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徳之島出身です。地元の英雄の貴重な映像、心から感謝します😊
こんなかっこいい人がうちの島から出たのだと思うと、自分も頑張ろうと思います。
朝潮最高ですね🎵濃い顔がいいです‼️眉毛に胸毛の毛深さ凄すぎる‼️当時の相撲取りの中でも異様な雰囲気が漂っている‼️わたくしTV見て凄いおっちゃん出てきた‼️すぐにファンになりました‼️何か相撲界の怪人‼️怖さの中にもの凄い迫力土俵に立つ仁王様のような仁王立ち凄い‼️顔は閻魔大王様のような迫力凄すぎる‼️相手を威圧する正に相撲界の怪人‼️天下無敵のようですが❗はもろいところがあるのがたまにきず‼️ご愛嬌です‼️そこが朝潮太郎のいいところ‼️人間身があっていいです‼️最高当時一番好きなお相撲さんでした‼️
すごい眉毛♡小錦が最初見たとき「ごっつい人だなあ」と思ったという
この人が審判長の時に協議の説明で上手く説明出来ない事がありました。私が中学生の頃に肘と言う言葉が出ないで、手の膝と言ったのを覚えています。何ら問題にならなかった善き時代でした。😄
とても微笑ましいです。というか、「ヒジ」→「手のヒザ」の言い換えができるなんてとっさの窮地対応として、すばらしいです!わたくしのような一般素人だって参列していた結婚披露宴でふいにマイクをむけられるとドギマギして、まったく言いたいことが話せません。入門以来、しゃべりとは無縁であった高砂審判部長、グッジョブであります。
説明聞いてみたかったですね😊テレビ中継では何度か向正面での解説で見ました。協議の説明では他にも鏡山さん(柏戸)、境川さんもあまり上手では無かった。鏡山さんは「◯◯の勝ちと決定しました」ってそれだけ。境川さんは理事長経験者なのに噛みまくっていました。
52歳です。私が少年の頃、「高砂親方は先代の朝潮で、仁王のような、当時では恵まれた体格だった」と知り、現役時代の写真も見ました。それで、大型力士ならではの取り口、例えば突っ張りで突き放すとか、貴ノ浪のように懐の深さを武器にした相撲を勝手に想像していましたが、だいぶ違いますね。腰を落として緻密に攻め立てています(前進するパワーはもちろん強烈なんでしょうが)。
🌈🍀米川事、朝潮太朗‼️❗️好き💖だったなーあ〜、熱強敵な、大ファンです
この人位勝つ時の豪快さと負ける時のもろさ、あっけなさが両極端な力士はいなかった。だからこそ強烈な印象があり、魅力的な力士だった。勝つ時はあの栃若でさえ問題にしなかったのだから本当にスケールの大きい大好きな力士だった。ありがとうございます😄
杉山さんのナレーション、NHKの番組ですね。残念なから見た覚えない。横綱朝潮は現役の時は見てないけど、高砂親方になってから北の湖時代に審判長を勤めていて、物言いの時に独特のこもった声で場内アナウンスしてたのが懐かしい。審判辞めてからは、時々NHKで解説してましたね。還暦前に亡くなってしまいましたが、還暦土俵入り見たかった。また映像中に出てきた、北の洋(緒方昇)さんも懐かしい。
91年に発売されたVHSですよ。92年の1月と5月に衛星放送で短縮版が放送されました。
栃若と柏鵬という戦後相撲ブーム時のちょうど間にいた朝潮。昭和生まれの力士の初優勝者でもあった。
若貴と朝青龍〜白鵬の間に居た武蔵丸みたいな地味な実力者って気がします
眉毛が濃かった高砂審判部長の時代しか知りませんが、懐かしいです。
模範的とも言える腰を落として脇を硬く締めて低い重心での寄り…相手はさぞ組み辛かったろうに。ずっとあの姿勢で相撲取ってりゃ現役晩年腰痛に悩まされたのも無理はないよなぁ。あと適度に折り目を付けた土俵入りが個人的にとても好き。
