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suezawa nobukoさんのことをお伝えします。私は切手収集家です。1989年の切手雑誌に掲載されています。その要約文をご紹介します。→「イタリアの切手をデザインした主婦、末沢誠子さんに感激!」/ ある朝、静岡新聞を開いたところ、「ワールド・トピック」という欄に、切手に関する記事が載っていました。イタリア切手に、日本人の静岡市の主婦、末沢誠子(椙山注:すえざわ のぶこ)さんのデザインが採用されたとのこと。
募集テーマが”切手の日”だったので、末沢さんは、日本で最初の凸版切手の製造指導にあたったイタリア人、エドワルド・キヨソーネの着物姿をデザインしました。なぜ着物姿かといえば、生前の写真を見たら、武士のようなりりしい顔立ちだったからだそうです。
切手のコレクションは若いころからで、子育てに一段落した15,6年ほど前から油絵を描き始めたとのことですが、今回デザインするにあたっては、図書館に通ってキヨソーネについて調べたり、キヨソーネの眠る東京・青山墓地へも足を運んだとか。
出典はスタンプマガジン1989年6月号P.25(注:一次資料は静岡新聞)。以上ご報告は椙山哲太郎(すぎやま・てつたろう)/公益財団法人日本郵趣協会中国四国地方本部理事、防府支部支部長
画像がアップできるようならオリジナル記事の写真もお出しできます。
完璧なフォローに拍手を。
もし日本に残っていたらその後の災害や戦争で失われてしまったかもしれなかった美術品や芸術品をキヨッソーネが収集・保管もして、その後も財団やイタリアで守ってくれたことに感謝。
こんなすごい人が日本に来てくれて精力的に真摯に仕事してくれて日本と日本美術を愛してくれたのはなんだか奇跡みたいなことだなぁ
「すえざわのぶこ」さんを調べてみました。月刊誌「郵趣」2009年6月号No.724(公益財団法人日本郵趣協会) によると末澤誠子さんは静岡在住の画家で切手収集家。1988年のバチカン市国のクリスマス切手をデザインされており、その解説には「応募した時に自分の名前を小さく入れたのが、そのまま切手になり本人も驚いたと聞きます。」とありました。このイタリアの切手も誠子と書いてあったのが子を切られちゃったのではないかと推測します🤣
正しいかどうか分かりませんが、昔の女の人は、戸籍上の名前に「子」ついていないが、ふだんの呼び名や、郵便の宛名などには「子」を付けていたのではないでしょうか。私の祖母、伯母、母たちはそう呼び合い、名のっていました。「節」を節子と呼び、名のり、 信を信子、国を国子、清を清子、和を和子、などなど。それで、「誠」のぶ さんは習慣で自分の名を「誠子」と書いたが、戸籍は「誠」のぶ なのでは… ?間違えたのではなく、入り混じっていた…
@@いこ-c5pさんへ謎が解けましたね💖いつも五郎先生が仰っている様に皆様の叡智を集めるとより良い知識や情報となりますね🤗
初めてイタリアに行った20数年前に気づいたひとつが、何でこんなに浮世絵があるのかでした。老舗の文具屋にも”浪裏の富士”のクリアーホルダーが並んでて日本製かと思えば、イタリー製!本屋にも浮世絵関係の書籍が!キヨソネ→キヨッソーネさんだったのですね。
こんなに凄い技術をお持ちで、日本に多大なる功績を残し、日本を愛し、日本の芸術を海外にひろめ、遺言では周囲の人のみならず日本の恵まれない人々をも慮る…こんなに素晴らしい人を五郎さんのお陰で知る事が出来ました。ラストミステリーも気になって、キヨッソーネさんの人生そのものに俄然興味津々、調べる気満々、先ずは北区のお金〜の記念館に行ってみようと思います💪
これほど多大な貢献をしてるのにキヨッソーネは全く知らなかったです。教科書に載せてちゃんと授業でやっていいくらいの人だと思いました。
歴史に「もし」は存在しませんが、キヨッソーネ氏が現代の日本紙幣技術を目の辺りにしていたらどの様な反応をなさっていたのでしょうね。何はともあれ、日本に多大なる貢献をなさった偉人であることは間違いないかと存じます。
朝ドラにしてほしいほど!立派な方だったのですね。ラストミステリーも興味深いです!
日本を愛する村雨辰剛さんがキヨッソーネを演じてくれたら最高です。
メチャ面白かったです。本当に勉強になりました。キヨッソーネのことを初めて知りました。素晴らしい仕事をした人ですね。また日本美術が散逸しないで残ってるのもキヨッソーネのおかげだと思いました。拍手です。
キヨッソーネさんの肖像画が、次の新しいお札の絵になったらいいと思う。
むかし、「次のお札の肖像画は、『日本に貢献した外国人』が一人くらい選ばれるんじゃないか?」とどこぞでコメントしたことがありましたが、十分にありえそうな気がしますね! あらゆる分野から反対者が出なさそうなので。
バリバリ働くイタリア人のキヨッソーネさん。知らないことばかりの素晴らしいお話の回でした。ありがとうございます。岩倉具視の五百円札は見たことありましたが、銅版画では思い浮かびませんでした。反転すると雰囲気が変わりますね。
日本の為に尽くしてくれた偉大な偉人の話を聞けて嬉しい❤
素晴らしいです!話のタネになるかな?なんて軽い気持ちで見始めたらとんでもない方だと分かり反省しきり。日本をとても愛していただいたんですね。
キヨッソーネの日本美術コレクションは質・量共に欧州でもトップクラスの美術品が多いことで有名ですね。一度見に行きたいのですが、なかなか機会がなくて行けないのが本当に惜しまれる。
これはもう偉人だね
キヨッソーネの血筋が日本に伝わっていたら嬉しいです。今回もすっごく面白かったです。ありがとう山田先生。
面白かった!こういう、日本に尽くしてくれた隠れた偉人の方って、他にもいらっしゃるんでしょうね...。
日本における初期西洋画のいくつかの回で、工部美術学校を取り上げたとき「西洋美術は初めは記録や製図のための『技術』だったんだよ」と解説されていましたが、まさしく技術の塊のような人ですね。
キヨッソーネさんは業績、人柄ともに偉大な方だったんですね✨とても勉強になりました❗ありがとうございました😊
イタリアのアーティストはやはり職人肌ですね
こんなに力のある素晴らしい方が日本のために働いてくださっていたことを、この動画のお陰で初めて知ることができました。そして祖国には帰らずに日本で亡くなられたのですね。早速青山墓地へ行って感謝の気持ちを伝えてきました!
