「ぼっち・ざ・ろっく!」はロックなのか?〜「水星の魔女」「チェンソーマン」とのリンクと「けいおん」とは違う2023のリアルとファンタジー【山田玲司-396】
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- เผยแพร่เมื่อ 7 ก.พ. 2025
- 山田玲司のヤングサンデー第256回
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• 【後編-396】「ぼっち・ざ・ろっく!」はロ...
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• 2023 山田玲司のヤングサンデー
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山田玲司
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久世孝臣
/ waraukuze
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※切り抜き動画プロジェクトのお知らせ
• 切り抜き動画プロジェクトのお知らせ
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※おたよりはコチラ
reiji.yamada.ys@gmail.com
2023年3月11日 収録
#山田玲司
#ヤンサン
#ぼっちざろっく
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ちなみに「STARRY」は「星空」という意味ですが、店長である伊知地星歌の名前からとっているわけではないようです。
コミックス5巻にて語られますが、「星の数ほどたくさんのバンドが活動して、母親に届くくらいの輝きを放つ場所になるように」という意味だそうです。
50代のおやじです。娘と一緒にぼっちざろっくを鑑賞し大変楽しめました。楽曲や作画のクオリティーの高さ、4コマ原作のテンポをそのまま生かしたギャク描写、かわいいキャラデザインなど素直にいい作品だと思いましたね。特にライブシーンのこだわった演出と作画は制作人の並々ならぬ意気込みと努力を感じましたし、声優さんの歌唱力にもしびれました。(半分娘のうけ売り)
山田先生もおっくんもロックとバンドに対しては並々ならぬ感情があるようで私もロックを聴いてきたし、若い時にバンドもやっていたので理解はできますが、現在はロックに限らず音楽全体が大量生産・大量消費・大量廃棄される時代のため、昔のようにインセンティブを持たなくなってきましたよね。そういう意味では主人公が音楽から受ける刺激ではなく、ぼっちを克服するという理由でギターを始める設定は現代にマッチしていると思いましたし、変にカッコつけず、ただ他人にちやほやされたいという欲望をそのままセリフで言わせているのも逆に好感が持てました。その辺のリアルな部分が作品に入り込みやすい要因になっているような気がします。
(長文送ってしまってすみません。感想を見てつい話しかけたくなってしまいました…)
ロックやバンド文化に造詣のない学生です。逆に自分より上の世代の方にもこのアニメが受けているのが分かって、正直驚いています。
私はいわゆる「オタク」でロックやバンドのことはよく分からないのですが、この作品に没入することができませんでした……。
私も周囲と趣味が合わなくて学校に馴染めず「ぼっち」だったことがあるのですが、その時のことを思うと他人の孤独をエンタメとして見られなかったことが理由だと思います。もっと言えば、この作品の主人公の言動を見たときに「うわ、周囲から見て『自分みたいな人』ってこういうイメージなんだ…」と勝手に傷ついてしまいました。
主人公のように孤独な人をバカにする意図は作品にはなかったのだとは思うのですが、何となく自分は孤独を味わったことのある側の人間として「お前達はどうせこういうのが好きなんだろう…?」と勝手に決めつけられているような気がしてしまいました。
もしかするとリアリティがないからというだけでなく、私のような理由でハマれなかった人もいるのかな…とちょっと思いました。上手くまとめられなくてすみません。
@@本編を見てなさそうな人に説明 「他人の孤独をエンタメとして見れない」というのは、まさにだと思います。自分も「ぼっち」経験ありますが、「ぼっち」にも色々種類があると思うんですよね。でも、「ぼっち」故に自分の生態を伝える機会がない。だから「ぼっち」は未確認生命体のように大げさな脚色をされて、「こんな首が長い生き物が湖にいるんです」みたいな感じで、ふわふわしてるけどビビットな共通認識でしか認知されない悲しみがあると思います。
しかし、ぼざろはここまでポップに「ぼっち」な人という生態を作品に落とし込んだ点では関心しかなかったです。(自分はぼっちちゃんにはライドできなかったですが・・・)
だって主人公「ぼっち」だったら絶対暗い作品になるじゃないですか。でもぼざろは暗くない。めちゃくちゃ明るい。そこにどうしても嘘が入ってきてしまうのは仕方ないでしょう。で、重要なのがこの作品の明るさを担保しているのはまぎれもなくぼっちちゃんですよね。そこが味噌で実はぼっちちゃんってコミュニケーションは苦手かもしれないけど根はこの作品の登場人物の中で一番明るいと断言できる!それは作品みれば分かるとおもいますけど、ぼっちちゃんの脳内は他人がみたら愉快で面白すぎて、絶対人気者になれる逸材なんですよ。現にぼっちちゃんの脳内を見ている我々はぼっちちゃん大好きじゃないですか。
だから、私としては、「ぼっち」界のネッシーであるぼっちちゃん的な人を「いやこんな首長い巨大生物いるわけないやろ!」ってツッコミを入れてくれる作品が現れてくれたら(もうあるかもしれないけど)「ぼっち」の解像度が上がって嬉しいですね。
ノイズカットって言ってるけど別の意図があると思う。
暖かく思いやりのある家族、ギターを持っているという物質的もしくは趣味としての文化的豊かさ、可もなく不可もない学校、っていうのは「外的環境としては不満がないくらいには幸せなはずなんだけど、自分から動き出せないどこか満たされない今時の若者」をよく表してると思う。
あと、これは現在の若者としての実感なんだけど、、
虹夏ってキャラは確かに聖人君子の様に人の出来た性格だったけど、現実でもそれぐらい誰かのことを慮ったり、そのために手を差し伸べることができる良い人が増えてるよねって思う。
昔に比べて「知らない人、赤の他人」に対して親切に振舞える若者は格段に多いと思う。若者を舐めないでほしい。
体感ですが、電車の席譲ったりするのも、40以下から若くなるほど増える。
団塊の世代~団塊ジュニアくらいが、昔から席譲るのが少ない気がする。
優先席にも居座って寝たふりしてるイメージ
個人的に若い人って損得で動いていると思っていたのでおっさんだけど、そう言う若者が現実にいることをいってくれるとなんか凄く嬉しいです。
@@たかな-r9e 団塊~のは、席取りゲームの刷り込みあるから抜け出すの容易ではないと思うよ
実力での席取りが多かったなら、まだ違ったのだろうけどね
それより上や下が違うのは財産執着の価値観が違うのだと思う
学校ではいじめられてライヴハウスではカツアゲされてたような自分には、容姿も良くて周りにも恵まれた環境で陰キャとかただ踏み出す勇気の問題じゃんて思って乗れなかったけど、その通りだったんだなと思いました。
@@wagon_alpha 今どういう状態かわからないけど、自分に合った居場所は必ずあるよ。あと後藤ひとりが正解ってわけじゃないから、この作品を楽しむ為に自分と後藤ひとりを同一化させなくてもいいと思う。
アジカンも出たてのころは
「あんなのロックじゃない」だのいろいろ言われたそうな
おじさんが熱く語る反体制的なロックもいいとは思うけど
人と目も合わせられないような女の子がバイトしてバンド活動頑張って
「明日もバイトか・・・」でしめくくるアニメの方が今っぽいロックなんだと思う
レスポールカスタムをジョンサイクスが使ってただの鮎川誠だのだからなにって見てて思った
そこも含めてアジカンフォロワーの作品って感じはしますよね
なんというか、おじさんや不良のロックに対抗した戦いの後にできた作品って感じ?
