【源頼朝じゃなかった!?】教科書でみたこの肖像画の正体は…
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- เผยแพร่เมื่อ 21 ก.ย. 2024
- 🎉教科書シリーズ🥳
みんな習った「源頼朝像🇯🇵」は実は違う人物だった?
だとしたら、一体誰なのか🔥
頼朝じゃないといわれる説をめちゃ深堀りします!!!
驚きの裏付け😲衝撃の展開⚡️ぜひコメント欄で感想を聞かせてください!
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#源頼朝 #神護寺 #山田五郎 #美術解説 #教科書シリーズ #教育 #教養
にしてもカッコいいのよこの絵。日本史と世界史のなかで一番イケメンかも。興福寺の阿修羅像もイケメンでよくニヤニヤしてみてたな。
南北朝~室町期大好き侍の自分は、直義説を初めて聞いた時凄く驚いたと同時に嬉しかった。
それは勿論直義好きっていうのもあるけど、それよりこの肖像の
「凛として張り詰めた存在感があり、冷徹なほど有能で、恐ろしい程頭が切れる」という感じの人物像が、正に史実に見える直義の動き方や気質にぴったり重なったから。
(まあそれは頼朝にも言える事かも知れないけど…笑)
個人的には「頼朝であって欲しい!」と思ってる人には、是非直義についても興味を持ってみて欲しい~!
認知度にはかなり差があると思うけど、少し運命が違っていたら天下を取っていた可能性も高い、頼朝に負けず劣らず面白くて重要な人物です。
逃げ上手の若君に出てた武将ですね。
ま~実際の処は、絵師の腕次第!美人もブスも絵師次第。
これだけ大きな絵、描く方も大変だったろうに!構成・バランス・配色言う事無し!
この大きさならば、色々細かく書きたがる処を省く処は省き、顔の焦点が当たる事を狙っている。
実物も、精緻なコピーも見た事無いが、個人的には、作者が誰かが気に掛かる。描く過程が気に掛かる!
源頼朝は、同時代の天皇の肖像よりも"技術"が上で違和感がありました。
足利尊氏の肖像も、現在は高師直説が有力で、続けて「日本の歴史人物肖像画シリーズ」をお願いします。
歴史人物肖像画の作者や技法も解説いただけると、面白そうです。
伝頼朝像の直義説にしろ騎馬武者像の師直説にしろ、新説ではあるけれど学会的には定説ではなくむしろ批判も多いです。
このチャンネルはキャッチーで面白い話をしているだけなのは五郎さんご本人も仰っている事なので正しいと信じ込む事はやめた方がいいでしょう。
@@tdwtgamwt様、決して非難的な意味合いでは無くて、純粋な質問なのですが、田中様が仰る学会とはどちらの学会ですか?美術史系?それとも歴史系の学会でのお話ですか?それとも、『源頼朝説の否定』サイドでの著作がある黒田日出男教授(専門は日本中世史)や米倉迪夫教授(専門は中世絵画史)のように、アマチュア◎◎家とかでは無くて、
一応専門的な学位(知識)がありその学問分野では実績もあり、
学術的&専門的議論&客観的な議論も可能な、美術史/歴史 学両サイドの学者達が『源頼朝否定説を支持して、一応客観的状況証拠を集めつつ、色々と考えみました』みたいな話が逆サイド(やっぱり源頼朝ですよ派)にもあるのでしょうか?(もしくは彼らの説=源頼朝説の否定…に対する反証付きの反論みたいな物が美術史学界隈、歴史学界隈両サイドからいくつかあるのでしょうか?)
それならそれで面白いと思います。論文タイトルとかでもいいのであれば教えて頂かれば幸いです🙏。
『これは本当に源頼朝なのか?』と言う疑問は1980年代からあって、主に美術史界隈の方々から出てきたそうですが、
歴史学の界隈内で結構どこまで行っても平行線な感じの議論(邪馬台国論争とか、明智光秀は何故織田信長を討ったのか?論争みたいな)的な物では無くて、
現時点では見つかってない…と言う限定ではあるけれど、比較的ではあるけれど物理的&客観的に論拠出して来やすい&ドライに言いやすい美術史界隈の人達から源頼朝説否定論者の学者達の説への反証付き反論
(この技法/この意匠/この画材はこの当時はまだ無いよね/いやいやこれとかあるよね?的な話)が源頼朝支持説サイドにもあればかなり面白いなと思います😊。
専門家でも無ければ、技術云々の評価し難い。ましてや実物を、じっくり見た訳では無かろうに!