美術の話は本当に楽しいです。人の可能性とエネルギーを感じ取れます。
日本のお札の歴史を知らなかったので、非常に興味を覚えました。昔、お世話になっていた500円札も、3種の銅版画の技法が使われているとは知りませんでした。キヨッソーネは絵もデザインの腕も秀逸でしたが、どことなくお札の肖像画が、外国人な感じに見えてしまいましたが、日本を愛して日本の文化に貢献した功績は、ほんとに素晴らしいものです。
キヨッソーネの子供については「日経ビジネス 小説 国産紙幣誕生 エドアルド・キヨッソーネの遺言」にエピソードがあったような
小説なので真偽はわからないですけど、神功皇后のモデルの女性との間に子供が出来たように描かれていますね
司馬遼太郎の設定が史実のように扱われている現状を考えると、小説の影響も馬鹿にできないと思う
美術的にも経済的にも歴史を作ったことなど全てに感謝ですが、日本を好きでいてくれたことを大変嬉しくありがたく思います。
びっくらこいた!!!全く知りませんでした。彼の生き方、日本美術コレクション・・・・全てに大尊敬。教科書に載せるレベルですね。日本での子孫が途絶えていない事を祈ります。
大変立派な人だと感銘せざるを得ない。もっと知られて感謝されるべきだ。さらにもっと知られるようになれば日本内でイタリア人に対するイメージが大幅に上がること間違いにない。
「岡村誠三がキヨッソーネの孫説」検討についての訂正・追記・岡村誠三の実母・須磨子が父・宮田耕介の戦死後に移ったのは得能家ではなく、伯母の嫁ぎ先の西郷家でした。失礼しました。・岡村誠三の実父・佐伯勝太郎がキヨッソーネの息子でないことは『佐伯勝太郎傳記并論文集』所収の「佐伯家の家系」から明らかです。継父・岡村正市がキヨッソーネの息子という可能性は完全には否定できていませんが(予備的に調べている段階ですが、この可能性はかなり低い)、いずれにしてもwikipediaの岡村誠三の項目の記述「実母はエドアルド・キヨッソーネの実娘。」は(公刊された伝記と岡村誠三自身の述べていることからは)完全に誤りだといえます。
すごい仕事量!この人が居なかったらお札も切手も異人の絵も無かった。偉人と言っていいレベル。
キヨソネではなくてキヨッソネなんですね。西郷さんを描いた画家と思い込んでいましたので、この動画を見て大変勉強になりました。明治天皇やシーボルトなどまで描いていたとは。また、キヨッソネがイタリア出身でお札の原板彫刻家でドイツ造幣局出向者だったとか、驚くことばかりでした。ありがとうございました。チャンネル登録しました。
ラストミステリーが様々な分野のガチ勢コメントの誘導になっててオラわくわくすっぞ!
キヨッソーネの名前を一番聞いた事あるのは鹿児島県人かもしれん。実際私の年代以上は西郷さんの肖像がキヨッソーネ作ってかなり知ってると思います。
切手やお札などの仕事に関してはもちろん、現在のほとんどの日本人より日本を愛し貢献してくれたことに感謝。今回の講義で知ることができて本当によかったです、、、🙏ひとつ思ったのは今の感覚でいうと通貨のデザインというお固くも公共性の極めて高い事業で、過去の伝説級の偉人を当時の著名人どころか一般の方までをもモデルに描くのはどう言った意図だったんだろうということで、キヨさん発だったのか発注だったのか、一般の方が入ってるので政治的な意図は薄そうですが、キヨさんが日本の歴史に触れる中で抱いたイメージ(一般の方と言っても造幣局職員なら親交があった可能性も)だったのか、話題になるやろなのか、意外と適当な選出だったのかなど色々と想像してしまいました、、、🙄💬
日本の歴史の教科書に載せてもいいくらいの偉人だなぁ美術の教科書にも載っていいレベル
勲章を貰ってても良いと個人的には思う
@@torakurou 明治24年に勲三等瑞宝章叙勲です。www.digital.archives.go.jp/img.pdf/2532687
これだけ日本に貢献していれば、当時かなり高位の勲章を追贈されてそうですね。
給料分どころか、それ以上の素晴らしい事をした人だったんだなあ
キヨッソーネは義務教育で教えた方がいいくらい日本に貢献した人ですね。
めちゃくちゃ素敵なデザイン
いつも楽しく視聴しています。Milanoの郊外に工場があるので、次に出張するときには、ぜひGenovaまで足を延ばし、美術館に行っています。
シーボルトって日本地図を持ち出そうとして国外追放になったけど日蘭修好通商条約が結ばれると幕府の外交顧問になってますよね。でも明治になってキヨッソーネが肖像を描いているのを見ると明治政府の評価は高かったんですかね?でも歴史のあやと言いますか祖国では物凄く有名だけどお世話になった国では全然有名じゃなかったりクラーク博士みたいに日本での人気は物凄く高かったり不思議なものですねこの番組がきっかけでキヨッソーネさんがもっと有名になればいいですね☺
日本で亡くなられていたのは、知らなかったので、驚きました。明治・大正時代の絵画展覧会に行った時に名前を覚えていましたので、最後の謎も気になります。動画を観て、当時の歴史のドラマになって欲しいと思いました。
美術館には驚きました。 最後は濃~いミステリー!。 キヨ先生がこれほどの人とは!!♡。
キヨッソーネの技術のみならず人柄を窺い知り感動しました。ご紹介ありがとうございます。
とても面白かったです。ありがとうございました。全く知らなかったので、とても興味深かったです。
目立たぬ天才ってこういう人の事云うのかなぁ。
お手本としたいすばらしい方ですね。機会があったら墓所にも訪れたいと思います。
日本大好きおじさん…こんなに日本の貨幣に貢献してくれたのに、全く知りませんでした。五郎さんに感謝です。
盛り上げる芸人とかうるさいタレントがいないから落ち着いて見てられます。
一時古い紙幣を収集してたが、まさか五郎さんのチャンネルで紙幣のお話が聞けるとは思わなんだ。
3:00 同年に2種類デザインされている様子ですね。名前のスペルミスがありますが、そのまま発行するところがイタリア人らしい。ネットでチェックした限りでは素性がはっきりしません。イタリアのデザイン事務所関連で名字が同一の方がいたので関係者かもしれませんね。佐伯勝太郎に関しては昭和27年に印刷庁から”佐伯勝太郎伝記並論文集”が出版されており、家系図も載っているみたいなので確認できるかもしれませんね。
また行きたいところが増えちゃった!