アラサー世代の自分としては、有名どころだとアジカンとかBUMPとかナンバガがメインで所謂おじさんが熱く語る反体制ロックはジャンル違いって感覚が強いです。
ぼざろは少女漫画系に見えてガッツリ少年ジャンプ系だと思います、孤独、成長、仲間、限界突破等などのジャンプあるある要素が詰まっててなおかつ登場人物みんなが異なる特技を持ってて個性豊かで可愛い。
アジカンのゴッチが昨年日記でぼざろを見たことを書いていて、その中の以下の言葉が今回の先生方のトークにガン刺さりしてるなと感じたw
”俺たちはロックが持つある種のドレスコードに反発していた。それは華美な衣装や化粧だったり、革ジャンのイメージだったり、あるいはハーフパンツとクラウドサーフだったりした。デビュー当時は「あんなのはロックじゃない」と散々言われた。傷ついたこともあったが、その言葉こそが燃料だった時代もあった。”
それだけ見ると遅刻してきたNIRVANAみたいだな。
実際、下北系解説してる人の動画を見る感じグランジ的解釈したほうが腑に落ちた。
初めてパンクやメタルを聴いて稲妻に打たれたような衝撃、最初に神に出会って救われた状態で楽器が始まってる玲司さんやおっくんと、
ギターを練習して見つけてもらう先に救いがあるぼっちとでは動機と目的が全く違うんだなと色んなコメント読んで思った。
前者はロック的な生き方(これがそれぞれ全く違うからよく争いになる)に影響受けてるから必ずしも自己表現が楽器である必要もなくて、
ただロックへの愛や理想、救ってもらった恩があるから自然と知識は増えルーツを重んじる面倒なロックオタクになりがちなんだと思う。
だから後者のように無宗教のようなフラットなミュージシャンが存在することが想像もできないんじゃないかな。
バンドやってる50のオッサンですけど
僕らの年代と今の10代が同じ意識な訳無いじゃないですか
反骨精神とかなんとかって、そんなのが有るのかどうかはわかりませんけどロック道みたいなモノに当てはめて「それは違う」って言ってもなぁ、という印象です
ロックってもっと好きなようにやってくれればいいと思うし若い人達は自分達のやり方でどんどんやって欲しいです
ジョンサイクスとかスターリンとかさすがに今のご時世思いつかないですよ
(勿論知ってますけども)
「主のモチベがロック好きじゃなくて、人に見られたい」ってところはスラダンみあるよな。
ロックの定義を言い出してる時点でロックじゃない。
何にも縛られないのがロック。
ロックの概念はいろいろあるけどぼっちちゃんの摩擦係数の高さと暗い情熱は紛れもないロック
昔稲中卓球部が売れたときに確かテレビで大御所漫画家の皆様が「稲中はチンコウンコ言ってるだけの程度の低い笑いでこれを喜んでる読者もレベル低い」みたいな事言ってて ズレたこと言ってんなあ 俺らそんなところ面白いと思ってないのになあ 感性が死んだらおしまいってのはこういう事なんだろうなあと思ってたあの頃を思い出しました。
漫画家のお名前、教えていただきたいです😮
@@ss-tp2rg わざわざ伏せてるんだから深掘りせんでええわ。荒れる原因になる
世間の流行りを馬鹿にし始めたら感性鈍ってる証かもしれんなぁ
この漫画は別に陰キャならロックだという訳じゃないと思う
「陰キャでも人気者になれる」と信じた女の子が努力で手に入れた才能と仲間の話
例えばぼっちが格ゲーやり込んでて、虹夏からゲーセンあるから対戦しようと言われても成り立つ完成度高い漫画だと思う
作中でも「陰キャでもロックなら人気者になれる」ってセリフや内容で補強してるわけで、そこは格ゲーに置き換えるのも違うと思うよ
@@海鼠なまこかまぼこ 似たようなセリフに改変すれば一緒じゃない?
@@ユキチ-e8x ロックの持ってる歴史観が「陰キャがスターへ」ってプロットに繋がってるわけで、
それは他の物なら何でも置き換わるものじゃないよ
格ゲーが例に上がってるからそれで説明すると、
日本で格ゲーのプレイヤーが脚光を浴びる土壌自体がほぼないからロックと同様の置き換えにができないし、
ゲーセンで遊んで少し上手いだけで人気者にはならない
もちろん世界で数人レベルまでいけば人気者になるだろってアクロバティックな論理をすれば成立するとしても、
日本では「格ゲー?遊んでるだけ?」でしかない
@@海鼠なまこかまぼこ 日本だけやなく世界中で格ゲーのプロゲーマーおるぞ?ウメハラやsonicfoxとか
@@ikenumaakira それが世界に数人クラスやん
日本の格ゲーで一般的に知名度高いの選手ってウメハラのみとかそんな感じでしょ
この作品はアラサーホイホイ。
残響レコードなんかの下北系は最盛期だったし、高校生中心の閃光ライオットなんかもあった。
今の10代にとっては純粋な麻酔アニメに見えるのかな。
でもあれに準じた青春を送った現アラサーバンドマンは、ご存知の通り近年かなり辛い目にあった。
僕はフツーの仕事ですが、横目で見てきました。
ぼざろは彼らへの救いの面もある。楽曲のクレジットを見れば分かります。
これは僕の初期衝動なんですよねー。37年前の。これが僕の理由なんです。誰に憧れたわけでもなくて、生きるための手段なのです。今も。偶然見つけた練習が苦にならない事で、音楽が好きで入ったわけではない。
タクヤさん!?!?!?
音楽の1ジャンルでしか無くなったロックに対してモヤるかつてロック好きの少年だった大人達という構図ですかね
寂しいという感想はなんとなく分かりますが、いつの時代でもいい年をした大人は自分達の少年時代を美化してしまうものですね
はまじ先生自体が良い意味でアジカン以外はニワカなのが寧ろ講釈型アニメになってなくて良かったのかも
山田先生がおっしゃったようにぼっちでも辿れるサクセスストーリー…という入りがぼっちちゃんだと思うので
リアリティーが無いとしてる部分を入れたら、いくらでも失敗させるストーリーにする事は可能で、それをしたら売り物にならないよね
ただプロがこの作品はリアリティがあり、BECKのほうが絶対リアリティないといってるんだよね。
その方はプロのベーシスト。高校生でプロになった人
この方達より音楽わかってる。
@@KK-lj8sv 川村さんね。最終話で声もなく泣きながら拍手してましたね。
年寄りか大人からみてリアリティない行動をする子供っていっぱいいるし、まあ、大人でもアホ丸出しとかあるか。
大人からみてリアリティある話も無数に存在してて、でもそれは作品にならないだけ。なのでは。
この作品がロック好きのおじさん達の価値観に合わなかっただけで、そこでリアルティという言葉を使うと語弊が生まれるんじゃないかと
単に価値観の違いだと見れば、特におかしな事を言っている訳では無いと思います
あとプロのベーシストの人の動画も見ましたが、彼からすると音楽を始めるキッカケとしてはおじさん達と同様の衝動があったんだと思いますが、色々な経験を積む事でその辺が隅の方に追いやらて、面倒くさいこだわりが無くなっていくんじゃないかと感じました
@@miyoshi415 ある程度目指して破れてるから美化してしまってるのだと思うよ
こういう世界は実力あるのは当たり前で、漫画だろうと思える位の運があって初めて表(金取れる意味)に出れるのが殆どだけど、プロならわかってるはずなのにね
戻して、そもそもバンド成功話なのにそれ否定したら別作品になるよねが、違和感だと思う
この作品の面白いのが、いろんな人の感想をみるなかで現在プロとして活動してるミュージシャンは「結構リアルだ」という感想を言っていて、ギーク的なひとは「リアリティがない」と言っていることですね。
リアルの着眼点が違うからでしょうね。プロミュージシャンにこの脚本はリアルだと思うか?って聞いたらリアルじゃないって言うと思うよ。
あくまでズレてる音の出し方とか、ファンの少ないバンドの扱いとかがリアルだって言ってるだけで。
プロのミュージシャンは音楽活動に対してルサンチマンを抱いていないからだろうね。リアリティって自分の人生と比較して感じるものだからどっちの意見も参考にはならないとは思う。
