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【参考文献・サイトのリンク】◯種を語ること、定義することamzn.asia/d/io2p7xQ◯動物分類学の論理amzn.asia/d/cZYtoVm◯www.ias.ac.in/article/fulltext/jgen/097/04/0811-0815【Lab BRAINSさんのよしのぶ執筆記事】lab-brains.as-1.co.jp/tag/yuru-seitai/【サポーターコミュニティ】ゆる哲学&ゆる生態学ラジオのサポーターコミュニティはこちらから! ⇨ yurugakuto.com/seitai【公式Twitter】 ゆる生態学ラジオのTwitterアカウントがあるので、是非フォローしてください! ⇨ twitter.com/yuru_seitai【おたよりフォーム】 皆様からの楽しいおたよりをお待ちしています! ⇨ forms.gle/NpFuqGdM27pTojA78
今回神回だったな……生態学✕哲学の持ち味が最大限に出てた!というか何より、いつよりましてふたりとも楽しそうに喋っててよかった
すごいいい導入でした!
分類というのは対象にあるのではなく、ヒトのカテゴライズ(認識・弁別)問題ですな虹は何色か、みたいな「区別」したい要請に応じて変わる
理想の形があって、それに合わせて振れ幅のある個体が存在するっての、イデア論やら普遍論争やら色々想起するなぁ〜
いつも以上に概要の生き物リストがカオス
ヨシノブムカシネズミからヨシノブネズミになるところで通りすぎちゃって「ヨシノブミライネズミになっちゃった」って言うのセンスあって好き
「みんな遺伝子は違うはずなのに、何をもってヒトという種でくくれるんだろう?」と子供のころからずっと抱いていた長年の疑問が解消されました。実態は連続的だけど、人間にとって理解しやすくするために人為的に区切っているものなんですね。これって生物学に限らず色んなところで同じようなことが起きてそうですね。なんだか『テセウスの船』の話っぽいなとも思いました。
みんな大好きシマエナガはエナガの北海道亜種だしねマイヤーの定義の落とし穴として、輪状種をどうやって扱うかが有名なのとしてあるねA、B、C、D、E、Fと集団が並んでいて、隣とは交配可能だけど、AとFは交雑が不可能、さて、種をどこで区切りますか?
分岐系統学が発達して、ある種がある種の入れ子になる事例も発覚。例えばホッキョクグマはヒグマの一系統から進化して、今でも交雑可能。さて、どうする。目とか科とか上位の分類だと由々しき事態だから「鯨偶蹄目」みたいに早々に修正されるけど、種レベルだと割と適当でいいのか?
どの分け方が正しいかという考えよりも、医学目的にはこの分け方が都合がいいとか、歴史を理解する目的だとこれ、みたいな、分類方法を選択するという考えがあってもいいよねしかし「種が主観的なもの」かぁ、確かに種って人間のために作られた後付けの理由みたいなものかも!
ゆる哲のほうで、実存と本質とか、差異と同一性について語ってほしいな
タヌキ•ムジナ事件も実用上の分類問題と関係ありそうな話ですね。
28:07 カテゴリとかの話になると、ゆるコンのDatabase回や、ゆる言の「山は定義できねぇ」回に繋がりそう。なお「その他はダメ」って言ってくれる同僚/上司が居る職場はまだマシですねー(みんな平気でその他を作って自爆する職場よりは)。冗談はさておきDatabaseの「多対多結合」は割と答えになるかもと思ってます(つまり紙だとムリ)
面白かったです!
もはや哲学やん
俺か、俺以外か。(ローランド的種の定義)
ネアンデルタール人とホモサピエンスが異種なのに交配していたとなにかで読んで疑問に思ってました。「種」って奥が深いんですね。
ローランドさんは、ヒトとは別種と考えてもよろしいですか?
いま科博で分類の展示やってるからタイムリーでうれしい!
