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何十年経っても色褪せない良い曲…珠玉のラストシーンと最高のペアリングですね。ギャリソンさんくらいの歳になって、こういう渋いおっさんになりたかったと思う。
最後みんながさっぱりしてるのが良い「涙は無い 明日に微笑みあるだけ」か
この後番組がガンダムというのなんだか感慨深い。
帰る場所はあるけど誰も居ない万丈帰る場所があって皆がいるアムロ
そして映画版ガンダムにジオン側として参戦してるダイターン3
昔、皆が一緒に暮らせば良いのにと寂しく思ったけれど。馴れ合いを避けて個々に旅立ち孤独を越えて、新しい生活と出会いを重ねて、深く成長していく感じかな。なんてお洒落で深いラストなんだろう。
2:41 朝日が部屋に差していると思うけど見方によっては朝日ではなくこの一室だけ明かりが灯っている=万丈がいるようにしてる演出好き
長い戦いは終わった。余韻に耽る暇もなく、誰しも次の日からの別々の道が待っている。戦いの時期は一つの過去の記憶に段々と姿を変え小さくなっていく。そんな世界の時間の理をさりげなく、お洒落に教えてくれる名場面ですね。
ギャルソン時田がカウントから主題歌に入る演出が小粋でオシャレですね。
ギャリソンの姿に泣きそうになったところに「涙はない涙はない」とジャストタイミングなのが良い
そして次週より、令和の今までシリーズが続いているあの伝説のアニメが始まるのであった
次週というか、翌週。
このシーン強烈に覚えてた!なんてお洒落な最終回なんだろう…かっこいい
これぞレジェンド。正直、内容はほとんど覚えていないけど、このラストシーンだけは40年以上経った今も鮮明に覚えている。
同じく。当時の事はほぼ何も覚えていないが、この何の感傷もなく仲間と別れ、それぞれの道を歩みだす衝撃的なラストシーンは記憶に残っている。人生の詫び寂びを否応なく突き付けられたかのような衝撃に見終わってフリーズした。
「僕は、イヤだ....」は、心に残る名セリフ!
セリフの前が分からないから、何がイヤなのか分からなくて困ります><
メガノイドの最期自分も、あんな風に死ぬのは嫌なんだろうな!自分も〇ガ〇イ〇だから。
「ふんふんふん♪わんつーすりー」ここは秀逸だと思う。1番印象に残ったシーンだ
それにしてもお屋敷からバス停までずいぶん距離があるなあw
わんつーすりー、のセリフって、実は屋敷に残っていた万丈への、何かのサインだったと考えています。
戦い終わって、皆自分の道へ進む。全ての因縁に終止符を打った万丈も今度は自分の道を進んでいくんだろうなぁ
このラストはアニメ史に残る名シーンだ。
ザンボットもダイターンも子供向けロボットアニメのはずなのに勧善懲悪じゃないんですよね。特にザンボットは子供の頃に物凄い衝撃を受けた。
ザンボットスリーはトラウマですね。
この単純な勧善懲悪に囚われない作風は、次回作ガンダムで頂点となる訳ですね。
ホームページで検索して調べた結果、トラウマといわれた、ザンボット3の最終回では、主人公と主人公の母親は最後まで、生き残って物語を完結しました。
@@野口竜一-b7t 主人公の母親と友人など女性子供は最終決戦前に眠らされて地球へと送還されました。しかし千代錦は動物的な察知力で眠らされるのを嫌がったのかな…
私は、犬のことは、わかりません
万丈役の鈴置洋孝さん、レイカの井上瑤さん、ギャリソンの北村弘一さん、トッポの白石冬美さん、ドン・ザウサーの山内雅人さん・・・皆お亡くなりになってしまった。
辛いよ
やめろ!・・・やめてよ・・・。
なんか違うカタチでの再会は辛い
それでも名優たちの声は作品の中でいつまでも生き続け、我々に夢を与え続けてくれる。
しかし、富野 御大はまだご存命という❤(2021年6月現在)
よい最終回の一部を、ありがたく見させてもらいました。万丈よ永遠に。。。
涙はない、明日に、微笑みあるだけ……こう生きたいね!
誰もいなくなり全部の部屋の明かりが消され無人となった屋敷に万丈が帰ってきたと、明確にしないで視聴者の想像に任せて終わる。良い終わり方ですね。
東京メトロポリタンテレビジョンTOKYO MX様に懐かしいアニメタイムを加えて流してもらいたかったのは最高ですので忘れませんよね。
スーパーロボットアニメの最終回がこのお洒落っぷり。
最期をギャリソンが締めて終わるこのラスト!そして何事にも動じないこの余裕!時には主人公に代わってダイターン3を操縦し、メガボーグをやっつけてしまうギャリソン時田こそ、史上最強の執事だと今でも信じています。ギャリソンに較べたら、ハヤテもセバスチャンもウォルターもまだまだお若い。(笑)
竜人セバスなら勝てると思うが・・・
デモンベインのウィンフィールドもイケるはず。
ビッグオーの、ノーマン
此処に上がってる執事で執事茶会でも開けそう…好みの向きにはたまらない眺めだろうなぁ…
ネタ枠。無限航路のトゥキタ=ガリクソン。
ダイターン3を観ていたのは小学校6年生のだったけど、懐かしいよ🙆。アニメを観て初めて感動したのが、最終回のこのラストシーンだったね。
祭の終わる寂しさをよく表現してるよね似た終わり方をしたのがゴーショーグン
ゴーショーグンはキャラ達も終わるのが嫌だったみたいだけどね。小説でもOVAでも散々あがいてたし。基本仲良かったからね、あの6人は本当にw
6人、という所がミソだなwちなみに、主人公より悪の幹部達の方が出世するという珍しい終わり方だったwwww
そう、6人(笑)。後の小説を読むとそれが実感出来る。
ウィキペディアで検索して調べた結果、ダイターン3もゴーショーグンも主人公が、同じ声優の鈴置洋孝さんというのが共通していた
@@野口竜一-b7t様。日向小次郎、天津飯。
やばい・・・なんちゅうカッコいい最終回だよ・・・ラストにOPを持ってくることが、ハッピーエンドを物語っているんじゃないかな。
終わったんじゃない、始まったんだよね。
僕はいやだからのギャリソンが立ち去った後につく灯り。
子供のころ不思議なラストだな、、、と、思いましたが、大人になって色々と想像の余地のあるラストなんだなって分かるようになりました万丈あっての仲間たち、再び万丈が現れれば、きっとすぐさま駆けつけてくれるはず
なるほど、もっと悲惨なラストを辿る富野作品からするとただ終わると言う最終回は希少な方ではないだろうかその次に発表されたのがガンダム、「正義や悪という概念はない、敵と味方の概念はあるがそれは絶対ではない」とか小難しいテーマをぶっ込んで来ただけにダイターン3の最終回はみんな離れ離れにはなるが生きているというので前作のザンボット3の主人公神勝平以外全員死亡で、身も心も傷ついてミチや香月に迎えられるがやるせない終わり方よりも救いはある。
ホームページで検索して調べた結果、ザンボット3の最終回のラストシーンでは、最後まで生き残った勝平、勝平の母親、香月、ミチの4人はその後はどうなったか気になります。
最後に門にロックをかけるあのシーンが一番印象に残ってます。