これアジカンから名前とったりしてるけど、キャラとかストーリーとかシチュエーションはBAND-MAID見てるみたいなんだよな
ロックの色んなピースを寄せ集めたロックフュージョンてのが本質だと思う
BAND-MAIDぽいって言われてるのは
リードギターが文化祭でメイド服着てたとか、ギタリストがメイド服でテーブルの上に乗ってる絵がまんまBAND-MAIDのDominetionだったり
リードギターがネットで配信しててギター弾いてたとか、陽キャのサイドギターがギター弾けなくてリードギターが先生だったとか
リードギターは天才って言われてたりとか(ぼっちちゃんみたいな陰キャじゃなく不思議ちゃん系だけどガチの天才)
ベーシストがライブで常に酒のんでて飲む理由が陰キャなので飲まないとやれないとか
その元ネタBAND-MAIDじゃねってのが多い
日本より海外で人気のバンドなので海外でのコメントみてるとこのへん指摘してる人が時々いる
リアルにBAND-MAIDっぽい
ぼざろはライブハウスを中心にしてたのが良かったと思う
ゆるキャン△のような馴染みのない文化紹介になってて時代にあってた
このタイプは不思議なもんで、作り手に熱がこもるんだよね(外すこともあるけど)
あとぼざろは「周りが優しいのに主人公だけがやたらネガティブ」で成立してる感がある、いわゆる「繊細さん」のデフォルメ
作者はけいおんと同じにならないように意識はしてたみたいね
そもそもぼざろをバンドアニメとして語ってる事に違和感。
ギャグアニメでしょ。
それもポプテピピックのように実験映像をゴリゴリ使うイカレたギャグアニメ。
なのに
驚くほど良い楽曲。
あきれるほどカッコいいライブ映像。
しっかりとした成長譚。
というパラメーターがニッポンヒトデみたいな形した、
イカレたアニメーション作品。
枠組みをぶち壊すのがロックだと言うのなら、
枠組みを貫いちゃってる「ぼっち・ざ・ろっく!」は正しくロックである。
そんな作品を「文脈」とか「ロックのような形をしているか」
という「枠」で捉えようとすれば描かれている物を受け取れないのは当然。
それはロックアティチュードに反する振る舞いだと個人的には思う。
(自戒も込めて)
まあギャグアニメ(マンガ)でしょうね。原作者みずからXで「後藤の身体は人間ではない」などとネタをかましていますし。ただ音楽がらみということで制作陣の熱が入りすぎて、ガチ寄りのロックアニメが出来上がってしまった、というのが正直なところじゃないかな?ガチな部分とギャグな部分が良いブレンドで炸裂していますよね。
この作品では、主人公を
「天才肌のギタリスト」として描いていない。
「孤高のカリスマ天才ギタリスト」
というキャラクターは、この種の音楽をモチーフにしたアニメや漫画ではありがちだが、この作品では一線を画している。
即ちぼっちちゃんは、努力型なのだ。
むしろそれが視聴者の共感を生み、空前の大ヒットへの一助となったのである。
ごめん、何言ってるのか分からない💦
そうね
天才性の話だけならぼっちよりある意味で喜多ちゃんの方がよほど天才かもしらん
三年間毎日八時間の練習してた女だ、レベルが違う。
きららマナーと4コマの土台に乗っている作品だから
世界の作り込みとか言われても、その鑑賞に耐えられるように作ってないと思う。
確かにロックが舞台装置に使われているのはあれだけど
個人的には「見つけられたい」「何者かになりたい」というメッセージの方に共感した。
もちろん「友達になって」も言えない女々しさを、奥野さんが嫌うのも理解できますが。
映像の面白さが大きいアニメだったので、そっち方面に掘り下げて欲しかったです。
作者さんの配信聞いてみますと、音楽関係については意外と真剣に作り込んでますし、考えてますよ。
逆にそれ以外の人物設定については、作者さんが作ったのも忘れてる。「作者は原作読め」とか言われてるくらいには。
@@たかな-r9e はまじ先生の配信は拝見していますが、色々縛りがあるきらら誌で、音楽を含め表現しにくいところを責められるのは違うかなと。
今の日本だから受けたみたいな捉え方してるけど実際は海外評価も高いからそこは的外れかな。
また、ロックを反体制との戦いと定義してるけど、本当に戦うなら革命やデモや様々な活動がある。現実のロックは早い段階から上手くやれない人達の音楽だと思う。そうゆう意味では不良で人気者の時代よりぼっちの方がロックしてると思った。
まさに45分ぐらいからの動機が逆ってところ、それ以前の自分に二度と戻れないような衝撃を受けて始めたわけじゃないところが、特に玲司さんやおっくんのようなパンクやメタル入りでバンドやってた人間とは相容れないところなんだろうなと思った。
なんか作品内から情報があまり読み取れてないように感じる。
ぼっちちゃんが聞いてきた音楽がわからないと言ってるけど、押入れポスターや身に付けてる缶バッジからKANA-BOONやSUPER BEVER,クリープハイプやクロマニヨンズ等では?
ギタースタイルからは明らかにメタルを感じるのは中学生の時聞いてたデスメタルの影響?とか思うし。
ギターやジミヘン(犬)の件も洋楽好きなぼっちちゃんのお父さんがジョン・サイクスとジミヘンどちらも好きなら特におかしいとも思わないな。
公園での虹夏ちゃんとぼっちちゃんの出会いは、イギリスの地下鉄駅でティンホイッスル吹いてたステイシーとシェインが出会って結成されたポーグスみたいでエモいなーと思う。まあ、どっちも奇跡的な出会いではあるとも思うw
あとリアリティの問題でよくぼっちちゃんのギターヒーローのチャンネル登録者多過ぎとか結束バンド高校生にしては上手すぎとかよく言われる。これは確かにその通りではある。
でも、現実世界を見てみると、同じギター演奏系で登録者20万を越えてるmukuchi chanさんやベビメタとか中高生時代に完全アウェーなソニスフィアのメインステージで6万人の観客からアンコールが掛かるとか規格外の人って確かにいるのよね。
だからそんなこともあるかとつい思ってしまうw
引きこもりのアニメでは無くて陰キャのコミュ障のアニメだと思うのだが
人と交流したいけどキッカケも勇気も無くて
それを強引にぶち壊したのが虹夏でって話だと思うのだが
カントリーとかジャズのギタリストであるレスポールがギブソンと共同開発したギターであるレスポールをつかまえて、ジョンサイクスがアイコンのギターだからその文脈を想起させないかたちで物語に登場させるのがおかしいというのもおかしな話で、楽器が好きな人間からしたら「ふつうレスポールと言えばバースト系になるところカスタムを選んだんだ、意外性があっていいね」と思うくらいで、おかしくもなんともない。ロックおじさんのロック談義部分の精度が低くて、ぼっちざろっくに物申す段階に至っていないのが残念。
なるほど。レスポールをメタル文脈のみで語る事自体が偏ってるのに、って事ね。同世代としてあまりに恥ずかしい感想だと思ったから、この意見があって良かった。俺ら世代がこう思ってると若い子に勘違いされたらたまったもんじゃない。
ロック通を自称する人に限ってロックをガチガチに型にはめたがるよね
君たちのロックはそんな狭義で不自由なものなの?っていつも思う
山田先生が「アガペイズ」を書いていた頃にも野球がリアルじゃ無いからこの作品は駄目とか言う人は居たんでしょうね
今のエンタメが多様化した時代では、音楽に触れることが無い層の取っ掛かりになったんじゃないでしょうか。飽きてやめちゃってもそれはそれでいい時間だと思う
ゴールデン街とかに飲みにいって若い子と音楽の話してる姿を
外から見ているとこんな風み見えてるんだろうなって思ってしまったw
個人的にはぼっち・ざ・ろっくは楽しめましたよ。
なんか、ぼっちザロックを取り上げたら、視聴回数増えるという、配信目当てに取り上げてる感じがしてしまう。
というのは、現実にバンド活動をしているプロやアーティストの面白く深い考察動画が発信されウケてきている中、後発的に実際に趣味でバンドやったことのある程度のヤンサンメンバーが語ったところでどうなんだろう?