言語学的単語の意味って周囲との関係性の上に浮かび上がるボヤっとしたモノですし、何の定義にしてもある程度ふわっとしたモノになってしまうのは、言語を使っている性質上仕方ない部分もあるよなーと思いました。
共通の形態プラン、イデア論を彷彿とさせるなぁ
【確率的定義】生物という複雑なものを数学のように一つの原理原則でカッチリ分類するのは無理ですよねだから01でなく確率的に定義するよりないのでは生物分類学とはざっくり①生命系統樹の枝全てに名を与える、②生物個体や集団がどこの枝上に位置するのかそのアドレスを明らかにすることだとして①についてどこからが枝Aなのかも確率的に。「鳥類という枝の成立について◯○万年前の段階で50%、△△万年前の段階では99%」みたいに②についてアドレスもまた確率的に。「この人はホモサピ98%でネアン2%」みたいにつまり生命系統樹でホモサピ枝とネアン枝は遠目では明らかに別物なのだけど、至近距離でよくよく見れば交雑による糸で網目のように繋がっている。だからホモサピ枝とネアン枝すらも「◯○%別物」としか表現できないわけです動物の場合、この枝間の交雑糸はせいぜい属レベルの小枝間にしか掛かりませんから、科レベルの中枝については「アシカ科とアザラシ科とは100%別物」と言い切れるでしょうね。ところが植物の場合、この交雑糸は科レベルの中枝にも掛かりえますので「イネ科とイグサ科とは99.99…%別物」みたいな表現になるかもしれません
異種姦モノの同人誌を探してたらたまたま知ったんですが、イヌ属のオオカミ、コヨーテ、ジャッカルは交雑が可能で自然界でも起こり、更に交雑種にも繁殖能力があるそうです。生物学的種概念には、こういう身近な例外もあるみたいです。ブログでイヌ属同一種説なんて物を提唱してる人(一応、学者ではなさそうなので正式な学説かは不明)も居るみたいです。
種の起源のインパクトが伝わった
昔から「チワワ」も「土佐犬」も同じ種であることに違和感があったのですが、今回のお話を聞いて「種」がかなり曖昧なものであることが理解できました。
家犬も結構品種による差異が大きいけど、グラデーション的に分けていったら「ああ、なるほど同じ種かもしれん」ってなりますもんねぇ。
鋼錬の方なんだ、銀の匙とかもやしもん見てそうなのに
種と言うより分類の話しになっちゃいますが、、、トキヒロさんの「窓際じゃないですよ」って発言、日本における実情をよくあらわしていますよね。本来、仕事の形をデザインする「最上流」の工程である大切な仕事なのに軽視されてしまう。利益に直結しないってこともあるんでしょうけど、仕事の性質としてどれだけの熱意を込めても、どんなに優秀な誰かがやっても「成功」の判定を得ることが極めて難しいことが経験的に判っているからってこともあるのかもしれません。「分類」って理想を言えばもっとも客観的であるべきなのに、実際にはどうやっても主観的になってしまう仕事なんですよね。そういう意味では、成功に必要なスキルは図書館学や哲学の素養ではなくて「政治的な豪腕」なのかもしれないですね。カナシイ
分類の話、ヘヴィメタルでも同じ現象発生してるわ
ANIとかAAIでぶった切る微生物分類のわかりやすさよ
それが発表された事で種の定義が揺らいでしまったのにタイトルは皮肉にも「種の起源」とはw
星野源『ばらばら』は種の実用性を説いた歌なのか…!
種についてですが、山々の連なった山脈のそれぞれの最高地点、ピークにつけられた名前のようなものだと思います。ピークが存在することは確かですが、その境界線については定義(種分類の学説)によって異なるというものではないでしょうか。 従って、種は存在するがその厳密な定義は不可能というのが自分の考えです。
人間の定義の話、スペースノイドとアースノイドが争い合う理由がなんとなく伺えるかも
そして基本となった祖先種もまた健在だと...スペースノイドとアースノイド「めんどくさいからサピエンスは滅ぼして俺たち二種で痛み分けってことにしよう」
よしのぶとよしのびは同じ種ですか?