時代毎に、決まったスタイルと言う物が存在する。時が至ればハッキリする事。
今は、のんびり妄想を楽しみましょう。
こんな昔の絵がキレイな状態で残っているのがまず素晴らしい。誰がモデルかは伝聞なので疑わしいのはしょうがないね。
でもまるっきり違う人ってのもおもしろい。
で、絵より古いその時代の木像が、来歴付きで残ってるって更にすごいです。それを突き止めるのも凄い。
一番驚いたのは、尊氏や義詮の彫像と絵が似ている事、そして直義と尊氏の線描が似ている事。
日本の肖像画や彫刻はもっと適当に表現されたものだと思っていました。
別の作品も本人にかなり近いものだと思って拝見すると感慨深いですね。
W chor
とっても興味深かったです。自分としてはほぼ同意という感想でした。絵の大きさ、絵のテクニック含めて神護寺の絵は平安後期作にしては洗練され過ぎていますし、野心にあふれた日本史上初の武家リーダーとしては木造像の方がイメージにぴったりです。また江戸期のお寺の大人の事情は現代もありそうなリアル過ぎるエピソード。絵を科学的に調査しないのは、古墳の調査も制限しちゃうくらい科学的合理性よりもいろいろな信仰と現在の政治、大人の忖度が混然一体となった日本の現状を反映しているように思います。それにしてもゴローさんは西洋美術史がご専門なのに理路整然とした明解なご解説、この番組のために調べられているのでしょうか?日本の専門の研究者の方々は縦割りで分断されているのかなあと感じました。
天皇陵古墳を掘ると大変なことになるからですよ。戦後歴史学と言われるものが以下にいい加減なものであるかが解かってしまう。つまり古事記や日本書紀の記録を裏付けるものでが出て来るのではないかという怖れを古代史学者が抱いているからだという風聞があるらしいと言いますから。
小学生の時、歴史の授業が始まる前にクラス全員で1人づつ歴史上の人物の肖像画を描く授業があり、私は源頼朝を描く事になったので教科書を見てみると木像の頼朝しか載っておらず、肌の色や服などは想像して塗れと先生に言われて描いたのを思い出しました😂
それから源頼朝が気になり、父に鎌倉に連れて行ってもらい源頼朝について調べつつ、御朱印集めをしていた小学生時代でした。笑
凄い勉強になりました!
これほど米倉先生、黒田先生の主張をわかりやすくまとめていただいた動画はないと思います!
ただ、ささいなことですが願文は「がんぶん」でなく「がんもん」と読みます。
絹地の大きさで時代を推定してくるのはすごく説得力があります。
あと、刀の束の紋は決め手になると思いました。
尊氏よりも悟そうなすっきりした顔立ちの足利直義とはどんな人だったのか、気になります。
武将の顔では無いですよね。
頭脳明晰そう。
兄に嫉妬され、殺されました。有能で人望もありました。
直義は一時鎌倉府を預かっていましたから「鎌倉殿」とでも呼ばれていて、それで源頼朝と混同されてしまったのかな?と思っていました。
尊氏と比べて直義の方がイケメンなのは、直義が奉納したから、と思えば納得してしまいます。
徳川家康の庇護を受けやすいように源頼朝を語ったというのがシックリきますね。
神護寺さんはもちろん否定するでしょうが。
源頼朝で教科書に乗ってて、ハンサムで格好良いなと、キリッとしてて、頭の切れる方だと勝手に思ってました。この肖像画は、誰であってもカッコイイですよね。
モンケと頼朝の肖像画は甲乙つけがたいくらいブッチギリでカッコいいですね
今まで刷り込まれた冷徹で気品ある頼朝のイメージは今更変えようがないw
像の頼朝は眉毛はへの字で垂れ目で、なんか情けなさそうな顔立ちだしな
東博展の神護寺展で三像が並んで展示されていたけど本当に良い作品でした。
東博の「やまと絵展」で実際に神護寺三像を観て確かにその大きさに圧倒されました。特伝頼朝像と伝重盛像は完成度が高く、超一級の絵師が描いたものだろうなと判りました。また二人が頼朝でも重盛でもないという話は知っていたのですが、たしかに実物をよく見ると装束の帯もよく似ているし仲良く向かい合っている感じがして、とても敵対している源氏と平氏の間柄に見えなかったのですが、足利尊氏・義直兄弟という説を聞いて納得がいきました。
尊氏は騎馬像の絵が(刀を担いでいる)有名ですが、それとの比較はどうなんでしょうか
@user-cl4ir3jb6q
先日、疑問があったので、国立京都博物館に「伝・源頼朝肖像」について問い合わせしてみました。
