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私が高校の時、当時国語の先生が、旧地名というのは、先人がこの場所はこういう場所だから、気をつけなさいと教えてくれてる大切なメッセージだから、家を建てる際は、必ず旧地名を調べた方がいいと教えてくれました。20年前の話ですが今でも覚えています。
私も話します!同じような先生がいることも嬉しいのですが、これぞ「知の伝達」!!他にも山にある神社で「さんずい」が入ってる場所は、そこまで津波が来る可能性がある。とか。家を建てる時はなお、古地図も見てみるといいよ。とか。今は科学に頼り切ってるから、古来の知恵が蔑ろにされがちだけど、自分の身は自分で守らねばならないから、「知って警戒する」って必要かなと思いますね。
やべえよ!そんな事一切考えずに住んでいたあああ!
売りたい側には隠したい事実。
後は高度成長期より前の地図を確認しようというのも。如何に池や沼が埋め立てられて住宅地が作られてるかって分かるから。工場建てる場所とかは過去の災害状況メチャ調べてるよね
日本がダメになったのは何も🇺🇸のGHQ教育だけでは無い。「平成生まれは~。」とか言ってる大人が多いけど、日本を拝金主義、学歴社会にしたのは、昭和世代現に今生きてたら80歳の人が言うには「戦時中の学生世代が大人達に騙された!」と言って伝統的な物を全否定したらしい。
14:49 神社じゃないけど、高校の地学の先生が「都心で一番安全な場所は皇居。」って言ってたな。
私もそう聞いたことがあります。
バカな先生
@@yukirosello8467江戸城(現、皇居)は太田道灌(おおたどうかん)が災害等を考慮してこの場所に決めたらしい。と記憶があります。
@@ブンブン-y7n ブンブンさん、はじめまして。昔の人達は不思議な方法で安全な土地を「当時の科学」で選別していたのだと思います。私はローマ人の遺跡の近くに住んでおりますので、いつもそう感じます。スペイン人より失礼致します。
ほんと、ここに出てきた地名の通りですよね。災害時のハザードマップと照らし合わせてみるとすごくよくわかり、少し前に首都圏で大雨洪水があった時にも本当にその地名の場所だけが浸水していて大洪水でした。
何処ですか❓
地名によっては問題が少ない物もありますね。台とか丘は新興住宅地なら要チェックかもしれませんし、広い台地なら傾斜地付近以外は問題は少ないと思います。光が丘は駅近くが浸水の可能性はありますし、地盤が良くない所もあります。(東日本大震災で軽微ですが建物に被害はありました)桜台は台より桜【サ(狭)とクラ(刳)】のほうが地形的に問題あるかもしれませんね。
沼がつく地名は昔、湿地帯とか埋立地で地盤が緩いとは聞いてましたが、他にも意味のある地名があるんですね、勉強になりました。
韮とかも湿地帯で水はけが悪いから、臭うのが由来らしい。(猿と柿は、地滑りが起きやすい場所)
武蔵小杉のタワマン辺りの交差点は市ノ坪と言います。
河川工事の影響で川の流れる場所が移動して、水害が起こりづらくなった土地もありますね。
現在の江戸川・中川あたりが流路だった利根川を、霞ヶ浦下流で合流する流路へ付け替えた江戸時代の工事は、江戸の洪水被害軽減のためだったかな。現在の生駒山系の西側を北へ、現在の寝屋川辺りを流れていた大和川を、藤井寺市から西へ掘り抜いて付け替えた江戸時代の工事は、大阪城の東や北の洪水被害軽減のためだったかな。
注文住宅の営業ですが、土地探しからはじめられるお客様に対し移動中の雑談で地名の由来などをお話しすると興味を持たれるお客様の多いこと!こういう地名はお勧めできる、できないなどをしているうちに人間関係が深まり契約に至るケースは多いですネ❤
大昔からある寺社は良い場所に建てられてるといつも思います。昔の人は良くわかっている。ちょっと高台で地盤のしっかりした場所です。新興住宅地はまず危険な場所で、昨今の水害などに遭ってますね、仙台の中心地もかなり内陸で昔の人はわかっていたんだろう。
逆に札幌は本州の人間が適当な場所に作ったから雪が酷い。本来なら苫小牧とかに道庁を置くべきだった
確かに思い返すと近所にある神社全部高台にある!
先人が危険だからって地名表記したのに不動産屋や自治体が隠して変えたのが原因。
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@@水森-c4dインプゾンビ?
でも知ってる人は その土地を買わない。だから割安…だから結局 売れるw
でも土腐とか餓鬼塚とかの地名、住みたいか?それこそyoutuberやらが興味本位で来そうだし、縁起の良い名前では無いから、そこに住んでいる人に対する差別意識も生まれそう
「ゴジラ×メガギラス」で渋谷の街が水没するシーンあるけど、そういう立地の事も踏まえた設定だったのかね。
自分もそう思っていたのですが、渋谷は地形の名前ではなく渋谷氏という一族が移住して住み着いたので渋谷となったようです。
亀有や柴又のある葛飾区は昭和22年のカスリーン台風で水没してますね。このときは江戸川、中川が氾濫して葛飾区全域、足立区東側、江戸川区の大半が水没してるんだけど、このあと荒川水系、利根川水系の治水がすすみ、ダムや堤防の整備が整ってからは大きな水害はおきていない。八ッ場ダムは平成元年台風19号で完成早々早速活躍したし、首都圏外郭放水路なんていう地下宮殿のような施設は普段は特撮作品のロケなんかにも使われたり翔んで埼玉の映画にもでてきたけど、ここに中川をはじめとする中小河川から溢れる水をあつめて江戸川に迂回させるっていうすんごい施設なんかできて、ずっと大災害にはなっていないのです。しかしこのあたりの旧家はいまだに避難用の船を持ってるとこもあるよ。
津田沼のように合成地名かつ、代表的な場所が変わってしまった場所もある。谷津、久々田、鷺沼を合成して津田沼に、その津田沼の端っこの台地の上、船橋市前原との境目に今のJRの駅が出来て「津田沼」と言えばそちらを指し示すようになった。津田沼の元々の中心地は京成津田沼側、低地なので確かに水に関する災害はありそうな場所だが、台地の上のJR津田沼駅前で水害に遭うことはまず考えにくい。元々の地名が何処を指し示してたか、合成地名などにも気を付けないと判断間違える。
確かに千葉の場合は地名の範囲が広域で、後に中心部が駅の出来た場所に移動する例がありますね千葉市の都賀(広域名)の場合は元々作草部の辺りが中心部でしたが、都賀駅が出来てからは駅周辺を指すようになったようです作草部には名残として学校名に都賀が残っていますね
東京都の国立市も合成された地名ですね。
実家がまさに「〇台」のニュータウンです。東日本大震災で地盤が弱い家が何件かあり、傾いて全壊でした。今は更地になっているところがありますね。当たっています。
人の住める(住んでも良い)場所というのは本当に少ないなと改めて感じる。
住居表示よりも登記地番がわかりやすい。住居表示は○○何町目だが、登記簿で調べると悪土と在り、さらに調べると地下は泥炭層でした。建物は自然沈下必須。コンクリートパイル補強工事必要です。法務局で登記簿謄本の所調査必要です。
恐れ入りますが少し詳しく教えてくださいませ。
ご自宅の゙権利書の中に土地登記簿謄本の写しが在り確認できます。他の土地の場合、法務局で登記簿謄本と公図の゙閲覧で確認できます。そこで必要なのが地番。住居表示とは違います。明治から精度の無い測量で境界ぎめの゙ため図面化したものが公図です。地番不明の゙場合、住宅地図と比較して公図上の゙場所のあたりをつけ、その後登記簿謄本閲覧の゙申請です。時間がかかります。土地の゙購入の゙場合、不動産屋さんに請求で良いです。重要物件説明書に添付されるのが標準です。参考ですが、自自体によって宅地の゙造成履歴が公開されています。切土盛土の確認ができます。自自体のホームページです。ご確認下さい。
以前は東京都葛飾区に住んでいましたが、床上浸水の被害に有った為に現在の住所に引っ越しました。葛飾区では道路の方が住宅の敷地より高い時期が長く続きました。更に水元公園周辺は大雨等で水が溢れ易く、水田を埋め立てて住宅を建てた場所も多く有り、地盤沈下で更に低く成っていました。現在の葛飾区は一見して綺麗な街並みに成りましたが、地面を掘れば簡単に水が湧いて来る事は昔と同じです。皮肉な事に父親の実家は宮城県女川町でした。小学校4年生の夏休みに行ったきりでしたが、東日本大震災で津波に呑み込まれて仕舞いました。実家は女川町から岬を1つ超えた場所でしたが僅かな堤防と海に面した場所に家が集中していましたから、ひとたまりも無かった筈です。住む場所だけは、便利差だけに囚われず安心して住める場所を選んで下さい。地震や水害は忘れた頃に必ず襲って来ます。油断しないで下さい。
津波がくれば流されることがわかっている土地は国が家を建てることを規制するべきと思います。買う時は安くて綺麗な新築ゆえ、買いたい人も当然いるのでしょう。買う側も不注意かも知れませんが、規制をかけない国にも問題があると感じます。
@@ポピー-k9e 国が規制をかけるべき・・・ではその土地を国が持ち主から買い取る費用はどなたが負担するのでしょう?
私は葛飾区鎌倉町を知っているが、葛飾区の蛇行した河川は過去に大水害を繰返した証拠です。葛飾区は東に大きく蛇行した江戸川、中央を激しく蛇行した中川が流れる、激しい水害に苦しんだ土地です。水元公園と周辺は、幾度も河川が場所を変更し、一度も川底にならなかった場所は皆無です。
それが正しく油断だろ🫵🫵🫵🫵🫵🫵🫵🫵🫵🫵🫵🫵🫵🫵🫵
@@ズンベさん 返信誠に有り難う御座います。祖父や母親から散々昔話を聞かされていましたが、貧乏でしたから中々新居を確保する事が出来ませんでした。自分自身が働き初めて漸く住宅ローンが組めたので、現在の住所に移転する事が出来ました。葛飾区は古くはキャサリン台風で利根川が決壊した時に母親は屋根に退避し、祖父が舟で水や食料品を運んでいました。其の名残りは下流域の妙典周辺の古い御宅の中に舟が保管されている事でも判ります。江戸川が蛇行しているのは、湿地帯を繋げて河川とした影響です。昔は頻繁に氾濫が起きたそうです。現在は何とか凌いでいますが、スーパー台風が直撃すれば判りません。何事にも備えが必要ですが、江戸川が決壊すれば大変な事態に陥ります。
横浜は大規模盛り土マップで調べるとビビル 規制が緩い時代に産廃で埋めた土地が多く 将来的にどうなるかと注視してます 道路の陥没や異臭騒ぎとかも関係してるのかなと個人的には考えてます
今は結構旧地名が廃絶されているから注意が必用ですね、川も暗きょ等で隠されている場合多いし、豪雨とかあったらトイレとか逆流しそう🥶
港北ニュータウンに30年近く住んでいるけど、不動産屋と話をしていたら地盤の緩い地域があるらしく教えてくれた。その中で安全な区域は公共施設が集まる場所らしい。確かに救急病院・消防署・警察署・郵便局・区役所が集まってるもんなぁ。
センター南ですね、隣のセンター北との間の川沿いなんかはどうなんでしょうか。青葉区の市ヶ尾は官公庁が集まってますが川が近いですね。
@@N--jv3go
私は空挺団の近くに住んでます。軍隊のある場所も地盤は強いですよ。
「鶴」「都留」も水流を意味し、川幅が狭かったり川が曲がったりして、激流になりやすいところの地名ですよね。「久保」は窪地・凹地ですし、「古賀」「古閑」は田や畑も何もない空閑地を意味し、総じて低湿地で水害に遭いやすい地名です。
当方が住む場所も『鶴』がついており、母から聞いた話だと、自宅がある辺りは、昔、川が流れていたとの事らしいです。今は河川改修などで、川の位置が変わってます。
昔の小田急線の鶴川駅付近は鶴見川が増水して普通になる事が多かったです。
@@N--jv3go 不通じゃなくて?
