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いつもご視聴ありがとうございます。お久しぶりです。ちょっと多忙でなかなか動画ができませんでした。これから年末にかけて余裕がありますので頑張ります。このチャンネルでは、真言宗を中心に仏教について解説しております。面白いと思われたら高評価、興味を持たれたらチャンネル登録お願いします
まとめると簡単にできるものではないってことですね🤔イメージ通りです😳
いつもありがとうございます。もう一度、この動画については捕捉の動画を作りますので、ご覧ください。
ゆうき和尚様貴重なご法話をありがとうございました。「帰依仏、帰依法、帰依僧」の心がけが大切なのだと思っています。
いつもありがとうございます。おっしゃる通りと思います。
ありがとうございます!
こちらこそ、ありがとうございます。
手厳しいですが、本質的なお話をしていただき、ありがとうございます。
そうおっしゃっていただけると嬉しいです(*^_^*)
ゆうき和尚様、大変お世話になっております。仏教を学ぶ以前に、何よりも大切なのは、仏法僧に対する畏敬の念であろうかと思います。ただをこねくり回して、僧侶の方々を困惑させるなど言語道断。知識ばかりに囚われて、畳の上の水練になるのは、明らかでございます。なにより、我欲をコントロールできないでは、仏教の本質に迫ることなど出来はしますまい。ゆうき和尚様を強く支持します。
いつもありがとうございます。別に批判するつもりで書いたわけではありません(*^_^*)ただ、おっしゃる通り、畳の上の水練になることを危惧しております。
@@ゆうき和尚仏教仏事解説 「畳の上の水練」でも何かやった気になれるもの、でも良いですからその「何か」で人は救われるのでは?それを求めたのが鎌倉仏教の南無阿弥陀仏法蓮華「教」でしょう。これで当時のお百姓さんは随分救われたそうです。
@@のえる-n6l 様それは例えて言えば、ゴルフで、ボールを打てなくても、素振りで体が鍛えられるというような話ですかね?ちなみに、念仏や題目とちがって、中途半端に真言密教を理解しようとしても、単純に知識が増えて理解したような気になるだけで救われないと思います(*^_^*)
@@ゆうき和尚仏教仏事解説 なるほど、たとえが良いですね。
漫画の影響(孔雀王とか)で印を調べて真似していた時期もありましたが、今は金剛合掌で拝礼しています。南無大師遍照金剛 合掌
いつもありがとうございます。孔雀王の影響で、真言宗を目指す人もいたようです(*^_^*)
@@ゆうき和尚仏教仏事解説コメント、ありがとうございます。孔雀王の実写版で、慈空を演じた緒形拳さんが、凄く格好良かったのを思い出しました。南無大師遍照金剛 合掌
納得いたしました。私は在家信者(浄土真宗)ですが、毎朝仏壇の前で先祖供養のために線香を焚き真言を唱えていますが、その意味を調べて内容を理解した上で唱えるのが日課になっていますので、唱えなければ何故か不安になってしまいます。とにかく、疎かにならないように気をつけます。
コメントありがとうございます。参考にしていただけたら嬉しいです(*^_^*)
和尚さま、いつも気づきをいただいております。ありがとうございます🤲8:58 ところで一般人は、、のくだりですが、子どもの頃にお小遣いで密教の本を買って、わたしも印を結んで、真言を唱え、観想をしていました。今さらのことで御座いまして、言われても過去のことでございます笑笑。
いつもありがとうございます。444 クンダリニ には葛根湯様には、必要なかったのではないですか?無くても、ある程度理解されているでしょう(*^_^*)
@ 和尚さま、コメントいつもありがとうございます。和尚さまのコメントを読んで思い出しました。子どもの頃の話ですが、大人に向かって「生き甲斐って何ですか」とよく質問しておりました。ですが、答えてくれた大人はおりませんでした。ガッカリでした。その答えは実は簡単でした笑笑。
何年か前の動画がオススメで出て来たのかと思ったら、20時間前(現時点)だったのに驚き。よく見たらマスクが黒なんですね。この問題は後を断ちません。普通の人がそれやったら、スピの世界では「神仏のお試し」(決して仏罰ではない?)が生じて却って苦しい思い(神仏が課した試練)に耐えられるか?となるそうです。たとえそれに耐えれれたとしても何の意味があるのかと。(人生が無駄になる?公開するにも、制限された安全なものならどうかで、「護身法」の公開くらいは許せないかと、どこかで小耳に挟みました。お勤行の際に先ず初めにこれをする事で信心を深め神仏を畏れ敬う心を培うのだそうです。でも、これも信じる人の心掛け次第「性善説頼み」で、心根悪い者には帰って毒、余計悪化だとか変な話ですが、一般の方々には「何か密教的な事をやった気になる」ものを与えられないか?ですだから「阿字観教えろ」とか出てくる訳です。一般の方々には仏様の前で「謝りまくって」(108回お経を唱えて?)から韻と真言は?そんな行法あるかいな!でも、長い歴史の中でそれ作ったの「人」ですよね?ただの「人」じゃないのは分かります。役行者、弘法大師など。これらは封建時代の環境に合わせたもの。現代の事情に合わせた「行法」を作れる人は現れないものですかね?今の時代、強者勝者にならないと知らないうちに弱者の側に落とし回されるのを感じます、特に若い人たちの漠然とした恐怖みたいなメンタルが。だから何かスピリチャルな力に頼りたいのだろうと考えます。スピでやり返す何かの某漫画J J K S?な世界か社会になってしまう危惧もありますが。。。
コメントありがとうございます。>何年か前の動画がオススメで出て来たのかと思ったら、20時間前(現時点)だったのに驚き思い当たる節が無いので、よろしかったら理由を教えていただけると有難いです。お書きいただいたような、「神仏のお試し」などは無いと思います。ただ、その人が思い込むことによって、悪いものを拾う可能性は否定できません。>現代の事情に合わせた「行法」を作れる人は現れないものですかね?そんなことないと思いますよ。私自身も、長い期間厳しい修行をするような状況ではないと思っております。ただ、まだ届かいないですが(*^_^*)