音楽、あるいはロックの面から語るのは、プロの考察動画の前ではツラいと思う。
ロックオタクな考察は求められていない。乙くんのノリは完全にフィットしていない。
厨二病感的なテイストを漂わせつつ社会批判、社会批評を行うヤンサンとしては、ぼっちザロックを取り上げるからには、ヤンサンが評価したチェンソーマンがコケた理由を分析し、ぼっちザロックがウケた社会背景を明らかにするというスタンスを取れなければ、ヤンサンメンバーが時代からズレているのを露呈しているだけになってしまわないか?
山田玲司せんせいならば、マンガ家の視点から違う取り上げ方ができなかったのかとも思う。
きららマナーとか、萌えアニメとかって括りで語り始めた段階で、どうしても時代とのズレを感じざるをえないかな。
学校が地獄だと言ったところで、そこに通うことになる子どもたちやそれに不安を抱える親たちには響かないだろう。じゃあ、どうすればいいのかという答えをみんな模索しているのだから。
なんか今回は完全にズレている気がして残念だった。😅😂😂
山田玲司せんせいだから個人的に聞いてみたい批評としては、マンガからアニメへの変換のされ方で生じるメリット、デメリットということかな。
だから、ぼっちザロックとチェンソーマン、水星の魔女を比較するのは盛り込み過ぎな気がする。水星の魔女は原作マンガがないだけに。
チェンソーマンは、ある部分時代の雰囲気を映しとった怪作だと、デビルマンやベルセルクなどと同様に、いずれ後世に歴史の1ページとして語られる作品だと、個人的には憶測する。
でも、マンガの魅力は殺伐とした設定の中に、おバカを突き抜けるギャグテイスト?も含み込まれてるところに魅力があるのではと勝手に想像する。アニメはボソボソ喋る暗い雰囲気を拭い去れなかった。アニメ制作の側がマンガの魅力を掬い上げる点でうまくいってない気がする。
一方、ぼっちザロックは、四コマしかないところから、ある種のリアリティ?を持たせつつ、ストーリーものとして仕上げてみせた、アニメ制作側の姿勢は評価されるべきでは?実写やデザイン的な表現を取り込むなど、実験的な試みもしつつそれをギャグに昇華してるし。
さらに実際に結束バンドが作曲できたかと思わせるほどの楽曲を用意した時点で、原作では誰も想像できなかった境地を開いているんじゃないだろうか。そしてその楽曲と、常にライブが成功してるばかりではないところが、国境を越えて世界で共感を得ているところなんじゃないかと勝手に推測してる。
山田玲司せんせいの目から見て、ぼっちザロックが国境を越えて受け入れられて行ったのは何故なのか?という問いへの答えは聞いてみたいところ。
その時、山田せんせいからきららマナーとか萌えアニメとかいう答えは出てこないと思う。
今回ひどかったですね…
当時の状況的にピンク髪は「アーニャ」なのに無理やりぼっちと結び付けてるあたり、「こっちはチェンソーを持ち上げてたから今更この作品は取り上げ辛いけど再生数まわりそうだから…」という思考なんで、嫌々やっている感を出そうする演出が透けてみえちゃってますよね?なのでアップデートできてない古い音楽の知識でマウントとっていくしかなかったからズレた印象を持つ人が多いのかも
お父さんは洋楽ファンなので、多分ジョン・サイクスに影響受けてレスポールを買ったと思う。
でも、ぼっちちゃんは突然バンドに誘われても良いように流行りの邦楽ばっかり弾いてたんさ。
まあ奥野のあれは叩かれても仕方ない。
ひたすらの知識マウントと自分が乗れないから駄目って主張が狭量すぎる。安野モヨコを腐してたときも思ったけど、「自分とは違う」って全ての創作物が自分とは違う個人から生まれてる事を理解したほうがいい。
玲司さんも学生の頃から知識マウントしてくるオタクが大嫌いだったとか言ってた割に、作品解説で自分がそれを体現してるのが残念。
飼い犬の名前がジミヘンだからギターのセレクトがどうこうとか、本当に些末。
今の時代、1970代頃から星の数ほどのロックスターを音源や映像で観ることが出来るのだから、憧れのギタリスト位何人もいるだろうと(仮に犬の名前がペイジで、娘に貸し与えるギターがギブソンSGでもフライングVでもポブライアンメイモデルでも特に不思議はない)。
そもそもあのレスポールは父親が所有していたものをひとりが使っている訳で、そのセレクトに思想性を求めても意味がない。作品的に意味があるとすれば、父親がこういう音楽を聴けとか娘に全く押し付けている様子が無いところか。
メタラーです。ぼっちちゃんのお父さんは昔ハムバッキングの汎用性の高い一本として黒カスタムを買ったが、後にジミヘンに目覚めストラトキャスターを買って今も時々弾いていて、犬にジミヘンと名付け、レスポール使わなくなったのでぼっちちゃんにあげた、と勝手に思っています。
ジミ・ヘンドリックスがP-90を搭載した黒のレスポールカスタムを弾いている画像があります。
愛犬の名前がジミヘンなので、ぼっちちゃんのお父さんはジミのファンだと思います。
ぼっちちゃんのパシフィカ、ネック側のピックアップは黒のP-90タイプが搭載されていますし無意識的にお父さんの影響を受けているんだなぁ〜と思いながら観ています。
ぼっちちゃんのお父さんと世代も近いし(笑)
ぼっちのストラップの長さは正しいよね。なんならもうちょっと高いポジションでもいいくらい。
上手く弾きたければこのあたりで構えるべきなんだけど、低くするのは本来「こんな低くしても上手く弾けるぜ」アピールなんで、それで下手だったらクソダセぇよね。
そうとは知らずに低く構えて上手くなれずに挫折した人は、ちゃんとした位置でもう一度弾いてみてほしいな。
普段は押し入れで宅録だしね。
ギター低く持つのはジミーペイジのまね
上手いとかヘタとか本来関係ない
今回は残念回だった。ロックの起源とかどうでも良くて今や只の一音楽ジャンルとして聴いてるやろ。ロック=不良とかはみ出し者がやるとか一切ない清廉潔白の人がロックやったらいかんのか?カッコ良いから好きなジャンルだからバンドやるロックやるで良いじゃん。時代錯誤も甚だしい考察。特に黄色い奴に聞きたいリアリティ云々もそうでガンダムのリアリティはどこ?チェンソーマンのリアリティは?物語を作るってどういう事?もう少し考えて喋れよ。どんなに優れた物語も重箱の隅をほじくったらいくらでも粗は出てくるだろーに。マジで残念回だった。
本人も言ってるやん。ミリオタがアニメの銃に突っ込んじゃうのと同じだよ。本人も理解してるし許したって
@@デカイオクトパス
だからこそ嫌いなら嫌いでその嫌いな立場から何故「ぼっち・ざ・ろっく!」がここまで盛り上がったのか?人気になったのか?を考察し深掘りして欲しかったね。ヤンサンで取り上げた意味はなんぞや?です。
@@ktmoto2980 本当そう。中途半端で上辺なぞって再生数稼ぐ感じがヤンサンらしくなくて辛さしかなかった。レイジの決めつけ考察も、いつもの笑ってスルーできる領域より、遥かにニワカで初めてムカつきました。
個人的にはロックの老害というより、意味や必然性を求め過ぎな気がする。
現実に生きる自分にとって何かを始める理由は楽しそう・かっこ良さそう等作劇上動機として弱いものだし、続けている理由も気がついたら時間が経っていたからというものがほとんどでした。作品毎のリアリティラインにもよりますが必然的なものが多いと逆にフィクション感強くなりませんか?