高砂部屋も三代目朝潮出てこないね、もうちょっと頑張って若き大鵬の壁になって欲しかったです。少年マガジンの創刊号の表紙になっていたね、
若乃花決定戦で2番続けて変化かよ。現代だったら大ブーイングだっただろうな。
まぁ…若乃花は小兵だから、まともに当たったら…力士人生もより短いだろうし。けれど、小兵とはいえ上位の力士が変化はあまりよろしくない。
当時は変化に寛容な親方も割といた。
ただカラダが大きいだけで動きがみっともない今の力士と違って理想的な体躯をしてましたね🎉
🌈💖🌅🌊朝潮太朗🌅🌊少年ファンには、絶対人気💖‼️
巡業で朝汐関を見ましたが、ほんとに大きくて強そうでした。土俵から引き上げる時に、多くの子供たちが後を追っかけて大変な人気でした。子供達の人気は若乃花と二分してました。子供達には朝汐関のやさしさが分かるみたいでした。
🌈💖🌅🌊朝潮太郎🌅🌊関脇時代が🌅🌊1番よかったかな💖🌈💖🌈💖🌈
横綱朝潮の還暦土俵入りやらせてやりたかった・・・南海龍の酒好きぶりに悩まされ心労が祟って倒れそのまま帰らぬ人になったのは非常に残念でした。本人も還暦土俵入りを楽しみにしてて赤い綱を用意して張り切っていたと聞いています。
全く惜しいですね。
この人と小錦はどれだけ南海龍に振り回された事か・・・
還暦土俵入りにみっともない体を見せられないということでハードなトレーニングで無理をしすぎたという話もあります。
「相撲を取るのか?酒を取るのか?どっちだ?」南海龍「酒を取ります」
3代目朝潮の弟子から横綱は出ませんでしたが、孫弟子の曙(高見山の弟子)と朝青龍(4代目朝潮の弟子)が横綱昇進を果たしましたね!
12:51からの大鵬戦初めて見ました。大鵬優勝の一番しか見たことが無かったので嬉しいですね。
この時期、実力では柏鵬の両大関が若乃花、朝潮の横綱勢を追い抜いていると見られていたようですが、最後の意地を見せた感じですね。
私が子供のころには大鵬は英雄でした。その大鵬が朝潮の強烈な押しによって、宙に舞って尻から落ちてしまった。(13:45ころ)すごい強さだったのですね。家にテレビが入ったころ朝潮関はすでに引退されており、振分親方また高砂親方としてテレビの解説や勝負審判長として活躍されていました。
朝潮の体つきは、胴長短足、頭でっかち首短い、相撲に有利な体型ですが、昔の力士の方がでかい人も筋肉質の様な…脊椎に持病や側弯症がある人は、何故か体型が特化しやすいのかな!局部位の以上発達とか…
6:58からの行司さんスゴい髭
19代式守伊之助(1886-1966,数多くの行司を育成し、大関若羽黒関をスカウト、立浪部屋所属、身長152センチの小柄な方でした)ですね。
〝大阪太郎〟デス(笑)‼️
たぶん小錦が幕下辺りだった頃と記憶高砂部屋へ稽古の見学に行った親方の顔の大きさにビビった信じられないくらいデカかったぞ
こんなに顔がデカく見えるのに身長185センチ?身長が185センチもあるのにこんなに顔がデカイ?とちょうどパニクっていたところでしたので証言助かりました。
@@giuseppinabotticelli6914 189cmですね✋骨格も作りも常人離れしてる怪物って感じですな😱
朝潮ですね。
師匠の高砂、ガマガエルみたいで面白い顔。北の洋懐かしいなぁ。平和ちゃん、高砂になったんだ!仏壇返しの若の花、立ち会い綺麗だけどかわりやがって..。髭の伊之助.鏡里懐かしいなぁ。子供の頃、対大鵬戦を間近で観て応援したけど負けちゃった...。 天之手力男神
現役の輝なんかはこういう相撲を目指してほしいな
輝は足腰がないからな…朝汐3代みたいにはなれない。
南西諸島から横綱出るのまた見たいな
右上手、左筈で出るこの型は他にいない。
非常に変わった型ですよね。左の筈で相手の脇や胸を押し上げて、上体を起こすようにして、右の上手の圧力で寄り切る形かな?
