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内容を一部修正して再アップいたしました!数時間前にコメントのご支援をしてくれた方コメントやログが残らず申し訳ありません💦
宮間めさのさんが、忙しい中仕方ないです、自分自身は、気にしてませんね。次の動画配信も、楽しみです。良いお年をお迎えして下さい。2024年も、楽しみに為ております。
😅@@大佐-w1v
加賀さんかっこええなぁ
???『やりました』
めさのさん可愛いなあ
100年前の溶接技術で、こんな船が作れたのが衝撃すぎる。当時の造船技術って、凄すぎる。
加賀は建造時期的にまだ鋲接で電気溶接は使われてないでしょう。大改装時には部分的には使われたかもしれませんが。
当時の溶接は強度上重要な部分には施工されていなかったよ。最先端を行くアメリカでさえ、当時の溶接技術は開発途上で全溶接構造船の1/3は脆性破壊で真っ二つに割れていたというデータが有ります。
電気溶接を初めて広範囲に使用した艦として敷設艦「八重山」が有名です。竣工は昭和7年。だけれど形成不良や強度不足から、昭和13年の改装時には鋲接(リベット)に変更された箇所も多くあります。だから、少なくとも昭和10年の大改装時でも、電気溶接の使用は限定的で、使っていても強度をあまり必要としない箇所のみだったでしょう。ちなみに、戦艦武蔵は最初の魚雷攻撃で船体(船殻)のリベットが外れて鉄板が捲れ、速度低下の原因となって航空機の餌食となりました。
真っ白な加賀ってのも優美な雰囲気でいいなー。
ありがとうございます!よくこれだけ不鮮明な資料からここまで精巧で美しい映像を復元出来たもんですね!黒鉄色もいかにも軍艦らしい無骨で武勇感溢れる感じでイイですが、白色っぽい塗装の加賀も優美な感じでまたいいですね。些少ですが、製作費の足しにどうぞ。
BB様ご支援ありがとうございます!白加賀は個人的にも衝撃でした 外国艦みたいな不思議な感じです
@user-jc1gt9es2l あんたの価値観を人に押し付けるな!それだけデケえ事を言えるなら、あんたがどれだけ価値のあるモノ作れるか見せてみろよ。
@user-jc1gt9es2l それだけデケぇ口を叩けるなら、あんたがどれだけのモノを作れるか見せてみろよ?
画像のクオリティがとても高いのには感心します。作者の方の熱意と努力に敬意を表します。労作の公開ありがとうございます。
父が乗艦してました ミッドウェイで撃沈されもう死んだと思ったそうです その後 雪風に救助されました
お父様、日本国のために戦っていただきありがとうございました。
お国の為にご苦労様でした。感謝です。
どこまでが本当でどこからが嘘松ですか?
私も当時乗船してました。あの戦争の結果が、今のこの日本だと思うと仲間たちに申し訳ない気持ちでいっぱいです。
@@日村犬心私も当時乗船してました。JKとイチャイチャしたくてたまらなかった。
当時では未知の艦種であった空母を手探りで設計・建造し、赤城・加賀・蒼龍・飛龍・翔鶴・瑞鶴を作り上げた先人達には感服するのみです。
えぇ、他空母は、、、
改めて加賀を観てみると戦艦よりも浮かぶ城という偉容を感じます。艦首にある6本の支柱が加賀のスケールを象徴しているようで、実物を間近に見たら圧倒されそうです。ミッドウェー海戦で沈没したその日まで加賀は日本海軍にとって頼もしい存在だったと思います。
爺ちゃんの遺品の写真に、三段甲板時代の加賀しかなかったもので、大変素晴らしゅうございました。
投稿お疲れ様です。いつみても、3DCGのクオリティがすごい!そして、現在において、赤城・加賀が海底で発見され調査が進み、あるべき姿が復元されていくのに感銘を受けます!
嬉しいコメントありがとうございます!また新たな発見があったらアップデートしていきます!
見事なCGです。加賀の勇姿にあらためて惚れ直しました。白い加賀もロマン溢れますね。ありがとうございます😊
祖母には2人の兄がいて上の兄が長門、下の兄が加賀に乗艦してました。下の兄はミッドウェー海戦、上の兄はマリアナ沖海戦で戦死されました。海底に沈んでる加賀の姿を見た時に「ここに祖母の兄が眠ってるのか」と思ったものです。それにしても加賀って信濃や大鳳に比べると随分とトップヘビーなスタイルなのに航行が安定してるなんて当時の帝国海軍の技術の高さを思い起こさせますね。
ナイスパ
英霊に敬礼させていただきます。
やはり支柱は6本ある方が無理矢理建て増し感があっていいですね。奇しくも現代の「かが」も魔改造空母となりました。装甲化されてないから排水量こそ及びませんが、同じ全長で因縁じみたモノを感じます。
浦賀で作られていた天城は関東大震災で使えなくなって船体は浮桟橋になって今でも使われているそうです
平成16年頃までは米海軍横須賀基地で、その後磯子のJMUで今も使われてます。天城の船体は浮桟橋として護衛艦いずもや護衛艦かがと岸壁の間に使われました。浪漫ですね。
いつも素晴らしい映像をありがとうございます。模型製作では細かい所にこだわらないタイプなのですが、それでも新資料の発見で精度が高くなるのはとても嬉しいです。
YFT様模型は雰囲気重視派です 笑ご支援ありがとうございます!
