ขนาดวิดีโอ: 1280 X 720853 X 480640 X 360
แสดงแผงควบคุมโปรแกรมเล่น
เล่นอัตโนมัติ
เล่นใหม่
この話とはズレるんだけどオタクのポジションて全部リア充に奪われたよな。一昔前はシュタゲのダルみたいな“The ヲタク”って感じのガチのマニアがネット上の会話の中心にいて、コミケに行けば本当にアニメ好きなブスがコスプレしてたけど、今じゃ喋り上手くて面白いウェーイ系のyoutuberが人気かっさらっていって、アニメとかあんまり詳しくないグラビアアイドルとかが営業で適当にアニメのコスプレしたり。まとめサイトの影響でにわかでもディープな知識が簡単にさくっと知れるようになったり。見た目より中身が売りのオタク文化が結局顔が良いニワカの陽キャに全部持っていかれてマニアックだった市場も気付いたらJPOP化してしまったって印象が強いわ。
すごくわかる。
鉄道はそうでもない気がするが😅
文化、カルチャーに基づいて生きていくには、それ自体の普及も試みなきゃいけないだからオタクたちは行動していたけど、そのカルチャーが世間に認められたり認知された時に、そのカルチャーに救われるか殺されるかはその人による殺されないためにノブレスオブリージュやらエリート思想があるんだと思う、そういった自己防衛の必要性がなくなってしまったからオタクが死んだと言ったんじゃないかな
選民主義だったオタク文化は本当の意味で大衆化したし自由になったから、そいつらが気持ち悪いかも知れないけれど、もしかしたらその視線はかつてのオタクに向けられていた冷ややかな目と似ているのかもしれんかもな
それな、日陰者文化がなくなってしまった。知る人ぞって感じじゃなくなったというか、ファッション化したというか。寂しいと同時にやりやすくなって嬉しいって気持ちもある。なんだか複雑な気分だな。
真のオタクがかっこよく見えるのは単純に知性の塊だから、だったのか
としおにも、この長編をフルテロップ化した愛情にも感動する
激しく同意
@@kingtaiea6567 ですよね!こちらのチャンネル主さんのとしお愛凄い好きです
これとしお側が文字起こししてるって前動画で言ってなかった?この動画の文字が起こされてるかどうかは知らんけども
としおオタクと名付けよう
こうかたるとしおですらゴジラアースとギャレゴジの違いがわからないと言うヤバさ
感謝いたします。現代のオタクたちに、オタクという文化を残し、逆境の中、どれだけバカにされてもイジメられても、最後の最後まで文化として育ててくれた、いつかあったであろう"そういう時代"のオタクたちに、心より敬意を表します。
「オタクは死んだけど、僕らは残りました」涙腺崩壊した。
「残ってしまった」というニュアンスも含んでいて泣ける。明治維新後の元武士階級の悲しさ。
これが大人のあり方だよな。時代の変化で居場所を失ったことに対して憤りを感じ、周りを下げるのではなく、必要とされない時代になったと割り切り、大切なものとして慈しむ。それだけでなく、居場所を失った古のオタク達に居場所を与え、次世代のオタクへの語り部として地位を確立させたあたりまじで人格者。先が見えてる。
文化へのホントの愛があるんだろうね。尊敬する
@@jiitkha や
名乗ったものが「もう居ない」「要らなくなった」って自分で言うってめちゃくちゃ心に来ると思う…そこから建て直して話し続けるなんてすごい人だ…
た
今のオタクの使われ方の違和感がこれでスッキリしました。最後自分の口から発したことで本当に終わってしまったという感じ。胸にくるものがありました。
鳴り止まない拍手が全てを物語っているなぁ。。
それ、力強さも良かった
こう言う人がいたからこそ今のオタクがあるし、かつて存在した誇り高いオタクを憧れたり尊敬してる。でももうそんないかした奴はいないって考えたら確かに泣けてくるな。
昔は憧れとかじゃなくて勝手にそういう存在になっていたんだろうな。今はオタクが敷居の高いものになってしまって苦行のように感じてしまう人が多いんじゃないかと感じる。野球も小学生低学年の時は普通に楽しかったけど部活とかでやってる人見ると練習大変そうとか俺には無理そうとかなっちゃうみたいなのと同じような感じ
自称オタクが増えた(ハードルが下がった)からねえ。俺らだけかも知れんけど、オタクって言葉を肯定的に使われたことなんてなかったし。
オタクは人権がなかったがゆえにオタクだった。時代によってオタクに人権が与えられると、オタクたちはただの人間になった。オタク文化が崩壊したことで、弱いオタクは「趣味がある人」になり、強いオタクは「ちょっと変な人」になった。「自分と違う趣味を持ったちょっと変な人」を見かけたら、それは現代に生きる『ラストオタク』だろう。尊敬してほしい。
コミュニティが解散する寂しさを前に、それを「次の仲間との出会いへの布石」という類いの希望に最大限感じさせようと言葉を尽くす岡田氏に慈愛の心を感じた。
俺はオタクを尊敬している。時間と金、物によっては自身の創造性を全力で注ぎ込むことができるのが羨ましい。そういった夢中になれる物に出会える感性は美しいと思う。
僕もそう思う
「ああ」って名前いいですね。
@@user-tv4tt4mb3c ありがとう😊
僕もそうありたい。
ちゃんとしてるオタクなら尊敬するけど、ニートのオタクだったらまた話は変わってくるな
最後はもうずっと涙が止まりませんでした。これだけではないんですけど、とにかくこの人は言語化が凄いと思います。このお話を聞けて良かったです。
やっぱり才能あるよね岡田さん。
@@reallnoks2332 あなたの言語化能力も相当なものだと思われます!気持ちぃコメント(笑)!
やっぱり岡田さんは、オタキングです。
おれはオナキングだがな、、
"寂しいけど嬉しいんですよ" オタキングとしての役割は必要なくなったという寂しさと、やっと日本の文化はここまで来たんだ、という嬉しさ 岡田先生の涙は両方から出たものなのでしょうね。先生のお話はいつも深くて、色々な事を気付かせてくれます。けれど必要無い世界になった、と仰っていましたが、そんな事は無いです。こうして私の場合 動画を通じて彼から自分が持っていない知識や感じ方などを、教わっていますから
逃げることもできず勝てる見込みのない戦いに向かう寄せ集めの兵士たちを、その前の日の晩に決起集会を開いて、「何としても生き延びろ。これからは自分たちで生きる道を切り開いていけ。」と静かに、そして熱く鼓舞する動画に思えた
まさにそれでしょう…
ラストでとしおが退場した後も鳴り止まない観客の拍手が、このイベントの答えだと思ってる。最後の拍手を切り抜かずに最後まで流してくれて、本当にありがとう。
抽象的なテーマを取り扱ってて、データなんてないのにここまで話せるの半端じゃない。思考の整理能力、表現能力が凄すぎる。
この人の話本当に面白いな正直見るまでは斜に構えてたけどめちゃくちゃ引き込まれる1時間があっという間だった
アニメや漫画が浅く好きなんだけど、それでオタクって呼ばれることにずっと違和感と居心地の悪さがあった。そこまでの知識も熱意もないのにって劣等感が強くて、ライト層って言葉が出てきたときは正直安心したな。身の丈に合わないレッテルから逃げられる場所を見つけた気がして。
1時間長の動画でフルテロップは凄すぎます...
