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せっかく作ったフリップ、是非使って頂きたい!説明がわかりやすし、興味も尽きない。しかもこんな素晴らしい授業が無料で受けられるなんて、感激です。次回も楽しみ♪
ホント毎回 目からウロコ
日本から二つの国が有り両方の国から特使があった事はとても現実味のある話だと思います。
なんか、朝鮮で前方後円墳が見つかった時に、日本のより後の時代の物だと解った途端、こっそりと埋めてしまった話と何となく彷彿とさせるなぁ
歴史は立場によって歪曲されてしまうものなんですねぇ。古事記や日本書紀との関連も知りたい。先生のお話はわかりやすくて、たまにクスクス笑う笑顔もなんか微笑ましいです。
ねずさんのお話と表先生の日本人を考えるを併せ持ってみると世界観が広がります。
もっとたくさんフリップ見たかったです。旧唐書のお話日本人としてとても勉強になりました。
理系でしたが受験は日本史世界史を選択して歴史大好きでした。それでも邪馬「台」国と教えられて「臺」は高校では決して教えられませんでした。旧唐書も偽書と一行解説があっただけでした。でもずっと学んでいるとやっぱり歴史は面白いですね。あっそうだったのかと腑におちたとき、誰かに話したくなるほど嬉しくなります。
これが本当の教科書だよ
まあ近現代史にまで行かず習わずに学校の授業は年度が終わってましたほぼ知らない事だらけです皆さんのお陰で色々知れて感謝です
旧唐書ですか。竹内文書の内容とリンクしていきますね。日本神話の中に事実ありと言う事ですね。
いつも興味深く拝見しています。
縦板に水。聞いていて本当に気持ち良いですね☺️‼️
目からうろこ、どころか目玉が飛び出しそうです。
面白いです♪♪♪
英語の字幕を付けて世界に発信してほしい
動画内でお勧めされている通り、旧唐書について調べてみました。こんな興味深い内容があまり知られていなかったことに驚きました。ただ、Wikipediaによれば唐以前の歴史について書かれたものではなく、唐の歴史について書かれたものとのことでした。
倉山氏が言うように、歴史学会に破防法適用するべきですね。
旧唐書にたいする風評加害が典型例で、自分の意向に合わない資料は破壊したい、って歴史アカデミズム勢の行動パターンはテロリストそのものです
@@ダニエル滝之輔 現代における焚書坑儒ですね (怒)。文系のアカデミズムには失笑を禁じ得ません。証拠に対し色眼鏡無しで向き合わなければ、系統的かつ客観的に物事をまとめることはできないのではないのでしょうか?「聴いたことも、考え、そしてまとめることをしないかぎり、シエンツァ (科学・知識) とはならない」とはマキャベリの言葉ですが、科学技術でメシを食う私の拠り所とする言葉でもあります。
日本の文科省はどんだけ嘘を教え続けるんだよ!旧唐書なんて知らなかった。。。戦後の日本教育ってなに?
戦前も戦後も変わらないというのがなんとも。
@@giantszero6962 戦前と教育が変わったからこの動画が作られたんじゃないの?
@@wt6133 さん そうだと思います。元教師が”学校は死んだ”本を書いています。(5年生まで教育勅語で育った、じじい)
戦後に反日国人を優先して採用したからですよ、最近でも議員や公務員に外国籍のヤツが就任してたし、スパイ防止法も反日防止法も無いです。
とても勉強になりました。ありがとうございます。
先生のケンケンみたいな笑い方が好き
皇帝の持つ印は象牙ではなくて玉です。玉璽と言われてます。
先生は卑弥呼が九州にいたのか畿内にいたのか旧唐書では判らないと仰っていますが、九州が邪馬台国で畿内が日本国(やまとこく)なら、卑弥呼は邪馬台国の女王なのだから、九州でいいのでは? それとも畿内から来た人も邪馬台国といったのかな?旧唐書の訳されたものをサイトで見たけど、その中に出てくる日本(やまと)の人が言うには、「西と南は海があるが、東と北は山がすごくて広大に広がっていて、山の向こうには毛人がいる」だそうだ。となると、この人が住んでるところは九州ではなく畿内ではないかと思われる。後に、倭国と日本国が合併したと書いてある。なのでやっぱり邪馬台国があったのは九州でいいと思う。
確か旧唐書には、倭国では十二階の冠位があったとも書かれているようですが、これと聖徳太子の冠位十二階との関係はあるのでしょうか?倭国と日本が並立していたとすれば、仏教が伝わり冠位十二階を制定した日本よりも早くに仏教や漢字、官位が伝わっていたのは倭国のほうだということになるのでしょうか?邪馬台国論争でも未だに九州や山陽地方、畿内で色々な学者や郷土史研究家が我こそが正統と言わんばかりに対立しているようで、一体いつになったら我々の本当の古代史が明らかになるんでしょうか?期待してるんですけど..