知人のおじいさん(96歳)が佐世保で作業員として働いていたときに、加賀を見たそうです。3つもエレベーターがある加賀はすごく印象に残っていたそうで、「正規空母は客船改造とは全く違う印象だった」と言ってました。
客船改造と言うと大鷹とかですかね?
艦名は分からないですが、その可能性はあります。大きさや船速といったスペック意外にも、外観からも印象が違ったと感じるほどに加賀はインパクトが強かったそうです。
佐世保で客船改造と言ったら隼鷹じゃないですかね?
私の祖父は6空所属でミッドウェー島駐留の為に加賀に上座して零式21と共に。対空戦で加賀発艦。加賀被弾で飛龍着艦。祖父は加賀から発艦した最後の搭乗員かもしれませんね😊
貴重なお話を有難うございます。6空の方も空戦をされたのですね。
@@reisiein8853 さん大半の仲間は角田提督の第二機動部隊空母龍譲、隼鷹に配置されました。アクタンゼロで亡くなった方は戦友だったそうです。
@@奥田圭亮-k5h さん有難うございます。アリューシャン方面も6空の方の零戦搭載は存じておりました。予定変更が無ければ占領後は島に進出予定だったのでしょうね。ご冥福をお祈り致します。
毎回素晴らしい映像をありがとうございます。戦前生まれの母が亡くなりましたが、母は当時は小さいこともあり、詳細は知らないといってましたが、明治生まれの祖父母に当時の軍艦の話を聞いておけばよかった…と今更ながらに思います。いつだったか、あの時の戦争という話題で色々話してたのですが、私が小さすぎて…祖母は歴史好きだったので、何か驚くような話が聞けたのかも知れません…
9:50 旗の表現凄い。
ありがとうございます!
Hunt James様いつもご支援ありがとうございます!
いつ見ても、素晴らしいグラフィック。😊
いち早く新たな情報に対応し反映されたモデルを観れるのはホントありがてぇです!
すごい!!このクオリティでコーエーの提督の決断がプレイ出来たら最高なのに😢
素晴らしいクオリティのCGありがとうございます!
hiro kage様いつもご支援ありがとうございます!
やっぱ二次大戦の空母だと加賀が一番好きだな
子供のときに1/700の空母で初めて買ったのが加賀でした。補用も含めて91機は魅力的でしたw
当時のと現在の加賀をプラモで作りました、両方凄くかっこいいです、誇らしく飾ってます。
投稿お疲れ様です!素晴らしい動画ありがとうございます!しっかしカッコいいですなぁ!
しっとりくっきりの語り口あこがれるありし日のつまびらかなる考察のよすがとなれかしともがらの声皆様のコメントで何かまたヒントが得られるといいですね。
今回は、最初から最後まで「おお~すげー」「これはこれは」等と独り言大爆発でした。実物が朽ち果てていくなかで、新たな写真の発掘がより期待できますね。赤城とは義理の姉妹だったのか・・・納得です。
戦後80年近く経ってもまだまだ新しい資料が出てきてるんですね。モデルと動画の制作、おつかれさま&ありがとうございます😘
真面目な考察動画の中にお饅頭が映るとほっこりする
6:15 船首に増設された甲板ですが同じ高さで高角砲へと伸びて砲のところで下への階段になってるように見えますねカタパルトの件と併せて甲板を渡らずに測距手などの人員や弾薬を逆舷へ移動できるようにしたんじゃないでしょうか?
加賀さん元が戦艦なので鉄の城ですね。美しい。
次なる新たな画像を期待します!にしても、リアルすぎる!
加賀のアップデート、めさ嬢でなければ分からない非常に細かい内容だった。考察を含め、とても説得力のある内容で、今回は勉強になりました。それにしても、九九式爆撃に女学生號なんてあったのか、知らんかったw 次回も楽しみです。
近代でそれなりに情報が残るようになった時代の中、これだけまだまだ判明していない事があるのは軍艦を好きになる一つの要素だと思う
赤城に続き加賀でテンション上がります永久保存版とか欲しいですね
こんなに細かく考察されていたのですねえ。恐ろしく細かいディテール。
謝謝!
Fred Ouyang様ご支援ありがとうございます!
このCGで昔作ったウォータラインシリーズの加賀が真珠湾攻撃頃の姿に近いことがわかりました。これを参考にミッドウェー海戦頃に改造できそうです。
本当にかっこいいですね。復元して頂きありがとうございます。
ぶおおおおおカッコいい!赤城もそうだけど、特に加賀のこの横から見たときの要塞ぶりがカッコよすぎる。飛竜蒼龍以降の空母は洗練されてるけどロマンではないと思う。シンプル過ぎるんですな。本当に加賀のゴテゴテした美しさは最高だ!
大画面で見たくなる😮綺麗だしカッコいい😂
感謝感激です!
