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鈍行客車列車での駅弁は間に合いませんでしたが、特急列車での駅弁は何度も体験しました。この駅で駅弁買うぞという時は、扉前に待機して、開くと同時に駅弁売りを見つけダッシュ。駅弁売りが近いといいのですが、何両か先にいると先に並ばれてしまい、時間的に厳しくなることも。そんなときは若さもあって、一番遠くで並んでる人もいない売り子さんのところまで走って行って購入。並んでないから、寂しそうにしている売り子さんにやっと買えた!と言うとお互い笑顔に。プラ容器でフタが湯呑になるお茶も買うとさらに笑顔。そして列車に乗って扉が閉まると、名前も知らない者同士が扉越しに手を振って別れを惜しむなんてことがありましたね。あれが私にとっての旅情でした。
非常に貴重な映像をありがとうございます。今にはない鉄道旅の楽しみですね。
非常に貴重な、興味深い映像をありがとうございます。
そうそう当時はこんな感じで売ってた、とにかく駅弁は美味かった印象だった❤
古きよき時代の東北本線、この企画定期的に開催して頂きたい!
懐かしいお茶の容器ですね。あと、冷凍みかん🍊。みんな買ってました。昭和30年代の風景ですね。
素晴らしい取り組みだと思います!!
駅弁は昭和40年頃は弁当🍱の容器は木のワッパだから駅弁買って蓋も薄い木でできてるから蓋を取ると木の臭いが中身の駅弁に染み付いて独特の香りがしてお茶も軟らかい容器に入ってましたミカンもカチカチ凍ったミカンでしたよ!当時を思いだします🙄
懐かしい、これぞ昭和です。
カッコいい親父さんだな
親父が弁当買ってる途中で発車して、窓から飛び込んで乗ってきた。ハラハラした思い出。
駅弁は北陸本線で経験しました、「食堂車」も体験しました。
懐かしいなあのお茶の容器、プラスチック臭かったけど当時は温かくて美味く感じたなぁ😂
その前は陶器でしたよ
良き時代
高崎支社から旧客車を借りてまた駅弁立ち売りをするのもいいかもですね
ちょっと前になるけど、宇都宮駅でやったよ。
SL横川や水上でできないものかな?
名古屋で有名な駅弁製造会社は、松浦商店さんですね😊。名古屋駅から、すぐ近くにあります。名古屋駅構内で、沢山の種類の駅弁売ってます。またに、無性に駅弁食べたい時は、買いに行ってますよ。
梅崎春生作『赤帯の話』の中の駅弁の描写を思い出しました。信越線で汽車が横川に近づくと、マラソンのスタート5分前のような緊張と高揚感が車内にみなぎりましたね。
40年ほど前、戦友会を下諏訪でやると言うおじさんと話し込んでいたら、食べるのを忘れたと言って、蟹の形をした容器に入った弁当を貰った。蟹がたっぶり乗っていてとても美味しかった。偶然近くスーパーで駅弁を売っていて同じ物が有ったから買ったが、味が全然違っていた。
復活して欲しいなぁ~。人気出ると思う(笑)
板橋さんすごい。
高速化なんて関係ね‼️列車の速度を感じながら駅弁を食べるのも格別ですよ‼️在来線の普通列車はベンチシートばかりが多くなった
冒頭の眼鏡の駅弁売りは、私の父だと思います。🎉😮
漱石の小説で三四郎だったか、汽車の走行中弁当を食い、空になった弁当のゴミを窓から放ると、別の車窓の婦女子の額に当たるというシーンがあった。
4毒抜きのお弁当も宜しくお願いします! シンプルイズベストで体にいいものを!
来た列車固定窓か・・・まぁ停車時間長くて普通に降りて買えるみたいだけど列車が走り始めてからおつり渡すのも昔だから出来たのでしょうね。列車が高速化したとはいってもある程度長距離乗れば時間はかかりますが駅弁食ってると時間がかかってる感がなくなるから楽しい。
福岡のはかしわめしだし鶏肉も細かいけど青森や東京のは鶏めしを名乗ってチャーシューみたいにでかいな🤣
駅弁に付いてくるお茶が少なくてマズかった…😱
Hokkaido, where "Godzilla" frequently enters Japan...