駅は低地に作られたことが多いです。広大な土地の所有者が自身の不要な浸水土地に駅をひかせて所有地の価値を上げるために無償提供した場合が多いと聞きました。ですから駅徒歩5分くらいがちょうど低地から高台へのポジションで安全に住まえることが多いです。駅前はよく浸水した歴史があるはずです。
愛知県刈谷市高津波町…ってあるんですけど怖い💦
台風になると駅は水没しますので近寄らないようにしてます。
@@香箱ファンクラブ昔のコメントに失礼。気になって場所見てみたら、確かに東南海等の地震があれば、三河湾に入り込んだ津波が逢妻川を遡上して高津波になりそうな場所ですね。少し南には亀城、亀崎等の地名も有るし、河川合流地域なので昔は海、川の災害が多かったのかもしれないですね
亀有はここで説明されているのとは逆で亀の甲羅のように盛り上がった土地という意味だったそうで、元は亀無と言いました。ググると詳しい説明がすぐ出てきます。
子供の頃亀有に住んでいたけど、台風が来るとすぐ浸水してた。あの辺の古い家はボートが軒先に吊るしてあるし、自分もフラットタイプの玄関や半地下の玄関の家には怖くて住めない。
下記の通り亀有で浸水なんて40年以上してませんが、おいくつなんですか?www.kensetsu.metro.tokyo.lg.jp/jigyo/river/suishin/suigai_kiroku/shisa/kushityouson/R03katushika.pdf
江東5区ハザードマップを見れば明らか。生まれ育った人は気にしないが大枚叩いて買うのは信じられない。
光が丘のところで言っていた、よくない意味をカバーするためにあえてよい意味でつけるっていうことに納得。私はちょっと名前が似てる「桜が丘」という所に子供の頃から住んでいるのですが、ここは米軍基地の跡地です。返還になった時につけられた町名らしいです。
横浜のデン◯ャ◯ス地域。寿、曙、黄金、日の出…
駒沢や駒場の地名の由来は、あのあたりに将軍のお狩場があったからではないでしょうか?落語の「目黒のサンマ」の世界ですね。近隣には、ズバリ鷹番なんて言う地名もありますし、消えてしまった地名として駒繋や駒留などもあります。地形が複雑で谷間には暗渠した川筋が多い(蛇崩川というおっかない名前の川もあります)のは確かですが、山の手であり、地盤自体はおおむね強いようです。地価がえらく高いエリアですが、川筋に住むのでなければ、都内でも、比較的安全性が高いかもしれません。
なつかしーwちょっと前まで住んでました!確かに危ないイメージはないですね
川崎の「明津」が面白い例ですよね。「あくつ」と読むんですが江戸時代は「悪津」であり、「あくつ」は川沿いの低湿地を意味するらしい。そしてこの明津は二本の川に挟まれた地域。「あえていい字を宛ててイメージをよくする」の一例かと。
埼玉の川越に 阿久津 がありました。荒川土手の内側という水害当たり前の地区でしたが、2000年代に全件退去して今は廃村になっているようですね
ここに住んでる人に聞きましたが間違えて「あきつ」と読む人が多いんだとか。
北海道の千歳がいい実例でしょう。しこつ、だとイメージ悪いので千歳になったと。
数年前に水浸しになった地域ですね。
地名との関連がどこまであるかはわからないですが、渋谷勤めの頃、確かに駅周りの空気が淀んでるように感じました。(渋谷の地名は渋谷氏からという説もある)人が多い、ビル街なのももちろんあるんですが、周囲を坂に囲まれ下に位置しているのが大きい。逆に地元の方が多く住む坂の上に足を運ぶと、風が通っていてそのギャップに驚きます。
渋谷は窪地なのでガスが溜まりやすいのだと思います。
悠久の宇宙の時間軸自然の脅威には人間は小さいし人生は一瞬
そうですね。当方、川崎高津に住んでた時、首都高3号線や国道246号線を車で走った事ありますが、都心方面に向かうと、下っている感じはありましたね。
高津方面から246を渋谷方面に向かうと、上りが続きますね。新二子橋から瀬田に向けて上り、用賀から新町に向けて上りでそのあとはしばらく平坦です。池尻大橋駅の先が大坂の上り。このように上りが続きます。神泉の交差点下のアンダーパスを抜けてから渋谷駅前までが下り坂ですね。
自分は東京で生まれ育ちましたが渋谷には数えるほどしか行ったことがありません。コメ主さんと同じで駅の周辺が淀んでいるような感じがして気持ち悪いのです。あの街が栄えるのが不思議です。
引っ越す前に知れて良かった 参考にさせて頂きます!
「駒」は馬の売買してた所っすな馬を歩かせたり走らせたりする平地な場所が多く、川に近い場所だと水害の危険もあったんだろうね
ずっと台東区に住んでたけど子供生まれて練馬区に土地買って家建てました。地形的に土砂崩れ、津波が絶対起きない。ガチガチの地盤で地震にも強い、あと家の柱もダンパー付けて免震建築にしました。
岡山県倉敷市在住です倉が悪いと言われてますが、倉敷には沖・沖新町・浜ノ茶屋・浜町・粒江・水江・笹沖・浦田・竜の口・広江・早沖・中洲・小瀬戸など小字まで入れると数え切れないほどの水に因んだ地名だらけです。干拓して作った農地も多く、福田・新田・西中新田などもあります。
倉敷は蔵屋敷が由来だから
@@yuei8360 そうなんですが、実際のところは水害・軟弱地盤・液状化の危険が高い大字・小字だらけなので、倉が付こうが付かまいが、危険な地区だらけなのではないかと思われます。ちなみに、2018 年に浸水被害に遭った真備は上記の地区とは別地域です。
光が丘は成増陸軍飛行場→グラントハイツ→光が丘と地名を変更しています。光が丘の長い直線道路は戦時中の飛行場の滑走路をそのまま現場も使用しています。
これは東京都練馬区の「光が丘」ですね。終戦後に旧日本軍用地を接収して米軍用住宅になっていた時代が「グラントハイツ」で、日本に返還された際に付け直された地名が「光が丘」。基本的に台地ですが、一画に田柄川(今は暗渠)の源流の湧水があったはず。
わかるわかる。
龍や’蛇は水神として祭られることが多いですが、川のうねって流れるさまが蛇や龍に似ているからという話を聞いたことがあります。素戔嗚尊のオロチ退治は水害の多い川に防災工事をしたことの比喩だそうですね。
斐伊川は暴れ川ですからね。昔は日本海に流れていましたが、今は宍道湖に流れています。おかげで松江市はよく水没しています。
駒ヶ根は山の雪型からくる駒ヶ岳から命名されたはずなので水害とは直接の関係は無いはずです。ただ、天竜川を始め川が多くて昔は水害が多かったのは間違いないですが。
私の出身地は倉が付きますが、ある時は洪水、ある時は土砂崩れ....と雨に弱いですね。
亀戸には水神がありますね。なるほどと思いました。倉といえば谷川岳の一の倉沢を思い出します。倉の意味に納得です。
亀戸は元々「亀島」という島にあった井戸から亀井戸、転じて亀戸となったとか。(亀戸駅に置いてたパンフに書いてた)亀戸(江東区)の北の墨田区、その形からバレバレだけど典型的な扇状地。向島は江戸時代に今の浅草橋の辺りから見たら、大川(隅田川)の「向こうにある島」から向島と呼ばれたからだし、曳舟の辺りの地名は墨田区京島。隅田川と中川の扇状地がまだ海だった頃、堆積した土が不完全でちょこちょこあちらこちらに島があった証拠ですね。
谷川岳と言えば土合なんかはもろに、そんな感じですね。
@@あきぼん-s4s亀島、向島、京島、寺島、柳島、大島、島だらけですな
台湾も似た地名の付け方があったが、現在は使わなくなった。ただ親からどこが沙地、沼地、活断層を教えてくれました。
渋谷駅なんてまさに、どこから行っても坂を下る「谷」ですよね。ほんの15年くらい前までも滝のようなにわか雨が降ると、駅前のマンホールから水が湧き出したりしてました。
渋谷の再開発は下水道整備も含まれてます。渋谷駅は本当に谷底にあるらしいです。京王井の頭線が渋谷を出て直ぐトンネルに入るのは山越えです。東横線の代官山も同様です。
しかも中心部に川が流れている。
渋谷~世田谷辺りに渋谷、駒沢、深沢、奥沢、碑文谷とかの地名がありますが、昔は大変だったのかも知れませんね?寺社仏閣は避難場所に適してるってのは覚えておいた方がよさそうですね?
世田谷の目黒川・吞川流域は「世田谷七沢八八幡」と云われています。 駒沢、深沢、奥沢はこれら「七沢」に含まれます。 そして「七つの沢」が作る谷地の傍の台地には「八つ(以上)の八幡さま」が祀られています。 昔から谷地が水害の際には八幡さまが一次避難場所だったのでしょうね。
以前北沢に住んでたとき、大雨の時巨大な水たまりができて大変でした
自由が丘とかおしゃれな街だけど、昔は水害が多かったとか。言われてみれば回りに沢とつく地域が多い。
目黒区世田谷区大田区の呑川流域近辺でいけば、沢・川系→駒沢・深沢・奥沢・東玉川(これは多摩川が由来の行政チックな名前か)・雪谷丘・山・台系→東が丘・自由ヶ丘・尾山台・緑ヶ丘・大岡山・石川台といった具合に地図で見るとちょっと興味深いところになってる。ざっくり、丘系の地名の間に呑川水流の沢系の地名が位置してる感じ。
蛇崩川なんてあるしねえ……
小名浜って字は違うけど読みはバッチリ当て嵌まってますね…太平洋沿岸は大津波が来る場所なんだと改めて認識しました。亀戸や亀有なんかも思い切り江戸川や荒川の近隣にある地域だし間違いなしですね。
昔亀有に住んでいました。なんという川か知らないけど、もっと小さい川もありましたよ。亀有は古くは亀梨という地名だったのが、江戸時代、「亀のような縁起のよいものがないというのは縁起が悪い」として亀有という地名に変えられたのだとか。
なのに、そんな所に原発作った電力会社はアホかと思うね。
小名浜に来た津波は大きくはなかったです。港の近辺は水に浸かりましたが、市街地のほとんどは無事でした。
原作の東方リスペクトがちゃんとあるゆっくりでいいねw
私が今住んでいる所も倉が付いています😲同じく倉が付いている町が隣り合わせにあるが、合流地点のような感じで結構深い谷と川のなれの果てなるものがあり、私は裕福で倉が沢山建っていたからと思っていたのですが、急な崖がある地域とは知らずびっくりしました😲住んでいるところは安全なところですが知ってみると確かにそうだなと思います😲はっきりと崖っぷちに近いところに廃寺とお墓、少し離れた所に古びたお地蔵さんがあってなんとも言えない気持ちにさせられます😥
『希望ヶ丘』『ひかりが丘』『ひばりヶ丘』『ゆめが丘』『つつじヶ丘』『美しが丘』『桜が丘』なんていう『キラキラした丘地名』は土地古来の地名ではなく、(多くは)開発された住宅地に新しくつけられた地名。
どういうワケか、優しいイメージにしたくて "ひらがな" が使われてる。この頃から女性が家庭の財布を管理する傾向が見られており、平仮名は最高のエサw
自由が丘もかなぁ?