簡単な入口から入った人は簡単な物ばかり求めるって岡田さんの話、なろう系を見てると良く分かる。テンプレ作品に人が集まって、どんなに良く出来ていても馴染が薄くて難しいジャンルは埋もれて終わる。
昔のおたくと最近のオタの違いというか違和感はあったけどオタクってその道に詳しいだけじゃなくて自ら道を切り開いてるというかある意味研究者のような発明家のような今風に言うとクリエイターだったんですよね最近は既存のもの既製の範囲から出ることはなくおたくな人ではなくオタク結社に属している感じ。
オタクと言われるほどちゃんと勉強してないし、知識も努力も足らない… と思っていたから、この話聞いて何点か感心した
ちょっと気になったから軽い気持ちで視聴しはじめたら後半涙漏れた‥‥壮大な文化論だった。オタクを越えた、「共同体」「コミュニティ」の維持、崩壊についての話。
「オタク大陸」は沈んでしまったが、現在、SNSのおかげもあって、自分の「好き」を共有できる/共感してもらえる「島」みたいのができてるのは感慨深い。
火山が噴火して陸地ができちまったわけか
わかる奴だけに分かれば良いし、わかったふりされるのは不快だなと思う人間からすると、今の時代こそ深い話をできなくて虚しさを感じる。という観点もあると思う。上っ面の共感なんてない方がいい場合もあると思う。
島って例え凄く共感できるなひとえに“オタク”括りじゃ済まないくらいに、個々のジャンルが発展して世間一般に徐々に浸透して、貴族やエリートが治められないくらいにバカでかい文化の島になった感覚。
その「島」に対する憂いをここで話してるのよ
感動しました。この講演の元になった本を読んだときのことを思い出しました。あの内容を生の声で聴けて良かったです。最後の方はとても活字では表せない哀切さが滲み出てました。これはオタク文化に限らず、価値観が多様化、細分化していく現代社会の中にあって、どうしたら自分を肯定して自己実現できるかのヒントを提示してる名演説だと思います。
35:56 SFの死を見てきたとしおこれ実体験として感じていたんですよね(年齢がバレちゃうな)SF好きではあるけどSFオタクではないので多くは語れないけど栄華を誇ったSF雑誌が次々と廃刊していく様を見てきた世代なので「そうそう、そうだったよね」と思いながら見させて頂きました
最近は現実がSFめいてきてますしね。
スペースオペラがほとんど無くなり、早川文庫は店頭から撤去され始め、70年代迄のアメリカSFが黄昏が始まるよね。日本では小松左京やら星新一とか眉村卓とかが第一線から外れ出したのがハードSFの幸福な時代は終わったのかもしれない。
今は第四世代のオタクの世界になって「オタクはかっこいい」って思われる逆転現象が発生しちゃってるんだよねファッションの一つとも揶揄されてるけど、だからこそファッションじゃなく色々なオタク知識に精通してる岡田さんみたいな人に憧れる時代になってると思うかと言って「自分もああなりたい」と思われるかどうかは別としてね。スマホとSNSが完全に普及しきった世界で閉じたコミュニティを形成して他者に対する優越感を得るなんて事は無理だからねオタク以外の大衆には「良い物はジャンル関係なく良い」という価値が伝わりオタクにとっては「あの〇〇の部分が特に良い」という気持ちが解ってくれる同士を探しやすくなった悲しくなるどころかむしろ若い世代のオタクが心底羨ましいよ
俺は第2世代だ。オタクという言葉に愛と尊敬がある。しかし、事件があるたびにこの言葉が取り上げられて親からも大丈夫なの?って目で見られた。この感覚は一生忘れない…言葉の先にあるオタクが死ぬことはつらいと思いながら、少しホッとしています。俺は俺の中にオタクが今でもいて、それを続けています。
そういえば、昔は好きなものを好きって当たり前に言える風潮じゃなかったな。みんながみんなの心の中に大事にしてる宝物、誰もが何かのオタクになれたのは先人のオタクが居てくれたおかげなんだなって。
父は所謂第二世代のオタクと生きている人ですが、オタクは貶し言葉ではない、神の領域に達した人への褒め言葉であると言っていました。やっと理解できた気がします。あの世代のオタクたちは好きだからとは言えど貴族主義だったんですね。知識で好きかどうかを測るのはまた違うのではないかと思っていたりもしましたが、そこまでして学ぼうとする姿勢はもう好き以外の何でもないし何より人生をかけて突き抜ける事に尊敬します。
あの当時のオタクは尊敬できたよ。
最後の方の話し方が、ほとんど牧師が聖書の内容を解ているようなしゃべり方で非常に良かったです。現状のTwitterの性癖公開につながるイメージを15年前に見越していたと考えると感慨深いね。
聞かせる話し方がうますぎるんだよ。数分だけ聞こうと思ったら18分過ぎてたわ
そうそう性癖公開が一つの様式美化してるのがまあ、良くも悪くもあるが、こういうルーツを知っているのといないのでは全く違うよね。
この会は本当に神一生ネットに残って欲しいな
小さい頃になぜ私が「オタク」に憧れたのか、なぜオタクが魅力的に映ったのか、そして現在その憧れと現実のギャップに苦しんでいるかをやっと理解出来て、泣いてしまいました。本当に好きなものを自覚することも、それを人に伝えることもとても怖くて不安で孤独ですが、そう生きる自分でありたいなと思います。
2000年生まれだから昔のオタク文化含め、全てを理解し切ることはできなかったけど、オタクが死ぬことを「寂しいけど嬉しい」って言いながら泣いてる姿を見ると、、、😢
これ2006年か凄すぎるな
私二歳
僕3歳
7歳 TRIGUN見て目覚めてた
攻殻機動隊も
恐竜は絶滅したのではない鳥になったのだ
果たして進化なのか
@@user-ye1wf6wc7q 進化というより、「適応した結果」でしょうね。それは見方によっては進化でもあり退化でもある。今のオタクもそれと同様だと思います。
@@user-vb2vc6rb3n 上手いこと言わんでええねん笑笑
@@user-vb2vc6rb3n 分かりやすいご説明をありがとうございます。
@@Demekin1995 上手で分かりやすかったですね。
とても、納得したし、肌感覚で実感できた。頭の中で「平成狸合戦ぽんぽこ」のイメージが流れた。きっとそうやって、これから生きていくんだろうなぁ。
オタクという文化が着実に崩れて行くのを岡田さんはただ間近で見ている事しかできない。そんなの切なすぎる…
自分が好きなものは自分で決めるこれが凄く共感できた。
これまでずっと私はオタクらしいオタクになれないことでオタク仲間を上手く作ることができませんでした。今回の動画を拝見してオタクという中心概念が私のアイデンティティとの不調和をもたらしているように感じていたんだと納得してしまいました。そして、最後に岡田さんが仰った、「自分の好きなものを好きだと伝えるのは怖い事だ、でも、これからはそれを伝えていかなきゃいけない。」という言葉に自分がずっと頑張り続けてきたことは正しかったのだと勝手に報われたような気持ちになって、これから行こうとしている道への自信も貰ってしまったため、個人的なお礼です、本当にメディアに長年いて下ってありがとうございました。これからも何度も岡田さんの解説や言葉にお世話になると思います。岡田さんが楽しく生きられる世の中であるよう私も頑張っていきます。私はずっと岡田さんみたいな圧倒的な知性と言語化能力を持った余裕のあるようでない、ようでやっぱりある貴族的オタクに憧れていました。そのことに気がつくことができ、自分に出来なかった理由も理解できて嬉しいです。ありがとうございます。
岡田斗司夫の神髄って感情論なんだよな理屈を緻密に高く組みあげてそれ自体も大したもんなんだけどあくまでそれはろ過装置なんだよ理屈であらゆる不純物を取り除いてその末に絞り出したたった一滴の感情がものすごくエモいそれは結果として凡庸な浪花節っていう形で現れることもあるけど出力される言葉は同じでも定型文じゃなくて純度が全く違う完全なハンドメイドだだからよそで岡田がこう言ってたって取り上げられるときに結論だけを取り上げられがちなのがすごくもったいない
この講演は様々な事柄に当てはまるなぁ。先人たちの偉業によって市民権が得られたけれど、享受されていく間に先人たちが闘っていたものや目指したものから離れていってしまう。私は何のオタクでもないけれど、自分の属するコミュニティーのことにも当てはまって考えさせられました。
泣いちゃいそうなとしおも素敵だな。オタクを語ってくれてありがとう。しんどいけど勇気づけられる話だった。宝物が増えたような気分です。
オタクってのがファッション化してなかった時代ってめちゃくちゃ良かったんだよね受け入れられすぎてオタクですって簡単に言えちゃうのもなんか違う。コソコソしてるのもオタ活だったんだよね
拍手も冷めやらぬ中、どこからか「俺も頑張るからよぉ!!!」という慟哭がたしかに聞こえてきて、打ち震えた。
人気バンドの解散ライブでありそうw周囲から見てると非常に寒々しいw
分かるよ
@@abc0to1情熱的よな
趣味を「教養」と見るか「娯楽」と見るか。疲れて帰ってきて「アニメ観なきゃ」って思うのか「アニメでも観るか」っていう違いかな。
これ。
天職でお仕事だったのが、息抜きになってしまったんですね…
これだわ。
ほんこれ。
私の小学生から高校。までオタクの友人が多くて、大量の戦車のプラモデルを見たり、スターウォーズが来る前にその凄さをかなり詳しく話してくれました。アニメの凄さもガンダムの事もオタク友達が教えてくれました。彼らは人を蔑まないし、優しい良い人間でした。とても楽しい会話が何時間でも出來ました。
この講義が行われた年の生まれで、実際に岡田さんの言う、オタクの衰退と滅亡を目の当たりにしていたわけじゃないけど、言語化が上手すぎて胸にきた。アニメキャラの絵を教室で描いていても問題視もされず差別もされず、当たり前のようにスクールカースト上位の明るくて社交性のある、いわゆる陽キャの人達もアニソンを歌ったり、漫画やアニメを見て感想を言い合っていたり、グッズを堂々と持ち歩いたりする。これだけ一般化して、多様化したオタクという個人の姿。履修している共通の作品がどんどんなくなってきているのも事実……。そして、分かりやすいおいしいところだけを吸っていくといった感じがあって、勝手にその姿にモヤモヤしていたので、この講義で話してくださっていることが嬉しかった。オタクという言葉こそ今でも使われているけれど、それは、馬鹿にするものでもオタクという集団の一人として人を指す言葉でもなくなっているのは、こういうことなんですね……。でも、アニメや漫画好きの人口はすごく増えた。仲間という意識や黎明期の楽しさは失われてしまったかもしれないけれど、とても生きやすい。今まで世間からどう思われても"好き"を突き通してくれた強いオタクや、主張を持って戦ってくれたオタクのおかげということを忘れずに好きなものを大切にしていきたい。強い尊敬を抱いた。講義をしてくれた岡田さんも、フルテロップ編集をしてくれた切り抜きの方も、ありがとうございます。勉強になりました。教養として作品をたくさんみて、共通認識をきちんと持つことに対する憧れがとまらない……。
えぇ…2006年生まれがこんなに理路整然とした文章を書く時代なの…?時代早すぎない…?
