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タブーを犯したと言うか彼らの犠牲からヒグマの習性に関する研究が進められて実はタブーだったと判明したという流れ
アイヌの間では知られていた。我々が彼らから学ぼうとしなかったから新たな研究だと思っただけなのでは?
@@qwertyuiop31640今のようにスマホで簡単に調べられる時代では無いですし、熊に関する資料も少なかったんですよ。アイヌの間での常識が世間一般での常識ではなかったのです。
@@qwertyuiop31640日本人は基本的にアイヌの事をナメくさってるもんな
この事件前に東北~北海道で一般常識だったのが死んだふりはするな。熊の走る速度は人よりもはるかに速い。木登りはもちろん泳ぎも達者。慌てて逃げるな、また目をそらすな(背中を向けるな)熊は火を恐れない(一部界隈。青森とかでは明かりに寄ってこないって言われてた) ただこういう知識は九州には入ってこなかったなぁ・・・物に対する執着が尋常ではないと言うのはこの時に初めて知った人も多いのでは?
@@たぬき和尚-b5pこういった情報はワンゲル部の事件の後に検証が行われて分かった事です。順序が逆です。当時、実証検証番組を見ていましたが「当時の常識が非常識だった」と評価されていました。
後からの批判は簡単にできる。先人の犠牲があってこそ情報のアップデートができていることを忘れてはいけない。
助けを求めたテントに誰もいなかった時の絶望感は凄かっただろうけど…いたとしても何もできなかっただろうな…
熊の脅威がそこまで有名ではなかった頃なのかもしれんけど逃げるチャンスは何度もあったのに何度も戻ってきてるのはすごい
俺の知り合いにイノシシは時速45〜50キロで突っ込んできてホーミング性能も高くて危ないぞって言ったらショボ遅くね?全然怖くないって言われたし実際に襲われたりしないと危険を認識できない愚者が多いと思う
今より怖さも習性も知られてない時代だからなぁ…
歌とか、物語で優しい動物ってイメージが有ったからね。
1980年代前後だって、クマが普通に出没する地域ではクマの脅威は常識中の常識だったよ。もちろん、間違った対処法とかも広まっていたけど、ちゃんとした対処法が書かれた本もあったし。そして、「間違った対処法」が広まるくらいには、クマは怖いものだと思われていた。童話ではなく、昔の小説とかでもクマが怖い生物として描かれてるモノは山ほどあるし。至近距離にクマがいるのに、のんきに写真を撮るという行動は、さすがに当時でも常識はずれすぎると思う。
まず襲われる事が稀中の稀だからね
この事件後、小学生向けの教材で熊に会ったら直ぐに逃げない・食料は放棄・荷物も放棄(状況による)などが書かれた冊子が出ました。
◯んだフリはここ20年位でタブーになった気がする
対策、というかマニュアルは血で出来てるってことだわな
そもそもの話熊がその気になれば対策は何の意味も為さないからね
❌タブーを犯した⭕️当時は熊の生態がよく知られてなかった
28:46
しかも人食いぐま対策…(一度食べたら行動が変わる)
コチラのチャンネル“キャラ愛 ”すさまじくて好き😂
結局こういうのから学ぼうってよりも、バカにして批判しようって方が多いから意味はなさそう
山登るの好きな人は、この手の動画避けると思うよ😂
熊がハンターにもビビらなかったの、事前に5人のメンバーを襲って碌な反撃を食らわなかったから人間に対する警戒が完全に無くなってたんやろうな
今では熊鈴など音で熊を寄せ付けない方法も熊が人の味を知っていればよってくる原因になるとか聞いたこともある
ラジオもそうですよね。昔はかなり効果があったとか(熊にしてみれば猟師が近くにいる→遠くに逃げようとなってたと想像。近年では熊可哀そうクレームやら猟師さん達が少なくなったせいで熊も人=危険な存在とは思わなくなったのではないでしょうか)
@@たぬき和尚-b5p人が食料を持っている、人が餌を与えてるれると学習したのもあるかもしれません。
まだヒグマの習性が分かりきってない時代でしたよね。ヒグマは『この辺りにいる人間(登山者)は食料を持っている』と学習したんでしょうね。
せめて三毛別のヒグマ事件を毎年のようにテレビかラジオで流していたらこんな悲劇は起こらなかったのだろうなぁ。 でも今では名な三毛別ヒグマを知っていてもでもそれをあざ笑うかのように餌をやったり興味本位で近づくバカが増えてきているから、そのうち似たような事件が起こると思う。