ええ人やなぁ
キヨッソーネ、なんか聞いたことがある?と思いながら動画見ていてジェノバにある美術館を思い出しました。その当時はなんでここに日本のものがあるのか?も分からず、ただジェノベーゼソースを食べたかった自分が情けないです。
まさに仁和寺の法師曰く、少しのことにも先達はあらまほしき事なり、ですね
先生のTH-camで絵画を詳しく知りたいと思い、絵画の図鑑を買いました今、子供もこれ何?と聞いてきて寝る前に一緒に本を見ています
キヨッソーネの日本画は、曲線プラス直線的な表現方法かつ分かり易い陰影の付け方で、力の流れを絵にしている、それはまるで今ある漫画(あるいは商業イラスト)の絵のようでもあります。これをキヨっさんが100年以上前に描いたところに僕はとても驚きました。
キヨッソーネ、全然知りませんでした。こんな人々の忘れ去られそうな過去の偉業を知るのはなんか人生が豊かになる気がします。ホント、大河とかでも取り上げて欲しいですね。ありがとうございました。今度、ジェノバ行ってみようかな🤔
ラストミステリーの話原田マハ先生に書いてもらいたい笑
今回話題にのぼった500円札裏の富士山を手掛けた押切勝造氏。氏の偉業は、現行1万円札の福沢諭吉や、旧千円札の夏目漱石でも確認できます。ただ、福沢諭吉と、その後の現行紙幣をルーペで覗くと、彫金技術の差は歴然。キヨッソーネから連綿と受け継がれてきた、高い芸術性をも兼ね備えた職人技も、今では失われてしまったのかもしれません。なんだか少し、寂しい気がします。以前、その技術力の高さに魅せられ、古い凹版切手を集めていたことがありました。中でも押切氏が凹版部分の原版彫刻を担当した「東照宮陽明門」は圧巻です。キヨッソーネ以後、この国のお札や切手の図案を手掛けた日本の職人たちについても、取り上げていただけると嬉しいです。
最後の謎に驚きました。藤牧義夫の失踪や贋作の謎や、ゴッホの死の謎など、美術に関わる謎って色々あるんですね。他にも美術ミステリーたくさんあると思うので、ぜひ紹介してください。
500円札懐かしいですね〜😊
キヨッソーネいい人すぎて泣けますね😢全部写真だと思っていた絵ばかりでした。500円札、1990年代初期まで使えたことが衝撃でした。当時2〜3歳だから記憶にないのかな…
「法律上」は今でも使えるよ。
自分は若い頃古銭収集を趣味にしていて、古銭カタログも持っていたので、神功皇后のお札が日本最初の近代紙幣だというのは知っていましたが、まさか西郷さんの肖像(弟らをモデルにした絵であるということは知っていました)と同じ作者だとは知りませんでした。
シーボルトも日本人との間の娘がいましたよね。外国籍の人は戸籍がないので、後で調べようと思っても調べられないのでしょうね。
ウリタニさんの、視聴者も気になる、聞いて欲しい!!、をズバリ質問して頂けていつも有り難いです☺️いつも「そこ知りたかったですー」って、思ってます
キヨッソーネは西郷どんと明治天皇のはしってましたが、こんなに沢山肖像かいてたんですね。ところでトートバッグ届きました!最初は来年になるとか言われていましたが、年内に届いて嬉しいです。触った感じもしっかりしていて使い勝手ありそうです。
日本の近代化への貢献だけでなく、日本を気に入ってくれたキヨッソーネ氏のことは、親しみをこめて、きよっさんと呼びたい!
新2千円札はキヨッソーネさんで決まり!(イタリアでも使えます希望)ワインもチーズもパスタも手に入りにくい時代にご苦労様ですキヨッソーネさんの血が残っていると素敵ですね😊
後編大変興味深く視聴しました!五百円札絵柄と色合いが好きで綺麗だなって思って記念にとってあります😄キヨッソーネさんの銅版画が元だったんですねあの目力と髪の質感とか周りの飾り罫と言えばいいのかな?の印刷の細かさとか凄いねえと思ってたので色々と知ることが出来て嬉しかったですお札と切手の博物館行きたいですそしてラストミステリー!日本大好きになったキヨッソーネさんの血筋が続いているとしたら嬉しいことです
自分は500円玉が作られた1982年生まれですけど、500円札は数回しかお目にかかった事ありませんね。若い頃にそれで払おうとして「これ、今でも使えるんですか?」って店に人に聞かれた事あります。
静岡在住の女性画家。画像の中の誠のサインは本人の名前の誠子からのものと思われます。他にも1988年バチカン市国の切手の絵も書いておられ切手の収集もされています。
お札のデザインの歴史という、どちらかというと地味な歴史の中に、こんな大人物がいらした事に感銘を受けた。今後は手元にあるお札の絵を、よく見てみる事にしょう。
恵比寿さん、大黒さんも、イタリアンな雰囲気ですね、、、どちらの神様も、もとは、インド人なので、むしろ、その変遷は面白いですよね。
大黒さんはマハーカーラでインド人やけど、えべっさんは恵比寿(蛭子)大神で日本の神さんでっせ^ ^
@@なん-l5i ありがとうございます!勉強になりました。
この人を知らないのは本当に恥ずかしいことだと思わされた間違いなく給料以上の日本への貢献度、職人性?と人間性ともにとんでもない
キヨッソーネさんの事って学校で学びましたっけ?自分が覚えてないだけなのかな?凄すぎる!山田五郎先生により私はまたまた賢くなりました☺️何回も何回もこの動画を拝見しました。飛鳥山に行った際には博物館にも立ち寄りたいと思いますです。ありがとうございました🥰
うわぁーって私もウリタニさんと同じですごく共感!感動!ほんともっと知られていい存在だしコレクションをぜひ見てみたいです!銅版画の原板の大きさはどのくらいなんだろ?
版画というものは原版に紙を押し当てますので、お手元にお持ちであろう各種お札と同じサイズでして、つまり原寸大です。私は絵画も紙幣も全く素人で存じませんが、今のお札と同じであれば当時も金属板に直接彫っているものですので、超絶技巧と言って良いかと思います。そういう意味では動画内でサイズに言及されても良かったかもしれません。
現代日本の紙幣印刷技術は世界最高峰その礎はキヨッソーネにあるとみた
キヨッソーネパイセンカッコよすぎなんだが
😊面白かった!!!