同志よ…こんなしっかりとした文章が書けて羨ましい
情報社会であり、情報を正しく取り扱うことが出来る子はこんな文章が書ける人間になれるんだろうなぁ
早生まれか遅生まれか分からないけど、同世代の人間としては、自分自身はアニメを沢山見たり沢山絵を描いたりしてる訳ではないけれど、共通認識を持つためには、リスペクトが大切だと思います。お互いに許しあえたら皆が共通認識を持てると思います。ネットで各々の世界が展開されがち、または過度に共有出来がちだけど、リスペクトが大切だと思う。
若すぎる。マジかよ。歳とりたくねぇよ
3世代のどれにも当て嵌まらない僕だけど、この講演の内容にリアリティは持てないながらもなんとか理解することができた。あなた方のおかげで膨大な情報量の中から選りすぐって創意工夫を重ねた絶品な作品達が生まれたと思うと感謝しかない。先人達が好きを繋いでくれたおかげで、大量の完結作品に出会えた。でもやっぱり統治は必要ないけどおたきんぐ的な人は必要かも。おたくプロフェッサーみたいな。正直、ハウツー本みたいな秀逸厳選レビューまとめみたいなのは、ネットに転がってて欲しい。あ、そのためのとしおチャンネルか、、、なるほど。お世話になってます。やっぱりおたくにしか辿り着けない深淵は未だにたくさんあると思う。研鑽せねば!気づかないようでは作者に失礼。
「オタク」を「日本人」に置き換えても通用するような普遍性のある分析と解釈だと感じました
岡田さんの時代のオタクはSFを読んでも足りずオタクなら原文で読まなければいけないという強固なものだったと聞きます。平たく言うと外語が分かるのは当たり前。なのでオタクは知的で教養がある凄い人種だと正面から言えた。アニメが萌えの盛りになると、どれだけ作品を数観てるか・萌えが分かるか・といった事がオタクになっていく。オタクは外へ向く事だったのに、いつの間にか内へ向くものになってしまった。オタクであることの高い誇りがドロっと溶けてパッと散ることで文化として広まって多くの人のものになる。カルチャーが絶命しないために、この運命を走るしかないのは分かってはいても、当時のオタクからしたらそれは泣くしかないよなあと当時著書を読んで思いました。
音楽も映画もファッションもそう、最近の〜と言うと主語がデカいけど、“与えられた物を与えられたままにしか解釈しようとしない”・“強い拘りや思想 信念を持たない自己研鑽の足りない者”に向けたコンテンツが指示されているのを見て、岡田氏の言う強いオタクの対極にある人達 言うなれば“弱いオタク”が文化の中心になっていると感じる。マジョリティであると同時に現在1番購買力が強い人達。好きな物くらい自分の意思で決めるし、居場所も肩書きもステータスも必要としない。オタク市場でも「所詮買わない人間がクリエイターに文句を言うな」「買ったものが正義」っていう人達が多くなったけれど、自分の中に聖域を持たない流されるままに流される人達の薄っぺらい自己肯定感を満たすルサンチマンそのもの。岡田氏のオタク超人論すごく沁みるし、宮崎駿がカオナシを“主体を持たない若者”として描いた事もわかる。ひねくれたオタクの創る、「ヒントは与えるけれど自力で聖域に辿り着けない者達を排斥するようなエリート思想が反映されたやたら考察の難しい作品」はもう支持されなくなっている。現代の若いオタク批判は老人の戯言と一蹴されがちだけど、自分は結構本質を突いた意見が多いと思うオタクであることに対する世間の理解も社会的地位も居心地のよさもいらんなぁ
この量をフルテロップ化とかハンパねぇな…
僕は今20代なのですがオタクに憧れる気持ちがあります。この話を他人にするとよくわかってもらえないことがあるのですが、オタクの認識の変化があるのかも知れません…考えさせられます…
わかります自信を持って自分の好きなことを発信できるってかっこいいですもんね
今のオタクはファッションオタク。なっても楽しくない。アニメなんて卒業させられようとしている雰囲気がある。
私は30代になったばかりですが、気持ちがよくわかります。オタクって私の中では「その道のプロ」というイメージがあって、たまたまそれが商業的な価値を成さないものだっただけというものです。ミリタリーについてどれだけ詳しくてもそれは仕事になりえない、などそういう方を指してます。こう言ってしまうと批判を貰いそうですが…仕事にならない、或いは仕事に活かす気がない、ある種無駄なことに対して物凄い情熱を持ってこれでもかというくらい精通しているのは凄いかっこいいと私は思っています。適当で何をやっても中途半端な人(私含む)と比べてオタクは凄いです。「◯◯はオタクだよね」とよく言われますが、必ず「本当のオタクはもっとこだわって、もっと深い人の事を言うんだよ。私なんか好きレベルよ」と答えてます。
同じく20代ですが、主さんの言ってることはこの動画で言われている「強いおたく」に憧れる気持ちがあるってことですよね。第三世代以降、「俺はこれが好きだ!」と主張しても「あ、そうなのね。ところでさ…」ぐらいの世の中になった。第一世代のように後ろ指を刺されることも、第二世代のように自分たちの権利獲得のために奮闘する必要も無くなった。メインに対しての存在だった『サブ』カルチャーは失せて、オタクが死んだ。僕は、所謂この「死んだ」後の世代な訳で、オタクであることの苦しさや生きづらさは感じることなく生きてきました。それが良かったとも悪かったとも思いませんが、やっぱりこの動画内でも言われてるように改めて言語化されると、嬉しくもありますが寂しいもので、憧れ、羨ましいとは思いますね。
多様性の概念に限りなく近い事を15年前に単独で辿り着いてるのは凄いですね
なんでこの人がオタキングと呼ばれているのか腑に落ちました。
このお話が本当に好きで何回も聞いている
オタクが強い精神力と知性を持っているものだと言うのは凄く共感した。確かに自分の趣味はテレビから与えられたものでもなく自分から歩み寄って手に入れた物だと思う。それにしても強制収容所のくだりは面白かったw
「『僕ら』と言える最後の機会」「ブームになっていくのも恥ずかしいし見られたくはなかったけど辛いことばかりじゃなかった」「なぜなら僕らは仲間が欲しかったわけだし」「寂しいけど嬉しいんですよ」……感動した
最近岡田斗司夫を知った私は、知っていく程どんどん好きになって、今日この動画を初めて見て、大袈裟でなく魂が震えて号泣しました。岡田斗司夫を知ることが出来て本当に私はラッキーだと思います。昨日自分のブログに今一番好きな人って、岡田斗司夫のことを書いたところでした。全く違うようで同じなんだとわかりました。2006年の動画という事は15年前!その頃の自分は何をしていたのか振り返ってみようと思いました。ありがとう岡田斗司夫😆❤️
君たちはどう生きるか、という綺麗な問いで終わりましたね。すっごい納得した公演でした
自分が好きな業界に入り、作り手を目指すのではなく、消費者のままで作品を楽しむというのが、いまの若者なんでしょう。
まさにそうです言い逃れができない...