「ヤマタイコク」は「ヤマトコク」と読むというのが現代確定したことです。新井白石が読み間違ったのですよね。
あらー両方あったのかぁ久々の目から鱗^^
小名木さん、私も邪馬台国はヤマトと読むと見立てます。がもう一つ、我こそはヤマトの国であると二つのヤマト国の使者が争ったという文章が旧唐書のどこにあるのか見せてください。この話の中で見せてほしかったと思います。
ヤマトは今の意味だと(村落に毛が生えた一小国と対比して)「大国」とか「連合王国」とかいう意味で邪馬台国のヤマトが滅んだ後、幾多のヤマトが出現したのかもよ
>旧唐書のどこにあるのか見せてくださいそうですね!そんな話は『旧唐書』の中には無いと思いますよ。
旧唐書は、編纂した時に「ヤマト=日本の旧名」という情報から「類推」して、「邪馬台国=ヤマト」と判断した可能性もあるかも
小名木先生、日本を愛するが故にだとは思うのですが一部の発言内容についてもう一度お聞きしたい。先生は旧唐書には二人のヤマトの使者がやってきて我こそがヤマトだとケンカをしたと書いてあるとおっしゃっています。旧唐書に上記と同じような表現が記載されている箇所を探したのですが見当たりませんでした。日本は倭の別種というところがこのような表現になったのであれば少し行き過ぎかとも思いましたのでもう一度お聞きしたいと思いました。
日巫女・ヤマトヒメ・三重(伊勢)と思ったらまんまでした。
高天原≒日高見国を近畿の大和朝廷が忘れてしまっていた?らしい。邪馬台国は九州の熊本県と福岡県の間らしい。当時の旅の様子で旅程を計算すると。神武東征は西洋紀元後70年ごろになるらしい。「日本の始まり」を読むと納得出来るかも。
この動画は三年前。文部省トップはビーチ前川の時代じゃないか?ガールズバーに通い詰めるサヨクのエロおやじに、子供の教育がまかされていた・・・と思うと悲しく、怒る。
古代が、飛鳥から平安までの区分で教科書にのっているということに愕然としました
今では、老害通産省がフレンチに遅刻する理由で母子を轢き殺す時代ですよ。
1世紀の金印貰ったの周(天皇族)です。3世紀の金印貰ったのは商(天照大神の卑弥呼)です。夏の出雲族を取り込んで大和王朝になった。
金印を「文章に押した」と説明していますが、「封泥として粘土に押した」のでは?
封泥は漢時代に盛んだったけど、魏志倭人伝の頃だと紙が普及していたのでは。
紙の普及は西晋以降だね。三国時代は簡牘に封泥。
邪馬台国の当時の発音は「ヤマド」だと言ってたのは井沢さんの逆説シリーズで読みましたが邪馬台国は何処か?より「邪馬台国と大和の同一説」が論争成るかと思ったら🇯🇵日本歴史学会は静かでした😁井沢さんでも部外者なのかなぁ?日本史の主流って何なんですかね😢
昔も今も、「元祖」VS「本家」の仁義なき戦い(笑)
平和や戦争という考えはフォーカスの範囲が狭いとおもいました。
文献を無視したらそれは歴史では無いんですよね歴史とは書かれたものだから日中の文献を読めば倭国の位置は自ずと明らかです
適当に1000人くらいの日本人を選んで退行催眠をかけてドンドン意識を遡らせて2000年くらい前まで戻したらねず先生がおっしゃっているような光景を思い出す人がほとんどなのではないか?こういう意識科学の研究も進めていって歴史の検証に使われる時代が来るといいな。
退行催眠は実際は記憶を退行してるわけじゃなく新たな記憶の合成だって結論が出てるので余り当てにならないですよ
オカルトすぎる
都合の悪い資料は全て二級資料扱いで、説得力に欠ける物として扱います。人文系の学問では良くあることですね、権威の言うことは正しいとか。近くでは憲法学会の例を目にしたと思います。自然科学系だと、実験などで覆すことができますが、人文系は新しい事実がみつかっても見なかった事にされるのが常ですね。正直、学問といえるものではありません。