お札の銅版画って考えもしなかった切り口ですね!😊
2:00 何故か「音が切れます」10:24 岩倉具視の500円、実家に数枚眠っていたのを母から押し付けられ、たまたま野球観戦に行った時にグッズ売り場の兄ちゃんに500円札で買い物したら…「こんなお金が有ったんですね…」とか言われた事実(それが2007年の話)
郵便学者の内藤陽介さんとキヨッソーネについて対談して欲しい✨
内藤陽介先生と🏣郵便の話をしたら相当面白い話が聞けそうですね🤗。
もしかしたらキヨッソーネは渋沢栄一の顔を実際に見たことがあったのじゃないかなあ。来年出る新紙幣をキヨッソーネが描いたら、どんな感じだったでしょうね。
本当にもっと知られて欲し方です!!東京在住じゃないのですぐにはいけませんが谷根千巡りの時に森鴎外記念館?とともにお札と切手の記念館行きたいです
先日東京の国立博物館で中尊寺展があったので観覧し、次に文京区森鴎外記念館(JAF割引できた)の行き最後に行きました。7月3日発行の診察の見本も観てきました
明治時代の名刺を買つたらキヨッソーネの名刺が入つていた
よし、来年さっそくジェノヴァにキヨッソーネ東洋美術館見に行こう!!
明治期は、各民間銀行ごとに社名入りでお札を発行し、日本銀行も同時に出していたというのが衝撃的でした。そんな経過があって、日本銀行券に統一されていたとは!!最高額面百円札のモデルが、当時の大蔵大臣松方正義だというのも、いかにも権威主義的なあるあるですね。岩倉具視の500円札、あの独特な色味と共にしっかり覚えています。何だかちょっと意地悪そうな顔だなあと当時思ったものですが、後に彼の事績を知り、当たらずも遠からじと思いました。大久保利通の方は、アップにしても十分に細密な描写で、目のアップはまるでモンタージュ写真のようですね。小判切手の上部の日本郵便の字体が、現在のものと同じなのがちょっと嬉しいです。先週キヨッソーネは画家ではなく技術者だと思うとコメントしましたが、五郎さんも同意見と知り、ハッピーです。技術者だからこそ、師を継承する弟子がいないということですよね。彼がほぼ全財産を使って収集したおかげで、今も貴重な日本美術がこうしてかの地に保存されていることは素晴らしいです。キヨッソーネの家族の存在、気になりますね。動画内での彼の性格から察して、存在を知っていたら決して無視することはなかったと思われるので、彼は子の存在を知らなかったと思います。相手の女性が人知れず消えてしまい、その後出産したとか。イタリアで発行された切手を描いたと思われるすえざわさんの情報と共に、どなたか教えて欲しいです。
渋沢栄一が担当していた役職に後についた得能良介によってキョッソーネは呼ばれているから渋沢とも交流があっただろうし、その影響もあってか貧民救済に寄付をしたのかもしれない、さらには愛人をもうけたりするのも渋沢栄一の時代なら普通だっただろうし、愛人との娘がいたとしても不思議ではないかもしれない。
お札と切手の博物館がある飛鳥山には今年からの新札でもある渋沢栄一の史料館もあり、二人は密接に繋がっているんですね。
面白かったです。お札が定着するまでの明治政府の四苦八苦ぶりがいかにも日本人的で、微笑ましく感じました。キヨッソーネ人気爆上がりの中ですが、自分は日本で流通しているお札のほとんどが外国人がデザインしていることがちょっとショックでした。でも近代化と言われるものは基本そういうことなんですよね。うーん、日本人ってやはり器用なのでしょうかね。
お札と切手の博物館は前の道路を通るときに存在は知っていたのですが、入ったことはないのですが今度行ってみようと思います。元銀行員だったので商売道具を知らないのは恥ずかしいことなので(笑)
次の生配信の時には、バビル2世とキヨッソーネの話題で盛り上がりそうですね!めちゃくちゃ楽しみ~
ジェノバで美術館に行ったら、日本人だったらぜひキヨッソーネ東洋美術館に行って見てって言われて行ったのだけど、行って良かった。素晴らしい情報をありがとうございます。
何次かの切手ブームが繰り返し訪れますが、その都度、切手カタログのトップに掲げられる切手ですね 現在は全体的に暴落したそうですが、 パパー! 岩倉具視の青い500円札はキヨッソーネ画だったんですね 握りしめた500円札でマジンガーZのEPレコード盤を買った記憶があります
キヨッソーネ (日本史の教科書には確か「キヨソネ」と表記)、久しぶりに名前を聞きました。ジェノバの美術館、ぜひ行ってみたいです。それと前編にあった「得能」と聞いて米米クラブのジョプリン得能を思い出したのはワタシだけでしょうか?