10年くらい前に知床に地の果て温泉(知床五湖の近くだったと記憶)と言う所があって、その道中の川辺で車を止めて小熊二頭に餌付けか躾みたいな事やっていた男性2人組がいました。その時の事考えると一時期テレビで話題になった車に近付いて餌をねだる様なヒグマが話題になった。体の大きさからもうそれぐらい大きくなってると思うとその時の個体じゃないかと思ってしまいました。
@@d.k7203 さん こういう事は地元民が危害を受けうる事になりかねないので本当に辞めてほしい。
今じゃ熊は民家に降りて人間襲うまでになってるからなぁ…、本当に最悪な生き物だわ。
この頃はクマの習性の研究はほとんどされてなかった。それこそ、死んだふりとかを信じてた。今なら、距離が、取れたら走って逃げず後退りで更に距離を取る。クマは執着心が強いので、食べ物とかは置いておく。他の荷物も。持って行こうとすると、エサを取られたと逆上するので絶体にしないこと。
熊が出没する地域では死んだふりは割と昔から否定されてましたよ?雑食性だから意味がないと。熊が身近にいなかった地域ではこの事件で初めて知った人も多いようですが。 問題は今のようなネット等での知識の共有がされなかったからだと思います。
@@たぬき和尚-b5p熊害があまり無かったためメディアでも熊の習性あまり報じていなかったのもあるかと思います。熊の習性もこの事件の後に詳しく検証され報道されましたし。
こーりん初めての福岡大登山登場。きめぇまる今回生き残った。
教訓的な出来事でしたね。他のグループで被害がでなかったのは、本州や北海道ではクマとの遭遇率が高く、クマ=怖いという認識があったからだと思います。
当時、九州ではすでに熊が絶滅状態にあったそうですし、熊との遭遇自体無かったようなので熊=危険という認識は薄かったのではないかととは思います。
当時は北海道でも熊との遭遇はそんなに多くはなかったですよ。地域(郊外)によっては一生に一度みれたら良い方だと言われました。
どんなに時代が変わろうと熊の行動原理は基本的に「縄張り内に餌発見、邪魔する奴はぶちのめす」のままで変わりは無い自分も死んだふりしろと習った世代だけど、それは熊にとっては「私は餌です、どうぞお召し上がり下さい」の意思表示でしかなかったんだな
私の父は子どもの頃から釣り、登山、山菜採り、遠泳をやっていた事もありヒグマには何度か遭遇した事があるそうですが、あの怖さは慣れなかったそうです私も山登りとシュノーケリングやってますが、父には口酸っぱく熊対策の事は言われました最も最近では昔言われていたセオリーが通用しなくなっている気がしますが因みにこれ見ている間にもヒグマの出没情報が市のLINEから来ました(自宅から車で20〜30分位の距離)
テントに爪で傷つけたってマーキングってことじゃないのかって思ったほら漫画でよくある縄張りに爪痕残すみたいなのかと
ヒグマの恐ろしさをこれでもかと教えてくれる事件、この事件を知ればよほどの馬鹿でもない限り舐めてかかったりしないだろう。それできっと未然に救われた命もあったはず。
時代で起こりうる事件だったのでしょう。亡くなった方々の御冥福をお祈り致します。
当時の熊に遭遇した時の常識として知られていた対応が、実は間違いだらけと分かったのはこの事件の後の検証のの結果ですからね。また、熊との遭遇頻度による危機感の違いも大きかったのでしょうね。1970年代には九州では熊がほぼ絶滅状態にあったそうですから。
そもそも彼らの行動の前は熊へのセオリーが共有されてなかった
これクマと対面した時点で全員で下山してれば助かったよね当時は今ほど獣害の危険性が共有されてなかったとはいえ軽率すぎないか
ヒグマは時速60キロで走るので逃げられませんよ◯す準備して登山しましょうね
動物園でツキノワグマしか見たことないだろうし…当時は祖母傾国定公園辺りにツキノワグマが生息してたと思われるけど……当時の福大生はクマの生態なんか知らんかったろうなぁ。
当時、既に九州では熊は絶滅状態にあったそうですし、野生の熊の危険性は分からなかったのかとも思えます。
ヒグマは北海道にしかいないからなあ…。
当時の共通認識と今の認識がまず違うのにタブーを犯し続けたという表現に違和感しかない。こういう事例を教訓にしていく事が重要であるのに、ネタ扱いや的外れなコメントしてる連中が動物○すなとか言うカス電話していくんだろうな
石を投げた話は詳細に残っているますが、遺書に書かれていたのかな?