15分程の質疑応答形式でしたが」実に丁寧に説明して頂きました
「東博」の事を話をすると、「また三像展示展」を考えているとの事でした
(具体的的な事はお話しされませんでしたが)ちなみに神護寺三像と高山寺「鳥獣人物戯画」は各寺からお預かりして、現在は「京博」で大切に保管しているとの事です。 greeting from TOYAMA city ・・
@@坂坂-j9xたまに常設展で伝頼朝像が掛かっていることもあり、何度となく見る機会がありましたが 、やはりその巨大さと美しさは異彩を放つものです。他の寺の寺伝には荒唐無稽なものもあり、直義願文の存在が大きいと思います。高潔な雰囲気が漂う直義像で、自ら描かせたという力作だと思います。
😊😊😊
@@マーサくん
美術史の研究論文があって、刀を担いでいるのは高師直であるとの説が有力視されています。
五郎さんのスーツコーディネイト、今日も決まってますね!ピンクネクタイに薄ピンクのシャツとは。さすがです👍
正確には薄紫では?だからおしゃれに見えるんですよ。
描かれている人物の向きへの言及もありますね
基本人物像は見る人の左方向を向くように描かれる
右方向を見て描かれているというのは、左方向を向く絵と2枚セットだから
そしてメインは左方向を向いている人物→尊氏、右方向を向いている人物は格が落ちる扱いなので直義、と
足利家を描いたとすると向き合うように描かれてるのも納得できますね。夢窓疎石との共通点は眉毛も書き方がそっくりに思います。
誰であってもこの絵の美しさは変わらない
足利氏がまず源氏一族なので、
間違いやすい土壌はあったのでは。
頼朝の木造と全然違う顔だったので、
あれっと思ったことがありました。
それにしてもですよ。伝頼朝の肖像画のパワーが
ありすぎて、なかなか完全否定できない気持ちが⋯⋯
ただ、沈黙の肖像画も、本のパワーがすごいんですよね。
美化はするけれども、木造も絵画も
なるべく本人に似せる意思が根底にあるのが
感じられるのは私だけでしょうか?
足利直義の画ではないかという話は聞いたことがありましたが、詳しい理由までは知らなかったのでとても面白かったです。歴史上の人物画にはこの類の話が多いので、他の話も聞いてみたいです。足利尊氏も、有名な絵が尊氏じゃなくて高師直じゃないかと言われたりしてますね。
頼朝の絵と言ったらやっぱりこれなんだけど、なんか他の頼朝と言われる像とかと比べてこんなに違うもんかなあと漠然と思ってた。やっぱ疑問に思ったら調べてみるのってそういう姿勢だけでも大事ですよね。
3画共きれいなんだよな
保存状態が良すぎ
伝平重盛像は鼻の部分に顔料の剥離があります。折畳まれた跡と考えられています
頼朝像以外は左程でも無いような?現在の補修目的は、現状維持。
現在のCG技術で、出来立てを再現したら、面白いかも!
三像は直義像、尊氏像、義詮像であると思うのですが、神護寺略記にある頼朝、重盛、光能の三像はどこへ行ってしまったのか?そもそもあったのか?が気になるところですね。
A3版程度の洒脱な走り書きであれば汚濁虫食いなどで紛失しちゃったかもですね。
足利直義だとイメージに違和感が無いのも面白い
足利尊氏像として習った騎馬武者の絵は高師直像らしく、尊氏の肖像画は無いんだなと思っていたのでびっくり仰天。
直義と対で現存するのも嬉しい誤算だな。
頼朝の顔は甲斐善光寺の座像のお顔で記憶の上書きをしよう。
科学検査するのが早いんでしょうが、所有者の言ってることもわかるし、わからないことで色んな説が出るのもロマンがありますね
アシスタントさんの関心の違いで、色んな角度からの美術と歴史の関係をご教示頂けて楽しいです。
ウリタニさん、お大事に。
黒田先生の徳川庇護説も有力ですよね。家康に頼朝の画だと説得するため、刀の桐紋部分だけ描き直したかもしれない。
科学調査すれば後から直したかもわかるから、私達が死ぬ前に最新調査で白で黒つけて欲しいです!w
とてもわかりやすい解説。私も源頼朝と習いましたが、短大時代になって講義で伝なりました。
絵師さんもどんな人なのか詳しく知りたいです。
美術に直接関係はないけれど、教授が蔵書にグラシン紙かけているの、本への愛を感じます😍
冷徹な政治家という頼朝のイメージにピッタリすぎるんだよなあこの絵
直義も兄を持ち上げるために汚れ仕事を引き受けていたからな。
それ直義にも当てはまっちゃうんですよ
技術史や素材史を当時の社会規範に落とし込んでの推理、見事です!