子供の頃、切手集めしてたので、キヨソネ(当時は音引き無かったはず)は前島密以上に重要人物として記憶しておりました。せごどんの肖像画の件では猪瀬直樹「天皇の肖像画」で読んだ記憶。でも当時はよく理解できなかったんですが、この動画ではじめて理解できました笑笑。キヨソーネについては、どうしてもフェノロサと混同してしまいがち。薬師寺五重塔の水煙を「凍れる音楽」と評したのはフェノロサの方だったかも
なんて素敵な素晴らしい人、心から感謝します。五郎さん紹介してくださって有り難う御座います(* ´ ▽ ` *)
「末沢ノブ子は、バチカン市国が1988年に発行した聖母マリア6種の切手に掲載されている「教会の母」の絵画を描いた画家」としか分かりません。
ウリタニさんの「だまされるなー」に同感します
なんだ!?この凄いひと・・。
Googleマップで適当にイタリア見てた時に唐突に日本語で表示された「キヨッソーネ東洋美術館」って言うのはそうか、そう言う事だったんだ。😯
映画化すると いい映画になりそうです。が、ラストミステリーはどう処理したら?笑遺言の中に出てこないのが難ですね。たしかに送り状も証拠のひとつですが、内縁の妻だったとしても、よほど険悪なトラプルで離別していないかぎり、遺言には書くと思いますので。
こんばんは。楽しみに待っていました、キヨッソーネさん。ラストミステリーは解決したいですね。
suezawa nobukoさんのことをお伝えします。私は切手収集家です。1989年の切手雑誌に掲載されています。その要約文をご紹介します。→「イタリアの切手をデザインした主婦、末沢誠子さんに感激!」/ ある朝、静岡新聞を開いたところ、「ワールド・トピック」という欄に、切手に関する記事が載っていました。イタリア切手に、日本人の静岡市の主婦、末沢誠子(椙山注:すえざわ のぶこ)さんのデザインが採用されたとのこと。
募集テーマが”切手の日”だったので、末沢さんは、日本で最初の凸版切手の製造指導にあたったイタリア人、エドワルド・キヨソーネの着物姿をデザインしました。なぜ着物姿かといえば、生前の写真を見たら、武士のようなりりしい顔立ちだったからだそうです。
切手のコレクションは若いころからで、子育てに一段落した15,6年ほど前から油絵を描き始めたとのことですが、今回デザインするにあたっては、図書館に通ってキヨソーネについて調べたり、キヨソーネの眠る東京・青山墓地へも足を運んだとか。
出典はスタンプマガジン1989年6月号P.25(注:一次資料は静岡新聞)。以上ご報告は椙山哲太郎(すぎやま・てつたろう)/公益財団法人日本郵趣協会中国四国地方本部理事、防府支部支部長
画像がアップできるようならオリジナル記事の写真もお出しできます。
完璧なフォローに拍手を。
もし日本に残っていたらその後の災害や戦争で失われてしまったかもしれなかった美術品や芸術品をキヨッソーネが収集・保管もして、その後も財団やイタリアで守ってくれたことに感謝。
こんなすごい人が日本に来てくれて精力的に真摯に仕事してくれて
日本と日本美術を愛してくれたのはなんだか奇跡みたいなことだなぁ
「すえざわのぶこ」さんを調べてみました。月刊誌「郵趣」2009年6月号No.724(公益財団法人日本郵趣協会) によると末澤誠子さんは静岡在住の画家で切手収集家。1988年のバチカン市国のクリスマス切手をデザインされており、その解説には「応募した時に自分の名前を小さく入れたのが、そのまま切手になり本人も驚いたと聞きます。」とありました。このイタリアの切手も誠子と書いてあったのが子を切られちゃったのではないかと推測します🤣
正しいかどうか分かりませんが、昔の女の人は、戸籍上の名前に「子」ついていないが、ふだんの呼び名や、郵便の宛名などには「子」を付けていたのではないでしょうか。
私の祖母、伯母、母たちはそう呼び合い、名のっていました。
「節」を節子と呼び、名のり、 信を信子、国を国子、清を清子、和を和子、などなど。
それで、「誠」のぶ さんは習慣で自分の名を「誠子」と書いたが、戸籍は「誠」のぶ なのでは… ?
間違えたのではなく、入り混じっていた…
@@いこ-c5pさんへ
謎が解けましたね💖
いつも五郎先生が仰っている様に
皆様の叡智を集めると
より良い知識や情報となりますね🤗
初めてイタリアに行った20数年前に気づいたひとつが、何でこんなに浮世絵があるのかでした。老舗の文具屋にも”浪裏の富士”のクリアーホルダーが並んでて日本製かと思えば、イタリー製!本屋にも浮世絵関係の書籍が!
キヨソネ→キヨッソーネさんだったのですね。
こんなに凄い技術をお持ちで、日本に多大なる功績を残し、日本を愛し、日本の芸術を海外にひろめ、遺言では周囲の人のみならず日本の恵まれない人々をも慮る…こんなに素晴らしい人を五郎さんのお陰で知る事が出来ました。ラストミステリーも気になって、キヨッソーネさんの人生そのものに俄然興味津々、調べる気満々、先ずは北区のお金〜の記念館に行ってみようと思います💪
これほど多大な貢献をしてるのにキヨッソーネは全く知らなかったです。
教科書に載せてちゃんと授業でやっていいくらいの人だと思いました。
歴史に「もし」は存在しませんが、キヨッソーネ氏が現代の日本紙幣技術を目の辺りにしていたらどの様な反応をなさっていたのでしょうね。
何はともあれ、日本に多大なる貢献をなさった偉人であることは間違いないかと存じます。
朝ドラにしてほしいほど!立派な方だったのですね。ラストミステリーも興味深いです!
日本を愛する村雨辰剛さんがキヨッソーネを演じてくれたら最高です。
メチャ面白かったです。本当に勉強になりました。キヨッソーネのことを初めて知りました。素晴らしい仕事をした人ですね。また日本美術が散逸しないで残ってるのもキヨッソーネのおかげだと思いました。拍手です。
キヨッソーネさんの肖像画が、次の新しいお札の絵になったらいいと思う。
むかし、「次のお札の肖像画は、『日本に貢献した外国人』が一人くらい選ばれるんじゃないか?」とどこぞでコメントしたことがありましたが、十分にありえそうな気がしますね! あらゆる分野から反対者が出なさそうなので。
バリバリ働くイタリア人のキヨッソーネさん。知らないことばかりの素晴らしいお話の回でした。ありがとうございます。
岩倉具視の五百円札は見たことありましたが、銅版画では思い浮かびませんでした。反転すると雰囲気が変わりますね。
日本の為に尽くしてくれた偉大な偉人の話を聞けて嬉しい❤
素晴らしいです!話のタネになるかな?なんて軽い気持ちで見始めたらとんでもない方だと分かり反省しきり。日本をとても愛していただいたんですね。
キヨッソーネの日本美術コレクションは質・量共に欧州でもトップクラスの美術品が多いことで有名ですね。
一度見に行きたいのですが、なかなか機会がなくて行けないのが本当に惜しまれる。
これはもう偉人だね
キヨッソーネの血筋が日本に伝わっていたら嬉しいです。
今回もすっごく面白かったです。ありがとう山田先生。
面白かった!こういう、日本に尽くしてくれた隠れた偉人の方って、他にもいらっしゃるんでしょうね...。
日本における初期西洋画のいくつかの回で、工部美術学校を取り上げたとき
「西洋美術は初めは記録や製図のための『技術』だったんだよ」
と解説されていましたが、まさしく技術の塊のような人ですね。
キヨッソーネさんは業績、人柄ともに偉大な方だったんですね✨
とても勉強になりました❗
ありがとうございました😊
イタリアのアーティストはやはり職人肌ですね
こんなに力のある素晴らしい方が日本のために働いてくださっていたことを、この動画のお陰で初めて知ることができました。そして祖国には帰らずに日本で亡くなられたのですね。早速青山墓地へ行って感謝の気持ちを伝えてきました!