@@ゆうき和尚仏教仏事解説この問題に言及している別のお坊さんのチャンネルを何本も観たので勘違いしました。失礼。拙い書き込みにお答え下さってありがとうございます。何事も注意や過去の行いを客観的に省みる必要はありますね。頑な「ならぬ」に偏らない論調に救いを感じました。時代が変われば考えも変わる、可能性はなくも無い事にも。今後も慎みやかにお勤行に励みます。重ねてお答ありがとうどざいました。
@@のえる-n6l 様お返事ありがとうございました。
ゆうき和尚様こんにちわ。いつも動画視聴させて頂いております。高野山で結縁灌頂した時に、オンサンマヤサトバンの真言と印を教えて貰ったので、仏前勤行次第で印を組ませていただいてます。
いつもありがとうございます。三昧耶戒の印言を授かられたのですね。
お世話になっております。ご解説誠にありがとうございます。印の方は金剛合掌のみ結んでいますし光明真言、十三仏真言、観音経、般若心経などの檀信徒の仏前勤行集のみ唱えています。ですが一般人より真言宗密教の格印とのお真言、儀式等をもっと深くて真剣に学びたいのですが。出家をしお坊さん迄の段階に進行した方が良いのでしょうか。修験道も検討しているのです。
コメントありがとうございます。詳しく知りたいのであれば、おっしゃられる通り、僧侶の道を進まれたら良いと思います。ただ、本来の仏教の教えに基づいて悟りを求めるのか?それとも、現世利益などに興味があるのかで進む道が違います。後者であれば、修験道の方が良いかもしれません。
和尚さんこんばんわ。真言と印のお話ですね。真言密教を理解していない者が印を結んで真言を唱えてはいけない理由は理解できました。そこで疑問が出たのですが、僕自身を含めて真言密教を理解していない一般人が四国遍路で真言を唱えるのはどう捉えれば良いのでしょうか?本来の印を結んでいない(合掌印なので)からOK?修行の一環としてOK?本当は唱えない方が良い?仕事なので仏前勤行をやらないって事は出来ませんが、ホントのところは知っておいた方が良いのかなと思います。和尚さんのご意見を聞かせていただければうれしいです。
いつもありがとうございます。今回の動画は誤解されやすい部分があったかもしれません。以前にも、同じような動画を出しておりますし、判りずらかったかもしれません。結論から申しげますと、一般人が四国遍路に限らず真言を唱えることは全く問題がありません。もう一度別動画で説明させていただきます。
ありがとうございました😊願意 寺内静謐 興隆密教
こちらこそ、ありがとうございました。
私は全くの素人ですが良い師匠に就いて習う方が好いのは何でも同じですね😊許可勧奨されて居る合掌も印の内ですしね😊
コメントありがとうございます。それは重要です。私が知っている限り、真言密教を理解できるかどうかは、師に遇えるかどうかという気もしております。
@@ゆうき和尚仏教仏事解説 素人の軽言に御回答頂き恐縮です🙇🏻♂️😊
知りたかった内容です解説ありがとうございます過去動画で合掌自体も印だと解説されていましたが、一般人は印もNGだと「いただきます」「ごちそうさま」の時に手を合わせただけでアウトになってしまうので疑問に思っていました・情報として理解出来る(ただそれっぽく真似するだけ)と・修行として出来る(印、真言、観相を密教的に正しく扱える)は別なので前者はいくらやっても仏教的な意味は無く悟も得られないと言う事でしょうか?密教的には全くの無意味で何の効果も無いとわかった上で、集中してゾーンに入る為の手段や雑念を切り寝付きやすくする為に行うのもやはりダメなのでしょうか?
いつもありがとうございます。印については、例えて言えば、見様見真似ではゴルフクラブを横に振っているような人が多いです。ちなみに、教わってもそんな感じです。当り前ですが、当たるわけないですよね(*^_^*)>集中してゾーンに入る為の手段や雑念を切り禅定しやすくする為に行う普通の合掌や、定印(禅定時の手の形)はそのためのものですが、普通の印で、それができるか?というとわからないです。今回の動画では、誤解される部分も多いようなので、改めて補足動画を作りたいと思います。
@ゆうき和尚仏教仏事解説 なるほどです動画楽しみにしてます
僧侶で無いものは、越法罪で印は組んではならず、合掌だけOKって聞いた。 しかし、今じゃネットに公開している真言とかも昔は非公開だったと思う。
コメントありがとうございます。おっしゃる通りです。
その動画みました!個人的に、印を結んではいけない、っていうのがあまりにも非現代的で「どんどん結んでいきたいですw」って煽ってしまいました。特権化するものが無くなってトートロジー的に「やったらダメ」とか言ってるようにしか思えません。別に積極的に印を結ぼうとは思えませんが。NARUTOの真似する時くらいです笑
貴重なご意見ありがとうございます。>どんどん結んでいきたいですw吹きました(*^_^*)おっしゃる通り、特権化するものが無いと言えるかもしれません(*^_^*)
三密加持の修行ができない在家も即身成仏や成仏できるのでしょうか?
いつもありがとうございます。できると思います。それについても、補足動画で説明させていただきます。
真言密教に於ける神仏は在るものを起用するのか、作るものなのかよく分からないですね。
コメントありがとうございます。それについては、すでにお話しております。「形のない仏の世界 弘法大師はなぜ、形ある曼陀羅を作ったか? 仏像・仏画とは何か?」th-cam.com/video/sKmoaKN9BNI/w-d-xo.htmlよろしかったらご覧ください。
私は不動明王さまと大日如来さまの真言を唱えます.関係ないけどお釈迦さまが悟りをひらいた日に生まれてます(❁´ω`❁)
コメントありがとうございます。もうそろそろお誕生日ですね(*^_^*)
@ゆうき和尚仏教仏事解説 そうです‼️
ゆうき和尚様 動画の配信ありがとうございます。真言密教を学び始めたころ、越法罪ということを知らず、本で勉強して印を結んでいた時期があります。地獄へ堕ちるのでしょうか?
