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あっという間に36分が過ぎました‼️超絶面白かったです‼️
マニアックなお話をありがとうございます。バーンスタインBPOのマーラー9番については「バーンスタイン所有のパート譜が公演以降になってもニューヨークに送り返されてこない。その後カラヤンのレコードを聴くと『自分のボウイングだ!』と述べた」というエピソードが、ジョン・マウチェリ著書の「指揮者は何を考えているのか」に載せられています。この本ではバーンスタインとカラヤンのただならぬ話が色々暴露されているので、どこまで本当なのか考えると面白いです。
32:57 シュトレーゼマンのエピソードからのおはなしと矛盾しないかもですが、吉田氏は(「1970年代中盤」ではなく)1971年のことと書いてますね。ただし、 _CARLO MARIA GIULINI Concert Register_ によれば、ジュリーニは1972年四月13・14日にベルリンでマーラー九番を BPO と演奏しています。前年の71年には四月に同地で五回 BPO を指揮しており(ベト:ハ長調ミサ曲/ヴィヴァルディ『四季』と、『驚愕』/サルヴィウッチ『序奏、パッサカリアとフィナーレ』/『ライン』)、この年九月にはシカゴ響とともベルリンを訪れてるようです(モツ39、ベト七)。
ありがとうございます。データ照合し直してみます。では余計になぜバーンスタインのマーラーが1964年のバルビローリ以来、と言われているのか、やはり不思議ですね。情報提供感謝です。
@@atm-naokimusic ですね。紛らわしいので 1971 年の「五回」の内容、念のため追記しました。ご承知のようにジュリーニの BPO 客演はたくさんあり、Testament は「レジスター」言うところの 1971、72 年からの公演はひとつも音盤化してないと思います。まぁマラ九のセールスバリューは高そうですので真っ先に出てもおかしくないですし、レジスターが 71、72 年全部間違ってる可能性もありますがw(レジスターにありますが権利関係か CD 化ではカットされた?ポリーニとのベト四とかも出ないでしょうかね…)
カラヤンに対して罵詈雑言の限りを尽くしたチェリビダッケに、天国のトスカニーニからメディアを通じて天誅が下りました。
めちゃくちゃ面白かったです
徳岡さん、むちゃくちゃマニアックですね😁バーンスタインのマーラー9番は久しぶりに聴きましたが、演奏の熱量が凄くて、個人的には歴史的名盤だと思います。バーンスタインにおけるマーラーは、フルトヴェングラーにおけるベートーヴェンですね🎶
バーンスタインによるマーラーは「演歌」です。
@@yutakainamura4031 演歌_??? 演歌さっき聞きましたが。。。。全然違うんだけど。。。
1978年にフェリシア夫人を亡くしたバーンスタインは、78年11月の公演後、翌79年4月まで休息します。この休息はひどく落ち込んでいたバーンスタインを回復させますが、体力が落ちてしまいます。4月から復帰しますが、ショスタコーヴィチ5番などの演奏は力が足りていないようで、日本公演でようやく体力が戻ったことが語られています。その後、9月から年内は名演が目白押しになります。ウィーンフィルとのベートーヴェンの9番など。そして1980年は1年おやすみになります。その10月にベルリンフィルとのマーラー9番の演奏会が行われました。この演奏がCD化されましたが、まずオーケストラのバランスが右側にパワーが寄っていたので中央に音のバランスを変えています。そして、数々の客席、指揮者のノイズを消していることが報告されます。この時のライブエアチェックは、多くの方が何度も聴いて、ここで足音、ここで呼吸音と聴いていた方が、おかしいと大騒ぎしました。そしてCDR盤でFMエアチェック無修正バージョンが登場。多くの方が聴くことができ、DGのやりすぎに疑問がよくわかるようになりました。2010年代に入り、編集技術が良くなったのか右のバランスをずらした変なバランスが、自然な形になってきました。FM音源で発売されればまた、騒ぎが起きそうなDG盤です。2日間の録音と解説に書かれましたが、実際は1回の録音です。FM音源です。カラヤンがレコードにするような録音、映像は禁止したという話があります。バイエルン放送響とのアムネスティチャリティレコードのように、発売されることを嫌がったと思います。ちなみに、カラヤンがニューヨークフィルでベートーヴェン交響曲9番を演奏した時、2週間後に歌手まで同じメンバーで、バーンスタインが演奏して録音しています。この演奏は、聴き比べができるそうですがバーンスタインは4楽章途中からの音源をCDR盤できくことしかできません。バーンスタインは嫉妬したと思います。カラヤンも面白くはなかったでしょう。ちなみに、楽譜を忘れた返されなかった件は、50年代のヨーロッパでの演奏ツアーと考えられます。ただし、弦チェレの楽譜だと思われます。マーラー9番ならシェルヘンの録音に利用された可能性が高いです。ベルリンではなく、ウィーン交響楽団です。ハンフリー・バートンなどの伝記を合わせて読むと、事実ならこのタイミングしかないです。
すごいマニアックな情報ですね。ありがとうございます。是非聴き比べをしたいです。
