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19歳の大学生です。「失われた〜年」と言われる中で生まれた人達は高度経済成長やバブルを経験あるいは見てきた人達と違い日本の未来に希望を持てず、「今のままでいたい」という気持ちや無力感を持っていると感じます。実際、少子高齢化や地球温暖化など若者の力だけではどうすることもできません。金魚の病気を水槽の環境が作るように若者の現状を作っているのは今の社会システムだと思っているので、若者に対して、これまでの社会を形作ってきた大人たちが誹謗中傷するのを見るとやるせない気持ちになります。
個人的に思うのは、人生の先輩方が思う「大人」と、最近の若者が思っている「大人」がズレているということです。人生観、生きる上での大事なポイント、とも言えます。若者の多くは日本や自分たちの将来に対して悲観的です。私の周りだけかも知れませんが、早めに死んでしまいたいと語る子がほとんどでした。経済的な問題や、社会的な構造に絶望していると言えます。昇進しても給料は据え置きで休みが減るだけ、長生きしても介護や年金に苦しむだけ。それを下の世代に教えてきたのは、押し付けているのは、上の世代です。その結果、自分の時間、家族や友達との時間を大事にしたり、今を楽しもうという刹那的な答えに行き着いたのだと思います。これは日本に限らず、アメリカや中国など他の先進国でも似たことが起きています。科学技術は確かに「人類」に大きな恩恵をもたらしましたが、その進歩に、人間自体の進化が追いついていないと感じます。
若者なんて子供っぽくていいと思いますよ。同世代の大人っぽい若者を数人見た事がありますが、家庭環境に問題がある、幼少期から抑圧された経験のある人ばかりでした。いらない苦労をして大人っぽくなる必要はありません。少しずつ成長していけばいいと思います。
昔の方がゆるゆるの仕事がたくさんあった遊んで暮らしたくて平和になったのに、遊んだらいけないって、どこを目指してるの?って思います
今からかれこれ17年くらい前、半分引きこもってた頃父親に「お前らの世代は精神年齢が10歳くらい低いな」って言われてました。実際自分は20歳くらいの時頭の中(精神的な打たれ弱さ)は10歳くらいの小学生だったので社会に適応できませんでした。30で復帰するとき、選べる職は少なく。問題は伸びたモラトリアムを企業や社会が容認してないから、非定型うつだったり適応障害で精神科に流れるしかない所なのかなと。個人的には2000年くらいから言われ始めた「即戦力(社会が大人へ育てる事を放棄して、最初から使えるやつだけ使う)」っていう概念が一番の害悪なのではと思っています。
現在22歳無職の話題に上がっているモラトリアムの若者を現在進行形でしているものです。若者からの主観にはなりますが、若者のみが若年化したのではなく、日本の全体が若年化しているように感じます。遊び呆けている若者は確かに多いです。しかし今の3・40代が大人かと言われれば私はそう感じないのです。確かに立派に仕事をされてる方は多くいます。しかし接客のアルバイトなんかをしていると、自分に都合の悪いことがあればすぐに人にあたる方。こちら側が歩み寄らないと何が不満かを話さない方。ただ何も言わず受け身の究極系みたいな方。これらの多くは3・40もしくはその上の方々です。逆に若い方は思いやりの気持ちをもって接してくださる方も多く、物腰の柔らかい方も多いです。この状況を目の当たりにして「若者の若年化」なんて言われても正直ピンと来ません。これは私の主観であるため自分自身を正当化するための情報バイアスのようなものがかかっているだけなのかも知れませんが、この動画でのお話は100%納得いくものではありませんでした。
若者はいつの時代も叩かれますね私もゆとり世代ですが当時も散々バカにされました私は若者を応援したいです
今の若い人たちは、「子どもの頃に抑圧されてやりたいことをやれなくて、それが苦しかった」という方が多いイメージです。それが現代で個性が重要視されてくるようになって、それこそ遊びの部分を極めてる方が多くなってるのかなと。個性を尊重した上で社会性、協調性を持っていく社会に移行する過渡期なのかなと考えています。ともあれ、先生と同世代なので「28歳くらいが大学卒業くらい」という感覚には非常に共感できました。
自分は幼少期から親によく「自分が小学生の時はもっと大人びていた」や「私は自立が早かった」と言われ育てられましたが、年齢と共に「確かに自分は子供だったな〜」と感じる一方で両親共に背伸びしているというか、実は幼いということに気付きました。あまり自分が正しいと思い過ぎると成長はストップしてしまうと反面教師にはしております(笑)
若者には「暇と退屈の倫理学」という本がおすすめです。つまらん喧騒に振り回されない自分なりのマインドセットを、いかに早く確立するかが楽しくのらりくらりと生きる原動力になると思います。
自分は病気で高校を中退して、闘病期間を経た後で大学に行き、今年卒業したので、社会に出るのが随分と遅れてしまいました。それもあって、周囲と比べて随分と出遅れているという感覚を持ってしまっていたのですが、そもそも社会全体としてモラトリアムの期間が長いのだと考えると、少しは楽になれそうに思います。
経済的自立という視点だけで見れば若者は未熟に思えるけど、昔よりもモラル高い子が多い気がします。
前も少し思ったのですが、益田先生の仰る言葉から、いわゆる「森の外」にいる人に比べて「森の中」に暮らしている人のほうがより価値が高い、という価値観を感じることがあります。森の外で暮らしている人を否定しないようなことも仰っていた気もするのですが、実のところ益田先生ご自身は否定的なものとして捉えているのでは?と思ってしまいます。これ以外の精神医学の話については大抵腑に落ちて勉強になったと思うのですが、この手の話に対してはいつもモヤモヤしたものを感じています。
モラトリアム、よく分かります。私は子供の頃に子供らしくいられなかったです。大人になって、子供の頃に出来なかったことを取り戻すように遊びました。家に篭って好きな事をひたすらする時間が至福でした。当時は勤め先の人に「幼い」と言われましたが、その人の時とはなにもかも違うのだから、幼いと一括りにする方がどうかしていると思っていました。そういう創造力の無さこそあなたの幼さじゃない?と内心思ってました。
私は40代半ばで発達障害の診断を受けて障害年金で生活していますが、未だに子供のままだなと思っています。自己表現もうまくできず、他人と上手く付き合っていけることができないまま歳をとってしまいました。父親は団塊世代真っ只中で、某有名大企業の社員でしたが、何の専門的な知識もなく、飲みニケーションとかだけやっていて、こんなんで昔は定年までやっていけたのだとビックリします。
意外に技術至上主義な益田先生の一面が見えた動画でした。(やっぱそれって、東京が有利だし、地方出身者にはキツイ思想ですよ。)仕事の専門性が高くなったが故に、30~40代の転職って結構キツイ物がありますので、20代の方にはは遊んでても良いけど、向き不向き/好き嫌いを見つけ、好きと出来る事は分けて考えて道を選んで欲しいかなぁと思います。個人的には、海外を選ぶ道も将来の選択肢に上がるような勉強をして貰いたいと思います。
28歳です。大人になれない自分に悩んでましたが、今が大学卒業ぐらいと考えると、心が楽になりました。
大人になるとは一体なんなのでしょうかいつまでも幼い部分だったり客観的になれない部分は誰しもありますし…成熟し尊敬出来る大人は自分を含めそれほどいない様に思えますが…正直この思いは歳を重ねる事に大きくなっていますだもので大人にならなければいけないって思いは最近あまりもたなくなりました
たまにクラウドソーシングで作業をお願いすることがありますが、みんな仕事が早いし品質も高い。納期は2週間後ねと依頼しても翌日に完璧に仕上げてきたりして驚きます。若者人口は減っているのに実質的には競争がはげしいのかもしれないですね。数年前の若者はもっとゆとりでノンビリしてた気がします。
人にはその人がそのままで居ていいと思える関係を作れるのが人生の鍵だなって思います。学歴やお金や地位などで繋がる関係はなく、その人と無条件で一緒に居たいと思える人が数人いれば(それか犬や猫など)それで勝ちな気がしました。学歴や地位や名誉お金などは、自転車ので例えると補助輪だと思います。中心部は、相性のよい関係の温もりだと。
動画ありがとうございます。自分の得意なことを生かして生きていけたら生きやすいと思います。そのためには、「自分の得意なことを知る」「得意なことの生かし方を知る」ことが必要です。つまり、自分を理解し他人を理解し社会を理解するということです。知識偏重の詰め込み教育ではそれは不可能です。
今の若い人は大人っぽい人も多いように見えます。逆に近所の金もあり暇な年配の人達が迷惑を掛けまくる人達なので、大人とは一体と思います。今は60代以上が確か3600万人ぐらいです。しかもこの人達はお金も持っている。たぶん金融資産はこの60代以上の人が7割ぐらい持っているのではないでしょうか。日本の企業も外国の影響が強い場合も多いので、なかなか科学技術の会社というのも難しくなっているように思えます。工場も外国の場合が多いですし。例えば日本の製薬会社でも中身が7割ぐらい外国人とかの会社もありますので。さらに非正規雇用が4割ぐらいですよね。これでは中々大人になると言っても日本では難しくなっている気がします。大会社というよりも、中堅会社も中国での利益が多い会社も沢山あります。先生の言う事を否定しているのではなく、社会の構造が変わってしまい、大人とされる生き方が難しくなっているのではないでしょうか。就職氷河期なども結局、大多数は救われなかった訳です。それを作ったのは、今の年配の人達のように思えます。政治家や公務員さんなどの上層部、経営者です。
大学入るまで子どもを満喫できないから、大学入ってから子どもの振る舞いがスタートするイメージ
うーん。算数とかプログラミングとか科学技術とかに向いてない方たちを益田先生は本音ではどう思ってますか?たくさんお金稼げなくても構わない方たちもいます。農家とか漁師とか小説家とか昔ながらの職人さんとか、これからの日本にも必要。多様性を否定してる感じがしました。益田先生が好きな世界の見方でしかないんじゃないかな?世界も人ももっと複雑だよ。
まさにこれです。自分は中学生の頃不登校でした。精神面において周りより3、4歳遅れている自覚があります。色々あって今アラサーで大学院通っており、ようやく社会に出て働きたいという自覚が出てきました。昔より、親の圧力が減ったというのも原因かと思います。(例えば「早く結婚しろ」「早く働け」など、社会に出るという行為を半ば強制的に押しつけられることが減ったのだと思います。なので自立が遅く、ある意味のんびりしている若者が多いのではないでしょうか)
自分は中年ですが、自分も含め今回の動画の内容に納得しました。大人になりきれてない、一人前じゃない。心療内科通院歴20年近く。この春にも抑うつ状態と診断され、休職から転職。転職回数もおそらく一般の方より多いと思います。主治医には双極性二型と強めのHSPと言われましたが、実はこれって甘えなのかなと感じたりもしています。どう生きていいのかこの歳になっても分かっていません。1日1日耐えている、そんな状態です。
他人とあそぶの苦手でした社会に適応できていませんそのことが納得できる動画でした
鬱の診断貰って自由な時間増えたらやりたいこと分るだろう出来るだろうと思ってたのに、やりたいことなんも思いつかないし将来の夢なんだっけ?ってなってる小さい頃に遊んでおかないと遊び方もわからなくなる気がする机に向かうだけが人生じゃなかった~!