リーゼント、良いですねぇ!榛名の電探が着いた頃の防空指揮所のようで。
Excellent works 👏 👏 🇯🇵
動画ありがとうございます。加賀かっこいい!
再投稿、お疲れ様です
元重戦艦だつた下地に、巨大なる格納庫を二層で~んと据えて右にちょこんと小さな見張り台をこしらえて見繕った感じの船ですね。
石川県出身なので、航空母艦加賀は好きです。白山比咩神社もお参りしました。
加賀さん…眼福です
本当に、改修作業の数々…お疲れ様でした!! 白色の加賀さんもかなりカッコ良い〜!再現ありがとうございました🙏。実際に実戦に投入されたWWⅡ 大戦の全世界の航空母艦の中で一番排水量がデカいのが加賀なんですよね。🆒まさに洋上のテーブルマウンテン!!!!✨🫡まさに、讃岐瀬戸内の浮かぶ屋島の島影や〜〜♪♪✨😚ですね!!直立大型煙突と小型島型ではなく、隼鷹/ 大鳳の様な煙突一体型の当初改造案のif加賀も、見てみたいものですね!😄⭐
赤城さんに続き加賀さん………この流れ二航戦も紹介される……、?
加賀さん『五航戦の子と一緒にしないで』
空母大好きなので嬉しいです、ありがとうございます
めさの様、最新資料での加賀の映像お疲れさまでした。私の持っているH6年の空母艦史やH7年の軍艦史では右舷写真だったので左舷側の資料初めてでした。ただ重箱の隅をつつくようで申し訳ないですが、私の持っているモデルアートの91年版、00年改訂版「真珠湾攻撃隊」によると報國-552は「第五五全日本號」で第三中隊第二七小隊三番機で操)山川新作一飛兵・偵)中田勝蔵一飛兵となっております。
詳しく解説して下さいまして、ありがとうございます‼️
祖父が空母加賀の九九艦爆に搭乗していたと、聞いたことが有ります。ミッドウェー海戦で空母がやられた後、海の上をふんどしを広げて救助を待ったらしいです。鱶避けの為だそうです。爺ちゃんありがとうございます。大変だったね。
素晴らしい作品を拝見させていただきました。ありがとうございます。
女学生全日本号おもしろいですね。エピソードもとてもいい
ほんと素晴らしい考察と動画です。
我が自衛官目線で、又、観てしまいました。動画配信お疲れさまです。宮間めさのさん、有り難うございます。
とにかくカッコイイ!!今の日本にも欲しい艦であります!
加賀の飛行甲板平面形状はスッキリしていて幅も広く、他の複雑怪奇な形状の空母より使い易かったのではないかと思います。
日本の空母では加賀が一番好き。その次に龍驤。
昭和14年11月22日 加賀乗員を命じられた元海軍上等機関兵曹の祖父に見せてあげたいです。真珠湾攻撃の後陸戦隊でアンボン島攻略のため加賀を離れた為生き延びて私がいます。
解説が詳しくて、とてもおもしろいです。
いつも素晴らしい映像と効果音楽です。👍☺️
素晴らしい動画ありがとうございます。
多分他の方もお気づきかと思いますが、4:27 付近。恐らく編集で修正?された時に残ったのか、他要因かは不明ですが…「次の発見は」の台詞が、二回繰り返されていますね…
素晴らしいモデルですね。元戦艦ということもあり、鈍足、高安定性の空母。主砲とかその他建造物…凄い写真が見つかりましたね!前方支柱は6本支持派だったので嬉しいです(笑)それにしても…フジミの1/350プラモデル作らず持っていますが、これら反映しようと思うと大変だな…
カタパルトの開発失敗は後々まで響くことになりますね。小型空母(アメリカ護衛空母的な船)の量産、天山、流星など大型機の運用など~少しは戦い方が変わったかも❓️
艦尾の20センチ砲は空母改装当初から予め片舷5門ずつ装備できるようにしてて空きスペースは倉庫などにあてていた。有事には追加装備で前方にあった主砲も含め合計14門に増設することできるようにしてあって前方の主砲撤去の代わりに2門ずつ振替たものだった。
素晴らしい!