美術の話は本当に楽しいです。人の可能性とエネルギーを感じ取れます。
日本のお札の歴史を知らなかったので、非常に興味を覚えました。昔、お世話になっていた500円札も、3種の銅版画の技法が使われている
とは知りませんでした。キヨッソーネは絵もデザインの腕も秀逸でしたが、どことなくお札の肖像画が、外国人な感じに見えてしまいましたが、
日本を愛して日本の文化に貢献した功績は、ほんとに素晴らしいものです。
キヨッソーネの子供については「日経ビジネス 小説 国産紙幣誕生 エドアルド・キヨッソーネの遺言」にエピソードがあったような
小説なので真偽はわからないですけど、神功皇后のモデルの女性との間に子供が出来たように描かれていますね
司馬遼太郎の設定が史実のように扱われている現状を考えると、小説の影響も馬鹿にできないと思う
美術的にも経済的にも歴史を作ったことなど全てに感謝ですが、日本を好きでいてくれたことを大変嬉しくありがたく思います。
びっくらこいた!!!
全く知りませんでした。
彼の生き方、日本美術コレクション・・・・全てに大尊敬。
教科書に載せるレベルですね。
日本での子孫が途絶えていない事を祈ります。
大変立派な人だと感銘せざるを得ない。もっと知られて感謝されるべきだ。
さらにもっと知られるようになれば日本内でイタリア人に対するイメージが大幅に上がること間違いにない。
「岡村誠三がキヨッソーネの孫説」検討についての訂正・追記
・岡村誠三の実母・須磨子が父・宮田耕介の戦死後に移ったのは得能家ではなく、伯母の嫁ぎ先の西郷家でした。失礼しました。
・岡村誠三の実父・佐伯勝太郎がキヨッソーネの息子でないことは『佐伯勝太郎傳記并論文集』所収の「佐伯家の家系」から明らかです。継父・岡村正市がキヨッソーネの息子という可能性は完全には否定できていませんが(予備的に調べている段階ですが、この可能性はかなり低い)、いずれにしてもwikipediaの岡村誠三の項目の記述「実母はエドアルド・キヨッソーネの実娘。」は(公刊された伝記と岡村誠三自身の述べていることからは)完全に誤りだといえます。
すごい仕事量!この人が居なかったらお札も切手も異人の絵も無かった。偉人と言っていいレベル。
キヨソネではなくてキヨッソネなんですね。西郷さんを描いた画家と思い込んでいましたので、この動画を見て大変勉強になりました。明治天皇やシーボルトなどまで描いていたとは。また、キヨッソネがイタリア出身でお札の原板彫刻家でドイツ造幣局出向者だったとか、驚くことばかりでした。ありがとうございました。チャンネル登録しました。
ラストミステリーが様々な分野のガチ勢コメントの誘導になっててオラわくわくすっぞ!
キヨッソーネの名前を一番聞いた事あるのは鹿児島県人かもしれん。実際私の年代以上は西郷さんの肖像がキヨッソーネ作ってかなり知ってると思います。
切手やお札などの仕事に関してはもちろん、現在のほとんどの日本人より日本を愛し貢献してくれたことに感謝。今回の講義で知ることができて本当によかったです、、、🙏
ひとつ思ったのは今の感覚でいうと通貨のデザインというお固くも公共性の極めて高い事業で、過去の伝説級の偉人を当時の著名人どころか一般の方までをもモデルに描くのはどう言った意図だったんだろうということで、キヨさん発だったのか発注だったのか、一般の方が入ってるので政治的な意図は薄そうですが、キヨさんが日本の歴史に触れる中で抱いたイメージ(一般の方と言っても造幣局職員なら親交があった可能性も)だったのか、話題になるやろなのか、意外と適当な選出だったのかなど色々と想像してしまいました、、、🙄💬
日本の歴史の教科書に載せてもいいくらいの偉人だなぁ
美術の教科書にも載っていいレベル
勲章を貰ってても良いと個人的には思う
@@torakurou 明治24年に勲三等瑞宝章叙勲です。www.digital.archives.go.jp/img.pdf/2532687
これだけ日本に貢献していれば、当時かなり高位の勲章を追贈されてそうですね。
給料分どころか、それ以上の素晴らしい事をした人だったんだなあ
キヨッソーネは義務教育で教えた方がいいくらい日本に貢献した人ですね。
めちゃくちゃ素敵なデザイン
いつも楽しく視聴しています。Milanoの郊外に工場があるので、次に出張するときには、ぜひGenovaまで足を延ばし、美術館に行っています。
シーボルトって日本地図を持ち出そうとして国外追放になったけど日蘭修好通商条約が結ばれると幕府の外交顧問になってますよね。でも明治になってキヨッソーネが肖像を描いているのを見ると明治政府の評価は高かったんですかね?でも歴史のあやと言いますか祖国では物凄く有名だけどお世話になった国では全然有名じゃなかったりクラーク博士みたいに日本での人気は物凄く高かったり不思議なものですねこの番組がきっかけでキヨッソーネさんがもっと有名になればいいですね☺
日本で亡くなられていたのは、知らなかったので、驚きました。明治・大正時代の絵画展覧会に行った時に名前を覚えていましたので、最後の謎も気になります。動画を観て、当時の歴史のドラマになって欲しいと思いました。
美術館には驚きました。 最後は濃~いミステリー!。
キヨ先生がこれほどの人とは!!♡。
キヨッソーネの技術のみならず人柄を窺い知り感動しました。ご紹介ありがとうございます。
とても面白かったです。
ありがとうございました。
全く知らなかったので、とても興味深かったです。
目立たぬ天才ってこういう人の事云うのかなぁ。
お手本としたいすばらしい方ですね。機会があったら墓所にも訪れたいと思います。
日本大好きおじさん…
こんなに日本の貨幣に貢献してくれたのに、全く知りませんでした。
五郎さんに感謝です。
盛り上げる芸人とかうるさいタレントがいないから落ち着いて見てられます。
一時古い紙幣を収集してたが、まさか五郎さんのチャンネルで紙幣のお話が聞けるとは思わなんだ。
3:00 同年に2種類デザインされている様子ですね。
名前のスペルミスがありますが、そのまま発行するところがイタリア人らしい。
ネットでチェックした限りでは素性がはっきりしません。イタリアのデザイン事務所関連で名字が同一の方がいたので関係者かもしれませんね。
佐伯勝太郎に関しては昭和27年に印刷庁から”佐伯勝太郎伝記並論文集”が出版されており、家系図も載っているみたいなので確認できるかもしれませんね。
また行きたいところが増えちゃった!