T急沿線やT急不動産が開発した場所は、新興地名の宝庫ですね。
広島市の土砂崩れも地名通りの被害が出ましたね近所でも竜田川&生駒でゲリラ豪雨による水害が出ました京都府の祝園の旧地名の屠り園だけが災害以外の名称変更で有名です
宅地造成したところは、造成前の地形図を調べないと、地名だけではわからないと思う。そうでないところもきちんと過去の地形や歴史などを調べて裏を取るべきだろうと思う。
うちもヶ丘付くけど大昔からの台地で地盤頑丈洪水無縁、町全体が高台の上に形成されてるから買い物圏は意外と平坦
うやましい…何処ですか❓
まさに港北ニュータウンの「川和」に住んでたことがありますが、大雨の日に川が氾濫して人が流されたことがあります…怖い!
こわわ…
倉は山に関連して、もとは「暗い」と聞いたことがあります山の斜面で暗くなるところに気をつけたほうがいい···からとかなんとか
鹿児島市 竜ヶ水駅付近は後ろが山 前が海で後ろの山から水が来てたまに陸の孤島に。海から船で住民救いに行く感じで。わかりやすい。
JRの列車が流されたこともありましたね。
福井県民です。九頭竜川とは川が複雑に分裂し氾濫する様を9つの頭を持つ竜に例えたことが名前の由来となっています。動画にも紹介されていたダムは九頭竜ダムと呼ばれ県民の安全を守るだけなく電力源となっており、福井を支えるために欠かせない施設となっております。
山崎豊子の「金環蝕」のモデルですね!
ごめんなさい 九頭竜湖ダムといえ、真っ先に冷蔵庫に入れられ遺棄された事件が真っ先に思い出す 犯人の人相が余りにも悪くて未だに憶えてる
赤マント
旧地名で「倉」がついてるとこ住んでるけど、確かに山(丘?)ばっかりで今にも崩れそう…
地元が津波の被災地ですが、数ヶ所の神社仏閣の入り口以上津波が入らなかった例が複数ありました
昔津波の到達地点に建てた所が多いですね。後世にも伝える為。
東京都は江戸時代までさかのぼれば、家康が嫌がったほどの湿地帯で、現在の東京駅あたりまで海でした。「山の手」はまだいいのですが、「下町」は文字通り、低地。荒川放水路があるように、江戸東京の歴史は洪水との戦いの歴史です。地盤がゆるかったり、液状化しやすいのは、やむを得ない。地下の岩盤までしっかり杭を打っているマンションの3階以上に住みましょう。下町の戸建ては火災や地震、台風の面からも要注意です。
動画の内容も面白いけど、オチの付け方が優しくて綺麗。
兵庫じゃ有名な芦屋市も葦が生える低湿地だったし、吉原遊郭も葦が生そびる低湿地で悪しを吉に変えたそうな。
最初のは世田谷区の深沢が真っ先に思い浮かびました。
すっごく勉強になりました。いつもありがとう!
名前もそうだけど川があって緑豊かなのに家がそこまでなくて公園が多く馬頭観音がある所は忌み地だから住むのは止めなさいと以前勤めていた会社の上司に言われた事があります天竜川が出てきていましたが(氾濫で)ここには天竜十二神将がそれぞれいる神社があるはずなのですが神罰でもくらったのですかね?
地元には駒沢.駒留.駒繋......側には蛇崩川が通っています。
賽銭を換金する際、銀行が手数料を取るようになって、神社の生き残りは厳しくなっていってます。神社がある周辺が安全な土地の目安であるなら、何としても神社には存続してほしいところです。
広島で大雨被害にあった土地の古い名前が「蛇落地悪谷じゃらくぢあしだに、蛇が落ちる悪い谷」
光が丘と言えば、、、練馬区に同名の街が存在します。こちらは戦後 GHQにより接収(グラントハイツ)された負のイメージもありますが、特段 忌み嫌われる場所ではありません。自分の出身地が光が丘のすぐそばなのですが、、、昔は 土地を取り上げられた地主さんの「嘆き節」を よく聞かされたものですで、、、動画にもでてきたけど、、、たしかに...葛飾区って全体的に海抜が低いですよねぇ。。。😱
台風のときは大変だったらしい。
光が丘あたり、なんで地下鉄出来んか知ってるの?
鮎という漢字は、揺れるという意味の揺くに由来します。軟弱な地盤の土地で、平地では地震が発生しやすいです。
大阪の北部に鮎のつく地名があるのですが、地盤を調べたら木造2階建でもコンクリートの杭を60本打たないといけないくらい軟弱でした。周辺の建売住宅はなんの手当もしてなかったようだから今頃どうなっていることやら…
一説には愛知県の語源は、熱田神宮付近を岬にした形で「アユ地」であったからとか。
地元の老人と仲良くしていると、この手の【忌み地】は教えてくれる😋元大地主の婆ちゃんが言ってた。「農民は土地を手放さない。でも、どうしても手放すなら、日当たりが悪いか、水捌けが悪いか、墓地かだ」と。なるほど、近くには○谷、□沢ときて、最後に光ケ丘がある😅
条件の良い土地は一度手放すと、二度と戻ってきません。カネの問題じゃないのに『今売れば◯億だな!』ってニヤける親戚がいるんだよなあ。
大変勉強になりました!住んでる地域に「台」がつくのでビクビクしてしまいました。こちらの霊夢と魔理沙は仲良しでとても和みます〜
「~台」「~ヶ丘(ヶ岡)」は、無理な宅地造成が行われた可能性が有り、大規模な土砂崩れが起きる可能性が有ります。丘陵地の斜面を段々畑の様に宅地造成した場所では、見晴らしの良い端は足元の地盤が崩壊し、1段下の足元に積み上がる。家を建てる場所は、盛土が薄い各段の中央部です。 古い地形図で尾根沿いは良いが、谷沿いは盛土が厚く大規模土砂崩れが有るかも。
「梅」が「埋め」からだって知った時には文化人類学を逆切れですけど呪っちゃいましたよwでも、稲作(水耕)農民が先祖で間違いないから、今は逆に誇らしい地名ですw
千葉県柏市光ヶ丘は古戦場跡や起伏に富んだ土地で、井戸水が美味かったとか。陽は東から昇るという事で、東方面に光の文字を入れたらしい。
だから同地区内に在る 大学が綺「麗」な「沢」 という意味合いの名前が付いているのかな?
@@木原浩-l2y 道徳科学 モラロジーとか言う教えを説いていました。親の積んだ徳が子供に影響すると日本中の地域で講和を聞く集まりがありました。関連校は高知の明徳学園・瑞浪麗沢高校高校(中学校もあった)・千葉の麗沢高校などです。時代と共に教えも変革させていました。@木原浩さんの仰るような美しい名前の付け方をしたかもしれませんが、千葉が一番最初の学校かどうかジモティには分からないので、正確な答えにならず申し訳ないです。
@@io5703 千葉が先です。南柏にある全寮制の学校で昭和47年、高校1年の1・2学期だけ在学していましたw岐阜の瑞浪は私のいたころは確か分校でしたね。高知の明徳学園というのはおそらく無関係だと思います。麗沢という名前はこれまたうろ覚えですが、中国の故事が由来だったような・・・道徳教育(自称最高道徳)を売りにしていますが、私に言わせればほぼ新興宗教みたいなもんでしたよwwwただ新興宗教と違ってお布施の強要みたいのは無かったとおもいます。(両親は既に居ないので確認のしようが有りませんがw)地元が恋しくてすぐ辞めちゃったけど、学校生活そのものには嫌な思い出は一つもありませんね。50年前の話ですが結構いろんなこと覚えてます☺
@@io5703 確か明徳義塾は名前のとうり義塾ってはいってるからバリバリの右系学校だと思います。野球部なんか毎朝君が代歌ってから練習って言ってました笑
子どもの頃「沼」というところに住んでいたのですが確かに晴れの日でも至るところに水溜まりがありました湿気が酷いため引っ越したと聞いています現在はお洒落な住宅等で賑わっているのですが湿気どうですか?とお聞きしてみたいです
仙台付近の東北線に品井沼、鹿沼台、と沼が続くところがあるがどうなんでしょうか?