ラストで皆が破嵐邸を去るシーンは、「ダイターン3」というアニメを観終えた視聴者達がそれぞれの生活世界に戻っていく様を表現している気がする。それでも時折思い出して口ずさむのさ…ワンツースリー、ダイターン3ー♪富野監督「僕はまだこの(アニメ)世界に残るけどね。」みたいな
素晴らしい考察、冨野監督らしい表現ですね、思わず、おお!ってなりました😀
@@G3tanighutidai ありがとうございます、ご理解くださりとても嬉しいです☆
@@G3tanighutidai❌ 冨️⭕️ 富
@@meromaro7464 !?( ゚д゚)失礼致しましたm(_ _)m
70年代、80年代初期のアニメは、アメリカのニューシネマにも影響受けてたと思う。スタッフの皆さんは、自分たちのできる範囲で、映画のようなシーンを再現したかったんだと思う。それが比較的容易に可能(予算、キャスト等)だったのがアニメだったんだと思う。
…これと対称的に灯りが消えるのがターンA
対照的
私の解釈は、万丈はずっと屋敷にいたけど、皆んなが出て行くまで眠っていた。自分自身が、(おそらく)メガノイドであったことを明かして、みんなと住む世界が違うからこそ(レイカの去るセリフで)誰にも会わず、一人屋敷に残ったと解釈しています。メガノイドを人一倍憎んでいたのも、自分も人間じゃない存在だからこそ、そして彼らと共に、人間として生きられないからこそ別れ、(「僕は嫌だ」のセリフもメガノイドとして生き続けること?)一人屋敷に残り、皆んなが去ったからこそ、自分の部屋で灯りをつけて、これから新しい道を生きると解釈しています。
ザンボットもダイターンもスパロボみたいにもし両者が同じ世界にいたらこんな最後にならなかったんだろうなと染々思う
本放送の時は万丈が帰ってくることを考えて明かりを一つ残したと考えたが今見ると万丈は別の道を選んだため、このような終わり方になったと思います。
最後、灯りの点いた窓に万丈のシルエットが見えるエンディングだと記憶していたが…それは子供の頃の私の願望だったのかもしれません。
そりゃマンガ版の終わりすね。シルエットを見て、ギャリソンが涙を流して終了。
スポンサーを儲けさせる気がない、トミノイズム。修羅の生きざま。
万丈は生きていて又、皆帰って来てまたまた、新しい物語が始まると自分的には受け止めました。。。
地球を救ったのかもしれないが、実は最大の破壊者であったのかもしれないそんな万丈の最後セリフが「僕は…いやだ」祭りが終わってそっけないくらいにあっさりとした別れこのチームはまた何事か起きれば当たり前のように集まるという暗示あのギャリソンがあの格好でどこへ帰るのかバスを待つ富野さんらしい素敵な畳み方
大喜びするとばかり思っていたら、苦悩の表情で「イヤだ」、軽やかで明るいあの万丈が。リアルタイムで視聴した当時の小学生低学年には理解不能、そのために40年以上経過しても心に刻まれています。
0:35からのBGM、まさに渡辺岳夫メロディーの真髄😊
子供の頃はこのエンディングに全然納得出来なかったし理解も出来ず、ただ終わるのが悲しくて泣いてた。今、こうして見てみると、館にただ一つ灯りが灯っていて主たる万丈がいるのかいないのか、いるのだとすればその胸中はいかなものだったのか色々と思い巡らせ感慨深い限りです
時にはコメディ時には涙有りの名作特にスターの中のスターは今したら確実に訴えられそう(笑)スタッフもダイターン3だから出来たエピソードと語る位ダイターンファンって言う扇子持って戦う姿やダイターンががに股で戦う姿も格好良い♪ラストのドウザウサーと戦う場面もシリアスかつ熱いから好きです。
万丈は、やはりメガノイドだったのか・・・
😅この終わり方、引っかかるとか色々と言われていますが、自分は今まで視てきたアニメの最終回の中でも最高の部類に入ると思います😭いつまでも仲間とは一緒にいたいけれど、人は、若者は、別れを繰り返して成長していかなければなりません。登場人物たちはそのことを分かっていて、みんな爽やかにあっさりと自分の道に進んでいくのです。50代のギャリソンでさえも😊楽しかった闘いの日々を(日輪の輝きを)胸に秘めて最後に屋敷に点いた一つの灯りは、迷い残された万丈と視ている我々の未来を問うていたんだと思います。まだ終わっていないぞ、さあ、お前はどうするんだ?と未来に向かった本当に素晴らしい終わり方でした😭🎵「涙は~ない」のメロディが聞こえてきますが、ダメだ、顔が濡れて乾かないわ😭
富野御大の小洒落たセンスのよさが感じられるエンディング。チャンドラーが脚本を書いていたころのハリウッド映画とかもこんな感じの終わり方があったのかなあ、などと思ったりもします。
主要キャラに涙は無い、代わりに空が泣いているが
ホームページで検索して結果、ダイターン3の主題歌を歌っている人は、マクロスの主題歌を歌っている人とは知らなかった。
トッポ役の白石冬美さんも亡くなりました。ED の歌とアニメも好きでした
2:23 「宇宙の果てに消えるとも」の歌詞、破嵐万丈の行く末を暗示してたんだな。
明るいけど「どこか暗い」って作風は良いですね。↓の方が仰る余韻がナイス。
ギャリソン・時田 さん だっけ、当時観てた、良い最終回だった。夕日の良く似合う最終回だった、被せるOPの歌が最高。次週からは何かなーと期待していたら、ファースト・ガンダムでいきなりザクのドアップから観たな~、人間サイズかと思ったよ。
確か変形中に攻撃されて操縦ブロックが脱線して万丈達が降りて「せ~の!」って戻していたっけなぁ。ギャリソンの操縦する回の名のりは「日輪の力を拝借して~」って古風な言い回しになったり遊びが楽しかった作品で大好きでした。
ザンボット・ガンダムとともに富野ロボット物の最終回には味があった
私にとってザンボットは衝撃でしたね。
苦味一杯だよ
何で主人公らは地球の為に戦っているのに迫害されるの?と思っていたら、最終回の敵コンピューターの答えに衝撃!!涙が止まらなかった。
ザンボット3の最終回はホームページで検索して調べた結果、物語の最後まで、主人公と主人公の母親は最後まで生き残ったけど、その後どうなったのかな?。
@@野口竜一-b7t 最期は神ファミリーは崩壊したけど、香月達地球人に迎えられたし幸せに暮らしたと思いますよ
コロスが大好きです。強制的に人類をメガノイドにしようとしたのですが、争いを無くして宇宙に進出するためでした。彼らなりの正義でした。それにしても、万丈らは戦っている間だけの関係で、戦いがなければ一緒にいることはないなんて悲しいですね。明るいOP曲に反して、暗い終わり方ですね。
アニメ史上唯一人の、死ぬ間際?に愛人の名を叫んだ女ボスですね。
当時、小2で、全く分かりませんでしたが、物悲しさは感じました
懐かしいアニメです❣️子供の頃毎週土曜日の夕方のお楽しみでした。生意気なトッポとビューティーとレイカと万丈の三角関係笑えました。みんなあっさりと屋敷から出て行ったのはいつかまた万丈に会える時がくるのを信じてると思います。誰もいなくなった屋敷に明かりが着いた時は万丈は戻ってきたと思いました。最終回は視聴者の想像に任せるようなラストでしたね!
