【廃墟の歴史】中世ドイツの街並みが美しすぎる「グリュック王国」

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  • เผยแพร่เมื่อ 19 พ.ย. 2024

ความคิดเห็น • 6

  • @________________________x
    @________________________x 11 หลายเดือนก่อน +8

    ちなみに余談ですが、ドイツ語であるグリュックとは日本語で "幸福" という意味であり、グリュック王国の所在地も帯広市 "幸福町" です。

  • @アンリ-o4z
    @アンリ-o4z 5 หลายเดือนก่อน +2

    テーマパークではなく、横浜にあるドイツインダストリーというドイツ系のメーカーの工場がたくさんあるような場所を作って、工場で働く住民を集団移住、もちろん本家ドイツ系の人々も移住させて一つの町を作ればよいのです。帯広の空港に近いなら新たに空港から町まで鉄道を作る事も可能です。横浜と周辺の湘南地区はドイツ系の方々がたくさん住んでいます。それは近くにドイツ系メーカーの工場と社屋があるからです。これだけの建物はもったいです。ドイツ町ではないですが、あたらく町を作ることが再生の鍵です。

  • @華カンツオーネ
    @華カンツオーネ 7 หลายเดือนก่อน +3

    こんなに拘って作った物達が、ぼろぼろになって行くのを、ただ見てるしかないって結構切ないですよね。時代背景や
    アクセスがもし足かせとなったのなら、ちょっと早すぎた王国だったんじゃないでしょうか。今の時代なら、もう
    ちょっと上手くやり直せたんじゃないかと、思うんですけど。ここは、現役の時代に戻って、訪ねて、沢山写真を
    撮りたいな。凄く映えたと思うんだよね。もったいない。絶対に。ホテル泊まってみたかったな。

  • @Me-kz6rv
    @Me-kz6rv 5 หลายเดือนก่อน +2

    当時は何度も行きましたが、建物内部も人が住めるくらい丁寧に造られているのに、そこを貸して儲けるという知恵がないものか?と常に思っていました。
    たとえば美容室を貸したり、有名なお菓子屋さんに貸したり、十勝の名産品購入できるなど、小さな商店街として愛される場所にすれば、地元民だけで集客できたと思う。
    ホテルだって高額なままだったけど、地元民に安く売るとか価格を下げて修学旅行とかツアーとか団体客をいれるとか。。金田一少年の事件簿の時なら全然集客できたと思うのにすでに宿泊はやってなかったし。
    大広間でバイオリンをひいてもらって、お金を払うくらいしかお金をおとすことができませんでした。
    本当に自分勿体ない。
    ニセコ化してもいいから、誰かなんとかしてほしい。

  • @大野揺理
    @大野揺理 4 หลายเดือนก่อน +1

    土地の所有者は今どこにいるのですか?お菓子の街になるタイミングに開園すると間違いなく当たったと思う