先日、久しぶりにバーンスタインのマーラー9番、コンセルトヘボウとベルリンフィルの2種を聴きました。私自身も当初はコンセルトヘボウの方が良いのではと思ってましたが今回聴き直してみたところ、まず1楽章、コンセルトヘボウの方はある評論家が書いてましたが「ノリが悪い」と、私自身はバーンスタインは非常に慎重にすぎるくらい演奏しているのではないかと、その演奏スタイルが2楽章まで引きずっているように思えました。3楽章になってやっとノリが良い演奏になり、前半楽章と後半楽章で収録日時が異なるのではないかと思えるくらい演奏スタイルが異なっているように感じました。対してベルリンフィルの方はオケ側が少なからず緊張していますが、弦楽が思いきりのよい演奏をしており、その強靭ぶりは只々驚嘆。そしてその素晴らしい弦楽と同じくらい見事な木管金管打楽器が一発勝負のように演奏しており、これは異次元の演奏と言っても過言ではありません。イスラエルフィルの演奏も良いのですがCDで聴くとちょっとやりすぎているのではと。カラヤンの演奏ですが昔、NHKの番組で天野祐吉氏がスタジオ録音の方を高く評価していましたが、私自身は後年のライブの方が圧倒的に素晴らしい演奏かと。スタジオ録音の方は特に2楽章の極めて遅いテンポに気味悪さを感じます。ところで動画28分ちょっと前からのエピソード、カラヤンとチェリビダッケは会えば気楽に話す関係であったという内容ですが本当ですか?どちらかといえばチェリビダッケはカラヤンのことをボロクソに批判し、それを聞いたカラヤンが無視していたのではと思っていました。この二人のエピソードがあれば今後、ご教授ください。
カラヤンとチェリビダッケが談笑している写真があります。カラヤンの音楽を認めていたかどうかは別としてチェリビダッケがにこやかです。
幻想交響曲の鐘、何を使うのか?は指揮者の個性が出るところですね。自分は、えー?と驚いたのは、ビエールモントゥーのLPを聴いたときにエライ音がして、なんやこれ?と笑ってしまった。1984年くらいの頃は、関西の学生オケで幻想がよく演奏されてましたけど、京大のオケは、工学部の学生が作った鉄の筒2本を使っていましたし、自分の出身大学では、客演に来られた故小松一彦先生が、カラヤンのように、いくつもの楽器を重ねて舞台裏で叩かせる、というのをやったはりましたね。また、10年くらい前に聴いた東京のアマオケ「白金フィル」汐澤安彦さんの指揮で、鐘はデカい「ベル」でした。(なかなかいい音だった。)とにかく、色々な方法があり面白いっすね?(笑)
この曲の鐘の音質はホント多様ですよね。この世の終わりかっていう絶望的な音質のものもありますけど、わたしは音程感のあるクリアなアタックが好きです。
バーンスタインのマラ9はオケと指揮者の間の緊張感がすごくて奇跡的な名演ですが4楽章でとても重要なトロンボーンのソリがまるごと落っこちてますね。仰るようにコンセルトヘボウやイスラエルフィルのほうが完成度高いですね。さて、カラヤンのセッション録音のマーラー9番はライブ演奏と見まごうほどの鬼気迫る演奏ですが、エスクラリネット奏者があらゆる目立つところでアマチュアかよと思うほど下手くそでしかも3楽章のソロで1小節早く飛び出してオケ全体が焦ってテンポが一瞬遅くなります。そのほかにも2楽章最後のファゴットのソロが臨時記号を落としてなんの調性か一瞬わからなくなるという醜態。ライブ演奏ならそういうことはよくありますがセッション録音でなぜこんな致命的なミスを見過ごしたまま発売したのか? その後にさほど間を置かずにほぼ完ぺきなライブ録音がCD発売されたことも面白いです。そういうところにも切り込んでいただきたいです。 カラヤンのセッション録音は国内盤発売前に輸入盤を購入し、完璧な磨き抜かれたいわゆるカラヤンらしい演奏を期待したのですがまるで初見大会のような緊張感(凄い奏者の集まりなので初見大会のような緊張感と言ってもそれはそれで面白くてすごいのですが)と時々凡ミスやらかすというのを聴いてびっくりしました。とはいえあの緊張感は何物にもかえがたいものだと思っています。エスクラ奏者の部分だけ、少なくとも3楽章のエスクラ飛び出しのところだけでも差し替えてほしかったものです。
横から失礼恐らくだけれど、カラヤンもレコード購入者からの手紙などで第三楽章Esクラのフライングは知っていたのではないかだとしたら完璧主義者であったカラヤンとしてそれはとても許容できる事では無かったはず82年ベルリン芸術週間のライブはカラヤンの強い要望でCD化されたそうだが、CD化は実演の相当前から決めてあったそうで、82年盤は事実上の79年盤の代替という側面もあったのではないか
@@Mont-l3x あの飛び出しは気が付かない指揮者はいないと思うのでわかったうえで発売に踏み切ったとしか考えられません。どういう事情だったのか謎すぎますが商売上のしがらみとスケジュールの縛りから録りなおさないという判断をしたのでしょう。
@@shinadahiroyuki9147久しぶりにカラヤン・BPO(1979)盤を聴いてみたけれど駄目だ、やっぱり第三楽章のアレで予め分かっていても笑ってしまう…ついでにここしばらく滞っていたCDのリッピングも一緒にやったけど、やっぱりHDDの肥やしになるんだろうな…しかし本当にもったいない、あれさえなければ稀代の名演になっていてももおかしくなかったのに
@@Mont-l3x そうですよね私もそう思います。エスクラ以外はライブ盤の演奏より好きです。ライブ盤のあの部分だけ切り取ってはめ込んだらわからなくなるかもしれません。今度やってみようかな😉 でも動揺してかどうかわかりませんが直後にテンポがちょっと遅くなるのですよね。わからないように接続できるかな?最近フリーソフトでも高機能の編集できますから駆使すれば大丈夫かな。
いつも楽しく拝見しています。村上春樹と小澤征爾との対談本「小澤征爾さんと、音楽について話をする」の中で、小澤さんが「カラヤンがベルリン•フィルとの来日時に、練習でマーラーの9番をやっていた。それは日本での演奏ではなくベルリンに帰ってから演奏する曲目だった。」といったことを述べていました😮
あ、そうでしたか! ありがとうございます。あの本、気にはなっていたのですが、そんな記述があったとは… ありがとうございます。