この時の声優、もうほとんど故人なんだな。
子供の頃ダイターン3は主人公がモテモテでキザなイメージが強くて透きになれず殆ど見なかったんだよね、でも大人になって見ると、何か粋というかおしゃれなんだよね、凄い作品ですよ、
「僕は・・・嫌だ・・・」>この台詞だけが強く印象つけられるので、「後味が悪い」という方が多数居られるのは、わかります。その価値観も、まさにその通りです。ただ>私の場合は、ギャリソンが館に錠前を掛けるシーンから、館を見ながらバス停でリズムを取り鼻歌を歌うシーンがずーっと印象に残ってます。・・・ギャリソン、万丈が館に帰ってくることを知ってたんでしょうね・・・そして、誰も居なくなったはずの館に、夜明けと共に一筋の明かりが灯る・・・・・・いい最終回だと思います。
ギャリソン、ダイターンの操縦まで出来るスーパー執事ですよね。飄々としていて未だに好きなキャラの一人ですね。
おそらくギャリソンは知ってるんでしょうね。万丈が戻ってくること、一人になりたいこと。そしてそれから立ち上がることを。で、また万丈が動き出して自分が必要になったときには馳せ参じるんでしょうね。
富野展でバスを待つギャリソンのセル画を見た時は鳥肌が立ちました。
不協和音
ギャリソンは部屋の灯りを消し忘れたようだ。
俺が「感動」ってのを覚えたのがこの作品、この最終回だったよ
最終回がものすごく良かった印象だけが残っています。で、次の番組はどんだけすげーのが始まるんだと思って見てたんですよ、そしたらいきなりモノアイがwミリタリーグリーンのロボットでwwwこれがのちの世に言うガンダム一話ですた。
いいラストですね
果たして万丈は帰って来たのか❔そうだとしたら誰もいなくなった屋敷で只1人何を思うのだろうか❔母か兄か、それとも自分の人生を波乱に満ちたものにした父親の事か❔
結局万丈の「ぼ、僕は…嫌だ!」ってどういう意味だったのか…
憎しみに駆られてメガノイドをぶち殺し続けていた自分もまたメガノイドと同類なのでは?という自己嫌悪という説があります
個人的な考察としては、メガノイドを倒した事により、自身がメガノイド以上の人間になったわけで。しかしじゃあこれからもレイカやビューティーといった普通の人間と普通に暮らしていけるか?となったら恐らくならない。人間からつまはじきにされ、自身が憎んだメガノイドと同じ奇異な目で見られる事に気付いたからこそ「厭だ」ったんじゃないのかな?と。
はらんばんじょう。名前通りの人生。
実際は漢字をあえて変えてあるんですよね。波乱万丈と書いちゃう人多いんだけどw(破嵐万丈が正解w)
もっとこのアニメは評価されなきゃアカンと思うわけで。。。生で見ていた私は子供過ぎて、万丈が生きていてくれているのか、死んでしまったのか、わからずじまいで悶々と数日を過ごし、そして、「ガンダムが立」ったのでした。イデオンといい、ザンボットといい、ダイダーンといい、(古き)良き時代だったと、銀英伝の何度目かのアニメを見ながら思う自分は、年を食っていないと思う。生きる意味を深く考えた物語だったです。
ドンとコロスは、万丈の両親だったんだろうな・・・
ダイターンは万丈の兄貴だった「かもしれない」という衝撃の示唆に震えた
ギャリソンには分ってたんだね!彼が帰って来るって。
主人公の声はブライトの声優さんでレイカの声はセイラの声優さんでトッポの声はミライ及びレツの声優さんですね。
僕は嫌だ。つらい言葉ですね!