コメントありがとうございます。現在補足動画を作っておりますので、その中で詳しくお話させていただいておりますが、結論から言えば地獄には堕ちません。
@ わざわざありがとうございます😊とても安心しました。
和尚さんこんばんは。今回もゆっくりつらつら考えささて頂きました。正直なところ、印と真言については、余り深く考えた事はありませんでした。仏像が結んでいる印には意味がある、とか、真言は念仏の強力版。ぐらいの意識しかありませんでした。何しろ、時折訪れる大宮の曹洞宗の東光寺には、仏さんの前に「この仏様の御真言を唱えましょう」と貼り紙があるのですから。やはり真言宗と他宗派ではその辺の位置付けは大分違う様ですね。経典の理解については2つの側面があると思います。一つは和尚さんの仰る仏教の理解と云う側面。もう一つは書物〜文学としての経典の理解です。在家、門外漢の視点では後者の方が実感し易いです。経典の内容は解らないままに経を諳んじる家族の姿に、釈然としない物を感じた事もあります。(今はそれも一つの信仰の形と考えています。)そんなこんなで私も経典を文学や哲学として読み解くアプローチは有意義だと考えています。また、和尚さんの仰る「全てを明らかにする必要はない」のもその通りだと思います。人間は理解の及ばない物事は聞く耳を持たないか曲解する生き物ですから。その一方でざっくり世界史を学んだ人間としては、全てを明らかにしないのは権威主義と結び付いて見えてしまいます。考えてみれば、日本の仏教界は上手く出来ていますね。各宗派が其々独特な方法で私達在家の前に在るのですから。この幸せな環境を享受しつつ、私は日本教で在り続けようと思っています。
いつもありがとうございます。>真言は念仏の強力版これは違うと思います(*^_^*)題目「南無妙法蓮華経」などは、真言より強力と思います(あくまで個人の評価です)>真言宗と他宗派ではその辺の位置付けは大分違うこれもさほど変わりないです。細かく言う人は少数派で、大概の真言僧は、曹洞宗のお寺様と大して変わりません(*^_^*)>書物〜文学としての経典の理解ここはポイントと思います。学問として経典を見た場合も同じことが言えますが、これは学問としてみた場合と断っているにもかかわらず、その見方を否定する僧侶や、逆に学術的な面から信仰を理解しようとする学者がいるので問題になっております。信仰は信仰、学問は学問と分けて議論したらいいのですが、双方がそれを配慮しないためにややこしくなっているような気がします(*^_^*)
和尚さん、今回も丁寧なお返事ありがとうございます。びっくりしました。南無妙法蓮華経のお題目はそんなに強力だったのですか!勉強になりました。学問として経典を読み解くことに関しても、改めて頷かされました。すべてに厳密さを求める学問としての経典研究と、独自の解釈の余地のある宗教としての経典研究は、確かに分ける必要がありますね。とは言え、経典を曲解して用いるカルト的新興宗教対策には、宗教と学問の両面使いも有効じゃないかと云う気はします。こう考えてしまうのも私が日本教だからでしょう。今回も何だかまとまらない考えにお付き合い頂きありがとうございました。
とても解りやすい解説を有難うございます。ですが、一般人が真言すら唱えてはいけないと言う方達は、手を合わせては行けない・高野山に近づくなと言う教えにもなる事になるので、信仰すらしてはいけないと言う観点が伺え、お大師様の教えに背く事になりますが…私はお大師様が大好きですが、そんな事を言う方達は、弘法大師の仏像を踏み潰して粉々にしろって言ってるのと同じで許せません。
コメントありがとうございます。おっしゃることは極端ですが、原理主義の僧侶がいるのは残念なことです。
空海は時空を超えた大天才です。私たちが理解できませんし、現代の大天才でも空海を理解できないでしょう。密教の高僧でも、空海研究の大学の先生も、空海を研究すればするほど、空海は遠のき、ただ呆然とするだけだろうと思います。その空海が密教の学び方を伝授する方法が、僧になって師匠について学べという事なら、一般の信者が独学で学べば、過った道をさまよう事になるでしょう。私は印を結びません。手を合わせるので充分。ご真言も素人でも唱えてよいご真言を唱えます。
いつもありがとうございます。>空海は時空を超えた大天才です。現代の大天才でも空海を理解できないでしょうそれ故、密教の高僧でも理解しきれず、真言密教はかなり歪んでしまいました( 一一)
初めまして。私はチベット仏教ニンマ派ドジョム・テルサルの僧侶です。そもそも密教において(日本のみならず正しく伝承されている全ての国)潅頂内において正しく「血脈の相承」が行わなければ全てに於いて効果は無いとされていますから、勝手に行っても意味がありません。学問(実践を前提としない場合)や美術としての研究ならば問題ありませんが、「実践」としては到底容認は出来ません。これはあくまで仏教を37年学び33年実践して来た一僧侶の意見としてご理解頂きたいです。金剛名(僧侶名)クンサン・ドルジェー九拝
ひるママ先生コメントいただき恐縮です。桜嵐坊様のところで、拝見しております。おっしゃる部分はあると思います。ただ、日本においては、残念ながら「血脈の相承」があるとは言えない気がしております。また、現実には、印や真言を一般向けの書でも公開している場合が少なくありません。そういう状況を踏まえての動画ですのでご理解いただけたらと思います。一方で、受け継がれた何か(印や真言ではない)が存在して、私もそれを受けております。
@ ゆうき和尚様、こんにちは。返信ありがとうございます。私をご存知とは恐縮の至りです。確かに仰る通り「血脈相承」については無条件に「万全に相承されている」とは言い難いのは事実です。潅頂に於いては「戒律の伝授」が重要ですが、戦中に行われた政府による蛮行の「僧侶の還俗令」が大きな影を落としているのも見逃せない事実ではあります。だとしても檀信徒には少なくとも日々の勤行を行う為の真言の許可を与える儀式を僧侶側で行っているので、無条件に「勝手に唱えさせている」訳では無いと私は考えています。勿論、ゆうき和尚様は密教は身口意三業が揃ってナンボと重々承知の上で、現実として「資料」として出回って居る現状を鑑みての発言と言うのは理解している積もりです。受け継がれている「何か」をもっと越三昧耶にならない程度に発信して行く時代ではないかと思っております。有難う御座いました。
@@Shoo_Okumra 様お返事ありがとうございます。私が受け継いだ「何か」は、形あるものでもありませんし、人に伝えられるものでもありません。ただ、真言密教の世界に飛び込んでいただくことによって、それを得ていただく方が増えることを願っております。
真言宗でも天台宗でもない新興宗教が密教や印を結んでやるのは密教としていかがですか❓️自分たちの宗教を伝統仏教と同じ位置づけと公言しているところも個人的には疑問視しています。
コメントありがとうございます。結論から言えば、何とも言えません。動画でも申し上げておりますが、印や真言の資格として、一般人か僧侶かは関係ないと申し上げましたが、新興宗教でもそれは関係ないと思います。要するに、新興宗教だからダメとは思いません。個々のケースによると思います。
「隠された拳は存在しない」マハーパリニッパーナ経(涅槃経)の中の一説ですね、さすがです。ただ失礼ながら私には真言宗は後世に先祖(バラモン教)帰り乃至再統合の傾向を感じてしまっているのです。そもそも釈尊は古マガタ語辺りを話していた可能性が高く真言の元であるサンスクリット語などは使ってなかったと思いますしむしろパーリ語の方が近いのではないかと、、、さらに漢字に音写した時点で相当発音も含め原典と異なっているようにも感じます。 そういった理由から真言宗とは全然関わりを持たなかったので大した理解も無く推論するのは無礼にも程があるとは存じますが個人的には釈尊がマントラを唱えたり印を結んだり「隠された拳」(密教)を奨励したとは到底思えません。 個人的感想ゆえ重ね重ねのご無礼をお許し下さい。
コメントありがとうございます。おっしゃる通り、お釈迦様はマガダ語を話されていたといわれます。ただ、サンスクリットは儀式用に用いられた言葉ですし、真言の発音は変えないと思います(*^_^*)>漢字に音写した時点で相当発音も含め原典と異なっているそれがそうでもないです。中国語に翻訳した時点では、かなり忠実だったと言われております。(ただ、正確な読み自体が伝わっていたか判りませんが)しかし、その読みが日本に入ってきてかなり訛っています。一応、コメントされたことに対しても、動画を作っております。興味がありましたらご覧ください。「密教は仏教か? 真言僧がお答えする 仏教は文章ではなく心で伝える」th-cam.com/video/LCnkzqojLvY/w-d-xo.html「仏教はどう伝わった? サンスクリット 梵字 漢文 日本語」th-cam.com/video/1EjsKMNGWvM/w-d-xo.html現在の真言宗が、お釈迦様の当時の仏教に近いかと言われたら、全くの別物でしょう(*^_^*)ただ、一方で、お釈迦様当時の仏教に近いものが現在あるか?と言われたら、「ない」とハッキリ言えるのではないでしょうか?