あけましておめでとうございます本年もどうぞよろしくお願いいたします。さて、今回のこの演奏、4楽章のトロンボーンの落ちについてお尋ねします。一般論としてで結構なのですが、楽器セクション全てが落ちるというのは普通考えられますか?この演奏で言われる様に急病人が出たとしても2番3番の奏者がいて、それぞれのパートが有るのだから、その楽器パート全てが揃ってその箇所の演奏をストップするのは考えにくいと思います(実際に起きてしまったのだけれど)。もしその楽器セクション全てが救護に回る様な事態になれば、演奏自体が止まってしまうのではないでしょうか?何故、あの様に進行出来たか不思議です。ジュリーニの9番について私も世界の指揮者での記述で、どうしても聞いてみたく青裏盤やテスタメントの一 連の復刻を追っていました。しかし、おっしゃられた様にシュトレーゼマンの言及とVSOとの青裏盤を聞いて、憑き物が落ちた様に諦めが付きました。でも、ジュリーニってシュトレーゼマンが言う様に当時は中堅どころとして見られていたんでしょうか?吉田秀和の今月の一枚でジュリーニ、フィルハーモニア管のブラームスの3番を取り上げた事があったかと思いますが、あそこで吉田秀和は、「フルトヴェングラー以来の峻厳さ」、「カラヤンは後継にジュリーニを考えていたのでは?」なんて記述があった様に思い出しました。あれを読んでジュリーニって大物なんだと思ったものです。そのくだりを思い出すにつれ、シュトレーゼマンの言葉にはちょっと違和感も感じましたが実際の現場はそんな感じだったのかも知れませんね。長々となり恐縮です。本年も動画を楽しませていただきます。
DGカラヤンの多くは聴きませんが、あのライブのマラ9のベルリンフィルのヘビーなサウンドはアメリカのオケに匹敵するぐらい最高です。長いことプロデューサーが違うからだと思っていました。同じくバレンボエムの幻想のライブも好きです。
今回のお話もとっても面白く興味深く聞かせていただきました。指揮者も人間ですから、色々葛藤があるのですね。「マーラー 交響曲9番」について言えば、永らく、「1938/1/16 ワルター/ウイーンフイル」や「1965/12/16 バーンスタイン/ニューヨークフイル」が最高で、これで足れりと思っていました。その後、2000年以降になってからだと思いますが、バーンスタインの「1985/8/25イスラエルフイル」やバーンスタインとベルリンの組み合わせが面白いと思って、「1979/10/4-5」の演奏CDを入手しました。カラヤンについては、元々マーラーとは、思想的に、体質的に肌合いが合わず、演奏に興味もなく乗り気ではないと、漠然と感じていました。所が、バーンスタインに本拠地に乗り込まれて、確執と言ううより、仕方なく腰を上ざるをえなくなったものだと思います。従って、この時のセッション録音には、あまり興味がありませんでした。それが、1982年になって、突然開眼して、ライブでものすごい演奏を立て続けにやったことの方にむしろ興味があります。年齢的に枯れてきて、心境に変化したのでしょうか。私は「982/5/1」の演奏CDしか所有していませんが、1982/9/30の演奏が本命とのご意見が多いので、いつか比較してみたいものです。また、クレンペラー 1970/8/4イスラエル Navikiese NAVー4017-8」の演奏もとても素晴らしいと思っています。マーラー9番は、音楽的完成度だけでなく、演奏者自身が、別れや死のテーマにどのように関われるか・・・・。
マーラー9番を「準備が足りないから」とキャンセルしてきたのはジュリーニではなくヨーゼフ・クリップスだったと記憶しています。
@@smmryy33 そうでしたか!! どうもありがとうございます
マーラーの9番。カラヤンの演奏なら、ベルリンフィル100周年の公演も良かったですか、最近カラヤンファンの人から教えていただいた1982年のザルツブルグ音楽祭の公演の演奏も素晴らしく、感動しました。バーンスタインの9番なら、個人的にはイスラエル・フィルとの来日公演の演奏の方がこのベルリンフィルの演奏より数段良かったと思います。9月8日の東京公演が有名ですが、個人的には大阪公演の方が素晴らしかったと思いました。聴いた席の関係もあるのかな?・ちなみにこの9月8日の公演をYosef Blumenkranz氏がTH-camにUPしており、聴くことが出来ます。
出る杭は打ち止めておきたい。というカラヤンの負けず嫌いさがよく現れていますね。フルトヴェングラーの競り合っていた頃も、同じプログラムをぶつけていた彼ですし。カラヤンのマーラー9番は82年のライブ盤が人気ですが、この79年録音も素晴らしいです。今回の徳岡さんのトークで、より見知が深まりました。ありがとうございました。
1979年の展覧会の絵で真鍮を叩いていたなんて…カラヤンしか見ていなかったから気づきませんでした😅ドボ8の時はステージに私服の合唱団をあげていたのは覚えてます!
1979年のベルリンフィルのマーラー9番。本当はどんな形を目指していたのか。同年7月29日のボストン響とのタングルウッドでのライブを比べると少しわかるかもしれません。海賊盤のプレスCD、CDR盤と存在します。しかし、FM横浜で放送されたときは楽章間で拍手が起きており。3楽章終わった時は「ブラボー」の声もありました。しかし、それもカットされて発売されてます。そんなゆるい環境のライブですが、バーンスタインがやりたいようにさせてくれるので、演奏は傷だらけでもこの年のバーンスタインの解釈を知ることができます。あの金管が落ちた4楽章の直前のうるさいくらいの暴れる足音が同じように聞こえてきます。
六本木WAVE 志村けんさんをワールドミュージックのコーナーでお見かけした事が記憶に残っています
www!
カラヤンはツアー中のリハでは録音予定の曲を練習するという話は聞いたことあります。TBSが招聘した時のリハもプログラムにないハイドンの時計のリハをしてましたよね。若いシェレンベルガーをキレイと褒めたり、ピッツィカートがズレた時だけ指揮したりするのを小澤さんが解説してました。そしてマーラーが今面白いんだと小澤さんに言っていたのも覚えてます!