この物語のフワリとした着地の仕方がターンエーに通じますね
監督は明かりが付いた窓に対し向こうの背景が透けてるだけと言い直してるけど、富野アニメはめぐりあい宇宙の最後のシャアの影やリィナやザッキなど完璧に死んだ扱いの人をちょくちょく生き返らせてるので波嵐万丈も普通に生存させて続編を匂わせていたが、無かった事にして眠らせたままにしたいような意図を感じる。
いや、本当に透けてるだけだと思う。開けっぱなしの窓から朝日が透けてるだけ。しかし、そこにこそ意味があると思ってる。
しかし全て滅んだと思われたメガノイドには実は最後の生き残りがいて後々とある英雄の人生に逃れられぬ悲劇を与えるのだった…
コマンダー・ホクシンのことかww
1:14 翌朝の万丈「ちょ…おい!腹減ったからコンビニ買い出し行こうとオモタラ外から鍵かかってる!」マッハアタッカー用ひみつ通路しかねーな
ラストは、万丈の邸を後にして、次の目的を目指して、旅立っていった!。ラストはハッピーエンド!。
今のアニメには無い「余韻」。
初見だけど、お洒落なラストでホント当時のアニメの粋を感じますね
ギャリソンって「キング・オブ・執事」だよな。
前作が前作だっただけに、全般的に明るい作風で好きでしたね
ギャリソン いいね😊😊
もっと評価されても良いアニメ!😅
この後がガンガム!!(´;ω;`)
幼少ながらリアルタイムで見れたのは本当に自分のなかでは、自慢です!!まさか次回作のガンダムが、ガンプラブームを含めあのように語りづがれるモンスターアニメになるとは…・・・(;´Д`)
少なくともスパロボスタッフからは評価されまくってる
これだけ見ると何のことかわからないけど、静かな終わり方ですな
実は当時、この最終回を見て本作の続編(無敵シリーズ第3弾で、ゲストに万丈が出るとかでは無く、あくまでもダイターン3の正規の続編。)を想像した事が有りました。ドン・サウザーが実は生きてたとか、ドンに代わり万丈の兄がメガノイドになって万丈と戦う等色々想像してましたねー。所がご存知の様に次作は「あの」機動戦士ガンダム・・・しかしもし、ガンダムがマジで大コケしたら、或いは上で書いた様な、ダイターン3・part2が作られてたかも知れませんね!
みんなこの終わりに納得されてるんですねぇ。自分は初めてみた時これで終わり?ってなってしまった。
すごい余韻だなぁ。今の作品にはないよね〜
多目でも24話前後、原作がある作品なら、エピソード削りまくっても厳しい。ましてや、オリジナルなら2クール作品なんてほぼ無理。余程最初から計算して作らないとだけどその分途中が詰め込み過ぎになるかも?
この最終回の翌週に後に40年近く続くガンダムシリーズ1作目の「機動戦士ガンダム」がスタートするのか。そう、この時“赤い彗星”とか“木馬”とか“スペースコロニー”とか“モビルスーツ”とかの言葉がまだ誕生してなかったんだよな。
そして更には、アナザーガンダム(SEED及びOOに鉄血等の)出来て。これもまた、富野由悠季監督本人ではないけど。いずれにせよガンダムシリーズの人気に衰える事は無いでしょう。
ダイターンの最終回が放映されている頃にはガンダムの1話は出来ているはずですが、その時の富野さんはまさかガンダムがずっとシリーズ化されているとは夢にも思うまい
ガンダムスタートする迄、ゴレンジャーの赤レンジャーバカにしてた。赤は、女の色だ~って‼️赤い彗星の出現で、赤カッコイイになった‼️(#゚Д゚)y-~~(笑)
ガンダムよりはZガンダムが好きちなみにZガンダムではシャアは序盤は赤いリックディアスを操縦していた、シャアのパートナーの2人は藍色のリックディアス
戦隊シリーズは、赤と青と緑と黒は男性のイメージ強いけど、黄色は何故か縁起が悪いと言われている、ゴレンジャーのキレンジャーは死ぬし、バイオマンもイエローは死ぬし、なんかよく考えると黄色は縁起が悪い色と言われているでもピンクと白は戦隊シリーズの女性のイメージ強いな但し銀と金と紫は戦隊シリーズの6人目のメンバーとしてイメージが強い殆ど男性
これも伝説だよな・・・主人公の最後のセリフが「僕は嫌だ!」映像上最後の出演が老執事・・・ギャリソン時田。「かかってまいられい!」のじいさん。おい!電気消し忘れてるぞ!それにしても火星はどこへ行ってしまったのだろうか・・・
最後灯りが付いていたとか残したとか言われてたけど灯りのように見えるのは単にカーテン閉め忘れて夜明けの光が窓から漏れてるだけのように見える…正確には最後に一つだけカーテンを閉めなかった部屋からわずかに溢れでる朝日にこそ御大が伝えたいメッセージがあるんだろうね。
ダイターン3のDVD以前TSUTAYAにありましたけど、いつの間にか消えてました(涙)
いいね~ギャリソン!
いい終わり方。センスあるよね。
渡辺岳夫先生の作曲されたBGMの旋律が哀愁を醸しだしてくれてますよね。寂しさがあるんだけど、ジメジメしてない演出ですね。
戦いの結果はどうなったのでしょうか?
たまよ県 メガノイドのボスであるドンザウラー(主人公の親父)を倒して終わりです。尚最後まで何故万丈が火星からダイターン3の試作型と金塊を持って逃げないと行けなかったのか?妻と兄はどうなったのか?ラストにて部屋の明かりがついた意味は?等の真相、伏線は未回収。
謎の多い終わり方だったんですね。しかし、昔も今もそうですが、終わりがはっきりしない作品が多いですね。まともだったのは、私が知りえる限りですが「機動戦士ガンダム」「未来警察ウラシマン」あとは最近の「鋼の錬金術師」今思い浮かんだものでこれくらいですかね。
ダイターン3のラストは急にしんみりするからね前まではビューティー、トッポ、レイカ等がワイワイ騒いでいたのが急にしんみりしちゃうからぐっと来る。
ダイターンの要素を振り分けたらグラヴィオンになったりガン×ソードになったり傑作だってはっきりわかるんだね
OP、思わず一緒に歌ってしまった!!!(苦笑)ザンボット3、ダイターン3…燃えたねぇ(´`)
この終わり方と似てる(同じ意味な)のが「ナースエンジェルりりかSOS」の最終回なのです
来週からはガンダムですね!
主人公ひきこもりEND。でもギャルソン時田は悲観してはいない。波嵐万丈の復活を信じてエールを口ずさむ。淡泊な3人の態度もむしろ思いやりなのだろう。そして明かりをつける気力もないほどふさぎこんでいた部屋に灯がともる。ーこれは万丈がすこし前向きに人生をとらえ始めた兆候、てところか?