極めて個人的な感想にご丁寧な返信を頂きありがとうございます。既に指摘の点についての動画をあげておられたのですね失礼いたしました。ただ古典サンスクリット誕生が紀元前350年頃と言われてますから釈尊の在世中に存在してない可能性が高いので「真言」という表現には違和感を感じざるを得ません。 また偽経とされる事項や大乗非仏説についても論ぜられてたとは流石です。ご指摘の様に何を受け止めるのかが大事だと私も思っています、パーリ語原典全てが必ずしもサンスクリット原点よりも古いわけではない事も存じ上げていますが、個人的にはダンマパダ「法句経」やご引用されていた「涅槃経」の中にハッとさせられるもを多く感じます。
高野山真言宗在家檀信徒ですが、やはり僧侶の皆様は厳しい修行の中で経典を学び、ご真言や印をもって仏様と対話されていると思っております。今年の教王護国寺、後七日御修法で大阿闍梨をお勤めされた善通寺管長猊下の菅智潤大僧正が善通寺関東別院にて法話をされるとの事で2月に伺いました。その際に三禮、普禮真言から護身法の浄三業、佛部、蓮華部、金剛部、被甲のご真言と印の結び方を絵図と共に参加者全員にお授けくださいました。会場の僧侶の皆様が絵図だけでは難しい印の結び方を席を回って教えてくださったのです。僧侶で無い私共にこの様なご真言と印を伝授していただいた事に驚きましたし、大変ありがたい事でした。(未だ勉強不足で実践出来ておりませんが…😅本来は仏前勤行次第をお唱えする前にさせていただくのでしょうか?)ともあれ、独学で何でも出来るという考えは、私は傲慢ではと思います。僧侶の方々に対しても失礼だと。和尚さまのお考えは大変良く理解出来るものでした。ありがとうございました。🙏
コメントありがとうございます。>護身法の浄三業、佛部、蓮華部、金剛部、被甲のご真言と印の結び方を参加者全員にお授けこれはかなり驚きました!(@_@)使い方に関しては、お授けされた方の意図が判らないので、その方にお尋ねいただけたらと思います。なお、護身法にもレベルがあって、私も日によっては、護身法だけで朝のお勤めが終わり、(40分ぐらい掛けます)ということもありますし、護身法だけで、胎蔵界曼陀羅が理解できます。
ゆうき和尚さま、ご丁寧にお返事をありがとうございます😊大僧正様はご法話の中で、密教の修法「三密加持」についてご説明くださり、空海さまがその身のまま仏になれるとした即身成仏にいたるに必要とされる修行として、三密についてご説明くださいました。煩悩、即ち三業である身業、口業、意業から解放され身密、口密、意蜜になる事が即身成仏にいたるための修行であると。そのための修行として護身法についてご説明くださいました。手に印を結び、口に真言を唱え、心に大日如来を念じるというもので、これにより本来そなわった仏性が現れる…というものでした。非常に難しく、僧侶でない私の様な檀信徒には正しく実践するのは容易な物では無いとすぐに分かりました。それでも、その様な修行があるのだと教えていただいた事は本当にありがたい事でした。勤行次第をお唱えする前に三禮だけはしております。☺️🙏これからも配信を楽しみにしております。😊
@@teddyspicnic8802 様今回のお授けを縁として、真言密教を深く理解される方がいらっしゃれば幸いです。
こんばんは🌙😃❗ハートマークありがとうございます🙏誤解を招くようなコメントでした❗すいません🙏生◆坊主とは❓【貴方の事では有りません❗】貴方の事は知りませんので貴方以外のお坊さんです❗伏せ字を使うのは仏教でも密教でもありません。自動削除されない為にしております。まともな、真面目に真剣に修行をしている人達、僧侶なら感じる事だと思います🙄行者と称しているのに狸のようにブクブク太ってるとか❓行者と称しているのにヘビースモーとか❓アジャリと称しているのに威張り腐ってる行者と言うか❓ゴロツキみたいな僧侶、ニセ行者の事を言っております❗補足。一応、まともな話をしたいのですが理解できないと思う。一応、アジャリの貴方に質問しますね。今は分からないが❗20年位前かな❓高野山の結界は切られておりましたがね。アジャリの貴方はこれをどう思いますか❓もし、貴方が【弘法大師様の力は強力だから結界は切られていません❗】と、回答するのならもう貴方とはお話はできません。何故なら、私の話は全く理解できないからです。アジャリといっても、所詮、人間ですからね。理解できないのは分かります。一応、弘法大師様も分かっているとは思いますが、ハッキリと言わせて貰います。【高野山の結界は切られていた】だから、後継者、高僧が結界をはりなおすべきです。こんなの見りゃ分かるはすなんだけどね🙄もう呆れて何も言えません❗もし、仮に高野山の結界を新たにはり直したのなら❗私の心配は無いですね。
再度のコメントありがとうございます。すいません、誤解されているようですが、私の方からお話しているのではないので、お話しできなくても構わないですが・・・(*^_^*)現在高野山に結界などないでしょう。張り直しも難しいと思います。
結局、何も答えていない、いい加減な宗派ですね
コメントありがとうございます。いい加減なのは、宗派ではなく私でしょうか?
