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南方作戦の日本軍には常に飢餓と伝染病がつきまとう激戦ばかりで見るのも聞くのも辛いっす。
諦めも大事ってことだな
ここからはもう涙無しには語れない地獄
こんな所で寒さとも戦うなんてニューギニア版八甲田山…涙
最近、以前解説の再アップが多いですが、かなり内容が濃くなってる?のでよきです
熱帯ジャングルの生い茂る南方ニューギニアであっても山越えは寒いだろうと思ったけど零下20℃以下とか・・・想像を超えてました。マラリア・飢餓・極寒と地獄ですね。悲しいけど、北の山越えして撤退してもどうせ消耗するなら、潔くいっそ右か左の敵と激突した方が良かったかも・・・。
アイタペの戦いで実現しますよ。「板東川の戦い」とも言われ裏では「口減らしの作戦」と陰口叩かれました。実際の効果も口減らしとして機能し、安達18軍は20年9月頃までの時給を可能にしたと判断できます。ただし、転進当時のラエの兵ではアイタペほどの戦闘も出来なかったであろうと考えます。同時にマダン、ウェワク、ホーランディアからも撤退、南支へでも展開しておけば玉砕も役に立ったかもしれませんね。5万から6万の人間が助かることとなります。
北本正路少尉は慶応大学で箱根駅伝に出場。アンカーとして1位の日大との20分差を挽回して見事母校を優勝に導いてもいる。数年前にこのサラワケット越えを漫画にした同人誌出てたね「サラワケットの雪」ニューギニアは陸地ではない。各拠点は断絶され、島嶼と同じように考えるべし、というのはマッカーサー参謀と呼ばれた堀栄三情報将校だったか。
ジャングルと高山の道なき道の退却考えるだけでゾッとする
物資がある状態での正面戦闘はめっぽう強いんだから、ジャングル移動で食料食いつくさず拠点に引きこもってればよかったのに
完全に戦いのイニシアティブを連合軍に握られてしまっている。
北本正路少尉ってニューギニアを生き残って帰国出来てるんだな凄いわ学生時代に戦士叢書を見て知ってたけどここまで分かりやすくまとめられていて感動しましたありがとうございます
師団が運動しただけで戦闘能力を失うニューギニア戦線という地獄
当時、マラリアの治療薬としてキニーネがありましたが参謀、将校が最優先に投与され一般の兵士達には投与されませんでした。インパール作戦でも同様でした。当時、キニーネは貴重な医薬品でした。
キナの木生産の9割を占めるインドネシアを確保していたのってどこの国だっけ…
@@Tantatatantan hoi4良く見るけど、オランダとイギリスですね
@OP-01ROF hoi4の話ならゴムの木はインドシナ、シャム、セイロン島、マレーシア、インドネシアに広がってるせいで日本が史実拡張するだけだとセイロン島とシャムのゴムで連合国に食い繋がれるので気をつけようキニーネの原料はジャワ島が世界シェアを独占してるので心配いらないよ、まあキニーネがゲームに出てくるのはhoi4じゃなくてvic3の方なんだけどね!
ジャワは極楽。ビルマは地獄。死んでも帰れぬニューギニア。
主、お疲れ様です。質問なんですけど、冬戦争関連の解説動画って削除したんです?見たいのに見当たらない…
日本陸軍地上部隊や第4航空軍から見ればニューギニアは緑の地獄だな
調べた所ニューギニアは"死んでも帰れぬ"とされてみたいですね
@@OP-01ROF 死んでも帰れ「ぬ」だと思います。死してなお帰国できない地獄の戦場…。
@@UOTSURI あ、今指摘されて誤字に気づいた…
治療してやりたいけど、薬が無いからどうにもできない。苦しんでいる戦友を、少しでも早く楽にさせたいと思うあまり、頭を1発で撃ち抜いてあげるのも、究極の優しさですね。
赤道直下付近の地域でも高山地帯はマイナスの気温になるのか。
サラワケット山は普通に日本の富士山よりも標高が高く、4100mとの事その辺りで高山地帯は富士山の山頂付近と変わらない標高だと考えると夜間は確実に冷えるかと思われ
シムゲーム「太平洋戦記」「同Ⅱ」だったかな。第4級道路では陸路移動するとごっそり兵力が減少する設定があった。陸軍は徒歩移動についての研究がきちんとしていたのかどうなのか、移動での損耗を気にしない部分が最初から有った。中支の話でも戦地での討伐訓練で帰隊をいそいだ大隊が前の大隊を追い抜けと駆け足させて数人殺したとか、南仏進駐時に駐屯予定地までの距離がおかしく、結構死なせたとかの話を拾うことができる。他国では聞かない話だ。バターン死の行軍はこういう素地があったので日本でも信じられたが実体は脱走が主であろう。ボルネオでは守備兵と捕虜を島を南東部から北西側へ移動させことが豊田譲「玉砕」に描かれるが、我が将兵はさることながら、捕虜を大量に死なせた割に話題にされることは少ない。政治的に利用出来なければそんなもんだ。
