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司馬炎本人よりも周囲がル~ピ~ばっかりだったのが致命的だったのでしょう
もう戦いがないからと中央軍を1万にまで減らしたのも、かなりの失策では?
劉淵・劉聡親子「本当の戦いはこれからだ!!」
三国志最終回「俺たちの戦いはこれからだ」
次回作。「五胡十六国物語」!「第一回 地獄の釜の蓋開く」乞うご期待!
「やっと戦いが終わった…」「もうちっとだけ続くぞい」
秦もたったの30年で滅んだけどすぐに漢が統一してそれ以後何百年も統一国家として保ってきたけど、西晋の場合は煬帝の父「楊堅」が作った隋が統一するまで実に300年も掛かるんだから余計ね...
中華統一したと思ったらすぐ三国志時代より遥かにドロドログチャグチャの戦乱の世が長く続くのマジで草
司馬炎が統一後に政治放置したことが晋を長続きさせなかった理由の一つになってそうですね。
三国志を終了させた皇帝そして国を再び乱れるきっかけを作った皇帝
「禿髪樹機能」ってハゲ頭から木々を生やせるスキルみたい…🌲
司馬炎が弟の攸を嫉妬からいずれ殺すだろうというのは父親の司馬昭と母親の王元姫の二人にも予測されており二人とも遺言として兄弟仲良くするようにと司馬炎に釘を刺していたし司馬炎の配下である賈充も司馬一族同士での対立を避けるためか炎と攸の兄弟両者に自分の娘を嫁がせて攸も一族の一員として守ろうとしていた動きがあるそこまで配慮されていたにも関わらず、司馬攸を左遷という形で実質的に誅殺したことで八王の乱のきっかけを作った司馬炎は弟へのコンプレックスと嫉妬という醜い本性を晒すこととなり彼が作った晋という国が司馬一族同士の殺し合いで滅ぶのは因果応報と言えるだろう
もともと司馬懿も統治者としてはしょぼかった、所詮、野戦の指揮官なんじゃないですかね。国家観とか理想とかそんなもん微塵も無かった。かかった火の粉を必死で振り払う才能は有った、ただそれだけ。
@@魯智深和尚「降りかかる火の粉を振り払う才能だけはあった。ただそれだけ」司馬懿本人もそう思ってたんじゃなかろうか。もともと宮仕えを嫌がってた人だし。
最終的に司馬炎が呉を討伐して、でもその後しくじりまくって、大動乱の時代をもたらした事は知っていましたが、呉討伐までの流れは知らなかったので、勉強になりました。個人的に司馬炎が凄いなと思ったのは、呉討伐反対派の賈充を総大将にした事だと思います。それにより自身の皇帝としての権威を示すと共に、賈充にも論功を立てさせる事になるので、賈充の顔も立てる。この人事は司馬炎ならてばだと思います。それだけに、統一後の堕落ぶりが…😅
司馬攸の件は兵乱にならなかっただけで、「時の執政者の方針に対して士大夫の間の「輿論」の尊重こそ国家安泰の鍵とみる廷臣たちが批判したことから発生した権力抗争」という構造は後に発生した八王の乱と同じだった。
攸ちゃんがご飯を食べなくなったとき元姫ママが攸ちゃんの口を無理やりこじ開け飯をねじ込こんだって逸話本当かな?
三国を統一した西晋の末路を知って、改めて徳川家康と江戸幕府の偉大さに気づかされました。
歴代15将軍の中から1人も暗君・暴君を出さなかったですからね。世界史上でも屈指の偉大な王家じゃないですか?家康公のDNA、とてつもなく優秀です。かたやスペイン・ハプスブルグ家の腐敗・堕落ぶりの酷さと来たら、知ってるだけでも凄まじいですからね。
広さが全然違うから統治の難しさが段違い
いや逆でしょ。(他の時代の腐敗も含め)西晋の末路から学んだことで、偉大になれたのでは。1500年前の王朝とを比べて偉大だの言うのも違和感しかないが、そもそも単一民族の日本と多種民族の中国とじゃ統制難易度が違いすぎる。
1人も暗君暴君がいなかったは誇張しすぎであるし日本は一応皇帝に当たる天皇がずっといて幕府はあくまで天皇に代わって内政行いますよってとこだからな中国皇帝とは色々違う
島国だったとはいえ人口多い文明国で250年近く大乱なかったのは近代史の奇跡世界史的、人類史的にも大きく評価されて良いと思う戊辰戦争あったけど政権も比較的穏やかに移譲したし
禿髪木機能ってすごい名前だなw
まさにハゲwww
なんか名前で絶対損してるよね。中国漢字を日本の漢字にすると意味変わること多いけどこれは最たる例
教訓としては「大義名分を増やしてはいけない」ということだな
統一までは孔子が泣いて喜びそうな名君のお手本だったのに、目的達成してあっという間にポンコツ化しちゃったw
後継者問題で国を弱体化孫権の同じ轍を踏んでしまったよな
統一まではマジな名君だと思われるんだが…その後、速攻で暗君と化したのが惜しいそのあと、永遠に統一国家ができなくなった原因を作った元凶だし
ライバルがいなくなったら燃え尽きて一気にダメ人間になる典型だな…
曹操「結局外戚も宦官もバランスなんだよなー、血族の力もバランスよ」
三国統一後平和になったと思いきや司馬炎のせいで晋が再びカオスになるとは!