子供の頃NHK大河「太平記」にドハマリしてたので
これが足利直義としたら、おぉ〜高嶋政伸さんが演じてたあの弟!と興奮してしまいました。
3幅の絵の中でも圧倒的に男前というか、カリスマティックな風貌に見えるので
これを源頼朝像と言われ、後世みんな信じてしまった気持ちもわかる気がしますw
今回の話の流れだとこの絵を納めたのは直義なので、ちゃっかり自分を一番良く描かせたと思うと何とも言えない味わいのようなものを感じます。
同じくです
あの大河は傑作でしたね。
この凛とした肖像が、自分を曲げることができず兄の手に掛かって死んでいった直義だとすると、
また違った感慨が湧くってものです。
今回も面白かったです
「昔俺たちが頼朝だと教わったアレは足利直義らしい」というのはたまに情報番組等でも扱われるのでうすうす知ってはいましたが
ここまで詳しく分かりやすく解説していただいたのは見たことがなかったです
この流れで「尊氏だと言われていた騎馬武者像は実は〇〇らしい」もぜひお願いいたします
高師出😊
@@昇仙峡タロウ
高師直じゃなくて?
先日、国立京都博物館に「伝・源頼朝肖像」について問い合わせしてみました。
15分程の質疑応答形式でしたが」実に丁寧に説明して頂きました、
「素人の素朴な疑問が生まれたら、また電話して良いですか?」と尋ねると
「もちろんです、皆さんのご質問は私達研究員の励みになります」と優しい言葉を頂きました、ちなみに神護寺三像と高山寺「鳥獣人物戯画」は各寺からお預かりしているとの事です。「ずっと気になっていた事を教えて頂き、今夜からぐっすり眠れます」とお礼を言うと研究者さんは大笑い・・・ greeting from TOYAMA city ・・・
高師直ですな。
この話ってもう何年も前のことなんだと思うけど、その意味で今更感満載。
足利直義が兄の足利尊氏と較べても1番見事に描かれていて保存状態も良好。何を物語るのかと言えば、室町幕府の中枢を掌握していたのは征夷大将軍の尊氏でも二代目義詮でもなく正に弟の直義だったという事になる。この肖像画から漂う高貴かつ威風堂々たる直義は兄よりも、二代将軍義詮よりも名実ともに武家の棟梁だったということ。所が直義の歴史的評価はこの肖像画程ではない。
歴史家の硬直した研究態度と肖像画の天晴れさの乖離が見事。
以前は「伝足利尊氏像」と言われていた「騎馬武者像」も高師直説や師泰、師詮説など少なくとも尊氏ではないという流れになっているようですね。 平資盛像と前田利長像がそっくり(というよりほぼ同一)なのも何故なのか、取り上げてほしいです。
アートが主題になったミステリー大好き!
藤牧義夫の回もまた見たくなりました
因みにもともと足利尊氏像と言われていた、ざんばら髪の騎馬武者像は尊氏の腹心である高師直像だという説があります。
因みに、師直と直義は仲が非常に悪いらしく、後に直義が兄の尊氏と対立するも直ぐに和睦したのにも関わらず、直義は師直とその弟師泰の2人を、家臣に命じ惨殺したとか…。
武田信玄像も別人らしいですね😂
あの馬に乗った山賊の親分みたいなのが足利尊氏じゃなかったやつとか、昔の一万円札の肖像が聖徳太子じゃなかったやつとかもやって欲しいです。
山賊の親分気になり過ぎて調べたら本当に山賊の親分としか言いようがなくて草
勉強させていただきありがとうございます。
難しい事は分かりませんが、刀の紋は非常に重要な意味があるような気がします。当時は「家」というものを今以上に非常に大事にしていたので当然家紋についてもいい加減な扱いはしないと思う思います。適当な画家なら刀の家紋まで描かないでしょうし、描く以上はおろそかにできないものであったんではなかろうかとそこら辺で生きているお婆は思いました。
伝頼朝像の実物を見たことありますが、思ったよりデカくて、細部は緻密でした。😊教科書に載るだけはあるなって思いました
この説はなんとなく知っていましたが、山田五郎さんの解説で背景まで分かりやすく入ってきますね
しかし大河の影響か今まで頼朝像と言われていた画はなんとなく大泉洋さんに見えてきますね
結構前に読んでいて知ってはいたけれど、改めて整理してもらうとやっぱり面白いわーw
もう随分以前に勃発した実は直義像説…等持院に行くと確かに納得させれる感じがします。特に尊氏は垂れ目が特徴的で、絵と良く似ています。