サラワケット山を越えを果たした元アスリートの兵はともあ存在的にれどんどん追い詰められる当時の日本兵達の希望、生き残るんだと言う意思を鼓舞した様に思えました。それでも兵員と兵器の物量がとんでもない連合国相手にはどうにもならなかったと言うのは虚しいですね…
マチルダ戦車を倒すには88ミリ砲くらいは必要になってしまう
この地にも配備されていた41式山砲には、大戦後期にはタ弾(成形炸薬弾)が用意され、実際にマチルダ相手に応戦してますが、不良品が多かったのか(カタログ上は75MM~100MM貫通できる)、少なくとも一度は「擱座させたが、僚車に回収されてしまった」ようですね。
幸いマチルダは榴弾を発射できない
@@おかか-l7d いえこの戦いのマチルダは、逆に徹甲弾が撃てない英国製3インチ砲(76.2MM)搭載モデルを使用していました。(北アフリカ戦線にもにも通常の2ポンド砲モデルに混在して少数配備されていましたが、それなりに危険で目立つため、88MM砲等に真っ先に始末されていたようです。)欧州では二線級になっていたので弾丸は豊富ににあったはずです。
涙なくては聞けない
有識者に聞きたいのですが、ニューギニア周辺に日本海軍は展開してなかったのでしょうか?素人から見ると、ダンピール海峡の支配は、ニューギニアに戦線を維持するにあたり重要だと思います。日本海軍は他の海域に、展開していたのでしょうか?海軍がどのような作戦行動をとっていたのか知りたいです。
ダンピール海峡は英豪軍を中心とした陸軍航空戦力と、米軍の海兵・海軍・陸軍航空隊のキルゾーンだったので、日本海軍は突破以前の問題として処理しなかったというところです。初戦では輸送船を送っていましたが、戦局悪化に伴い制空権を喪失し、通商路としての価値を失ったというところでしょうか。
同年にニューギニアへ派遣される計画はありましたが、珊瑚海開戦においてアメリカ、オーストラリア海軍に日本海軍は妨害されてしまったのでニューギニアへ日本海軍は行けませんでした。日本海軍は空母3重巡7軽巡2駆逐艦15輸送船12その他11陸上基地航空隊と言った編成ですが、アメリカ、オーストラリア海軍との戦闘で空母1沈没駆逐艦1沈没掃海艇3沈没空母1損傷駆逐艦1損傷その他1損傷航空機97機と決して軽くない損害を被っています。その為に海軍側はポートモレスビー作戦(スタンレー作戦)を延期せざる負えなくなり今回の様な惨状に繋がりました。
制海権獲られとるから、好きなところへ上陸されまくりやんけ
まさに陸兵自滅戦、酸鼻極まる。通常の軍隊なら降伏しているんだよなぁ(矢尽き折れ奮闘した後の降伏は恥では無い)ニューギニアは点と戦ではなく点だけだから米軍も空挺を使うわけで、撤退とかハナから出来無い地形なんだけどね。あと南方作戦で英蘭軍があっさり降伏しているのは彼ら曰く「日露戦争時の日本軍の捕虜に対する待遇の良さ」を聞いていたので「義務は果たしたから戦争終わるまで捕虜でもいいか」という感じだったらしいが、降伏してみたらさに非ず、彼ら英欄軍将兵は「いったい日本軍に何があったのか!」とか言う話があります(あやふやだけど)
偵察がまったくできてませんね。航空隊はどこ行った。
アスリートを基準にしてはアカン
貧乏と戦って勝てるわけがない
貧乏じゃなくて、金持ちと喧嘩するなって事だろ
@@tas-o8n 日本軍は敵より前に自分の貧しさと戦わなければならなかったのです
前回もコメントしましたがそもそも日本は南方に攻勢へ出るどころか守勢、実態のある可能な国防圏を設定しなければならないのにっ💢
傷病兵の脱出見逃してくれたんじゃないかなもちろん敵の戦力外が増えるって計算
日本は物量に負けた!っていう言い草は、この辺りの戦場での印象で語られてるものなのかもしれないですね。確かに物資があればオーストラリア軍相手には勝てていたかもしれない。
北本少尉の様なオリンピックに出れるアスリートならともかく、ただの一般兵が食料も足りない状態で極寒の4000m級山岳越えを7000人以上も成功させるとは…ドラマや映画化されてもおかしくない話、根性ってやっぱ大切だなって思った。
中隊が30数名とか終わってんな