ぼっちに憧れのバンドがないっていうのは言われるまで意識しなかったな。
最初期に「嫌いな音楽はあるけど好きな音楽は特にない」って趣旨のことをはっきりと言ってるんだよな。
普通はそれじゃ続けられないって言われてたけど、普通じゃないから大物になれるんだろうな。
今の時代あるあるかもです
昔は聴くジャンルも聴けるCDの数も限られてたけど
サブスクの登場で広く浅く音楽を聴けるようになった
実際ギターで実力つけようとおもったら、ブルースもハードロックもメタルもパンクも今風の邦楽も
全部一通りエッセンスに触れる必要があります。
確かに曲と譜面はネットで手軽に手に入るって所を考えたら雑食しやすい環境ですよね
ギターを手段として動画投稿して承認欲求満たすならば雑食として色んなジャンルかじるなら一通り触るだろうし、手段だからニュートラルになるって考えると納得いくかも
ぼっちちゃんが流行りのバンドの曲一通り弾けるっていうのも拘りやプライドがないからって通りますもんね
ぼっちちゃんが本当の意味で好きなバンドは無いと思ってます。
自分がそうだったからってのがありますが、ギターを音ゲーのコントローラーとして使って流行りの曲を追いかけて、気付いたら上手くなってて、もっと上手くなりたいと思ってたらメタルに行きついてました。
そんなもんだからぼっちちゃんには共感しかないです。
「ろっく」の定義についてはう~んと思ったけど
「ぼっち」の定義については、後藤はホントにただの陰キャで
そういう理由なき陰キャも今の世の中には結構いそうで
虹夏に出会わなければ作中にある暗い将来だったんだなぁと思った
ヤンサンは大好きだけど、今回は見てて辛かった。後半特に。
自分の大切なものをないがしろにされたと感じておっくんが怒りを感じるのはわからんくはないけど、
リスペクトがない、というのであればそれこそ孤独感を感じる人達だったり、音楽理解がない人たちに対してもリスペクトを持ってから言って欲しい。
作品のターゲットでもある、話したくても話せない孤独な人たちの心情を理解しようともせず、話せばいいやんですませておいて、自分が好きなロックはリスペクトしろというのはちょっと暴論がすぎるように思う。
リスペクトの話に関してもおっくんが怒ってることは、実際に話してた内容とちょっと差異があるんじゃないかと感じた。
音楽にどっぷりの人は想像もつかないだろうけど、音楽やっていない人からしたらギターとベースの見分けとか普通につかない。
加えて10代の女の子の興味のない分野への無知っぷりをなめないで欲しい。
だからあれはツールとしてロックを活用しようとする女の子の動きとしては普通にありえることであって、世間のロックの理解度からずれてリスペクトを欠いた過剰な演出だとは全然思わない。
おっくんが怒ってるのはそれだけ参入障壁が下がって、ロックというコンテンツが一般化、ある意味チープ化してしまったという事実と、それを推し進めてきたにわかに対する怒りであって、そうであれば作品に怒りを向けるのは筋違いなんじゃないかと感じる。
ここからは私見だけど、
音楽に限らずコンテンツはにわかがいなくなれば衰退していくだけなので、入り口の作品から新規・にわかの参入を弾くような行為は、コンテンツを愛する者の動きとしてはいかがかと思う。
憤りはあったとしても、本当にロックというコンテンツが好きなのであれば、せっかくロックに興味を持ってくれた人が増えたんだから、もっとロックのことを好きになってくれるよう魅力を伝えようと動くべきなんじゃなかろうか。理想論だけど。
今回の放送で、アニメ見てなんとなくロック興味持ってたけど、なんかめんどくさそうだしやめたって人は一定数いるはず。
そんなの知らん、俺の好きなロックを守るのににわかはいらん、とするのは勝手だけど、そうであればそれはロック好きとはちょっと違うんじゃないかなと。
ネガティブ長文失礼。寡黙ぼっちなリスナーに戻ります。
久世さんのフォローが光る回だった
レイジ先生やおっくんが”ロック”に仮託した幻想が肥大しすぎていて、
”ロック”に音楽の形式以上の意味を感じていない身としてはそこに大きなズレを感じた
むしろ、音楽ではなくカウンターカルチャーだという方向で捕らえてたので、『けいおん』 も 『ぼっち…』 もロック絡みだとは全く思ってなかったw
もちろん、ガジェットとか音楽的な方向性とか、誰それをリスペクトとかホントにどうでもいいw
けいおんの顧問の先生、顔の見えない破天荒に憧れるぼっちのお父さん。
両者ともロック幻想持ってて、主役グループと同じくらいの距離感にいますね。後方腕組み彼氏的な。
まったく同感です。
この動画に出ている人達に言いたいのは、
「ぼざろをあと3回くらい観直せ」
じゃああんたはヤンサンを観直せ
この方々、ほんとにアニメ観たんやろか?
要約見ただけなのでは…
疑問に思うところが観てない人っぽい
奥野さんが、否定的に語れば語るほど、ぼっちちゃんの考え方が肉付けされ「ぼっち・ざ・ろっく!」の持つリアリティが証明されて現実味が増していくのが面白いし、奥野さんが「虹夏ちゃんに出会わなかったぼっちちゃん」の未来の姿感がいい。奥野さんが虹夏ちゃんのいる下北の存在を否定する様に、喜多ちゃんの様なリアル陽キャは、奥野さんやぼっちちゃんの存在を全否定しているし、居ても「その性格を3話の間(1ヶ月)で治せ」とか言われてるの含めて() ましてや、ぼっちちゃんである奥野さんが、虹夏ちゃんについて語る所も、虹夏ちゃんへの解像度が余りにも低すぎて、住む世界が違う感・人種としての断絶が垣間見えていい。そして、そこが奥野さんの様な「虹夏ちゃんに出会わなかったぼっちちゃん」、リアル進行形ぼっちちゃんに不人気な理由が良く分かる。後、久世さんが語る時に奥野さんをチラ見するのも()
ノルマの話について、あえて触れないところに違和感がある。バンド経験での金銭部分の苦労をあえて避けてる。そこまでたどり着けてないバンドマンだったんだったのかな。その部分の苦労に共感してる元バンドマン、youtubeに沢山ある。邦楽の現役やOBバンドマンの意見見てみたら?
色んなバンドマンの解説動画を見ましたが基本的に皆さん共感されてましたねぇ
え?ぼっちちゃんチケット売るの苦労してたじゃん
ぼざろ好き+ヤンサン初めて⇒すぐにブラウザバックしましょう。「触るな危険」です。
ぼざろ好き+ヤンサン好き⇒今回はかなり微妙です。覚悟しましょう。
ぼざろ知らない+ヤンサン好き⇒いつも通り楽しめる……のかな?