神護寺のレプリカには相変わらず《伝》頼朝…となってますが😅
今回の五郎さんのご説明で、夢窓疎石の肖像画とも描線が似ていること、山梨にある頼朝像と全然似ていないこと、他にも沢山の研究結果などから、ほぼ確信に変わりました。
仰る通り、科学調査したらスッキリするのに〜と思います!それをあえてせずにいる理由って…きっと色々あるのでしょうね…😆💦
源頼朝で検索したらこの絵 皆のイメージもこれ
とってもおもしろいです
『数学を算数で解く面白さ』という五郎さんの言葉がすごく言い得て妙というか、腑に落ちました。
これ考えてる人達は面白いんだろうなぁと思いながら動画見ていたので😂
みんなが『これは○○』って思っているものを、ほんとに?違うんじゃない?って思って実際に調べる人がいるから、新しいことが分かっていくから、すごいことですよね。
塾講師です。
数学を算数で解く。これが中学入試の醍醐味ですね。
偏差値と序列に汚されなければ最高の知的ゲームなのに、、、
連立方程式で解けば簡単なのに鶴亀算やるみたいな話ですかね
@@imictalo小学校は方程式使っちゃいけないから、鶴亀算使って解くのは大変だった記憶があります😊
不毛だけどやってると面白いというのは よーーーく分かります。
私は古代史が好きなのですが魏志東夷伝に書かれた邪馬台国の位置について、近畿と九州北部で二分してますが、派閥と卑弥呼の恩恵に関係の無い人間が素直に読めば、九州南部宮崎辺りで何の矛盾も無く、読み替えの必要もなくスッキリするじゃないかと思うのですが、いつまでも位置については定まらずミステリー読みの方が人気ある。
まあ、特定してしまうよりワーワーやってるほうが賑やかでいいと言えばいいんですけどね。(笑
中国に残る資料を総合すれば、徳島説が一番嵌る。いずれにしろ、決定打が無いので不明のまま。
腹が立つのは大口を叩く癖に、場所ごとに距離を勝手に変更したり方位を変更したり好き勝手に我田引水!
古代の事だから、保安目的で、使者をだました可能性もあるし治療が少なすぎて藪の中!
殆どが、学者にあるまじき説ばかり!本拠地が特定出来れば、巨額の金が動く!
珍説・暴論の類が多過ぎて、頭の中は、算盤弾くだけと思えて腹が立つ!
頼朝は頭が大きかったとか、落語のネタになったりしてて傳頼朝像には違和感はありましたねぇ。
面白かったです。
近代でも西郷隆盛の像の顔は
全然ちがうらしいですもんね
(奥さんが全然似てねーって叫んだらしい)
足利直義説に1票。
自分の推理を裏付けていく過程にワクワクしました。大変な労力を費やされてこの結論に至ったのですね。
文学部中世美術史を卒業して、すでに45年以上過ぎましたが、教授の講義で
「学問の入り口は興味が第一歩、しかし研究する場合は興味は邪魔者、冷静沈着に事物をとらえるのが研究者」と。興味を捨て切れないまま美術史をやった結果、サラリーマンになってしまいました、私は(笑) 研究者にはなれなかった・・
研究者は地道な努力を続けても報われるとは限らないのは、画家に似てますね。研究から離れて見る美術の世界は違って見えるでしょうね。
@@おけいこ 昨日、伝源頼朝像の事で、国立京都博物館に電話で幾つか質問しました。応対して頂いたのは「絵画・巻物研究者・立並氏」・・実に親切な対応をして頂きました、「一般の人のお尋ねは、私達には励みになります」との彼が行った言葉・・素晴らしいものです。「研究から離れて見る美術の世界は違って見えるでしょうね。」・・との事。その通りです、研究者は客観的視点、サラリーマンは「研究者の残骸=客観的視点と「主観的視点=美への感激」のふたつの世界を持っています、私の場合ですが・・
元研究者志望、今は落ちこぼれジイサンより。
いやあ、面白かった。
歴史ミステリーが絡むと楽しさ倍増しますね。
尊氏像っていわれてた騎馬武者像は高師直とかいわれていますし、脳内人物入れ替えでいそがしい・・・。
夢窓疎石が仕掛人ならなんで天龍寺や他の禅寺じゃなくて真言宗の神護寺なの?っていう素朴な疑問はあるけど、どうも足利兄弟と息子っぽいですね。
本日東博で神護寺展鑑賞して来ました
復習でまた見ていますが
音声ガイドでこれを持って行きたかったです♪
