ふぅ😮💨、ジョージの当時の心中を現すものとして、Zappy さんの一覧表ほど説得力のあるものは見たことがありません。これじゃぁジョージにとって再結成とかありえないなーと思っちゃいますね。 それにしても冒頭の3人の話し合いはジョージのことを思うと聞いていて心が苦しくなりました😢 get beckのセッションでジョージがジョンに溜まった曲を披露する場が欲しい、みたいなことを相談してましたが、ジョンはあまり真剣に取り扱ってなかったような気がします。ジョージの成長を認める態度がジョンやポールにもう少しあれば、(ジョンがやる気を失っていたので)解散は避けられなかったでしょうが、後年、再結成の話はあったかも?、とか思っちゃいますね。
ビートルズ解散後、一番得したって言うか、才能が開花したのはジョージじゃないかな。 ジョンもポールも個人的には正直、ビートルズの頃でも作れたんじゃないかって曲ばかりって感じがするんだけど、ジョージは違うよな。各メンバーのソロ作品でも、ヘビロテは断トツでジョージだもんな。 そもそも While My Guitar が、最初ジョンとポールに相手にされなかったっていうのが信じられない。
ZAPPYさん毎回、興味深いお話 深く掘り下げた情報ありがとうございます 私達視聴者に配慮した丁寧な動画制作、頭が下がります。 しかし、あまりお気を使い過ぎず、もっと自由にやられても良いと思います。小うるさい批判の声もあるでしょうが、そんなモン you don't give a fuck❗️で、いいでしょ
ジョージの心情に納得します。解散後のジョージが解放され幸せならファンは喜ぶべきですね。Beatlesの奇跡にかわりはなく、今日のお話にしても未だ楽しませてもらい感動させられることは驚きです。
👍😀
ジョージが歩んで来た道に関するこういうお話、どうにも涙腺を刺激されるというか、心がぎゅっとなって仕方ないんですよね😢
四者四様(などという言葉はありませんがあえて😅)の心の傷があって、それが音楽以外の部分でも心を掴まれるものであり、ファンの方々も思わず自己投影したくなっちゃうメンバーそれぞれかも。
私にとってはジョージの立場でおったであろう心の傷が一番刺さるものでして🥲
👍😀
Zappyさんが作った表めちゃ分かりやすいです。おっしゃる通りだと思いました。ジョージはケージから出て飛び立った鳥のように、もうケージの中に戻りたくない気持ちだったんだと思います。人は自由を求めるものです。
👍😀
凄いです!Zappyさんの考察どおりなんじゃないかなと思います
Beatlesの4人は親友同士だけれど職場の同僚でもあるのでライバル心や嫉妬やらそれぞれ大変だったとは思います
ですがジョン、ポールはリンゴをハンブルク時代からいい車に乗っていて大人っぽかった(実際一番年上ですが)と言っていたし意外と貫禄があったのでしょう
ジョンとポールは言うまでもなく唯一無二のコンビだったし、ジョージの立場がキツイのは想像できます
特に後期には作曲レベルもレノン=マッカートニーに追い付いたジョージにはいつまでも弟扱いしてくるポールやスタッフの評価はかなり窮屈で苦しい環境だったでしょうね
アビーロードで最高の名曲を2曲も発表出来てやっとジョージの苦労が報われた感がありますが、勢いがついたジョージは多少の不安はあっても狭い古巣に戻りたい気持ちはもうなかっただろうなと思います
👍😀
ジョージの追悼本でキースリチャーズのコメントが載っていました、ジョージにこう言われたそうです。
「おまえら何だかんだあったけどバンド続いていいよな」
いつ言われたのかは書いていませんでしたが、ジョージもビートルズ続けたいと思っていた事もあったんでしょうね。
ビートルズって、結成されたグループってよりは幼なじみの集まりだった感じですよね。
一度旅立ったら戻らない兄弟もいるでしょうね
ジョージの心情、私もそう思います。オールシングスマストパスを聴いてるとジョージのギター、ボーカル、世界観、改めて凄いですね。それにしてもアビーロードからオールシングスマストパスのジョージの才能の開花、爆発って凄すぎではないですか? あの時期はジョージがジョンやポールを超えていたと私は思うんですが(作品の評価は勿論、ヒットチャートでさえも)、二人はオールシングスマストパスのあんなに沢山の名曲をどう感じたのか気になりますね。勿論、数曲はビートルズでも録音されてますが。
👍😀