ありがとうございます。TBS の番組中のリハーサルは日本でのものではなく、ベルリンでの映像だと思います。今も TH-cam にありますね。とにかくこれだけ高専の人が話題にしたがる、今なお 伝説の演奏になってるというのはすごいことだと思います
こんばんは。バーンスタイン指揮ベルリン・フィルのマーラー第9は、指揮者もオーケストラも何かが、あるいは、どこかが壊れているように僕には聞こえます。バーンスタイン指揮ベルリン・フィルのマーラー第9はNHKーFMの放送で聴きましたが、既にLPレコードで繰り返し聴いていたジュリーニ指揮シカゴ響のほうが演奏そのものは上だと感じていました。
12:43 カラヤン最後の来日演奏会(1988年)でもベルリン・フィルのトランペット奏者が『展覧会の絵』(ラヴェル編曲)の冒頭で派手にやらかしてくれた。NHK FMによる中継をリアルタイムで聴いていて、怒りと驚きと戸惑いと色々入り混じった感情に駆られたのを思い出す。
スケキヨがバエッテル
リハーサル風景の妄想カラヤン「君たち!めったにやらない大曲なのに、随分と小慣れてるではないか!!」楽員「はい。先月やったばかりなんで😆」
ベルリンフィルにおけるマーラー第9の空前絶後の名演が立て続けに生まれた奇跡のような時代でしたね!まさに歴史の妙としか言いようがないんですが、その背後にあったさまざまな構図(図式)が微妙に影響していたことは非常に興味深いです。
20:25 ベルリン・フィルで Mahler 9 と言えば、なんてったって Sir John Barbirolli の一択っしょと思っていたところに言及していただけて有難い。今回メインのお話よりも時代は少し遡って1964年の定期演奏会に客演した後のスタジオ録音。
今のベルリンフィルでは絶対に演奏できないでしょうね。1970年代、せいぜい1980年代前半のBPOの音が懐かしいです。
マジ怖い 戦慄する 寒さが消える・・・ 徳岡先生らしからぬ不合理・不条理 マジ怖い
バーンスタインの指揮者としての力量は、カラヤンと比べて遜色なかったと思います。しかしそういうこととは別に、世界のマーケットにおいて、パーンスタインはそもそもカラヤンのライバルたり得たのかは疑問に思っています。スター指揮者の一人であったことは間違いないでしょう。しかし、カラヤンが危機感を覚えるような存在だったのでしょうか?未確認ですが、バーンスタインのレコードの売れ行きは、ニューヨーク時代にはオーマンディに及ばず、ヨーロッパに移ってからも、カラヤンに遠く及ばなかったと聞いたことがあります。私見では、バーンスタインの演奏スタイルは、基本的にシリアスで生々しいタッチです。作曲をする指揮者らしい(?)、主張を感じます。エンターティナーぽくありません。玄人筋に受けるタイプの指揮者だと思います。その割に有名だったのは、メディアへの露出と人間的なカリスマ性とレコード会社のマーケティングによるのではないかと。
カラヤン VS バーンスタイン (CDジャーナルムック)という98年12月に発売された本の中で佐渡裕氏のインタビューが載っていますが、その中でハッキリとバーンスタインがカラヤンの事を「盗人」呼ばわりしていたという証言があります「ヤツは俺のボウイングを盗んだ」と佐渡さんに語ったとあります自分はカラヤンDG録音79,80年のマーラー9番はカラヤンの演奏の中で一番嫌いな演奏です一聴してこれはすぐにバーンスタインのコピー演奏と思ったからです大袈裟ではなくて聴いた時に本当に寒気がしました対抗意識を燃やして録音したのは明らかだと思いますが、自分なりのアプローチで曲の解釈をするならまだしも、解釈まで盗んで自分の功績にしようとした面が出ていて人間性をも疑うような録音ですカラヤンの演奏の中で最も不名誉なものと言えると思います
バーンスタインは大根役者、カラヤンはペテン師。そんな音楽的印象で、「子供向け」というか、今となっては両者ともあまり面白いと思わなくなりました。まあカラヤンは生で聞いたが、当時からバースタインは鼻についていたので、わざわざコンサートに行こうとしなかったから、実際に聞いたことはないけれど。ウィーンフィルとのブラームス4など、彼の大根役者ぶりがフルに発揮されていて、かえって好きです。三回は聞いたかな。
吾輩は音楽業界とは無縁で100%文系ニンゲンなので、別の変なところに引っ掛かってしまう。この動画の話者徳岡氏はカラヤンやバーンスタインについては「歴史上の人物」and/or「非日本人」and/or「非漢字文化圏」という理由なのか、①終始呼び捨て、②全く尊敬語なしで言及する。ところが存命中の日本人である小澤征爾は①常に「オザワさん」であり、②常に尊敬語を用いての言及だ。そしてバーンスタインやカラヤンやオザワさん(この三者は世界的に有名)よりも明らかに格下の人物(吾輩を含めて業界の外側では誰も知らん人物)には①常に「先生」の敬称付きで、②常に尊敬語を用いて、③徳岡氏と一緒に写った昔の写真も登場だ。業界での格が下がるほど呼び方に敬意が籠るという現象は興味深い。オザワさんの方がカラヤンやバーンスタインよりも少しだけ格下(単に年少ということでなく)という事実も透けて見える。ちなみにオザワさん自身はカラヤンのことを①常に「先生」の敬称付きで、②常に尊敬語を用いて言及している。カラヤン自身は日本語を解さないし、存命中ですらないのに、オザワさんの態度は一貫している。他方、佐渡裕なんかはバーンスタインのことを常に「レニー」と呼び捨てだ。
あっという間に36分が過ぎました‼️超絶面白かったです‼️
マニアックなお話をありがとうございます。
バーンスタインBPOのマーラー9番については「バーンスタイン所有のパート譜が公演以降になってもニューヨークに送り返されてこない。その後カラヤンのレコードを聴くと『自分のボウイングだ!』と述べた」というエピソードが、ジョン・マウチェリ著書の「指揮者は何を考えているのか」に載せられています。