統一前めっちゃ優秀…統一後……ニート…悲しい…燃え尽き症候群か…
炎なだけに、か
賈一族も戦犯
結局司馬一族が全てをぶっ壊した
本当に罪深い一族です。三分でも大概なのに、まああの世の席は小さいでしょう、司馬懿さん。
司馬懿『司馬の血ぃ引いとるのに何してくれてんだコイツ』
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曹一族も司馬一族も国難を凌いでから驕ってしまったが故に・・・ 『歴史は繰り返す』ですね(禅譲の件はそうしないと帝位簒奪となるからある意味仕方がない流れですが)
曹丕は一族兄弟を遠ざけて司馬一族の台頭を許してしまう。そして滅亡。一方それを見ていた司馬一族は身内でしっかり固めていたが、身内同士で揉めて滅亡。なかなか統治って難しいね。
苦難があったら頑張るタイプだな 憂いがなくなったら一気に暗君に
薄々思ってたけど、司馬炎の統一前のエピソードも後世の作り物で、 以外と暴君程じゃあないけど、暗君だったんじゃないのかな?
弟の司馬攸と17男の司馬乂以外の一族があまり優秀じゃないのも痛かったですね
髪と爪が長いのは切らなくてもいい人間でありそういうことをしない証だっけ?いまだにその風習が残ってる場所あるな
廃嫡出来なかったことが大動乱の引き金となった。いっそのこと司馬攸に帝位を譲って、女漁りに専念でもしれば、もう少し統一王朝が続いたかな?最後にちらりと登場した「稀代の悪女」夏南風も採り上げて下さい。『吉田通れば二階から招く しかも鹿の子の振袖で』
でたな!マグネット将軍馬隆!
司馬炎からの皇帝は皇帝になるまではマトモっぽいけど、皇帝になるとメッキが剥がれるのか駄目駄目に
呉を討伐して大敵がいなくなった安心からか、酒池肉林で人が駄目になったのかなぁ
@@タムタム-k4w 少なくとも皇帝になった司馬炎さんは民間の女性5千人と呉国の後宮5千人を自分の後宮に入れて毎日選び放題だったので酒池肉林の肉林に耽ってはいますよね。
やはりどうしても外の敵が居なくなると、緊張感が無くなって内側のゴタゴタが顕在化するんだなと改めて思った。
@@たかぼう-e8w あぁ、某国の大統領が反日を煽って国内のガタつきから目を逸らさせているような?
司馬昭の次男は何ていうの?司馬昭が亡くなったのは265年です
司馬昭の次男は司馬定国。少なくとも司馬昭よりは早くに死んだと考えられる。
晉書の評では当然の如く誉めてから、超酷評されている。司馬懿ですら酷評半分だからなーただ建国時の人物で羊祜は羊公と記されるなど非常に高評価
焼き餃子はしょっちゅう生焼けを出してくる店があるからダメ
名君とは言えないけど、そこまで暗君暴君というわけでもない。結論:羊を上手く使ったメェ~君
作られた名君って感じかな。
燃え尽き症候群のようなもの
水餃子のモチモチ感も捨て難い(´-ω-)ウム
19:31 このあたりで陶濬の顔がチラつきますね…w羊コ・杜預の二人は知ってたけど、張華もこの時だったのか…一般的には晋の統一が果たせたので目的が無くなって政治に興味がなくなったからと思ってましたが、事はそう単純じゃなかったんですね。司馬炎にもう少し人間としての器がデカければ八王の乱やら後の300年くらいに渡るカオスな時代がなかったかも知れないと思うと結構罪深くもありますね…
本場中国では餃子は水餃子。焼き餃子も中国から入ったが、日本で根付いたのは後者の方。事実中国によく行く友人(当然最近はコロナの影響で行けていないそうだが)は、中国の飲食店で水餃子を焼き餃子にしてもらい、よく食べたそうだ。普通にオーダーすると水餃子が出てくる。かの水戸光圀が日本で初めて餃子を食べたというのが文献に残ることから、日本でも古くから親しまれているという事だね。餃子が日本で完全に定着を始めたのは戦後。元々は旧満州で働いた中国人から現地で働く人に伝わったものだ。終戦を迎え旧満州から引き揚げた人たちが、現地で焼き餃子を広め流行し定着したのが現代日本の「餃子」。そう考えると前述した水戸光圀が食べた餃子ってのはおそらく「水餃子」か、「蒸し餃子」だったと思われる。(「蒸し餃子」部追加修正好みは人それぞれ。皮の厚い水餃子のジューシーモチモチ感、皮の薄い焼き餃子の羽の香ばしいパリパリ感。どちらも捨てがたい。私は両方好きだけど、家でやるのは楽な焼き餃子かな。w冒頭の餃子論争の部分で友人の話を思い出し、ちょっと真面目に書いてみました。wそんな友人に好きな三国志武将は?と聞いたら「程遠志」って答えられてコーヒー吹きました。ただの賊の類じゃねぇか。w
晋を強くしてみせる!!じっちゃん(司馬懿)の名にかけて!