今回の動画の内容
は素晴らしく、ザッピさんの洞察力
観察力に敬服しました🙆やっぱり
ザッピさんの言われる通り、元ビートルズの肩書きは
もの凄く大きいと
思います。WOWOWの歌詞で
ジョージはポール
に君は僕をスター
にしてくれたと
一応、感謝してますし😅
👍😀
Georgeの気持ちが見事に分析されはっきり伝わってきて、これじゃ戻りたくないのも無理はないと納得出来るし可哀想になります😔
頭から抑えつけられ自由の無い実家を出て、のびのびと一人暮らしを謳歌したい心境にも似ているかと…😂
解散せずにソロで活躍する道は無かったのかと残念に思ってましたが、やっぱり💰️の問題が大きかったのでしょうか😐
👍😀
ジョンとポールはジョージを音楽スキルに関して、明らかに格下に見ていました。補足するとマーティンですら、ジョージをレノンマッカートニーより明らかに格下に見ていました。ジョージはその事をビートルズ初期からヒシヒシと感じていました。自信があるジョージがわざわざ、自分が見下されるバンドに復帰したいとは思うわけないです。
ビートルズになった時に四つのピースは不思議にはまって、その塊は人為では作れない奇跡のブリリアントカットになってた...と。
そこから離れる時は四人から離れて一人になると言う単純さでない喪失感もあったと思います。
😀👍
zappy さんは妄想とおっしゃってますが、いえいえどうして興味深い視点であり、考察でした。良く言われるのがジョージが最年少のメンバーであるということですよね。ポールの発言も上から目線ですが、ビートルズの中ではそういう役回りから抜け出せないと考えていたんでしょうね。
👍😀
zappyさん、いつもながら興味深い企画を、有り難うございます。zappyさんの見解に、全く同感です。アビーロードの時点で、ジョン&ポールのレベルに追いついた(追い越した?)弟分のジョージ、それを認めないJP、認めて欲しいGの葛藤が、解散の原因の一つだと思います。解散後に、ジョンの「アビーロードの中では、ジョージの2曲が一番良かった」との発言を見たことがあります。解散前に認めていればとも思いますが、これも運命だったのでしょう。ジョージは、解散後に自分の曲を好きなように発表できたので、良かったと思います。解散後の曲では、ジョージの曲が一番好きですね。
👍😀私は解散後のほうがジョージは聞きやすい曲が多くなりました。ジョンやポールのような凄いインパクトではなく、アベレージでいい曲が結構ありますね。そこがいいかなあと思います。
ふぅ😮💨、ジョージの当時の心中を現すものとして、Zappy さんの一覧表ほど説得力のあるものは見たことがありません。これじゃぁジョージにとって再結成とかありえないなーと思っちゃいますね。
それにしても冒頭の3人の話し合いはジョージのことを思うと聞いていて心が苦しくなりました😢
get beckのセッションでジョージがジョンに溜まった曲を披露する場が欲しい、みたいなことを相談してましたが、ジョンはあまり真剣に取り扱ってなかったような気がします。ジョージの成長を認める態度がジョンやポールにもう少しあれば、(ジョンがやる気を失っていたので)解散は避けられなかったでしょうが、後年、再結成の話はあったかも?、とか思っちゃいますね。
👍😀
世間的には、『 Lennon-McCartney』こそがビートルズであった。それ以上にジョンとポールはそう考えたし自負もあった。でも、ジョージが『 Lennon-McCartney』に追いついてきた時、世間は受け入れたが、ジョンとポールはそれを認めたくなかったのかな、しかし、ジョージは2人に誰よりも認めて欲しかった😞😑いずれにしても難しい問題ですね。解散後にビートルズを聴き始めた私には、ジョン、ポール、ジョージは対等のミュージシャンでありコンポーザーに見えましたけど、4つ上の兄は、『 Lennon-McCartney』>ジョージでしたからね🤔😠
Zappyさんが、最近の動画のエンディングに使うJazz喫茶の映像で感じることですが、京都でも多くのJazz喫茶が閉店しています。何故か京都大学の近くには残っています。私立の私には敷居の高い場所ですが、ノスタルジックな思いもあって、行ってみようかな👍😂
👍😀爺さんなので昔の思い出は輝いてしまうわけです。もうなくなった喫茶店など普通は忘れますね。
まさに Zappy さんに取り上げてもらいたかったトピックです!