どうして灯りがついているんだろうとずっと謎でした。そうか、戦いで万丈が心を病んでしまって部屋にこもってしまった(あの灯りの部屋に万丈がいる)。戦いに区切りがついたので皆を遠ざけたが万丈を気遣って皆が未練がましくならなかったと解釈できます。ギャルソン時田が去るときにさりげなく雨が降っていたのが私には印象的でした
数年後に小説版の破嵐万丈シリーズを富野由悠季さんが書いてるんだけどどっかで手に入らないもんかな
最後執事さんがやしきたかじんから去っていくのが印象的
何十年経っても色褪せない良い曲…
珠玉のラストシーンと最高のペアリングですね。
ギャリソンさんくらいの歳になって、こういう渋いおっさんになりたかったと思う。
最後みんながさっぱりしてるのが良い
「涙は無い 明日に微笑みあるだけ」か
この後番組がガンダムというのなんだか感慨深い。
帰る場所はあるけど誰も居ない万丈
帰る場所があって皆がいるアムロ
そして映画版ガンダムにジオン側として参戦してるダイターン3
昔、皆が一緒に暮らせば良いのにと寂しく思ったけれど。馴れ合いを避けて個々に旅立ち孤独を越えて、新しい生活と出会いを重ねて、深く成長していく感じかな。
なんてお洒落で深いラストなんだろう。
2:41 朝日が部屋に差していると思うけど見方によっては朝日ではなくこの一室だけ明かりが灯っている=万丈がいるようにしてる演出好き
長い戦いは終わった。余韻に耽る暇もなく、誰しも次の日からの別々の道が待っている。戦いの時期は一つの過去の記憶に段々と姿を変え小さくなっていく。そんな世界の時間の理をさりげなく、お洒落に教えてくれる名場面ですね。
ギャルソン時田がカウントから主題歌に入る演出が小粋でオシャレですね。
ギャリソンの姿に泣きそうになったところに「涙はない涙はない」とジャストタイミングなのが良い
そして次週より、令和の今までシリーズが続いているあの伝説のアニメが始まるのであった
次週というか、翌週。
このシーン強烈に覚えてた!なんてお洒落な最終回なんだろう…かっこいい
これぞレジェンド。
正直、内容はほとんど覚えていないけど、このラストシーンだけは40年以上経った今も鮮明に覚えている。
同じく。当時の事はほぼ何も覚えていないが、この何の感傷もなく仲間と別れ、それぞれの道を歩みだす衝撃的なラストシーンは記憶に残っている。人生の詫び寂びを否応なく突き付けられたかのような衝撃に見終わってフリーズした。
「僕は、イヤだ....」は、心に残る名セリフ!
セリフの前が分からないから、何がイヤなのか分からなくて困ります><
メガノイドの最期
自分も、あんな風に死ぬのは嫌なんだろうな!
自分も〇ガ〇イ〇だから。
「ふんふんふん♪わんつーすりー」ここは秀逸だと思う。1番印象に残ったシーンだ
それにしてもお屋敷からバス停までずいぶん距離があるなあw
わんつーすりー、のセリフって、実は屋敷に残っていた万丈への、何かのサインだったと考えています。
戦い終わって、皆自分の道へ進む。全ての因縁に終止符を打った万丈も今度は自分の道を進んでいくんだろうなぁ
このラストはアニメ史に残る名シーンだ。
ザンボットもダイターンも子供向けロボットアニメのはずなのに勧善懲悪じゃないんですよね。特にザンボットは子供の頃に物凄い衝撃を受けた。
ザンボットスリーはトラウマですね。
この単純な勧善懲悪に囚われない作風は、次回作ガンダムで頂点となる訳ですね。
ホームページで検索して調べた結果、トラウマといわれた、ザンボット3の最終回では、主人公と主人公の母親は最後まで、生き残って物語を完結しました。
@@野口竜一-b7t
主人公の母親と友人など女性子供は最終決戦前に眠らされて地球へと送還されました。
しかし千代錦は動物的な察知力で眠らされるのを嫌がったのかな…
私は、犬のことは、わかりません
万丈役の鈴置洋孝さん、レイカの井上瑤さん、ギャリソンの北村弘一さん、トッポの白石冬美さん、ドン・ザウサーの山内雅人さん・・・皆お亡くなりになってしまった。
辛いよ
やめろ!・・・やめてよ・・・。
なんか違うカタチでの再会は辛い
それでも名優たちの声は作品の中でいつまでも生き続け、我々に夢を与え続けてくれる。
しかし、富野 御大はまだご存命という❤(2021年6月現在)
よい最終回の一部を、ありがたく見させてもらいました。万丈よ永遠に。。。
涙はない、明日に、微笑みあるだけ……こう生きたいね!
誰もいなくなり全部の部屋の明かりが消され無人となった屋敷に万丈が帰ってきたと、明確にしないで視聴者の想像に任せて終わる。良い終わり方ですね。
東京メトロポリタンテレビジョンTOKYO MX様に懐かしいアニメタイムを加えて流してもらいたかったのは最高ですので忘れませんよね。
スーパーロボットアニメの最終回がこのお洒落っぷり。
最期をギャリソンが締めて終わるこのラスト!
そして何事にも動じないこの余裕!
時には主人公に代わってダイターン3を操縦し、メガボーグをやっつけてしまうギャリソン時田こそ、史上最強の執事だと今でも信じています。
ギャリソンに較べたら、ハヤテもセバスチャンもウォルターもまだまだお若い。(笑)
竜人セバスなら勝てると思うが・・・
デモンベインのウィンフィールドもイケるはず。
ビッグオーの、ノーマン
此処に上がってる執事で執事茶会でも開けそう…好みの向きにはたまらない眺めだろうなぁ…
ネタ枠。無限航路のトゥキタ=ガリクソン。
ダイターン3を観ていたのは小学校6年生のだったけど、懐かしいよ🙆。
アニメを観て初めて感動したのが、最終回のこのラストシーンだったね。
祭の終わる寂しさをよく表現してるよね
似た終わり方をしたのがゴーショーグン
ゴーショーグンはキャラ達も終わるのが嫌だったみたいだけどね。小説でもOVAでも散々あがいてたし。基本仲良かったからね、あの6人は本当にw
6人、という所がミソだなw
ちなみに、主人公より悪の幹部達の方が出世するという珍しい終わり方だったwwww
そう、6人(笑)。
後の小説を読むとそれが実感出来る。
ウィキペディアで検索して調べた結果、ダイターン3もゴーショーグンも主人公が、同じ声優の鈴置洋孝さんというのが共通していた
@@野口竜一-b7t様。
日向小次郎、天津飯。
やばい・・・なんちゅうカッコいい最終回だよ・・・ラストにOPを持ってくることが、ハッピーエンドを物語っているんじゃないかな。
終わったんじゃない、始まったんだよね。
僕はいやだ
からの
ギャリソンが立ち去った後につく灯り。
子供のころ不思議なラストだな、、、と、
思いましたが、大人になって色々と想像の
余地のあるラストなんだなって分かるように
なりました
万丈あっての仲間たち、再び万丈が現れれば、
きっとすぐさま駆けつけてくれるはず
なるほど、もっと悲惨なラストを辿る富野作品からするとただ終わると言う最終回は希少な方ではないだろうか
その次に発表されたのがガンダム、「正義や悪という概念はない、敵と味方の概念はあるがそれは絶対ではない」とか小難しいテーマをぶっ込んで来ただけにダイターン3の最終回はみんな離れ離れにはなるが生きているというので前作のザンボット3の主人公神勝平以外全員死亡で、身も心も傷ついてミチや香月に迎えられるがやるせない終わり方よりも救いはある。
ホームページで検索して調べた結果、ザンボット3の最終回のラストシーンでは、最後まで生き残った勝平、勝平の母親、香月、ミチの4人はその後はどうなったか気になります。