中国人が粉をこねて皮から作ってくれた水餃子はめっちゃおいしかった。薄皮なら焼き餃子でしょうね。
司馬昭死亡256年って、間違えてますよ
司馬一族好きなので天下統一後を知った時ショックでした。
ついに司馬炎がきましたか。じいちゃんが苦労して国を作ったのにすべてを壊した人
司馬ユウしか有能なのがいない
杜預破竹之勢
劉邦もそうだけど統一して敵がいなくなると今度は身内が敵になるんだよね・・・。( ̄▽ ̄;)なった人だからこそなのかも・・・自分よりも上がいないと「臣下に自分の身分が奪われるのではないか・・・」って思うもんなのかな?まあ分からないでもないけど、人間なんてそんなもんなのは歴史が証明してるし。。
俺は蒸し餃子派なんですが
きんぴらの写真やコーエーのイラストパクったりどうでもいい餃子の話とか...自分には合わないな
司馬炎本人よりも周囲がル~ピ~ばっかりだったのが致命的だったのでしょう
もう戦いがないからと中央軍を1万にまで減らしたのも、
かなりの失策では?
劉淵・劉聡親子
「本当の戦いはこれからだ!!」
三国志最終回「俺たちの戦いはこれからだ」
次回作。
「五胡十六国物語」!
「第一回 地獄の釜の蓋開く」
乞うご期待!
「やっと戦いが終わった…」
「もうちっとだけ続くぞい」
秦もたったの30年で滅んだけどすぐに漢が統一してそれ以後何百年も統一国家として保ってきたけど、西晋の場合は煬帝の父「楊堅」が作った隋が統一するまで実に300年も掛かるんだから余計ね...
中華統一したと思ったらすぐ三国志時代より遥かにドロドログチャグチャの戦乱の世が長く続くのマジで草
司馬炎が統一後に政治放置したことが晋を長続きさせなかった理由の一つになってそうですね。
三国志を終了させた皇帝そして国を再び乱れるきっかけを作った
皇帝
「禿髪樹機能」ってハゲ頭から木々を生やせるスキルみたい…🌲
司馬炎が弟の攸を嫉妬からいずれ殺すだろうというのは父親の司馬昭と母親の王元姫の二人にも予測されており
二人とも遺言として兄弟仲良くするようにと司馬炎に釘を刺していたし
司馬炎の配下である賈充も司馬一族同士での対立を避けるためか炎と攸の兄弟両者に自分の娘を嫁がせて攸も一族の一員として守ろうとしていた動きがある
そこまで配慮されていたにも関わらず、司馬攸を左遷という形で実質的に誅殺したことで八王の乱のきっかけを作った司馬炎は弟へのコンプレックスと嫉妬という醜い本性を晒すこととなり
彼が作った晋という国が司馬一族同士の殺し合いで滅ぶのは因果応報と言えるだろう
もともと司馬懿も統治者としてはしょぼかった、
所詮、野戦の指揮官なんじゃないですかね。
国家観とか理想とかそんなもん微塵も無かった。
かかった火の粉を必死で振り払う才能は有った、ただそれだけ。
@@魯智深和尚
「降りかかる火の粉を振り払う才能だけはあった。ただそれだけ」
司馬懿本人もそう思ってたんじゃなかろうか。
もともと宮仕えを嫌がってた人だし。
最終的に司馬炎が呉を討伐して、でもその後しくじりまくって、大動乱の時代をもたらした事は知っていましたが、呉討伐までの流れは知らなかったので、勉強になりました。
個人的に司馬炎が凄いなと思ったのは、呉討伐反対派の賈充を総大将にした事だと思います。
それにより自身の皇帝としての権威を示すと共に、賈充にも論功を立てさせる事になるので、賈充の顔も立てる。
この人事は司馬炎ならてばだと思います。
それだけに、統一後の堕落ぶりが…😅
司馬攸の件は兵乱にならなかっただけで、「時の執政者の方針に対して士大夫の間の「輿論」の尊重こそ国家安泰の鍵とみる廷臣たちが批判したことから発生した権力抗争」という構造は後に発生した八王の乱と同じだった。
攸ちゃんがご飯を食べなくなったとき元姫ママが攸ちゃんの口を無理やりこじ開け飯をねじ込こんだって逸話本当かな?