徐々に伸びた想定だが、もっと伸びて縮んできた場合もあるし伸びた個体は滅んでしまった等色々な可能性が考えられますよね♪
後世の人(ヨシノブって人、いろんな動物に名前つけてるなぁ。きっとリンネに並ぶ物凄い発見者なんだろうなぁ)
11:50 変化しないが根底にあると、温暖化とか問題になるという意識であってる? これって弁証法てきな世界観(考え方)とぶつかる? {科学の進歩?} 温暖化とEVと発電 あわさると原発になるの? ドイツは原発廃止にうごいてたよね色々考えるきっかけになりますね
実用的なものなので、生物側に分類法を見出しているうちは、統一的な概念が生み出せないんですよね。統一的な概念を見出したければ、使う人間が一番便利な形に別けていると、分ける理由に人間を持ち出すしか無いと思います。人間は比較することで特徴を見出します。鳥が飛ぶという基本的な特徴すら、他の生き物の多くは飛ばないという前提との比較から来ています。ですから種の分け方の本質を言葉にすると「その分類周辺を研究している研究者が、グループ同士を比較して違いを見出しやすい最小単位の分け方」みたいになるのでは無いでしょうか。
色は連続だけど、あれは何色だと言えないと不便だしな
種はグレースケールだから無いという理屈で言うと「色」も無いことになる。だから「どこに種の境目があるか」の定義は、種が存在するための必要条件じゃない気がする。
色の話しから考えると、RGBみたいな要素の数値化で分ければ良い話しで、グループ分けはむしろ「文化的な必要性で分ければ良い」ということでも良いのかな?なんて思ったりもしますけど、生物を種名で扱えないのは研究の主体が人間である以上致命的な欠陥になっちゃうでしょうね。
おもしれぇ😮
ねずみ好きだな!
ソシュールの山は定義できない話と似てますね
順番に見てると、ちょっと前までテンポ悪い感じ続いてたのが今回はテンポよく、内容も入ってくるし笑いどころもあるし面白かったです!!種の起源って、生物達が太古から現世代のメンバー(ラインナップ?)そのままに累々継承してきたわけじゃなく、どんどん変化してきたもので、つまり祖先の姿は現在の私たちとは違う姿だったんだよ、ってことを発見したものだったんですね。
その種がえっちだと思えたなら同種!!!!!!ケモナーも悪魔っ子も関係ねぇ!!!!!!!!!!これが……、俺の『種概念』だッッッ!!!!!!!!!!!!!!!
うーん、難しい。プラトンさんに訊いてみたい。
ゆる生態学というより、ゆる社会学になっちゃうけど、人種差別主義をレイシスムというのが、ずっと気になっている。みんなhuman species でhuman racesじゃないのに。そういう本がアメリカで出版されて読みたいけど それ程 話題になっていないらしい。もう、ネイティヴアメリカンとか、アフリカ系アメリカ人とかの用語が定着したのに。
つまりDivide and conquer ってことですね
トゲナシトゲアリトゲトゲとトゲナシトゲトゲはどっちが先なんですか?w
オレと君と君たち以外か。
ワクワク
サイクルスポーツセンター行ったら自転車が実在するのかも分からなくなるよ。
アイデンティティーとは何か自己同一性とは何か自己とは何か同一人物 違う人物 3日で変われる
人類は滅亡しないかもしれないその頃にはもはやヒトではないから
人種もそうですね、あくまで主観。しかもこっちは便利どころか歴史上、害ばかりもたらしてきた。
俺種か俺亜種か
種はきませり
精神的に種が違う人っているよねぇ~
1998年度 川渡合同セミナー:種とは何か? by 法政大学第一教養部 月井雄二ここに詳しく今回の内容が載ってましたそもそもの人間の認識ってどんなモンなの?って話から載ってて面白いです古いので今、これがスタンダードな考えなのかは不明ですが
>「プリニウス」読みましょうか?いや、二人とも読んだらチャンネルが成り立たない。
【参考文献・サイトのリンク】
◯種を語ること、定義すること
amzn.asia/d/io2p7xQ
◯動物分類学の論理
amzn.asia/d/cZYtoVm
◯www.ias.ac.in/article/fulltext/jgen/097/04/0811-0815
【Lab BRAINSさんのよしのぶ執筆記事】
lab-brains.as-1.co.jp/tag/yuru-seitai/
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今回神回だったな……生態学✕哲学の持ち味が最大限に出てた!というか何より、いつよりましてふたりとも楽しそうに喋っててよかった
すごいいい導入でした!