この本ではバーンスタインとカラヤンのただならぬ話が色々暴露されているので、どこまで本当なのか考えると面白いです。
32:57 シュトレーゼマンのエピソードからのおはなしと矛盾しないかもですが、吉田氏は(「1970年代中盤」ではなく)1971年のことと書いてますね。ただし、 _CARLO MARIA GIULINI Concert Register_ によれば、ジュリーニは1972年四月13・14日にベルリンでマーラー九番を BPO と演奏しています。前年の71年には四月に同地で五回 BPO を指揮しており(ベト:ハ長調ミサ曲/ヴィヴァルディ『四季』と、『驚愕』/サルヴィウッチ『序奏、パッサカリアとフィナーレ』/『ライン』)、この年九月にはシカゴ響とともベルリンを訪れてるようです(モツ39、ベト七)。
ありがとうございます。データ照合し直してみます。では余計になぜバーンスタインのマーラーが1964年のバルビローリ以来、と言われているのか、やはり不思議ですね。情報提供感謝です。
@@atm-naokimusic ですね。紛らわしいので 1971 年の「五回」の内容、念のため追記しました。ご承知のようにジュリーニの BPO 客演はたくさんあり、Testament は「レジスター」言うところの 1971、72 年からの公演はひとつも音盤化してないと思います。まぁマラ九のセールスバリューは高そうですので真っ先に出てもおかしくないですし、レジスターが 71、72 年全部間違ってる可能性もありますがw(レジスターにありますが権利関係か CD 化ではカットされた?ポリーニとのベト四とかも出ないでしょうかね…)
カラヤンに対して罵詈雑言の限りを尽くしたチェリビダッケに、天国のトスカニーニからメディアを通じて天誅が下りました。
めちゃくちゃ面白かったです
徳岡さん、むちゃくちゃマニアックですね😁バーンスタインのマーラー9番は久しぶりに聴きましたが、演奏の熱量が凄くて、個人的には歴史的名盤だと思います。バーンスタインにおけるマーラーは、フルトヴェングラーにおけるベートーヴェンですね🎶
バーンスタインによるマーラーは「演歌」です。
@@yutakainamura4031 演歌_??? 演歌さっき聞きましたが。。。。全然違うんだけど。。。
1978年にフェリシア夫人を亡くしたバーンスタインは、78年11月の公演後、翌79年4月まで休息します。
この休息はひどく落ち込んでいたバーンスタインを回復させますが、体力が落ちてしまいます。
4月から復帰しますが、ショスタコーヴィチ5番などの演奏は力が足りていないようで、日本公演でようやく体力が戻ったことが語られています。
その後、9月から年内は名演が目白押しになります。ウィーンフィルとのベートーヴェンの9番など。
そして1980年は1年おやすみになります。
その10月にベルリンフィルとのマーラー9番の演奏会が行われました。
この演奏がCD化されましたが、まずオーケストラのバランスが右側にパワーが寄っていたので中央に音のバランスを変えています。そして、数々の客席、指揮者のノイズを消していることが報告されます。
この時のライブエアチェックは、多くの方が何度も聴いて、ここで足音、ここで呼吸音と聴いていた方が、おかしいと大騒ぎしました。そしてCDR盤でFMエアチェック無修正バージョンが登場。多くの方が聴くことができ、DGのやりすぎに疑問がよくわかるようになりました。
2010年代に入り、編集技術が良くなったのか右のバランスをずらした変なバランスが、自然な形になってきました。
FM音源で発売されればまた、騒ぎが起きそうなDG盤です。
2日間の録音と解説に書かれましたが、実際は1回の録音です。FM音源です。
カラヤンがレコードにするような録音、映像は禁止したという話があります。
バイエルン放送響とのアムネスティチャリティレコードのように、発売されることを嫌がったと思います。
ちなみに、カラヤンがニューヨークフィルでベートーヴェン交響曲9番を演奏した時、2週間後に歌手まで同じメンバーで、バーンスタインが演奏して録音しています。
この演奏は、聴き比べができるそうですがバーンスタインは4楽章途中からの音源をCDR盤できくことしかできません。
バーンスタインは嫉妬したと思います。カラヤンも面白くはなかったでしょう。
ちなみに、楽譜を忘れた返されなかった件は、50年代のヨーロッパでの演奏ツアーと考えられます。
ただし、弦チェレの楽譜だと思われます。マーラー9番ならシェルヘンの録音に利用された可能性が高いです。
ベルリンではなく、ウィーン交響楽団です。
ハンフリー・バートンなどの伝記を合わせて読むと、事実ならこのタイミングしかないです。
すごいマニアックな情報ですね。ありがとうございます。是非聴き比べをしたいです。
先日、久しぶりにバーンスタインのマーラー9番、コンセルトヘボウとベルリンフィルの2種を聴きました。私自身も当初はコンセルトヘボウの方が良いのではと思ってましたが今回聴き直してみたところ、まず1楽章、コンセルトヘボウの方はある評論家が書いてましたが「ノリが悪い」と、私自身はバーンスタインは非常に慎重にすぎるくらい演奏しているのではないかと、その演奏スタイルが2楽章まで引きずっているように思えました。3楽章になってやっとノリが良い演奏になり、前半楽章と後半楽章で収録日時が異なるのではないかと思えるくらい演奏スタイルが異なっているように感じました。対してベルリンフィルの方はオケ側が少なからず緊張していますが、弦楽が思いきりのよい演奏をしており、その強靭ぶりは只々驚嘆。そしてその素晴らしい弦楽と同じくらい見事な木管金管打楽器が一発勝負のように演奏しており、これは異次元の演奏と言っても過言ではありません。イスラエルフィルの演奏も良いのですがCDで聴くとちょっとやりすぎているのではと。