いつもご視聴ありがとうございます。
お久しぶりです。ちょっと多忙でなかなか動画ができませんでした。
これから年末にかけて余裕がありますので頑張ります。
このチャンネルでは、真言宗を中心に仏教について解説しております。
面白いと思われたら高評価、興味を持たれたらチャンネル登録お願いします
まとめると簡単にできるものではないってことですね🤔
イメージ通りです😳
いつもありがとうございます。
もう一度、この動画については捕捉の動画を作りますので、ご覧ください。
ゆうき和尚様貴重なご法話をありがとうございました。「帰依仏、帰依法、帰依僧」の心がけが大切なのだと思っています。
いつもありがとうございます。
おっしゃる通りと思います。
ありがとうございます!
こちらこそ、ありがとうございます。
手厳しいですが、本質的なお話をしていただき、ありがとうございます。
そうおっしゃっていただけると嬉しいです(*^_^*)
ゆうき和尚様、大変お世話になっております。
仏教を学ぶ以前に、何よりも大切なのは、仏法僧に対する畏敬の念であろうかと思います。
ただをこねくり回して、僧侶の方々を困惑させるなど言語道断。
知識ばかりに囚われて、畳の上の水練になるのは、明らかでございます。
なにより、我欲をコントロールできないでは、仏教の本質に迫ることなど出来はしますまい。
ゆうき和尚様を強く支持します。
いつもありがとうございます。
別に批判するつもりで書いたわけではありません(*^_^*)
ただ、おっしゃる通り、畳の上の水練になることを危惧しております。
@@ゆうき和尚仏教仏事解説 「畳の上の水練」でも何かやった気になれるもの、
でも良いですからその「何か」で人は救われるのでは?
それを求めたのが鎌倉仏教の南無阿弥陀仏法蓮華「教」でしょう。
これで当時のお百姓さんは随分救われたそうです。
@@のえる-n6l 様
それは例えて言えば、ゴルフで、ボールを打てなくても、素振りで体が鍛えられるというような話ですかね?
ちなみに、念仏や題目とちがって、中途半端に真言密教を理解しようとしても、単純に知識が増えて理解したような気になるだけで救われないと思います(*^_^*)
@@ゆうき和尚仏教仏事解説 なるほど、たとえが良いですね。
漫画の影響(孔雀王とか)で印を調べて真似していた時期もありましたが、今は金剛合掌で拝礼しています。
南無大師遍照金剛 合掌
いつもありがとうございます。
孔雀王の影響で、真言宗を目指す人もいたようです(*^_^*)
@@ゆうき和尚仏教仏事解説
コメント、ありがとうございます。
孔雀王の実写版で、慈空を演じた緒形拳さんが、凄く格好良かったのを思い出しました。
南無大師遍照金剛 合掌
納得いたしました。私は在家信者(浄土真宗)ですが、毎朝仏壇の前で先祖供養のために線香を焚き真言を唱えていますが、その意味を調べて内容を理解した上で唱えるのが日課になっていますので、唱えなければ何故か不安になってしまいます。とにかく、疎かにならないように気をつけます。
コメントありがとうございます。
参考にしていただけたら嬉しいです(*^_^*)
和尚さま、いつも気づきをいただいております。ありがとうございます🤲
8:58 ところで一般人は、、のくだりですが、子どもの頃にお小遣いで密教の本を買って、わたしも印を結んで、真言を唱え、観想をしていました。
今さらのことで御座いまして、言われても過去のことでございます笑笑。
いつもありがとうございます。
444 クンダリニ には葛根湯様には、必要なかったのではないですか?
無くても、ある程度理解されているでしょう(*^_^*)
@ 和尚さま、コメントいつもありがとうございます。
和尚さまのコメントを読んで思い出しました。
子どもの頃の話ですが、大人に向かって「生き甲斐って何ですか」とよく質問しておりました。
ですが、答えてくれた大人はおりませんでした。ガッカリでした。
その答えは実は簡単でした笑笑。
何年か前の動画がオススメで出て来たのかと思ったら、20時間前(現時点)だったのに驚き。
よく見たらマスクが黒なんですね。
この問題は後を断ちません。普通の人がそれやったら、スピの世界では「神仏のお試し」(決して仏罰ではない?)が生じて却って苦しい思い(神仏が課した試練)に耐えられるか?となるそうです。たとえそれに耐えれれたとしても何の意味があるのかと。(人生が無駄になる?
公開するにも、制限された安全なものならどうかで、「護身法」の公開くらいは許せないかと、
どこかで小耳に挟みました。
お勤行の際に先ず初めにこれをする事で信心を深め神仏を畏れ敬う心を培うのだそうです。
でも、これも信じる人の心掛け次第「性善説頼み」で、心根悪い者には帰って毒、余計悪化だとか
変な話ですが、一般の方々には「何か密教的な事をやった気になる」ものを与えられないか?です
だから「阿字観教えろ」とか出てくる訳です。
一般の方々には仏様の前で「謝りまくって」(108回お経を唱えて?)から韻と真言は?
そんな行法あるかいな!でも、長い歴史の中でそれ作ったの「人」ですよね?
ただの「人」じゃないのは分かります。役行者、弘法大師など。これらは封建時代の環境に合わせたもの。現代の事情に合わせた「行法」を作れる人は現れないものですかね?
今の時代、強者勝者にならないと知らないうちに弱者の側に落とし回されるのを感じます、特に若い人たちの漠然とした恐怖みたいなメンタルが。だから何かスピリチャルな力に頼りたいのだろうと考えます。
スピでやり返す何かの某漫画J J K S?な世界か社会になってしまう危惧もありますが。。。
コメントありがとうございます。
>何年か前の動画がオススメで出て来たのかと思ったら、20時間前(現時点)だったのに驚き
思い当たる節が無いので、よろしかったら理由を教えていただけると有難いです。
お書きいただいたような、「神仏のお試し」などは無いと思います。
ただ、その人が思い込むことによって、悪いものを拾う可能性は否定できません。
>現代の事情に合わせた「行法」を作れる人は現れないものですかね?