頼朝像じゃないというのが頭の烏帽子がその当時のものじゃないということから解説してたのを聞いて納得してました。今の教科書でも載っているというのは京都のお寺さんへの配慮なのかと今日の放送で思いました。絵の刀の鞘の紋が桐だとか木彫との比較や書いてる布が絹でこの大きさは武士とかには鎌倉時代にないとか頼朝の木彫も比較されてて、そんなに相違点がたくさんあった事でも教科書を早く直さないとだめだよなと改めて思いました。最初の頼朝の絵が江戸の末期の絵と証明されたと言うのは決まりですかね。ちなみに徳川家康が源氏だからお寺の再興の為に取り立ててもらうために頼朝にしたとありましたが、強いて言えば足利も清和源氏だから征夷大将軍になれたわけなんだけとなぁ〜。徳川家康は頼朝を尊敬していて征夷大将軍に任命される為に源氏株を買い集めたとか言われてます。ホントの出自は源氏か疑わしいとか。豊臣秀吉が関白止まりなのは源氏長者ではなかったかららしいです。
確か徳川家というか松平家は藤原氏が祖先だったそうですが家康が将軍になれるよう工作したとか聞いたことがあります。
頼朝は、確か「大顔様」って呼ばれてたのでは。
絵と木像、どちらを大顔様!て呼びたくなるかと言うと迷わず木像の方かと思います。
神護寺の絵からは知性や人柄まで匂い立つようで、直義なんだろうなと思いました。で、尊氏はタレ目だったのかぁ。。
確実に本人だとはっきりしてる木像の顔、めっちゃ垂れ目で全然威厳ない😂
でもむしろ、その威厳のない感じがリアルだなと思います。
そりゃ「ザ・征夷大将軍」って感じでキリッとした方の像も作られますよね(動画で先に出てきた木像の方)
講義を聞いていると興味と共に色々な疑問も浮かんでくるのだけど
それに対する答えがちゃんと用意されていて納得かつその緻密な構成に感嘆する…今回も素晴らしい講義をありがとうございます!
頼朝では無いかも……。私は頼朝と習いましたけど、今のお話を聞いていると、違うのかもと思ってきますね。「伝」ですものね。
鎌倉時代を終わらせて室町を作る二人の兄弟の弟を源頼朝というのは、なんか源・足利両方の視点から見て皮肉な感じで面白いね・・・
かつて東博で開催された国宝展で「伝頼朝像」の実物を見たことがあります。
誰が描かれているのかはともかく、品格のある良い絵だと思いました。
五郎さんのおかげで最近日本画にも興味が出てきました! 今度、一押しの伊藤若冲を解説していただけないでしょうか!!
京都国立博物館に足繁く通うような日本画好きなら「画風違くね?」って皆思ってましたからねw それでも学会の通説に真っ向から反する話ですし、迂遠ではありますが科学調査するために外堀を埋めるのは順当だと思います
伝頼朝像もそうですが、私たちの時代に足利尊氏像として教科書に載っていた、ざんばら頭に抜き身の刀を肩に担いだ馬上武者像も、どうやら尊氏ではないらしいと聞いたことがあります。もしよろしかったら、ぜひいつか取り上げていただけると嬉しいです。ちなみに私、史学科出身です(笑)。
肖像画について…。モデルって本人を見てないから絵を信じるしかないから当たり前のように思っていたけど結構謎が多いですね。言われると「そう言われると…」と思ってしまう事もあったし改めて気付くこともあったし海外の方からも日本の絵の評価が高い事も分かって感動しました。毎回楽しんでます。有難いです✨
神話の神様の肖像とか、ホントにこんなだったのかな?って思う。
てか、中国だけど朱元璋の顔ってアレはどれが正解なんだろう?
色々肖像画には疑問が有りますがそこにまた興味が湧きますね✨
直義だとすると大河ドラマの太平記で直義を演じた若き日の高嶋政伸さんはハマってましたね。
面白かったです。では、神護寺は探したらどこかに本物の源頼朝の絵(似せ絵、多分小ぶり)を持っているのでしょうか、そういう疑問が浮かびました。神護寺のお宝を専門家が入ってすべて研究してくれたらなー。
この手の話は色々ありますね。足利尊氏(騎馬武者の)とか、武田信玄とか、聖徳太子とか。
次は聖徳太子なんていかがでしょう?長らくお札にもなってましたし。
大学時代の友人が、大学院生の時にアルバイトで京都の神社仏閣が所蔵する書物の翻訳をしていました。
本当のところはわかりませんが、彼曰く、「宝物展などに合わせて公開されるため、多少、依頼を受けた神社仏閣を称えるように現代語訳する」と話していました。
まぁ、いつの時代も時の権力者に忖度するんですね。
非常に面白かった!山田さん凄い!