エゴでしょうか、それとも利権がらみでしょうか。政治的なものが関与しているんでしょうね。本来なら学者は信頼に足るレクしてきエヴィデンスに対しては尊重しその上で自らの見解を展開していべきで、事実を否定して構築された説論はどこかで矛盾に直面せざるを得ず敗退する運命にあると信じます。今回の子名木先生の講義は全く見事でしたね。高く評価されてしかるべきと思います。NY在住
韓国笑えねえな。ブツがあるのに「偉い人が言ってるからこのブツの方が捏造に決まってる」と言ってる様なもん。
邪馬台国は2説じゃなくて、10説以上あるみたい。なので、自由社は訂正してもらいたいなあw 四国説けっこういい気がする。
高麗をそのまま朝鮮と見るかは置いとくとして、ウィキによれば"1400年、朝鮮王朝が高麗に代わって半島を統治したことを認めて金印を贈る。(中村栄孝『朝鮮』(吉川弘文館、1971年、p59-60による)"となってます。
邪馬台国、徳島説もあります。以前は、お笑い説かとおもわれていましたが、いろいろな証拠が発見されて、数年前から有力候補の1つになったと思います。
四国説ありで、ただ、愛媛側じゃないかなと思います。徳島は工場地帯(丹を採掘して加工する場所)ではないでしょうか。工場と都は普通わけるので、ちょっと離れた四国のどこかだけど、徳島県内にあまり農業がしやすくはないので、平地がまあまあある愛媛側かなと。食料がちょっと足りないかなという気がします。愛媛県なら、剣山に神様がいて、山上集落があるし。港も作れそう。田んぼを作れる平地もあります。白玉=真珠が取れますしね。さらに、絹まで愛媛県から出土していることを確認しました。
扶桑国の日高の古名が「日本」です。by『全世界史』
自分の都合の悪い事を認めたがらない、何の為に学問やってるんだ?
私、団塊世代ですが、たまたま歴史に興味ある若者がそばにおり、私の知る限りですが教えています。ここで問題になるのが、ここで述べられたような話をしますと、(そんな文書があるのに表に出ないわけないのでは?)となります。最近でこそおとなしくなりましたが、以前は(インテリは自虐で日本を貶める嘘ばかり言っていた)と言うのが理解できないのです。そんなワケないだろう、日本人でしかもインテリなら、となってしまうのです。
僕はギリ昭和生まれですが、僕の頃でも自虐史観はかなりまかり通ってました。従軍慰安婦や「創氏改姓は強制」とかも教わりましたね。昔はインテリ=左翼が当たり前だったというのは聞いた事あります。僕の子供の頃の歴史漫画なんて、毛沢東や大躍進・文革を賞賛したものすんげえ多かったです。
皇帝の印は玉璽だから材質は玉で翡翠じゃないの?
江戸時代に銀は日本での産出が世界一だったと記憶にあるので、その昔に銀の簪があって、庶民が使っていてもおかしくないと思う。
鬼界カルデラの噴火後、近畿のほうが文明発達したんじゃないかな〜と思う。
はっきり言わないけど、唐書によると、九州に倭国(恐らく卑弥呼も)があり、神武天皇の近畿地方への東征により大和朝廷(日本国)が成立では・・・
九州だったら南北の方が東西より長いから四国か西日本かだろう
旧唐書は怪文書なのか・・・
九州から近畿に遷都したんでしょ、
天皇陛下の姓が阿毎(アマ、アメ)だったことを知りました。
お話し有難う御座います。同感したのですが、作者の陳寿はもしかして、邪馬壹國の壹を故意に充てたのではと思いました。魏志倭人伝の舞台は九州ですが、別にヤマト政権があることに気づき、後世読者に壹に気をつけるよう示唆したのかもです。221005
嘘ばっかじゃないですかぁ(笑)日本人はもっと日本について勉強しよう!