@@allendecker6110 入幕した頃の武蔵丸に朝潮の型を身に付けさせたら強くなる、と言った人がいました。武蔵丸も右の差し手を返して寄る独特の型を身につけましたが。
4:22 審判は不動岩と清水川
ジャイアント馬場みたいな声だなぁ
8:43
アサシーオの胸毛は、写真やフィルムの変遷を辿ると、若い頃はあまり目立たず、関脇から大関に上がる頃に、にわかに男性ホルモンが増幅したか、はっきり濃くなっている。といっても全身毛むくじゃらのショーン・コネリーなどとは比較にならず、日本人としては、という注釈付きで、青の里や遠藤幸雄の胸毛も、濃さはそう変わらなかった記憶。
2:15 朝潮負けてる 決まり手 渡し込み
少年マガジン創刊号の表紙はこの人でした。少年サンデーは長嶋茂雄。
おお! 天岩戸に引き籠りの天照大神を、力任せに引っ張りだして再び日本に光明をもたらした功労者、手力男命(たじからおのみこと)に扮した朝潮関じゃござんせんか!
10:09稲さんじゃないか?7:15スローモーションの他に、分解写真てのがあったな。
長身のわりに膝が曲がってて体勢が低い
10:36
朝潮、大鵬にも強力、勝ってたんだね。
強い時の朝潮は、とてつもない力を発揮してました。あの若乃花も手も足も出ないくらいの力でした。昔の力士は独自の型を持っており、型にはまると上り坂の大鵬でも歯が立たないぐらいです。ただ、朝潮は負ける時は、何故か女型で負けることがよくありました。でも、子供たちには大変な人気で、巡業に来た時には何十人もの子供たちがあとをおいかけていました。心の優しい横綱でした。
大好きでした 父と同じように 胸毛と男前 私 ファザコンでした
決定戦、朝汐、手掃いて負けてる?
いつも思うんだが。古き善き名勝負。音声差し替えないで欲しいなあ。確かに聴き取りにくい部分はあるにしても。行司の掛け声とか全然違うし。
変な土俵入り😂千代の富士の土俵入りを基準にして見るとカッコ悪い笑
もはや化け物か。今風に言えば 完全チートだろ
徳之島出身です。
地元の英雄の貴重な映像、心から感謝します😊
こんなかっこいい人がうちの島から出たのだと思うと、自分も頑張ろうと思います。
朝潮最高ですね🎵濃い顔がいいです‼️眉毛に胸毛の毛深さ凄すぎる‼️当時の相撲取りの中でも異様な雰囲気が漂っている‼️わたくしTV見て凄いおっちゃん出てきた‼️すぐにファンになりました‼️何か相撲界の怪人‼️怖さの中にもの凄い迫力土俵に立つ仁王様のような仁王立ち凄い‼️顔は閻魔大王様のような迫力凄すぎる‼️相手を威圧する正に相撲界の怪人‼️天下無敵のようですが❗はもろいところがあるのがたまにきず‼️ご愛嬌です‼️そこが朝潮太郎のいいところ‼️人間身があっていいです‼️最高当時一番好きなお相撲さんでした‼️
すごい眉毛♡
小錦が最初見たとき「ごっつい人だなあ」と思ったという
この人が審判長の時に協議の説明で上手く説明出来ない事がありました。私が中学生の頃に肘と言う言葉が出ないで、手の膝と言ったのを覚えています。何ら問題にならなかった善き時代でした。😄
とても微笑ましいです。
というか、「ヒジ」→「手のヒザ」の言い換えができるなんて
とっさの窮地対応として、すばらしいです!