ええ人やなぁ
キヨッソーネ、なんか聞いたことがある?と思いながら動画見ていてジェノバにある美術館を思い出しました。その当時はなんでここに日本のものがあるのか?も分からず、ただジェノベーゼソースを食べたかった自分が情けないです。
まさに仁和寺の法師曰く、
少しのことにも先達はあらまほしき事なり、ですね
先生のTH-camで絵画を詳しく知りたいと思い、絵画の図鑑を買いました
今、子供もこれ何?と聞いてきて寝る前に一緒に本を見ています
キヨッソーネの日本画は、曲線プラス直線的な表現方法かつ分かり易い陰影の付け方で、力の流れを絵にしている、それはまるで今ある漫画(あるいは商業イラスト)の絵のようでもあります。これをキヨっさんが100年以上前に描いたところに僕はとても驚きました。
キヨッソーネ、全然知りませんでした。こんな人々の忘れ去られそうな過去の偉業を知るのはなんか人生が豊かになる気がします。ホント、大河とかでも取り上げて欲しいですね。ありがとうございました。今度、ジェノバ行ってみようかな🤔
ラストミステリーの話原田マハ先生に書いてもらいたい笑
今回話題にのぼった500円札裏の富士山を手掛けた押切勝造氏。
氏の偉業は、現行1万円札の福沢諭吉や、旧千円札の夏目漱石でも確認できます。
ただ、福沢諭吉と、その後の現行紙幣をルーペで覗くと、彫金技術の差は歴然。
キヨッソーネから連綿と受け継がれてきた、高い芸術性をも兼ね備えた職人技も、
今では失われてしまったのかもしれません。なんだか少し、寂しい気がします。
以前、その技術力の高さに魅せられ、古い凹版切手を集めていたことがありました。
中でも押切氏が凹版部分の原版彫刻を担当した「東照宮陽明門」は圧巻です。
キヨッソーネ以後、この国のお札や切手の図案を手掛けた日本の職人たちについても、
取り上げていただけると嬉しいです。
最後の謎に驚きました。藤牧義夫の失踪や贋作の謎や、ゴッホの死の謎など、美術に関わる謎って色々あるんですね。他にも美術ミステリーたくさんあると思うので、ぜひ紹介してください。
500円札懐かしいですね〜😊
キヨッソーネいい人すぎて泣けますね😢
全部写真だと思っていた絵ばかりでした。
500円札、1990年代初期まで使えたことが衝撃でした。当時2〜3歳だから記憶にないのかな…
「法律上」は今でも使えるよ。
自分は若い頃古銭収集を趣味にしていて、古銭カタログも持っていたので、神功皇后のお札が日本最初の近代紙幣だというのは知っていましたが、まさか西郷さんの肖像(弟らをモデルにした絵であるということは知っていました)と同じ作者だとは知りませんでした。
シーボルトも日本人との間の娘がいましたよね。外国籍の人は戸籍がないので、後で調べようと思っても調べられないのでしょうね。
ウリタニさんの、視聴者も気になる、聞いて欲しい!!、をズバリ質問して頂けていつも有り難いです☺️いつも「そこ知りたかったですー」って、思ってます
キヨッソーネは西郷どんと明治天皇のはしってましたが、こんなに沢山肖像かいてたんですね。ところでトートバッグ届きました!最初は来年になるとか言われていましたが、年内に届いて嬉しいです。触った感じもしっかりしていて使い勝手ありそうです。
日本の近代化への貢献だけでなく、日本を気に入ってくれたキヨッソーネ氏のことは、親しみをこめて、きよっさんと呼びたい!
新2千円札はキヨッソーネさんで決まり!
(イタリアでも使えます希望)
ワインもチーズもパスタも手に入りにくい時代にご苦労様です
キヨッソーネさんの血が残っていると素敵ですね😊
後編大変興味深く視聴しました!
五百円札絵柄と色合いが好きで綺麗だなって思って記念にとってあります😄
キヨッソーネさんの銅版画が元だったんですね
あの目力と髪の質感とか周りの飾り罫と言えばいいのかな?の印刷の細かさとか凄いねえと思ってたので色々と知ることが出来て嬉しかったです
お札と切手の博物館行きたいです
そして
ラストミステリー!日本大好きになったキヨッソーネさんの血筋が続いているとしたら嬉しいことです
自分は500円玉が作られた1982年生まれですけど、500円札は数回しかお目にかかった事ありませんね。
若い頃にそれで払おうとして「これ、今でも使えるんですか?」って店に人に聞かれた事あります。
静岡在住の女性画家。画像の中の誠のサインは本人の名前の誠子からのものと思われます。他にも1988年バチカン市国の切手の絵も書いておられ切手の収集もされています。
お札のデザインの歴史という、どちらかというと地味な歴史の中に、こんな大人物がいらした事に感銘を受けた。今後は手元にあるお札の絵を、よく見てみる事にしょう。
恵比寿さん、大黒さんも、イタリアンな雰囲気ですね、、、どちらの神様も、もとは、インド人なので、むしろ、その変遷は面白いですよね。
大黒さんはマハーカーラでインド人やけど、えべっさんは恵比寿(蛭子)大神で日本の神さんでっせ^ ^
@@なん-l5i ありがとうございます!
勉強になりました。
この人を知らないのは本当に恥ずかしいことだと思わされた
間違いなく給料以上の日本への貢献度、職人性?と人間性ともにとんでもない
キヨッソーネさんの事って学校で学びましたっけ?自分が覚えてないだけなのかな?凄すぎる!山田五郎先生により私はまたまた賢くなりました☺️
何回も何回もこの動画を拝見しました。飛鳥山に行った際には博物館にも立ち寄りたいと思いますです。ありがとうございました🥰
うわぁーって私もウリタニさんと同じですごく共感!感動!
ほんともっと知られていい存在だしコレクションをぜひ見てみたいです!
銅版画の原板の大きさはどのくらいなんだろ?
版画というものは原版に紙を押し当てますので、お手元にお持ちであろう各種お札と同じサイズでして、つまり原寸大です。
私は絵画も紙幣も全く素人で存じませんが、今のお札と同じであれば当時も金属板に直接彫っているものですので、超絶技巧と言って良いかと思います。
そういう意味では動画内でサイズに言及されても良かったかもしれません。
現代日本の紙幣印刷技術は世界最高峰
その礎はキヨッソーネにあるとみた
キヨッソーネパイセンカッコよすぎなんだが
😊面白かった!!!