益田先生、同調圧力の強い日本社会で、必要以上に世間体や友達の目を気にして悩み、人と比べてひそかに自分を責めてしまう若者や、頭を悩ます親世代の気持ちを汲んで、「これだけ社会が変化しているのだから、いたずらに不安にかられなくても大丈夫ですよ」という心優しいメッセージを発信してくださり、有難うございました❣️昔から、ヒッピーやバックパッカーが流行ったり、自転車やヒッチハイクで日本全国を旅する「自分探し」や、青い鳥症候群とかピーターパンシンドロームなどと名前や定義がさまざまに変化しながら、若者の特権でもあるモラトリアムについて様々に考察されてきましたが、夢を見る間もなく現実を知り過ぎてしまう情報洪水の中で、なんとかして自力で岸にたどり着こうと、情報の海で溺れながら、必死にもがき苦しんでいる今の若者に対して、大人が、お説教口調で「昔の若者のようにもっと挑戦しろ!」というのは、かなり酷なのかもしれませんね…少し前に「子供部屋おじさん」というキャッチーなネーミングで、オタク化した文化や、そもそも家庭を築かない、中高年男女の生涯未婚率の増加による国家の衰退を憂いて「おひとりさまブームは深刻な社会問題」としてマスコミに取りあげられたり、(それってもしかして濡れ衣なんじゃないかなと思えなくもないけれども)もはや先進国とは呼べない日本の「格差前提の分断と棲み分け」が着々と進んでいる競争社会で、経済成長が頭打ちとなり、世代間格差の元凶のような言い回しで「働かないおじさん」という、昔の窓際族とは異なる意味でのグローバル競争社会からの落ちこぼれを生み出してしまいました。少年ジャンプをこよなく愛し、お笑い芸人をリスペクトしている益田先生が、ありもしない現実をとうとうと語る又吉さんの妄想癖を、作家としての才能でもあると肯定的に捉えて解説コメントを寄せている動画を観ました笑笑🤣🥰診察室の窓から見える健常者と呼ばれる人々が、終わりのない他人との比較によって、限りなくリア充を追い求めている飽くなき森の中の風景と、森の外で、飄々と案外たくましく質素に暮らしている人々が、実は搾取される社会構造からいち早く戦線離脱して、心穏やかに日々を過ごしている自由人という側面もあった事に、きっと早くから気がついておられたのではないでしょうか?例えていうと、TH-camrの絶望ライン工さんのように、あえて理不尽な構造的不平等を逆手に取り、ネタとして次々に動画制作と発信を楽しんでいる様子に、幻と偽りの幸福を追い続ける愚かさを教わり、頼もしさとしたたかさを感じております😽😜🤭
益田先生の動画のおかげで様々な知識や疑問だったことが解決したり言葉にできないことを的確に表現してくれてるので助かりました。医者の方でもこのように活動してる人は珍しいのでネットが普及してる現状ではこの先生の動画をみて助かった人たちが大勢いると思うのでインターネットの良さを最大限に活用している先生だなっと思います。
何にしても相対的だと思いますが、高度経済成長期やバブルの世代と現代では世界が違いすぎるかなと思います。低収入による生活満足度の低さ、労働環境のブラック化によるプレッシャー、焦燥感、さらに社内での人間関係の悪化。これらの環境で20才そこそこで精神的に自立せよと言うのが難しいと思うのです。遊ぶには金と暇が要るのでコスパ的にもPC1台の世界に入り浸る事で暇を埋めてしまう。その循環にハマってしまうと成長はしにくいなと感じました。
いやいやそれでも益田先生がエリートだから厳しい評価になっているだけのように思う。「今の人の精神年齢は七掛け」と言われてから何十年も経ちます。今の現役世代は幼くて普通。学生時代は、中卒、高卒が当たり前だった時代からそれぞれ段階的に延びている。ドロップアウトの機会も様々。大学進学率半分ぐらいから今と大差ない。今は結婚で一人前というわけでもない。今の子育ては大変だからこそ、二十歳前後でなんて酷。基本はお母さんがワンオペは今でもありがちだし。ほとんど何もしない父親が威張っていればよかった時代とも違う。昔(後期高齢者想定)から引きこもりの人はいますよ。きちんと先生に相談、通院できるというだけで立派だし。それに発達障害を看板に出せば年齢相応に見えない人は増えるのでは?漫画の「僕の妻は発達障害」のヒロインタイプ。印象としては、今の人は真面目な人が多くて頑張っている気がするかも。
いつもありがとうございます。ASD受動型中学生の娘、小さい頃から自発的な遊びが苦手のまま育ちました。今不登校状態をかかえながら、どうにかして他者や社会とのつながりを促しつつ日々を過ごしてます。いつかこのトンネルを抜けて人々の輪の中に出て行ける時がくればいいな、と先生のお話を伺いながら思いました。
子供が大人になるまでのモラトリアムってすごく大事だと思います。子供2人はまだ中学生ですが、長い目で見ながら焦らずにいろいろ遊ばせてみて、ゆっくり大人になるのを待っていられそうな気持ちになれました。益田先生いつもありがとうございます😊。今回の動画も親子共々、とっても助けてられたと思います。心から感謝しております🍀🌈。
今、友達や人と話す事よりも、スマホいじる時間が増えてるから、自分にとって都合の良い情報ばかり集めて、自分と相反する情報って遮断しがちになっています。こういった、偏った情報を集める事で成長に繋がることもありますが、幼さに繋がる原因にもなっているのかなと思います
現在の日本は賃金が低いと言われているから、それも要因じゃないかと思った。金を稼げなければ自分を満足させることで精一杯になる。この傾向が子供っぽさの一因だったり?
物質的に豊かな現代では、非認知能力の成長が後回しになってしまうのですね。いかに成人するまでに培えるかで生きやすさが変わる…。
大人とはどういう状態か。以前自分より二十歳上の方とそんな話になりました。自分も成人し、その方も成人してから何十年と経っている方です。相手も自分も答えがわからず。子どもだなと決めてかかるのは簡単ですが、自分が大人だと思う方に問いても釈然としなくて、人が人を判断するにはシンプルな単語で語ろうとしても語りきれないような、掴みきれないものを感じます。
益田先生の話に全部同意するわけではないですが、精神的な話を政治経済や歴史など、社会のことも絡めて論じるところがとても興味深いです。
TH-camr、音楽家、スポーツ選手など自分のオンリーワンな才能を活かしてお仕事にしている人ってやっぱりすごいと思います〜!自分は特にそういう能力はなさそうなので(笑)、地道に勉強して何か社会貢献できたらいいですねぇ^^
子供みたいな中高年もいるし、大人みたいな若い者もいる。エジプトの壁画に「最近の若者は」って言葉が発見されてるみたいですね。昔っから若者は叩かれてたみたいですね。今の若者のほうが明らかに犯罪率も低いし礼儀正しい人が増えたと思う。ただしネットの影響か賢くて陰湿な若者も増えた。
はじめてコメントさせていただきます。いつも楽しく動画拝見しております。一見なんの役にも立たないことが、誰かの助けになっていることはあると思います。わかりやすく人の役に立つ仕事と、一見ムダに見えるエンタメ的仕事との間に優劣はないと私は思っています。わかりやすく人の役に立つお仕事をされている方ほど、自分がどれほど人に貢献できているのか認知できてないのではないでしょうか?自認している他人への貢献より、自認していない何気ない言動こそ、人を助け、そしてお金に繋がっているように思います。
そうか、益田先生は、「どんな職業につくのがいいですか?」という問いを、「どんな職につくのが金になりますか?」と捉えていらっしゃるのでしょうか?!だとしたら、経済生産性だけで仕事を捉えていない人も多い現代っ子には少し的外れな回答なような…
ネクライトーキーの曲に「25を過ぎたらしぬしかない」って詩があるけど多分みんなこんな不安は持って生きてるんだろうな
10代の頃勉強ばかりしているような子どもだったから今になって人付き合いやらでほんと苦労してます。
若者本人が言う遊びが、創造性や専門性へと繋がるものか受動的にコンテンツを消費するだけなのかでは全然違いますよね以前から自分の得意分野やエネルギーを注げることを確信してきたから周囲の影響とは関係なしにそれを仕事にするイメージがあった人間と普通の社会人になりたくない想いが出発点で好きに生きられる道を「探す」人間とは雲泥の差があるように感じられます
ゲーム系TH-camrで成功している方々はプレゼンテーション能力と言葉選びが面白い・楽しいですね。これはゲーム以外にも活動していなければ習得出来ない能力だと思います。不適格な言い方して炎上した人もいましたね。現代は選択肢が多すぎる中から自身の得意分野と社会貢献への昇華をどうつなげていくかが個人の課題になっていると感じます。簡単に言うと「使われる方じゃなくて作る方・使う方に成れるように活動してみる」気持ちを持つことが重要だと思います。
団塊世代は明らかに子供っぽいと思いますけどね同年代の20代や先輩の30代や40代の方が話してて大人だと思います
社会問題に対する解像度がここ最近ものすごく上がっている気がします 近所の公園でやんちゃな友達と遊んでいた思い出がもはやロストテクノロジー的な感覚すらあります
今の若者は〜なんて古代エジプト時代から言われてる話なんで。ニュータイプは優秀
やっぱりそうなんだ。自分や自分のまわりをみてるとそう感じる。けど、早く大人になれば良いという感じも上の人をみているとしない。
私は大学生と多く関わる職業ですが、少なくとも30代後半の私の世代と比較して、現在の大学生が幼くなったなどということはない、と感じていますが、どうなのでしょうね?上の世代とは比較出来ないのが心苦しいですが。個人的な意見としては、バブル期に金さえあれば良いと後先考えずに騒いでいた世代よりも幼い世代なんて存在しないと、どうしても考えてしまいます。もちろんこれは私の価値観でしかないと自覚しています。
納得できるポイントもあり、いろいろ思うところもあったのですが、端的にコメントすると「保守的な考えだな」という感じです。
