吹奏楽コンクール「結果についてすべての責任は自分にあるから」習志野高校「新妻寛先生語録」すべての顧問の先生方に見てほしい。【吹奏楽コンクール】【吹奏楽部顧問】

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  • เผยแพร่เมื่อ 9 ส.ค. 2022
  • 黎明期の市立習志野高校吹奏楽部。顧問の新妻寛先生はコンクールの前日に何を語ったのか。
    マール・ミュージック店長、高校3年生の時の実話です。
    動画ご視聴ありがとうございました! 今後も管楽器と吹奏楽部を軸とした情報発信をしていこうと 思います。是非チャンネル登録お願いします!
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ความคิดเห็น • 10

  • @user-no1ll8sr3i
    @user-no1ll8sr3i ปีที่แล้ว +4

    新妻先生はちゃんと責任感を持って指導されていたんですね。
    丸山さんのおっしゃるとおり、どの世界でも通ずる大切な考え方ですね。

    • @suisougaku_marlmusic
      @suisougaku_marlmusic  ปีที่แล้ว +3

      はい、責任感というか、すべてを背負ってやってrっような人でした。コメントありがとうございます。

  • @user-po1ge9vt5i
    @user-po1ge9vt5i ปีที่แล้ว

    こんにちは!
    習志野高校卒業生です。
    新妻先生の真似がそっくりで
    泣きそうになりました😭
    うわーN氏だ!って思いました。
    ありがとうございます。

    • @suisougaku_marlmusic
      @suisougaku_marlmusic  ปีที่แล้ว

      「あ~~~~~っ・・・・」の後の「間」がポイントですよね。コメントありがとうございます。

  • @ybb-papa
    @ybb-papa ปีที่แล้ว +2

    こんにちは。
    …所謂「課外活動」に過ぎない部活で、責任を負うも問うも無い筈が、何故こうなってしまうんでしょう。「責任感を持った運営・指導」が「コンクールの結果責任」に拡大解釈されてはいませんか。
    こういう風潮が、本来生成されないハズのセキニン活性酸素を伝染させて、音楽→音が苦に変換してしまうのでしょう。我が地元サイタマなどは、ちょっと歩けば有力校にぶち当たる「王国」ですから、そんなものを背負わされたら公立の顧問などやり手が居なくなりますよ。

    • @suisougaku_marlmusic
      @suisougaku_marlmusic  ปีที่แล้ว +2

      コメントありがとうございます。動画の中で「40年前と今とではずいぶん違うとは思いますが・・」って私が話している部分がおそらくこういうところなのかなと思います。40年前ですと顧問=大人のほうが組織の中で圧倒的強者であった時代で、周囲がそれに対して異議を唱えるようなことはほぼ皆無でしたし、保護者に至っては自分の子供の部活に関心をしめすことは、ほとんどなかったように思われます。そういう時代に強者である顧問の先生が、自ら「自分の責任」という事を表明するのはものすごく潔い行為でありました。また「課外活動」である部活動で、これは私の個人的な思いですが、人生に大切なものの大部分を学びましたので、とても「課外活動にすぎない」という存在ではなかったのです。ただ、時代も変わり、私も仕事柄、特に30代の学校の先生方にたくさん接する事が多いのですが、皆さん一様に何かに怯えたような表情で部活動をやっている事が多いです。明らかにメンタルが危なくみえる人もいます。ですから特に埼玉県(千葉県もそうなんですが)のような環境でYBB papaさんのような心持ちでこの動画を読み込んでしまう方がいるのも、本当に良くわかります。ぜひ、想像するのがとても難しいとは思いますが40年前の、顧問=強者 保護者はいないも同然 の時代の空気を想像いただだきながらもう一度動画をご覧になって下さい。ほんの少しでも、印象がかわれば嬉しいです。

    • @ybb-papa
      @ybb-papa ปีที่แล้ว

      なるほど、時代の空気というものでしょうか。私はふと、気がついたら音楽室に連れ込まれる形で吹奏楽に入り、でっかい男子あるあるでチューバを持たされ、コンクールも1部の「地区予選が1日25団体」も犇く環境で「入賞?出来たら嬉しいな」「イングリッシュホルンにコントラファゴット、ハープ?あんなもん持ってるトコに勝てねぇよ」程度な熱量でしたから…
      一方で娘は高校時代、マーチングに取り組んでいまして、校長先生と活動について話したこともありました。
      損得抜きで、好きなことに没頭できるのは学生の間くらい。一部の保護者からは「いくらなんでも帰宅が遅い」との声もあるが、私(校長)としては、吹奏楽部が一丸となって活動しているのなら〜安全配慮義務の範囲内で〜責任者として目クジラは立てない。本校は「出来る子」ではなく「頑張る心」を育てたいのです…そんな話がありましたっけ。人間形成の場、という点では40年前も今も不変だと思います。
      コンプラ、指針、ガイドラインでガッチガチの今の教育現場では、あらぬストレスに足を取られる先生も多いでしょうね。指導者、責任者、せんせー、いち人間。どの顔で子供たちに接すればいいのか、分からなくなってしまうのかな…

    • @suisougaku_marlmusic
      @suisougaku_marlmusic  ปีที่แล้ว +1

      お嬢さんの学校の校長先生は素晴らしいですね。こういう管理職の年代がもっと30代の現場の先生を支えてあげてほしいものです。現実は逆の方が(あなたの責任でやってね、僕知らないから・・のタイプ)ばっかりであります。

  • @user-sb6tj1uk2g
    @user-sb6tj1uk2g ปีที่แล้ว +5

    芸術や音楽に順位を付けること自体愚かさを感じます 順位付けをする人はなにかの神様なのか 学校の名誉だの大人の利権の匂いがプンプンする。

    • @suisougaku_marlmusic
      @suisougaku_marlmusic  ปีที่แล้ว +1

      コメントありがとうございます。音楽や絵画や小説のコンクールには必ず「功罪」両面があると思います。「功」と「罪」の両方を冷静に評価できるバランスが大事だと思います。
      審査員を「審査員たち」という集団でとらえると、見方によってはなにか黒いものを想像してしまう事もあるでしょうが、ひとりひとりを個別にみると、素晴らしい資質と謙虚さと真面目さをもっている人格者であることが多いです。(100人に1人くらい、ひどい人が混ざりますが)年齢によっては審査員の方より指揮台の上の中学校の先生の方が収入が多いかもしれません。利権がでてくるほどの経済規模の業界ではないので(斜陽産業なので)利権になりにくいです。(笑)でもコンクールで結果的にトップになった人たちは確実に上手なのです。ただ、全国大会常連の私立校なんかは、もう野球の甲子園と同じ「上に行く仕組み」ができちゃってて、なんだかなあ、と思う事はあります。吹奏楽コンクールの全国大会はここ20年くらいはあきらかに人気がなくなってきています。きっとつまらないのだと思います。