三国を統一した西晋の末路を知って、改めて徳川家康と江戸幕府の偉大さに気づかされました。
歴代15将軍の中から1人も暗君・暴君を出さなかったですからね。世界史上でも屈指の偉大な王家じゃないですか?
家康公のDNA、とてつもなく優秀です。
かたやスペイン・ハプスブルグ家の腐敗・堕落ぶりの酷さと来たら、知ってるだけでも凄まじいですからね。
広さが全然違うから統治の難しさが段違い
いや逆でしょ。(他の時代の腐敗も含め)西晋の末路から学んだことで、偉大になれたのでは。1500年前の王朝とを比べて偉大だの言うのも違和感しかないが、そもそも単一民族の日本と多種民族の中国とじゃ統制難易度が違いすぎる。
1人も暗君暴君がいなかったは誇張しすぎであるし
日本は一応皇帝に当たる天皇がずっといて幕府はあくまで天皇に代わって内政行いますよってとこだからな
中国皇帝とは色々違う
島国だったとはいえ人口多い文明国で250年近く大乱なかったのは近代史の奇跡
世界史的、人類史的にも大きく評価されて良いと思う
戊辰戦争あったけど政権も比較的穏やかに移譲したし
禿髪木機能ってすごい名前だなw
まさにハゲwww
なんか名前で絶対損してるよね。
中国漢字を日本の漢字にすると意味変わること多いけどこれは最たる例
教訓としては「大義名分を増やしてはいけない」ということだな
統一までは孔子が泣いて喜びそうな名君のお手本だったのに、目的達成してあっという間にポンコツ化しちゃったw
後継者問題で国を弱体化
孫権の同じ轍を踏んでしまったよな
統一まではマジな名君だと思われるんだが…その後、速攻で暗君と化したのが惜しい
そのあと、永遠に統一国家ができなくなった原因を作った元凶だし
ライバルがいなくなったら燃え尽きて一気にダメ人間になる典型だな…
曹操「結局外戚も宦官もバランスなんだよなー、血族の力もバランスよ」
三国統一後平和になったと思いきや司馬炎のせいで晋が再びカオスになるとは!
統一前めっちゃ優秀…統一後……ニート…悲しい…燃え尽き症候群か…
炎なだけに、か
賈一族も戦犯
結局司馬一族が全てをぶっ壊した
本当に罪深い一族です。
三分でも大概なのに、まああの世の席は小さいでしょう、司馬懿さん。
司馬懿『司馬の血ぃ引いとるのに何してくれてんだコイツ』
登録しました
曹一族も司馬一族も国難を凌いでから驕ってしまったが故に・・・
『歴史は繰り返す』ですね
(禅譲の件はそうしないと帝位簒奪となるからある意味仕方がない流れですが)
曹丕は一族兄弟を遠ざけて司馬一族の台頭を許してしまう。そして滅亡。
一方それを見ていた司馬一族は身内でしっかり固めていたが、身内同士で揉めて滅亡。
なかなか統治って難しいね。
苦難があったら頑張るタイプだな 憂いがなくなったら一気に暗君に
薄々思ってたけど、司馬炎の統一前のエピソードも後世の作り物で、
以外と暴君程じゃあないけど、暗君だったんじゃないのかな?
弟の司馬攸と17男の司馬乂以外の一族があまり優秀じゃないのも痛かったですね
髪と爪が長いのは切らなくてもいい人間でありそういうことをしない証だっけ?
いまだにその風習が残ってる場所あるな
廃嫡出来なかったことが大動乱の引き金となった。いっそのこと司馬攸に帝位を譲って、女漁りに専念でもしれば、もう少し統一王朝が続いたかな?