@@N--jv3go そちらもまたお住まいの方にお聞きしてみたいですね…
女川原発もか…以前赤坂の溜池が豪雨で水浸しになってみんな「そうだよな」と思った経緯が溜池は赤坂、霞ヶ関、六本木から見て低地になるからね
近くの山を切り開いて造ったニュータウンには😊〇〇平とか斜面が豪雨で崩れたから危ない名前かも知れない。
倉のつく地名が良くないは一概には言えないですね。特に岡山県倉敷市も「倉敷市」で倉は付きますが、その地名の由来は蔵屋敷が沢山あったからだそうです。ちなみに私は倉敷市は好きですので特に怖いとかヤバいとかは全く思ってませんよ。むしろ倉敷市は快適な都市ですよ。(笑)
地名の由来はそうだろうけど、実際数年前に倉敷も結構大規模な水害あってたから、災害がないわけではないだろうね。でも倉敷はいいところだね。朝倉は近かったけどしょっちゅう水害が起こってた。
倉敷市の水害があった場所は以前は倉敷市じゃなくて、合併で後から倉敷市になった地域ですよ。
水害のあった所、旧真備町ですね。岡山市民ですが、隣の倉敷ともに昔から災害少なくて快適なのはよく分かります。それだけに西日本豪雨はかなりショックでした。
倉敷市民です。真備は後から倉敷市になったので、当てはめていいのかどうか😅天災は少ないから、その点は住みやすいと思います。ただ、天災より、県民性人間性がよく問題視される😓
倉敷も高梁川が今の形に整備される前は支流も多くて、水害があったのも事実だし、南の方は干拓地で多少の地盤不安もあるでも正直な話、日本で全然災害が無かった地域を探す方が難しい気がするわ、山があればしっかりした土壌でも土砂崩れが起こるときは起こる先人達が災害が起きないようにいろいろ整備をしてくれてるんだから、地名云々は参考程度に考えれば十分だと思いますね
東日本大震災の時に、東北の山の中のニュータウン「〇〇台」という土地に家を建てて住んでいた知り合いの一家が、地震のため家にダメージが入り、引っ越しせざるを得ない状態になりました。ちなみに、そのニュータウンは山を切り崩し、谷の部分は埋め立てて造成したという事で、同じ町内でも地震の被害に遭っていない住宅も普通にありました。被害に遭った住宅は、どうも谷の部分を埋め立てて造った所に家を建ててしまったようです。運が悪かったと言うべきなんですかね?それから、その街にある別のニュータウンですが、地名は「〇が丘」なんですが、街の昔を知っている人の話だと、元々は谷川の所を埋め立てて造ったそうです。ですから、話をしてくれた人も、地震の時の被害が怖くてそこに住む気にはならないと言ってましたね。(昔知らずにそこの近くに住んでいましたが、周辺も坂道が多くてきつかったですし、話を聞いて納得しました。)
全国にあるのだけど、新町と言うのは、昭和とか最近になって人が住み始めた所が多そう。自分が住んでいる場所も新町で、昭和40年代に造成されたらしい。高台の端っこで自宅前は急斜面だ。
おなじ「龍」でも本郷の「龍岡(たつおか)」はそれこそゲン担ぎだったりするので、やはり当て字や押韻が関心事になるのでしょう。その点「倉」は、言うたら土砂崩れで出来てるような京都市岩倉などはさておき、家の名前に由来するパタンもあるので著しい傾向性はないのかもしれません。むしろ押韻とキラキラ地名なら開発がうまくしきれないか逆に「改良」されたところか……
稲城市の若葉台も昔は"坂浜"の一部だったみたい造語された地名の典型例だわ
若葉台の東方面に延長する小田急線や東急線エリア、港北ニュータウンも同様に大きな埋め立て地帯として括れそうな感じがします。該当エリアに長く住んでおり、今のところ災害に遭ったことはないものの、潜在リスクを考えさせられますね。
佐倉は実家が近いですが、割とよく道と田んぼが水没してます(笑)津田沼は最悪の地名だなwwwとよく笑ってました。確かに駅近い道が大雨で水没してました
葛飾区はくればわかると思うけど、電信柱に赤いテープで海抜いくつですよって書いてある。しかも渋江って施設も多いから、地名だけじゃなくて施設名でも分かるかもね。荒川が氾濫したら終わりよ
江東区は0mの所は表示がないみたいですね。
ここのれいまりどっちもなにかに執着してる様子がなくて仲良しな感じが好こです( ◜௰◝ )
家の近所に池島 (いけしま) と読む地名が有ります、昔大きな池を埋め立てて作ったらしいです。
東大阪?
名古屋だと今池や大池町がありますね(どちらもかつて池があった)。
目黒と世田谷を流れる「蛇崩川(じゃくずれがわ)」なんて、ある意味、最強ですね。
災害以外にもトさつ場や刑の執行所、シ体の捨て場とされていた場所等人が近寄らなかったであろう湿地が旧名に関係していたり、明るい地名へ変更された所には要注意ですね
サンシャイン…
芝山って昔暮らしていて元沼地でした。凄い当たるなあって思います😅
成田国際空港のすぐ南の千葉県芝山町は、帝國陸軍七三一部隊の石井四郎隊長・軍医中将の生誕地。石井は当地の豪農の息子に生まれ京都帝國大學で医学を修めた。戦後はGHQと取引(司法取引ならぬ医学データ取引)して命を長らえ、当時としては天寿を全うした。
@@xapaga1 地名と関係ないやん
@@koukipp 豆知識なっ!
坂は土にかえるで縁起悪いからとも言われてますよね
地名っていえば広島の土砂崩れで酷い被害があった所、元々の名前が凄かったな改名されてて分からなくなってたけど
「朝倉」福岡県2017年7月の九州北部豪雨、記憶に新しいこの災害。被災地域は福岡県朝倉市、東峰村、大分県日田市。 土石流などで甚大な被害。 たしかに水の災害です、朝倉。
地名「光が丘」でググって一番に出る練馬区の地域は、もともと台地の畑地ですので、災害リスクは低そうです。特攻隊の成増飛行場→米軍接収グラントハイツ、というつらい歴史を消すための地名ですかね。
練馬は地盤が固く高台なので安全と言われますね。
でも、最近はとても夏暑い。都心の高層化で東京湾からの風が上手く吹き込めないからだそうです。川は少なく畑が多いので、冷える要素も少ない。親戚が愚痴を申しております。何事も一長一短だとおもいます。
@@のんちゃんマミー 私が練馬区に住んでいた93年~2005年でも、練馬区だけやたら暑いということがありました。
光が丘の一角に、田柄川(今は暗渠)の源流となる湧水があったと思います。田柄川沿いの谷筋が石神井川へと続き、その合流点の付近は大雨が降ると洪水になったと想像。合流点付近には縄文遺跡(栗原遺跡)もあるので、縄文時代には海辺だったと想像できます。
光が丘の開発から逃れたすぐ傍に創建1000年近くになる小さな神社が今もあるので、災害が少ない場所とわかります。光が丘とつけたのはやはり戦中戦後の歴史を消すためかもしれませんね。
いつも楽しみに拝見しています。私は共通一次試験世代で、地理と地学を選択しましたが、地学を教える教師は絶滅してしまうのですかね。
地名は小から始まって大に至る、危険な地名であっても危険な個所はその地域の一部であったり、もともとの由来の場所と現在の地名の場所がずれてしまっているなんてこともあり得るので注意です。恩田は隠田、隠し田もしくは何かの理由で免税になった田あたりが由来かなとも思えます。
東京23区東部在住だけど危ない地名が至る所にある。区は洪水対策を徹底しているらしくまだ自分は幸い浸水被害にはあっていない。数年前の関東直撃の台風の時の荒川は少し危なかったらしい。大幅に増水した荒川を見た時は怖かった
南の多摩川でも危険だったところがある、地名は沼部であの武蔵小杉の対岸です。
@@N--jv3go 地名が物語ってますね。確か多摩川の元流路になるんでしょうか。川が氾濫したら水が停滞してしまいそうです
寧ろ一般的なイメージに反して、水害関連の警報が多いのは23区西側だよ。この前の台風でも、東側は何も無かったけど目黒川では警報出た。他にも、5年くらい前の台風で江戸川区より先に世田谷区が沈んだ実績がある。なぜなら、荒川は治水工事を徹底してるのに対して、目黒川や多摩川は大した対策をしてないから
@@mantanwa 確か世田谷区の二子玉川周辺が浸水していましたね。目黒川も神田川のように非常時に水を溜める施設が充実していれば安心出来ますね
御成がつく地名が名古屋市北区(御成通○丁目)がありますが、だいぶ内陸で津波はなさそうですが…あっ庄内川か(大曽根などの地名も近所にある)
堤とつく地名も注意。これも川関係で、台風の際に甚大な被害が出たよ
かつて関東は海の底だった。このまま元にもどるなら、当時海じゃなかったところに、できるなら引越しした方がいいのかもね😅
縁起でもない名前だからって、キラキラしい名前に変えて過去の教訓を消し去ってるじゃん。古い名前も併記しておいてほしいね。。。大事な危険信号なのに
とっても大切なコトを解り易くお教え頂きましてありがとうございます❢👍💮
広島の土砂崩れが起きた八木地区も、昔は「蛇落地悪谷」とか言うとんでもない名前だったり津波被害にあったいわきの勿来地区はそのまま「来ることなかれ」だし
知人が言っていたんだが、実際の街の雰囲気に分不相応な神々しい名前や綺麗な名前が付いてる所はヤバいらしい。大阪で言えば『大日』『恵比寿町』『大国町』『弁天町』『大正区』『花園町』『桃谷』…etc.
その点で東京の恵比寿(渋谷区恵比寿)は昔ヱビスビールの工場があって、駅名が惠比壽に成り、地名も恵比寿に成ったというだけだから大丈夫なのだろう。尤も工場跡地はあまり良くないが。
桃谷の由来は単純だよ。まあ知らないか
エビスというのは漂着物によって生活していた人を愛でるための名称です。砂やシルト(泥に近い砂)の堆積した砂州や砂嘴に形成された住居の跡が多いです。住民が漂着民、漂流民であったことも多かったでしょう。毛色のことなる人の総称ともなったのか東の蛮族である「夷」北の蛮族である「戎」について訓を「えびす」と当ててから蝦夷をもエビスと呼び混同しだしたようですね。恵比寿神社は各地の海岸に置かれました。大阪の恵比寿神社も昔は漂流民がいつでも寄って良い場所で東側には無宿人の滞在できる場所が有りました。市営住宅から電気街、バイク屋さんのメッカがある辺りです。桃谷は大陸からの人が居住し桃を植えたというのが由来と聞いていますね、桃谷と脳病院があった桃山です。細工谷や玉造、猪飼野、鶴橋とも繋がる地名です。猪飼野(いかいの)とは異界のでは有りません。豚が放たれた場所という意味合いです。列挙した地域には一部に湿気た場所があり肺病が多いです。大阪は肺疾患の多い街なので居住時はお気をつけ下さい。猫間川筋に住んでいる知人二人をどちらも肺がんで失いました。
黄金町、福富町、寿町、とかおめでた過ぎてて😰あ、「平」のつく地名もまだ漢字が入っていない時代、ピラて音が崩れを意味していて後から音に合わせて平の字を当てたと聞いたことがある
弁天町とか大国町とか本当にそこに弁財天や大国主神社があるんだからしかたないと思いますが。
我が家がある土地は駒が付くし、近くに倉や谷が付く土地がありますね…事実、昔は水害が多かったようですし、急勾配な坂や小高い丘は多いですね。今ほぼ住宅ですけど。まぁ駒は「馬も牛もいなかった貧乏地域だが、集落にある小高い丘の形が馬の背のよう」と半ば家畜への憧れから付いてると聞きましたが、本当のところは分かりません……笑
和歌山の結構な山奥に相ノ浦という地名がある。海から遠く離れた場所に"浦"の字を当てた理由はなんだろうか?元々は恨か怨で過去に忌み事でもあったのかな。
全くの推測だけど、「~の裏」からでは?
「高野山(金剛峯寺)の裏」では?
高松市の亀阜って場所は昔、ばーが池と呼ばれていて町全体が水に浸かり、お婆ちゃん妊娠中に腰まで水が来て流産した。
2014年8月19日広島市安佐南区八木3丁目辺りで土石流が発生し多くの人が犠牲になりました。八木地区がかつて「八木蛇落地悪谷(やぎじゃらくじあしだに)」と呼ばれていたことは、災害発生から約1週間後の8月26日、フジテレビの情報番組「とくダネ!」が伝えていました。自身が住むところはよく調べた方が良いですね。
私が高校の時、当時国語の先生が、旧地名というのは、先人がこの場所はこういう場所だから、気をつけなさいと教えてくれてる大切なメッセージだから、家を建てる際は、必ず旧地名を調べた方がいいと教えてくれました。20年前の話ですが今でも覚えています。
私も話します!
