賛美「善き力にわれかこまれ」(『讃美歌21 469)

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  • เผยแพร่เมื่อ 27 ต.ค. 2024
  • 新田キリスト教会6月の月間賛美は、『讃美歌21』469「善き力にわれかこまれ」です。
    この歌詞の作者は、ドイツ・ルター派の告白教会の牧師、20世紀を代表する神学者の一人、ディートリッヒ・ボンヘッファーです。
    彼が生きた時代は、世界大戦中のヨーロッパです。ドイツの政権を手中にしたヒトラーとナチに対して、ボンヘッファーは反対し、ついにはヒトラーの命を狙う計画に加わります。
    彼は、この悲惨な時代には、人を殺すという神様の呪いを受けるべき罪を、隣人の命と平和のために引き受ける者が必要だと考え、彼自身もその責任を負おうとしたのです。
    しかし計画はうまくいかず、ナチに逮捕され、やがて絞首刑にされます。
    ドイツ降伏の一ヶ月前のことでした。
    死が迫る牢獄の中で、しかし、彼は婚約者や家族に宛てたクリスマスの手紙をしたため、そこに「善き力にわれかこまれ」の詩を付しました。
    恐ればかりが増すような境遇の中で、互いに祈り合う婚約者や家族、友人たちとのつながりを、そして愛と祈りの結びつきを与えてくださった神様の恵み、イエス・キリストを、彼は見つめ続けていたのでしょう。
    神様の御心である愛に生きる時、ボンヘッファーほどのことではなくても、苦闘を覚えることがあります。
    愛せない者をも愛し、自分の命を脅かすものにも主を証しする。
    私たちは弱いですから、それを自分の力で成し遂げようとしても、うなだれ、立ち止まり、倒れるばかりかも知れません。
    だから私たちは、いつでも、私たち一人一人を知り、御腕に抱き、善き力で囲んでくださる神様に、何もかも明け渡すことから始めましょう。
    主の御手の中で、ひとりひとりのなすべきこと、行くべき道、営むべき生活の姿が見えてきます。
    それが、私たちが思い描くようなものではない苦い杯のようなものであったなら、ボンヘッファーのように、イエス様を思い起こしましょう。
    イエス様は、私たちを愛するために父からの杯を受けられました。
    イエス様のように、祈りによって父なる神様に明け渡し、御心に生きることへ、勇気を持って踏み出していきましょう。
    主はいつも私たちと共に生きて、御力によって、また主の天使によって、私たちを守り導いてくださいます。
    また主の家族が、互いに支え合います。
    「父よ、御心なら、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの願いではなく、御心のままに行ってください。」
     すると、天使が天から現れて、イエスを力づけた。  (ルカ 22:42-43)

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