追記ですが、保守的であることが悪いことだとは全く思っていません。どの場面においてもコンサバな考えは必要だと思います。何回か動画を繰り返し見てみましたので、以下その上での所感です。長いですが。・大人になるまでの猶予期間が延びている。→同意。社会が豊かになると大人として成熟するまでの年齢が高齢化します。この国では成人年齢が引き下げられましたが、このモラトリアムの長期化を考えると、むしろ引き上げるべきではないか?という意見もありました。・科学技術が生む生産力には勝てない→それはそうだと思います。が、そもそも今は生産力の時代なのでしょうか? そんなに生産を急ぐ必要があるのでしょうか?もう世の中はある程度豊かになり、その中で必死になる理由を見失っているように思います。だから「緩く生きること」がブームになっているのでは?・人間らしさが生む生産力はたかが知れている→本当にそう思われるのですか?ここでは「科学技術」の生産力と「人間らしさ」の生産力が対になるものとして語られているようですが、これらは相互に作用し干渉し合って進歩してきていると感じます。このどちらかに優劣をつける考え方は、ちょっとよく分かりません。・皆が好きなことをやってもうまくいかない→これも同じように疑問です。仮にみんなが好きなことをやったとして、その好きなことの全てが「人間らしさ」の方へ向き、「科学技術」の方に向かない、ということになるのでしょうか? そうはならないだろう、というのが個人的な考えです。そもそも、「好きなこと」の定義が難しいですね。興味のあることなのか、得意なことなのか? 「社会に貢献すること=好きなこと」な人もいるでしょう、「お金が稼げること=好きなこと」の人もいるでしょう、「堅実な働き方をすること=好きなこと」な人だってたくさんいるでしょう。さて、本当にみんなが「好きなこと」をすると「うまくいかない」のでしょうか。・多くの人は、好きなことというよりは、より安定したことや科学技術に関係するようなところ、より未来があるところ、より未来に投資できるところに身を置くことが重要→つまり、「好きなこと」や「人間らしさ」のあるものより「科学技術」に関係するものの方が、より未来があり価値がある、というお考えでしょうか?うーん、ここでは対極のもののように語られているこの2つは、どうしても別々のものというようには考えられません。どちらかを避けどちらかに身を置くべき、という考えが、多くの人に当てはまるとは言えないと思います。動画内の発言に関しての感想は以上です。やはり、益田先生を含めた上の世代の方たちは、緩く甘やかな世界に生きている若者たちのことが、どこか認め難い、許し難い、または羨ましい、と思う気持ちがどこかにあるのでしょうか。あと、もしかして、先生はわざと「保守的なお父さん」的な立ち位置の動画を出したのではないでしょうか? それで今まで出した「自由で優しい考え方」の動画とのバランスを取ろうとしたのではないでしょうか? なんかそんな気がしてしまいました(笑)何にしても、いろいろ考えさせられる動画を見ることができて良かったです。他人の考えに触れることで自分の考えが浮き彫りになっていきます。この動画で先生に幻滅したりはしていません(笑) これからも応援しています。
追記の追記です。一方的ですみません。先生のTwitterも見ています。多元性や多軸性があるのは分かります(理解しきれていないとは思いますが)。尊厳という観点でいえば双方に優劣はない。経済生産性の優劣と尊厳の優劣は別だと。そういう理解でよろしいでしょうか。しかし、脳(気持ち)が弱っている人からしたら、そこまで考えるのは難しいのではないでしょうか。ここの視聴者に対して、もう少し分かりやすく、受け入れられやすい表現の仕方があったのではないか、と思ってしまいました。先生の伝えたいことが視聴者に上手く伝わらなかったのではないか、と。先生のことを馬鹿にしているつもりはありません。今までたくさん助けられました。難しいことに挑戦されている方だと思っています。機会があれば、このトピックについて語り直してみてほしいです。
昔も今も精神年齢が低い人は一定数いる筈なのに、自分達の若い頃は〜って懐古する人達を見ると少し悲しくなるな。イビリとかパワハラとかしている人間を絶対に社会人の大人とは思いたくない。大きな子供だなとか思えない。
教育で、資格や知識が重視される世の中で、生き辛さがありますよね。私も30過ぎたくらいの頃かな……資格や知識よりも、その人を形成する人格や性格を教育する事が大事なんだと思ってます。自分の将来がどうなるかなんてわからないですし、人格を形成出来ていれば、生きていくだけなら何とかなる気がします。遊びだって批判する人達は、その人を形成する人格を、どう育てていこうかという点に関心を向けてほしいです。でも、批判する人達は、それが出来ないと言いますか、大事なんだよっていう所に気付いてないんですよね。何故なら、自分は他の人とは、違うんだっていう経験や苦労を知らないからです(自分の幸せさに気付いてなくて、押しつけ的な批判をする)。
社会の変化があもりにも早過ぎてついていけてない
ノー勉で受験し全滑り、電車で1.5hの私大にひっかかるも金かかるから近くでの一人暮らし出来ず、やりたいことも目標も見つからず朝も起きれなくなり3年時留年1年間何も変われず中退。とりあえず好きなものに近づこうと芸能の裏方へ就職、あまりのブラックと自身のコミュ力(上にゴマをする力)の無さに1年で転職、180°転換し趣味関係の専門店に入るも「必死さがない」らしく社長一族に嫌われすぎて1年でクビに。その間一度もボーナスも長期休暇もなく、場所が変わるたびに引越し諸々で3,40万かかる。意味がわからん。まあたぶん躁鬱かASDなんだろうけど。一生モラトリアム働きだして分かったのは・声がでかいやつ・性欲が強いやつ・わざとらしくなく笑顔作れるやつ・怒りを溜め込んで置けるやつはどこ行っても可愛がられるし何やっても大して怒られないしいつか大成する。学歴とかほぼ関係ないけどこういうやつは大抵馬鹿(になりきれる)というかヤンキー若干入ってる。
今日も意義深いお話聞けて勉強になりました。
大学の時は子供っぽい自覚があったけど、社会人になって自分の金で一人暮らすようになったら少し大人になれた気がする。高卒の歳が近い人達は、大卒の自分より精神年齢が高く、結婚などの決断も早い印象がある。
子供のような老人もいるので世代で分けるのは野暮な話
言葉の選び方とか素敵だと思います。いつもみてます。すごく勉強になります。どんな考え方でも。
我が子が幼稚園児だった時に園長先生が何度もおっしゃっていた言葉は 遊びは学び です、そして親など子供の周りにいる大人は子供をよく観察しなさい(見守りなさい) ともおっしゃっていました。育ててみて 確かにその通りと折に触れ感じました。モラトリアム なるほど 今はその時期なんですね、子どもなりに考えているようだな 長い人生の中で本人なりに今は検討中の時期なのだろうから親は見守っています、我が子を信じて。
私も、息子の子供っぽいのは、病気の為なのか、うちの息子だけがそうなのか、夫婦間で時々話をしていました。モラトリアムの意味が理解出来ましたし、とても、納得できました。どうしても、息子の行動を見ていて心配になって、小言も言ってしまいがちですが、こういうことを理解していると、私達の対応も変わります。いつも、ありがとうございます。
動画、毎回楽しみに観ています。私は今、やりたいことがあります。私が、好きな自然を通じて、他者理解をする大切さ、自己理解についてより良く学ぶ方法を広めたいです。仕事になれば、良いのですが。最近、小さな写真展を開催でき、新聞社の取材を受けました。記事を読んでくれる方に感謝し、少し関心を持ってもらえたらなあと思います。追伸、益田先生の「精神科医の本音」を購入しました。オススメです。益田先生、こんな感じでススメテおきましたよ!
仕事に関しては男性的な意見だなぁと思いました。個人的には身近な助け合いは大切だと思うし、これからも必要なものだと思っています。健康でバリバリ働ける成人は気付きにくいですが、子育てをする立場になったり、病気や障がいがある人、老人は身近に助けてくれる人がいないと困ることも多い。一生のうちに誰もが経験する状況だと思います。そんな中で助けられる、誰かの助けになる経験をすることが仕事や社会貢献に繋がって行くと思います。ユーチューバーもやってみればわかりますが、誰でも稼げるわけではありません。稼げるなら誰かの役に立っているということだと思います。先生が遊びの重要性を仰るように、遊びで表現することは、実際に遊びにくい状況で、擬似体験できて、見る人の想像力を高めたり、学びになっているかもしれません。でも確かに、スマホばかり見ていて、実生活での経験が減るのは将来的に良くないと思います。科学技術の生産量は高いかもしれませんが、場合によっては破壊量も大きいです。原爆も科学技術の賜物。自分のいいところを知り、自分がが一番社会に喜ばれることを知るのは大事だと思う。大切なのは人や自然と関わる中で、大切な人間性を学び、持続可能な社会に貢献する仕事を選ぶことだと思います。先生がこうやって発信され、救われる若者がいると思うと、尊い仕事だなぁと思います🍀
私に限っては、とくに目標もなく親から逃げる目的で県外の大学を二浪して入りましたが、同世代より自分は子ども染みていると感じました。遊びも勉強もあまり身が入らない期間が長すぎたからかもしれません。今の子は学校行ったら塾に行くのが当たり前と思いますが、本人の意思がどれくらい反映されているのか?と思います。「子ども染みている」のは、どこかで他力本願に見えるからで、自分自身で思考する機会を奪われているからかもしれません。
素敵なお話を聞けて良かったです🎉
なぜ、大人は子どもの育て方を習わないの?子どもは社会で育てるものなのに…。モラトリアム期間なんて、みんなに平等に与えられて来なかったと思うけど、話を聞けば子供の成長に必要な期間だったのでは?と自分の過去を振り返る。大人になるにも、最低限の子育ての教育は皆に等しく共通の知識や認識が必要だと思う。子供の人権は大人が守るものでは?