ぼざろ2期があったら、この動画のおっちゃん達が言ってる様なことのメタファーとして大槻ヨヨコというキャラが出てくるんですよね。わかります。
作者からしたらここでの話は言われ慣れた事なのかもしれないですね。
それからチェンソーマンがこけた理由は原作ファンの人からしたら、あんなにドロドロ暗い雰囲気じゃなく、ポップで軽くて明るいノリの雰囲気のイメージだった事じゃないですかね。これからわかる通り、おじさん達は若い人に期待してるのはドロドロ暗い陰鬱とした怒りを求めてるのかもしれないですが、若い人はそんなもの求めてなくて、陰キャとか陽キャ関係なく和合してコンテンツを楽しむ事を望んでるだけだと思うんですよね。
おっくんが自分の立場的に老害ムーブをかますしか無いと、散々エクスキューズをしても尚、叩いていくオタクの情熱すき
レスポールでストラップ短いって批判するのは見識足りてないやろ。。(あ、ギター警察しちゃった。。。)
型に囚われたダサい感想だな、、
"このギターを使うならこうあるべき"とかロックと対局すぎて普通にダサい
使う道具も個性の一部なのにね
ぼっちざろっくのアニメ的観点とか漫画的観点とかもっと聞きたかったけどそうはならず残念でした
20:23
「ぼっちには必ず理由がある」
果たしてそうだろうか。
作中で幼稚園時代の心境を語ってたけれど、(作品の厚みのためなどを除けば)ぼっちに必ずしも理由は必要ない。
彼女は引っ込み思案だけど、人と関わりたい人間。
俺は考え方の違う人と関わるのが面倒だからぼっち。
大した理由なんてない。
最近の漫画は見てるだけで生きる気力失う作品が多いから「かけ離れているけど風景は近い、心をすり減らさない世界」はとてもありがたいです。気持ちを作らないと見れない物は作れる時でないとキツいですからね。
48:24
「憧れは理解から最も遠い・・・ボソボソ」
マジでなんでそんなに声小さいんだよwww
高田純次
「歳をとってやっちゃいけないのは『説教』と『昔話』と『自慢話』。だからおれはエロ話しかできないんだよ(笑)」
これがロック。
山田さんの解説系すきだけど、今回は色々ずれてるなぁとも感じたな
気に入らないからちゃんと見てなかっだろうし、歌詞も見てないだろうから分かんないんだと思う。疑問に思ってる部分はほとんど作中や歌詞の中に読み取れると思う。
ハイスコアガールのときに似たようなもどかしさを覚えたことはあります。
(当時、ぼっちちゃんのギターレベルでゲームにハマっていたので)
引用したゲームに対する(自分と比べての)理解度の不足や技術的な誇張への、感情的な乖離というか。
とはいえ、極端な誤認や歪曲がなければ優先すべきは「作品としての面白さ」であり、
むしろ好きなジャンルを題材に「よくぞ素晴らしい作品に仕上げてくれた!」と嬉しさのほうが上回りましたし、
「見るべきではなかった」などとはまったく感じませんでした。
引っかかりの要因は、ロックだバンドだという題材のフォームとは別のところにあるように思います。
ああ、同じ感覚の人いたわ
浅いと思う気持ちも痛いほどわかるし、理解ある作品をありがとうとも思ったわ
まぁただハイスコアガールの時はゲーム、こと格ゲー題材の漫画なんて無いに等しかったんで、まあまあ種類の出てる音楽題材の漫画とは土壌が違ったけどね
アジカンのゴッチが、不良性から奪還とか、あんなのロックじゃないと散々言われたとか言ってたやつ、はじめはピンと来なかったけど、こういうロック固定概念おじさんみたいのと戦ってたんだなぁと、今になってわかるわ
リアリティの話を持ち出すなら、語るべきは、昔のロックじゃなくて、今のロックとぼっちざろっく の比較でしょw
とはいえ、アジカンも原発反対、政府批判に行ったからな……
これは80~90年代のロックバンドも通った道
なぜかアジカンは途中から昔のロッカーみたいになっていったのが興味深い
ジョンサイクスのレスポールカスタムはピックアップがオープンタイプでピックガードがミラーでしょ。ぼっちざろっくの劇中に登場する個体とは仕様がちがう。ロバートフリップの影響でぼっちちゃんのお父さんがレスポールカスタムを買ったのかもしれない。ロバートフリップなんか座って弾いてるでしょ。ストラップ短いどころの話じゃない。
そもそもホワイトスネイクとジョンサイクスはHR/HMに触れれば出てくる名前だけど、ロック史全体に於いてはエポックな存在ではないし、主流というわけでもない。ギターヒーローと言うなら色は白でもランディローズのレスポールカスタムの印象も強いはずで、なぜホワイトスネイクとジョンサイクスにそこまでこだわるのかが謎。
ヤンサンメンバーの主戦場だった洋楽ロックと、ゆとり世代より下からの主戦場の邦楽ロックはなんかお互いに断絶ある気はするよね
実際、不良とか見たことないし、いかに派手な事やってロックな事やるか、みたいな事は全然経験ないし周りにはいなかった
ぼっちざろっくはバンドあるある、というよりガールズバンドのヒストリー追ってファンになる追体験アニメ感じがしたかなぁ
ロックの権威が「ぼっち面白い」っていったら渋々認めるんかね、BABYMETALのように
リスナー視点でしか語っていないのはなぜなんだろう。ぼっちちゃんの押し入れに何十冊も読み込んだ教則本があって独学ながら理論を理解して根本からギターを修得したことは明白で、ならば憧れの音楽ジャンルがどうこうではなくなってくるはず。物語の焦点はプレーヤーが楽器という道具を使って創作行為をするところ。オリジナルに挑んでいるのに鮎川誠とジョンサイクス云々言われても……登壇者にバンド経験があるにしては現役感とプレーヤー視点に欠ける発言が目立った。
ぼっちちゃんがどういうトレーニングを通ってきて今後何をめざすのか。ぼっちちゃんが好むスケールやポジション、編曲からも類推出来ると思うけど、そのために必要な理論や奏法や機材についての知識、ロックを中心とした音楽についての広範な知識、パンク以降ロックがどういう変遷を辿ってきたかの知識、楽器を実際に演奏して検証する能力が登壇者の方にあるようには、この動画を観るかぎりでは受け取れませんでした。バンド経験はあるでしょうし、一部の70年代ロックの固有名詞はご存知でしょうけれども、ジョンサイクスなら速弾き程度の解像度でロックを語るのは正直、厳しい気がします。
結婚して子供作って
親のコミュニティから
あちこちの子供や家庭の話聞かないと
リアルな若者掴めないでしょうよ
勉強についていけないワケでも
親に問題あるワケでも
イジメられてるワケでも無く
学校なんとなく行かなくなり
いけなくなる子供は意外といるよ
そして親も悩みみたいに語るけど
『まぁ無理に行かさなくてもいいかぁ』
みたいな理解ある親もいる
そして急に行きだす子もいる
もう絶対理由が無いと行かない事が許されない場所じゃなくなってるよ学校
ちな、わかってるとは思うけど一応言うと、ボッチちゃんは頑張って0点、キタちゃんが自分の点数下げるくらい教えてあげて30点と言うかなり残念な頭してるよ。
いやほんと言いたい内容とは関係ないツッコミすまんね
おっくんの
原因と結果のあるリアリズムに対して書きました
馬鹿も学校来るし
先生の言う事なんて聞かねぇ
みたいなヤンキーも学校来るし
逆に
両親教員で家で勉強も教える環境があるからか?勉強出来る子が学校行かなくなる
話もある
おっくんは世界を掴んでるワケでも無い一人の人間のリアリティを現実と思い過ぎてる
山田さんはそれぞれの世界を理解しつつ
あえて苦しい人に向けて話し過ぎるから
理解に苦しむ人も出る
ただ個人として理解に苦しむ理由で
学校に行かなくなる子がいる
行かなくなった事を理解し
それでもどう大人に育てるか?考えてる親がいる事をおっくんに知ってもらいたかった
リアリティは自分の都合に合わせてくれない
ぼっちざろっくに関しては
川村竜さんの解説動画の方が面白いし、タメになるのでそちらをオススメしたいですね🤔
くぜ君が良い回ですね。もうちょっと原作読み込まないと。
ぼっちざろっくも昔のロックも知らないけど、
世代によってこんなに考え方が違うんだってことがわかって
面白かったです!