同じような先生がいることも嬉しいのですが、これぞ「知の伝達」!!
他にも
山にある神社で「さんずい」が入ってる場所は、そこまで津波が来る可能性がある。
とか。
家を建てる時はなお、古地図も見てみるといいよ。
とか。
今は科学に頼り切ってるから、古来の知恵が蔑ろにされがちだけど、自分の身は自分で守らねばならないから、「知って警戒する」って必要かなと思いますね。
やべえよ!そんな事一切考えずに住んでいたあああ!
売りたい側には隠したい事実。
後は高度成長期より前の地図を確認しようというのも。如何に池や沼が埋め立てられて住宅地が作られてるかって分かるから。
工場建てる場所とかは過去の災害状況メチャ調べてるよね
日本がダメになったのは何も🇺🇸のGHQ教育だけでは無い。
「平成生まれは~。」とか言ってる大人が多いけど、日本を拝金主義、学歴社会にしたのは、昭和世代
現に今生きてたら80歳の人が言うには「戦時中の学生世代が大人達に騙された!」と言って伝統的な物を全否定したらしい。
14:49 神社じゃないけど、高校の地学の先生が「都心で一番安全な場所は皇居。」って言ってたな。
私もそう聞いたことがあります。
バカな先生
@@yukirosello8467
江戸城(現、皇居)は太田道灌(おおたどうかん)が災害等を考慮してこの場所に決めたらしい。と記憶があります。
@@ブンブン-y7n ブンブンさん、はじめまして。昔の人達は不思議な方法で安全な土地を「当時の科学」で選別していたのだと思います。私はローマ人の遺跡の近くに住んでおりますので、いつもそう感じます。スペイン人より失礼致します。
ほんと、ここに出てきた地名の通りですよね。
災害時のハザードマップと照らし合わせてみるとすごくよくわかり、少し前に首都圏で大雨洪水があった時にも本当にその地名の場所だけが浸水していて大洪水でした。
何処ですか❓
地名によっては問題が少ない物もありますね。
台とか丘は新興住宅地なら要チェックかもしれませんし、広い台地なら傾斜地付近以外は問題は少ないと思います。
光が丘は駅近くが浸水の可能性はありますし、地盤が良くない所もあります。(東日本大震災で軽微ですが建物に被害はありました)
桜台は台より桜【サ(狭)とクラ(刳)】のほうが地形的に問題あるかもしれませんね。
沼がつく地名は昔、湿地帯とか埋立地で地盤が緩いとは聞いてましたが、
他にも意味のある地名があるんですね、勉強になりました。
韮とかも湿地帯で水はけが悪いから、臭うのが由来らしい。
(猿と柿は、地滑りが起きやすい場所)
武蔵小杉のタワマン辺りの交差点は市ノ坪と言います。
河川工事の影響で川の流れる場所が移動して、水害が起こりづらくなった土地もありますね。
現在の江戸川・中川あたりが流路だった利根川を、霞ヶ浦下流で合流する流路へ付け替えた江戸時代の工事は、江戸の洪水被害軽減のためだったかな。
現在の生駒山系の西側を北へ、現在の寝屋川辺りを流れていた大和川を、藤井寺市から西へ掘り抜いて付け替えた江戸時代の工事は、大阪城の東や北の洪水被害軽減のためだったかな。
注文住宅の営業ですが、土地探しからはじめられるお客様に対し移動中の雑談で地名の由来などをお話しすると興味を持たれるお客様の多いこと!こういう地名はお勧めできる、できないなどをしているうちに人間関係が深まり契約に至るケースは多いですネ❤
大昔からある寺社は良い場所に建てられてるといつも思います。昔の人は良くわかっている。ちょっと高台で地盤のしっかりした場所です。新興住宅地はまず危険な場所で、昨今の水害などに遭ってますね、仙台の中心地もかなり内陸で昔の人はわかっていたんだろう。
逆に札幌は本州の人間が適当な場所に作ったから雪が酷い。
本来なら苫小牧とかに道庁を置くべきだった
確かに思い返すと近所にある神社全部高台にある!
先人が危険だからって地名表記したのに不動産屋や自治体が隠して変えたのが原因。
🤑🤑🤑🤑🤑🤑🤑🤑🤑🤑🤑🤑
@@水森-c4d
インプゾンビ?
でも知ってる人は その土地を買わない。だから割安…だから結局 売れるw
でも土腐とか餓鬼塚とかの地名、住みたいか?それこそyoutuberやらが興味本位で来そうだし、縁起の良い名前では無いから、そこに住んでいる人に対する差別意識も生まれそう
「ゴジラ×メガギラス」で渋谷の街が水没するシーンあるけど、そういう立地の事も踏まえた設定だったのかね。
自分もそう思っていたのですが、渋谷は地形の名前ではなく渋谷氏という一族が移住して住み着いたので渋谷となったようです。
亀有や柴又のある葛飾区は昭和22年のカスリーン台風で水没してますね。
このときは江戸川、中川が氾濫して葛飾区全域、足立区東側、江戸川区の大半が水没してるんだけど、このあと荒川水系、利根川水系の治水がすすみ、ダムや堤防の整備が整ってからは大きな水害はおきていない。八ッ場ダムは平成元年台風19号で完成早々早速活躍したし、首都圏外郭放水路なんていう地下宮殿のような施設は普段は特撮作品のロケなんかにも使われたり翔んで埼玉の映画にもでてきたけど、ここに中川をはじめとする中小河川から溢れる水をあつめて江戸川に迂回させるっていうすんごい施設なんかできて、ずっと大災害にはなっていないのです。
しかしこのあたりの旧家はいまだに避難用の船を持ってるとこもあるよ。
津田沼のように合成地名かつ、代表的な場所が変わってしまった場所もある。
谷津、久々田、鷺沼を合成して津田沼に、
その津田沼の端っこの台地の上、船橋市前原との境目に今のJRの駅が出来て「津田沼」と言えばそちらを指し示すようになった。
津田沼の元々の中心地は京成津田沼側、低地なので確かに水に関する災害はありそうな場所だが、台地の上のJR津田沼駅前で水害に遭うことはまず考えにくい。
元々の地名が何処を指し示してたか、合成地名などにも気を付けないと判断間違える。
確かに千葉の場合は地名の範囲が広域で、後に中心部が駅の出来た場所に移動する例がありますね
千葉市の都賀(広域名)の場合は元々作草部の辺りが中心部でしたが、都賀駅が出来てからは駅周辺を指すようになったようです
作草部には名残として学校名に都賀が残っていますね
東京都の国立市も合成された地名ですね。
実家がまさに「〇台」のニュータウンです。東日本大震災で地盤が弱い家が何件かあり、傾いて全壊でした。今は更地になっているところがありますね。当たっています。
人の住める(住んでも良い)場所というのは本当に少ないなと改めて感じる。
住居表示よりも登記地番がわかりやすい。住居表示は○○何町目だが、登記簿で調べると悪土と在り、さらに調べると地下は泥炭層でした。建物は自然沈下必須。コンクリートパイル補強工事必要です。法務局で登記簿謄本の所調査必要です。
恐れ入りますが少し詳しく教えてくださいませ。
ご自宅の゙権利書の中に土地登記簿謄本の写しが在り確認できます。他の土地の場合、法務局で登記簿謄本と公図の゙閲覧で確認できます。そこで必要なのが地番。住居表示とは違います。明治から精度の無い測量で境界ぎめの゙ため図面化したものが公図です。地番不明の゙場合、住宅地図と比較して公図上の゙場所のあたりをつけ、その後登記簿謄本閲覧の゙申請です。時間がかかります。土地の゙購入の゙場合、不動産屋さんに請求で良いです。重要物件説明書に添付されるのが標準です。参考ですが、自自体によって宅地の゙造成履歴が公開されています。切土盛土の確認ができます。自自体のホームページです。ご確認下さい。
以前は東京都葛飾区に住んでいましたが、床上浸水の被害に有った為に現在の住所に引っ越しました。葛飾区では道路の方が住宅の敷地より高い時期が長く続きました。更に水元公園周辺は大雨等で水が溢れ易く、水田を埋め立てて住宅を建てた場所も多く有り、地盤沈下で更に低く成っていました。現在の葛飾区は一見して綺麗な街並みに成りましたが、地面を掘れば簡単に水が湧いて来る事は昔と同じです。皮肉な事に父親の実家は宮城県女川町でした。小学校4年生の夏休みに行ったきりでしたが、東日本大震災で津波に呑み込まれて仕舞いました。実家は女川町から岬を1つ超えた場所でしたが僅かな堤防と海に面した場所に家が集中していましたから、ひとたまりも無かった筈です。住む場所だけは、便利差だけに囚われず安心して住める場所を選んで下さい。地震や水害は忘れた頃に必ず襲って来ます。油断しないで下さい。
津波がくれば流されることがわかっている土地は国が家を建てることを規制するべきと思います。
買う時は安くて綺麗な新築ゆえ、買いたい人も当然いるのでしょう。買う側も不注意かも知れませんが、規制をかけない国にも問題があると感じます。
@@ポピー-k9e 国が規制をかけるべき・・・ではその土地を国が持ち主から買い取る費用はどなたが負担するのでしょう?
私は葛飾区鎌倉町を知っているが、葛飾区の蛇行した河川は過去に大水害を繰返した証拠です。
葛飾区は東に大きく蛇行した江戸川、中央を激しく蛇行した中川が流れる、激しい水害に苦しんだ土地です。
水元公園と周辺は、幾度も河川が場所を変更し、一度も川底にならなかった場所は皆無です。
それが正しく油断だろ🫵🫵🫵🫵🫵🫵🫵🫵🫵🫵🫵🫵🫵🫵🫵
@@ズンベさん 返信誠に有り難う御座います。祖父や母親から散々昔話を聞かされていましたが、貧乏でしたから中々新居を確保する事が出来ませんでした。自分自身が働き初めて漸く住宅ローンが組めたので、現在の住所に移転する事が出来ました。葛飾区は古くはキャサリン台風で利根川が決壊した時に母親は屋根に退避し、祖父が舟で水や食料品を運んでいました。其の名残りは下流域の妙典周辺の古い御宅の中に舟が保管されている事でも判ります。江戸川が蛇行しているのは、湿地帯を繋げて河川とした影響です。昔は頻繁に氾濫が起きたそうです。現在は何とか凌いでいますが、スーパー台風が直撃すれば判りません。何事にも備えが必要ですが、江戸川が決壊すれば大変な事態に陥ります。
横浜は大規模盛り土マップで調べるとビビル 規制が緩い時代に産廃で埋めた土地が多く 将来的にどうなるかと注視してます
道路の陥没や異臭騒ぎとかも関係してるのかなと個人的には考えてます
今は結構旧地名が廃絶されているから注意が必用ですね、川も暗きょ等で隠されている場合多いし、豪雨とかあったらトイレとか逆流しそう🥶
港北ニュータウンに30年近く住んでいるけど、不動産屋と話をしていたら地盤の緩い地域があるらしく教えてくれた。
その中で安全な区域は公共施設が集まる場所らしい。確かに救急病院・消防署・警察署・郵便局・区役所が集まってるもんなぁ。
センター南ですね、隣のセンター北との間の川沿いなんかはどうなんでしょうか。青葉区の市ヶ尾は官公庁が集まってますが川が近いですね。
@@N--jv3go
私は空挺団の近くに住んでます。
軍隊のある場所も地盤は強いですよ。
「鶴」「都留」も水流を意味し、川幅が狭かったり川が曲がったりして、激流になりやすいところの地名ですよね。「久保」は窪地・凹地ですし、「古賀」「古閑」は田や畑も何もない空閑地を意味し、総じて低湿地で水害に遭いやすい地名です。
当方が住む場所も『鶴』がついており、母から聞いた話だと、自宅がある辺りは、昔、川が流れていたとの事らしいです。今は河川改修などで、川の位置が変わってます。
昔の小田急線の鶴川駅付近は鶴見川が増水して普通になる事が多かったです。
@@N--jv3go
不通じゃなくて?