第二世代で岡田斗司夫さんはBS漫画夜話からのファンです。この演説(?)は何度かTH-camで繰り返し見ていたけど結論部分が良く理解出来ていなかった事にこのフルテロップ版で気が付きました。ありがとうございました。いじめられて漫画を読み耽り、宅八郎と同類と思われないようにおしゃれをしたり、でもそんな時代が「オタク」というだけのアイデンティティが良くも悪くも通用する幸せな時代だったんですね。オタクというアイデンティティが通用しない時代では自分が何がどういう理由で好きなのか、発信して同意して貰えないと不安は消えないと。ありがとうございます。道が見えました。
こんなペテン師の一体どこがスバラシイのかおせーて。m9(・3・)まあ本人に会った事ないから夢が広がりんぐなのはワカルけどさ。会ってみりゃタダのロクデナシとよーくワカル。
かつてはアンダーグラウンドで少数派として後ろ指を指されながらも好きなものを突き詰められるという強いオタク像が、オーバーグラウンド化する事でその概念を維持できなくなったということだね。最近の邦ラップにも同じようなジレンマを感じる。
邦ラップとは違うだろ
hip-hopにもオタクは居るしどちらかと言うと二極化してるってイメージかなどちらが良い悪いではなく
すごい。長くないコメントだけど、ドンピシャの表現だと思いました。
逆に言うなら、独立性を保つっていうことは、それだけ流れに抗い続け社会の中の異質な存在としてそのことにすら誇りを持ち続けるような極めて体力のいる行為だってこと
コアな人の文化として、その人たちの生存域が広がるのが理想的だけど、それは気が遠くなるくらい時間がかかる。対して文化を認識してもらうだけならマス層を引き込むだけで済む。そのマス層の幾らかはコアな人になるが、大半はそうはならない。それにより、その文化圏におけるコアな人の生存域は相対的に狭まってしまうというジレンマが生じてしまう。だから、そもそもマス対コアという対立構造自体が間違いで、コア層が仲間を獲得するための市場としてマス層を扱うべきなんじゃないかな。しかし、マス層に擦り寄ることは己が文化を腐らせることに他ならないから、コア層は自身の修練を重ね、己が文化を洗練することによってその魅力を高め、その文化を絶えず発信していくことによって仲間の獲得を図るべきであると思う。
俺はオタクでもなんでもないけど全部聞いてしまった、熱いっす
同じく。
最近は二次創作するハードルも低くなったし、〇〇が好きってのも理解されやすくなってオタクも生きやすいですね…というかオタクの意味も変わってきた
オタクがコモディティとなってしまった現代において今まさにこうやってオタクについて何かを論じることもある種の卓越化なのかもしれません。それでも「オタク文明」を愛し自らが愛した「オタク文明」と最後まで添い遂げた「オタク」の皆様に敬意を表したいです。歴史を繋いでくれてありがとう。
好きなものを好きと伝えるそうでなきゃオタクは死んだままだこの言葉に泣けて来てしまいました自分が選んだものの素晴らしさを伝える事の矜持が錆びていた事に気付けて良かったです
本当にためになる配信を観れましたありがとうございます🙏
2021年現在、オタクの範囲が広がりすぎて「コア層」とかって言葉が岡田斗司夫みたいなタイプの人を指す言葉になったよなと思う。
オタクと言われ続けた学生時代きつかったです。プラモ作ることと学校でガンダムやエヴァの話をしただけで差別されたのが自分の中でも違和感や疎外感を感じました。でも未だにプラモを作ることやアニメを見て夢を見ている自分がいるのも確かです。一時期プラモをやめましたが、今も作り続ける自分がいて、周りに仲間たちがいることに感謝しています。見る側作る側の気持ちを持って、これからも作り続ける所存です。この動画をあげて下さった方、本当にありがとうございます。少し救われました。
みんなが救われて満足の中涙ぐんで消えていくオタキング、あまりにもオタク好みの展開で泣いてしまう。
「萌え」っていう言葉は今「尊い」っていう言葉に代わってるのかな
この岡田さんのお話を観て、ようやっと自分が所謂「ロック」という音楽ジャンルに対して感じる違和感や世間とのズレの正体がはっきりした気がします自分は今の時点で30歳手前でも、ここで言うところの第1世代的な義務感や好奇心を持った探求心を持って音楽を掘り下げていたけど、周りの音楽好きと話が合いきる事があまり無かったのはそういうことだったのかと岡田さんが展開されているオタク論は他の様々なジャンルにも当てはまる事だと思います
ここのコメ欄が更新され続ける限りオタクは終わらねえ
世間に認められようとするあまりオタクの定義をわかりやすいものにしてしまって(されてしまって)またそのオタクの大多数から外れた人達は行き場がなくなってしまった。オタクと自称する人とオタクであっただろう人達とでは話が合わないし、互いに認められなくなってしまった…。
私のオタクの人のイメージは、自分の好きなジャンルの事を2時間でも3時間でも楽しく話続けられる人ですね。そのジャンルの事を1つ聞かれたらそれに派生して10から20個返ってくるみたいな感じですね。。私はにわかもんですが、オタクの人の話は聞いてて楽しいです。···まぁ話についていけない事も多々ありますが、そこまで好きな事に打ち込めるのが羨ましく感じます。
多様化しすぎて、同じアニメが好きでもキャラが好きだったり声優さんが好きだったり、作画、原画、絵コンテまで「好き」のバラツキがどんどん多岐にわたって、話しててもなんちげ感が生まれますよね。
多様化は仕方ない いわゆる好みの問題 世界であり オタク達が共有してたものは世間との対比であるオタクが世間的 大衆的 つまり一般的に認知されたらその下に存在する膨大な大衆の各個人に消費され分類され空洞化する
何でだよ、皆が同じ部分を好きならその共感ができるように、違う部分が好きならその共有って楽しみが増えるだろうよ
僕は82年産まれですが、昔はアニメが好き!と言うと若干差別される風潮はありました。なのでたまに同じアニメとか自体を知ってる人と会うとそれだけで嬉しかった。もっと10歳くらい上の世代になるとそういう感覚は更に強かったんだと思うよ。
そもそもコンテンツの総量が増えたので岡田斗司夫の言う「これを通らないとダメ」というのが時間的に厳しくなり、他の領域に手を伸ばす余裕がなくなってきた岡田斗司夫の言うオタク大陸でのジャンル間の交流や共有はほとんどの人にとってなくなったが、一部の強いオタクがクロスオーバーの行動力と創造力を持つ限りオタクは絶滅はしないとは思う
85年生。子どもの頃イメージしていたオタクが変化したな~と感じたのがハタチ前後かも。「周りよりマンガアニメ見てるラノベ読んでるグッズ買ってる状態」で自らオタク名乗る人が増えた時かな。それが良い悪いではなくて、自分の思うオタク像が「そのジャンルに深い知識を持ち、愛時間金をかけてさらにアウトプットする人たち。」だったので。
きっと世間が実像を理解せずに[オタク]とラベル付けして、それがこの世の基準みたいになって、本来のオタクでない人も本来のオタクも、違和感を常に持つようになったのかな
小さい頃から周りにオタクと言われそれを違和感ありながら生きてたけどこれ見て納得したし元気出た。オタクってもう居ないんだな。どこかのやつで見た今は懐かしき故郷って言葉が当てはまる。
この講演をしてる2006年の時点でこんな事言われてたのか...私にとっての2006年はオタク全盛期だと思っていた。ニコ動も2ちゃんも盛んで初音ミクも生まれて、チェックシャツで早口なマニアたちがいて、コミケもまだまだ雲が出来るくらいの熱気で...けどこれはきっと私の人生の中での懐かしさで補填されたものであって、岡田先生の言う真のオタクの姿ではなかったんだろうな。懐かしさ補正で当時評判が悪かった物もあの時代は良かったと思えてしまうもんね...
岡田さん。もらい泣きしました。ひとつの時代の終焉をこんな言葉で話してくれる人を私は大切にしていきたいです。
30:50 自分の好きなものは自分で決める強烈な意志力と知性の現れ
いっつも心のどこかに引っ掛かりを感じたのですがとってもある意味でスッキリしました。この動画観て泣いてしまいました。
2006年なのか。オタク全盛期だと勘違いしていた頃だけど、その一方で、岡田氏にとっては長い青春が終わったってことなのかな。彼の講演を見てそんなことを感じてしまった。
この講演から15年経ったけれど、他人に自分の好きなものを伝える技術の有無によって個人の評判が左右される評判格差社会が来ているように思う
鋭い視点です。その通りだと思います。同じオタクでも、「絵が描ける、文章が書ける、音楽を作れる、批評が出来る」人と、そうでない人との格差が凄く広がっている・・・SNSのお陰で「広がっているように見える」社会が到来しています。それは幸せと同時に、新しい孤独を生み出すと思います。
すごい救われました!余計な考えを手放せた〰️フルテロップスゴイ。ありがとうございます。
夢を追うと現実に追われる。少数でもいいから仲間を募って、走ることが楽しむコツ。
私は先生の言うオタク道を極めようと思い、いろいろ作品に出てくる用語やストーリー展開から作者の言いたいこと、作品の裏メッセージまで理解したいと思い、考察していくのが現在の趣味なのですが、やはり今の人はネットに書いてあることが全てと考えてしまうらしく、僕は1人ぼっちです。寂しいです。
スゲー!、言った通りになってる経済的に世界から取り残されつつあるなかでコンテンツだけが日本が世界に誇れる最後の砦やっぱりこういう先人達が切り開いてくれたから今があるんだな
材料とか化学の分野とか戦えてる分野他にも少しはあるのよそれが逆に良くないのかも知れんけど、一度明確に負けないとこの国は火がつかなそう
なんでも黎明期が1番おもろい
まじでそれな
今の黎明期ってなんかある?
@@qm9758 vrchatとかかな?
ほんとそれ!駆け出しの瞬間こそが一番力が必要でしんどいけど、最も実感を得られる瞬間だよね。まあ当事者のうちはなかなか気づけないんだけど。
@@DXcrab ありがとう!見てみる!
最後まで見てたらイースターがはじまった!!最近切り抜き動画で岡田氏のことを知ったばかりだけど、なるほど、異様なまでの解像度の高い見識はそういう思想のもと自己鍛錬の業物で切り開いて見てきた物だったのかオタクから個人へ、オタクから同好の士へ、オタクという概念から個人という概念へ確かに、オタクは死んでしまったのかもしれない現状、SNSが普及したことで文化の苗床こそあれど、いずれまたこの動画にあるようななんらかの「文化の死」を迎えるかもしれない素晴らしい見識であり、いつまでも振り切れない「文化の死」が見えるポジションは、確かに前夜が眠れなくなる公演(この動画)になってしまいますね
岡田さんは今まで戦ってきたんだろうなぁこの動画見つけられて良かった
真面目な顔して「代々木アニメの各クラスに3人ずついそうなやつ」って表現が好きすぎていつかどこかで使おうと思ってる
気づつく方もいるかもしれないから止めといた方が...