最後にちらりと登場した「稀代の悪女」夏南風も採り上げて下さい。
『吉田通れば二階から招く しかも鹿の子の振袖で』
でたな!マグネット将軍馬隆!
司馬炎からの皇帝は皇帝になるまではマトモっぽいけど、皇帝になるとメッキが剥がれるのか駄目駄目に
呉を討伐して大敵がいなくなった安心からか、酒池肉林で人が駄目になったのかなぁ
@@タムタム-k4w 少なくとも皇帝になった司馬炎さんは民間の女性5千人と呉国の後宮5千人を自分の後宮に入れて毎日選び放題だったので酒池肉林の肉林に耽ってはいますよね。
やはりどうしても外の敵が居なくなると、緊張感が無くなって内側のゴタゴタが顕在化するんだなと改めて思った。
@@たかぼう-e8w あぁ、某国の大統領が反日を煽って国内のガタつきから目を逸らさせているような?
司馬昭の次男は何ていうの?
司馬昭が亡くなったのは265年です
司馬昭の次男は司馬定国。少なくとも司馬昭よりは早くに死んだと考えられる。
晉書の評では当然の如く誉めてから、超酷評されている。司馬懿ですら酷評半分だからなー
ただ建国時の人物で羊祜は羊公と記されるなど非常に高評価
焼き餃子はしょっちゅう生焼けを出してくる店があるからダメ
名君とは言えないけど、そこまで暗君暴君というわけでもない。
結論:羊を上手く使ったメェ~君
作られた名君って感じかな。
燃え尽き症候群のようなもの
水餃子のモチモチ感も捨て難い(´-ω-)ウム
19:31 このあたりで陶濬の顔がチラつきますね…w
羊コ・杜預の二人は知ってたけど、張華もこの時だったのか…
一般的には晋の統一が果たせたので目的が無くなって政治に興味がなくなったからと思ってましたが、
事はそう単純じゃなかったんですね。司馬炎にもう少し人間としての器がデカければ八王の乱やら
後の300年くらいに渡るカオスな時代がなかったかも知れないと思うと結構罪深くもありますね…
本場中国では餃子は水餃子。焼き餃子も中国から入ったが、日本で根付いたのは後者の方。
事実中国によく行く友人(当然最近はコロナの影響で行けていないそうだが)は、中国の飲食店で水餃子を焼き餃子にしてもらい、よく食べたそうだ。
普通にオーダーすると水餃子が出てくる。かの水戸光圀が日本で初めて餃子を食べたというのが文献に残ることから、日本でも古くから親しまれているという事だね。
餃子が日本で完全に定着を始めたのは戦後。元々は旧満州で働いた中国人から現地で働く人に伝わったものだ。
終戦を迎え旧満州から引き揚げた人たちが、現地で焼き餃子を広め流行し定着したのが現代日本の「餃子」。
そう考えると前述した水戸光圀が食べた餃子ってのはおそらく「水餃子」か、「蒸し餃子」だったと思われる。(「蒸し餃子」部追加修正
好みは人それぞれ。皮の厚い水餃子のジューシーモチモチ感、皮の薄い焼き餃子の羽の香ばしいパリパリ感。どちらも捨てがたい。
私は両方好きだけど、家でやるのは楽な焼き餃子かな。w
冒頭の餃子論争の部分で友人の話を思い出し、ちょっと真面目に書いてみました。w
そんな友人に好きな三国志武将は?と聞いたら「程遠志」って答えられてコーヒー吹きました。ただの賊の類じゃねぇか。w
晋を強くしてみせる!!
じっちゃん(司馬懿)の名にかけて!
中国人が粉をこねて皮から作ってくれた水餃子はめっちゃおいしかった。薄皮なら焼き餃子でしょうね。
司馬昭死亡256年って、間違えてますよ
司馬一族好きなので天下統一後を知った時ショックでした。
ついに司馬炎がきましたか。じいちゃんが苦労して国を作ったのにすべてを壊した人
司馬ユウしか有能なのがいない
杜預
破竹之勢
劉邦もそうだけど統一して敵がいなくなると今度は身内が敵になるんだよね・・・。( ̄▽ ̄;)
なった人だからこそなのかも・・・自分よりも上がいないと「臣下に自分の身分が奪われるのではないか・・・」って思うもんなのかな?
まあ分からないでもないけど、人間なんてそんなもんなのは歴史が証明してるし。。
俺は蒸し餃子派なんですが
きんぴらの写真やコーエーのイラストパクったり
どうでもいい餃子の話とか...
自分には合わないな