親が厳しく遊ぶことがほとんどない子供時代を過ごしました。非認知能力が必要な場面でかなり苦労をしました。大人になってから遊ぶことを覚えましたが未だに学ぶことが多いです。
人生の目的とか答えの無さそうな問いを考え続けて、ついに答えは出なかったけど、気付いたら社会でまあまあ認められる役割(職)を与えられたら、どうでも良くなった。居場所が分からない、不安定が故にモラトリアムっぽくなるというかなんというか。自分の場合自然解決したのかもしれない。
元気で柔軟な感性がある若い内に遊びや趣味に没頭するのもいいのでは?
SNSなどが発展して個人が色々なものを発信できるようになり、「人生を成功するためには何か特別な個性のある人間にならなければいけない」という強迫概念が強い人が増えてる気がします。それで今の自分じゃ満足できず不安になったり、親は子どもに話題の特殊な習い事をさせて夢を見たりするのかなと思います。そうなると子どもも自分がしたいことの時間が取れなかったり、わからなくなったりしてもがく→いつか親の手が離れた時に自分探しをするという風になるんじゃないかなと感じています。
親の体面を保つためにかろうじて次第に受かり留年なしで卒業しましたが、それが自分のできうるすべてであり、就活内定したけど大人になるのが怖くて蹴ってしまいました。子供が10歳近くになってもモラトリアム感抜けていません。
何が正しいとか正しくないとかないと思いますが、お互いがお互いを受け入れる環境があればよいなと思います。そうするにはお互いが多少のストレスを受け入れる必要もあると思います。
自分が甘えたい時に甘えられなかった、親や周囲が厳しかった大人が、いまの若者に否定的な気はします。自分が過去に自由に出来なかった分、嫉妬というか、羨望なのかもしれませんね。厳しくすることが教育だと言われていた時代もあったし、苦労したんだろうな…かと言って現代の若者にも、現代なりの苦労や柵があると思うのですけどねお互いに理解しあえて優しくしあえたらいいですよね
小学生まではわりと「遊び方」がわかった気がするけど、中学で勉強をたくさんしなければ順位を維持できなくなってから、土日も「勉強が終わらないから遊べない…」とよく友達に言っていた気がします。そうすると、遊びが上手な人と遊んでいる時自分がつまらないやつに思えてきたり(実際つまらなかったかと思う)、暇な時間ができてもあれがやりたい!とか思いつかなくなってしまったし、面倒くさくなったり外に出て遊ぶのが怖くなった感じがしました。小学生の頃から、「面倒くさい」と脳内でよく思い浮かんできて、嫌だなあなんでいつもそう思うんだろうと思ったのを思い出しました。高校大学になると、遊びが上手な人は勉強もできるし自分を持っていて、まじで自分何やってんだろうと思う気持ちばかりが積み重なり…ずっと外を見て自分を見ていないってことだと思いますが、自分を受け入れるのがとても難しいです、きっとそれができはじめたら精神的成熟への足掛けなのかな…
私も10代でメンタルヘルスになり、30才で慢性疲労になりました。社会に出たい気持ちはあれど、身体がキツく時間ばかりが過ぎ、心は思春期のままで止まっています。以前はそんな自分を責め続けていましたが、最近はあまり自分の欠点にフォーカスしないようにしています。先生の動画は、どちらに偏るということがなくニュートラルな視点でお話して下さるので、患者の側も落ち着いた気持ちで拝見することが出来ます。
親の意見を聞かないと自分の進路(どこの大学に進学するか、どこの会社に就職するか、どこに住むか)などを決められない人が多くなったように思います。親の言う通りに行動しておけば「親が言ったとおりにしたら失敗した=親が悪い」というように逃げ道を作っているような・・・。親子の距離が縮まった分、精神的自立ができない子供が増えてますね。
益田先生ってカッコいいちゃんと社会貢献していて結婚もしていて本当にすごいなぁって思いました
興味深く拝見しました。前半部分は全面的に共感しかありませんでしたが、科学技術云々のくだりになって目が点になりました。私の父は(その科では)かなり高名な医師で、臨床と研究の両方をしておりましたが、彼は科学が万能ではないこと、科学の限界をよく知る人の一人でした。文学や芸術にも造詣が深く、常に哲学的でした。動画の後半での先生のお話は、これからの時代、仕事にするのなら理系やITが成長分野だし、将来有望だから食いはぐれることがないよという就活生向けの経済評論家のようで…それも確かに現実的かもしれないですが、世の中の幸不幸は稼ぎの多い少ないだけではありませんし、精神的な成長という面から言えばなおさら科学技術にこだわる必要もないと私は思います。(新しいイノベーションを起こす会社に勤めることが幸せかどうかも、個々人の価値観によるかと思います。)少し視野が狭いものの見方だなあと思いました。医師でいらっしゃるならなおさら、今後は科学や科学技術の限界、人間についてもう少し深い考察を重ねていただけると良いと思いました。繰り返しになりますが、動画の前半はよかったです。
この人大学で講義したほうがいいとかんじました
秋葉原連続殺傷事件の加藤被告は当時25歳でしたよね。年配の方とこの事件について話している時に「幼稚な動機ね、もう25歳なのになんて大人げない人なの」と言われましたが、自分の感覚だとまだ25歳、心は思春期のままでもおかしくないと思いました。先生の言う通り、昔と比べると精神年齢の低い人は増えていると思います。
先生の動画ありがとうございます。私はたくさんの欲があって、日々抑圧されながら生きております。今の社会を批判するのは簡単ですが、自分に合った生き方を選択することが 課題です。他人の意見や立場を重んじる社会で、大人が生き残る方法を伺いたい所存です。コロナで大変ですが何卒よろしくお願い致します。
ふう〜ん!そうなのかぁ!、、と前半は聴いていました。🧏♀️益田先生は全て?の方に向けてお話されてるとは思わないですが、、、、いろ〜〜〜んな人がいるんだけどなぁと思いました。よ😊
学生期間が長くて親が若いからなんじゃないかなーって思ったり、昔は親が50代で亡くなって兄弟も多いから親の距離感も今より近くなかったと思うしその時代で良い悪い、課題はバラバラでしょうが世界共通の流れなので面白いです
今私が、そのような状態なのですが(仕事辞め、休職中)家族には、遊んでばかりではなく、早く仕事してってずーっと言われて、苦しいです。そんな昭和世代の親には何て説明したらよいでしょうか??
ワイは偏見やけども、昔は子供の頃から過酷な競争社会で、遊びとかもある程度自由度も高かったから、自分の頭で試行錯誤して自分から動く人が多かったんじゃないかと思うナス。今は遊びもいろいろと不自由だし、受け身でいてもなんとかなるからなのかなぁと思うナス。
それでいいんだよでは不安は消えない、社会を革命ぐらいしなければ
科学技術に関しては経験が足りなくて大人について行けないし、SNSで同年代の天才が輝いてるのもあって高校生のころ僕は自信を失いました。それで大学卒業してから周りを見ると自分の分野では意外とできない人ばっかりで自信がついて、勉強しまくってようやく最先端で戦えるようになりました。いくら偏差値が高くてもこの程度です。普通の人はもっと大変だと思います。
何年か前進学塾の先生が今の子供達は昔に比べると幼い。と言われてましたね。自分の息子を見てもなんだかなぁ~。と思いますね😅今は健康で穏やかに自分のペースで焦らずゆっくり進んで行って欲しいですね😃ご近所付き合いが良いのか良くないのかは分かります。色んな方がいらっしゃいますからね。尚更どこか社会と繋がっていたいとも思います。
個人の人生ですが、持病による服薬、人間関係や環境が良くなかった等不遇や不利で家庭や家族が欲しいと想う、考えた事は1度もありません。規制されてばかりで個人の時間を奪われるのはコリゴリです。医療、福祉の関係者はキレイゴト並べるから好感を持てません。
私は大学と就職のどちらの選択肢を選べた上で社会に出ましたが、暫くして大学に行った友人と話すと、先生の仰るように社会に向かっているという感覚が薄いなというふうに感じます。しかし、社会に出た身としてはモラトリアム期間は本当に非認知能力に影響すると思います。社会に出た後の人間関係には必ず利害関係が絡んできます。また、仕事によって限られた自分の時間の使い方にも「これは生産的なのか否か」を考えるようになってしまいます。そうしたものが比較的無い大学生の時点で色んな遊びをして、いいことも悪いことも経験して自分に見合う何か、得意な何か確実に見つけられるようにチャレンジする期間は必要だと考えました。
武士になる必要も強制的に徴兵される事も無い昔に比べて命が危険な場に晒される事が減っているありがたや~
耳が痛い話ですね自分を省みてもその通りだと思います
昔の俳優の写真をみると、同じ年齢でもとても大人っぽくみえます。今の若者は全体的に見た目も幼いままに見えるのですが、何故でしょうか。精神的な成熟度は外見にも現れるのでしょうか。
小学生の時に塾のせいで友達と遊べなかった。九年間も通ったけど、良かったと感じたことがない。自由に生きたいです
「非認知能力」を身につける=大人になる、という事でしょうか。社会に属していても非認知能力が育っていない人は沢山居るので、若者に限った事ではないように思います。それとも、ある程度の年齢になった時に十分な非認知能力が備わっていなかったとしたら、それがその人の能力の限界値でしょうか。
絵を描くと指先が発達するって論理凄い頭固くて頭良いが故に物理的な思考になってしまっている頭の悪さが面白い
常識と言われるレベルが上がっている。なるほど。
楽しければ死ぬまで遊んでいて良い。やるならとことんやれ。
「好きなことをやれ」と言われてだいたいの人間が行うのは、新たな商品を生み出す生産活動ではなく、すでにある商品を使う消費活動なんでしょうね。ファンアートみたいな二次創作もあるにはあるが、その中で金がとれるモノはほぼ無い。