岡田信者晒すのはひろゆき語録をリアルで平然と使うのと同じレベルで痛すぎるわ
@@vvqzz498 傷付く、ね
このコメントが秀逸
新たな時代が定着した今だからこそ振り返させて頂く講演でした。
好きだと言えば救われる。byオタクキリスト教
実際その通り
第一世代のおたくさんたちは、真空管アンプ作っちゃう。知識量も圧倒的で、第二世代の私は尊敬しているし、とてもかなわないと思っています。
こういうの聞いてると改めてオタクと人に言われたら否定するし、尊敬し続けるよ。今好きな歌手でバンプオブチキンのrayって曲の歌詞に「寂しくなんかなかったよ。ちゃんと寂しくなれたから」って言葉がすごくこの話を聞いてる時に思い出した。この寂しさが自分の支えになってくれると信じて生きていこうと思いました
この話とはズレるんだけどオタクのポジションて全部リア充に奪われたよな。一昔前はシュタゲのダルみたいな“The ヲタク”って感じのガチのマニアがネット上の会話の中心にいて、コミケに行けば本当にアニメ好きなブスがコスプレしてたけど、今じゃ喋り上手くて面白いウェーイ系のyoutuberが人気かっさらっていって、アニメとかあんまり詳しくないグラビアアイドルとかが営業で適当にアニメのコスプレしたり。まとめサイトの影響でにわかでもディープな知識が簡単にさくっと知れるようになったり。見た目より中身が売りのオタク文化が結局顔が良いニワカの陽キャに全部持っていかれてマニアックだった市場も気付いたらJPOP化してしまったって印象が強いわ。
すごくわかる。
鉄道はそうでもない気がするが😅
文化、カルチャーに基づいて生きていくには、それ自体の普及も試みなきゃいけない
だからオタクたちは行動していたけど、そのカルチャーが世間に認められたり認知された時に、そのカルチャーに救われるか殺されるかはその人による
殺されないためにノブレスオブリージュやらエリート思想があるんだと思う、そういった自己防衛の必要性がなくなってしまったからオタクが死んだと言ったんじゃないかな
選民主義だったオタク文化は本当の意味で大衆化したし自由になったから、そいつらが気持ち悪いかも知れないけれど、もしかしたらその視線はかつてのオタクに向けられていた冷ややかな目と似ているのかもしれんかもな
それな、日陰者文化がなくなってしまった。
知る人ぞって感じじゃなくなったというか、ファッション化したというか。
寂しいと同時にやりやすくなって嬉しいって気持ちもある。
なんだか複雑な気分だな。
真のオタクがかっこよく見えるのは単純に知性の塊だから、だったのか
としおにも、
この長編をフルテロップ化した愛情にも感動する
激しく同意
@@kingtaiea6567 ですよね!
こちらのチャンネル主さんのとしお愛
凄い好きです
これとしお側が文字起こししてるって前動画で言ってなかった?この動画の文字が起こされてるかどうかは知らんけども
としおオタクと名付けよう
こうかたるとしおですらゴジラアースとギャレゴジの違いがわからないと言うヤバさ
感謝いたします。
現代のオタクたちに、オタクという文化を残し、逆境の中、どれだけバカにされてもイジメられても、最後の最後まで文化として育ててくれた、いつかあったであろう"そういう時代"のオタクたちに、心より敬意を表します。
「オタクは死んだけど、僕らは残りました」
涙腺崩壊した。
「残ってしまった」というニュアンスも含んでいて泣ける。
明治維新後の元武士階級の悲しさ。
これが大人のあり方だよな。
時代の変化で居場所を失ったことに対して憤りを感じ、周りを下げるのではなく、必要とされない時代になったと割り切り、大切なものとして慈しむ。
それだけでなく、居場所を失った古のオタク達に居場所を与え、次世代のオタクへの語り部として地位を確立させたあたりまじで人格者。
先が見えてる。
文化へのホントの愛があるんだろうね。
尊敬する
@@jiitkha や
名乗ったものが「もう居ない」「要らなくなった」って自分で言うってめちゃくちゃ心に来ると思う…そこから建て直して話し続けるなんてすごい人だ…
た
今のオタクの使われ方の違和感がこれでスッキリしました。
最後自分の口から発したことで本当に終わってしまったという感じ。胸にくるものがありました。
鳴り止まない拍手が全てを物語っているなぁ。。
それ、力強さも良かった
こう言う人がいたからこそ今のオタクがあるし、かつて存在した誇り高いオタクを憧れたり尊敬してる。でももうそんないかした奴はいないって考えたら確かに泣けてくるな。
昔は憧れとかじゃなくて勝手にそういう存在になっていたんだろうな。
今はオタクが敷居の高いものになってしまって苦行のように感じてしまう人が多いんじゃないかと感じる。
野球も小学生低学年の時は普通に楽しかったけど部活とかでやってる人見ると練習大変そうとか俺には無理そうとかなっちゃうみたいなのと同じような感じ
自称オタクが増えた(ハードルが下がった)からねえ。
俺らだけかも知れんけど、オタクって言葉を肯定的に使われたことなんてなかったし。
オタクは人権がなかったがゆえにオタクだった。
時代によってオタクに人権が与えられると、オタクたちはただの人間になった。
オタク文化が崩壊したことで、弱いオタクは「趣味がある人」になり、強いオタクは「ちょっと変な人」になった。
「自分と違う趣味を持ったちょっと変な人」を見かけたら、それは現代に生きる『ラストオタク』だろう。尊敬してほしい。
コミュニティが解散する寂しさを前に、それを「次の仲間との出会いへの布石」という類いの希望に最大限感じさせようと言葉を尽くす岡田氏に慈愛の心を感じた。
俺はオタクを尊敬している。時間と金、物によっては自身の創造性を全力で注ぎ込むことができるのが羨ましい。そういった夢中になれる物に出会える感性は美しいと思う。
僕もそう思う
「ああ」って名前いいですね。
@@user-tv4tt4mb3c ありがとう😊
僕もそうありたい。
ちゃんとしてるオタクなら尊敬するけど、ニートのオタクだったらまた話は変わってくるな
最後はもうずっと涙が止まりませんでした。これだけではないんですけど、とにかくこの人は言語化が凄いと思います。このお話を聞けて良かったです。
やっぱり才能あるよね岡田さん。
@@reallnoks2332 あなたの言語化能力も相当なものだと思われます!気持ちぃコメント(笑)!
やっぱり岡田さんは、オタキングです。
おれはオナキングだがな、、
"寂しいけど嬉しいんですよ" オタキングとしての役割は必要なくなったという寂しさと、やっと日本の文化はここまで来たんだ、という嬉しさ 岡田先生の涙は両方から出たものなのでしょうね。先生のお話はいつも深くて、色々な事を気付かせてくれます。けれど必要無い世界になった、と仰っていましたが、そんな事は無いです。こうして私の場合 動画を通じて彼から自分が持っていない知識や感じ方などを、教わっていますから
逃げることもできず勝てる見込みのない戦いに向かう寄せ集めの兵士たちを、その前の日の晩に決起集会を開いて、「何としても生き延びろ。これからは自分たちで生きる道を切り開いていけ。」と静かに、そして熱く鼓舞する動画に思えた
まさにそれでしょう…
ラストでとしおが退場した後も鳴り止まない観客の拍手が、このイベントの答えだと思ってる。
最後の拍手を切り抜かずに最後まで流してくれて、本当にありがとう。
抽象的なテーマを取り扱ってて、データなんてないのにここまで話せるの半端じゃない。
思考の整理能力、表現能力が凄すぎる。
この人の話本当に面白いな
正直見るまでは斜に構えてたけどめちゃくちゃ引き込まれる
1時間があっという間だった
アニメや漫画が浅く好きなんだけど、それでオタクって呼ばれることにずっと違和感と居心地の悪さがあった。
そこまでの知識も熱意もないのにって劣等感が強くて、ライト層って言葉が出てきたときは正直安心したな。
身の丈に合わないレッテルから逃げられる場所を見つけた気がして。
1時間長の動画でフルテロップは凄すぎます...