知らなかったこととはいえ、あまりにもタブーを犯し続けたために後世までネタにされる運命に。いたたまれませんな。
襲ってきたヒグマは駆除されて剥製になりましたDusEnde
とりま熊対策スプレーも登山常備品に
「山には行かない」のですが、マチナカにも出て来ますからねぇ・・・@札幌市
飲むゼリーあったのかw
認識不足の結果でしょうね。奪われた荷物を取り返したのは、不味かった。取り返した時点で、直ぐに下山していれば、こんな事にはならなかった可能性が高い。
熊の嗅覚を侮ってはいけない。犬以上の嗅覚をもっているので取り返した時点で犠牲者はでる。正しくは荷物を放置(取り戻すにしても本当に必要最小限の貴重品だけ持って帰る)
今でこそそういう評価もできますが、当時の熊対策も今からみればデタラメな事が多かったです。熊が一度自分の餌と認識したのもに執着する事は三毛別熊害事件(大正4年)でも知られましたが周知はされなかったように思います。私も当時、熊があそこまで自分の餌に執着するとは知りませんでした。
@@妖の姫巫女 さん そう?そうかも・・・ 友人とワンダーフォーゲル事件の数年前に熊に関する世間で信じられている出鱈目な知識で盛り上がってたけど、あれは私達がおかしかったのか(両者とも熊本在住。もっとも両者とも日本中を旅行した経験をもってたが・・・)
@@たぬき和尚-b5p 三毛別事件(死者7名負傷者2名)及び札幌丘珠事件(死者3名重症者2名)は当時としても祖父母の時代の事件ですし、本州含め犠牲者の出た熊害が元々少なかったのと、被害のほとんどが農業・畜産で人的被害もいかなり遭遇してのものだったのもあって習性の検証なんてされて無かったと思います。キチンとした検証はワンゲル部の事件以降ですし。そして当時すでに九州では熊が絶滅状態だったのも彼等の危機感の無さに繋がったのかも。
フリーホラゲーかな?クマエンカ率高すぎる
こうした痛ましい犠牲の結果、われわれは「タブー」を学んだのであって、それを「タブーを犯し続けた」などと非難するような言い方をするのはどうかと思う 同じ内容を何人もの人が書き込んでるだろうけど、あえて書きます
この話題のゆっくり動画いったい何個あるんだよ もうええって情報商材とかに勧められてyoutubeを始めたクチかな
面白いね
森のくまさんの歌の行動は やってはいけないこと
当時の熊対策としては大きく外れていなかったものの、火を恐れない事や強い執着心などは、過去の惨劇を教訓にしたら防げたはずなので、やはり歴史を正しく学ぶというのは大切なのだな、と
火を恐れないことと強い執着心ってのがわかったのもこの後だったはず
@@Miraluciferいや、ヒグマとずっと共生していたアイヌは知っていた。和人が他者から学ぼうとしなかったのよ。
@@Miralucifer 徹底検証され体系付けられたのはそうですが、そのどちらも、既に三毛別の時にハッキリ現れていたので。その時点で、ただ不幸な出来事で終わらせたりせず、ひとつひとつ分析していれば…という意味です。
火(と言うか明かり)を恐れないと言うのは割としられていた・・・と思ったら実はそうではなかったと思い知らされた事件。 犬以上に鼻が利くとか死んだふりは絶対ダメ!とか当時の北海道の人なら知ってたであろう情報も九州では聞いた事がなかったしなぁ。 なんせこの事件の前に北海道に売ってある熊撃退スプレーすらジョークグッズと思ったし。
@@柴犬-g6u熊害事件が少なかったのと、遭遇していきなり襲われたのが多かったのが情報の共有に繋がらなかったのでは、とも思われます。また事件当時、九州では熊がすでに絶滅状態にあったのも彼等の熊に対する情報の無さの一因かとも思います。
8:58救助要請に向かう?そこのセリフは「戻ってメンバーと合流する」みたいなニュアンスのハズです。もっと落ち着いて動画作成を
20発撃って生きてたってハンター下手すぎんか(笑)
正直東方のメンバーの名で呼ぶ位なら分かりやすくアルファベットにして欲しかったのぜ😢
やっぱり日本住血吸虫みたいにヒグマは絶滅させるべき
示現流の一撃しかないか。ちぇすとー
頭は狙うな心臓を狙え(金カム)
クマにスタンガンは効かないのか?