19歳の大学生です。「失われた〜年」と言われる中で生まれた人達は高度経済成長やバブルを経験あるいは見てきた人達と違い日本の未来に希望を持てず、「今のままでいたい」という気持ちや無力感を持っていると感じます。実際、少子高齢化や地球温暖化など若者の力だけではどうすることもできません。金魚の病気を水槽の環境が作るように若者の現状を作っているのは今の社会システムだと思っているので、若者に対して、これまでの社会を形作ってきた大人たちが誹謗中傷するのを見るとやるせない気持ちになります。
個人的に思うのは、人生の先輩方が思う「大人」と、最近の若者が思っている「大人」がズレているということです。人生観、生きる上での大事なポイント、とも言えます。
若者の多くは日本や自分たちの将来に対して悲観的です。私の周りだけかも知れませんが、早めに死んでしまいたいと語る子がほとんどでした。経済的な問題や、社会的な構造に絶望していると言えます。昇進しても給料は据え置きで休みが減るだけ、長生きしても介護や年金に苦しむだけ。それを下の世代に教えてきたのは、押し付けているのは、上の世代です。
その結果、自分の時間、家族や友達との時間を大事にしたり、今を楽しもうという刹那的な答えに行き着いたのだと思います。
これは日本に限らず、アメリカや中国など他の先進国でも似たことが起きています。科学技術は確かに「人類」に大きな恩恵をもたらしましたが、その進歩に、人間自体の進化が追いついていないと感じます。
若者なんて子供っぽくていいと思いますよ。同世代の大人っぽい若者を数人見た事がありますが、家庭環境に問題がある、幼少期から抑圧された経験のある人ばかりでした。いらない苦労をして大人っぽくなる必要はありません。少しずつ成長していけばいいと思います。
昔の方がゆるゆるの仕事がたくさんあった
遊んで暮らしたくて平和になったのに、遊んだらいけないって、どこを目指してるの?って思います
今からかれこれ17年くらい前、半分引きこもってた頃父親に「お前らの世代は精神年齢が10歳くらい低いな」って言われてました。
実際自分は20歳くらいの時頭の中(精神的な打たれ弱さ)は10歳くらいの小学生だったので社会に適応できませんでした。30で復帰するとき、選べる職は少なく。
問題は伸びたモラトリアムを企業や社会が容認してないから、非定型うつだったり適応障害で精神科に流れるしかない所なのかなと。
個人的には2000年くらいから言われ始めた「即戦力(社会が大人へ育てる事を放棄して、最初から使えるやつだけ使う)」っていう概念が一番の害悪なのではと思っています。
現在22歳無職の話題に上がっているモラトリアムの若者を現在進行形でしているものです。
若者からの主観にはなりますが、若者のみが若年化したのではなく、日本の全体が若年化しているように感じます。
遊び呆けている若者は確かに多いです。
しかし今の3・40代が大人かと言われれば私はそう感じないのです。
確かに立派に仕事をされてる方は多くいます。しかし接客のアルバイトなんかをしていると、自分に都合の悪いことがあればすぐに人にあたる方。こちら側が歩み寄らないと何が不満かを話さない方。ただ何も言わず受け身の究極系みたいな方。
これらの多くは3・40もしくはその上の方々です。
逆に若い方は思いやりの気持ちをもって接してくださる方も多く、物腰の柔らかい方も多いです。
この状況を目の当たりにして「若者の若年化」なんて言われても正直ピンと来ません。
これは私の主観であるため自分自身を正当化するための情報バイアスのようなものがかかっているだけなのかも知れませんが、この動画でのお話は100%納得いくものではありませんでした。
若者はいつの時代も叩かれますね
私もゆとり世代ですが当時も散々バカにされました
私は若者を応援したいです
今の若い人たちは、「子どもの頃に抑圧されてやりたいことをやれなくて、それが苦しかった」という方が多いイメージです。
それが現代で個性が重要視されてくるようになって、それこそ遊びの部分を極めてる方が多くなってるのかなと。
個性を尊重した上で社会性、協調性を持っていく社会に移行する過渡期なのかなと考えています。
ともあれ、先生と同世代なので「28歳くらいが大学卒業くらい」という感覚には非常に共感できました。
自分は幼少期から親によく「自分が小学生の時はもっと大人びていた」や「私は自立が早かった」と言われ育てられましたが、年齢と共に「確かに自分は子供だったな〜」と感じる一方で両親共に背伸びしているというか、実は幼いということに気付きました。あまり自分が正しいと思い過ぎると成長はストップしてしまうと反面教師にはしております(笑)
若者には「暇と退屈の倫理学」という本がおすすめです。
つまらん喧騒に振り回されない自分なりのマインドセットを、いかに早く確立するかが楽しくのらりくらりと生きる原動力になると思います。
自分は病気で高校を中退して、闘病期間を経た後で大学に行き、今年卒業したので、社会に出るのが随分と遅れてしまいました。
それもあって、周囲と比べて随分と出遅れているという感覚を持ってしまっていたのですが、そもそも社会全体としてモラトリアムの期間が長いのだと考えると、少しは楽になれそうに思います。
経済的自立という視点だけで見れば若者は未熟に思えるけど、昔よりもモラル高い子が多い気がします。
前も少し思ったのですが、益田先生の仰る言葉から、いわゆる「森の外」にいる人に比べて「森の中」に暮らしている人のほうがより価値が高い、という価値観を感じることがあります。森の外で暮らしている人を否定しないようなことも仰っていた気もするのですが、実のところ益田先生ご自身は否定的なものとして捉えているのでは?と思ってしまいます。これ以外の精神医学の話については大抵腑に落ちて勉強になったと思うのですが、この手の話に対してはいつもモヤモヤしたものを感じています。
モラトリアム、よく分かります。私は子供の頃に子供らしくいられなかったです。大人になって、子供の頃に出来なかったことを取り戻すように遊びました。家に篭って好きな事をひたすらする時間が至福でした。当時は勤め先の人に「幼い」と言われましたが、その人の時とはなにもかも違うのだから、幼いと一括りにする方がどうかしていると思っていました。そういう創造力の無さこそあなたの幼さじゃない?と内心思ってました。
私は40代半ばで発達障害の診断を受けて障害年金で生活していますが、未だに子供のままだなと思っています。自己表現もうまくできず、他人と上手く付き合っていけることができないまま歳をとってしまいました。
父親は団塊世代真っ只中で、某有名大企業の社員でしたが、何の専門的な知識もなく、飲みニケーションとかだけやっていて、こんなんで昔は定年までやっていけたのだとビックリします。
意外に技術至上主義な益田先生の一面が見えた動画でした。(やっぱそれって、東京が有利だし、地方出身者にはキツイ思想ですよ。)仕事の専門性が高くなったが故に、30~40代の転職って結構キツイ物がありますので、20代の方にはは遊んでても良いけど、向き不向き/好き嫌いを見つけ、好きと出来る事は分けて考えて道を選んで欲しいかなぁと思います。
個人的には、海外を選ぶ道も将来の選択肢に上がるような勉強をして貰いたいと思います。
28歳です。大人になれない自分に悩んでましたが、今が大学卒業ぐらいと考えると、心が楽になりました。
大人になるとは一体なんなのでしょうか
いつまでも幼い部分だったり客観的になれない部分は誰しもありますし…
成熟し尊敬出来る大人は自分を含めそれほどいない様に思えますが…
正直この思いは歳を重ねる事に大きくなっています
だもので大人にならなければいけないって思いは最近あまりもたなくなりました
たまにクラウドソーシングで作業をお願いすることがありますが、みんな仕事が早いし品質も高い。納期は2週間後ねと依頼しても翌日に完璧に仕上げてきたりして驚きます。若者人口は減っているのに実質的には競争がはげしいのかもしれないですね。数年前の若者はもっとゆとりでノンビリしてた気がします。
人にはその人がそのままで居ていいと思える関係を作れるのが人生の鍵だなって思います。学歴やお金や地位などで繋がる関係はなく、その人と無条件で一緒に居たいと思える人が数人いれば(それか犬や猫など)それで勝ちな気がしました。学歴や地位や名誉お金などは、自転車ので例えると補助輪だと思います。中心部は、相性のよい関係の温もりだと。
動画ありがとうございます。自分の得意なことを生かして生きていけたら生きやすいと思います。そのためには、「自分の得意なことを知る」「得意なことの生かし方を知る」ことが必要です。つまり、自分を理解し他人を理解し社会を理解するということです。知識偏重の詰め込み教育ではそれは不可能です。
今の若い人は大人っぽい人も多いように見えます。逆に近所の金もあり暇な年配の人達が迷惑を掛けまくる人達なので、大人とは一体と思います。今は60代以上が確か3600万人ぐらいです。しかもこの人達はお金も持っている。たぶん金融資産はこの60代以上の人が7割ぐらい持っているのではないでしょうか。日本の企業も外国の影響が強い場合も多いので、なかなか科学技術の会社というのも難しくなっているように思えます。工場も外国の場合が多いですし。例えば日本の製薬会社でも中身が7割ぐらい外国人とかの会社もありますので。さらに非正規雇用が4割ぐらいですよね。これでは中々大人になると言っても日本では難しくなっている気がします。大会社というよりも、中堅会社も中国での利益が多い会社も沢山あります。先生の言う事を否定しているのではなく、社会の構造が変わってしまい、大人とされる生き方が難しくなっているのではないでしょうか。就職氷河期なども結局、大多数は救われなかった訳です。
それを作ったのは、今の年配の人達のように思えます。政治家や公務員さんなどの上層部、経営者です。
大学入るまで子どもを満喫できないから、大学入ってから子どもの振る舞いがスタートするイメージ
うーん。算数とかプログラミングとか科学技術とかに向いてない方たちを益田先生は本音ではどう思ってますか?
たくさんお金稼げなくても構わない方たちもいます。
農家とか漁師とか小説家とか昔ながらの職人さんとか、これからの日本にも必要。
多様性を否定してる感じがしました。
益田先生が好きな世界の見方でしかないんじゃないかな?