簡単な入口から入った人は簡単な物ばかり求めるって岡田さんの話、なろう系を見てると良く分かる。
テンプレ作品に人が集まって、どんなに良く出来ていても馴染が薄くて難しいジャンルは埋もれて終わる。
昔のおたくと最近のオタの違いというか違和感はあったけど
オタクってその道に詳しいだけじゃなくて自ら道を切り開いてるというか
ある意味研究者のような発明家のような
今風に言うとクリエイターだったんですよね
最近は既存のもの既製の範囲から出ることはなく
おたくな人ではなくオタク結社に属している感じ。
オタクと言われるほどちゃんと勉強してないし、知識も努力も足らない… と思っていたから、この話聞いて何点か感心した
ちょっと気になったから軽い気持ちで視聴しはじめたら後半涙漏れた‥‥
壮大な文化論だった。オタクを越えた、「共同体」「コミュニティ」の維持、崩壊についての話。
「オタク大陸」は沈んでしまったが、現在、SNSのおかげもあって、自分の「好き」を共有できる/共感してもらえる「島」みたいのができてるのは感慨深い。
火山が噴火して陸地ができちまったわけか
わかる奴だけに分かれば良いし、わかったふりされるのは不快だなと思う人間からすると、今の時代こそ深い話をできなくて虚しさを感じる。という観点もあると思う。
上っ面の共感なんてない方がいい場合もあると思う。
島って例え凄く共感できるな
ひとえに“オタク”括りじゃ済まないくらいに、個々のジャンルが発展して世間一般に徐々に浸透して、貴族やエリートが治められないくらいにバカでかい文化の島になった感覚。
その「島」に対する憂いをここで話してるのよ
感動しました。
この講演の元になった本を読んだときのことを思い出しました。あの内容を生の声で聴けて良かったです。
最後の方はとても活字では表せない哀切さが滲み出てました。
これはオタク文化に限らず、価値観が多様化、細分化していく現代社会の中にあって、どうしたら自分を肯定して自己実現できるかのヒントを提示してる名演説だと思います。
35:56 SFの死を見てきたとしお
これ実体験として感じていたんですよね(年齢がバレちゃうな)
SF好きではあるけどSFオタクではないので多くは語れないけど
栄華を誇ったSF雑誌が次々と廃刊していく様を見てきた世代なので
「そうそう、そうだったよね」と思いながら見させて頂きました
最近は現実がSFめいてきてますしね。
スペースオペラがほとんど無くなり、早川文庫は店頭から撤去され始め、70年代迄のアメリカSFが黄昏が始まるよね。日本では小松左京やら星新一とか眉村卓とかが第一線から外れ出したのがハードSFの幸福な時代は終わったのかもしれない。
今は第四世代のオタクの世界になって「オタクはかっこいい」って思われる逆転現象が発生しちゃってるんだよね
ファッションの一つとも揶揄されてるけど、だからこそファッションじゃなく色々なオタク知識に精通してる岡田さんみたいな人に憧れる時代になってると思う
かと言って「自分もああなりたい」と思われるかどうかは別としてね。
スマホとSNSが完全に普及しきった世界で閉じたコミュニティを形成して他者に対する優越感を得るなんて事は無理だからね
オタク以外の大衆には「良い物はジャンル関係なく良い」という価値が伝わり
オタクにとっては「あの〇〇の部分が特に良い」という気持ちが解ってくれる同士を探しやすくなった
悲しくなるどころかむしろ若い世代のオタクが心底羨ましいよ
俺は第2世代だ。オタクという言葉に愛と尊敬がある。しかし、事件があるたびにこの言葉が取り上げられて親からも大丈夫なの?って目で見られた。
この感覚は一生忘れない…言葉の先にあるオタクが死ぬことはつらいと思いながら、少しホッとしています。俺は俺の中にオタクが今でもいて、それを続けています。
そういえば、昔は好きなものを好きって当たり前に言える風潮じゃなかったな。
みんながみんなの心の中に大事にしてる宝物、誰もが何かのオタクになれたのは先人のオタクが居てくれたおかげなんだなって。
父は所謂第二世代のオタクと生きている人ですが、オタクは貶し言葉ではない、神の領域に達した人への褒め言葉であると言っていました。
やっと理解できた気がします。
あの世代のオタクたちは好きだからとは言えど貴族主義だったんですね。知識で好きかどうかを測るのはまた違うのではないかと思っていたりもしましたが、そこまでして学ぼうとする姿勢はもう好き以外の何でもないし何より人生をかけて突き抜ける事に尊敬します。
あの当時のオタクは尊敬できたよ。
最後の方の話し方が、ほとんど牧師が聖書の内容を解ているようなしゃべり方で非常に良かったです。
現状のTwitterの性癖公開につながるイメージを15年前に見越していたと考えると感慨深いね。
聞かせる話し方がうますぎるんだよ。数分だけ聞こうと思ったら18分過ぎてたわ
そうそう性癖公開が一つの様式美化してるのがまあ、良くも悪くもあるが、こういうルーツを知っているのといないのでは全く違うよね。
この会は本当に神
一生ネットに残って欲しいな
小さい頃になぜ私が「オタク」に憧れたのか、なぜオタクが魅力的に映ったのか、そして現在その憧れと現実のギャップに苦しんでいるかをやっと理解出来て、泣いてしまいました。
本当に好きなものを自覚することも、それを人に伝えることもとても怖くて不安で孤独ですが、そう生きる自分でありたいなと思います。
2000年生まれだから昔のオタク文化含め、全てを理解し切ることはできなかったけど、オタクが死ぬことを「寂しいけど嬉しい」って言いながら泣いてる姿を見ると、、、😢
これ2006年か
凄すぎるな
私二歳
僕3歳
7歳 TRIGUN見て目覚めてた
攻殻機動隊も
恐竜は絶滅したのではない
鳥になったのだ
果たして進化なのか
@@user-ye1wf6wc7q
進化というより、「適応した結果」でしょうね。
それは見方によっては進化でもあり退化でもある。
今のオタクもそれと同様だと思います。
@@user-vb2vc6rb3n 上手いこと言わんでええねん笑笑
@@user-vb2vc6rb3n 分かりやすいご説明をありがとうございます。
@@Demekin1995 上手で分かりやすかったですね。
とても、納得したし、肌感覚で実感できた。
頭の中で「平成狸合戦ぽんぽこ」のイメージが流れた。
きっとそうやって、これから生きていくんだろうなぁ。
オタクという文化が着実に崩れて行くのを岡田さんはただ間近で見ている事しかできない。そんなの切なすぎる…
自分が好きなものは自分で決める
これが凄く共感できた。
これまでずっと私はオタクらしいオタクになれないことでオタク仲間を上手く作ることができませんでした。今回の動画を拝見してオタクという中心概念が私のアイデンティティとの不調和をもたらしているように感じていたんだと納得してしまいました。そして、最後に岡田さんが仰った、「自分の好きなものを好きだと伝えるのは怖い事だ、でも、これからはそれを伝えていかなきゃいけない。」という言葉に自分がずっと頑張り続けてきたことは正しかったのだと勝手に報われたような気持ちになって、これから行こうとしている道への自信も貰ってしまったため、個人的なお礼です、本当にメディアに長年いて下ってありがとうございました。これからも何度も岡田さんの解説や言葉にお世話になると思います。岡田さんが楽しく生きられる世の中であるよう私も頑張っていきます。
私はずっと岡田さんみたいな圧倒的な知性と言語化能力を持った余裕のあるようでない、ようでやっぱりある貴族的オタクに憧れていました。そのことに気がつくことができ、自分に出来なかった理由も理解できて嬉しいです。ありがとうございます。
岡田斗司夫の神髄って感情論なんだよな
理屈を緻密に高く組みあげてそれ自体も大したもんなんだけど
あくまでそれはろ過装置なんだよ
理屈であらゆる不純物を取り除いてその末に絞り出したたった一滴の感情がものすごくエモい
それは結果として凡庸な浪花節っていう形で現れることもあるけど
出力される言葉は同じでも定型文じゃなくて純度が全く違う完全なハンドメイドだ
だからよそで岡田がこう言ってたって取り上げられるときに結論だけを取り上げられがちなのがすごくもったいない
この講演は様々な事柄に当てはまるなぁ。
先人たちの偉業によって市民権が得られたけれど、享受されていく間に先人たちが闘っていたものや目指したものから離れていってしまう。
私は何のオタクでもないけれど、自分の属するコミュニティーのことにも当てはまって考えさせられました。
泣いちゃいそうなとしおも素敵だな。
オタクを語ってくれてありがとう。しんどいけど勇気づけられる話だった。宝物が増えたような気分です。
オタクってのがファッション化してなかった時代ってめちゃくちゃ良かったんだよね
受け入れられすぎてオタクですって簡単に言えちゃうのもなんか違う。コソコソしてるのもオタ活だったんだよね
拍手も冷めやらぬ中、どこからか「俺も頑張るからよぉ!!!」という慟哭がたしかに聞こえてきて、打ち震えた。
人気バンドの解散ライブでありそうw周囲から見てると非常に寒々しいw
分かるよ
@@abc0to1情熱的よな
趣味を「教養」と見るか「娯楽」と見るか。
疲れて帰ってきて「アニメ観なきゃ」って思うのか「アニメでも観るか」っていう違いかな。
これ。
これ。
天職でお仕事だったのが、息抜きになってしまったんですね…
これだわ。
ほんこれ。
私の小学生から高校。までオタクの友人が多くて、大量の戦車のプラモデルを見たり、スターウォーズが来る前にその凄さをかなり詳しく話してくれました。アニメの凄さもガンダムの事もオタク友達が教えてくれました。彼らは人を蔑まないし、優しい良い人間でした。とても楽しい会話が何時間でも出來ました。
この講義が行われた年の生まれで、実際に岡田さんの言う、オタクの衰退と滅亡を目の当たりにしていたわけじゃないけど、言語化が上手すぎて胸にきた。
アニメキャラの絵を教室で描いていても問題視もされず差別もされず、当たり前のようにスクールカースト上位の明るくて社交性のある、いわゆる陽キャの人達もアニソンを歌ったり、漫画やアニメを見て感想を言い合っていたり、グッズを堂々と持ち歩いたりする。これだけ一般化して、多様化したオタクという個人の姿。履修している共通の作品がどんどんなくなってきているのも事実……。
そして、分かりやすいおいしいところだけを吸っていくといった感じがあって、勝手にその姿にモヤモヤしていたので、この講義で話してくださっていることが嬉しかった。
オタクという言葉こそ今でも使われているけれど、それは、馬鹿にするものでもオタクという集団の一人として人を指す言葉でもなくなっているのは、こういうことなんですね……。でも、アニメや漫画好きの人口はすごく増えた。仲間という意識や黎明期の楽しさは失われてしまったかもしれないけれど、とても生きやすい。今まで世間からどう思われても"好き"を突き通してくれた強いオタクや、主張を持って戦ってくれたオタクのおかげということを忘れずに好きなものを大切にしていきたい。強い尊敬を抱いた。
講義をしてくれた岡田さんも、フルテロップ編集をしてくれた切り抜きの方も、ありがとうございます。勉強になりました。
教養として作品をたくさんみて、共通認識をきちんと持つことに対する憧れがとまらない……。
えぇ…2006年生まれがこんなに理路整然とした文章を書く時代なの…?
時代早すぎない…?