南方作戦の日本軍には常に飢餓と伝染病がつきまとう激戦ばかりで見るのも聞くのも辛いっす。
諦めも大事ってことだな
ここからはもう涙無しには語れない地獄
こんな所で寒さとも戦うなんてニューギニア版八甲田山…涙
最近、以前解説の再アップが多いですが、かなり内容が濃くなってる?のでよきです
熱帯ジャングルの生い茂る南方ニューギニアであっても山越えは寒いだろうと思ったけど零下20℃以下とか・・・想像を超えてました。マラリア・飢餓・極寒と地獄ですね。悲しいけど、北の山越えして撤退してもどうせ消耗するなら、潔くいっそ右か左の敵と激突した方が良かったかも・・・。
アイタペの戦いで実現しますよ。「板東川の戦い」とも言われ裏では「口減らしの作戦」と陰口叩かれました。実際の効果も口減らしとして機能し、安達18軍は20年9月頃までの時給を可能にしたと判断できます。
ただし、転進当時のラエの兵ではアイタペほどの戦闘も出来なかったであろうと考えます。
同時にマダン、ウェワク、ホーランディアからも撤退、南支へでも展開しておけば玉砕も役に立ったかもしれませんね。5万から6万の人間が助かることとなります。
北本正路少尉は慶応大学で箱根駅伝に出場。
アンカーとして1位の日大との20分差を挽回して見事母校を優勝に導いてもいる。
数年前にこのサラワケット越えを漫画にした同人誌出てたね「サラワケットの雪」
ニューギニアは陸地ではない。各拠点は断絶され、島嶼と同じように考えるべし、というのは
マッカーサー参謀と呼ばれた堀栄三情報将校だったか。
ジャングルと高山の道なき道の退却
考えるだけでゾッとする
物資がある状態での正面戦闘はめっぽう強いんだから、ジャングル移動で食料食いつくさず拠点に引きこもってればよかったのに
完全に戦いのイニシアティブを連合軍に握られてしまっている。
北本正路少尉ってニューギニアを生き残って帰国出来てるんだな
凄いわ
学生時代に戦士叢書を見て知ってたけど
ここまで分かりやすくまとめられていて感動しました
ありがとうございます
師団が運動しただけで戦闘能力を失うニューギニア戦線という地獄
当時、マラリアの治療薬としてキニーネがありましたが参謀、将校が最優先に投与され一般の兵士達には投与されませんでした。インパール作戦でも同様でした。当時、キニーネは貴重な医薬品でした。
キナの木生産の9割を占めるインドネシアを確保していたのってどこの国だっけ…
@@Tantatatantan
hoi4良く見るけど、オランダとイギリスですね
@OP-01ROF hoi4の話ならゴムの木はインドシナ、シャム、セイロン島、マレーシア、インドネシアに広がってるせいで日本が史実拡張するだけだとセイロン島とシャムのゴムで連合国に食い繋がれるので気をつけよう
キニーネの原料はジャワ島が世界シェアを独占してるので心配いらないよ、まあキニーネがゲームに出てくるのはhoi4じゃなくてvic3の方なんだけどね!
ジャワは極楽。ビルマは地獄。死んでも帰れぬニューギニア。
主、お疲れ様です。
質問なんですけど、冬戦争関連の解説動画って削除したんです?
見たいのに見当たらない…
日本陸軍地上部隊や第4航空軍から見ればニューギニアは緑の地獄だな
調べた所ニューギニアは"死んでも帰れぬ"とされてみたいですね
@@OP-01ROF 死んでも帰れ「ぬ」だと思います。死してなお帰国できない地獄の戦場…。
@@UOTSURI
あ、今指摘されて誤字に気づいた…
治療してやりたいけど、薬が無いからどうにもできない。苦しんでいる戦友を、少しでも早く楽にさせたいと思うあまり、頭を1発で撃ち抜いてあげるのも、究極の優しさですね。
赤道直下付近の地域でも高山地帯はマイナスの気温になるのか。
サラワケット山は普通に日本の富士山よりも標高が高く、4100mとの事
その辺りで高山地帯は富士山の山頂付近と変わらない標高だと考えると夜間は確実に冷えるかと思われ
シムゲーム「太平洋戦記」「同Ⅱ」だったかな。第4級道路では陸路移動するとごっそり兵力が減少する設定があった。
陸軍は徒歩移動についての研究がきちんとしていたのかどうなのか、移動での損耗を気にしない部分が最初から有った。
中支の話でも戦地での討伐訓練で帰隊をいそいだ大隊が前の大隊を追い抜けと駆け足させて数人殺したとか、南仏進駐時に駐屯予定地までの距離がおかしく、結構死なせたとかの話を拾うことができる。他国では聞かない話だ。
バターン死の行軍はこういう素地があったので日本でも信じられたが実体は脱走が主であろう。