わたくしのような一般素人だって参列していた結婚披露宴でふいにマイクをむけられると
ドギマギして、まったく言いたいことが話せません。
入門以来、しゃべりとは無縁であった高砂審判部長、グッジョブであります。
説明聞いてみたかったですね😊テレビ中継では何度か向正面での解説で見ました。協議の説明では他にも鏡山さん(柏戸)、境川さんもあまり上手では無かった。鏡山さんは「◯◯の勝ちと決定しました」ってそれだけ。境川さんは理事長経験者なのに噛みまくっていました。
52歳です。私が少年の頃、「高砂親方は先代の朝潮で、仁王のような、当時では恵まれた体格だった」と知り、現役時代の写真も見ました。それで、大型力士ならではの取り口、例えば突っ張りで突き放すとか、貴ノ浪のように懐の深さを武器にした相撲を勝手に想像していましたが、だいぶ違いますね。腰を落として緻密に攻め立てています(前進するパワーはもちろん強烈なんでしょうが)。
🌈🍀米川事、朝潮太朗‼️❗️好き💖だったなーあ〜、熱強敵な、大ファンです
この人位勝つ時の豪快さと負ける時のもろさ、あっけなさが両極端な力士はいなかった。だからこそ強烈な印象があり、魅力的な力士だった。勝つ時はあの栃若でさえ問題にしなかったのだから本当にスケールの大きい大好きな力士だった。ありがとうございます😄
杉山さんのナレーション、NHKの番組ですね。残念なから見た覚えない。横綱朝潮は現役の時は見てないけど、高砂親方になってから北の湖時代に審判長を勤めていて、物言いの時に独特のこもった声で場内アナウンスしてたのが懐かしい。審判辞めてからは、時々NHKで解説してましたね。還暦前に亡くなってしまいましたが、還暦土俵入り見たかった。また映像中に出てきた、北の洋(緒方昇)さんも懐かしい。
91年に発売されたVHSですよ。92年の1月と5月に衛星放送で短縮版が放送されました。
栃若と柏鵬という戦後相撲ブーム時のちょうど間にいた朝潮。昭和生まれの力士の初優勝者でもあった。
若貴と朝青龍〜白鵬の間に居た武蔵丸みたいな地味な実力者って気がします
眉毛が濃かった高砂審判部長の時代しか知りませんが、懐かしいです。
模範的とも言える腰を落として脇を硬く締めて低い重心での寄り…相手はさぞ組み辛かったろうに。
ずっとあの姿勢で相撲取ってりゃ現役晩年腰痛に悩まされたのも無理はないよなぁ。
あと適度に折り目を付けた土俵入りが個人的にとても好き。
高砂部屋も三代目朝潮出てこないね、もうちょっと頑張って若き大鵬の壁になって欲しかったです。少年マガジンの創刊号の
表紙になっていたね、
若乃花決定戦で2番続けて変化かよ。
現代だったら大ブーイングだっただろうな。
まぁ…若乃花は小兵だから、まともに当たったら…力士人生もより短いだろうし。
けれど、小兵とはいえ上位の力士が変化はあまりよろしくない。
当時は変化に寛容な親方も割といた。
ただカラダが大きいだけで動きがみっともない今の力士と違って理想的な体躯をしてましたね🎉
🌈💖🌅🌊朝潮太朗🌅🌊少年ファンには、絶対人気💖‼️
巡業で朝汐関を見ましたが、ほんとに大きくて強そうでした。
土俵から引き上げる時に、多くの子供たちが後を追っかけて大変な人気でした。子供達の人気は若乃花と二分してました。子供達には朝汐関のやさしさが分かるみたいでした。
🌈💖🌅🌊朝潮太郎🌅🌊関脇時代が🌅🌊1番よかったかな💖🌈💖🌈💖🌈
横綱朝潮の還暦土俵入りやらせてやりたかった・・・
南海龍の酒好きぶりに悩まされ心労が祟って倒れそのまま帰らぬ人になったのは非常に残念でした。本人も還暦土俵入りを楽しみにしてて赤い綱を用意して張り切っていたと聞いています。
全く惜しいですね。
この人と小錦はどれだけ南海龍に振り回された事か・・・
還暦土俵入りにみっともない体を見せられないということでハードなトレーニングで無理をしすぎたという話もあります。
「相撲を取るのか?酒を取るのか?どっちだ?」
南海龍「酒を取ります」
3代目朝潮の弟子から横綱は出ませんでしたが、孫弟子の曙(高見山の弟子)と朝青龍(4代目朝潮の弟子)が横綱昇進を果たしましたね!