分類というのは対象にあるのではなく、ヒトのカテゴライズ(認識・弁別)問題ですな
虹は何色か、みたいな
「区別」したい要請に応じて変わる
理想の形があって、それに合わせて振れ幅のある個体が存在するっての、イデア論やら普遍論争やら色々想起するなぁ〜
いつも以上に概要の生き物リストがカオス
ヨシノブムカシネズミからヨシノブネズミになるところで通りすぎちゃって「ヨシノブミライネズミになっちゃった」って言うのセンスあって好き
「みんな遺伝子は違うはずなのに、何をもってヒトという種でくくれるんだろう?」と子供のころからずっと抱いていた長年の疑問が解消されました。
実態は連続的だけど、人間にとって理解しやすくするために人為的に区切っているものなんですね。
これって生物学に限らず色んなところで同じようなことが起きてそうですね。なんだか『テセウスの船』の話っぽいなとも思いました。
みんな大好きシマエナガはエナガの北海道亜種だしね
マイヤーの定義の落とし穴として、輪状種をどうやって扱うかが有名なのとしてあるね
A、B、C、D、E、Fと集団が並んでいて、隣とは交配可能だけど、AとFは交雑が不可能、さて、種をどこで区切りますか?
分岐系統学が発達して、ある種がある種の入れ子になる事例も発覚。例えばホッキョクグマはヒグマの一系統から進化して、今でも交雑可能。さて、どうする。目とか科とか上位の分類だと由々しき事態だから「鯨偶蹄目」みたいに早々に修正されるけど、種レベルだと割と適当でいいのか?
どの分け方が正しいかという考えよりも、医学目的にはこの分け方が都合がいいとか、歴史を理解する目的だとこれ、みたいな、分類方法を選択するという考えがあってもいいよね
しかし「種が主観的なもの」かぁ、確かに種って人間のために作られた後付けの理由みたいなものかも!
ゆる哲のほうで、実存と本質とか、差異と同一性について語ってほしいな
タヌキ•ムジナ事件も実用上の分類問題と関係ありそうな話ですね。
28:07 カテゴリとかの話になると、ゆるコンのDatabase回や、ゆる言の「山は定義できねぇ」回に繋がりそう。なお「その他はダメ」って言ってくれる同僚/上司が居る職場はまだマシですねー(みんな平気でその他を作って自爆する職場よりは)。冗談はさておきDatabaseの「多対多結合」は割と答えになるかもと思ってます(つまり紙だとムリ)
面白かったです!
もはや哲学やん
俺か、俺以外か。(ローランド的種の定義)
ネアンデルタール人とホモサピエンスが異種なのに交配していたとなにかで読んで疑問に思ってました。「種」って奥が深いんですね。
ローランドさんは、ヒトとは別種と考えてもよろしいですか?
いま科博で分類の展示やってるからタイムリーでうれしい!