駅は低地に作られたことが多いです。広大な土地の所有者が自身の不要な浸水土地に駅をひかせて所有地の価値を上げるために無償提供した場合が多いと聞きました。ですから駅徒歩5分くらいがちょうど低地から高台へのポジションで安全に住まえることが多いです。駅前はよく浸水した歴史があるはずです。
愛知県刈谷市高津波町…
ってあるんですけど
怖い💦
台風になると駅は水没しますので近寄らないようにしてます。
@@香箱ファンクラブ昔のコメントに失礼。気になって場所見てみたら、確かに東南海等の地震があれば、三河湾に入り込んだ津波が逢妻川を遡上して高津波になりそうな場所ですね。少し南には亀城、亀崎等の地名も有るし、河川合流地域なので昔は海、川の災害が多かったのかもしれないですね
亀有はここで説明されているのとは逆で亀の甲羅のように盛り上がった土地という意味だったそうで、元は亀無と言いました。
ググると詳しい説明がすぐ出てきます。
子供の頃亀有に住んでいたけど、台風が来るとすぐ浸水してた。
あの辺の古い家はボートが軒先に吊るしてあるし、自分もフラットタイプの玄関や半地下の玄関の家には怖くて住めない。
下記の通り亀有で浸水なんて40年以上してませんが、おいくつなんですか?
www.kensetsu.metro.tokyo.lg.jp/jigyo/river/suishin/suigai_kiroku/shisa/kushityouson/R03katushika.pdf
江東5区ハザードマップを見れば明らか。生まれ育った人は気にしないが大枚叩いて買うのは信じられない。
光が丘のところで言っていた、よくない意味をカバーするためにあえてよい意味でつけるっていうことに納得。
私はちょっと名前が似てる「桜が丘」という所に子供の頃から住んでいるのですが、ここは米軍基地の跡地です。返還になった時につけられた町名らしいです。
横浜のデン◯ャ◯ス地域。寿、曙、黄金、日の出…
駒沢や駒場の地名の由来は、あのあたりに将軍のお狩場があったからではないでしょうか?落語の「目黒のサンマ」の世界ですね。近隣には、ズバリ鷹番なんて言う地名もありますし、消えてしまった地名として駒繋や駒留などもあります。地形が複雑で谷間には暗渠した川筋が多い(蛇崩川というおっかない名前の川もあります)のは確かですが、山の手であり、地盤自体はおおむね強いようです。地価がえらく高いエリアですが、川筋に住むのでなければ、都内でも、比較的安全性が高いかもしれません。
なつかしーwちょっと前まで住んでました!確かに危ないイメージはないですね
川崎の「明津」が面白い例ですよね。「あくつ」と読むんですが江戸時代は「悪津」であり、「あくつ」は川沿いの低湿地を意味するらしい。
そしてこの明津は二本の川に挟まれた地域。「あえていい字を宛ててイメージをよくする」の一例かと。
埼玉の川越に 阿久津 がありました。
荒川土手の内側という水害当たり前の地区でしたが、2000年代に全件退去して今は廃村になっているようですね
ここに住んでる人に聞きましたが間違えて「あきつ」と読む人が多いんだとか。
北海道の千歳がいい実例でしょう。しこつ、だとイメージ悪いので千歳になったと。
数年前に水浸しになった地域ですね。
地名との関連がどこまであるかはわからないですが、渋谷勤めの頃、確かに駅周りの空気が淀んでるように感じました。
(渋谷の地名は渋谷氏からという説もある)
人が多い、ビル街なのももちろんあるんですが、周囲を坂に囲まれ下に位置しているのが大きい。
逆に地元の方が多く住む坂の上に足を運ぶと、風が通っていてそのギャップに驚きます。
渋谷は窪地なのでガスが溜まりやすいのだと思います。
悠久の宇宙の時間軸
自然の脅威には人間は小さいし人生は一瞬
そうですね。当方、川崎高津に住んでた時、首都高3号線や国道246号線を車で走った事ありますが、都心方面に向かうと、下っている感じはありましたね。
高津方面から246を渋谷方面に向かうと、上りが続きますね。
新二子橋から瀬田に向けて上り、用賀から新町に向けて上りでそのあとはしばらく平坦です。池尻大橋駅の先が大坂の上り。このように上りが続きます。
神泉の交差点下のアンダーパスを抜けてから渋谷駅前までが下り坂ですね。
自分は東京で生まれ育ちましたが渋谷には数えるほどしか行ったことがありません。コメ主さんと同じで駅の周辺が淀んでいるような感じがして気持ち悪いのです。あの街が栄えるのが不思議です。
引っ越す前に知れて良かった 参考にさせて頂きます!
「駒」は馬の売買してた所っすな
馬を歩かせたり走らせたりする平地な場所が多く、川に近い場所だと水害の危険もあったんだろうね
ずっと台東区に住んでたけど子供生まれて練馬区に土地買って家建てました。
地形的に土砂崩れ、津波が絶対起きない。ガチガチの地盤で地震にも強い、あと家の柱もダンパー付けて免震建築にしました。
岡山県倉敷市在住です
倉が悪いと言われてますが、倉敷には沖・沖新町・浜ノ茶屋・浜町・粒江・水江・笹沖・浦田・竜の口・広江・早沖・中洲・小瀬戸など小字まで入れると数え切れないほどの水に因んだ地名だらけです。干拓して作った農地も多く、福田・新田・西中新田などもあります。
倉敷は蔵屋敷が由来だから
@@yuei8360
そうなんですが、実際のところは水害・軟弱地盤・液状化の危険が高い大字・小字だらけなので、倉が付こうが付かまいが、危険な地区だらけなのではないかと思われます。
ちなみに、2018 年に浸水被害に遭った真備は上記の地区とは別地域です。
光が丘は成増陸軍飛行場→グラントハイツ→光が丘と地名を変更しています。
光が丘の長い直線道路は
戦時中の飛行場の滑走路をそのまま現場も使用しています。
これは東京都練馬区の「光が丘」ですね。終戦後に旧日本軍用地を接収して米軍用住宅になっていた時代が「グラントハイツ」で、日本に返還された際に付け直された地名が「光が丘」。基本的に台地ですが、一画に田柄川(今は暗渠)の源流の湧水があったはず。
わかるわかる。
龍や’蛇は水神として祭られることが多いですが、川のうねって流れるさまが蛇や龍に似ているからという話を聞いたことがあります。素戔嗚尊のオロチ退治は水害の多い川に防災工事をしたことの比喩だそうですね。
斐伊川は暴れ川ですからね。昔は日本海に流れていましたが、今は宍道湖に流れています。おかげで松江市はよく水没しています。
駒ヶ根は山の雪型からくる駒ヶ岳から命名されたはずなので水害とは直接の関係は無いはずです。
ただ、天竜川を始め川が多くて昔は水害が多かったのは間違いないですが。
私の出身地は倉が付きますが、ある時は洪水、ある時は土砂崩れ....と雨に弱いですね。
亀戸には水神がありますね。なるほどと思いました。
倉といえば谷川岳の一の倉沢を思い出します。倉の意味に納得です。
亀戸は元々「亀島」という島にあった井戸から亀井戸、転じて亀戸となったとか。(亀戸駅に置いてたパンフに書いてた)
亀戸(江東区)の北の墨田区、その形からバレバレだけど典型的な扇状地。向島は江戸時代に今の浅草橋の辺りから見たら、大川(隅田川)の「向こうにある島」から向島と呼ばれたからだし、曳舟の辺りの地名は墨田区京島。隅田川と中川の扇状地がまだ海だった頃、堆積した土が不完全でちょこちょこあちらこちらに島があった証拠ですね。
谷川岳と言えば土合なんかはもろに、そんな感じですね。
@@あきぼん-s4s亀島、向島、京島、寺島、柳島、大島、島だらけですな
台湾も似た地名の付け方があったが、現在は使わなくなった。ただ親からどこが沙地、沼地、活断層を教えてくれました。
渋谷駅なんてまさに、どこから行っても坂を下る「谷」ですよね。
ほんの15年くらい前までも滝のようなにわか雨が降ると、駅前のマンホールから水が湧き出したりしてました。
渋谷の再開発は下水道整備も含まれてます。渋谷駅は本当に谷底にあるらしいです。京王井の頭線が渋谷を出て直ぐトンネルに入るのは山越えです。東横線の代官山も同様です。
しかも中心部に川が流れている。
渋谷~世田谷辺りに
渋谷、駒沢、深沢、奥沢、碑文谷とかの地名がありますが、
昔は大変だったのかも知れませんね?
寺社仏閣は避難場所に適してるってのは覚えておいた方がよさそうですね?
世田谷の目黒川・吞川流域は「世田谷七沢八八幡」と云われています。 駒沢、深沢、奥沢はこれら「七沢」に含まれます。 そして「七つの沢」が作る谷地の傍の台地には「八つ(以上)の八幡さま」が祀られています。 昔から谷地が水害の際には八幡さまが一次避難場所だったのでしょうね。
以前北沢に住んでたとき、大雨の時巨大な水たまりができて大変でした
自由が丘とかおしゃれな街だけど、昔は水害が多かったとか。言われてみれば回りに沢とつく地域が多い。
目黒区世田谷区大田区の呑川流域近辺でいけば、
沢・川系→駒沢・深沢・奥沢・東玉川(これは多摩川が由来の行政チックな名前か)・雪谷
丘・山・台系→東が丘・自由ヶ丘・尾山台・緑ヶ丘・大岡山・石川台
といった具合に地図で見るとちょっと興味深いところになってる。
ざっくり、丘系の地名の間に呑川水流の沢系の地名が位置してる感じ。
蛇崩川なんてあるしねえ……
小名浜って字は違うけど読みはバッチリ当て嵌まってますね…
太平洋沿岸は大津波が来る場所なんだと改めて認識しました。
亀戸や亀有なんかも思い切り江戸川や荒川の近隣にある地域だし間違いなしですね。
昔亀有に住んでいました。なんという川か知らないけど、もっと小さい川もありましたよ。
亀有は古くは亀梨という地名だったのが、江戸時代、「亀のような縁起のよいものがないというのは縁起が悪い」として亀有という地名に変えられたのだとか。
なのに、そんな所に原発作った電力会社はアホかと思うね。
小名浜に来た津波は大きくはなかったです。港の近辺は水に浸かりましたが、市街地のほとんどは無事でした。
原作の東方リスペクトがちゃんとあるゆっくりでいいねw
私が今住んでいる所も倉が付いています😲
同じく倉が付いている町が隣り合わせにあるが、合流地点のような感じで結構深い谷と川のなれの果てなるものがあり、私は裕福で倉が沢山建っていたからと思っていたのですが、急な崖がある地域とは知らずびっくりしました😲
住んでいるところは安全なところですが知ってみると確かにそうだなと思います😲
はっきりと崖っぷちに近いところに廃寺とお墓、少し離れた所に古びたお地蔵さんがあってなんとも言えない気持ちにさせられます😥
『希望ヶ丘』『ひかりが丘』『ひばりヶ丘』『ゆめが丘』『つつじヶ丘』『美しが丘』『桜が丘』なんていう『キラキラした丘地名』は土地古来の地名ではなく、(多くは)開発された住宅地に新しくつけられた地名。
どういうワケか、優しいイメージにしたくて "ひらがな" が使われてる。
この頃から女性が家庭の財布を管理する傾向が見られており、平仮名は最高のエサw
自由が丘もかなぁ?