赤城、加賀は日本海軍を象徴する艦。ミッドウェイで一度に失った事が悔やまれる。
今の加賀のスマートでモダンな感じも好きだけど、普通の船の上に九龍城乗っけたみたいなメカメカしい無骨なオリジナル加賀も大好きやで
6:48艦首の「謎の作業甲板」についてですが、飛行甲板にカタパルト(発艦促進装置)の設置が言い渡されたのは加賀だけでなく赤城も同様ですので、カタパルト関連の設備だとすると、赤城にもないとおかしいんじゃないですかね。『軍艦メカ 日本の空母』(「丸」編集部、2012年)によると、赤城も加賀もカタパルトに関しては「後日装備すべく事前工事が施された」とあり、そのための作業甲板を設置するところまで手は加えていないでしょう。位置的には、最上甲板、つまり上部飛行機格納庫の床面が延長されているように見えることから、加賀の赤城よりも長い艦首部の飛行甲板前部の空間を利用して、格納庫から航空機を一時的に逃がすための区画(前部昇降機に乗せる航空機の?)という説はどうでしょうかね?そう考えると、飛行甲板前部の支柱の数が、赤城より多い3本2組なのも、飛行甲板前部が長い(艦首よりも!)故でしょう。それから、艦尾部分の高角砲が片側5基→4基に減ったのも、動画中で言及されていた通り、重量軽減のためだと思われます。同じ理由で、加賀の後部昇降機の昇降台は当初、赤城と同じ二槽式でしたが、一層式に改められているくらいです。
赤城.加賀は海軍内でのとびっきりのエリートパイロットが集合する、日本の飛行機乗りのが憧れる勤務先だったと。
9:28 北方配備じゃないのに白色迷彩。どんな目的なんだろうか。wowsで白色単色迷彩を活用できるな。使い道がないからとても余ってるんだ。
知り合いのお爺さんが加賀の整備員で真珠湾に参加、後に陸に上がり、内地で銀河の整備員で終戦。戦後は「銀河会」に所属して在られた。断片的ながら話が聞けて良かった。英霊の安寧を心より祈る想いです。
凄い!CGでこの迫力!生で見れたらどれだけ凄いのかな、、当時の人は圧巻だっただろうな。これだけの空母や戦艦、無敵だった零戦が揃っていた帝国海軍。確かにこれだけの戦力があればミッドウェイ攻略も負けないだろうと驕りたかぶってしまったのは仕方ないかもしれないなぁ。
ブラボー加賀👌
加賀の再現映像を観てると、これが信濃ならば、どんな姿になるのだろうと考えてしまいます。実際の空母信濃は格納庫は一層のみで、搭載機数も40機程度、これが二層三層ならば、80機もしくは120機くらいにはなるとは思いますが、たぶんバランスをとらないと復元力が悪くなるだろうし、重量オーバーで速力も動作も鈍重になるのかもしれません、色々検討した末のあの信濃の形状だったのでしょうから、しかし空母加賀の独特な巨大感は素晴らしいですね。無骨な美しさがあります。
素晴らしい、ありがとう。
ピンチヒッターなのに帝国最良の空母。揺れない船体、長い足、十分な搭載量と、空母で最も重要な要素を満たしている。
かっこいいなあ。模型製作なんかでも、凄く参考になりますな。いい塗り、質感いいなあ。さすがです。
加賀、大好きです 眼福。就役後にカタパルト載せる事になったから急遽支えを増やした。成程です支柱の問題に気持ち的に納得できる理由を初めて得られました甲板貼り合わせるところで数年間止まってたフジミ加賀の建造をこれで再開出来そうです←白塗装も映えますね~ ちょっと武蔵を連想しました
そしてこの支柱に挟まれた構造物ですが、これまた捻れ対策というか甲板前端部の剛性を保つためのスペーサーを足場や作業場所を兼ねるものとして設置したのかなぁと想像しました普通の運用には高さがあまりに中途半端ですもんね
白い加賀か…。また一つタイムマシンが出来たら見たいものが増えてしまった。
素晴しい動画ありがとうございました(T_T)おつかれさまでした(T_T)
素晴らしい!これほど再現できる人が他に居るだろうか。
支柱が6本だったのは知っていましたが、単装砲が片舷5基だったのが4基だったこと、左舷後部機銃座の支柱が4本ではなく6本だったこと、艦橋の形状が違う事。驚きの連続でした。爆弾の着弾位置が悪く、艦橋は粉々に吹き飛んでしまったので、最早資料や写真発掘で推測するしかないのが惜しまれます。
後ろに見えるのが桜島なら写真は水平でなく、前方にはわずかばかり下り傾斜があったのかも知れないと思った
流石に気分が高揚します。
いつ見ても重厚なフォルム、デッカイなあ。
現代の護衛艦「かが」も魔改造空母化されたのは偶然なのか
仮にカタパルト用の甲板だとしたら飛行甲板からの高さが結構あるような………エアコンプレッサーやエアタンクなどのメンテナンスや設置とか艦載機エンジン点検用の甲板かな?