12:51からの大鵬戦初めて見ました。
大鵬優勝の一番しか見たことが無かったので嬉しいですね。
この時期、実力では柏鵬の両大関が若乃花、朝潮の横綱勢を追い抜いていると見られていたようですが、最後の意地を見せた感じですね。
私が子供のころには大鵬は英雄でした。その大鵬が朝潮の強烈な押しによって、宙に舞って尻から落ちてしまった。(13:45ころ)すごい強さだったのですね。家にテレビが入ったころ朝潮関はすでに引退されており、振分親方また高砂親方としてテレビの解説や勝負審判長として活躍されていました。
朝潮の体つきは、胴長短足、頭でっかち首短い、相撲に有利な体型ですが、昔の力士の方がでかい人も筋肉質の様な…
脊椎に持病や側弯症がある人は、何故か体型が特化しやすいのかな!
局部位の以上発達とか…
6:58からの行司さんスゴい髭
19代式守伊之助(1886-1966,数多くの行司を育成し、大関若羽黒関をスカウト、立浪部屋所属、身長152センチの小柄な方でした)ですね。
〝大阪太郎〟デス(笑)‼️
たぶん小錦が幕下辺りだった頃と記憶
高砂部屋へ稽古の見学に行った
親方の顔の大きさにビビった
信じられないくらいデカかったぞ
こんなに顔がデカく見えるのに身長185センチ?身長が185センチもあるのにこんなに顔がデカイ?とちょうどパニクっていたところでしたので証言助かりました。
@@giuseppinabotticelli6914
189cmですね✋
骨格も作りも常人離れしてる怪物って感じですな😱
朝潮ですね。
師匠の高砂、ガマガエルみたいで面白い顔。北の洋懐かしいなぁ。
平和ちゃん、高砂になったんだ!仏壇返しの若の花、立ち会い綺麗だけどかわりやがって..。髭の伊之助.鏡里懐かしいなぁ。
子供の頃、対大鵬戦を間近で観て応援したけど負けちゃった...。
天之手力男神
現役の輝なんかはこういう相撲を目指してほしいな
輝は足腰がないからな…
朝汐3代みたいにはなれない。
南西諸島から横綱出るのまた見たいな
右上手、左筈で出るこの型は他にいない。
非常に変わった型ですよね。
左の筈で相手の脇や胸を押し上げて、上体を起こすようにして、右の上手の圧力で寄り切る形かな?
@@allendecker6110
入幕した頃の武蔵丸に朝潮の型を身に付けさせたら強くなる、と言った人がいました。武蔵丸も右の差し手を返して寄る独特の型を身につけましたが。
4:22 審判は不動岩と清水川
ジャイアント馬場みたいな声だなぁ
8:43
アサシーオの胸毛は、写真やフィルムの変遷を辿ると、若い頃はあまり目立たず、関脇から大関に上がる頃に、にわかに男性ホルモンが増幅したか、はっきり濃くなっている。といっても全身毛むくじゃらのショーン・コネリーなどとは比較にならず、日本人としては、という注釈付きで、青の里や遠藤幸雄の胸毛も、濃さはそう変わらなかった記憶。
2:15 朝潮負けてる
決まり手 渡し込み
少年マガジン創刊号の表紙はこの人でした。少年サンデーは長嶋茂雄。
おお! 天岩戸に引き籠りの天照大神を、力任せに引っ張りだして
再び日本に光明をもたらした功労者、手力男命(たじからおのみこと)に扮した
朝潮関じゃござんせんか!
10:09稲さんじゃないか?
7:15スローモーションの他に、分解写真てのがあったな。
長身のわりに膝が曲がってて体勢が低い
10:36
朝潮、大鵬にも強力、勝ってたんだね。
強い時の朝潮は、とてつもない力を発揮してました。あの若乃花も手も足も出ないくらいの力でした。昔の力士は独自の型を持っており、型にはまると上り坂の大鵬でも歯が立たないぐらいです。
ただ、朝潮は負ける時は、何故か女型で負けることがよくありました。
でも、子供たちには大変な人気で、巡業に来た時には何十人もの子供たちがあとをおいかけていました。心の優しい横綱でした。
大好きでした 父と同じように 胸毛と男前 私 ファザコンでした
決定戦、朝汐、手掃いて負けてる?
いつも思うんだが。
古き善き名勝負。
音声差し替えないで欲しいなあ。確かに聴き取りにくい部分はあるにしても。
行司の掛け声とか全然違うし。
変な土俵入り😂千代の富士の土俵入りを基準にして見るとカッコ悪い笑
もはや化け物か。今風に言えば 完全チートだろ