曹洞宗は死後どのようになると考えられているのですか?【道元禅師の死生観】正法眼蔵

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  • เผยแพร่เมื่อ 18 พ.ย. 2024

ความคิดเห็น • 3

  • @清水隆雄-r7b
    @清水隆雄-r7b ปีที่แล้ว

    自分が死んだことを自分で意識できない。死んでいると思ったらまだ生きている。また自分が生まれた時のことも自分では意識できません。生まれるもなく死ぬこともなく、般若心経にある不生不滅です。身体は時間が経てばいつかは無くなる。しかし、それが自分の死なのか?生きる、死ぬは自分の意識の中での思いだけだ。道元禅師が言われるように、仏道を習うは自己を習うなり。自己を習うは自己を忘るるなり、です。私たちは全く自分を意識しなくて物は見える、聞こえる、匂える、味わえる、感じれる、考えられる。自分が無くてもちゃんと自己そのものは備わっている。臨済禅師の言われるように、赤肉団上に一無位の真人ありです。この真人は形はなく掴むことも見ることもできない。しかしちゃんと私たちに備わっている。不生不滅の私たちです。合掌

    • @青い蓮華
      @青い蓮華  ปีที่แล้ว

      丁寧にご説明くださり、まことにありがとうございます。一言一句、吞み込みました。合掌