危なすぎて誰も試そうと考えもしないからなあ投石のほうがましなんじゃないかそれ
トラバサミ罠にかかった熊を気絶させようと、スタンガン何度も押し付けたが全く効果がない動画を見た事がある。
@@cyberterro カラダがデカいし、毛皮と脂肪が分厚いからかなあwあと霊長類に比べて他の生き物は痛みに強いというか鈍いのかなw
@@cyberterro やっぱり、そんなハイカラなものより、単純に出刃包丁でも持ってる方がいいかも知れないか、かみ殺されるよりマシ、ホントは護身用に45口径でも持ってるといいんですけどね
スタンガンもテーザー銃も肌の露出した人間向けだから、毛と脂肪の厚い熊さんにはイマイチ…らしいです。個人的にはどこかの掲示板にあったという「撃退スプレーと牛刀で仕留める」逸話を実際に見てみたいですね
1
登山者の常識の熊スプレーの強力なやつを持っていたら助かっただろうにやはり用意を怠るべきではなかった
時代考えようよ そんなもんない時代だぞ 熊スプレーなんて00年代後半からのアイテムだろう
@@小山田旭-q3l さんいや1990年以前からは普通に札幌の狸小路とかに売ってあったぞ?もっとも初めて見た時はジョークグッズと思ったが。
@@たぬき和尚-b5pワンゲル部の事件は1970年です。北海道ですらジョークグッズと思われたという20年前です。しかも当時は九州では熊が絶滅状態にあったそうですし。熊の危険性なんか知りもしなかったのでは、と思います。
動物園でヒグマを見たら、北海道に登山なんてしないょ。無知は恐ろしい。
タブーを犯したと言うか彼らの犠牲からヒグマの習性に関する研究が進められて実はタブーだったと判明したという流れ
アイヌの間では知られていた。我々が彼らから学ぼうとしなかったから新たな研究だと思っただけなのでは?
@@qwertyuiop31640今のようにスマホで簡単に調べられる時代では無いですし、熊に関する資料も少なかったんですよ。
アイヌの間での常識が世間一般での常識ではなかったのです。
@@qwertyuiop31640
日本人は基本的にアイヌの事をナメくさってるもんな
この事件前に東北~北海道で一般常識だったのが死んだふりはするな。熊の走る速度は人よりもはるかに速い。木登りはもちろん泳ぎも達者。慌てて逃げるな、また目をそらすな(背中を向けるな)熊は火を恐れない(一部界隈。青森とかでは明かりに寄ってこないって言われてた)
ただこういう知識は九州には入ってこなかったなぁ・・・物に対する執着が尋常ではないと言うのはこの時に初めて知った人も多いのでは?
