ขนาดวิดีโอ: 1280 X 720853 X 480640 X 360
แสดงแผงควบคุมโปรแกรมเล่น
เล่นอัตโนมัติ
เล่นใหม่
浄土宗「知恩院」は国宝や文化財だらけの素晴らしいお寺で、訪れてお祈りすると、心が洗われて気持ちが穏やかになり、少し「救われた」ような気がします。「仏様に謙虚に祈る。」これだけで十分で、細かい「教義」の違いなんてどうでもよくなります。その方が逆に寛容で広く大きな心になれます。
神聖な体験は否定しませんが、宗教で教義は大切なことですので“細かな違いはどうでもいい”との表現は違うかな…と私は思います。
2:17 親鸞聖人の義理の父 九条兼実くじょう かねざね 3:15 4:55 浄土真宗が一番少数派だと思ってました。一休さんも蓮如上人から仏法を聞き禅宗から浄土真宗に改宗。今の時代無神論者が多く、家に仏壇があっても正月だけ手を合わせたり宗教というより伝統的な行事であって信じている人はほぼいないなか、他の人が仏教を知りたくなった理由や選んだ宗派の理由が何なのか興味があります。いくつかの違い全て浄土宗より浄土真宗の方が正しいと思いました。ありがとうございます!
菊谷先生、今回もとても明確で簡潔な大切なお話と大変尊い有り難い説法に心より深く感謝申し上げます。生きている今、往生一定の身になる、何ぞ論ぜん死と生とを、感激ものですね。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。釈尊出世の本懐〜一向専念無量寿仏〜信心正因称名報恩〜南無阿弥陀仏〜三戸拝🙏🙏🙏
分り難いですね。
ありがとうございました。(菊谷隆太先生動画視聴メモ)★「浄土宗」と「浄土真宗」の教義における決定的な3つの違い1.浄土宗と浄土真宗2.多念義(信心正因が浄土真宗)3.諸行往生(諸行で往生できないが浄土真宗)4.正念往生(臨終を不問が浄土真宗、平生業成)
最初は般若心経すらとなえない浄土真宗に疑問をもっていました。しかし京都のとある浄土宗のお寺のご住職とお話しした際に、般若心経には自力が入っている、それすら無くても良い。ただひたすらに阿弥陀様なのだというのが親鸞様のお考えなのだよと聴いてから、私はストンと引っかかっていたものが落ちて、そこから真宗一筋となりました。そのご住職には感謝しかありません。
先生ありがとうございました。
一向一揆が多かった理由が何となく分かりました。
大変,わかり学びになりました。ありがとうございました。
ありがとうございます
西本願寺様の阿弥陀堂様が大好きです。社寺巡り御朱印仏像拝観巡りをして、西本願寺様での静寂に癒されました。
真宗は諸行往生ではないが、宿善まかせというのはどういうことか?
家は浄土真宗だけどどんな教えかは知らずにきました。いろいろと勉強になります。浄土真宗の教義は、浄土宗と比べると人間的というか無理がなく感じます。逆に浄土宗の教義は常人には無理なことを強いているように聞こえますね。大昔、部活動で蛙飛びをさせたり水分補給を禁じたり、今となっては辛いだけで無意味なことをやらせてたもんですが、そんなイメージですね。
夫の家は浄土真宗で、私の実家は浄土宗ですが、菊谷先生の講義を拝聴して、浄土真宗の教えは、全く理にかなってると感じますので、私は浄土真宗が大好きです。また大好きな作家の五木寛之さんも親鸞や他力という題名の本を出されているので大ファンです。
大乗仏教は誰でも平等に仏の門が開かれているとします。その中でも、とくに涅槃往生を大切にする浄土宗系と、平生にも一定の悟りを得られるので善行はやりましょうとする自力仏教があります。往生際の悟りと、現世での悟り、双方とも仏教に適う部分があるので共生できるといいですね。
お話、よく分かりました。。
南無阿弥陀仏とひっきりなしに唱えているお坊さんがいらっしゃいますが、ちょっと大変ですよね。唱えればいいというものではないのですね… 。😢
菊谷さんは凄い人だといつも思うのですが1つ教えてください。何故往生にこだわるのですか?出来ないとどうなるのですか?
お話を聞かせていただいて、ありがとうございます。あの話を聞かせていただくと時々、龍樹菩薩(様?)の話題が出てくると思いますが、何かの縁で、維摩経(100分DE名著)の話とかも仏教の話として、聞いているのですが、浄土真宗のお立場としては、龍樹菩薩、維摩経、この2個の関係性は何かあるのでしょうか?もしお時間あれば、聞かせていただけないでしょうか。お元気でお過ごしください。合掌
都会にも標準語だけではなく都会弁があるように 地方には訛りがあります 正確な標準語だけを認めると言われても困るのも事実でしょう ありがとうございました
お話ありがとうございます。同じ師匠から様々な考えの弟子が育つって興味深いと思いました。親鸞聖人の諸行往生を否定されて、真実の善はできないという話は奥深さを感じました。多念義の万回の念仏業ってすごいですね。親鸞聖人は法然上人の教えをいろんな方向から考えたんだと思いました。
宗祖の偶像を礼拝するのが浄土真宗本願寺派、浄土宗は阿弥陀如来の偶像が礼拝の対象です。宗祖の偶像を礼拝する行為は仏教から逸脱していませんか?