九州ヤマトから近畿ヤマトに遷都。現代は近畿から関東に遷都。そのうち東北へ行く。
新邪馬台国(大和国)が、畿内。旧邪馬台国(大和国)は、九州。例えば、荒れている中国大陸から距離が近いので、九州から畿内に移動した。ただし、畿内は移動してから落ち着き政務が正常に取れるまでは、それまで通り九州が窓口となり。畿内の新邪馬台国が、通常運営をされる様になると九州の旧邪馬台国は、出先機関となったのではないか?政府の移転なので、現在の政治とあまり変わらないのでは?今よりも劣っていたと考えるのは、現代人の傲慢ですな。
金銀銅と泥の判子は???隣の半島は判子が泥だと保守速報で見た事があります。
皇帝の印は象牙ではないよ!玉印だよ。
金田夢 象牙の印材なんて聞いた事ないですよね。当時の最高級印材も「田黄」かな?
唐の人は壬申の乱で民族が入れ替わったと勘違いしたのかな?
朝鮮半島南部が663年に無くなったので日本にした。
天皇家か秋篠宮家どちらが正式なの?って言っている様なもの
邪馬台国(ヤマトコク)って読むんだよw 九州にある。 大和政権は畿内だけどね。
すみません、結論はとっくに出ていると言われていますが、邪馬台国は畿内説ですか?九州説ですか?邪馬台国の発音が、「やまたい」であるので、即ち「やまと」であると断定されるということでよろしいのですか?つまり畿内説、その中でも奈良、あるいは京都大阪和歌山あたりということにはなるのでしょうか?
ねずさんの持論では「結論は、九州も畿内も『やまと』である」と。国名の呼び方については、そもそも邪馬台と書いて『やまと』と素直に読む(一文字に一音)べき所を『やまたい』と言い換えている。大和と関係がないかのように世間一般に広められている。
畿内説も、九州説も黙ってしまう、鉄の最大出土地は、林・藤島遺跡。そして、ここは米の最大農耕地域
旧唐書のフィリップみたいな。旧唐書の全巻日本語訳って出てないんですね。それに中国の歴史書の和訳って、何故か古文が多いんですよ。現代語訳じゃないから、イマイチわからない。読むのがしんどい。明らかに日本人を遠ざけようという意図を感じる。
+Tacos 多分そんな意図がないわ~もし本当に古文を読みたいなら、中国人はほぼ古文から読むです。現代語訳したものはたまに信用られません。古文こそ、元々の意味です。
一次資料の信頼性云々は研究者の世界の話であって、非専門家や一般の人間は信頼のある訳者が訳した二次資料としての訳本で十分だろ。じゃ、あなたはカエサルのガリア戦記をちゃんとラテン語で読むんだな? プラトンの国家を古代ギリシャ語で読むんだな? 死者の書は当然、象形文字だな? もっと言うと三平方の定理もピタゴラスが発見者だから、数学の授業の前にギリシャ語だな。形式主義の極致だな。
四国説邪馬台国じゃないの?
賛成です。九州と畿内、何十年も対決しているのに、みつからないのは、それ以外のところにある証かと。
根拠も何もない推測ですけど、旧唐書も信憑性にかける気がします。唐の時代というと遣唐使を派遣していた時期で、大和朝廷が昔から権力を持っていたことを示すために書いてもらった可能性とかもあるんじゃないだろうか。唐の時代に2~3世紀の日本の話が書かれている時点で何かしらの政治の力は関与していそう。もちろん書かれていることが事実の可能性もあるし、やはり不明確な歴史にはロマンを感じますね。
2章2話では 卑弥呼はどこにいたのか、九州説か畿内説。群馬か埼玉のさきたまの 日本王国も 来ていたのでは ないのですか。
「卑弥呼」て、大陸の人が自国語で表した名ですよね。日本では「ヒメミコ」で皇女。つまり天皇の娘では?
He llegado al otro lado de internet
日本武尊が九州に行き戦を起こしな朝廷に帰り暗殺された。
倭国について考えると、旧唐書、隋書、情報は少ないけど山海経、漢書も大事だと思うけど、学会で無視されているとは思わない。どこの学会のことを言ってるんだろう?
「YはXの別種なり」の解釈は「YはXから派生した」という意味ですよ。例えば、新唐書の百済のところでも「百済は扶余の別種なり」と書かれています。こちらの解釈も「百済は扶余から派生した」ですよね?
邪馬台国ってヤマトクニでしょ?
金印は辺境の国がもらえた。強大だから金印もらったのではない。金印もらった国のラインナップ見ればわかる。
国としてその運営が自立してるか、自立運営出来ずに中華様に依存してるか の違い?