@@たぬき和尚-b5p
こういった情報はワンゲル部の事件の後に検証が行われて分かった事です。順序が逆です。
当時、実証検証番組を見ていましたが「当時の常識が非常識だった」と評価されていました。
後からの批判は簡単にできる。
先人の犠牲があってこそ情報のアップデートができていることを忘れてはいけない。
助けを求めたテントに誰もいなかった時の絶望感は凄かっただろうけど…いたとしても何もできなかっただろうな…
熊の脅威がそこまで有名ではなかった頃なのかもしれんけど逃げるチャンスは何度もあったのに何度も戻ってきてるのはすごい
俺の知り合いにイノシシは時速45〜50キロで突っ込んできてホーミング性能も高くて危ないぞって言ったら
ショボ遅くね?全然怖くないって言われたし
実際に襲われたりしないと危険を認識できない愚者が多いと思う
今より怖さも習性も知られてない時代だからなぁ…
歌とか、物語で優しい動物ってイメージが有ったからね。
1980年代前後だって、クマが普通に出没する地域ではクマの脅威は常識中の常識だったよ。もちろん、間違った対処法とかも広まっていたけど、ちゃんとした対処法が書かれた本もあったし。そして、「間違った対処法」が広まるくらいには、クマは怖いものだと思われていた。童話ではなく、昔の小説とかでもクマが怖い生物として描かれてるモノは山ほどあるし。
至近距離にクマがいるのに、のんきに写真を撮るという行動は、さすがに当時でも常識はずれすぎると思う。
まず襲われる事が稀中の稀だからね
この事件後、小学生向けの教材で熊に会ったら直ぐに逃げない・食料は放棄・荷物も放棄(状況による)などが書かれた冊子が出ました。
◯んだフリはここ20年位でタブーになった気がする
対策、というかマニュアルは血で出来てるってことだわな
そもそもの話熊がその気になれば対策は何の意味も為さないからね
❌タブーを犯した
⭕️当時は熊の生態がよく知られてなかった
28:46
しかも人食いぐま対策…(一度食べたら行動が変わる)
コチラのチャンネル“キャラ愛 ”
すさまじくて好き😂
結局こういうのから学ぼうってよりも、バカにして批判しようって方が多いから意味はなさそう
山登るの好きな人は、この手の動画避けると思うよ😂
熊がハンターにもビビらなかったの、事前に5人のメンバーを襲って碌な反撃を食らわなかったから人間に対する警戒が完全に無くなってたんやろうな
今では熊鈴など音で熊を寄せ付けない方法も熊が人の味を知っていればよってくる原因になるとか聞いたこともある
ラジオもそうですよね。昔はかなり効果があったとか(熊にしてみれば猟師が近くにいる→遠くに逃げようとなってたと想像。近年では熊可哀そうクレームやら猟師さん達が少なくなったせいで熊も人=危険な存在とは思わなくなったのではないでしょうか)
@@たぬき和尚-b5p
人が食料を持っている、人が餌を与えてるれると学習したのもあるかもしれません。
まだヒグマの習性が分かりきってない時代でしたよね。
ヒグマは『この辺りにいる人間(登山者)は食料を持っている』と学習したんでしょうね。
せめて三毛別のヒグマ事件を毎年のようにテレビかラジオで流していたらこんな悲劇は起こらなかったのだろうなぁ。
でも今では名な三毛別ヒグマを知っていてもでもそれをあざ笑うかのように餌をやったり興味本位で近づくバカが増えてきているから、そのうち似たような事件が起こると思う。
10年くらい前に知床に地の果て温泉(知床五湖の近くだったと記憶)と言う所があって、その道中の川辺で車を止めて小熊二頭に餌付けか躾みたいな事やっていた男性2人組がいました。
その時の事考えると一時期テレビで話題になった車に近付いて餌をねだる様なヒグマが話題になった。
体の大きさからもうそれぐらい大きくなってると思うとその時の個体じゃないかと思ってしまいました。
@@d.k7203 さん
こういう事は地元民が危害を受けうる事になりかねないので本当に辞めてほしい。
今じゃ熊は民家に降りて人間襲うまでになってるからなぁ…、本当に最悪な生き物だわ。
この頃はクマの習性の研究はほとんどされてなかった。
それこそ、死んだふりとかを信じてた。
今なら、距離が、取れたら走って逃げず後退りで更に距離を取る。
クマは執着心が強いので、食べ物とかは置いておく。他の荷物も。
持って行こうとすると、エサを取られたと逆上するので絶体にしないこと。
熊が出没する地域では死んだふりは割と昔から否定されてましたよ?雑食性だから意味がないと。
熊が身近にいなかった地域ではこの事件で初めて知った人も多いようですが。
問題は今のようなネット等での知識の共有がされなかったからだと思います。