結局は歴史と云うのは
勝者の歴史なので、本当の事ばかり書いていないのだな…と改めて痛感致しました!
今回は日本文化でしたので非常に面白かったです。
ありがとうございました。
それは歴史は勝者のものって言って疑わない人らがいる限りそうなんしゃないですかね。疑うのはべつにいいだろけど、それを常に是とするのはあれだろし。
私の家系は没落した鎌倉武士団の末裔らしいのですが、甲斐善光寺の頼朝木像を見て、似た親戚がいっぱいるので思わず吹いた。
間違いなく頼朝はこの顔。
新説の木像と絵がそのまんま過ぎて素人が素直に見たらこっちが断然しっくりきます
この2人プラス1人ならセットなのも納得ですし2人が対なのも自然
だとしたらこの中で尊氏を選んだマルロー氏はすごいですよ
そしてこの絵を作った時の直義の気持ちとその後のことを思うとまた違う感想が沸いてくる絵になりますね
NHKがこれを足利直義像だとする番組を以前やっていたが、その後も普通の番組ではこの絵を源頼朝像だとしてずっと出し続けている。足利だと認めないまでも、この像を頼朝像だとするのは止めないといかん。
まだ「頼朝像ではない」と結論を出せるほど学説が落ち着いてるわけでもないんですよ
鎌倉初期にしては冠の纓の形が四角すぎるかもなあ…光能が被っている額がコンパクトな冠もそんな昔からあるかなあ…と思ったら、同じような事を指摘されてたようで「有職の先生方、やっぱり気にするよなあ、そこww」とわらいました
足利市に足利氏の肖像画がほぼ無いのもやはり納得します。県博物館にて中世期をクローズアップした展示会をされましたが、足利尊氏像は正装でなく馬に跨る像しか無かったですし。足利市に久し振りに行きたくなりました。
伝頼朝像が足利直義というのは聞いたことがありましたが、他の二図も異説があるとは知りませんでした!
この3人ならセットで納められるのも納得ですね
知的でクールな直義、ちょっと頼りなさそうな尊氏、なんだかしっくりきました(極楽征夷大将軍のイメージ)
しかしそれ以上に悲壮感すら漂うしょんぼり顔の頼朝像が衝撃……
足利兄弟って少し前まで歴史的な評価散々だったようだし、あえて別人として記して後世に伝えたというのもあり得るような気がします
往時の坂東武者は強飯が主食だからエラやコメカミが発達した四角い顔、京都での良い暮らしが長くなると貴族同様に姫飯が主食になるから細面の瓜実顔になる、と読んだことがあります。
なので肖像画が何者か、と云うより北条政子願主の木像に一番合点がいきました。
記録はあるし、所有者の立場も尊重すると断定しきるのも難しいですね…おそらく誰にも悪意はない。「伝」を付けるって良い対処。
教科書の写真、当たり前に思ってましたが、よーく考えたら何百年も前の絵なんですよねぇぇ。歴史教科書シリーズもぜひお願いしたい。
現在の漫画やアニメも目の描きかたでどの時代の流行りか判別出来るので面白いですね
似たような肖像画の真相、私の子供の頃の定番が、時代検証で矛盾からの本物は誰だ🧐描き方から読み解くあっぱれですね〜👏👏👏
素人の質問なので的はずれでしたらすみません。
科学調査というのは、元の絵画や像などを傷つける形でなければ現状できないものなのでしょうか?
もしそうなのだとしたら、作品を傷つけなくとも調査できる技術の開発される未来を信じて、現状は調査しない、というのが妥当な形かと思いましたが。
そもそも平重盛と源頼朝っていう取り合わせが変ですよね。足利兄弟のほうがしっくりくる。その他有名な義経の絵もだいぶ後の室町時代作だそうですが、鎌倉初期の人って案外謎が多いのがロマンですね。
各地にある静御前の墓とかも含めてそういったことに緩かった時代や諸事情もあるので、源頼朝像(伝)ぐらいがロマンもあって良いのかも、絵の価値は高いのだし。あの世の頼朝だって笑って許してるかもだし。ただAIにこの3つの絵を学習させて、頼朝の木造から同じ規格の絵を描いてもらいたい気はします。
2017年京都国立博物館「国宝展」にてこれらの作品を見ました。国宝ばかりを集めた展覧会ということで、どれも圧巻だったのですが、私はこの頼朝(?)の圧倒的な美しさと存在感に、しばらくこの絵の前から動けなくなったのを覚えています。この絵が頼朝ではなかったとしても、この絵の素晴らしさになんら変わりはないのでしょうが、なんか……ずっと頼朝ってこんな人だったんだなーと信じていただけに、複雑な思いがします。
非常に興味深いお話でした。
じゃあ頼朝はどんな顔だったんだろうという謎解きまでつけて下さって、素晴らしいです!