赤城と加賀が戦艦から空母になってしまったが、赤城と加賀が戦艦だった場合の姿を見てみたいです。
現在呉市の大和ミュージアムの企画展で開催されてる「日本海軍と航空母艦」には「加賀」の三面図が観れる所があるのでカタパルト、高角砲、支柱等が見れます。また今なら呉湾艦船めぐりに乗れば「かが」が停泊している事が多いです。また「加賀」と「かが」はほとんど全長が変わらないので「加賀」の大きさも体験できるのでおすすめです。企画展は令和6年の3月までなのでお早めに。😊
え、日本空母にもカタパルト搭載が検討されていたことがあったんですか!知らんかった〜
加賀も、元は戦艦だったから仕方ないけど、速力が30ノットあったらなぁ。搭載機数は、旧日本帝国海軍空母で一番多い。
それでも加賀は中国が誇る完成当時の空母遼寧より速かったようですね。
内容を一部修正して再アップいたしました!数時間前にコメントのご支援をしてくれた方
コメントやログが残らず申し訳ありません💦
宮間めさのさんが、忙しい中仕方ないです、自分自身は、気にしてませんね。
次の動画配信も、楽しみです。良いお年をお迎えして下さい。2024年も、楽しみに為ております。
😅@@大佐-w1v
加賀さんかっこええなぁ
???『やりました』
めさのさん可愛いなあ
100年前の溶接技術で、こんな船が作れたのが衝撃すぎる。当時の造船技術って、凄すぎる。
加賀は建造時期的にまだ鋲接で電気溶接は使われてないでしょう。
大改装時には部分的には使われたかもしれませんが。
当時の溶接は強度上重要な部分には施工されていなかったよ。最先端を行くアメリカでさえ、当時の溶接技術は開発途上で全溶接構造船の1/3は脆性破壊で真っ二つに割れていたというデータが有ります。
電気溶接を初めて広範囲に使用した艦として敷設艦「八重山」が有名です。竣工は昭和7年。
だけれど形成不良や強度不足から、昭和13年の改装時には鋲接(リベット)に変更された箇所も多くあります。
だから、少なくとも昭和10年の大改装時でも、電気溶接の使用は限定的で、使っていても強度をあまり必要としない箇所のみだったでしょう。
ちなみに、戦艦武蔵は最初の魚雷攻撃で船体(船殻)のリベットが外れて鉄板が捲れ、速度低下の原因となって航空機の餌食となりました。
真っ白な加賀ってのも優美な雰囲気でいいなー。
ありがとうございます!
よくこれだけ不鮮明な資料からここまで精巧で美しい映像を復元出来たもんですね!
黒鉄色もいかにも軍艦らしい無骨で武勇感溢れる感じでイイですが、白色っぽい塗装の加賀も優美な感じでまたいいですね。
些少ですが、製作費の足しにどうぞ。
BB様
ご支援ありがとうございます!
白加賀は個人的にも衝撃でした 外国艦みたいな不思議な感じです
@user-jc1gt9es2l あんたの価値観を人に押し付けるな!
それだけデケえ事を言えるなら、あんたがどれだけ価値のあるモノ作れるか見せてみろよ。
@user-jc1gt9es2l それだけデケぇ口を叩けるなら、あんたがどれだけのモノを作れるか見せてみろよ?
画像のクオリティがとても高いのには感心します。作者の方の熱意と努力に敬意を表します。労作の公開ありがとうございます。
父が乗艦してました ミッドウェイで撃沈されもう死んだと思ったそうです その後 雪風に救助されました
お父様、日本国のために戦っていただきありがとうございました。
お国の為にご苦労様でした。
感謝です。
どこまでが本当でどこからが嘘松ですか?
私も当時乗船してました。あの戦争の結果が、今のこの日本だと思うと仲間たちに申し訳ない気持ちでいっぱいです。
@@日村犬心私も当時乗船してました。JKとイチャイチャしたくてたまらなかった。
当時では未知の艦種であった空母を手探りで設計・建造し、赤城・加賀・蒼龍・飛龍・翔鶴・瑞鶴を作り上げた先人達には感服するのみです。
えぇ、他空母は、、、
改めて加賀を観てみると戦艦よりも浮かぶ城という偉容を感じます。
艦首にある6本の支柱が加賀のスケールを象徴しているようで、実物を間近に見たら圧倒されそうです。
ミッドウェー海戦で沈没したその日まで加賀は日本海軍にとって頼もしい存在だったと思います。
爺ちゃんの遺品の写真に、三段甲板時代の加賀しかなかったもので、大変素晴らしゅうございました。
投稿お疲れ様です。いつみても、3DCGのクオリティがすごい!
そして、現在において、赤城・加賀が海底で発見され調査が進み、あるべき姿が復元されていくのに感銘を受けます!
嬉しいコメントありがとうございます!
また新たな発見があったらアップデートしていきます!
見事なCGです。加賀の勇姿にあらためて惚れ直しました。白い加賀もロマン溢れますね。ありがとうございます😊
祖母には2人の兄がいて上の兄が長門、下の兄が加賀に乗艦してました。
下の兄はミッドウェー海戦、上の兄はマリアナ沖海戦で戦死されました。
海底に沈んでる加賀の姿を見た時に「ここに祖母の兄が眠ってるのか」と思ったものです。
それにしても加賀って信濃や大鳳に比べると随分とトップヘビーなスタイルなのに航行が安定してるなんて
当時の帝国海軍の技術の高さを思い起こさせますね。
ナイスパ
英霊に敬礼させていただきます。
やはり支柱は6本ある方が無理矢理建て増し感があっていいですね。奇しくも現代の「かが」も魔改造空母となりました。装甲化されてないから排水量こそ及びませんが、同じ全長で因縁じみたモノを感じます。
浦賀で作られていた天城は関東大震災で使えなくなって船体は浮桟橋になって今でも使われているそうです
平成16年頃までは米海軍横須賀基地で、その後磯子のJMUで今も使われてます。
天城の船体は浮桟橋として護衛艦いずもや護衛艦かがと岸壁の間に使われました。浪漫ですね。
いつも素晴らしい映像をありがとうございます。
模型製作では細かい所にこだわらないタイプなのですが、それでも新資料の発見で精度が高くなるのはとても嬉しいです。
YFT様
模型は雰囲気重視派です 笑
ご支援ありがとうございます!