@@たぬき和尚-b5p
熊害があまり無かったためメディアでも熊の習性あまり報じていなかったのもあるかと思います。
熊の習性もこの事件の後に詳しく検証され報道されましたし。
こーりん初めての福岡大登山登場。きめぇまる今回生き残った。
教訓的な出来事でしたね。他のグループで被害がでなかったのは、本州や北海道ではクマとの遭遇率が高く、クマ=怖いという認識があったからだと思います。
当時、九州ではすでに熊が絶滅状態にあったそうですし、熊との遭遇自体無かったようなので熊=危険という認識は薄かったのではないかととは思います。
当時は北海道でも熊との遭遇はそんなに多くはなかったですよ。地域(郊外)によっては一生に一度みれたら良い方だと言われました。
どんなに時代が変わろうと熊の行動原理は基本的に「縄張り内に餌発見、邪魔する奴はぶちのめす」のままで変わりは無い
自分も死んだふりしろと習った世代だけど、それは熊にとっては「私は餌です、どうぞお召し上がり下さい」の意思表示でしかなかったんだな
私の父は子どもの頃から釣り、登山、山菜採り、遠泳をやっていた事もありヒグマには何度か遭遇した事があるそうですが、あの怖さは慣れなかったそうです
私も山登りとシュノーケリングやってますが、父には口酸っぱく熊対策の事は言われました
最も最近では昔言われていたセオリーが通用しなくなっている気がしますが
因みにこれ見ている間にもヒグマの出没情報が市のLINEから来ました(自宅から車で20〜30分位の距離)
テントに爪で傷つけたってマーキングってことじゃないのかって思った
ほら漫画でよくある縄張りに爪痕残すみたいなのかと
ヒグマの恐ろしさをこれでもかと教えてくれる事件、この事件を知ればよほどの馬鹿でもない限り舐めてかかったりしないだろう。それできっと未然に救われた命もあったはず。
時代で起こりうる事件だったのでしょう。亡くなった方々の御冥福を
お祈り致します。
当時の熊に遭遇した時の常識として知られていた対応が、実は間違いだらけと分かったのはこの事件の後の検証のの結果ですからね。
また、熊との遭遇頻度による危機感の違いも大きかったのでしょうね。1970年代には九州では熊がほぼ絶滅状態にあったそうですから。
そもそも彼らの行動の前は熊へのセオリーが共有されてなかった
これクマと対面した時点で全員で下山してれば助かったよね
当時は今ほど獣害の危険性が共有されてなかったとはいえ軽率すぎないか
ヒグマは時速60キロで走るので逃げられませんよ
◯す準備して登山しましょうね
動物園でツキノワグマしか
見たことないだろうし…
当時は祖母傾国定公園辺りに
ツキノワグマが生息してたと
思われるけど……当時の
福大生はクマの生態なんか
知らんかったろうなぁ。
当時、既に九州では熊は絶滅状態にあったそうですし、野生の熊の危険性は分からなかったのかとも思えます。
ヒグマは北海道にしかいないからなあ…。
当時の共通認識と今の認識がまず違うのにタブーを犯し続けたという表現に違和感しかない。
こういう事例を教訓にしていく事が重要であるのに、ネタ扱いや的外れなコメントしてる連中が動物○すなとか言うカス電話していくんだろうな
石を投げた話は詳細に残っているますが、遺書に書かれていたのかな?
知らなかったこととはいえ、あまりにもタブーを犯し続けたために後世までネタにされる運命に。いたたまれませんな。
襲ってきたヒグマは駆除されて剥製になりました
DusEnde
とりま熊対策スプレーも登山常備品に
「山には行かない」のですが、マチナカにも出て来ますからねぇ・・・@札幌市
飲むゼリーあったのかw
認識不足の結果でしょうね。奪われた荷物を取り返したのは、不味かった。取り返した時点で、直ぐに下山していれば、こんな事にはならなかった可能性が高い。
熊の嗅覚を侮ってはいけない。犬以上の嗅覚をもっているので取り返した時点で犠牲者はでる。正しくは荷物を放置(取り戻すにしても本当に必要最小限の貴重品だけ持って帰る)
今でこそそういう評価もできますが、当時の熊対策も今からみればデタラメな事が多かったです。
熊が一度自分の餌と認識したのもに執着する事は三毛別熊害事件(大正4年)でも知られましたが周知はされなかったように思います。私も当時、熊があそこまで自分の餌に執着するとは知りませんでした。
@@妖の姫巫女 さん
そう?そうかも・・・
友人とワンダーフォーゲル事件の数年前に熊に関する世間で信じられている出鱈目な知識で盛り上がってたけど、あれは私達がおかしかったのか(両者とも熊本在住。もっとも両者とも日本中を旅行した経験をもってたが・・・)