最後に門にロックをかけるあのシーンが一番印象に残ってます。
ラストで皆が破嵐邸を去るシーンは、「ダイターン3」というアニメを観終えた視聴者達がそれぞれの生活世界に戻っていく様を表現している気がする。それでも時折思い出して口ずさむのさ…ワンツースリー、ダイターン3ー♪富野監督「僕はまだこの(アニメ)世界に残るけどね。」みたいな
素晴らしい考察、冨野監督らしい表現ですね、思わず、おお!ってなりました😀
@@G3tanighutidai ありがとうございます、ご理解くださりとても嬉しいです☆
@@G3tanighutidai
❌ 冨
️⭕️ 富
@@meromaro7464
!?( ゚д゚)
失礼致しましたm(_ _)m
70年代、80年代初期のアニメは、アメリカのニューシネマにも影響受けてたと思う。スタッフの皆さんは、自分たちのできる範囲で、映画のようなシーンを再現したかったんだと思う。それが比較的容易に可能(予算、キャスト等)だったのがアニメだったんだと思う。
…これと対称的に灯りが消えるのがターンA
対照的
私の解釈は、万丈はずっと屋敷にいたけど、皆んなが出て行くまで眠っていた。
自分自身が、(おそらく)メガノイドであったことを明かして、みんなと住む世界が違うからこそ(レイカの去るセリフで)誰にも会わず、一人屋敷に残ったと解釈しています。
メガノイドを人一倍憎んでいたのも、自分も人間じゃない存在だからこそ、そして彼らと共に、人間として生きられないからこそ別れ、(「僕は嫌だ」のセリフもメガノイドとして生き続けること?)一人屋敷に残り、皆んなが去ったからこそ、自分の部屋で灯りをつけて、これから新しい道を生きると解釈しています。
ザンボットもダイターンもスパロボみたいにもし両者が同じ世界にいたら
こんな最後にならなかったんだろうなと染々思う
本放送の時は万丈が帰ってくることを考えて明かりを一つ残したと考えたが
今見ると万丈は別の道を選んだため、このような終わり方になったと思います。
最後、灯りの点いた窓に万丈のシルエットが見えるエンディングだと記憶していたが…
それは子供の頃の私の願望だったのかもしれません。
そりゃマンガ版の終わりすね。シルエットを見て、ギャリソンが涙を流して終了。
スポンサーを儲けさせる気がない、トミノイズム。
修羅の生きざま。
万丈は生きていて又、皆帰って来てまたまた、
新しい物語が始まると
自分的には受け止めました。。。
地球を救ったのかもしれないが、実は最大の破壊者であったのかもしれない
そんな万丈の最後セリフが「僕は…いやだ」
祭りが終わってそっけないくらいにあっさりとした別れ
このチームはまた何事か起きれば当たり前のように集まるという暗示
あのギャリソンがあの格好でどこへ帰るのかバスを待つ
富野さんらしい素敵な畳み方
大喜びするとばかり思っていたら、苦悩の表情で「イヤだ」、軽やかで明るいあの万丈が。リアルタイムで視聴した当時の小学生低学年には理解不能、そのために40年以上経過しても心に刻まれています。
0:35からのBGM、まさに渡辺岳夫メロディーの真髄😊
子供の頃はこのエンディングに全然納得出来なかったし
理解も出来ず、ただ終わるのが悲しくて泣いてた。
今、こうして見てみると、館にただ一つ灯りが灯っていて
主たる万丈がいるのかいないのか、いるのだとすれば
その胸中はいかなものだったのか
色々と思い巡らせ感慨深い限りです
時にはコメディ時には涙有りの名作特にスターの中のスターは今したら確実に訴えられそう(笑)スタッフもダイターン3だから出来たエピソードと語る位ダイターンファンって言う扇子持って戦う姿やダイターンががに股で戦う姿も格好良い♪ラストのドウザウサーと戦う場面もシリアスかつ熱いから好きです。
万丈は、やはりメガノイドだったのか・・・
😅この終わり方、引っかかるとか色々と言われていますが、自分は今まで視てきたアニメの最終回の中でも最高の部類に入ると思います
😭いつまでも仲間とは一緒にいたいけれど、人は、若者は、別れを繰り返して成長していかなければなりません。登場人物たちはそのことを分かっていて、みんな爽やかにあっさりと自分の道に進んでいくのです。50代のギャリソンでさえも😊楽しかった闘いの日々を(日輪の輝きを)胸に秘めて
最後に屋敷に点いた一つの灯りは、迷い残された万丈と視ている我々の未来を問うていたんだと思います。まだ終わっていないぞ、さあ、お前はどうするんだ?と
未来に向かった本当に素晴らしい終わり方でした😭🎵「涙は~ない」のメロディが聞こえてきますが、ダメだ、顔が濡れて乾かないわ😭
富野御大の小洒落たセンスのよさが感じられるエンディング。チャンドラーが脚本を書いていたころのハリウッド映画とかもこんな感じの終わり方があったのかなあ、などと思ったりもします。
主要キャラに涙は無い、代わりに空が泣いているが
ホームページで検索して結果、ダイターン3の主題歌を歌っている人は、マクロスの主題歌を歌っている人とは知らなかった。
トッポ役の白石冬美さんも亡くなりました。ED の歌とアニメも好きでした
2:23 「宇宙の果てに消えるとも」の歌詞、破嵐万丈の行く末を暗示してたんだな。
明るいけど「どこか暗い」って作風は良いですね。↓の方が仰る余韻がナイス。
ギャリソン・時田 さん だっけ、当時観てた、良い最終回だった。夕日の良く似合う最終回だった、被せるOPの歌が最高。
次週からは何かなーと期待していたら、ファースト・ガンダムでいきなりザクのドアップから観たな~、人間サイズかと思ったよ。
確か変形中に攻撃されて操縦ブロックが脱線して万丈達が降りて「せ~の!」って戻していたっけなぁ。
ギャリソンの操縦する回の名のりは「日輪の力を拝借して~」って
古風な言い回しになったり遊びが楽しかった作品で大好きでした。
ザンボット・ガンダムとともに富野ロボット物の最終回には味があった
私にとってザンボットは衝撃でしたね。
苦味一杯だよ
何で主人公らは地球の為に戦っているのに迫害されるの?と思っていたら、最終回の敵コンピューターの答えに衝撃!!涙が止まらなかった。
ザンボット3の最終回はホームページで検索して調べた結果、物語の最後まで、主人公と主人公の母親は最後まで生き残ったけど、その後どうなったのかな?。
@@野口竜一-b7t
最期は神ファミリーは崩壊したけど、香月達地球人に迎えられたし幸せに暮らしたと思いますよ
コロスが大好きです。強制的に人類をメガノイドにしようとしたのですが、争いを無くして宇宙に進出するためでした。彼らなりの正義でした。それにしても、万丈らは戦っている間だけの関係で、戦いがなければ一緒にいることはないなんて悲しいですね。明るいOP曲に反して、暗い終わり方ですね。
アニメ史上唯一人の、死ぬ間際?に
愛人の名を叫んだ女ボスですね。
当時、小2で、全く分かりませんでしたが、物悲しさは感じました
懐かしいアニメです❣️子供の頃毎週土曜日の夕方のお楽しみでした。生意気なトッポとビューティーとレイカと万丈の三角関係笑えました。みんなあっさりと屋敷から出て行ったのはいつかまた万丈に会える時がくるのを信じてると思います。誰もいなくなった屋敷に明かりが着いた時は万丈は戻ってきたと思いました。最終回は視聴者の想像に任せるようなラストでしたね!