カラヤンの演奏ですが昔、NHKの番組で天野祐吉氏がスタジオ録音の方を高く評価していましたが、私自身は後年のライブの方が圧倒的に素晴らしい演奏かと。スタジオ録音の方は特に2楽章の極めて遅いテンポに気味悪さを感じます。
ところで動画28分ちょっと前からのエピソード、カラヤンとチェリビダッケは会えば気楽に話す関係であったという内容ですが本当ですか?どちらかといえばチェリビダッケはカラヤンのことをボロクソに批判し、それを聞いたカラヤンが無視していたのではと思っていました。この二人のエピソードがあれば今後、ご教授ください。
カラヤンとチェリビダッケが談笑している写真があります。カラヤンの音楽を認めていたかどうかは別としてチェリビダッケがにこやかです。
幻想交響曲の鐘、何を使うのか?は指揮者の個性が出るところですね。自分は、えー?と驚いたのは、ビエールモントゥーのLPを聴いたときにエライ音がして、なんやこれ?と笑ってしまった。1984年くらいの頃は、関西の学生オケで幻想がよく演奏されてましたけど、京大のオケは、工学部の学生が作った鉄の筒2本を使っていましたし、自分の出身大学では、客演に来られた故小松一彦先生が、カラヤンのように、いくつもの楽器を重ねて舞台裏で叩かせる、というのをやったはりましたね。また、10年くらい前に聴いた東京のアマオケ「白金フィル」汐澤安彦さんの指揮で、鐘はデカい「ベル」でした。(なかなかいい音だった。)とにかく、色々な方法があり面白いっすね?(笑)
この曲の鐘の音質はホント多様ですよね。
この世の終わりかっていう絶望的な音質のものもありますけど、わたしは音程感のあるクリアなアタックが好きです。
バーンスタインのマラ9はオケと指揮者の間の緊張感がすごくて奇跡的な名演ですが4楽章でとても重要なトロンボーンのソリがまるごと落っこちてますね。仰るようにコンセルトヘボウやイスラエルフィルのほうが完成度高いですね。さて、カラヤンのセッション録音のマーラー9番はライブ演奏と見まごうほどの鬼気迫る演奏ですが、エスクラリネット奏者があらゆる目立つところでアマチュアかよと思うほど下手くそでしかも3楽章のソロで1小節早く飛び出してオケ全体が焦ってテンポが一瞬遅くなります。そのほかにも2楽章最後のファゴットのソロが臨時記号を落としてなんの調性か一瞬わからなくなるという醜態。ライブ演奏ならそういうことはよくありますがセッション録音でなぜこんな致命的なミスを見過ごしたまま発売したのか? その後にさほど間を置かずにほぼ完ぺきなライブ録音がCD発売されたことも面白いです。そういうところにも切り込んでいただきたいです。
カラヤンのセッション録音は国内盤発売前に輸入盤を購入し、完璧な磨き抜かれたいわゆるカラヤンらしい演奏を期待したのですがまるで初見大会のような緊張感(凄い奏者の集まりなので初見大会のような緊張感と言ってもそれはそれで面白くてすごいのですが)と時々凡ミスやらかすというのを聴いてびっくりしました。とはいえあの緊張感は何物にもかえがたいものだと思っています。エスクラ奏者の部分だけ、少なくとも3楽章のエスクラ飛び出しのところだけでも差し替えてほしかったものです。
横から失礼
恐らくだけれど、カラヤンもレコード購入者からの手紙などで第三楽章Esクラのフライングは知っていたのではないか
だとしたら完璧主義者であったカラヤンとしてそれはとても許容できる事では無かったはず
82年ベルリン芸術週間のライブはカラヤンの強い要望でCD化されたそうだが、CD化は実演の相当前から決めてあったそうで、82年盤は事実上の79年盤の代替という側面もあったのではないか
@@Mont-l3x
あの飛び出しは気が付かない指揮者はいないと思うのでわかったうえで発売に踏み切ったとしか考えられません。どういう事情だったのか謎すぎますが商売上のしがらみとスケジュールの縛りから録りなおさないという判断をしたのでしょう。
@@shinadahiroyuki9147
久しぶりにカラヤン・BPO(1979)盤を聴いてみたけれど
駄目だ、やっぱり第三楽章のアレで予め分かっていても笑ってしまう…
ついでにここしばらく滞っていたCDのリッピングも一緒にやったけど、やっぱりHDDの肥やしになるんだろうな…
しかし本当にもったいない、あれさえなければ稀代の名演になっていてももおかしくなかったのに
@@Mont-l3x そうですよね私もそう思います。エスクラ以外はライブ盤の演奏より好きです。ライブ盤のあの部分だけ切り取ってはめ込んだらわからなくなるかもしれません。今度やってみようかな😉 でも動揺してかどうかわかりませんが直後にテンポがちょっと遅くなるのですよね。わからないように接続できるかな?最近フリーソフトでも高機能の編集できますから駆使すれば大丈夫かな。
いつも楽しく拝見しています。
村上春樹と小澤征爾との対談本「小澤征爾さんと、音楽について話をする」の中で、小澤さんが「カラヤンがベルリン•フィルとの来日時に、練習でマーラーの9番をやっていた。それは日本での演奏ではなくベルリンに帰ってから演奏する曲目だった。」といったことを述べていました😮
あ、そうでしたか! ありがとうございます。あの本、気にはなっていたのですが、そんな記述があったとは… ありがとうございます。
あけましておめでとうございます
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
さて、今回のこの演奏、4楽章のトロンボーンの落ちについてお尋ねします。
一般論としてで結構なのですが、楽器セクション全てが落ちるというのは普通考えられますか?