Beatlesの本質は、John とPaul がエンジンで、George と Ringo は単なる数合わせのギターリストとドラマーに過ぎなかったと思います。当初は George もギターで飯が食えればいいぐらいにしか思っていなかったのではないのでしょうか。このフレームでやっていけば、Rolling Stones のように、Beatles の解散もなっかたと思います。しかし George が成長し、役割が代わり、George もエンジンの仲間にいれてほしいと主張し始めました。George が John と Paul に追いついたことは周知の事実です。George の曲、例えば Zappy さんもご指摘のとおり、Only A Northern Song, Sour Milk Sea, Long Long Long などのアレンジに JohnとPaul がもっと時間を取り真剣にかかわっていれば、とてもいい曲になっていたのではないかと思います。
ところで、この会話の前後でJohn が Abbey Road の次回作は John 4曲、Paul 4曲、George 4曲 でいこうと提案したという情報がありますが、真偽のほどを含めて、Zappy さん、いかが思われますか? もしこれが事実だとすれば、Beatles 存続、再結成の決定版になると思いますが。
👍😀
ジョージの幸運はジョン・レノンとポール・マッカートニーと出会った事ですよね。
でも不幸も知り合った事。ジョージ・ハリスンは
二人に出会わなくても大成功を収めなくても音楽を続けていたでしょう。
ここまで言いたい事を言い合えた仲間ですよね。スコし冷却期間を持てばよかったのに…………。でもジョン・レノンに対抗出来るのはポール・マッカートニー、ポール・マッカートニーの相棒はジョン・レノン。ジョージ・ハリスンは何時までも第三の男のままですね…。
解散して、ビートルズを卒業して良かったのはジョージですね。
ビートルズには愛着も誇りもあるだろうけどね。
解散後はジョージの曲が大好きです。やはり卒業して良かったかも。
レノン&マッカートニーとハリスン、たまにスター、四人組の作詞作曲出来るのは凄いですね(しかも全員歌う)。
👍😁
独立開業や独立起業すると再び雇われる気にならないのと同じ感覚かも。
楽しく聞かせていただきました。 かつて、ネット上の座談会みたいな集いで、ジョンとポールを愛する余り、偉大な2人と一緒にいながら、全く駄目な奴だと言って、笑い合っている若者のグループや、年配者のグループの動画、又は記事を目にした事があります。何度もです。彼らの中には、音楽に精通している者さえ含まれており、その真意は、自分達はL& M にはなれないけれど、G を貶める事で、明らかに何の意味も成さないマウントを取っているかの様でした。冷静に考えれば、馬鹿げた事を言っているのは、当人達もよく分かっている筈です。変な集団心理に押されていたようです。彼らの話しぶりから、ジェフ・エメリックの回想本からの強い影響を感じました。ジョージ・ファンとして、B ファンとして、強い怒りで 頭が沸騰した事を思い出します。日本でさえこれですから、世界中で この様な不当な声に悩まされ続けた事でしょう。B で居る事は、正気の沙汰ではないと思います。本人もそう言ってた事がありました。L & M は、後輩の心のケア迄するタイプではありません。そこが又良い所かもですね。ジョージも含め、4人全員が、我こそが大スターの精神ですからね。
👍😀
初めてコメントします。初心者ファンです。理想論の話しですが、当時のジョン、ポールがチームのリーダーの役割を深く認識していればメンバーの思いややりがいを尊重していれば解散を避けれたのではと思いました。ファンとしては仲の良いビートルズであって欲しいです。
コメントありがとうございます。またお越しください。今、動画更新ができないのですが、近々またやります。