立派な先生のようですが、正念往生の解釈だけが法然上人の教えと大きく違いますね
【浄土宗・浄土真宗】宗派の違いといっても、ちょっとした解釈の差異を拡大してそこに争いが起こっているとしか思えませんね。共に、法然上人の教えを元にしている訳ですから冷静になるべきだと思います。「我々の宗派こそが!!」と言う、宗派同士のこの手の弟子達の解釈云々の争いは非常に見苦しいですね。解釈なんて同じにする事自体、出来ない訳ですし、同一人物の中でも日々変わる訳ですし、もっと広い視野を持って、仏様のもっと本質の根本の教えに帰依して頂きたい物だと思います。
3つのポイント浄土真宗と浄土宗の違いがわかりました。菊谷さん😊大事なお話をありがとうございます。🙏
ありがとう御座います。素晴らしい教えですね。
浄土宗が南無阿弥陀仏を唱えるだけでよいというのは画期的だったと、習って感動したのを覚えてますが、進化しているものなんですね。
親鸞さんは聖人で法然さんは上人ですか・・・仏法はお釈迦様の教えで有り真理、道理を教えて下さっています。仏法は教えで有りキリスト教のような神やイエスを闇雲に信じる宗教では無いと思います。そのキリスト教でさえ正しく生きなさいと教えています。人の心は純粋ではないので所業往生を否定したくなる気持は理解出来ますが、とは言え、だからこそお釈迦様は長く真剣に修行して(執着を捨てなさい)と教えて下さっております。所業往生を否定したらもう仏陀の教えで無く、ただの宗教です。浄土真宗は東洋のキリスト教の感じですね。
信心とは誰の? その信心は浄土宗と浄土真宗で何が違うの? 私の信心は弥陀から頂いた信心だと言うけど、弥陀が分け隔てて信心を与ええるの? なら、真宗では念仏唱えなくていいじゃん。 という疑問です。
正しい決勝点を知り、そこを目指して、聞く一つ。いつもありがとうございます。
浄土宗「知恩院」は国宝や文化財だらけの素晴らしいお寺で、訪れてお祈りすると、心が洗われて気持ちが穏やかになり、少し「救われた」ような気がします。「仏様に謙虚に祈る。」これだけで十分で、細かい「教義」の違いなんてどうでもよくなります。その方が逆に寛容で広く大きな心になれます。
神聖な体験は否定しませんが、宗教で教義は大切なことですので“細かな違いはどうでもいい”との表現は違うかな…と私は思います。
2:17 親鸞聖人の義理の父 九条兼実くじょう かねざね
3:15
4:55 浄土真宗が一番少数派だと思ってました。
一休さんも蓮如上人から仏法を聞き禅宗から浄土真宗に改宗。
今の時代無神論者が多く、家に仏壇があっても正月だけ手を合わせたり宗教というより伝統的な行事であって信じている人はほぼいないなか、他の人が仏教を知りたくなった理由や選んだ宗派の理由が何なのか興味があります。
いくつかの違い全て浄土宗より浄土真宗の方が正しいと思いました。
ありがとうございます!
菊谷先生、今回もとても明確で簡潔な大切なお話と大変尊い有り難い説法に心より深く感謝申し上げます。生きている今、往生一定の身になる、何ぞ論ぜん死と生とを、感激ものですね。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。釈尊出世の本懐〜一向専念無量寿仏〜信心正因称名報恩〜南無阿弥陀仏〜三戸拝🙏🙏🙏
分り難いですね。
ありがとうございました。
(菊谷隆太先生動画視聴メモ)
★「浄土宗」と「浄土真宗」の教義における決定的な3つの違い
1.浄土宗と浄土真宗
2.多念義(信心正因が浄土真宗)
3.諸行往生(諸行で往生できないが浄土真宗)
4.正念往生(臨終を不問が浄土真宗、平生業成)
最初は般若心経すらとなえない浄土真宗に疑問をもっていました。しかし京都のとある浄土宗のお寺のご住職とお話しした際に、般若心経には自力が入っている、それすら無くても良い。ただひたすらに阿弥陀様なのだというのが親鸞様のお考えなのだよと聴いてから、私はストンと引っかかっていたものが落ちて、そこから真宗一筋となりました。そのご住職には感謝しかありません。
先生ありがとうございました。
一向一揆が多かった理由が何となく分かりました。
大変,わかり学びになりました。ありがとうございました。
ありがとうございます
西本願寺様の阿弥陀堂様が大好きです。社寺巡り御朱印仏像拝観巡りをして、西本願寺様での静寂に癒されました。
真宗は諸行往生ではないが、宿善まかせというのはどういうことか?