ボルネオでは守備兵と捕虜を島を南東部から北西側へ移動させことが豊田譲「玉砕」に描かれるが、我が将兵はさることながら、捕虜を大量に死なせた割に話題にされることは少ない。政治的に利用出来なければそんなもんだ。
サラワケット山を越えを果たした元アスリートの兵はともあ存在的にれどんどん追い詰められる当時の日本兵達の希望、生き残るんだと言う意思を鼓舞した様に思えました。
それでも兵員と兵器の物量がとんでもない連合国相手にはどうにもならなかったと言うのは虚しいですね…
マチルダ戦車を倒すには88ミリ砲くらいは必要になってしまう
この地にも配備されていた41式山砲には、大戦後期にはタ弾(成形炸薬弾)が用意され、実際にマチルダ相手に応戦してますが、不良品が多かったのか(カタログ上は75MM~100MM貫通できる)、少なくとも一度は「擱座させたが、僚車に回収されてしまった」ようですね。
幸いマチルダは榴弾を発射できない
@@おかか-l7d いえこの戦いのマチルダは、逆に徹甲弾が撃てない英国製3インチ砲(76.2MM)搭載モデルを使用していました。(北アフリカ戦線にもにも通常の2ポンド砲モデルに混在して少数配備されていましたが、それなりに危険で目立つため、88MM砲等に真っ先に始末されていたようです。)欧州では二線級になっていたので弾丸は豊富ににあったはずです。
涙なくては聞けない
有識者に聞きたいのですが、ニューギニア周辺に日本海軍は展開してなかったのでしょうか?
素人から見ると、ダンピール海峡の支配は、ニューギニアに戦線を維持するにあたり重要だと思います。日本海軍は他の海域に、展開していたのでしょうか?
海軍がどのような作戦行動をとっていたのか知りたいです。
ダンピール海峡は英豪軍を中心とした陸軍航空戦力と、米軍の海兵・海軍・陸軍航空隊のキルゾーンだったので、日本海軍は突破以前の問題として処理しなかったというところです。
初戦では輸送船を送っていましたが、戦局悪化に伴い制空権を喪失し、通商路としての価値を失ったというところでしょうか。
同年にニューギニアへ派遣される計画はありましたが、珊瑚海開戦においてアメリカ、オーストラリア海軍に日本海軍は妨害されてしまったのでニューギニアへ日本海軍は行けませんでした。
日本海軍は
空母3
重巡7
軽巡2
駆逐艦15
輸送船12
その他11
陸上基地航空隊
と言った編成ですが、アメリカ、オーストラリア海軍との戦闘で
空母1沈没
駆逐艦1沈没
掃海艇3沈没
空母1損傷
駆逐艦1損傷
その他1損傷
航空機97機
と決して軽くない損害を被っています。
その為に海軍側はポートモレスビー作戦(スタンレー作戦)を延期せざる負えなくなり今回の様な惨状に繋がりました。
制海権獲られとるから、好きなところへ上陸されまくりやんけ
まさに陸兵自滅戦、酸鼻極まる。通常の軍隊なら降伏しているんだよなぁ(矢尽き折れ奮闘した後の降伏は恥では無い)ニューギニアは点と戦ではなく点だけだから米軍も空挺を使うわけで、撤退とかハナから出来無い地形なんだけどね。あと南方作戦で英蘭軍があっさり降伏しているのは彼ら曰く「日露戦争時の日本軍の捕虜に対する待遇の良さ」を聞いていたので「義務は果たしたから戦争終わるまで捕虜でもいいか」という感じだったらしいが、降伏してみたらさに非ず、彼ら英欄軍将兵は「いったい日本軍に何があったのか!」とか言う話があります(あやふやだけど)
偵察がまったくできてませんね。航空隊はどこ行った。
アスリートを基準にしてはアカン
貧乏と戦って勝てるわけがない
貧乏じゃなくて、金持ちと喧嘩するなって事だろ
@@tas-o8n 日本軍は敵より前に自分の貧しさと戦わなければならなかったのです
前回もコメントしましたが
そもそも日本は南方に攻勢へ出るどころか守勢、実態のある可能な国防圏を設定しなければならないのにっ💢
傷病兵の脱出
見逃してくれたんじゃないかな
もちろん敵の戦力外が増えるって計算
日本は物量に負けた!っていう言い草は、この辺りの戦場での印象で語られてるものなのかもしれないですね。確かに物資があればオーストラリア軍相手には勝てていたかもしれない。
北本少尉の様なオリンピックに出れるアスリートならともかく、ただの一般兵が食料も足りない状態で極寒の4000m級山岳越えを7000人以上も成功させるとは…
ドラマや映画化されてもおかしくない話、根性ってやっぱ大切だなって思った。
中隊が30数名とか終わってんな