さよなら 桂 米丸さん 2014年インタビュー

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  • เผยแพร่เมื่อ 9 ม.ค. 2025
  • 新作落語界の重鎮である 桂 米丸さんが2024年8月1日 99歳でお亡くなりになりました 謹んでご冥福をお祈りいたします
    1960年から70年にかけて 日本全国で ラジオTVを中心とした落語演芸ブームが起こりました これにより地方に住んでいる子供から老人まで 沢山の人たちが毎日 落語や漫才をTVで愉しめるようになりました 思い出すのは 関東地区 日曜午後 NETテレビ(TV朝日)で放送された「日曜演芸会」です 後に「末廣演芸会」とタイトルは変わりましたが 東京新宿の末廣亭から中継された演芸番組です
    司会は 馬場雅夫アナウンサー 解説は真山恵介さん ご両人が客席に座って 出演者のプロフィールや出し物の解説をされていました 真山さんという方は 手塚治虫さんみたいな風貌の方で いつもベレー帽をかぶっていて とても物知りで出し物を分かり易く説明してくれましたが それもそのはず 当時 末廣亭の席亭をされていたそうです 最近になって知りました ああなるほどと
    番組は まず落語・漫才・演芸から始まり 前後に解説を挟んで シメは大喜利という ちょうど現在の「笑点」みたいな構成でした 司会は桂米丸さん この番組で初めて米丸さんを知りましたが 師匠は新作落語の先駆者 古今亭今輔さん 実はこの方 出身が 我が地元群馬ということで 米丸さんともども TVで見かけるたびにずーっと気にかけていました 
    当時 今輔さんといえば お婆さん落語で有名で お婆さん役をやらせたら右に出るものはいないという いわば名人で 持ちネタも新作落語がほとんどでした さて大喜利のメンバーで一番人気があったのが 柳家小せん(先代)さん ボケ担当でしたが それがボケなのかホンモノなのか分からないという キャッチは「かあちゃ~ん」 この一声で客席がわぁーっと湧きます 高座では「子ほめ」とか「野ざらし」をよく聞きました
    当時の落語家はみな同様にキャッチを持っていて林家三平「山田さんの奥さん」「もーたいへんなんすから」 月の家円鏡「お~い節子(おそらく奥さんの名前)」 他にもたくさんありますが すぐには思い出せません それから名調子といえば「破壊された顔の所有者と自ら名乗っている・・・」という柳亭痴楽さんの十八番「綴り方狂室」ですね よく覚えているのは「上野を後に池袋、走る電車は内回り、私は近頃外回り・・・」て今でも言えます
    さて米丸さんといえば新作落語ですが これ一本で生涯を貫いたというのはやはり師匠の今輔さんの背中を見て 一生懸命修行したからに違いありません 古典落語もそうですが 新作落語は自分自身でネタをつくっていかなければならなりませんから 大変なご苦労だったと思います きっと今頃は天国であれやこれやとネタを考えているんでしょうね 今輔師匠といっしょに
    米丸さん 楽しい時代をありがとうございました さようなら ・・・
    (2014年 BS11「柳家喬太郎の ようこそ芸賓館」)

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