十分説得力がありました。
しかし
頼朝の肖像画がないというのなら
昔の人はどういう基準で肖像画を頼んでいたのかよくわからないですね
天下人ですら見つからないのですから
自分も最近の説が合ってるんだろうなと思います。寺に古くから伝わっているからと聞くと、あたかも本物っぽい印象がありますが、寺も自分たちが生き残っていくために金銭が必要だし幕府の庇護も必要でしょうから頼朝を利用したのかもしれませんね。木造の頼朝像は昨年美術館で見ましたが、こちらは木の炭素の年代も調べているので頼朝の顔に一番近いのだと思います。
直義像の保存状態が特にいいのは
直義が尊氏に敗れたあと、寺が直義派と看做されるのを恐れて、奥に仕舞い込んでいたからだったりして
歴史や美術ってすごくくだらない理由で研究が進まないんだな〜。
ともあれコツコツ調べていただいた方々には敬服致します。
頼朝じゃない説すら知らなかったのでとても驚きました。
直義、尊氏で決まりと私は思います。最初に頼朝画像として見たのは、中学校の時と
記憶していますが、ものすごい漠然として違和感を感じたのは、左向きという事です。
貴人は、右向きで描かれるという、当時の美術の先生が授業で話していた事が印象に
残っていたからですが。
その後、長じて神護寺で実物を見たり、平重盛肖像を見たことで、重盛右向き尊氏、
左向直義という説が、しっくりと腑に落ちました。右が第一位を示し、左がその下に
準ずる第二位という説が有力ではないかと思います。
紙や顔料の素材で制作された年代が分かっていると思うのですが、謎が謎を呼んでいて、色々想像する事が出来て浪漫がありますね。その当時に描いた作品か、時代を経て描いた作品か、とても興味が尽きないです。何れにしても、とても美しい作品なので、一度観ると記憶に残る肖像画だと思っています。
フランスに展示された肖像画は、他の肖像画より、経年劣化によるワビサビ感があったからかも知れないと思ったりしました。
亡くなった父から、「伝」だからな‼️ってすごく強調されました。伝自体の認識が薄かったので、伝とは…?というところから始めた覚えがあります。仏像のように、お姿(螺髪があるないなど)で判別できたら良いのに〜
小さい頃から頼朝といえば、この絵を脳裏に浮かべていましたが直義説に一票。
動画説明聞く前に、源氏顔と平家顔だと似すぎと思いました。
直義画、尊氏画ならば頷けます。
今回も面白かったです。
面白い推理です。理屈を楽しめる動画でした。
神護寺の頼朝像とされていたものから、頼朝は貴族的な顔立ちだと言う印象だったのが、あの木像が頼朝に近いと紹介され、印象として、頼朝というのは意外とちょっと野生的な顔立ちだったんだな。そして、足利直義だとすると、彼は逆に公家然とした顔立ちなのには驚きです。
現役高校生の子どもも頼朝として歴史の教科書で見たそうです。
さすがに昔「尊氏」としてた騎馬武者の絵は載ってないようですが、この先同じような扱いになる可能性もありそうですね。
…所有者が許せば😅
別の歴史系動画でも同様の解説をみていたので、おそらくそうなのだと思います。日本史で著名な作品にはタイトルと作品で内容が一致しないケースが見られます。
大政奉還図も、実際に大政奉還が行われたのは二条城の大広間とされているが、図の場所は同城の「黒書院」の間であることがはっきりとしています。
興味深いお話ありがとうございました。肖像画に関しては「武田信玄」も昔よく見たものは違う人、という事らしいですね。(最近テレビなどでもその肖像画は使われなくなっていってます)藤本正行氏の『武田信玄像の謎』(吉川弘文館・歴史文化ライブラリー、2006年)に詳しく解説されています。
すごく腑に落ちる✨
勉強不足で時代の流れが良く分からない。研究者の執念は凄いですね、本に出来るまで何年も何十年も調べて、それなりに確証もって書いてる。もう科学的物理的検証が、本当に必要なのかなと思います。二人の研究者の主張は、推測や想像を越えており十分科学的に聞こえました。ありがとうございます、お疲れ様です。
直義、男前ですね。出来が良いから頼朝ってことにされたのでしょうね。南北朝時代の知名度の低さからくる齟齬なのかもしれません。NHKには直義で大河ドラマをお願いしたい。