@@たぬき和尚-b5p
三毛別事件(死者7名負傷者2名)及び札幌丘珠事件(死者3名重症者2名)は当時としても祖父母の時代の事件ですし、本州含め犠牲者の出た熊害が元々少なかったのと、被害のほとんどが農業・畜産で人的被害もいかなり遭遇してのものだったのもあって習性の検証なんてされて無かったと思います。キチンとした検証はワンゲル部の事件以降ですし。
そして当時すでに九州では熊が絶滅状態だったのも彼等の危機感の無さに繋がったのかも。
フリーホラゲーかな?クマエンカ率高すぎる
こうした痛ましい犠牲の結果、われわれは「タブー」を学んだのであって、それを「タブーを犯し続けた」などと非難するような言い方をするのはどうかと思う 同じ内容を何人もの人が書き込んでるだろうけど、あえて書きます
この話題のゆっくり動画いったい何個あるんだよ もうええって
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森のくまさんの歌の行動は やってはいけないこと
当時の熊対策としては大きく外れていなかったものの、火を恐れない事や強い執着心などは、過去の惨劇を教訓にしたら防げたはずなので、やはり歴史を正しく学ぶというのは大切なのだな、と
火を恐れないことと強い執着心ってのがわかったのもこの後だったはず
@@Miraluciferいや、ヒグマとずっと共生していたアイヌは知っていた。和人が他者から学ぼうとしなかったのよ。
@@Miralucifer
徹底検証され体系付けられたのはそうですが、そのどちらも、既に三毛別の時にハッキリ現れていたので。
その時点で、ただ不幸な出来事で終わらせたりせず、ひとつひとつ分析していれば…という意味です。
火(と言うか明かり)を恐れないと言うのは割としられていた・・・と思ったら実はそうではなかったと思い知らされた事件。
犬以上に鼻が利くとか死んだふりは絶対ダメ!とか当時の北海道の人なら知ってたであろう情報も九州では聞いた事がなかったしなぁ。
なんせこの事件の前に北海道に売ってある熊撃退スプレーすらジョークグッズと思ったし。
@@柴犬-g6u
熊害事件が少なかったのと、遭遇していきなり襲われたのが多かったのが情報の共有に繋がらなかったのでは、とも思われます。
また事件当時、九州では熊がすでに絶滅状態にあったのも彼等の熊に対する情報の無さの一因かとも思います。
8:58救助要請に向かう?
そこのセリフは「戻ってメンバーと合流する」みたいなニュアンスのハズです。もっと落ち着いて動画作成を
20発撃って生きてたってハンター下手すぎんか(笑)
正直東方のメンバーの名で呼ぶ位なら分かりやすくアルファベットにして欲しかったのぜ😢
やっぱり日本住血吸虫みたいにヒグマは絶滅させるべき
示現流の一撃しかないか。ちぇすとー
頭は狙うな心臓を狙え(金カム)
クマにスタンガンは効かないのか?
危なすぎて誰も試そうと考えもしないからなあ
投石のほうがましなんじゃないかそれ
トラバサミ罠にかかった熊を気絶させようと、スタンガン何度も押し付けたが全く効果がない動画を見た事がある。
@@cyberterro
カラダがデカいし、毛皮と脂肪が分厚いからかなあw
あと霊長類に比べて他の生き物は痛みに強いというか鈍いのかなw
@@cyberterro やっぱり、そんなハイカラなものより、単純に出刃包丁でも持ってる方がいいかも知れないか、かみ殺されるよりマシ、ホントは護身用に45口径でも持ってるといいんですけどね
スタンガンもテーザー銃も肌の露出した人間向けだから、毛と脂肪の厚い熊さんにはイマイチ…らしいです。個人的にはどこかの掲示板にあったという「撃退スプレーと牛刀で仕留める」逸話を実際に見てみたいですね
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登山者の常識の熊スプレーの強力なやつを持っていたら助かっただろうに
やはり用意を怠るべきではなかった
時代考えようよ そんなもんない時代だぞ 熊スプレーなんて00年代後半からのアイテムだろう
@@小山田旭-q3l さん
いや1990年以前からは普通に札幌の狸小路とかに売ってあったぞ?
もっとも初めて見た時はジョークグッズと思ったが。
@@たぬき和尚-b5p
ワンゲル部の事件は1970年です。北海道ですらジョークグッズと思われたという20年前です。
しかも当時は九州では熊が絶滅状態にあったそうですし。熊の危険性なんか知りもしなかったのでは、と思います。
動物園でヒグマを見たら、北海道に登山なんてしないょ。
無知は恐ろしい。