知人のおじいさん(96歳)が佐世保で作業員として働いていたときに、
加賀を見たそうです。
3つもエレベーターがある加賀はすごく印象に残っていたそうで、
「正規空母は客船改造とは全く違う印象だった」と言ってました。
客船改造と言うと大鷹とかですかね?
艦名は分からないですが、その可能性はあります。大きさや船速といったスペック意外にも、外観からも印象が違ったと感じるほどに加賀はインパクトが強かったそうです。
佐世保で客船改造と言ったら隼鷹じゃないですかね?
私の祖父は6空所属でミッドウェー島駐留の為に加賀に上座して零式21と共に。
対空戦で加賀発艦。加賀被弾で飛龍着艦。祖父は加賀から発艦した最後の搭乗員かもしれませんね😊
貴重なお話を有難うございます。6空の方も空戦をされたのですね。
@@reisiein8853 さん
大半の仲間は角田提督の第二機動部隊空母龍譲、隼鷹に配置されました。
アクタンゼロで亡くなった方は戦友だったそうです。
@@奥田圭亮-k5h さん
有難うございます。
アリューシャン方面も6空の方の零戦搭載は存じておりました。予定変更が無ければ占領後は島に進出予定だったのでしょうね。
ご冥福をお祈り致します。
毎回素晴らしい映像をありがとうございます。
戦前生まれの母が亡くなりましたが、母は当時は小さいこともあり、詳細は知らないといってましたが、明治生まれの祖父母に当時の軍艦の話を聞いておけばよかった…と今更ながらに思います。いつだったか、あの時の戦争という話題で色々話してたのですが、私が小さすぎて…
祖母は歴史好きだったので、何か驚くような話が聞けたのかも知れません…
9:50 旗の表現凄い。
ありがとうございます!
Hunt James様
いつもご支援ありがとうございます!
いつ見ても、素晴らしいグラフィック。😊
いち早く新たな情報に対応し反映されたモデルを観れるのはホントありがてぇです!
すごい!!このクオリティでコーエーの提督の決断がプレイ出来たら最高なのに😢
素晴らしいクオリティのCGありがとうございます!
hiro kage様
いつもご支援ありがとうございます!
やっぱ
二次大戦の空母だと
加賀が一番好きだな
子供のときに1/700の空母で初めて買ったのが加賀でした。
補用も含めて91機は魅力的でしたw
当時のと現在の加賀をプラモで作りました、両方凄くかっこいいです、誇らしく飾ってます。
投稿お疲れ様です!
素晴らしい動画ありがとうございます!しっかしカッコいいですなぁ!
しっとりくっきりの語り口あこがれる
ありし日のつまびらかなる考察のよすがとなれかしともがらの声
皆様のコメントで何かまたヒントが得られるといいですね。
今回は、最初から最後まで「おお~すげー」「これはこれは」等と独り言
大爆発でした。実物が朽ち果てていくなかで、新たな写真の発掘が
より期待できますね。赤城とは義理の姉妹だったのか・・・納得です。
戦後80年近く経ってもまだまだ新しい資料が出てきてるんですね。モデルと動画の制作、おつかれさま&ありがとうございます😘
真面目な考察動画の中にお饅頭が映るとほっこりする
6:15 船首に増設された甲板ですが同じ高さで高角砲へと伸びて砲のところで下への階段になってるように見えますね
カタパルトの件と併せて甲板を渡らずに測距手などの人員や弾薬を逆舷へ移動できるようにしたんじゃないでしょうか?
加賀さん元が戦艦なので鉄の城ですね。美しい。
次なる新たな画像を期待します!
にしても、リアルすぎる!
加賀のアップデート、めさ嬢でなければ分からない非常に細かい内容だった。
考察を含め、とても説得力のある内容で、今回は勉強になりました。
それにしても、九九式爆撃に女学生號なんてあったのか、知らんかったw 次回も楽しみです。
近代でそれなりに情報が残るようになった時代の中、これだけまだまだ判明していない事があるのは軍艦を好きになる一つの要素だと思う
赤城に続き加賀でテンション上がります
永久保存版とか欲しいですね
こんなに細かく考察されていたのですねえ。恐ろしく細かいディテール。
謝謝!
Fred Ouyang様
ご支援ありがとうございます!
このCGで昔作ったウォータラインシリーズの加賀が真珠湾攻撃頃の姿に近いことがわかりました。
これを参考にミッドウェー海戦頃に改造できそうです。
本当にかっこいいですね。
復元して頂きありがとうございます。
ぶおおおおおカッコいい!
赤城もそうだけど、特に加賀のこの横から見たときの要塞ぶりがカッコよすぎる。
飛竜蒼龍以降の空母は洗練されてるけどロマンではないと思う。シンプル過ぎるんですな。
本当に加賀のゴテゴテした美しさは最高だ!
大画面で見たくなる😮綺麗だしカッコいい😂
感謝感激です!