T急沿線やT急不動産が開発した場所は、新興地名の宝庫ですね。
広島市の土砂崩れも地名通りの被害が出ましたね
近所でも竜田川&生駒でゲリラ豪雨による水害が出ました
京都府の祝園の旧地名の屠り園だけが災害以外の名称変更で有名です
宅地造成したところは、造成前の地形図を調べないと、地名だけではわからないと思う。そうでないところもきちんと過去の地形や歴史などを調べて裏を取るべきだろうと思う。
うちもヶ丘付くけど大昔からの台地で地盤頑丈
洪水無縁、町全体が高台の上に形成されてるから買い物圏は意外と平坦
うやましい…何処ですか❓
まさに港北ニュータウンの「川和」に住んでたことがありますが、大雨の日に川が氾濫して人が流されたことがあります…怖い!
こわわ…
倉は山に関連して、もとは「暗い」と聞いたことがあります
山の斜面で暗くなるところに気をつけたほうがいい···からとかなんとか
鹿児島市 竜ヶ水駅付近は
後ろが山 前が海で後ろの山から
水が来てたまに陸の孤島に。
海から船で住民救いに行く感じで。
わかりやすい。
JRの列車が流されたこともありましたね。
福井県民です。
九頭竜川とは川が複雑に分裂し氾濫する様を9つの頭を持つ竜に例えたことが名前の由来となっています。
動画にも紹介されていたダムは九頭竜ダムと呼ばれ県民の安全を守るだけなく電力源となっており、福井を支えるために欠かせない施設となっております。
山崎豊子の「金環蝕」のモデルですね!
ごめんなさい 九頭竜湖ダムといえ、真っ先に冷蔵庫に入れられ遺棄された事件が真っ先に思い出す 犯人の人相が余りにも悪くて未だに憶えてる
赤マント
旧地名で「倉」がついてるとこ住んでるけど、確かに山(丘?)ばっかりで今にも崩れそう…
地元が津波の被災地ですが、数ヶ所の神社仏閣の入り口以上津波が入らなかった例が複数ありました
昔津波の到達地点に建てた所が多いですね。後世にも伝える為。
東京都は江戸時代までさかのぼれば、家康が嫌がったほどの湿地帯で、現在の東京駅あたりまで海でした。「山の手」はまだいいのですが、「下町」は文字通り、低地。荒川放水路があるように、江戸東京の歴史は洪水との戦いの歴史です。地盤がゆるかったり、液状化しやすいのは、やむを得ない。地下の岩盤までしっかり杭を打っているマンションの3階以上に住みましょう。下町の戸建ては火災や地震、台風の面からも要注意です。
動画の内容も面白いけど、オチの付け方が優しくて綺麗。
兵庫じゃ有名な芦屋市も葦が生える低湿地だったし、吉原遊郭も葦が生そびる低湿地で悪しを吉に変えたそうな。
最初のは世田谷区の深沢が真っ先に思い浮かびました。
すっごく勉強になりました。いつもありがとう!
名前もそうだけど川があって緑豊かなのに家がそこまでなくて公園が多く馬頭観音がある所は忌み地だから住むのは止めなさい
と以前勤めていた会社の上司に言われた事があります
天竜川が出てきていましたが(氾濫で)ここには天竜十二神将がそれぞれいる神社があるはずなのですが神罰でもくらったのですかね?
地元には駒沢.駒留.駒繋......側には蛇崩川が通っています。
賽銭を換金する際、銀行が手数料を取るようになって、神社の生き残りは厳しくなっていってます。神社がある周辺が安全な土地の目安であるなら、何としても神社には存続してほしいところです。
広島で大雨被害にあった土地の古い名前が「蛇落地悪谷じゃらくぢあしだに、蛇が落ちる悪い谷」
光が丘と言えば、、、練馬区に同名の街が存在します。
こちらは戦後 GHQにより接収(グラントハイツ)された負のイメージもありますが、特段 忌み嫌われる場所ではありません。
自分の出身地が光が丘のすぐそばなのですが、、、昔は 土地を取り上げられた地主さんの「嘆き節」を よく聞かされたものです
で、、、動画にもでてきたけど、、、たしかに...葛飾区って全体的に海抜が低いですよねぇ。。。😱
台風のときは大変だったらしい。
光が丘あたり、なんで地下鉄出来んか知ってるの?
鮎という漢字は、
揺れるという意味の揺くに由来します。軟弱な地盤の土地で、
平地では地震が発生しやすいです。
大阪の北部に鮎のつく地名があるのですが、地盤を調べたら木造2階建でもコンクリートの杭を60本打たないといけないくらい軟弱でした。周辺の建売住宅はなんの手当もしてなかったようだから今頃どうなっていることやら…
一説には愛知県の語源は、熱田神宮付近を岬にした形で「アユ地」であったからとか。
地元の老人と仲良くしていると、この手の【忌み地】は教えてくれる😋
元大地主の婆ちゃんが言ってた。
「農民は土地を手放さない。でも、どうしても手放すなら、日当たりが悪いか、水捌けが悪いか、墓地かだ」と。
なるほど、近くには○谷、□沢ときて、最後に光ケ丘がある😅
条件の良い土地は一度手放すと、二度と戻ってきません。カネの問題じゃないのに『今売れば◯億だな!』ってニヤける親戚がいるんだよなあ。
大変勉強になりました!住んでる地域に「台」がつくのでビクビクしてしまいました。
こちらの霊夢と魔理沙は仲良しでとても和みます〜
「~台」「~ヶ丘(ヶ岡)」は、無理な宅地造成が行われた可能性が有り、大規模な土砂崩れが起きる可能性が有ります。
丘陵地の斜面を段々畑の様に宅地造成した場所では、見晴らしの良い端は足元の地盤が崩壊し、1段下の足元に積み上がる。
家を建てる場所は、盛土が薄い各段の中央部です。 古い地形図で尾根沿いは良いが、谷沿いは盛土が厚く大規模土砂崩れが有るかも。
「梅」が「埋め」からだって知った時には文化人類学を逆切れですけど呪っちゃいましたよwでも、稲作(水耕)農民が先祖で間違いないから、今は逆に誇らしい地名ですw
千葉県柏市光ヶ丘は古戦場跡や起伏に富んだ土地で、井戸水が美味かったとか。陽は東から昇るという事で、東方面に光の文字を入れたらしい。
だから同地区内に在る 大学が
綺「麗」な「沢」 という意味合いの名前が付いているのかな?
@@木原浩-l2y 道徳科学 モラロジーとか言う教えを説いていました。親の積んだ徳が子供に影響すると日本中の地域で講和を聞く集まりがありました。関連校は高知の明徳学園・瑞浪麗沢高校高校(中学校もあった)・千葉の麗沢高校などです。時代と共に教えも変革させていました。@木原浩さんの仰るような美しい名前の付け方をしたかもしれませんが、千葉が一番最初の学校かどうかジモティには分からないので、正確な答えにならず申し訳ないです。
@@io5703
千葉が先です。南柏にある全寮制の学校で昭和47年、高校1年の1・2学期だけ在学していましたw
岐阜の瑞浪は私のいたころは確か分校でしたね。高知の明徳学園というのはおそらく無関係だと思います。
麗沢という名前はこれまたうろ覚えですが、中国の故事が由来だったような・・・
道徳教育(自称最高道徳)を売りにしていますが、私に言わせればほぼ新興宗教みたいなもんでしたよwww
ただ新興宗教と違ってお布施の強要みたいのは無かったとおもいます。(両親は既に居ないので確認のしようが有りませんがw)
地元が恋しくてすぐ辞めちゃったけど、学校生活そのものには嫌な思い出は一つもありませんね。50年前の話ですが結構いろんなこと覚えてます☺
@@io5703 確か明徳義塾は名前のとうり義塾ってはいってるからバリバリの右系学校だと思います。野球部なんか毎朝君が代歌ってから練習って言ってました笑
子どもの頃「沼」というところに住んでいたのですが確かに晴れの日でも至るところに水溜まりがありました
湿気が酷いため引っ越したと聞いています
現在はお洒落な住宅等で賑わっているのですが
湿気どうですか?とお聞きしてみたいです
仙台付近の東北線に品井沼、鹿沼台、と沼が続くところがあるがどうなんでしょうか?
@@N--jv3go そちらもまた
お住まいの方にお聞きしてみたいですね…
女川原発もか…以前赤坂の溜池が豪雨で水浸しになってみんな「そうだよな」と思った経緯が
溜池は赤坂、霞ヶ関、六本木から見て低地になるからね
近くの山を切り開いて造ったニュータウンには😊〇〇平とか斜面が豪雨で崩れたから危ない名前かも知れない。
倉のつく地名が良くないは一概には言えないですね。特に岡山県倉敷市も「倉敷市」で倉は付きますが、その地名の由来は蔵屋敷が沢山あったからだそうです。ちなみに私は倉敷市は好きですので特に怖いとかヤバいとかは全く思ってませんよ。むしろ倉敷市は快適な都市ですよ。(笑)
地名の由来はそうだろうけど、実際数年前に倉敷も結構大規模な水害あってたから、災害がないわけではないだろうね。でも倉敷はいいところだね。
朝倉は近かったけどしょっちゅう水害が起こってた。
倉敷市の水害があった場所は以前は倉敷市じゃなくて、合併で後から倉敷市になった地域ですよ。
水害のあった所、旧真備町ですね。
岡山市民ですが、隣の倉敷ともに昔から災害少なくて快適なのはよく分かります。それだけに西日本豪雨はかなりショックでした。
倉敷市民です。真備は後から倉敷市になったので、当てはめていいのかどうか😅天災は少ないから、その点は住みやすいと思います。ただ、天災より、県民性人間性がよく問題視される😓
倉敷も高梁川が今の形に整備される前は支流も多くて、水害があったのも事実だし、南の方は干拓地で多少の地盤不安もある
でも正直な話、日本で全然災害が無かった地域を探す方が難しい気がするわ、山があればしっかりした土壌でも土砂崩れが起こるときは起こる
先人達が災害が起きないようにいろいろ整備をしてくれてるんだから、地名云々は参考程度に考えれば十分だと思いますね
東日本大震災の時に、東北の山の中のニュータウン「〇〇台」という土地に家を建てて住んでいた知り合いの一家が、地震のため家にダメージが入り、引っ越しせざるを得ない状態になりました。
ちなみに、そのニュータウンは山を切り崩し、谷の部分は埋め立てて造成したという事で、同じ町内でも地震の被害に遭っていない住宅も普通にありました。被害に遭った住宅は、どうも谷の部分を埋め立てて造った所に家を建ててしまったようです。運が悪かったと言うべきなんですかね?