そんなことないと思いますよ。
私自身も、長い期間厳しい修行をするような状況ではないと思っております。
ただ、まだ届かいないですが(*^_^*)
@@ゆうき和尚仏教仏事解説この問題に言及している別のお坊さんのチャンネルを何本も観たので勘違いしました。失礼。
拙い書き込みにお答え下さってありがとうございます。
何事も注意や過去の行いを客観的に省みる必要はありますね。
頑な「ならぬ」に偏らない論調に救いを感じました。時代が変われば考えも変わる、可能性はなくも無い事にも。
今後も慎みやかにお勤行に励みます。
重ねてお答ありがとうどざいました。
@@のえる-n6l 様
お返事ありがとうございました。
ゆうき和尚様こんにちわ。
いつも動画視聴させて頂いております。
高野山で結縁灌頂した時に、オンサンマヤサトバンの真言と印を教えて貰ったので、仏前勤行次第で印を組ませていただいてます。
いつもありがとうございます。
三昧耶戒の印言を授かられたのですね。
お世話になっております。ご解説誠にありがとうございます。印の方は金剛合掌のみ結んでいますし光明真言、十三仏真言、観音経、般若心経などの檀信徒の仏前勤行集のみ唱えています。ですが一般人より真言宗密教の格印とのお真言、儀式等をもっと深くて真剣に学びたいのですが。出家をしお坊さん迄の段階に進行した方が良いのでしょうか。修験道も検討しているのです。
コメントありがとうございます。
詳しく知りたいのであれば、おっしゃられる通り、僧侶の道を進まれたら良いと思います。
ただ、本来の仏教の教えに基づいて悟りを求めるのか?それとも、現世利益などに興味があるのかで進む道が違います。
後者であれば、修験道の方が良いかもしれません。
和尚さんこんばんわ。
真言と印のお話ですね。
真言密教を理解していない者が印を結んで真言を唱えてはいけない理由は理解できました。
そこで疑問が出たのですが、僕自身を含めて真言密教を理解していない一般人が四国遍路で真言を唱えるのはどう捉えれば良いのでしょうか?
本来の印を結んでいない(合掌印なので)からOK?
修行の一環としてOK?
本当は唱えない方が良い?
仕事なので仏前勤行をやらないって事は出来ませんが、ホントのところは知っておいた方が良いのかなと思います。
和尚さんのご意見を聞かせていただければうれしいです。
いつもありがとうございます。
今回の動画は誤解されやすい部分があったかもしれません。
以前にも、同じような動画を出しておりますし、判りずらかったかもしれません。
結論から申しげますと、一般人が四国遍路に限らず真言を唱えることは全く問題がありません。
もう一度別動画で説明させていただきます。
ありがとうございました😊
願意 寺内静謐 興隆密教
こちらこそ、ありがとうございました。
私は全くの素人ですが良い師匠に就いて習う方が好いのは何でも同じですね😊許可勧奨されて居る合掌も印の内ですしね😊
コメントありがとうございます。
それは重要です。
私が知っている限り、真言密教を理解できるかどうかは、師に遇えるかどうかという気もしております。
@@ゆうき和尚仏教仏事解説 素人の軽言に御回答頂き恐縮です🙇🏻♂️😊
知りたかった内容です
解説ありがとうございます
過去動画で合掌自体も印だと解説されていましたが、一般人は印もNGだと「いただきます」「ごちそうさま」の時に手を合わせただけでアウトになってしまうので疑問に思っていました
・情報として理解出来る(ただそれっぽく真似するだけ)
と
・修行として出来る(印、真言、観相を密教的に正しく扱える)
は別なので前者はいくらやっても仏教的な意味は無く悟も得られないと言う事でしょうか?
密教的には全くの無意味で何の効果も無いとわかった上で、集中してゾーンに入る為の手段や雑念を切り寝付きやすくする為に行うのもやはりダメなのでしょうか?
いつもありがとうございます。
印については、例えて言えば、見様見真似ではゴルフクラブを横に振っているような人が多いです。ちなみに、教わってもそんな感じです。
当り前ですが、当たるわけないですよね(*^_^*)
>集中してゾーンに入る為の手段や雑念を切り禅定しやすくする為に行う
普通の合掌や、定印(禅定時の手の形)はそのためのものですが、普通の印で、それができるか?というとわからないです。
今回の動画では、誤解される部分も多いようなので、改めて補足動画を作りたいと思います。
@ゆうき和尚仏教仏事解説
なるほどです
動画楽しみにしてます
僧侶で無いものは、越法罪で印は組んではならず、合掌だけOKって聞いた。
しかし、今じゃネットに公開している真言とかも昔は非公開だったと思う。
コメントありがとうございます。
おっしゃる通りです。
その動画みました!個人的に、印を結んではいけない、っていうのがあまりにも非現代的で「どんどん結んでいきたいですw」って煽ってしまいました。特権化するものが無くなってトートロジー的に「やったらダメ」とか言ってるようにしか思えません。別に積極的に印を結ぼうとは思えませんが。NARUTOの真似する時くらいです笑
貴重なご意見ありがとうございます。
>どんどん結んでいきたいですw
吹きました(*^_^*)
おっしゃる通り、特権化するものが無いと言えるかもしれません(*^_^*)
三密加持の修行ができない在家も即身成仏や成仏できるのでしょうか?
いつもありがとうございます。
できると思います。
それについても、補足動画で説明させていただきます。
真言密教に於ける神仏は在るものを起用するのか、作るものなのかよく分からないですね。
コメントありがとうございます。
それについては、すでにお話しております。
「形のない仏の世界 弘法大師はなぜ、形ある曼陀羅を作ったか? 仏像・仏画とは何か?」
th-cam.com/video/sKmoaKN9BNI/w-d-xo.html
よろしかったらご覧ください。
私は不動明王さまと大日如来さまの真言を唱えます.
関係ないけどお釈迦さまが悟りをひらいた日に生まれてます(❁´ω`❁)
コメントありがとうございます。
もうそろそろお誕生日ですね(*^_^*)
@ゆうき和尚仏教仏事解説 そうです‼️
ゆうき和尚様 動画の配信ありがとうございます。
真言密教を学び始めたころ、越法罪ということを知らず、
本で勉強して印を結んでいた時期があります。
地獄へ堕ちるのでしょうか?