この演奏で言われる様に急病人が出たとしても2番3番の奏者がいて、それぞれのパートが有るのだから、その楽器パート全てが揃ってその箇所の演奏をストップするのは考えにくいと思います(実際に起きてしまったのだけれど)。
もしその楽器セクション全てが救護に回る様な事態になれば、演奏自体が止まってしまうのではないでしょうか?
何故、あの様に進行出来たか不思議です。
ジュリーニの9番について
私も世界の指揮者での記述で、どうしても聞いてみたく青裏盤やテスタメントの一 連の復刻を追っていました。しかし、おっしゃられた様にシュトレーゼマンの言及とVSOとの青裏盤を聞いて、憑き物が落ちた様に諦めが付きました。
でも、ジュリーニってシュトレーゼマンが言う様に当時は中堅どころとして見られていたんでしょうか?
吉田秀和の今月の一枚でジュリーニ、フィルハーモニア管のブラームスの3番を取り上げた事があったかと思いますが、あそこで吉田秀和は、
「フルトヴェングラー以来の峻厳さ」、「カラヤンは後継にジュリーニを考えていたのでは?」
なんて記述があった様に思い出しました。
あれを読んでジュリーニって大物なんだと思ったものです。
そのくだりを思い出すにつれ、シュトレーゼマンの言葉にはちょっと違和感も感じましたが実際の現場はそんな感じだったのかも知れませんね。
長々となり恐縮です。
本年も動画を楽しませていただきます。
DGカラヤンの多くは聴きませんが、あのライブのマラ9のベルリンフィルのヘビーなサウンドはアメリカのオケに匹敵するぐらい最高です。長いことプロデューサーが違うからだと思っていました。同じくバレンボエムの幻想のライブも好きです。
今回のお話もとっても面白く興味深く聞かせていただきました。
指揮者も人間ですから、色々葛藤があるのですね。
「マーラー 交響曲9番」について言えば、永らく、「1938/1/16 ワルター/
ウイーンフイル」や「1965/12/16 バーンスタイン/ニューヨークフイル」が
最高で、これで足れりと思っていました。
その後、2000年以降になってからだと思いますが、バーンスタインの
「1985/8/25イスラエルフイル」やバーンスタインとベルリンの組み合わせが
面白いと思って、「1979/10/4-5」の演奏CDを入手しました。
カラヤンについては、元々マーラーとは、思想的に、体質的に肌合いが
合わず、演奏に興味もなく乗り気ではないと、漠然と感じていました。
所が、バーンスタインに本拠地に乗り込まれて、確執と言ううより、
仕方なく腰を上ざるをえなくなったものだと思います。
従って、この時のセッション録音には、あまり興味がありませんでした。
それが、1982年になって、突然開眼して、ライブでものすごい演奏を
立て続けにやったことの方にむしろ興味があります。
年齢的に枯れてきて、心境に変化したのでしょうか。
私は「982/5/1」の演奏CDしか所有していませんが、1982/9/30の演奏が
本命とのご意見が多いので、いつか比較してみたいものです。
また、クレンペラー 1970/8/4イスラエル Navikiese NAVー4017-8」の演奏も
とても素晴らしいと思っています。
マーラー9番は、音楽的完成度だけでなく、演奏者自身が、
別れや死のテーマにどのように関われるか・・・・。
マーラー9番を「準備が足りないから」とキャンセルしてきたのはジュリーニではなくヨーゼフ・クリップスだったと記憶しています。
@@smmryy33 そうでしたか!! どうもありがとうございます
マーラーの9番。カラヤンの演奏なら、ベルリンフィル100周年の公演も良かったですか、最近カラヤンファンの人から教えていただいた1982年のザルツブルグ音楽祭の公演の演奏も素晴らしく、感動しました。バーンスタインの9番なら、個人的にはイスラエル・フィルとの来日公演の演奏の方がこのベルリンフィルの演奏より数段良かったと思います。9月8日の東京公演が有名ですが、個人的には大阪公演の方が素晴らしかったと思いました。聴いた席の関係もあるのかな?・ちなみにこの9月8日の公演をYosef Blumenkranz氏がTH-camにUPしており、聴くことが出来ます。
出る杭は打ち止めておきたい。というカラヤンの負けず嫌いさがよく現れていますね。
フルトヴェングラーの競り合っていた頃も、
同じプログラムをぶつけていた彼ですし。
カラヤンのマーラー9番は82年のライブ盤が人気ですが、この79年録音も素晴らしいです。
今回の徳岡さんのトークで、より見知が深まりました。
ありがとうございました。
1979年の展覧会の絵で真鍮を叩いていたなんて…カラヤンしか見ていなかったから気づきませんでした😅ドボ8の時はステージに私服の合唱団をあげていたのは覚えてます!
1979年のベルリンフィルのマーラー9番。本当はどんな形を目指していたのか。
同年7月29日のボストン響とのタングルウッドでのライブを比べると少しわかるかもしれません。
海賊盤のプレスCD、CDR盤と存在します。しかし、FM横浜で放送されたときは楽章間で拍手が起きており。3楽章終わった時は「ブラボー」の声もありました。しかし、それもカットされて発売されてます。
そんなゆるい環境のライブですが、バーンスタインがやりたいようにさせてくれるので、演奏は傷だらけでもこの年のバーンスタインの解釈を知ることができます。
あの金管が落ちた4楽章の直前のうるさいくらいの暴れる足音が同じように聞こえてきます。
六本木WAVE 志村けんさんをワールドミュージックのコーナーでお見かけした事が記憶に残っています
www!
カラヤンはツアー中のリハでは録音予定の曲を練習するという話は聞いたことあります。TBSが招聘した時のリハもプログラムにないハイドンの時計のリハをしてましたよね。若いシェレンベルガーをキレイと褒めたり、ピッツィカートがズレた時だけ指揮したりするのを小澤さんが解説してました。そしてマーラーが今面白いんだと小澤さんに言っていたのも覚えてます!