この時の声優、もうほとんど故人なんだな。
子供の頃ダイターン3は主人公がモテモテでキザなイメージが強くて透きになれず殆ど見なかったんだよね、でも大人になって見ると、何か粋というかおしゃれなんだよね、凄い作品ですよ、
「僕は・・・嫌だ・・・」>この台詞だけが強く印象つけられるので、
「後味が悪い」
という方が多数居られるのは、わかります。
その価値観も、まさにその通りです。
ただ>私の場合は、ギャリソンが館に錠前を掛けるシーンから、館を見ながらバス停でリズムを取り鼻歌を歌うシーン
がずーっと印象に残ってます。
・・・ギャリソン、万丈が館に帰ってくることを知ってたんでしょうね・・・
そして、誰も居なくなったはずの館に、夜明けと共に一筋の明かりが灯る・・・
・・・いい最終回だと思います。
ギャリソン、ダイターンの操縦まで出来るスーパー執事ですよね。
飄々としていて未だに好きなキャラの一人ですね。
おそらくギャリソンは知ってるんでしょうね。万丈が戻ってくること、一人になりたいこと。そしてそれから立ち上がることを。で、また万丈が動き出して自分が必要になったときには馳せ参じるんでしょうね。
富野展でバスを待つギャリソンのセル画を見た時は鳥肌が立ちました。
不協和音
ギャリソンは部屋の灯りを消し忘れたようだ。
俺が「感動」ってのを覚えたのがこの作品、この最終回だったよ
最終回がものすごく良かった印象だけが残っています。で、次の番組はどんだけすげーのが始まるんだと思って見てたんですよ、そしたらいきなりモノアイがwミリタリーグリーンのロボットでwwwこれがのちの世に言うガンダム一話ですた。
いいラストですね
果たして万丈は帰って来たのか❔そうだとしたら誰もいなくなった屋敷で只1人何を思うのだろうか❔母か兄か、それとも自分の人生を波乱に満ちたものにした父親の事か❔
結局万丈の「ぼ、僕は…嫌だ!」ってどういう意味だったのか…
憎しみに駆られてメガノイドをぶち殺し続けていた自分もまたメガノイドと同類なのでは?という自己嫌悪という説があります
個人的な考察としては、メガノイドを倒した事により、自身がメガノイド以上の人間になったわけで。
しかしじゃあこれからもレイカやビューティーといった普通の人間と普通に暮らしていけるか?となったら恐らくならない。人間からつまはじきにされ、自身が憎んだメガノイドと同じ奇異な目で見られる事に気付いたからこそ「厭だ」ったんじゃないのかな?と。
はらんばんじょう。
名前通りの人生。
実際は漢字をあえて変えてあるんですよね。波乱万丈と書いちゃう人多いんだけどw(破嵐万丈が正解w)
もっとこのアニメは評価されなきゃアカンと思うわけで。。。生で見ていた私は子供過ぎて、万丈が生きていてくれているのか、死んでしまったのか、わからずじまいで悶々と数日を過ごし、そして、「ガンダムが立」ったのでした。
イデオンといい、ザンボットといい、ダイダーンといい、(古き)良き時代だったと、銀英伝の何度目かのアニメを見ながら思う自分は、年を食っていないと思う。生きる意味を深く考えた物語だったです。
ドンとコロスは、万丈の両親だったんだろうな・・・
ダイターンは万丈の兄貴だった「かもしれない」という衝撃の示唆に震えた
ギャリソンには分ってたんだね!彼が帰って来るって。
主人公の声はブライトの声優さんでレイカの声はセイラの声優さんでトッポの声はミライ及びレツの声優さんですね。
僕は嫌だ。つらい言葉ですね!