リーゼント、良いですねぇ!榛名の電探が着いた頃の防空指揮所のようで。
Excellent works 👏 👏 🇯🇵
動画ありがとうございます。
加賀かっこいい!
再投稿、お疲れ様です
元重戦艦だつた下地に、巨大なる格納庫を二層で~んと据えて右にちょこんと小さな見張り台をこしらえて見繕った感じの船ですね。
石川県出身なので、航空母艦加賀は好きです。白山比咩神社もお参りしました。
加賀さん…眼福です
本当に、改修作業の数々…お疲れ様でした!! 白色の加賀さんもかなりカッコ良い〜!
再現ありがとうございました🙏。実際に実戦に投入されたWWⅡ 大戦の全世界の航空母艦の中で一番排水量がデカいのが加賀なんですよね。🆒
まさに洋上のテーブルマウンテン!!!!✨🫡
まさに、讃岐瀬戸内の浮かぶ屋島の島影や〜〜♪♪✨😚
ですね!!
直立大型煙突と小型島型ではなく、隼鷹/ 大鳳の様な煙突一体型の当初改造案のif加賀も、見てみたいものですね!😄⭐
赤城さんに続き加賀さん………
この流れ二航戦も紹介される……、?
加賀さん『五航戦の子と一緒にしないで』
空母大好きなので嬉しいです、ありがとうございます
めさの様、最新資料での加賀の映像お疲れさまでした。
私の持っているH6年の空母艦史やH7年の軍艦史では右舷写真だったので左舷側の資料初めてでした。
ただ重箱の隅をつつくようで申し訳ないですが、私の持っているモデルアートの91年版、00年改訂版「真珠湾攻撃隊」
によると報國-552は「第五五全日本號」で第三中隊第二七小隊三番機で操)山川新作一飛兵・偵)中田勝蔵一飛兵となっております。
詳しく解説して下さいまして、ありがとうございます‼️
祖父が空母加賀の九九艦爆に搭乗していたと、聞いたことが有ります。
ミッドウェー海戦で空母がやられた後、海の上をふんどしを広げて救助を待ったらしいです。鱶避けの為だそうです。
爺ちゃんありがとうございます。
大変だったね。
素晴らしい作品を拝見させていただきました。ありがとうございます。
女学生全日本号おもしろいですね。エピソードもとてもいい
ほんと素晴らしい考察と動画です。
我が自衛官目線で、又、観てしまいました。動画配信お疲れさまです。宮間めさのさん、有り難うございます。
とにかくカッコイイ!!今の日本にも欲しい艦であります!
加賀の飛行甲板平面形状はスッキリしていて幅も広く、他の複雑怪奇な形状の空母より使い易かったのではないかと思います。
日本の空母では加賀が一番好き。
その次に龍驤。
昭和14年11月22日 加賀乗員を命じられた元海軍上等機関兵曹の祖父に見せてあげたいです。真珠湾攻撃の後陸戦隊でアンボン島攻略のため加賀を離れた為生き延びて私がいます。
解説が詳しくて、とてもおもしろいです。
いつも素晴らしい映像と効果音楽です。👍☺️
素晴らしい動画ありがとうございます。
多分他の方もお気づきかと思いますが、4:27 付近。
恐らく編集で修正?された時に残ったのか、他要因かは不明ですが…「次の発見は」の台詞が、二回繰り返されていますね…
素晴らしいモデルですね。元戦艦ということもあり、鈍足、高安定性の空母。
主砲とかその他建造物…凄い写真が見つかりましたね!前方支柱は6本支持派だったので嬉しいです(笑)
それにしても…フジミの1/350プラモデル作らず持っていますが、これら反映しようと思うと大変だな…
カタパルトの開発失敗は後々まで響くことになりますね。小型空母(アメリカ護衛空母的な船)の量産、天山、流星など大型機の運用など~少しは戦い方が変わったかも❓️
艦尾の20センチ砲は空母改装当初から予め片舷5門ずつ装備できるようにしてて空きスペースは倉庫などにあてていた。有事には追加装備で前方にあった主砲も含め合計14門に増設することできるようにしてあって前方の主砲撤去の代わりに2門ずつ振替たものだった。
素晴らしい!
赤城、加賀は日本海軍を象徴する艦。
ミッドウェイで一度に失った事が悔やまれる。
今の加賀のスマートでモダンな感じも好きだけど、普通の船の上に九龍城乗っけたみたいなメカメカしい無骨なオリジナル加賀も大好きやで
6:48艦首の「謎の作業甲板」についてですが、飛行甲板にカタパルト(発艦促進装置)の設置が言い渡されたのは加賀だけでなく赤城も同様
ですので、カタパルト関連の設備だとすると、赤城にもないとおかしいんじゃないですかね。
『軍艦メカ 日本の空母』(「丸」編集部、2012年)によると、赤城も加賀もカタパルトに関しては「後日装備すべく事前工事が施された」とあり、
そのための作業甲板を設置するところまで手は加えていないでしょう。
位置的には、最上甲板、つまり上部飛行機格納庫の床面が延長されているように見えることから、加賀の赤城よりも長い艦首部の飛行甲板前部の空間を
利用して、格納庫から航空機を一時的に逃がすための区画(前部昇降機に乗せる航空機の?)という説はどうでしょうかね?