ありがとうございます。TBS の番組中のリハーサルは日本でのものではなく、ベルリンでの映像だと思います。今も TH-cam にありますね。とにかくこれだけ高専の人が話題にしたがる、今なお 伝説の演奏になってるというのはすごいことだと思います
こんばんは。
バーンスタイン指揮ベルリン・フィルのマーラー第9は、指揮者もオーケストラも何かが、あるいは、どこかが壊れているように僕には聞こえます。
バーンスタイン指揮ベルリン・フィルのマーラー第9はNHKーFMの放送で聴きましたが、既にLPレコードで繰り返し聴いていたジュリーニ指揮シカゴ響のほうが演奏そのものは上だと感じていました。
12:43 カラヤン最後の来日演奏会(1988年)でもベルリン・フィルのトランペット奏者が『展覧会の絵』(ラヴェル編曲)の冒頭で派手にやらかしてくれた。NHK FMによる中継をリアルタイムで聴いていて、怒りと驚きと戸惑いと色々入り混じった感情に駆られたのを思い出す。
スケキヨがバエッテル
リハーサル風景の妄想
カラヤン
「君たち!めったにやらない大曲なのに、随分と小慣れてるではないか!!」
楽員
「はい。先月やったばかりなんで😆」
ベルリンフィルにおけるマーラー第9の空前絶後の名演が立て続けに生まれた奇跡のような時代でしたね!まさに歴史の妙としか言いようがないんですが、その背後にあったさまざまな構図(図式)が微妙に影響していたことは非常に興味深いです。
20:25 ベルリン・フィルで Mahler 9 と言えば、なんてったって Sir John Barbirolli の一択っしょと思っていたところに言及していただけて有難い。今回メインのお話よりも時代は少し遡って1964年の定期演奏会に客演した後のスタジオ録音。
今のベルリンフィルでは絶対に演奏できないでしょうね。1970年代、せいぜい1980年代前半のBPOの音が懐かしいです。
マジ怖い 戦慄する 寒さが消える・・・ 徳岡先生らしからぬ不合理・不条理 マジ怖い
バーンスタインの指揮者としての力量は、カラヤンと比べて遜色なかったと思います。
しかしそういうこととは別に、世界のマーケットにおいて、パーンスタインはそもそもカラヤンのライバルたり得たのかは疑問に思っています。
スター指揮者の一人であったことは間違いないでしょう。しかし、カラヤンが危機感を覚えるような存在だったのでしょうか?
未確認ですが、バーンスタインのレコードの売れ行きは、ニューヨーク時代にはオーマンディに及ばず、ヨーロッパに移ってからも、カラヤンに遠く及ばなかったと聞いたことがあります。
私見では、バーンスタインの演奏スタイルは、基本的にシリアスで生々しいタッチです。作曲をする指揮者らしい(?)、主張を感じます。エンターティナーぽくありません。玄人筋に受けるタイプの指揮者だと思います。
その割に有名だったのは、メディアへの露出と人間的なカリスマ性とレコード会社のマーケティングによるのではないかと。
カラヤン VS バーンスタイン (CDジャーナルムック)という98年12月に発売された本の中で佐渡裕氏のインタビューが載っていますが、その中でハッキリとバーンスタインがカラヤンの事を「盗人」呼ばわりしていたという証言があります
「ヤツは俺のボウイングを盗んだ」と佐渡さんに語ったとあります
自分はカラヤンDG録音79,80年のマーラー9番はカラヤンの演奏の中で一番嫌いな演奏です
一聴してこれはすぐにバーンスタインのコピー演奏と思ったからです
大袈裟ではなくて聴いた時に本当に寒気がしました
対抗意識を燃やして録音したのは明らかだと思いますが、自分なりのアプローチで曲の解釈をするならまだしも、解釈まで盗んで自分の功績にしようとした面が出ていて人間性をも疑うような録音です
カラヤンの演奏の中で最も不名誉なものと言えると思います
バーンスタインは大根役者、カラヤンはペテン師。そんな音楽的印象で、「子供向け」というか、今となっては両者ともあまり面白いと思わなくなりました。まあカラヤンは生で聞いたが、当時からバースタインは鼻についていたので、わざわざコンサートに行こうとしなかったから、実際に聞いたことはないけれど。ウィーンフィルとのブラームス4など、彼の大根役者ぶりがフルに発揮されていて、かえって好きです。三回は聞いたかな。
吾輩は音楽業界とは無縁で100%文系ニンゲンなので、別の変なところに引っ掛かってしまう。この動画の話者徳岡氏はカラヤンやバーンスタインについては「歴史上の人物」and/or「非日本人」and/or「非漢字文化圏」という理由なのか、①終始呼び捨て、②全く尊敬語なしで言及する。ところが存命中の日本人である小澤征爾は①常に「オザワさん」であり、②常に尊敬語を用いての言及だ。そしてバーンスタインやカラヤンやオザワさん(この三者は世界的に有名)よりも明らかに格下の人物(吾輩を含めて業界の外側では誰も知らん人物)には①常に「先生」の敬称付きで、②常に尊敬語を用いて、③徳岡氏と一緒に写った昔の写真も登場だ。業界での格が下がるほど呼び方に敬意が籠るという現象は興味深い。オザワさんの方がカラヤンやバーンスタインよりも少しだけ格下(単に年少ということでなく)という事実も透けて見える。ちなみにオザワさん自身はカラヤンのことを①常に「先生」の敬称付きで、②常に尊敬語を用いて言及している。カラヤン自身は日本語を解さないし、存命中ですらないのに、オザワさんの態度は一貫している。他方、佐渡裕なんかはバーンスタインのことを常に「レニー」と呼び捨てだ。