【ゆっくり解説】 飛脚の謎!!!江戸時代の超人の秘密!!!

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  • เผยแพร่เมื่อ 4 พ.ย. 2024

ความคิดเห็น • 12

  • @yugyaris
    @yugyaris 3 วันที่ผ่านมา +4

    手間がかからないんだろうけど、AI画像が残念すぎて興醒めします。

  • @イトーヨーcard
    @イトーヨーcard 3 วันที่ผ่านมา +2

    山形県の山居倉庫に 米俵を担ぐ女性の人形があったな🤔

  • @雷電-n4c
    @雷電-n4c วันที่ผ่านมา

    飛脚の人は
    コッソリ
    佐川急便を
    使ってたらしい

  • @なべし-y2x
    @なべし-y2x 3 วันที่ผ่านมา

    自家用車を持たなくなって一時間圏内なら徒歩で何処でも行く様になったら意外と風邪とか引かなくなったなぁ。
    そんなに体力ある方ではないけど履き物さえしっかり合ってれば楽に行ける。
    姿勢も良くなったしね。
    負担が掛からない程度は自分の脚で動くのがいいと思うよ。

  • @user-hs6oz7dn2g
    @user-hs6oz7dn2g 3 วันที่ผ่านมา +1

    むしろ、明日も頑張ろうというか、目先の必須要件をこなし続けながら、合間の楽しみに全力で喜びを感じ、たまに戦が起きるというような状態でしょうね。しかしそれらは現代でも見られる光景であり、何を持って労働とするのか、健全とするのかなんていうのは、個々人の感性による趣味趣向でしかないので、楽しいと思えることをしてたらいいだけ。あとは時代に合うのか合わないのか、合わせるのか合わせないのか、気分と運次第。

  • @daisuke7199
    @daisuke7199 3 วันที่ผ่านมา +6

    色々細かいツッコミどころはありますが、特に食事関係に違和感を感じます。江戸時代といか昭和中期くらいまで、日本人はおかずは少しでひたすら米を食べる人が多かった(初期の『美味しんぼ』でそんな話がありました)。いわば常にカーボローディングをしているような状態なので、飛脚のような仕事もこなすことができたのでしょう。実際、開国後に飛脚に驚いた外国人が肉を食べればもっと凄くなるだろうと思って肉を食べさせたら、逆に飛脚はすぐに音を上げて「米を食べさせてくれ」と懇願した逸話があったはず。

  • @tzukarov
    @tzukarov 3 วันที่ผ่านมา +1

    映像どこの中国?

  • @チョコミント-j8j
    @チョコミント-j8j 3 วันที่ผ่านมา +2

    なんば走りについてかと思ったのに残念

  • @通りすがりの赤い人
    @通りすがりの赤い人 3 วันที่ผ่านมา

    古来より農作業は牛馬を利用してるw イメージとしてはずっと坂を下ってる感じ。

  • @PonteBekkio
    @PonteBekkio 3 วันที่ผ่านมา

    金貰ってトレイルランニングやってるようなもん。

  • @段里花
    @段里花 2 วันที่ผ่านมา

    江戸大阪間600キロを3日で走る
    時速にすると7〜8キロ程度
    600÷8=75時間
    適当過ぎるだろ
    江戸時代は1日32時間ぐらいだったのか?w

    • @jamarj196
      @jamarj196 วันที่ผ่านมา

      そうですよ