左の人、勉強が出来るだけの子供みたい。よく議員できてるよな。
2つだけとは思えないんだけどな。
二千年まえも公民館で田植えの打ち合わせ?
ありそう
『旧唐書』について「唐の国の成立するよりも以前の歴史を書いた歴史書」と発言されておられますが、フリップの上部にも「945年に成立」と書かれ、『旧唐書』(北京中華書局1975年5月刊本)の出版説明にも「天福六年(公元九四一年)才正式開始編修、到出帝開運二年(公元九四五年)修成」と書かれている通り、『旧唐書』が成立したのは唐の国の成立以前ではなくて唐の国の滅亡後です。それと「倭人は仏法を敬うって書いてあるんだね。『旧唐書』ね。おかしいですよね。どこかの国の教科書では仏教を伝えてあげたと書いているんですけど、『唐書』の。唐の国ができる前の時代にそういうことが書いてある。」と発言されておられますが、百済の王様が日本に仏教を伝えて来たのは『日本書紀』によれば西暦552年、『旧唐書』に書いてあることは西暦618年の唐の成立から西暦907年の唐の滅亡までの約300年間のこと。となれば西暦550年頃に百済から日本に入ってきた仏教が西暦618年以後には日本で庶民にまで広く広まっていたということになり、何の問題もありません。また、「お互いに大和国の使いだと主張して争った」と発言されておりますが、『旧唐書倭国日本伝・宋史日本伝・元史日本伝』(岩波文庫本)で確認しましたが、そういった記述は見つかりませんでした。エビデンスは何でしょうか。
せっかくいろいろと史料に基づいてコメントを書かれていますが、ここはマトモなコメントが通用しない世界だと思います。>エビデンスは何でしょうか多分、『日本書紀』の遣唐使記事中の伊吉連博徳書あたりがネタ元ではないかと思います。詳しい出典が聞きたいところですが、、、
銅でもいい国 受けるわwwwwww
日本が統一される前。東日本にも大陸と独自に交流があり、独自の文化を持ていた。何でも中央集権的に考える方が大間違いだという事です。しかも、中央集権はまとめたのではなく周囲を倫略したに過ぎないことも忘れてはなりません。
邪馬台国の一部であったものが後に別れたものです。
歴史学は人文科学の一分野だとなっているが、そもそも自然科学以外に社会科学(法律政治経済)や人文科学(文学宗教歴史芸術音楽)などという科学モドキがあること自体が、間違っている。実験で検証できない学問は、少なくとも科学と呼ぶべきではない。日本では理数系に落ちこぼれて、文系へ行かざる得なくなった学者らの劣等感の裏返しで、俺たちのやっていることも立派な科学だと、やせ我慢の見栄を張っているに過ぎない(笑)。そもそも欧米では、理系文系の区別はなく、リベラルアーツである教養として理数系の知識を持っているものが、歴史文学や法律経済の研究をしているのが実態。だからどの学問分野でも堂々としている。
mouse mikky 化学
科学もどき…とは言わないけど、歴史って本来、地理、もっと言うなら地学や化学・生物学の視点も要るはずなんだけどね。「豊かな土地」の条件考えると、「山も海もあり、川があって平野があって…」というのが当然挙がるし、「米が作れる」は実は魅力的なポイントでもあるのだが、こういう「理系の視点」欠けていて歴史語れるの?とは思う。
歴史は「科学」ですよ。仮説について検証に検証を重ねた研究成果が「科学」です。研究成果は再検証に耐えうる客観的事実でなければなりません。司法の捜査も裁判も「科学」です。
日本はもう中国視点の歴史感は捨てなければいけませんね。自分たちで自国の歴史をしつかり見つめなおさなければならないのでしょうね。
「銅印」を与えるのは「どうでもいん」国。わあ、面白い!!