言語学的単語の意味って周囲との関係性の上に浮かび上がるボヤっとしたモノですし、何の定義にしてもある程度ふわっとしたモノになってしまうのは、言語を使っている性質上仕方ない部分もあるよなーと思いました。
共通の形態プラン、イデア論を彷彿とさせるなぁ
【確率的定義】
生物という複雑なものを数学のように一つの原理原則でカッチリ分類するのは無理ですよね
だから01でなく確率的に定義するよりないのでは
生物分類学とはざっくり①生命系統樹の枝全てに名を与える、②生物個体や集団がどこの枝上に位置するのかそのアドレスを明らかにすることだとして
①についてどこからが枝Aなのかも確率的に。「鳥類という枝の成立について◯○万年前の段階で50%、△△万年前の段階では99%」みたいに
②についてアドレスもまた確率的に。「この人はホモサピ98%でネアン2%」みたいに
つまり生命系統樹でホモサピ枝とネアン枝は遠目では明らかに別物なのだけど、至近距離でよくよく見れば交雑による糸で網目のように繋がっている。だからホモサピ枝とネアン枝すらも「◯○%別物」としか表現できないわけです
動物の場合、この枝間の交雑糸はせいぜい属レベルの小枝間にしか掛かりませんから、科レベルの中枝については「アシカ科とアザラシ科とは100%別物」と言い切れるでしょうね。ところが植物の場合、この交雑糸は科レベルの中枝にも掛かりえますので「イネ科とイグサ科とは99.99…%別物」みたいな表現になるかもしれません
異種姦モノの同人誌を探してたらたまたま知ったんですが、イヌ属のオオカミ、コヨーテ、ジャッカルは交雑が可能で自然界でも起こり、更に交雑種にも繁殖能力があるそうです。生物学的種概念には、こういう身近な例外もあるみたいです。
ブログでイヌ属同一種説なんて物を提唱してる人(一応、学者ではなさそうなので正式な学説かは不明)も居るみたいです。
種の起源のインパクトが伝わった
昔から「チワワ」も「土佐犬」も同じ種であることに違和感があったのですが、今回のお話を聞いて「種」がかなり曖昧なものであることが理解できました。
家犬も結構品種による差異が大きいけど、グラデーション的に分けていったら「ああ、なるほど同じ種かもしれん」ってなりますもんねぇ。
鋼錬の方なんだ、
銀の匙とかもやしもん見てそうなのに
種と言うより分類の話しになっちゃいますが、、、
トキヒロさんの「窓際じゃないですよ」って発言、日本における実情をよくあらわしていますよね。本来、仕事の形をデザインする「最上流」の工程である大切な仕事なのに軽視されてしまう。
利益に直結しないってこともあるんでしょうけど、仕事の性質としてどれだけの熱意を込めても、どんなに優秀な誰かがやっても「成功」の判定を得ることが極めて難しいことが経験的に判っているからってこともあるのかもしれません。
「分類」って理想を言えばもっとも客観的であるべきなのに、実際にはどうやっても主観的になってしまう仕事なんですよね。
そういう意味では、成功に必要なスキルは図書館学や哲学の素養ではなくて「政治的な豪腕」なのかもしれないですね。カナシイ
分類の話、ヘヴィメタルでも同じ現象発生してるわ
ANIとかAAIでぶった切る微生物分類のわかりやすさよ
それが発表された事で種の定義が揺らいでしまったのにタイトルは皮肉にも「種の起源」とはw
星野源『ばらばら』は種の実用性を説いた歌なのか…!
種についてですが、山々の連なった山脈のそれぞれの最高地点、ピークにつけられた名前のようなものだと思います。ピークが存在することは確かですが、その境界線については定義(種分類の学説)によって異なるというものではないでしょうか。
従って、種は存在するがその厳密な定義は不可能というのが自分の考えです。
人間の定義の話、スペースノイドとアースノイドが争い合う理由がなんとなく伺えるかも
そして基本となった祖先種もまた健在だと...
スペースノイドとアースノイド「めんどくさいからサピエンスは滅ぼして俺たち二種で痛み分けってことにしよう」
よしのぶとよしのびは同じ種ですか?