コメントありがとうございます。
現在補足動画を作っておりますので、その中で詳しくお話させていただいておりますが、結論から言えば地獄には堕ちません。
@
わざわざありがとうございます😊
とても安心しました。
和尚さんこんばんは。今回もゆっくりつらつら考えささて頂きました。
正直なところ、印と真言については、余り深く考えた事はありませんでした。仏像が結んでいる印には意味がある、とか、真言は念仏の強力版。ぐらいの意識しかありませんでした。
何しろ、時折訪れる大宮の曹洞宗の東光寺には、仏さんの前に「この仏様の御真言を唱えましょう」と貼り紙があるのですから。
やはり真言宗と他宗派ではその辺の位置付けは大分違う様ですね。
経典の理解については2つの側面があると思います。
一つは和尚さんの仰る仏教の理解と云う側面。もう一つは書物〜文学としての経典の理解です。
在家、門外漢の視点では後者の方が実感し易いです。経典の内容は解らないままに経を諳んじる家族の姿に、釈然としない物を感じた事もあります。(今はそれも一つの信仰の形と考えています。)
そんなこんなで私も経典を文学や哲学として読み解くアプローチは有意義だと考えています。
また、和尚さんの仰る「全てを明らかにする必要はない」のもその通りだと思います。人間は理解の及ばない物事は聞く耳を持たないか曲解する生き物ですから。
その一方でざっくり世界史を学んだ人間としては、全てを明らかにしないのは権威主義と結び付いて見えてしまいます。
考えてみれば、日本の仏教界は上手く出来ていますね。各宗派が其々独特な方法で私達在家の前に在るのですから。
この幸せな環境を享受しつつ、私は日本教で在り続けようと思っています。
いつもありがとうございます。
>真言は念仏の強力版
これは違うと思います(*^_^*)
題目「南無妙法蓮華経」などは、真言より強力と思います(あくまで個人の評価です)
>真言宗と他宗派ではその辺の位置付けは大分違う
これもさほど変わりないです。
細かく言う人は少数派で、大概の真言僧は、曹洞宗のお寺様と大して変わりません(*^_^*)
>書物〜文学としての経典の理解
ここはポイントと思います。
学問として経典を見た場合も同じことが言えますが、これは学問としてみた場合と断っているにもかかわらず、その見方を否定する僧侶や、逆に学術的な面から信仰を理解しようとする学者がいるので問題になっております。
信仰は信仰、学問は学問と分けて議論したらいいのですが、双方がそれを配慮しないためにややこしくなっているような気がします(*^_^*)
和尚さん、今回も丁寧なお返事ありがとうございます。
びっくりしました。南無妙法蓮華経のお題目はそんなに強力だったのですか!
勉強になりました。
学問として経典を読み解くことに関しても、改めて頷かされました。
すべてに厳密さを求める学問としての経典研究と、独自の解釈の余地のある宗教としての経典研究は、確かに分ける必要がありますね。
とは言え、経典を曲解して用いるカルト的新興宗教対策には、宗教と学問の両面使いも有効じゃないかと云う気はします。
こう考えてしまうのも私が日本教だからでしょう。
今回も何だかまとまらない考えにお付き合い頂きありがとうございました。
とても解りやすい解説を有難うございます。
ですが、一般人が真言すら唱えてはいけないと言う方達は、手を合わせては行けない・高野山に近づくなと言う教えにもなる事になるので、信仰すらしてはいけないと言う観点が伺え、お大師様の教えに背く事になりますが…
私はお大師様が大好きですが、そんな事を言う方達は、弘法大師の仏像を踏み潰して粉々にしろって言ってるのと同じで許せません。
コメントありがとうございます。
おっしゃることは極端ですが、原理主義の僧侶がいるのは残念なことです。
空海は時空を超えた大天才です。私たちが理解できませんし、現代の大天才でも空海を理解できないでしょう。密教の高僧でも、空海研究の大学の先生も、空海を研究すればするほど、空海は遠のき、ただ呆然とするだけだろうと思います。その空海が密教の学び方を伝授する方法が、僧になって師匠について学べという事なら、一般の信者が独学で学べば、過った道をさまよう事になるでしょう。私は印を結びません。手を合わせるので充分。ご真言も素人でも唱えてよいご真言を唱えます。
いつもありがとうございます。
>空海は時空を超えた大天才です。現代の大天才でも空海を理解できないでしょう
それ故、密教の高僧でも理解しきれず、真言密教はかなり歪んでしまいました( 一一)
初めまして。私はチベット仏教ニンマ派ドジョム・テルサルの僧侶です。そもそも密教において(日本のみならず正しく伝承されている全ての国)潅頂内において正しく「血脈の相承」が行わなければ全てに於いて効果は無いとされていますから、勝手に行っても意味がありません。学問(実践を前提としない場合)や美術としての研究ならば問題ありませんが、「実践」としては到底容認は出来ません。これはあくまで仏教を37年学び33年実践して来た一僧侶の意見としてご理解頂きたいです。金剛名(僧侶名)クンサン・ドルジェー九拝
ひるママ先生
コメントいただき恐縮です。
桜嵐坊様のところで、拝見しております。
おっしゃる部分はあると思います。
ただ、日本においては、残念ながら「血脈の相承」があるとは言えない気がしております。
また、現実には、印や真言を一般向けの書でも公開している場合が少なくありません。そういう状況を踏まえての動画ですのでご理解いただけたらと思います。
一方で、受け継がれた何か(印や真言ではない)が存在して、私もそれを受けております。
@
ゆうき和尚様、こんにちは。返信ありがとうございます。私をご存知とは恐縮の至りです。確かに仰る通り「血脈相承」については無条件に「万全に相承されている」とは言い難いのは事実です。潅頂に於いては「戒律の伝授」が重要ですが、戦中に行われた政府による蛮行の「僧侶の還俗令」が大きな影を落としているのも見逃せない事実ではあります。だとしても檀信徒には少なくとも日々の勤行を行う為の真言の許可を与える儀式を僧侶側で行っているので、無条件に「勝手に唱えさせている」訳では無いと私は考えています。勿論、ゆうき和尚様は密教は身口意三業が揃ってナンボと重々承知の上で、現実として「資料」として出回って居る現状を鑑みての発言と言うのは理解している積もりです。受け継がれている「何か」をもっと越三昧耶にならない程度に発信して行く時代ではないかと思っております。
有難う御座いました。
@@Shoo_Okumra 様
お返事ありがとうございます。
私が受け継いだ「何か」は、形あるものでもありませんし、人に伝えられるものでもありません。
ただ、真言密教の世界に飛び込んでいただくことによって、それを得ていただく方が増えることを願っております。
真言宗でも天台宗でもない新興宗教が密教や印を結んでやるのは密教としていかがですか❓️
自分たちの宗教を伝統仏教と同じ位置づけと公言しているところも個人的には疑問視しています。
コメントありがとうございます。
結論から言えば、何とも言えません。
動画でも申し上げておりますが、印や真言の資格として、一般人か僧侶かは関係ないと申し上げましたが、新興宗教でもそれは関係ないと思います。
要するに、新興宗教だからダメとは思いません。
個々のケースによると思います。
「隠された拳は存在しない」マハーパリニッパーナ経(涅槃経)の中の一説ですね、さすがです。
ただ失礼ながら私には真言宗は後世に先祖(バラモン教)帰り乃至再統合の傾向を感じてしまっているのです。
そもそも釈尊は古マガタ語辺りを話していた可能性が高く真言の元であるサンスクリット語などは使ってなかったと思いますし
むしろパーリ語の方が近いのではないかと、、、さらに漢字に音写した時点で相当発音も含め原典と異なっているようにも感じます。
そういった理由から真言宗とは全然関わりを持たなかったので大した理解も無く推論するのは無礼にも程があるとは存じますが
個人的には釈尊がマントラを唱えたり印を結んだり「隠された拳」(密教)を奨励したとは到底思えません。
個人的感想ゆえ重ね重ねのご無礼をお許し下さい。
コメントありがとうございます。
おっしゃる通り、お釈迦様はマガダ語を話されていたといわれます。ただ、サンスクリットは儀式用に用いられた言葉ですし、真言の発音は変えないと思います(*^_^*)
>漢字に音写した時点で相当発音も含め原典と異なっている
それがそうでもないです。
中国語に翻訳した時点では、かなり忠実だったと言われております。(ただ、正確な読み自体が伝わっていたか判りませんが)
しかし、その読みが日本に入ってきてかなり訛っています。
一応、コメントされたことに対しても、動画を作っております。興味がありましたらご覧ください。
「密教は仏教か? 真言僧がお答えする 仏教は文章ではなく心で伝える」
th-cam.com/video/LCnkzqojLvY/w-d-xo.html
「仏教はどう伝わった? サンスクリット 梵字 漢文 日本語」
th-cam.com/video/1EjsKMNGWvM/w-d-xo.html
現在の真言宗が、お釈迦様の当時の仏教に近いかと言われたら、全くの別物でしょう(*^_^*)
ただ、一方で、お釈迦様当時の仏教に近いものが現在あるか?と言われたら、「ない」とハッキリ言えるのではないでしょうか?