同志よ…
こんなしっかりとした文章が書けて羨ましい
情報社会であり、情報を正しく取り扱うことが出来る子はこんな文章が書ける人間になれるんだろうなぁ
早生まれか遅生まれか分からないけど、同世代の人間としては、自分自身はアニメを沢山見たり沢山絵を描いたりしてる訳ではないけれど、共通認識を持つためには、リスペクトが大切だと思います。お互いに許しあえたら皆が共通認識を持てると思います。
ネットで各々の世界が展開されがち、または過度に共有出来がちだけど、リスペクトが大切だと思う。
若すぎる。マジかよ。歳とりたくねぇよ
3世代のどれにも当て嵌まらない僕だけど、この講演の内容にリアリティは持てないながらもなんとか理解することができた。
あなた方のおかげで膨大な情報量の中から選りすぐって創意工夫を重ねた絶品な作品達が生まれたと思うと感謝しかない。
先人達が好きを繋いでくれたおかげで、大量の完結作品に出会えた。
でもやっぱり統治は必要ないけどおたきんぐ的な人は必要かも。おたくプロフェッサーみたいな。
正直、ハウツー本みたいな秀逸厳選レビューまとめみたいなのは、ネットに転がってて欲しい。
あ、そのためのとしおチャンネルか、、、
なるほど。お世話になってます。
やっぱりおたくにしか辿り着けない深淵は未だにたくさんあると思う。
研鑽せねば!気づかないようでは作者に失礼。
「オタク」を「日本人」に置き換えても通用するような普遍性のある分析と解釈だと感じました
岡田さんの時代のオタクはSFを読んでも足りずオタクなら原文で読まなければいけないという強固なものだったと聞きます。平たく言うと外語が分かるのは当たり前。なのでオタクは知的で教養がある凄い人種だと正面から言えた。アニメが萌えの盛りになると、どれだけ作品を数観てるか・萌えが分かるか・といった事がオタクになっていく。オタクは外へ向く事だったのに、いつの間にか内へ向くものになってしまった。オタクであることの高い誇りがドロっと溶けてパッと散ることで文化として広まって多くの人のものになる。カルチャーが絶命しないために、この運命を走るしかないのは分かってはいても、当時のオタクからしたらそれは泣くしかないよなあと当時著書を読んで思いました。
音楽も映画もファッションもそう、最近の〜と言うと主語がデカいけど、“与えられた物を与えられたままにしか解釈しようとしない”・“強い拘りや思想 信念を持たない自己研鑽の足りない者”に向けたコンテンツが指示されているのを見て、岡田氏の言う強いオタクの対極にある人達 言うなれば“弱いオタク”が文化の中心になっていると感じる。マジョリティであると同時に現在1番購買力が強い人達。
好きな物くらい自分の意思で決めるし、居場所も肩書きもステータスも必要としない。
オタク市場でも「所詮買わない人間がクリエイターに文句を言うな」「買ったものが正義」っていう人達が多くなったけれど、自分の中に聖域を持たない流されるままに流される人達の薄っぺらい自己肯定感を満たすルサンチマンそのもの。
岡田氏のオタク超人論すごく沁みるし、宮崎駿がカオナシを“主体を持たない若者”として描いた事もわかる。
ひねくれたオタクの創る、「ヒントは与えるけれど自力で聖域に辿り着けない者達を排斥するようなエリート思想が反映されたやたら考察の難しい作品」はもう支持されなくなっている。
現代の若いオタク批判は老人の戯言と一蹴されがちだけど、自分は結構本質を突いた意見が多いと思う
オタクであることに対する世間の理解も社会的地位も居心地のよさもいらんなぁ
この量をフルテロップ化とかハンパねぇな…
僕は今20代なのですがオタクに憧れる気持ちがあります。この話を他人にするとよくわかってもらえないことがあるのですが、オタクの認識の変化があるのかも知れません…考えさせられます…
わかります
自信を持って自分の好きなことを発信できるってかっこいいですもんね
今のオタクはファッションオタク。なっても楽しくない。アニメなんて卒業させられようとしている雰囲気がある。
私は30代になったばかりですが、
気持ちがよくわかります。
オタクって私の中では「その道のプロ」というイメージがあって、たまたまそれが商業的な価値を成さないものだっただけというものです。
ミリタリーについてどれだけ詳しくてもそれは仕事になりえない、などそういう方を指してます。
こう言ってしまうと批判を貰いそうですが…仕事にならない、或いは仕事に活かす気がない、ある種無駄なことに対して物凄い情熱を持ってこれでもかというくらい精通しているのは凄いかっこいいと私は思っています。
適当で何をやっても中途半端な人(私含む)と比べてオタクは凄いです。
「◯◯はオタクだよね」とよく言われますが、
必ず「本当のオタクはもっとこだわって、もっと深い人の事を言うんだよ。私なんか好きレベルよ」
と答えてます。
同じく20代ですが、主さんの言ってることはこの動画で言われている「強いおたく」に憧れる気持ちがあるってことですよね。
第三世代以降、「俺はこれが好きだ!」と主張しても「あ、そうなのね。ところでさ…」ぐらいの世の中になった。
第一世代のように後ろ指を刺されることも、第二世代のように自分たちの権利獲得のために奮闘する必要も無くなった。
メインに対しての存在だった『サブ』カルチャーは失せて、オタクが死んだ。
僕は、所謂この「死んだ」後の世代な訳で、オタクであることの苦しさや生きづらさは感じることなく生きてきました。
それが良かったとも悪かったとも思いませんが、やっぱりこの動画内でも言われてるように改めて言語化されると、嬉しくもありますが寂しいもので、憧れ、羨ましいとは思いますね。
多様性の概念に限りなく近い事を15年前に単独で辿り着いてるのは凄いですね
なんでこの人がオタキングと呼ばれているのか腑に落ちました。
このお話が本当に好きで何回も聞いている
オタクが強い精神力と知性を持っているものだと言うのは凄く共感した。確かに自分の趣味はテレビから与えられたものでもなく自分から歩み寄って手に入れた物だと思う。それにしても強制収容所のくだりは面白かったw
「『僕ら』と言える最後の機会」「ブームになっていくのも恥ずかしいし見られたくはなかったけど辛いことばかりじゃなかった」「なぜなら僕らは仲間が欲しかったわけだし」「寂しいけど嬉しいんですよ」……感動した
最近岡田斗司夫を知った私は、知っていく程どんどん好きになって、今日この動画を初めて見て、大袈裟でなく魂が震えて号泣しました。岡田斗司夫を知ることが出来て本当に私はラッキーだと思います。昨日自分のブログに今一番好きな人って、岡田斗司夫のことを書いたところでした。全く違うようで同じなんだとわかりました。2006年の動画という事は15年前!その頃の自分は何をしていたのか振り返ってみようと思いました。ありがとう岡田斗司夫😆❤️
君たちはどう生きるか、という綺麗な問いで終わりましたね。すっごい納得した公演でした
自分が好きな業界に入り、作り手を目指すのではなく、消費者のままで作品を楽しむというのが、いまの若者なんでしょう。
まさにそうです
言い逃れができない...
