災害が発生している
そういった認識のある人達が立ち上がって『きらめ樹』の間伐が行われています。
『きらめ樹』の間伐の方法は、梅雨の時期杉の樹が水分を豊富に吸い上げている時期に
残して大きく成長させたい樹(真っ直ぐに伸びている樹)の周囲に有る成長に邪魔となる
曲がって伸びた樹や残したい樹の成長の妨げになる樹を間伐するのですが、
適正に成長を促す為に一定の決まり事(やたら滅多ら間伐は逆効果)で間伐するべき樹を
選別をして50年後に残した樹が太く真っ直ぐに成長出来るように価値のある樹に育てるのです。
具体的には、間伐する選定した樹の表皮(樹のかわ)を剥いて水分が上がらないようにします。
樹は表皮の部分から成長のための水分を取り込みます。
そこを断つ事で樹の成長を止めます。その状態で数ヶ月放置して置き立ち枯れした樹を間伐していきます。
水分の殆どは、抜けてしまう為切り倒した樹は軽くなり長さを2m強に捌けば女性でも移動が可能になります。
先に述べた『女性や子供でも』重機が無くても間伐ができると言うのはそう言った意味です。
実際には、一般的には間伐を行う為には重機を使用されますが、重機を山に入れる為には、
地主さまが一山持っていない限りその山の保有者の地主様達に重機が通れるように予め話を通して
了承を得る必要がありその地主様を先ず突き止めなければならない上に交渉も必要です。
その為現実問題としてかなりの下準備も必要で中々簡単ではありません
しかも、重機を使用するとなれば費用も馬鹿になりませんそういった上でも『きらめ樹』間伐は、
仲間が集まれば意外と簡単にローコストで山を育て災害の防止にもなり山の麓に安全に暮らしてもらえる
環境も整える事も夢ではありません
先に述べた放置されてた山の樹は、間伐をされず手入れが行き届かない為にモヤシのような
細く曲がりくねり周りの樹と喧嘩をする様に無尽蔵に存在している為山に根が這っていません
その為、大量に水分(豪雨による)を含み比較的に浅い山肌から土砂崩れの様になって各地で被害が発生しています。
本来手入れのされた樹がある山では、そのような事が起こりません
手入れのされていない山肌には下草も生えていないことが多くそこに有る樹も充分に根を這わせていない為に
山の地面が崩れ易い状況があります。
災害の起こったニュースや報道もそう言った事実を知らないのか 隠しているのか 殆ど知られていませんが、
この『きらめ樹』間伐は日本全国に広く実施され行動しているのも事実です。
もし、興味を持って『きらめ樹』と検索して頂ければ嬉しく思います。
但し、今回の動画での(白い樹)とは、全く異なるお話だったかも分かりませんが、
白い樹が私の知る物であればと思いコメントさせて頂きました。
また、別名として皮剥き間伐とも言われています。
植えすぎ!の次の瞬間
スギ薬局のCM入るの草w
毎週山登りするおじさんになってきたw
これは珍しいですねぇ😮
ここまで来ると運ぶのは困難ですけれど
ミニカの様にいつか杏仁さんの修理工場で朽ちた車が復活するのも見てみたいです。
余談となりますけれど
納車帰りに撃墜された我輩のヴェルファイア(まだ入院治療中)を杏仁さんの手で修理してもらいたかったです。
地元(当方、岩手県の最果て)が遠いので、近くなら修理依頼してたと思います。
近所にマツダのT2000がいます!めちゃめちゃ極上の個体が‼️屋根の下に(たまに走ってます)
多分杏仁さんと同世代位です。
S50前後でほぼチリ紙交換の車でしか見なかったですが、当時私は子供で異形な雰囲気に恐怖を感じていつも物陰に隠れてました。
その頃オート三輪は大人達にバカにされていた(チリ紙交換の車かみたいな)記憶があります。スバル360などの軽も軽だからかバカにされていました。多分マウントでしょうか。
ためになる動画ありがとうございます
すごいレストアしがいがありそうですね!アカデミックの軽トラに負けてない!
杏仁さんの許可が出たからジョージさんオート三輪買ってくるのかな😅
ちょっと前のニュースで、吉野杉一本二万円くらいでしたよ。原木の値段で、その後の加工工賃は別ですけど。