最近だとプロベーシストのみーとたけしさんが解説してるけど、この人たちとはまた全然違うよ
あと批判している方は別にプロでもなんでもないしね。
そのプロの方が色々理解してる
世代によるわけでもないのよ
@@KK-lj8sv 音楽関係者の解説も何人か見た事あるけど
アニメ漫画史的な考察というよりは、音楽的なネタ解説って感じだけどね
どちらは良い悪いというより根本的に性質が違うと思うよ
@@海鼠なまこかまぼこ それにしては音楽的考察も入れすぎじゃない?自分の中でのロックとかの話も特に入れちゃってるしさ
@@KK-lj8sv 返信ありがとう。これからぼっちざろっくを見てみる予定だから、
気になったらみーとたけしさんの解説もみてみるよ。
ただ、プロベーシストの解説と、このチャンネルの考察は
それぞれ楽しみ方が違うと思うんだ。
ロックオタクのおじさん達がワイワイ話しているのを見るだけでも、
自分との考え方の違いを知れるから、私は面白いんだな。
単純に、このチャンネルのファンでもあるしね。
というか、ぶっちゃけた話、
こんなの間違ってる!って思うような人が沢山いる動画もそれはそれで面白くないですか?
みんな凄い熱くなっていて、盛り上がってるね~と思ってしまいますね。
ぼっちちゃんは今どきの子なので、ハルヒやけいおんを始めとしたライブシーンのあるアニメ、アイマスやウマ娘などのアイドル系のアニメやゲーム、あるいはボカロを始めとしたSNS上の音楽に憧れてロックをはじめた、と解釈するのが自然だと思います。
昔ながらの反骨精神を元にしたロックではなく、キラキラした表舞台に立って認められたいという動機でしょうね。
山田玲司氏. こんにちわ今日は先生に[質問]があります。
先生の後ろに見える描かれた作品が私の時代に感動を与え
刺激的な画風に魅せられました。それが「横尾忠則」画家
作品集です。想い出が甦りました。何処か似ているタツチ
山田玲司先生の作品ですか?
ロックについて云々で脱線するのも問題外なんだけど、なぜヒットしたのか?の分析にも成功してるとは思えない
ジミヘン好きがレスカス買うのも、一本目にフェンジャパのストラト辺りを買って二本目にレスカスを買ったと考えれば別におかしくなんか無いんですよね
@@エピフォーン レスカスクソ高くてプロが使うようなギターですけど原作の方でお父さんローカルCMの曲に選ばれたりしてるのでそれでプロなれるぞって奮発して買ったって考えれば何も違和感無いですよね……
歴史のルーツにまで遡って深堀するより、表面掬って自分好みのものを手当たり次第にいただくってやり方が一般化してるから音楽性とかジャンルみたいなものが(ポスターとか缶バッチとか小ネタに出てくるとは言え)そこまで強調されないのも、個人的には納得いくんだけどなぁ
水星の魔女ハマったから他のガンダムシリーズ見ように行きつく層が今どれだけいるかって感じだし、そこから更に派生してロボットもののジャンルを堀に堀まくる古典的オタク史観の持ち主とか絶滅危惧種なんじゃ……
十年二十年前なら「にわかがしゃしゃんな」が通用しても、にわかが大部分占める構造は今じゃ良く見る光景だし……
そう考えると、そもそも人間の深層とか、バイブルとか、根本的な哲学みたいのを求めるラインが相当薄まった感?
内面の空虚さというか、(反骨精神とかそういうの含めて)自分には何もないみたいな明確な形が定まっていないか、そもそも漠然とし過ぎて存在しないイメージ? がどこかにあるのかなぁ
何にしても、バックボーンや人間的なリアリティを強く求める人種には、キツイ何かがあるよね、多分
オタクの絶滅危惧種化とアニメファンの人口爆発によって、アニメのエンタメ主義が進んでいる感じはありますよね。
24分のテーマパーク。シンデレラ城に行ってグリム童話を読み始める人がいないと同じことなのかも……。
古いロック的価値観を打破してるという意味ではぼっち・ざ・ろっくの方がロックかもしれない
なぜ取り上げた、
ぼざろのロックは反骨精神というより自分のインスピレーションに従って生きるって方の文脈のロックだから反体制とかそういうののではないよ
てかそもそも社交不安障害について一切理解がないね
理由もなく(いじめとか家庭環境とか)人と自分から関わるのが無理ってのを理解していない
奥野みたいにリアリティを拗らせた象徴がまさに中山ドラゴンのアニメチェンソーマンで、ヤンサンはそれを大絶賛してて、蓋を開けてみれば円盤は売れないわ原作ファンだけでなくアニメーターからも嫌われる始末、そして奥野がその対極にあるぼざろを批判する構図なかなか興味深いですね^^
ぼっちの作者は白蛇もデヴィカバもサーペンスアルバスもジョンサイクスも知らないと思いますわ。
チェンソーマンは原作付きアニメで、富野さんや高畑さんみたいな
実写映画的日常演技演出で魅せるアニメをやりたかったんだろうなあ。
ぼっちとチェンソーマンどちらも原作改変していますが、明暗分けた気がします。
ぼっちは良い意味での改変だったと感じました。
水星はガンダムと言う名の大河内さんのオリジナル作品だから問題ないと思います。
うーん。たまたまお父さんが昔使っていたギターを貸してもらってるという設定だったからなぁ。
特に疑問も持ちませんでした。
自分で買うにしてもかっこいいから、音がいいから。たまたま買えるからで買ってましたからねー。
前は目新しくて見てたけど
最初からそうだったのだろうけど
お仕事でむりくり話を拡げようとしてる感が強くなってきた
興味なくてもやらなくっちゃいけないのだろうけどね
人間関係があれば、おじさんの自分語りにも付き合うけど、これはなぁ
知識や経験が増えることでウンチクを語りたくなるのは解るけど、コアなファンとかマニア的な視点の話であって表現者や奏者としての話ではない気がする。
先達に敬意を示すのは大事だけどそれでツールや表現に縛りがつくならそれはロックではなくないか?と思います。
お父さんの顔はアニメ脚本の扉絵に想像として描かれていた事はあります
そんでこの作品の方針は映画大好きポンポさんと同じく
「陰キャは何かしら才能伸ばして居場所作るしか無い」に尽きます
あと音楽監修はinstant氏がやってますんで文句あるなら呼べば良いと思いますよ
この話を聞いて思ったのは、人は自分の体験を元にしてしか「リアリティ」を感じられないと言うことですね
そしてその特性を理性で抑えられない人間の言論がいかに無価値で低俗かに気づかされました
このおじさんたちが一番引っかかっていた部分が「リアリティ」らしいですが
私は正直最も「リアリティ」のあるバンド漫画/アニメだと思いますよ
細やかにちりばめられた「リアリティ」に気付かず
意図的に無視している細かいことにしか目が行かない、それに我慢が効かないなら、もう単に加齢と前頭葉の萎縮が原因でしょうよ
そもそもストーンズの頃とピストルズの頃でロックが「変わった」と認識しているのに
いまだにロックが「反抗・反体制」のみに縛られ解放されていない=「変化していない」という世界観なのが古すぎる上に矛盾しまくっている
とっくのとうにロックはそこを克服して本来コアな価値観だったはずの「自由さ」に向けてまだ進化し続けていますよ
だからこそ「不良でないロック」のアジカンをリスペクトしているというのにそこすら理解していないなんて話にならない
そんな硬直的で前時代的な価値観しか持たないならもうロックを語らないでいただきたい
それはまさにあまたのロックバンドが「反抗」した最大で最高の「ロックの敵」です
この文脈でぼざろを語る限り、音楽の面からもコンテンツの面からも批評する立場として落第モノ
前提が完全に間違っているからこの1時間ほぼすべてに価値がないですね
音楽のルーツとしては八十八ヶ所巡礼をモチーフにしたSICK HACKを登場させることで現実のロックの積み重ねみたいなものを漂わせているんですよね。LOFTに200人以上集めて出音もアンダーグラウンド系の凄みがあるというところでインディーズの大物らしさがあったと思います。対して結束バンドは若い後輩でまだ始めたばかりなので素材というか原石のようで、創作に熱中する様子が描かれている。この範囲だけで十分リアリティは感じられるようにつくられているのだろうと、登壇者にリアリティが感じられなくても推察してもらえればよかったのですが、70年代ロックへのこだわりが邪魔してまったく読み取る気になれなかったように思いました。
ぼっちが恐いと思ってる面倒くさいミュージシャンのモデルみたいな会話だwww
この辺のこだわりは本職でやってない人の方が強いってのもありがちではるな。
コメント欄結構盛り上がってて面白いなー!