第二世代で岡田斗司夫さんはBS漫画夜話からのファンです。この演説(?)は何度かTH-camで繰り返し見ていたけど結論部分が良く理解出来ていなかった事にこのフルテロップ版で気が付きました。ありがとうございました。いじめられて漫画を読み耽り、宅八郎と同類と思われないようにおしゃれをしたり、でもそんな時代が「オタク」というだけのアイデンティティが良くも悪くも通用する幸せな時代だったんですね。オタクというアイデンティティが通用しない時代では自分が何がどういう理由で好きなのか、発信して同意して貰えないと不安は消えないと。ありがとうございます。道が見えました。
こんなペテン師の一体どこがスバラシイのか
おせーて。
m9(・3・)
まあ本人に会った事ないから夢が広がりんぐなのはワカルけどさ。
会ってみりゃタダのロクデナシと
よーくワカル。
かつてはアンダーグラウンドで少数派として後ろ指を指されながらも好きなものを突き詰められるという強いオタク像が、オーバーグラウンド化する事でその概念を維持できなくなったということだね。
最近の邦ラップにも同じようなジレンマを感じる。
邦ラップとは違うだろ
hip-hopにもオタクは居るし
どちらかと言うと二極化してるってイメージかな
どちらが良い悪いではなく
すごい。長くないコメントだけど、ドンピシャの表現だと思いました。
逆に言うなら、独立性を保つっていうことは、それだけ流れに抗い続け社会の中の異質な存在としてそのことにすら誇りを持ち続けるような極めて体力のいる行為だってこと
コアな人の文化として、その人たちの生存域が広がるのが理想的だけど、それは気が遠くなるくらい時間がかかる。対して文化を認識してもらうだけならマス層を引き込むだけで済む。そのマス層の幾らかはコアな人になるが、大半はそうはならない。それにより、その文化圏におけるコアな人の生存域は相対的に狭まってしまうというジレンマが生じてしまう。
だから、そもそもマス対コアという対立構造自体が間違いで、コア層が仲間を獲得するための市場としてマス層を扱うべきなんじゃないかな。
しかし、マス層に擦り寄ることは己が文化を腐らせることに他ならないから、コア層は自身の修練を重ね、己が文化を洗練することによってその魅力を高め、その文化を絶えず発信していくことによって仲間の獲得を図るべきであると思う。
俺はオタクでもなんでもないけど全部聞いてしまった、熱いっす
同じく。
最近は二次創作するハードルも低くなったし、〇〇が好きってのも理解されやすくなってオタクも生きやすいですね…というかオタクの意味も変わってきた
オタクがコモディティと
なってしまった現代において
今まさにこうやって
オタクについて何かを論じることも
ある種の卓越化なのかもしれません。
それでも
「オタク文明」を愛し
自らが愛した「オタク文明」と
最後まで添い遂げた
「オタク」の皆様に
敬意を表したいです。
歴史を繋いでくれてありがとう。
好きなものを好きと伝える
そうでなきゃオタクは死んだままだ
この言葉に泣けて来てしまいました
自分が選んだものの素晴らしさを
伝える事の矜持が錆びていた事に
気付けて良かったです
本当にためになる配信を観れました
ありがとうございます🙏
2021年現在、オタクの範囲が広がりすぎて「コア層」とかって言葉が岡田斗司夫みたいなタイプの人を指す言葉になったよなと思う。
オタクと言われ続けた学生時代きつかったです。プラモ作ることと学校でガンダムやエヴァの話をしただけで差別されたのが自分の中でも違和感や疎外感を感じました。でも未だにプラモを作ることやアニメを見て夢を見ている自分がいるのも確かです。
一時期プラモをやめましたが、今も作り続ける自分がいて、周りに仲間たちがいることに感謝しています。
見る側作る側の気持ちを持って、これからも作り続ける所存です。
この動画をあげて下さった方、本当にありがとうございます。少し救われました。
みんなが救われて満足の中涙ぐんで消えていくオタキング、あまりにもオタク好みの展開で泣いてしまう。
「萌え」っていう言葉は今「尊い」っていう言葉に代わってるのかな
この岡田さんのお話を観て、ようやっと自分が所謂「ロック」という音楽ジャンルに対して感じる違和感や世間とのズレの正体がはっきりした気がします
自分は今の時点で30歳手前でも、ここで言うところの第1世代的な義務感や好奇心を持った探求心を持って音楽を掘り下げていたけど、周りの音楽好きと話が合いきる事があまり無かったのはそういうことだったのかと
岡田さんが展開されているオタク論は他の様々なジャンルにも当てはまる事だと思います
ここのコメ欄が更新され続ける限りオタクは終わらねえ
世間に認められようとするあまりオタクの定義をわかりやすいものにしてしまって(されてしまって)またそのオタクの大多数から外れた人達は行き場がなくなってしまった。オタクと自称する人とオタクであっただろう人達とでは話が合わないし、互いに認められなくなってしまった…。
私のオタクの人のイメージは、自分の好きなジャンルの事を2時間でも3時間でも楽しく話続けられる人ですね。
そのジャンルの事を1つ聞かれたらそれに派生して10から20個返ってくるみたいな感じですね。。
私はにわかもんですが、オタクの人の話は聞いてて楽しいです。···まぁ話についていけない事も多々ありますが、そこまで好きな事に打ち込めるのが羨ましく感じます。
多様化しすぎて、同じアニメが好きでもキャラが好きだったり声優さんが好きだったり、作画、原画、絵コンテまで「好き」のバラツキがどんどん多岐にわたって、話しててもなんちげ感が生まれますよね。
多様化は仕方ない いわゆる好みの問題 世界であり オタク達が共有してたものは世間との対比である
オタクが世間的 大衆的 つまり一般的に認知されたらその下に存在する膨大な大衆の各個人に消費され分類され空洞化する
何でだよ、皆が同じ部分を好きならその共感ができるように、違う部分が好きならその共有って楽しみが増えるだろうよ
僕は82年産まれですが、昔はアニメが好き!と言うと若干差別される風潮はありました。
なのでたまに同じアニメとか自体を知ってる人と会うとそれだけで嬉しかった。もっと10歳くらい上の世代になるとそういう感覚は更に強かったんだと思うよ。
そもそもコンテンツの総量が増えたので岡田斗司夫の言う「これを通らないとダメ」というのが時間的に厳しくなり、他の領域に手を伸ばす余裕がなくなってきた
岡田斗司夫の言うオタク大陸でのジャンル間の交流や共有はほとんどの人にとってなくなったが、
一部の強いオタクがクロスオーバーの行動力と創造力を持つ限り
オタクは絶滅はしないとは思う
85年生。子どもの頃イメージしていたオタクが変化したな~と感じたのがハタチ前後かも。
「周りよりマンガアニメ見てるラノベ読んでるグッズ買ってる状態」で自らオタク名乗る人が増えた時かな。
それが良い悪いではなくて、自分の思うオタク像が「そのジャンルに深い知識を持ち、愛時間金をかけてさらにアウトプットする人たち。」だったので。
きっと世間が実像を理解せずに[オタク]とラベル付けして、それがこの世の基準みたいになって、本来のオタクでない人も本来のオタクも、違和感を常に持つようになったのかな
小さい頃から周りにオタクと言われそれを違和感ありながら生きてたけどこれ見て納得したし元気出た。
オタクってもう居ないんだな。どこかのやつで見た今は懐かしき故郷って言葉が当てはまる。
この講演をしてる2006年の時点でこんな事言われてたのか...
私にとっての2006年はオタク全盛期だと思っていた。ニコ動も2ちゃんも盛んで初音ミクも生まれて、チェックシャツで早口なマニアたちがいて、コミケもまだまだ雲が出来るくらいの熱気で...
けどこれはきっと私の人生の中での懐かしさで補填されたものであって、岡田先生の言う真のオタクの姿ではなかったんだろうな。
懐かしさ補正で当時評判が悪かった物もあの時代は良かったと思えてしまうもんね...
岡田さん。もらい泣きしました。ひとつの時代の終焉をこんな言葉で話してくれる人を私は大切にしていきたいです。
30:50 自分の好きなものは自分で決める
強烈な意志力と知性の現れ
いっつも心のどこかに引っ掛かりを感じたのですが
とってもある意味でスッキリしました。
この動画観て泣いてしまいました。
2006年なのか。
オタク全盛期だと勘違いしていた頃だけど、その一方で、岡田氏にとっては長い青春が終わったってことなのかな。
彼の講演を見てそんなことを感じてしまった。
この講演から15年経ったけれど、他人に自分の好きなものを伝える技術の有無によって個人の評判が左右される評判格差社会が来ているように思う
鋭い視点です。
その通りだと思います。
同じオタクでも、「絵が描ける、文章が書ける、音楽を作れる、批評が出来る」人と、そうでない人との格差が凄く広がっている・・・SNSのお陰で「広がっているように見える」社会が到来しています。
それは幸せと同時に、新しい孤独を生み出すと思います。
すごい救われました!余計な考えを手放せた〰️フルテロップスゴイ。ありがとうございます。
夢を追うと現実に追われる。少数でもいいから仲間を募って、走ることが楽しむコツ。
私は先生の言うオタク道を極めようと思い、いろいろ作品に出てくる用語やストーリー展開から作者の言いたいこと、作品の裏メッセージまで理解したいと思い、考察していくのが現在の趣味なのですが、やはり今の人はネットに書いてあることが全てと考えてしまうらしく、僕は1人ぼっちです。寂しいです。
スゲー!、言った通りになってる
経済的に世界から取り残されつつあるなかでコンテンツだけが日本が世界に誇れる最後の砦
やっぱりこういう先人達が切り開いてくれたから今があるんだな
材料とか化学の分野とか戦えてる分野他にも少しはあるのよ
それが逆に良くないのかも知れんけど、一度明確に負けないとこの国は火がつかなそう
なんでも黎明期が1番おもろい
まじでそれな
今の黎明期ってなんかある?
@@qm9758 vrchatとかかな?
ほんとそれ!
駆け出しの瞬間こそが一番力が必要でしんどいけど、最も実感を得られる瞬間だよね。
まあ当事者のうちはなかなか気づけないんだけど。
@@DXcrab ありがとう!見てみる!
最後まで見てたらイースターがはじまった!!
最近切り抜き動画で岡田氏のことを知ったばかりだけど、なるほど、異様なまでの解像度の高い見識はそういう思想のもと自己鍛錬の業物で切り開いて見てきた物だったのか
オタクから個人へ、オタクから同好の士へ、オタクという概念から個人という概念へ
確かに、オタクは死んでしまったのかもしれない
現状、SNSが普及したことで文化の苗床こそあれど、いずれまたこの動画にあるようななんらかの「文化の死」を迎えるかもしれない
素晴らしい見識であり、いつまでも振り切れない「文化の死」が見えるポジションは、確かに前夜が眠れなくなる公演(この動画)になってしまいますね
岡田さんは今まで戦ってきたんだろうなぁ
この動画見つけられて良かった
真面目な顔して「代々木アニメの各クラスに3人ずついそうなやつ」って表現が好きすぎていつかどこかで使おうと思ってる
気づつく方もいるかもしれないから止めといた方が...
岡田信者晒すのはひろゆき語録をリアルで平然と使うのと同じレベルで痛すぎるわ
@@vvqzz498 傷付く、ね
このコメントが秀逸
新たな時代が定着した今だからこそ振り返させて頂く講演でした。
好きだと言えば救われる。
byオタクキリスト教
実際その通り
第一世代のおたくさんたちは、真空管アンプ作っちゃう。知識量も圧倒的で、第二世代の私は尊敬しているし、とてもかなわないと思っています。
こういうの聞いてると改めてオタクと人に言われたら否定するし、尊敬し続けるよ。今好きな歌手でバンプオブチキンのrayって曲の歌詞に「寂しくなんかなかったよ。ちゃんと寂しくなれたから」って言葉がすごくこの話を聞いてる時に思い出した。この寂しさが自分の支えになってくれると信じて生きていこうと思いました