コメントを見て頂き返信までしてもらいありがとうございます。
子供の頃は憧れのお兄さん達と一緒に居るだけで幸せ。でも自我が育った頃には自分を認めて欲しい感。
イギリスの地方都市から世界を征服した、といっても、実は10代20代の青年達の物語ですからね。
Zappyさん! 今からでも「ビートルズに入りたい」っす!!! メンバーとしての収入欲しぃぃぃい~~~~~~!!!!wwwww
ビートルズにいなかった4人だったら、それぞれどうだったか。そこそこは成功しただろうが、今もって注目されたかはわかりませんね。
ビートルズ解散後、一番得したって言うか、才能が開花したのはジョージじゃないかな。
ジョンもポールも個人的には正直、ビートルズの頃でも作れたんじゃないかって曲ばかりって感じがするんだけど、ジョージは違うよな。各メンバーのソロ作品でも、ヘビロテは断トツでジョージだもんな。
そもそも While My Guitar が、最初ジョンとポールに相手にされなかったっていうのが信じられない。
ジョージがいなきゃビートルズではなく、そのジョージはもうビートルズではなかった。羽ばたいて行く世界を見つけたからでしょう。
ジョージは誰よりも疲れていたと思います。
😁👏😺
ZAPPYさんの分析を聞いてジョージの心が少し想像できました。
どんな仕事でもお金で我慢出来る事は誰でもありますが、
自作の曲でさえ、正当な対価を貰えないのは人間関係を差し置いても我慢できなくなるでしょうね。能力も金銭的にも認められないなら恨みは募るし、戻りたくもないと思うでしょう。お金勘定はしっかりとしてるポールと一緒にやりたがらないのはなおさら分かりますね。でも、80年代以降、ジョージは音楽への情熱を失ってしまいますが、やはり1人でやる限界を感じていたのでしょうね。
80年代以降のジョンとポールならジョージを対等に扱ったのではないかと思ったりもしました。
👍😀
ZAPPYさん毎回、興味深いお話 深く掘り下げた情報ありがとうございます
私達視聴者に配慮した丁寧な動画制作、頭が下がります。
しかし、あまりお気を使い過ぎず、もっと自由にやられても良いと思います。小うるさい批判の声もあるでしょうが、そんなモン
you don't give a fuck❗️で、いいでしょ
👍😀
分析の表、さすがですね。分かりやすくて頭が整理されます。全バツから全マル!これだとジョージはソロで行きたいのも分かりますね。ソロ期ジョージはサポートメンバーには恵まれてましたね。
ザッピーさん、
ジョージってパティと写真に写ってる時って、いつもドヤ顔してません?なんかもの凄いドヤ顔に見えてしまうんですけど、、、
あそこに僕はジョンポールへのジョージの反抗心、反発心の萌芽の表れを見てしまいます。俺の女の方がイケてるぜ、みたいなw
男としてはジョージの気持ちも分かるだけになんか笑えるんですよ。
👍😀どや顔には気づいてません。気を付けてみてみますが・・
もしブライアンが存命だったら違ったことになっていただろうと思います。
配当の配分やチームの雰囲気でも違ったことになっていたでしょう。
スタジオにヨーコを毎回入れるな、とか言っていたのではないか。
タラレバになってしまいましたが、つくづく惜しまれます。
Zapyyさん鋭いw 確かにジョージは気の毒だったかもしれませんね?
まぁビートルズのメンバーだったから名声を得た訳だから・・・しかし凄い分析w
👍😀
ジョージの心境はサワーミルクシーを聞くとよくわかります。これに対してポールが作ったのがゲットバック。ジョジョってジョージのこと?
ハリスンさん、スターさん、
二人でバンドすれば、よかったのに。
対抗して、レノンさん、マッカートニーさんも 『 冗談で 』 二人でバンドを作っていたかもしれない。
バカみたいな妄想でした。 アイスマセン