世界も人ももっと複雑だよ。
まさにこれです。自分は中学生の頃不登校でした。精神面において周りより3、4歳遅れている自覚があります。色々あって今アラサーで大学院通っており、ようやく社会に出て働きたいという自覚が出てきました。昔より、親の圧力が減ったというのも原因かと思います。(例えば「早く結婚しろ」「早く働け」など、社会に出るという行為を半ば強制的に押しつけられることが減ったのだと思います。なので自立が遅く、ある意味のんびりしている若者が多いのではないでしょうか)
自分は中年ですが、自分も含め今回の動画の内容に納得しました。
大人になりきれてない、一人前じゃない。
心療内科通院歴20年近く。この春にも抑うつ状態と診断され、休職から転職。転職回数もおそらく一般の方より多いと思います。
主治医には双極性二型と強めのHSPと言われましたが、実はこれって甘えなのかなと感じたりもしています。
どう生きていいのかこの歳になっても分かっていません。
1日1日耐えている、そんな状態です。
他人とあそぶの苦手でした
社会に適応できていません
そのことが納得できる動画でした
鬱の診断貰って自由な時間増えたらやりたいこと分るだろう出来るだろうと思ってたのに、やりたいことなんも思いつかないし将来の夢なんだっけ?ってなってる
小さい頃に遊んでおかないと遊び方もわからなくなる気がする
机に向かうだけが人生じゃなかった~!
益田先生、同調圧力の強い日本社会で、必要以上に世間体や友達の目を気にして悩み、人と比べてひそかに自分を責めてしまう若者や、頭を悩ます親世代の気持ちを汲んで、「これだけ社会が変化しているのだから、いたずらに不安にかられなくても大丈夫ですよ」という心優しいメッセージを発信してくださり、有難うございました❣️
昔から、ヒッピーやバックパッカーが流行ったり、自転車やヒッチハイクで日本全国を旅する「自分探し」や、青い鳥症候群とかピーターパンシンドロームなどと名前や定義がさまざまに変化しながら、若者の特権でもあるモラトリアムについて様々に考察されてきましたが、夢を見る間もなく現実を知り過ぎてしまう情報洪水の中で、なんとかして自力で岸にたどり着こうと、情報の海で溺れながら、必死にもがき苦しんでいる今の若者に対して、大人が、お説教口調で「昔の若者のようにもっと挑戦しろ!」というのは、かなり酷なのかもしれませんね…
少し前に「子供部屋おじさん」というキャッチーなネーミングで、オタク化した文化や、そもそも家庭を築かない、中高年男女の生涯未婚率の増加による国家の衰退を憂いて「おひとりさまブームは深刻な社会問題」としてマスコミに取りあげられたり、(それってもしかして濡れ衣なんじゃないかなと思えなくもないけれども)もはや先進国とは呼べない日本の「格差前提の分断と棲み分け」が着々と進んでいる競争社会で、経済成長が頭打ちとなり、世代間格差の元凶のような言い回しで「働かないおじさん」という、昔の窓際族とは異なる意味でのグローバル競争社会からの落ちこぼれを生み出してしまいました。
少年ジャンプをこよなく愛し、お笑い芸人をリスペクトしている益田先生が、ありもしない現実をとうとうと語る又吉さんの妄想癖を、作家としての才能でもあると肯定的に捉えて解説コメントを寄せている動画を観ました笑笑🤣🥰
診察室の窓から見える健常者と呼ばれる人々が、終わりのない他人との比較によって、限りなくリア充を追い求めている飽くなき森の中の風景と、森の外で、飄々と案外たくましく質素に暮らしている人々が、実は搾取される社会構造からいち早く戦線離脱して、心穏やかに日々を過ごしている自由人という側面もあった事に、きっと早くから気がついておられたのではないでしょうか?
例えていうと、TH-camrの絶望ライン工さんのように、あえて理不尽な構造的不平等を逆手に取り、ネタとして次々に動画制作と発信を楽しんでいる様子に、幻と偽りの幸福を追い続ける愚かさを教わり、頼もしさとしたたかさを感じております😽😜🤭
益田先生の動画のおかげで様々な知識や疑問だったことが解決したり言葉にできないことを的確に表現してくれてるので助かりました。医者の方でもこのように活動してる人は珍しいのでネットが普及してる現状ではこの先生の動画をみて助かった人たちが大勢いると思うのでインターネットの良さを最大限に活用している先生だなっと思います。
何にしても相対的だと思いますが、高度経済成長期やバブルの世代と現代では世界が違いすぎるかなと思います。低収入による生活満足度の低さ、労働環境のブラック化によるプレッシャー、焦燥感、さらに社内での人間関係の悪化。これらの環境で20才そこそこで精神的に自立せよと言うのが難しいと思うのです。遊ぶには金と暇が要るのでコスパ的にもPC1台の世界に入り浸る事で暇を埋めてしまう。その循環にハマってしまうと成長はしにくいなと感じました。
いやいやそれでも益田先生がエリートだから厳しい評価になっているだけのように思う。「今の人の精神年齢は七掛け」と言われてから何十年も経ちます。今の現役世代は幼くて普通。学生時代は、中卒、高卒が当たり前だった時代からそれぞれ段階的に延びている。ドロップアウトの機会も様々。大学進学率半分ぐらいから今と大差ない。今は結婚で一人前というわけでもない。今の子育ては大変だからこそ、二十歳前後でなんて酷。基本はお母さんがワンオペは今でもありがちだし。ほとんど何もしない父親が威張っていればよかった時代とも違う。昔(後期高齢者想定)から引きこもりの人はいますよ。きちんと先生に相談、通院できるというだけで立派だし。それに発達障害を看板に出せば年齢相応に見えない人は増えるのでは?漫画の「僕の妻は発達障害」のヒロインタイプ。印象としては、今の人は真面目な人が多くて頑張っている気がするかも。
いつもありがとうございます。ASD受動型中学生の娘、小さい頃から自発的な遊びが苦手のまま育ちました。今不登校状態をかかえながら、どうにかして他者や社会とのつながりを促しつつ日々を過ごしてます。いつかこのトンネルを抜けて人々の輪の中に出て行ける時がくればいいな、と先生のお話を伺いながら思いました。
子供が大人になるまでのモラトリアムってすごく大事だと思います。
子供2人はまだ中学生ですが、長い目で見ながら焦らずにいろいろ遊ばせてみて、ゆっくり大人になるのを待っていられそうな気持ちになれました。
益田先生いつもありがとうございます😊。
今回の動画も親子共々、とっても助けてられたと思います。心から感謝しております🍀🌈。
今、友達や人と話す事よりも、スマホいじる時間が増えてるから、自分にとって都合の良い情報ばかり集めて、自分と相反する情報って遮断しがちになっています。こういった、偏った情報を集める事で成長に繋がることもありますが、幼さに繋がる原因にもなっているのかなと思います
現在の日本は賃金が低いと言われているから、それも要因じゃないかと思った。
金を稼げなければ自分を満足させることで精一杯になる。この傾向が子供っぽさの一因だったり?
物質的に豊かな現代では、非認知能力の成長が後回しになってしまうのですね。いかに成人するまでに培えるかで生きやすさが変わる…。
大人とはどういう状態か。以前自分より二十歳上の方とそんな話になりました。自分も成人し、その方も成人してから何十年と経っている方です。相手も自分も答えがわからず。
子どもだなと決めてかかるのは簡単ですが、自分が大人だと思う方に問いても釈然としなくて、人が人を判断するにはシンプルな単語で語ろうとしても語りきれないような、掴みきれないものを感じます。
益田先生の話に全部同意するわけではないですが、精神的な話を政治経済や歴史など、社会のことも絡めて論じるところがとても興味深いです。
TH-camr、音楽家、スポーツ選手など自分のオンリーワンな才能を活かしてお仕事にしている人ってやっぱりすごいと思います〜!自分は特にそういう能力はなさそうなので(笑)、地道に勉強して何か社会貢献できたらいいですねぇ^^
子供みたいな中高年もいるし、大人みたいな若い者もいる。
エジプトの壁画に「最近の若者は」って言葉が発見されてるみたいですね。昔っから若者は叩かれてたみたいですね。今の若者のほうが明らかに犯罪率も低いし礼儀正しい人が増えたと思う。ただしネットの影響か賢くて陰湿な若者も増えた。
はじめてコメントさせていただきます。
いつも楽しく動画拝見しております。
一見なんの役にも立たないことが、誰かの助けになっていることはあると思います。
わかりやすく人の役に立つ仕事と、一見ムダに見えるエンタメ的仕事との間に優劣はないと私は思っています。
わかりやすく人の役に立つお仕事をされている方ほど、自分がどれほど人に貢献できているのか認知できてないのではないでしょうか?
自認している他人への貢献より、自認していない何気ない言動こそ、人を助け、そしてお金に繋がっているように思います。
そうか、益田先生は、
「どんな職業につくのがいいですか?」という問いを、
「どんな職につくのが金になりますか?」と捉えていらっしゃるのでしょうか?!
だとしたら、経済生産性だけで仕事を捉えていない人も多い現代っ子には少し的外れな回答なような…
ネクライトーキーの曲に「25を過ぎたらしぬしかない」って詩があるけど多分みんなこんな不安は持って生きてるんだろうな
10代の頃勉強ばかりしているような子どもだったから今になって人付き合いやらでほんと苦労してます。
若者本人が言う遊びが、創造性や専門性へと繋がるものか受動的にコンテンツを消費するだけなのかでは全然違いますよね
以前から自分の得意分野やエネルギーを注げることを確信してきたから周囲の影響とは関係なしにそれを仕事にするイメージがあった人間と
普通の社会人になりたくない想いが出発点で好きに生きられる道を「探す」人間とは雲泥の差があるように感じられます
ゲーム系TH-camrで成功している方々はプレゼンテーション能力と言葉選びが面白い・楽しいですね。
これはゲーム以外にも活動していなければ習得出来ない能力だと思います。不適格な言い方して炎上した人もいましたね。
現代は選択肢が多すぎる中から自身の得意分野と社会貢献への昇華をどうつなげていくかが個人の課題になっていると感じます。
簡単に言うと「使われる方じゃなくて作る方・使う方に成れるように活動してみる」気持ちを持つことが重要だと思います。
団塊世代は明らかに子供っぽいと思いますけどね
同年代の20代や先輩の30代や40代の方が話してて大人だと思います
社会問題に対する解像度がここ最近ものすごく上がっている気がします 近所の公園でやんちゃな友達と遊んでいた思い出がもはやロストテクノロジー的な感覚すらあります
今の若者は〜なんて古代エジプト時代から言われてる話なんで。
ニュータイプは優秀
やっぱりそうなんだ。自分や自分のまわりをみてるとそう感じる。けど、早く大人になれば良いという感じも上の人をみているとしない。
私は大学生と多く関わる職業ですが、少なくとも30代後半の私の世代と比較して、現在の大学生が幼くなったなどということはない、と感じていますが、どうなのでしょうね?上の世代とは比較出来ないのが心苦しいですが。
個人的な意見としては、バブル期に金さえあれば良いと後先考えずに騒いでいた世代よりも幼い世代なんて存在しないと、どうしても考えてしまいます。もちろんこれは私の価値観でしかないと自覚しています。
納得できるポイントもあり、いろいろ思うところもあったのですが、端的にコメントすると「保守的な考えだな」という感じです。
追記ですが、保守的であることが悪いことだとは全く思っていません。どの場面においてもコンサバな考えは必要だと思います。
何回か動画を繰り返し見てみましたので、以下その上での所感です。長いですが。
・大人になるまでの猶予期間が延びている。
→同意。社会が豊かになると大人として成熟するまでの年齢が高齢化します。この国では成人年齢が引き下げられましたが、このモラトリアムの長期化を考えると、むしろ引き上げるべきではないか?という意見もありました。
・科学技術が生む生産力には勝てない
→それはそうだと思います。が、そもそも今は生産力の時代なのでしょうか? そんなに生産を急ぐ必要があるのでしょうか?