それから、その街にある別のニュータウンですが、地名は「〇が丘」なんですが、街の昔を知っている人の話だと、元々は谷川の所を埋め立てて造ったそうです。ですから、話をしてくれた人も、地震の時の被害が怖くてそこに住む気にはならないと言ってましたね。(昔知らずにそこの近くに住んでいましたが、周辺も坂道が多くてきつかったですし、話を聞いて納得しました。)
全国にあるのだけど、新町と言うのは、昭和とか最近になって人が住み始めた所が多そう。
自分が住んでいる場所も新町で、昭和40年代に造成されたらしい。
高台の端っこで自宅前は急斜面だ。
おなじ「龍」でも本郷の「龍岡(たつおか)」はそれこそゲン担ぎだったりするので、やはり当て字や押韻が関心事になるのでしょう。
その点「倉」は、言うたら土砂崩れで出来てるような京都市岩倉などはさておき、家の名前に由来するパタンもあるので著しい傾向性はないのかもしれません。
むしろ押韻とキラキラ地名なら開発がうまくしきれないか逆に「改良」されたところか……
稲城市の若葉台も昔は"坂浜"の一部だったみたい
造語された地名の典型例だわ
若葉台の東方面に延長する小田急線や東急線エリア、港北ニュータウンも同様に大きな埋め立て地帯として括れそうな感じがします。
該当エリアに長く住んでおり、今のところ災害に遭ったことはないものの、潜在リスクを考えさせられますね。
佐倉は実家が近いですが、割とよく道と田んぼが水没してます(笑)
津田沼は最悪の地名だなwwwとよく笑ってました。確かに駅近い道が大雨で水没してました
葛飾区はくればわかると思うけど、電信柱に赤いテープで海抜いくつですよって書いてある。
しかも渋江って施設も多いから、地名だけじゃなくて施設名でも分かるかもね。
荒川が氾濫したら終わりよ
江東区は0mの所は表示がないみたいですね。
ここのれいまりどっちもなにかに執着してる様子がなくて仲良しな感じが好こです( ◜௰◝ )
家の近所に池島 (いけしま) と読む地名が有ります、昔大きな池を埋め立てて作ったらしいです。
東大阪?
名古屋だと今池や大池町がありますね(どちらもかつて池があった)。
目黒と世田谷を流れる「蛇崩川(じゃくずれがわ)」なんて、ある意味、最強ですね。
災害以外にもトさつ場や刑の執行所、シ体の捨て場とされていた場所等
人が近寄らなかったであろう湿地が旧名に関係していたり、明るい地名へ変更された所には要注意ですね
サンシャイン…
芝山って昔暮らしていて元沼地でした。
凄い当たるなあって思います😅
成田国際空港のすぐ南の千葉県芝山町は、帝國陸軍七三一部隊の石井四郎隊長・軍医中将の生誕地。石井は当地の豪農の息子に生まれ京都帝國大學で医学を修めた。戦後はGHQと取引(司法取引ならぬ医学データ取引)して命を長らえ、当時としては天寿を全うした。
@@xapaga1 地名と関係ないやん
@@koukipp
豆知識なっ!
坂は土にかえるで縁起悪いからとも言われてますよね
地名っていえば広島の土砂崩れで酷い被害があった所、元々の名前が凄かったな
改名されてて分からなくなってたけど
「朝倉」福岡県
2017年7月の九州北部豪雨、記憶に新しいこの災害。
被災地域は福岡県朝倉市、東峰村、大分県日田市。 土石流などで甚大な被害。
たしかに水の災害です、朝倉。
地名「光が丘」でググって一番に出る練馬区の地域は、もともと台地の畑地ですので、災害リスクは低そうです。特攻隊の成増飛行場→米軍接収グラントハイツ、というつらい歴史を消すための地名ですかね。
練馬は地盤が固く高台なので安全と言われますね。
でも、最近はとても夏暑い。都心の高層化で東京湾からの風が上手く吹き込めないからだそうです。川は少なく畑が多いので、冷える要素も少ない。親戚が愚痴を申しております。
何事も一長一短だとおもいます。
@@のんちゃんマミー 私が練馬区に住んでいた93年~2005年でも、練馬区だけやたら暑いということがありました。
光が丘の一角に、田柄川(今は暗渠)の源流となる湧水があったと思います。田柄川沿いの谷筋が石神井川へと続き、その合流点の付近は大雨が降ると洪水になったと想像。合流点付近には縄文遺跡(栗原遺跡)もあるので、縄文時代には海辺だったと想像できます。
光が丘の開発から逃れたすぐ傍に創建1000年近くになる小さな神社が今もあるので、災害が少ない場所とわかります。
光が丘とつけたのはやはり戦中戦後の歴史を消すためかもしれませんね。
いつも楽しみに拝見しています。
私は共通一次試験世代で、地理と
地学を選択しましたが、地学を教える
教師は絶滅してしまうのですかね。
地名は小から始まって大に至る、危険な地名であっても危険な個所はその地域の一部であったり、
もともとの由来の場所と現在の地名の場所がずれてしまっているなんてこともあり得るので注意です。
恩田は隠田、隠し田もしくは何かの理由で免税になった田あたりが由来かなとも思えます。
東京23区東部在住だけど危ない地名が至る所にある。
区は洪水対策を徹底しているらしくまだ自分は幸い浸水被害にはあっていない。
数年前の関東直撃の台風の時の荒川は少し危なかったらしい。
大幅に増水した荒川を見た時は怖かった
南の多摩川でも危険だったところがある、地名は沼部であの武蔵小杉の対岸です。
@@N--jv3go 地名が物語ってますね。確か多摩川の元流路になるんでしょうか。川が氾濫したら水が停滞してしまいそうです
寧ろ一般的なイメージに反して、水害関連の警報が多いのは23区西側だよ。この前の台風でも、東側は何も無かったけど目黒川では警報出た。他にも、5年くらい前の台風で江戸川区より先に世田谷区が沈んだ実績がある。なぜなら、荒川は治水工事を徹底してるのに対して、目黒川や多摩川は大した対策をしてないから
@@mantanwa 確か世田谷区の二子玉川周辺が浸水していましたね。
目黒川も神田川のように非常時に水を溜める施設が充実していれば安心出来ますね
御成がつく地名が名古屋市北区(御成通○丁目)がありますが、だいぶ内陸で津波はなさそうですが…あっ庄内川か(大曽根などの地名も近所にある)
堤とつく地名も注意。これも川関係で、台風の際に甚大な被害が出たよ
かつて関東は海の底だった。
このまま元にもどるなら、当時海じゃなかったところに、できるなら引越しした方がいいのかもね😅
縁起でもない名前だからって、キラキラしい名前に変えて過去の教訓を消し去ってるじゃん。
古い名前も併記しておいてほしいね。。。大事な危険信号なのに
とっても大切なコトを解り易くお教え頂きましてありがとうございます❢👍💮
広島の土砂崩れが起きた八木地区も、昔は「蛇落地悪谷」とか言うとんでもない名前だったり
津波被害にあったいわきの勿来地区はそのまま「来ることなかれ」だし
知人が言っていたんだが、実際の街の雰囲気に分不相応な神々しい名前や綺麗な名前が付いてる所はヤバいらしい。大阪で言えば『大日』『恵比寿町』『大国町』『弁天町』『大正区』『花園町』『桃谷』…etc.
その点で東京の恵比寿(渋谷区恵比寿)は昔ヱビスビールの工場があって、駅名が惠比壽に成り、地名も恵比寿に成ったというだけだから大丈夫なのだろう。尤も工場跡地はあまり良くないが。
桃谷の由来は単純だよ。まあ知らないか
エビスというのは漂着物によって生活していた人を愛でるための名称です。砂やシルト(泥に近い砂)の堆積した砂州や砂嘴に形成された住居の跡が多いです。住民が漂着民、漂流民であったことも多かったでしょう。毛色のことなる人の総称ともなったのか東の蛮族である「夷」北の蛮族である「戎」について訓を「えびす」と当ててから蝦夷をもエビスと呼び混同しだしたようですね。恵比寿神社は各地の海岸に置かれました。大阪の恵比寿神社も昔は漂流民がいつでも寄って良い場所で東側には無宿人の滞在できる場所が有りました。市営住宅から電気街、バイク屋さんのメッカがある辺りです。
桃谷は大陸からの人が居住し桃を植えたというのが由来と聞いていますね、桃谷と脳病院があった桃山です。細工谷や玉造、猪飼野、鶴橋とも繋がる地名です。猪飼野(いかいの)とは異界のでは有りません。豚が放たれた場所という意味合いです。列挙した地域には一部に湿気た場所があり肺病が多いです。大阪は肺疾患の多い街なので居住時はお気をつけ下さい。
猫間川筋に住んでいる知人二人をどちらも肺がんで失いました。
黄金町、福富町、寿町、とかおめでた過ぎてて😰
あ、「平」のつく地名もまだ漢字が入っていない時代、ピラて音が崩れを意味していて後から音に合わせて平の字を当てたと聞いたことがある
弁天町とか大国町とか本当にそこに弁財天や大国主神社があるんだからしかたないと思いますが。
我が家がある土地は駒が付くし、近くに倉や谷が付く土地がありますね…
事実、昔は水害が多かったようですし、急勾配な坂や小高い丘は多いですね。今ほぼ住宅ですけど。
まぁ駒は「馬も牛もいなかった貧乏地域だが、集落にある小高い丘の形が馬の背のよう」と半ば家畜への憧れから付いてると聞きましたが、本当のところは分かりません……笑
和歌山の結構な山奥に相ノ浦という地名がある。
海から遠く離れた場所に"浦"の字を当てた理由はなんだろうか?元々は恨か怨で過去に忌み事でもあったのかな。
全くの推測だけど、「~の裏」からでは?
「高野山(金剛峯寺)の裏」では?
高松市の亀阜って場所は昔、ばーが池と呼ばれていて町全体が水に浸かり、お婆ちゃん妊娠中に腰まで水が来て流産した。
2014年8月19日広島市安佐南区八木3丁目辺りで土石流が発生し多くの人が犠牲になりました。
八木地区がかつて「八木蛇落地悪谷(やぎじゃらくじあしだに)」と呼ばれていたことは、災害発生から約1週間後の8月26日、フジテレビの情報番組「とくダネ!」が伝えていました。
自身が住むところはよく調べた方が良いですね。