家は浄土真宗だけどどんな教えかは知らずにきました。いろいろと勉強になります。
浄土真宗の教義は、浄土宗と比べると人間的というか無理がなく感じます。
逆に浄土宗の教義は常人には無理なことを強いているように聞こえますね。
大昔、部活動で蛙飛びをさせたり水分補給を禁じたり、今となっては辛いだけで無意味なことをやらせてたもんですが、そんなイメージですね。
夫の家は浄土真宗で、私の実家は浄土宗ですが、菊谷先生の講義を拝聴して、浄土真宗の教えは、全く理にかなってると感じますので、私は浄土真宗が大好きです。また大好きな作家の五木寛之さんも親鸞や他力という題名の本を出されているので大ファンです。
大乗仏教は誰でも平等に仏の門が開かれているとします。その中でも、とくに涅槃往生を大切にする浄土宗系と、平生にも一定の悟りを得られるので善行はやりましょうとする自力仏教があります。
往生際の悟りと、現世での悟り、双方とも仏教に適う部分があるので共生できるといいですね。
お話、よく分かりました。。
南無阿弥陀仏とひっきりなしに唱えているお坊さんがいらっしゃいますが、ちょっと大変ですよね。唱えればいいというものではないのですね… 。😢
菊谷さんは凄い人だといつも思うのですが1つ教えてください。何故往生にこだわるのですか?出来ないとどうなるのですか?
お話を聞かせていただいて、ありがとうございます。
あの話を聞かせていただくと時々、龍樹菩薩(様?)の話題が出てくると思いますが、
何かの縁で、維摩経(100分DE名著)の話とかも仏教の話として、聞いているのですが、
浄土真宗のお立場としては、龍樹菩薩、維摩経、この2個の関係性は何かあるのでしょうか?
もしお時間あれば、聞かせていただけないでしょうか。
お元気でお過ごしください。合掌
都会にも標準語だけではなく都会弁があるように 地方には訛りがあります 正確な標準語だけを認めると言われても困るのも事実でしょう ありがとうございました
お話ありがとうございます。同じ師匠から様々な考えの弟子が育つって興味深いと思いました。親鸞聖人の諸行往生を否定されて、真実の善はできないという話は奥深さを感じました。多念義の万回の念仏業ってすごいですね。親鸞聖人は法然上人の教えをいろんな方向から考えたんだと思いました。
宗祖の偶像を礼拝するのが浄土真宗本願寺派、浄土宗は阿弥陀如来の偶像が礼拝の対象です。宗祖の偶像を礼拝する行為は仏教から逸脱していませんか?
立派な先生のようですが、正念往生の解釈だけが法然上人の教えと大きく違いますね
【浄土宗・浄土真宗】
宗派の違いといっても、ちょっとした解釈の差異を拡大してそこに争いが起こっているとしか思えませんね。
共に、法然上人の教えを元にしている訳ですから冷静になるべきだと思います。
「我々の宗派こそが!!」と言う、宗派同士のこの手の弟子達の解釈云々の争いは非常に見苦しいですね。
解釈なんて同じにする事自体、出来ない訳ですし、同一人物の中でも日々変わる訳ですし、もっと広い視野を持って、仏様のもっと本質の根本の教えに帰依して頂きたい物だと思います。
3つのポイント
浄土真宗と浄土宗の違いがわかりました。菊谷さん😊大事なお話をありがとうございます。🙏
ありがとう御座います。
素晴らしい教えですね。
浄土宗が南無阿弥陀仏を唱えるだけでよいというのは画期的だったと、
習って感動したのを覚えてますが、
進化しているものなんですね。
親鸞さんは聖人で法然さんは上人ですか・・・
仏法はお釈迦様の教えで有り真理、道理を教えて下さっています。
仏法は教えで有りキリスト教のような神やイエスを闇雲に信じる宗教では無いと思います。
そのキリスト教でさえ正しく生きなさいと教えています。
人の心は純粋ではないので所業往生を否定したくなる気持は理解出来ますが、とは言え、
だからこそお釈迦様は長く真剣に修行して(執着を捨てなさい)
と教えて下さっております。
所業往生を否定したらもう仏陀の教えで無く、ただの宗教です。
浄土真宗は東洋のキリスト教の感じですね。
信心とは誰の? その信心は浄土宗と浄土真宗で何が違うの? 私の信心は弥陀から頂いた信心だと言うけど、弥陀が分け隔てて信心を与ええるの?
なら、真宗では念仏唱えなくていいじゃん。 という疑問です。
正しい決勝点を知り、そこを目指して、聞く一つ。いつもありがとうございます。