もう世の中はある程度豊かになり、その中で必死になる理由を見失っているように思います。だから「緩く生きること」がブームになっているのでは?
・人間らしさが生む生産力はたかが知れている
→本当にそう思われるのですか?
ここでは「科学技術」の生産力と「人間らしさ」の生産力が対になるものとして語られているようですが、これらは相互に作用し干渉し合って進歩してきていると感じます。このどちらかに優劣をつける考え方は、ちょっとよく分かりません。
・皆が好きなことをやってもうまくいかない
→これも同じように疑問です。仮にみんなが好きなことをやったとして、その好きなことの全てが「人間らしさ」の方へ向き、「科学技術」の方に向かない、ということになるのでしょうか? そうはならないだろう、というのが個人的な考えです。
そもそも、「好きなこと」の定義が難しいですね。興味のあることなのか、得意なことなのか? 「社会に貢献すること=好きなこと」な人もいるでしょう、「お金が稼げること=好きなこと」の人もいるでしょう、「堅実な働き方をすること=好きなこと」な人だってたくさんいるでしょう。
さて、本当にみんなが「好きなこと」をすると「うまくいかない」のでしょうか。
・多くの人は、好きなことというよりは、より安定したことや科学技術に関係するようなところ、より未来があるところ、より未来に投資できるところに身を置くことが重要
→つまり、「好きなこと」や「人間らしさ」のあるものより「科学技術」に関係するものの方が、より未来があり価値がある、というお考えでしょうか?
うーん、ここでは対極のもののように語られているこの2つは、どうしても別々のものというようには考えられません。
どちらかを避けどちらかに身を置くべき、という考えが、多くの人に当てはまるとは言えないと思います。
動画内の発言に関しての感想は以上です。
やはり、益田先生を含めた上の世代の方たちは、緩く甘やかな世界に生きている若者たちのことが、どこか認め難い、許し難い、または羨ましい、と思う気持ちがどこかにあるのでしょうか。
あと、もしかして、先生はわざと「保守的なお父さん」的な立ち位置の動画を出したのではないでしょうか? それで今まで出した「自由で優しい考え方」の動画とのバランスを取ろうとしたのではないでしょうか? なんかそんな気がしてしまいました(笑)
何にしても、いろいろ考えさせられる動画を見ることができて良かったです。他人の考えに触れることで自分の考えが浮き彫りになっていきます。
この動画で先生に幻滅したりはしていません(笑) これからも応援しています。
追記の追記です。一方的ですみません。
先生のTwitterも見ています。
多元性や多軸性があるのは分かります(理解しきれていないとは思いますが)。
尊厳という観点でいえば双方に優劣はない。経済生産性の優劣と尊厳の優劣は別だと。そういう理解でよろしいでしょうか。
しかし、脳(気持ち)が弱っている人からしたら、そこまで考えるのは難しいのではないでしょうか。
ここの視聴者に対して、もう少し分かりやすく、受け入れられやすい表現の仕方があったのではないか、と思ってしまいました。先生の伝えたいことが視聴者に上手く伝わらなかったのではないか、と。
先生のことを馬鹿にしているつもりはありません。今までたくさん助けられました。難しいことに挑戦されている方だと思っています。
機会があれば、このトピックについて語り直してみてほしいです。
昔も今も精神年齢が低い人は一定数いる筈なのに、自分達の若い頃は〜って懐古する人達を見ると少し悲しくなるな。
イビリとかパワハラとかしている人間を絶対に社会人の大人とは思いたくない。大きな子供だなとか思えない。
教育で、資格や知識が重視される世の中で、生き辛さがありますよね。
私も30過ぎたくらいの頃かな……資格や知識よりも、その人を形成する人格や性格を教育する事が大事なんだと思ってます。
自分の将来がどうなるかなんてわからないですし、人格を形成出来ていれば、生きていくだけなら何とかなる気がします。
遊びだって批判する人達は、その人を形成する人格を、どう育てていこうかという点に関心を向けてほしいです。
でも、批判する人達は、それが出来ないと言いますか、大事なんだよっていう所に気付いてないんですよね。
何故なら、自分は他の人とは、違うんだっていう経験や苦労を知らないからです(自分の幸せさに気付いてなくて、押しつけ的な批判をする)。
社会の変化があもりにも早過ぎてついていけてない
ノー勉で受験し全滑り、電車で1.5hの私大にひっかかるも金かかるから近くでの一人暮らし出来ず、やりたいことも目標も見つからず朝も起きれなくなり3年時留年1年間何も変われず中退。
とりあえず好きなものに近づこうと芸能の裏方へ就職、あまりのブラックと自身のコミュ力(上にゴマをする力)の無さに1年で転職、180°転換し趣味関係の専門店に入るも「必死さがない」らしく社長一族に嫌われすぎて1年でクビに。
その間一度もボーナスも長期休暇もなく、場所が変わるたびに引越し諸々で3,40万かかる。
意味がわからん。
まあたぶん躁鬱かASDなんだろうけど。
一生モラトリアム
働きだして分かったのは
・声がでかいやつ
・性欲が強いやつ
・わざとらしくなく笑顔作れるやつ
・怒りを溜め込んで置けるやつ
はどこ行っても可愛がられるし何やっても大して怒られないしいつか大成する。
学歴とかほぼ関係ないけどこういうやつは大抵馬鹿(になりきれる)というかヤンキー若干入ってる。
今日も意義深いお話聞けて勉強になりました。
大学の時は子供っぽい自覚があったけど、社会人になって自分の金で一人暮らすようになったら少し大人になれた気がする。高卒の歳が近い人達は、大卒の自分より精神年齢が高く、結婚などの決断も早い印象がある。
子供のような老人もいるので世代で分けるのは野暮な話
言葉の選び方とか素敵だと思います。
いつもみてます。
すごく勉強になります。
どんな考え方でも。
我が子が幼稚園児だった時に園長先生が何度もおっしゃっていた言葉は 遊びは学び です、そして親など子供の周りにいる大人は子供をよく観察しなさい(見守りなさい) ともおっしゃっていました。育ててみて 確かにその通りと折に触れ感じました。モラトリアム なるほど 今はその時期なんですね、子どもなりに考えているようだな 長い人生の中で本人なりに今は検討中の時期なのだろうから親は見守っています、我が子を信じて。
私も、息子の子供っぽいのは、病気の為なのか、うちの息子だけがそうなのか、夫婦間で時々話をしていました。モラトリアムの意味が理解出来ましたし、とても、納得できました。
どうしても、息子の行動を見ていて心配になって、小言も言ってしまいがちですが、こういうことを理解していると、私達の対応も変わります。
いつも、ありがとうございます。
動画、毎回楽しみに観ています。
私は今、やりたいことがあります。
私が、好きな自然を通じて、
他者理解をする大切さ、自己理解についてより良く学ぶ方法を広めたいです。
仕事になれば、良いのですが。
最近、小さな写真展を開催でき、
新聞社の取材を受けました。
記事を読んでくれる方に感謝し、
少し関心を持ってもらえたらなあと思います。
追伸、益田先生の「精神科医の本音」を購入しました。
オススメです。
益田先生、こんな感じでススメテおきましたよ!
仕事に関しては男性的な意見だなぁと思いました。
個人的には身近な助け合いは大切だと思うし、これからも必要なものだと思っています。
健康でバリバリ働ける成人は気付きにくいですが、子育てをする立場になったり、病気や障がいがある人、老人は身近に助けてくれる人がいないと困ることも多い。一生のうちに誰もが経験する状況だと思います。
そんな中で助けられる、誰かの助けになる経験をすることが仕事や社会貢献に繋がって行くと思います。
ユーチューバーもやってみればわかりますが、誰でも稼げるわけではありません。稼げるなら誰かの役に立っているということだと思います。
先生が遊びの重要性を仰るように、遊びで表現することは、実際に遊びにくい状況で、擬似体験できて、見る人の想像力を高めたり、学びになっているかもしれません。
でも確かに、スマホばかり見ていて、実生活での経験が減るのは将来的に良くないと思います。
科学技術の生産量は高いかもしれませんが、場合によっては破壊量も大きいです。原爆も科学技術の賜物。
自分のいいところを知り、自分がが一番社会に喜ばれることを知るのは大事だと思う。
大切なのは人や自然と関わる中で、大切な人間性を学び、持続可能な社会に貢献する仕事を選ぶことだと思います。
先生がこうやって発信され、救われる若者がいると思うと、尊い仕事だなぁと思います🍀
私に限っては、とくに目標もなく親から逃げる目的で県外の大学を二浪して入りましたが、同世代より自分は子ども染みていると感じました。
遊びも勉強もあまり身が入らない期間が長すぎたからかもしれません。
今の子は学校行ったら塾に行くのが当たり前と思いますが、本人の意思がどれくらい反映されているのか?と思います。
「子ども染みている」のは、どこかで他力本願に見えるからで、自分自身で思考する機会を奪われているからかもしれません。
素敵なお話を聞けて良かったです🎉
なぜ、大人は子どもの育て方を習わないの?