この物語のフワリとした着地の仕方がターンエーに通じますね
監督は明かりが付いた窓に対し向こうの背景が透けてるだけと言い直してるけど、富野アニメはめぐりあい宇宙の最後のシャアの影やリィナやザッキなど完璧に死んだ扱いの人をちょくちょく生き返らせてるので波嵐万丈も普通に生存させて続編を匂わせていたが、無かった事にして眠らせたままにしたいような意図を感じる。
いや、本当に透けてるだけだと思う。
開けっぱなしの窓から朝日が透けてるだけ。
しかし、そこにこそ意味があると思ってる。
しかし全て滅んだと思われたメガノイドには実は最後の生き残りがいて後々とある英雄の人生に逃れられぬ悲劇を与えるのだった…
コマンダー・ホクシンのことかww
1:14 翌朝の万丈「ちょ…おい!腹減ったからコンビニ買い出し行こうとオモタラ外から鍵かかってる!」
マッハアタッカー用ひみつ通路しかねーな
ラストは、万丈の邸を後にして、次の目的を目指して、旅立っていった!。ラストはハッピーエンド!。
今のアニメには無い「余韻」。
初見だけど、お洒落なラストでホント当時のアニメの粋を感じますね
ギャリソンって「キング・オブ・執事」だよな。
前作が前作だっただけに、全般的に明るい作風で好きでしたね
ギャリソン いいね😊😊
もっと評価されても良いアニメ!😅
この後がガンガム!!(´;ω;`)
幼少ながらリアルタイムで見れたのは本当に自分のなかでは、自慢です!!まさか次回作のガンダムが、ガンプラブームを含めあのように語りづがれるモンスターアニメになるとは…・・・(;´Д`)
少なくともスパロボスタッフからは評価されまくってる
これだけ見ると何のことかわからないけど、静かな終わり方ですな
実は当時、この最終回を見て本作の続編(無敵シリーズ
第3弾で、ゲストに万丈が出るとかでは無く、あくまでも
ダイターン3の正規の続編。)を想像した事が有りました。
ドン・サウザーが実は生きてたとか、ドンに代わり
万丈の兄がメガノイドになって万丈と戦う等
色々想像してましたねー。
所がご存知の様に次作は「あの」機動戦士ガンダム・・・
しかしもし、ガンダムがマジで大コケしたら、或いは
上で書いた様な、ダイターン3・part2が
作られてたかも知れませんね!
みんなこの終わりに納得されてるんですねぇ。
自分は初めてみた時これで終わり?ってなってしまった。
すごい余韻だなぁ。今の作品にはないよね〜
多目でも24話前後、原作がある作品なら、エピソード削りまくっても厳しい。
ましてや、オリジナルなら2クール作品なんてほぼ無理。
余程最初から計算して作らないとだけどその分途中が詰め込み過ぎになるかも?
この最終回の翌週に後に40年近く続くガンダムシリーズ1作目の「機動戦士ガンダム」がスタートするのか。
そう、この時“赤い彗星”とか“木馬”とか“スペースコロニー”とか“モビルスーツ”とかの言葉がまだ誕生してなかったんだよな。
そして更には、アナザーガンダム(SEED及びOOに鉄血等の)出来て。これもまた、富野由悠季監督本人ではないけど。いずれにせよガンダムシリーズの人気に衰える事は無いでしょう。
ダイターンの最終回が放映されている頃にはガンダムの1話は出来ているはずですが、その時の富野さんはまさかガンダムがずっとシリーズ化されているとは夢にも思うまい
ガンダムスタートする迄、ゴレンジャーの赤レンジャーバカにしてた。赤は、女の色だ~って‼️
赤い彗星の出現で、赤カッコイイになった‼️
(#゚Д゚)y-~~(笑)
ガンダムよりはZガンダムが好きちなみにZガンダムではシャアは序盤は赤いリックディアスを操縦していた、シャアのパートナーの2人は藍色のリックディアス
戦隊シリーズは、赤と青と緑と黒は男性のイメージ強いけど、黄色は何故か縁起が悪いと言われている、ゴレンジャーのキレンジャーは死ぬし、バイオマンもイエローは死ぬし、なんかよく考えると黄色は縁起が悪い色と言われているでもピンクと白は戦隊シリーズの女性のイメージ強いな但し銀と金と紫は戦隊シリーズの6人目のメンバーとしてイメージが強い殆ど男性
これも伝説だよな・・・主人公の最後のセリフが「僕は嫌だ!」
映像上最後の出演が老執事・・・ギャリソン時田。「かかってまいられい!」のじいさん。
おい!電気消し忘れてるぞ!
それにしても火星はどこへ行ってしまったのだろうか・・・
最後灯りが付いていたとか残したとか言われてたけど灯りのように見えるのは単にカーテン閉め忘れて夜明けの光が窓から漏れてるだけのように見える…
正確には最後に一つだけカーテンを閉めなかった部屋からわずかに溢れでる朝日にこそ御大が伝えたいメッセージがあるんだろうね。
ダイターン3のDVD以前TSUTAYAにありましたけど、いつの間にか消えてました(涙)
いいね~ギャリソン!
いい終わり方。
センスあるよね。
渡辺岳夫先生の作曲されたBGMの旋律が哀愁を醸しだしてくれてますよね。寂しさがあるんだけど、ジメジメしてない演出ですね。
戦いの結果はどうなったのでしょうか?
たまよ県
メガノイドのボスであるドンザウラー(主人公の親父)を倒して終わりです。
尚最後まで何故万丈が火星からダイターン3の試作型と金塊を持って逃げないと
行けなかったのか?妻と兄はどうなったのか?ラストにて部屋の明かりがついた意味は?等の真相、伏線は未回収。
謎の多い終わり方だったんですね。
しかし、昔も今もそうですが、終わりがはっきりしない作品が多いですね。
まともだったのは、私が知りえる限りですが「機動戦士ガンダム」「未来警察ウラシマン」あとは最近の「鋼の錬金術師」今思い浮かんだものでこれくらいですかね。
ダイターン3のラストは急にしんみりするからね前まではビューティー、トッポ、レイカ等がワイワイ騒いでいたのが急にしんみりしちゃうからぐっと来る。
ダイターンの要素を振り分けたらグラヴィオンになったりガン×ソードになったり
傑作だってはっきりわかるんだね
OP、思わず一緒に歌ってしまった!!!(苦笑)
ザンボット3、ダイターン3…燃えたねぇ(´`)
この終わり方と似てる(同じ意味な)のが「ナースエンジェルりりかSOS」の最終回なのです
来週からはガンダムですね!
主人公ひきこもりEND。でもギャルソン時田は悲観してはいない。波嵐万丈の復活を信じてエールを口ずさむ。淡泊な3人の態度もむしろ思いやりなのだろう。そして明かりをつける気力もないほどふさぎこんでいた部屋に灯がともる。ーこれは万丈がすこし前向きに人生をとらえ始めた兆候、てところか?
どうして灯りがついているんだろうとずっと謎でした。
そうか、戦いで万丈が心を病んでしまって部屋にこもってしまった(あの灯りの部屋に万丈がいる)。
戦いに区切りがついたので皆を遠ざけたが万丈を気遣って皆が未練がましくならなかったと解釈できます。
ギャルソン時田が去るときにさりげなく雨が降っていたのが私には印象的でした
数年後に小説版の破嵐万丈シリーズを富野由悠季さんが書いてるんだけど
どっかで手に入らないもんかな
最後執事さんがやしきたかじんから去っていくのが印象的