すばらしい 日本の 文化
資本主義国家権力て駄目だね旅の楽しみは、現地に着くまでの、過程が、楽しいのに 仕事利用だけじゃ無いのにアホだね
高速化以上に固定窓に防音された車内には、とても駅弁売りの声も聞こえなくなったのが一番大きい影響になったと それに停車駅での時間短縮も大きい既に過去のいい思い出の駅弁売り
鈍行客車列車での駅弁は間に合いませんでしたが、特急列車での駅弁は何度も体験しました。この駅で駅弁買うぞという時は、扉前に待機して、開くと同時に駅弁売りを見つけダッシュ。駅弁売りが近いといいのですが、何両か先にいると先に並ばれてしまい、時間的に厳しくなることも。そんなときは若さもあって、一番遠くで並んでる人もいない売り子さんのところまで走って行って購入。並んでないから、寂しそうにしている売り子さんにやっと買えた!と言うとお互い笑顔に。プラ容器でフタが湯呑になるお茶も買うとさらに笑顔。そして列車に乗って扉が閉まると、名前も知らない者同士が扉越しに手を振って別れを惜しむなんてことがありましたね。あれが私にとっての旅情でした。
非常に貴重な映像をありがとうございます。今にはない鉄道旅の楽しみですね。
非常に貴重な、興味深い映像をありがとうございます。
そうそう当時はこんな感じで売ってた、とにかく駅弁は美味かった印象だった❤
古きよき時代の東北本線、この企画定期的に開催して頂きたい!
懐かしいお茶の容器ですね。あと、冷凍みかん🍊。みんな買ってました。昭和30年代の風景ですね。
素晴らしい取り組みだと思います!!
駅弁は昭和40年頃は弁当🍱の容器は木のワッパだから駅弁買って蓋も薄い木でできてるから蓋を取ると木の臭いが中身の駅弁に染み付いて独特の香りがしてお茶も軟らかい容器に入ってましたミカンもカチカチ凍ったミカンでしたよ!
当時を思いだします🙄
懐かしい、これぞ昭和です。
カッコいい親父さんだな
親父が弁当買ってる途中で発車して、窓から飛び込んで乗ってきた。ハラハラした思い出。
駅弁は北陸本線で経験しました、「食堂車」も体験しました。
懐かしいなあのお茶の容器、プラスチック臭かったけど当時は温かくて美味く感じたなぁ😂
その前は陶器でしたよ
良き時代
高崎支社から旧客車を借りてまた駅弁立ち売りをするのもいいかもですね
ちょっと前になるけど、宇都宮駅でやったよ。
SL横川や水上でできないものかな?
名古屋で有名な駅弁製造会社は、
松浦商店さんですね😊。
名古屋駅から、すぐ近くにあります。
名古屋駅構内で、沢山の種類の駅弁売ってます。
またに、無性に駅弁食べたい時は、買いに行ってますよ。
梅崎春生作『赤帯の話』の中の駅弁の描写を思い出しました。信越線で汽車が横川に近づくと、マラソンのスタート5分前のような緊張と高揚感が車内にみなぎりましたね。
40年ほど前、戦友会を下諏訪でやると言うおじさんと話し込んでいたら、食べるのを忘れたと言って、蟹の形をした容器に入った弁当を貰った。
蟹がたっぶり乗っていてとても美味しかった。偶然近くスーパーで駅弁を売っていて同じ物が有ったから買ったが、味が全然違っていた。
復活して欲しいなぁ~。
人気出ると思う(笑)
板橋さんすごい。
高速化なんて関係ね‼️列車の速度を感じながら駅弁を食べるのも格別ですよ‼️在来線の普通列車はベンチシートばかりが多くなった
冒頭の眼鏡の駅弁売りは、
私の父だと思います。🎉😮
漱石の小説で三四郎だったか、汽車の走行中弁当を食い、空になった弁当のゴミを窓から放ると、別の車窓の婦女子の額に当たるというシーンがあった。
4毒抜きのお弁当も宜しくお願いします! シンプルイズベストで体にいいものを!
来た列車固定窓か・・・まぁ停車時間長くて普通に降りて買えるみたいだけど
列車が走り始めてからおつり渡すのも昔だから出来たのでしょうね。
列車が高速化したとはいってもある程度長距離乗れば時間はかかりますが駅弁食ってると時間がかかってる感がなくなるから楽しい。
福岡のはかしわめしだし鶏肉も細かいけど青森や東京のは鶏めしを名乗ってチャーシューみたいにでかいな🤣
駅弁に付いてくるお茶が少なくてマズかった…😱
Hokkaido, where "Godzilla" frequently enters Japan...
すばらしい 日本の 文化
資本主義国家権力て駄目だね
旅の楽しみは、現地に着くまでの、過程が、楽しいのに 仕事利用だけじゃ無いのに
アホだね
高速化以上に固定窓に防音された車内には、とても駅弁売りの声も聞こえなくなったのが一番大きい影響になったと それに停車駅での時間短縮も大きい既に過去のいい思い出の駅弁売り