子どもは社会で育てるものなのに…。
モラトリアム期間なんて、みんなに平等に与えられて来なかったと思うけど、話を聞けば子供の成長に必要な期間だったのでは?と自分の過去を振り返る。
大人になるにも、最低限の子育ての教育は皆に等しく共通の知識や認識が必要だと思う。
子供の人権は大人が守るものでは?
親が厳しく遊ぶことがほとんどない子供時代を過ごしました。
非認知能力が必要な場面でかなり苦労をしました。
大人になってから遊ぶことを覚えましたが未だに学ぶことが多いです。
人生の目的とか答えの無さそうな問いを考え続けて、ついに答えは出なかったけど、気付いたら社会でまあまあ認められる役割(職)を与えられたら、どうでも良くなった。
居場所が分からない、不安定が故にモラトリアムっぽくなるというかなんというか。自分の場合自然解決したのかもしれない。
元気で柔軟な感性がある若い内に遊びや趣味に没頭するのもいいのでは?
SNSなどが発展して個人が色々なものを発信できるようになり、「人生を成功するためには何か特別な個性のある人間にならなければいけない」という強迫概念が強い人が増えてる気がします。それで今の自分じゃ満足できず不安になったり、親は子どもに話題の特殊な習い事をさせて夢を見たりするのかなと思います。そうなると子どもも自分がしたいことの時間が取れなかったり、わからなくなったりしてもがく→いつか親の手が離れた時に自分探しをするという風になるんじゃないかなと感じています。
親の体面を保つためにかろうじて次第に受かり留年なしで卒業しましたが、それが自分のできうるすべてであり、就活内定したけど大人になるのが怖くて蹴ってしまいました。
子供が10歳近くになってもモラトリアム感抜けていません。
何が正しいとか正しくないとかないと思いますが、お互いがお互いを受け入れる環境があればよいなと思います。そうするにはお互いが多少のストレスを受け入れる必要もあると思います。
自分が甘えたい時に甘えられなかった、親や周囲が厳しかった大人が、いまの若者に否定的な気はします。
自分が過去に自由に出来なかった分、嫉妬というか、羨望なのかもしれませんね。
厳しくすることが教育だと言われていた時代もあったし、苦労したんだろうな…
かと言って現代の若者にも、現代なりの苦労や柵があると思うのですけどね
お互いに理解しあえて優しくしあえたらいいですよね
小学生まではわりと「遊び方」がわかった気がするけど、中学で勉強をたくさんしなければ順位を維持できなくなってから、土日も「勉強が終わらないから遊べない…」とよく友達に言っていた気がします。
そうすると、遊びが上手な人と遊んでいる時自分がつまらないやつに思えてきたり(実際つまらなかったかと思う)、暇な時間ができてもあれがやりたい!とか思いつかなくなってしまったし、面倒くさくなったり外に出て遊ぶのが怖くなった感じがしました。
小学生の頃から、「面倒くさい」と脳内でよく思い浮かんできて、嫌だなあなんでいつもそう思うんだろうと思ったのを思い出しました。
高校大学になると、遊びが上手な人は勉強もできるし自分を持っていて、まじで自分何やってんだろうと思う気持ちばかりが積み重なり…
ずっと外を見て自分を見ていないってことだと思いますが、自分を受け入れるのがとても難しいです、きっとそれができはじめたら精神的成熟への足掛けなのかな…
私も10代でメンタルヘルスになり、30才で慢性疲労になりました。
社会に出たい気持ちはあれど、身体がキツく時間ばかりが過ぎ、心は思春期のままで止まっています。
以前はそんな自分を責め続けていましたが、最近はあまり自分の欠点にフォーカスしないようにしています。
先生の動画は、どちらに偏るということがなくニュートラルな視点でお話して下さるので、患者の側も落ち着いた気持ちで拝見することが出来ます。
親の意見を聞かないと自分の進路(どこの大学に進学するか、どこの会社に就職するか、どこに住むか)などを決められない人が多くなったように思います。
親の言う通りに行動しておけば「親が言ったとおりにしたら失敗した=親が悪い」というように逃げ道を作っているような・・・。
親子の距離が縮まった分、精神的自立ができない子供が増えてますね。
益田先生ってカッコいい
ちゃんと社会貢献していて
結婚もしていて
本当にすごいなぁって思いました
興味深く拝見しました。
前半部分は全面的に共感しかありませんでしたが、科学技術云々のくだりになって目が点になりました。
私の父は(その科では)かなり高名な医師で、臨床と研究の両方をしておりましたが、彼は科学が万能ではないこと、科学の限界をよく知る人の一人でした。
文学や芸術にも造詣が深く、常に哲学的でした。
動画の後半での先生のお話は、これからの時代、仕事にするのなら理系やITが成長分野だし、将来有望だから食いはぐれることがないよという就活生向けの経済評論家のようで…
それも確かに現実的かもしれないですが、世の中の幸不幸は稼ぎの多い少ないだけではありませんし、精神的な成長という面から言えばなおさら科学技術にこだわる必要もないと私は思います。
(新しいイノベーションを起こす会社に勤めることが幸せかどうかも、個々人の価値観によるかと思います。)
少し視野が狭いものの見方だなあと思いました。
医師でいらっしゃるならなおさら、今後は科学や科学技術の限界、人間についてもう少し深い考察を重ねていただけると良いと思いました。
繰り返しになりますが、動画の前半はよかったです。
この人大学で講義したほうがいいとかんじました
秋葉原連続殺傷事件の加藤被告は当時25歳でしたよね。
年配の方とこの事件について話している時に「幼稚な動機ね、もう25歳なのになんて大人げない人なの」と言われましたが、自分の感覚だとまだ25歳、心は思春期のままでもおかしくないと思いました。
先生の言う通り、昔と比べると精神年齢の低い人は増えていると思います。
先生の動画ありがとうございます。
私はたくさんの欲があって、
日々抑圧されながら生きております。
今の社会を批判するのは簡単ですが、
自分に合った生き方を選択することが
課題です。他人の意見や立場を重んじる
社会で、大人が生き残る方法を伺いたい
所存です。コロナで大変ですが何卒よろしくお願い致します。
ふう〜ん!そうなのかぁ!、、と前半は聴いていました。🧏♀️
益田先生は全て?の方に向けてお話されてるとは思わないですが、、、、
いろ〜〜〜んな人がいるんだけどなぁと思いました。よ😊
学生期間が長くて親が若いからなんじゃないかなーって思ったり、昔は親が50代で亡くなって兄弟も多いから親の距離感も今より近くなかったと思うし
その時代で良い悪い、課題はバラバラでしょうが世界共通の流れなので面白いです
今私が、そのような状態なのですが(仕事辞め、休職中)家族には、遊んでばかりではなく、早く仕事してってずーっと言われて、苦しいです。
そんな昭和世代の親には何て説明したらよいでしょうか??
ワイは偏見やけども、昔は子供の頃から過酷な競争社会で、遊びとかもある程度自由度も高かったから、自分の頭で試行錯誤して自分から動く人が多かったんじゃないかと思うナス。
今は遊びもいろいろと不自由だし、受け身でいてもなんとかなるからなのかなぁと思うナス。
それでいいんだよでは不安は消えない、社会を革命ぐらいしなければ
科学技術に関しては経験が足りなくて大人について行けないし、SNSで同年代の天才が輝いてるのもあって高校生のころ僕は自信を失いました。それで大学卒業してから周りを見ると自分の分野では意外とできない人ばっかりで自信がついて、勉強しまくってようやく最先端で戦えるようになりました。いくら偏差値が高くてもこの程度です。普通の人はもっと大変だと思います。
何年か前進学塾の先生が今の子供達は昔に比べると幼い。と言われてましたね。自分の息子を見てもなんだかなぁ~。と思いますね😅今は健康で穏やかに自分のペースで焦らずゆっくり進んで行って欲しいですね😃ご近所付き合いが良いのか良くないのかは分かります。色んな方がいらっしゃいますからね。尚更どこか社会と繋がっていたいとも思います。
個人の人生ですが、持病による服薬、人間関係や環境が良くなかった等不遇や不利で家庭や家族が欲しいと想う、考えた事は1度もありません。規制されてばかりで個人の時間を奪われるのはコリゴリです。医療、福祉の関係者はキレイゴト並べるから好感を持てません。
私は大学と就職のどちらの選択肢を選べた上で社会に出ましたが、暫くして大学に行った友人と話すと、先生の仰るように社会に向かっているという感覚が薄いなというふうに感じます。しかし、社会に出た身としてはモラトリアム期間は本当に非認知能力に影響すると思います。社会に出た後の人間関係には必ず利害関係が絡んできます。また、仕事によって限られた自分の時間の使い方にも「これは生産的なのか否か」を考えるようになってしまいます。そうしたものが比較的無い大学生の時点で色んな遊びをして、いいことも悪いことも経験して自分に見合う何か、得意な何か確実に見つけられるようにチャレンジする期間は必要だと考えました。
武士になる必要も強制的に徴兵される事も無い
昔に比べて命が危険な場に晒される事が減っている
ありがたや~
耳が痛い話ですね
自分を省みてもその通りだと思います
昔の俳優の写真をみると、同じ年齢でもとても大人っぽくみえます。今の若者は全体的に見た目も幼いままに見えるのですが、何故でしょうか。精神的な成熟度は外見にも現れるのでしょうか。
小学生の時に塾のせいで友達と遊べなかった。九年間も通ったけど、良かったと感じたことがない。自由に生きたいです
「非認知能力」を身につける=大人になる、という事でしょうか。
社会に属していても非認知能力が育っていない人は沢山居るので、若者に限った事ではないように思います。
それとも、ある程度の年齢になった時に十分な非認知能力が備わっていなかったとしたら、それがその人の能力の限界値でしょうか。
絵を描くと指先が発達するって論理凄い頭固くて頭良いが故に物理的な思考になってしまっている頭の悪さが面白い
常識と言われるレベルが上がっている。
なるほど。
楽しければ死ぬまで遊んでいて良い。やるならとことんやれ。
「好きなことをやれ」と言われてだいたいの人間が行うのは、新たな商品を生み出す生産活動ではなく、すでにある商品を使う消費活動なんでしょうね。ファンアートみたいな二次創作もあるにはあるが、その中で金がとれるモノはほぼ無い。