そう考えると、飛行甲板前部の支柱の数が、赤城より多い3本2組なのも、飛行甲板前部が長い(艦首よりも!)故でしょう。
それから、艦尾部分の高角砲が片側5基→4基に減ったのも、動画中で言及されていた通り、重量軽減のためだと思われます。
同じ理由で、加賀の後部昇降機の昇降台は当初、赤城と同じ二槽式でしたが、一層式に改められているくらいです。
赤城.加賀は海軍内でのとびっきりのエリートパイロットが集合する、日本の飛行機乗りのが憧れる勤務先だったと。
9:28 北方配備じゃないのに白色迷彩。どんな目的なんだろうか。
wowsで白色単色迷彩を活用できるな。使い道がないからとても余ってるんだ。
知り合いのお爺さんが加賀の整備員で真珠湾に参加、後に陸に上がり、内地で銀河の整備員で終戦。戦後は「銀河会」に所属して在られた。断片的ながら話が聞けて良かった。英霊の安寧を心より祈る想いです。
凄い!CGでこの迫力!
生で見れたらどれだけ凄いのかな、、当時の人は圧巻だっただろうな。
これだけの空母や戦艦、無敵だった零戦が揃っていた帝国海軍。
確かにこれだけの戦力があればミッドウェイ攻略も負けないだろうと驕りたかぶってしまったのは仕方ないかもしれないなぁ。
ブラボー加賀👌
加賀の再現映像を観てると、これが信濃ならば、どんな姿になるのだろうと考えてしまいます。実際の空母信濃は格納庫は一層のみで、搭載機数も40機程度、これが二層三層ならば、80機もしくは120機くらいにはなるとは思いますが、たぶんバランスをとらないと復元力が悪くなるだろうし、重量オーバーで速力も動作も鈍重になるのかもしれません、色々検討した末のあの信濃の形状だったのでしょうから、しかし空母加賀の独特な巨大感は素晴らしいですね。無骨な美しさがあります。
素晴らしい、ありがとう。
ピンチヒッターなのに帝国最良の空母。
揺れない船体、長い足、十分な搭載量と、空母で最も重要な要素を満たしている。
かっこいいなあ。
模型製作なんかでも、凄く参考になりますな。
いい塗り、質感いいなあ。
さすがです。
加賀、大好きです 眼福。
就役後にカタパルト載せる事になったから急遽支えを増やした。成程です
支柱の問題に気持ち的に納得できる理由を初めて得られました
甲板貼り合わせるところで数年間止まってたフジミ加賀の建造をこれで再開出来そうです←
白塗装も映えますね~ ちょっと武蔵を連想しました
そしてこの支柱に挟まれた構造物ですが、これまた捻れ対策というか甲板前端部の剛性を保つためのスペーサーを足場や作業場所を兼ねるものとして設置したのかなぁと想像しました
普通の運用には高さがあまりに中途半端ですもんね
白い加賀か…。また一つタイムマシンが出来たら見たいものが増えてしまった。
素晴しい動画ありがとうございました(T_T)
おつかれさまでした(T_T)
素晴らしい!これほど再現できる人が他に居るだろうか。
支柱が6本だったのは知っていましたが、単装砲が片舷5基だったのが4基だったこと、左舷後部機銃座の支柱が4本ではなく6本だったこと、艦橋の形状が違う事。驚きの連続でした。爆弾の着弾位置が悪く、艦橋は粉々に吹き飛んでしまったので、最早資料や写真発掘で推測するしかないのが惜しまれます。
後ろに見えるのが桜島なら写真は水平でなく、前方にはわずかばかり下り傾斜があったのかも知れないと思った
流石に気分が高揚します。
いつ見ても重厚なフォルム、デッカイなあ。
現代の護衛艦「かが」も魔改造空母化されたのは偶然なのか
仮にカタパルト用の甲板だとしたら飛行甲板からの高さが結構あるような………
エアコンプレッサーやエアタンクなどのメンテナンスや設置とか艦載機エンジン点検用の甲板かな?
赤城と加賀が戦艦から空母になってしまったが、赤城と加賀が戦艦だった場合の姿を見てみたいです。
現在呉市の大和ミュージアムの企画展で開催されてる「日本海軍と航空母艦」には「加賀」の三面図が観れる所があるのでカタパルト、高角砲、支柱等が見れます。また今なら呉湾艦船めぐりに乗れば「かが」が停泊している事が多いです。また「加賀」と「かが」はほとんど全長が変わらないので「加賀」の大きさも体験できるのでおすすめです。企画展は令和6年の3月までなのでお早めに。😊
え、日本空母にもカタパルト搭載が検討されていたことがあったんですか!
知らんかった〜
加賀も、元は戦艦だったから仕方ないけど、速力が30ノットあったらなぁ。
搭載機数は、旧日本帝国海軍空母で一番多い。
それでも加賀は中国が誇る完成当時の空母遼寧より速かったようですね。