柳原妙秀と昭和の大曼荼羅

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  • เผยแพร่เมื่อ 21 ก.ย. 2024
  • 京都高雄山神護寺の昭和の大曼荼羅を描いた柳原妙秀は、
    現在日本で活躍する女流仏画家の草分け的存在である。
    妙秀は人生の大半を尼僧として過ごしたため、子孫がおらず
    その生涯も謎に包まれていたが、このたび田中公明の先祖の
    遺品の中から貴重な資料が発見された。

ความคิดเห็น • 3

  • @maki_design.1946
    @maki_design.1946 ปีที่แล้ว +1

    岐阜県加茂郡富加町夕田に住んでいる佐曽利松生と申します。 河合千明さんから先生の話を聞き、このTH-camを拝見するにいたりました。 ご承知のように 夕田(ゆうだ)地区には庵寺がありました。 そこには絵の上手な尼さんがいるという話を聞いたことがあります。 今は寺もなくなり竹が生い茂っています。 仏具は近くのお寺に移動しています。 我が家には安寿さんから頂いたと思われるものがあります。 その中に妙秀というサインらしいものがあって驚きました。 勘違い見間違えかもしれませんがとりあえず連絡します。

    • @田中公明-g1m
      @田中公明-g1m  ปีที่แล้ว

      拝復。ご連絡ありがとうございました。先月、河合千明さんの案内で、観音庵の跡地を訪れました。龍福寺の方は、住職が居られなかったので、中を見ることはできませんでした。もし庵主さんが描いた絵があるようなら、写真を送って頂けるとありがたいです。柳原妙秀は、サインする時には「妙」ではなく「玄」に「少」の字を使うことが多いです。
      当方のメールアドレスは、kimiakitanaka18@gmail.com
      です。よろしくお願いいたします。
      田中公明

  • @user-fz1tr1pm5w
    @user-fz1tr1pm5w 2 ปีที่แล้ว

    祖父田中百礼氏にまつわる調査有り難うございます。