お札の銅版画って考えもしなかった切り口ですね!😊
2:00 何故か「音が切れます」
10:24 岩倉具視の500円、実家に数枚眠っていたのを母から押し付けられ、たまたま野球観戦に行った時にグッズ売り場の兄ちゃんに500円札で買い物したら…「こんなお金が有ったんですね…」とか言われた事実(それが2007年の話)
郵便学者の内藤陽介さんとキヨッソーネについて対談して欲しい✨
内藤陽介先生と🏣郵便の話をしたら相当面白い話が聞けそうですね🤗。
もしかしたらキヨッソーネは渋沢栄一の顔を実際に見たことがあったのじゃないかなあ。来年出る新紙幣をキヨッソーネが描いたら、どんな感じだったでしょうね。
本当にもっと知られて欲し方です!!
東京在住じゃないのですぐにはいけませんが谷根千巡りの時に森鴎外記念館?とともにお札と切手の記念館行きたいです
先日東京の国立博物館で中尊寺展があったので観覧し、次に文京区森鴎外記念館(JAF割引できた)の行き最後に行きました。7月3日発行の診察の見本も観てきました
明治時代の名刺を買つたらキヨッソーネの名刺が入つていた
よし、来年さっそくジェノヴァにキヨッソーネ東洋美術館見に行こう!!
明治期は、各民間銀行ごとに社名入りでお札を発行し、日本銀行も同時に出していたというのが衝撃的でした。そんな経過があって、日本銀行券に統一されていたとは!!最高額面百円札のモデルが、当時の大蔵大臣松方正義だというのも、いかにも権威主義的なあるあるですね。岩倉具視の500円札、あの独特な色味と共にしっかり覚えています。何だかちょっと意地悪そうな顔だなあと当時思ったものですが、後に彼の事績を知り、当たらずも遠からじと思いました。大久保利通の方は、アップにしても十分に細密な描写で、目のアップはまるでモンタージュ写真のようですね。小判切手の上部の日本郵便の字体が、現在のものと同じなのがちょっと嬉しいです。先週キヨッソーネは画家ではなく技術者だと思うとコメントしましたが、五郎さんも同意見と知り、ハッピーです。技術者だからこそ、師を継承する弟子がいないということですよね。彼がほぼ全財産を使って収集したおかげで、今も貴重な日本美術がこうしてかの地に保存されていることは素晴らしいです。
キヨッソーネの家族の存在、気になりますね。動画内での彼の性格から察して、存在を知っていたら決して無視することはなかったと思われるので、彼は子の存在を知らなかったと思います。相手の女性が人知れず消えてしまい、その後出産したとか。イタリアで発行された切手を描いたと思われるすえざわさんの情報と共に、どなたか教えて欲しいです。
渋沢栄一が担当していた役職に後についた得能良介によってキョッソーネは呼ばれているから渋沢とも交流があっただろうし、その影響もあってか貧民救済に寄付をしたのかもしれない、さらには愛人をもうけたりするのも渋沢栄一の時代なら普通だっただろうし、愛人との娘がいたとしても不思議ではないかもしれない。
お札と切手の博物館がある飛鳥山には今年からの新札でもある渋沢栄一の史料館もあり、二人は密接に繋がっているんですね。
面白かったです。お札が定着するまでの明治政府の四苦八苦ぶりがいかにも日本人的で、微笑ましく感じました。キヨッソーネ人気爆上がりの中ですが、自分は日本で流通しているお札のほとんどが外国人がデザインしていることがちょっとショックでした。でも近代化と言われるものは基本そういうことなんですよね。うーん、日本人ってやはり器用なのでしょうかね。
お札と切手の博物館は前の道路を通るときに存在は知っていたのですが、入ったことはないのですが今度行ってみようと思います。元銀行員だったので商売道具を知らないのは恥ずかしいことなので(笑)
次の生配信の時には、バビル2世とキヨッソーネの話題で盛り上がりそうですね!
めちゃくちゃ楽しみ~
ジェノバで美術館に行ったら、日本人だったらぜひキヨッソーネ東洋美術館に行って見てって言われて行ったのだけど、行って良かった。素晴らしい情報をありがとうございます。
何次かの切手ブームが繰り返し訪れますが、その都度、切手カタログのトップに掲げられる切手ですね 現在は全体的に暴落したそうですが、 パパー! 岩倉具視の青い500円札はキヨッソーネ画だったんですね 握りしめた500円札でマジンガーZのEPレコード盤を買った記憶があります
キヨッソーネ (日本史の教科書には確か「キヨソネ」と表記)、久しぶりに名前を聞きました。ジェノバの美術館、ぜひ行ってみたいです。
それと前編にあった「得能」と聞いて米米クラブのジョプリン得能を思い出したのはワタシだけでしょうか?
子供の頃、切手集めしてたので、キヨソネ(当時は音引き無かったはず)は前島密以上に重要人物として記憶しておりました。せごどんの肖像画の件では猪瀬直樹「天皇の肖像画」で読んだ記憶。でも当時はよく理解できなかったんですが、この動画ではじめて理解できました笑笑。キヨソーネについては、どうしてもフェノロサと混同してしまいがち。薬師寺五重塔の水煙を「凍れる音楽」と評したのはフェノロサの方だったかも
なんて素敵な素晴らしい人、心から感謝します。五郎さん紹介してくださって有り難う御座います(* ´ ▽ ` *)
「末沢ノブ子は、バチカン市国が1988年に発行した聖母マリア6種の切手に掲載されている「教会の母」の絵画を描いた画家」としか分かりません。
ウリタニさんの「だまされるなー」に同感します
なんだ!?この凄いひと・・。
Googleマップで適当にイタリア見てた時に唐突に日本語で表示された「キヨッソーネ東洋美術館」って言うのはそうか、そう言う事だったんだ。😯
映画化すると いい映画になりそうです。が、
ラストミステリーはどう処理したら?笑
遺言の中に出てこないのが難ですね。
たしかに送り状も証拠のひとつですが、
内縁の妻だったとしても、よほど険悪なトラプルで離別していないかぎり、遺言には書くと思いますので。
こんばんは。
楽しみに待っていました、キヨッソーネさん。
ラストミステリーは解決したいですね。