徐々に伸びた想定だが、もっと伸びて
縮んできた場合もあるし
伸びた個体は滅んでしまった等
色々な可能性が考えられますよね♪
後世の人(ヨシノブって人、いろんな動物に名前つけてるなぁ。きっとリンネに並ぶ物凄い発見者なんだろうなぁ)
11:50 変化しないが根底にあると、温暖化とか問題になるという意識であってる?
これって弁証法てきな世界観(考え方)とぶつかる? {科学の進歩?}
温暖化とEVと発電 あわさると原発になるの? ドイツは原発廃止にうごいてたよね
色々考えるきっかけになりますね
実用的なものなので、生物側に分類法を見出しているうちは、統一的な概念が生み出せないんですよね。
統一的な概念を見出したければ、使う人間が一番便利な形に別けていると、分ける理由に人間を持ち出すしか無いと思います。
人間は比較することで特徴を見出します。
鳥が飛ぶという基本的な特徴すら、他の生き物の多くは飛ばないという前提との比較から来ています。
ですから種の分け方の本質を言葉にすると「その分類周辺を研究している研究者が、グループ同士を比較して違いを見出しやすい最小単位の分け方」みたいになるのでは無いでしょうか。
色は連続だけど、あれは何色だと言えないと不便だしな
種はグレースケールだから無いという理屈で言うと「色」も無いことになる。
だから「どこに種の境目があるか」の定義は、種が存在するための必要条件じゃない気がする。
色の話しから考えると、RGBみたいな要素の数値化で分ければ良い話しで、グループ分けはむしろ「文化的な必要性で分ければ良い」ということでも良いのかな?なんて思ったりもしますけど、生物を種名で扱えないのは研究の主体が人間である以上致命的な欠陥になっちゃうでしょうね。
おもしれぇ😮
ねずみ好きだな!
ソシュールの山は定義できない話と似てますね
順番に見てると、ちょっと前までテンポ悪い感じ続いてたのが
今回はテンポよく、内容も入ってくるし笑いどころもあるし面白かったです!!
種の起源って、生物達が太古から現世代のメンバー(ラインナップ?)そのままに累々継承してきたわけじゃなく、どんどん変化してきたもので、つまり祖先の姿は現在の私たちとは違う姿だったんだよ、ってことを発見したものだったんですね。
その種がえっちだと思えたなら同種!!!!!!
ケモナーも悪魔っ子も関係ねぇ!!!!!!!!!!
これが……、俺の『種概念』だッッッ!!!!!!!!!!!!!!!
うーん、難しい。プラトンさんに訊いてみたい。
ゆる生態学というより、ゆる社会学になっちゃうけど、人種差別主義をレイシスムというのが、ずっと気になっている。みんなhuman species でhuman racesじゃないのに。そういう本がアメリカで出版されて読みたいけど それ程 話題になっていないらしい。もう、ネイティヴアメリカンとか、アフリカ系アメリカ人とかの用語が定着したのに。
つまりDivide and conquer ってことですね
トゲナシトゲアリトゲトゲとトゲナシトゲトゲはどっちが先なんですか?w
オレと君と君たち以外か。
ワクワク
サイクルスポーツセンター行ったら自転車が実在するのかも分からなくなるよ。
アイデンティティーとは何か
自己同一性とは何か
自己とは何か
同一人物 違う人物 3日で変われる
人類は滅亡しないかもしれない
その頃にはもはやヒトではないから
人種もそうですね、あくまで主観。しかもこっちは便利どころか歴史上、害ばかりもたらしてきた。
俺種か俺亜種か
種はきませり
精神的に種が違う人っているよねぇ~
1998年度 川渡合同セミナー:種とは何か? by 法政大学第一教養部 月井雄二
ここに詳しく今回の内容が載ってました
そもそもの人間の認識ってどんなモンなの?って話から載ってて面白いです
古いので今、これがスタンダードな考えなのかは不明ですが
>「プリニウス」読みましょうか?
いや、二人とも読んだらチャンネルが成り立たない。