極めて個人的な感想にご丁寧な返信を頂きありがとうございます。
既に指摘の点についての動画をあげておられたのですね失礼いたしました。
ただ古典サンスクリット誕生が紀元前350年頃と言われてますから釈尊の在世中に存在してない可能性が高いので「真言」という表現には違和感を感じざるを得ません。
また偽経とされる事項や大乗非仏説についても論ぜられてたとは流石です。
ご指摘の様に何を受け止めるのかが大事だと私も思っています、パーリ語原典全てが必ずしもサンスクリット原点よりも古いわけではない事も存じ上げていますが、個人的にはダンマパダ「法句経」やご引用されていた「涅槃経」の中にハッとさせられるもを多く感じます。
高野山真言宗在家檀信徒ですが、やはり僧侶の皆様は厳しい修行の中で経典を学び、ご真言や印をもって仏様と対話されていると思っております。
今年の教王護国寺、後七日御修法で大阿闍梨をお勤めされた善通寺管長猊下の菅智潤大僧正が善通寺関東別院にて法話をされるとの事で2月に伺いました。
その際に三禮、普禮真言から護身法の浄三業、佛部、蓮華部、金剛部、被甲のご真言と印の結び方を絵図と共に参加者全員にお授けくださいました。
会場の僧侶の皆様が絵図だけでは難しい印の結び方を席を回って教えてくださったのです。
僧侶で無い私共にこの様なご真言と印を伝授していただいた事に驚きましたし、大変ありがたい事でした。
(未だ勉強不足で実践出来ておりませんが…😅
本来は仏前勤行次第をお唱えする前にさせていただくのでしょうか?)
ともあれ、独学で何でも出来るという考えは、私は傲慢ではと思います。
僧侶の方々に対しても失礼だと。
和尚さまのお考えは大変良く理解出来るものでした。
ありがとうございました。
🙏
コメントありがとうございます。
>護身法の浄三業、佛部、蓮華部、金剛部、被甲のご真言と印の結び方を参加者全員にお授け
これはかなり驚きました!(@_@)
使い方に関しては、お授けされた方の意図が判らないので、その方にお尋ねいただけたらと思います。
なお、護身法にもレベルがあって、私も日によっては、護身法だけで朝のお勤めが終わり、(40分ぐらい掛けます)ということもありますし、護身法だけで、胎蔵界曼陀羅が理解できます。
ゆうき和尚さま、ご丁寧にお返事をありがとうございます😊
大僧正様はご法話の中で、密教の修法「三密加持」についてご説明くださり、空海さまがその身のまま仏になれるとした即身成仏にいたるに必要とされる修行として、三密についてご説明くださいました。
煩悩、即ち三業である身業、口業、意業から解放され身密、口密、意蜜になる事が即身成仏にいたるための修行であると。そのための修行として護身法についてご説明くださいました。
手に印を結び、口に真言を唱え、心に大日如来を念じるというもので、これにより本来そなわった仏性が現れる…というものでした。
非常に難しく、僧侶でない私の様な
檀信徒には正しく実践するのは容易な物では無いとすぐに分かりました。
それでも、その様な修行があるのだと教えていただいた事は本当にありがたい事でした。
勤行次第をお唱えする前に三禮だけはしております。☺️🙏
これからも配信を楽しみにしております。😊
@@teddyspicnic8802 様
今回のお授けを縁として、真言密教を深く理解される方がいらっしゃれば幸いです。
こんばんは🌙😃❗ハートマークありがとうございます🙏
誤解を招くようなコメントでした❗すいません🙏
生◆坊主とは❓
【貴方の事では有りません❗】貴方の事は知りませんので貴方以外のお坊さんです❗
伏せ字を使うのは仏教でも密教でもありません。自動削除されない為にしております。
まともな、真面目に真剣に修行をしている人達、僧侶なら感じる事だと思います🙄
行者と称しているのに狸のようにブクブク太ってるとか❓
行者と称しているのにヘビースモーとか❓
アジャリと称しているのに威張り腐ってる行者と言うか❓ゴロツキみたいな僧侶、ニセ行者の事を言っております❗
補足。
一応、まともな話をしたいのですが理解できないと思う。
一応、アジャリの貴方に質問しますね。
今は分からないが❗
20年位前かな❓高野山の結界は切られておりましたがね。
アジャリの貴方はこれをどう思いますか❓
もし、貴方が【弘法大師様の力は強力だから結界は切られていません❗】
と、回答するのならもう貴方とはお話はできません。
何故なら、私の話は全く理解できないからです。
アジャリといっても、所詮、人間ですからね。理解できないのは分かります。
一応、弘法大師様も分かっているとは思いますが、
ハッキリと言わせて貰います。
【高野山の結界は切られていた】だから、後継者、高僧が結界をはりなおすべきです。
こんなの見りゃ分かるはすなんだけどね🙄
もう呆れて何も言えません❗
もし、仮に高野山の結界を新たにはり直したのなら❗
私の心配は無いですね。
再度のコメントありがとうございます。
すいません、誤解されているようですが、私の方からお話しているのではないので、お話しできなくても構わないですが・・・(*^_^*)
現在高野山に結界などないでしょう。
張り直しも難しいと思います。
結局、何も答えていない、いい加減な宗派ですね
コメントありがとうございます。
いい加減なのは、宗派ではなく私でしょうか?