ヤンサンメンバーの言ってることも今では超わかるけど、思い返せば自分が高1の時なんてロックの文脈とか何も知らなかったから、「かっこいい」とかそういう単純な理由でロキノン系を弾きまくってたわ
そういう意味ではヤンサンメンバーはみんな音楽玄人なんだよね、
現代におけるほんとのほんとの初期衝動って、「カルチャー」としてのロックというかは「サウンド」としてのロックになってるんじゃないかなー。
おっくんが解せないのは理解できるし、そこにこそ若者とおじさん世代のロックにおける分断があると思われる。
ポストモダン的な作品なんだよ。
つまり音楽的な要素としては、ロック的な知識をそこかしこに散りばめながら遊ぶという手法としてだけのロックなんです。
だから一つ一つに一貫性もないし、音楽に対する愛着や土台がない。
エヴァやタランティーノがやっていたことを更に自然でドライにした感じ。
だからおっくんや玲司さんが言っていたようなロックオタク的な視点は空回りするというか、考察のしようがない。
表面的な一要素という意味では、作者さんはなんかファッションに近い感覚でロックを取り入れているんじゃないかと思う。(けいおんの時からそうだけれど)
それは極めて現代的だと思うし、0年代以降のロックって実際ファッションじゃんってことを礼司さんやおっくん、ロックガチ勢は解せないとこがあるんだろう。
僕は絶賛アジカン世代だったので、ロックというものはすでにそこにソウルはなく、若者にとって少し変わった自分を演出するためのファッションとして機能していたことを理解している。
ありがとうございました!解説助かりました!
音楽は自由だと思うし、色々歴史で伝説的な人物がいてその名前を使う事で文句言う人はいると思うが、エンタメは見てる人に何か訴えてくるコンテンツや印象があればいいと思う。そして沢山の人の心に突き刺されば正解だと思います!!
ぼっちちゃんが文化祭で喝采を浴びてなんか面白いことしなくちゃ!ってステージから客席に向かってダイブする…確かにスクールオブロックだ🤣
おじさん達がきらら枠視聴マナーを受け入れるかどうかだけで終わっちゃった。
それはそれで面白いテーマだと思うので、真剣にやって欲しかった。
後半観なきゃなと思うけど、この荒い感じだと期待できないかな。
スターリンはさすがに関係ないと思った。
おっさんたちが今の若者たちについて語る姿って、なんかちょっと痛々しいな。
若者たちを彼らの語りで理解したい視聴者おっさんもいるのよ
いやあ、実に若々しいって思います。分析やるってのは心が若くなきゃできないんですよ。
変に歳とってしまうと、どうでもよいか結論ありきかになっちまいやすいんで。
無理に流行りに乗らなくていいよ。痛々しい。
この動画1時間垂れ流してるより、とみといびーさんの考察動画を数回分視聴したほうがぼざろを楽しめるな~
ここよりあっちの寿司屋に行ったほうが良いな〜ってわざわざ言うタイプの客
@@あっとさん-s1v
最近ぼざろ人気にあやかって音楽かじってる関係の人達のぼざろ動画をみるけど正直つまらないのが多くて再生数も大して伸びてないですしね この動画も他の人も指摘しているけどぼざろをエサにただのオッサン達のつまらない会話垂れ流してただけですし ぼざろに関心がある人達にとってはなんだコレ?って反応になりますわ
その中でとみといびーさんの動画は(ぼざろ人気に便乗したとは思うけど)本当に楽しんで制作しているのが伝わって来るんですよね
あなたがぼざろに関心があるのならとりあえず覗いてみると良いですよ
興味がなければクソつまらないでしょうけどw
メガネがすべてにおいて雑で(この回だけでなく常に)「リアリティがない」も一部では同意出来るけど指摘箇所がもう浅い
声をかけるかどうかは個人と状況次第だし、ライブハウスにつきました本番ですなら「どうやって合わせろと?」となるけど
構成を説明して一回ドラムとベースだけの音を聞かせて、コードだけって話なら合わせるのが上手い人なら出来る場合だって全然ある。
じゃないとジャズセッションなんか伝説の、幻の、絶対不可能の空間になる
全員音楽経験があると言っていたのに、この時点で「本当に経験あるの?経験どころかライブを見た事すらないんじゃないの?」と思うレベル
ぼっちざろっくはよく出来ているし、ミュージシャンやバンド経験が"しっかり"ある人が高く評価しているもののやっぱり「きららだから」「エンタメだから」「創作だから」「作者本人が経験者というわけではないから」出てくるご都合や変な部分はあるし
そこについてコメントするのを期待したらただの無知からくる難癖を晒してしまっていて本当にガッカリしました。
せめて「ベースの子とかめちゃくちゃ上手い経験者って描写なのに合わせるのが下手って判断出来てなかったよね。ギターそのものの初心者って思ってたよねしばらくのあいだ」くらいの事は言って欲しかった
別の方の返信欄で「黄色の言っている事のどの辺が難癖なのか」という問いがあったので、ある程度補足もつけておきます
彼が指摘した「声かけるか~」からはじまる話はすでに書いた通り的外れです
そして、その後語る「こうなりたいがない」とか「続かない」も作中にしっかりと描写があり。彼の見てきた聞いてきたロック、メタルとの違いという話ではなく単に彼が作品を見ていないという証拠となっています。なので隣の方にそれはこうでしょと言われて反論出来なくなっていってますよね。
まずそもそも論として、根拠となる「自分の考える音楽」と「自分の考えるコミュニケーション」が世代ではなく現実とズレており、そのズレを持ったまま自分論が絶対的な是である前提で作品を眺めただけ(見ていない。理解する気がない)なので作中でハッキリ明言されている事すら聞いていない。
後藤ひとりはこれまでの背景からここまで出来るのはわかるけどその努力の描写がカットされていてありえるけど現実味がない。他のメンバーは描写より圧倒的に上手くてプロレベルで現実味がない。初心者ギターボーカルなのにプロのギタリスト並だしボーカルもプロだよね。音がズレてたの本編内1回だけでしょ?もっと全体的にズレさせないと気になっちゃうよね
などの指摘なら鞭打ちになるほど同意しますが、この動画内で語られている"指摘"は、酢豆腐のソレとなっています
全然違うよ。アニメのぼっちちゃんのフラバして壊れるとことかに共感が生まれたからだよ。声優さんのぼっち演技が刺さったんだよ。ロックやバンドは舞台装置で味付け程度なんだよ。
私もロック経験者なのでリアリティを求めてしまい合わなかったのですが、本来おじさんが出しゃばるものではなくてもっとロックって単純にかっこいいもののはずだから。玲司さんたちの言ってることも痛いほどわかるのだけどね。
私もこれが「ロック」ではなくて他の知らない何かだったら素直に見れたのかな。
虹夏ちゃんのような優しい若者が増えているというのは嬉しいです。私が本当に描きたいマンガはそういう子たちなので…
ロックわからないですが、
ぼっちちゃんのロックとかでしょ、
ダメなの?
おれのロック、
私のロック、
わたしがロックだと思うものをロックだと言うこと。
ちなみにアジカンも一曲くらいしか知らなかったし、ジミヘンも知らないけれど
チェンソーマンやメイドインアビス、進撃の巨人とぼっちざろっく、けいおん、着せ恋のファン層って全然違うよねーって話な気がする。どちらが面白いとか良いって言ってるわけでは無いけど、そりゃ上の三つを評価してる人が下の三つに熱くなれるかって言われると難しいよ。逆もまた然り
他の人は知らないけど個人的にはチェンソーマン以外はどれもかなり好きだし高評価です。
チェンソーマンも「そうでもないな」くらいでダメとは思いませんが。