銀を与えるほどでは無く銅で十分な国 → 銅でもいい国 → どうでもいい国 ってわけですね、丁度よい語呂合わせになっていて感銘。
顔面に入れ墨いれたり、奴隷を持つ風習は、畿内にはみられない。
入れ墨入れているのは畿内、天皇家では、限られた武士だけ(首切られたときに体で判別するため)。身分の高い人は入れ墨をしない。でもヤマタイ国の人は、結構誰もかれもやっていて、これは海人文化の証。海人族は、潜って魚を取るので、サメや海蛇にみつかりにくいように、体に模様をつける習慣があった。だから、入れ墨をする理由や、よく入れ墨をする身分の層に大きな違いがあるので、完全に別の文化圏。
邪馬台はヤマドゥって読むんだよ。覚えとき。w5:55 くっそ、同じこと言ってやがるぜw旧唐書がデタラメときたかw
私は、小学生のころから、畿内説でした。正直当時の大人をバッカじゃあ無いの??って、思てました。結局畿内説が、優性ですよね!!ヤマタイ って発音からして、大和の事でしょ!! ホント永年イラついていたんです。。ホントばかどもばかりだって、 でもやっぱり畿内説ですよね!!
大変恐縮ですが、「百姓たちも皆マゲを結っている」の「百姓」は農民という意味ではなく「一般人民」という意味ではないですか?ねずさんの解説は為になりますが時々おかしな部分がありますね。この方の歴史認識を総論として好意的に聞く人は十分行間を埋めながら理解するのでそれでもいいのですが、現在の歴史教育のメインストリームとは異なることを主張されるのなら、もう少し正確に、変なツッコミが入らないようご説明される方が良いかと思います。
「時々おかしな部分」ですかね???かなりおかしな部分があると思うのですが。大昔の何が正しいか断定できないことならまだしも、比較的近年でよく知られていことでも、知られていることとは違うことを言っているよう思えます。絶体に小名木氏の発言が誤りであるのを挙げときます。(昨日見たもんで)「世界を繋ぐ鉄道計画と新幹線」というので、”リニヤ”のことを”最新の新幹線”と言っていますね。ついでにいえば、リニアには運転席が無い(自動運転らしい)のですが、「運転席は外部からほとんど見えなくて(運転席の窓が外部からは見えない)、内側から(運転席からは)外がよく見える」とあり得ないことを平気で発言しています。更にいえば、この新幹線(実はリニヤ)が「恐らく世界最速の新幹線になるのではないかと期待されている。」とこれまた妙な発言ですね。この手の動画は、事前に準備したことを発言しているにもかかわらず(そのときの流れで多少違うことを言うにしても)、明らかな嘘を連発していることから、他の発言(普通の人は何が正しいかわからないことに対する発言)も似たりよったりの正しいとは言えない発言では?と思えますね。つまり、ゴキブリが1匹いれば他にもたくさんゴキブリがいる(いるケースが多い)のと同じで、1つの嘘を言っている人は、他でもたくさん嘘を言っているのでは?と思います。
もう少し勉強してほしい邪馬台国から、何代目かの豪族の王子が今の大分から出て畿内に行って開いたのが大和王朝で、邪馬台国とは別物です。
この講師のご意見はあくまでも講師個人の見方、考えかたでしかありませんこの講師さんがそうだとは断定しませんが、最近、歴史学を学んでもいない、つまり歴史学において学術的経験のないかたが、このような動画でご自説をご披露するかたが多いようですですが、これは大抵の場合、あくまでも素人のご意見です(この講師さんの場合、大学において歴史学の学術経験があるのなら該当しませんが)大学で学術経験のないかたは、学者は嘘をつく、隠蔽するとすぐに邪推されますが、学術というものは歴史学か否かに関係なく、根拠、整合性、信頼性を伴いつつ、かつ慎重なものではなくなてはなりませんもちろん、閉鎖的であること、一般人にはわかりにくいことは反省しなければいけない点ではありますしかし、適当なこと、曖昧なことを論文として書けないのは極々当たり前のことですところが、素人さんは、そのような教員として研究者としての自覚、責任が一切なく、論文を書いて学術雑誌に掲載して、専門家による薫陶(指摘、反論、議論等)を受けることもないため、いくらでも独自の見方を主張できるわけです愛国心を擽るために作られであろう動画とはいえ、学術的には通用しない場合が多いことを差し引いてお考えいただけると幸いですそんなもので、自尊心を一時的に向上させて何の意味がありますか
そもそも卑弥呼も邪馬台国も悪意に満ちた字を当ててる。作者は日本嫌い(今の中国人と同じ)なのは容易に想像できる。日巫女(あるいは日皇子)大和大国(大和国)なのはなんとなく分かるようにしてくれてるやん。
ヤマタイコクではありませんね。ヤマトコクと発音するのです。新井白石が読み違ったのが原因。
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旧唐書の成立年代から、この文書は参考にはならないのでは?ちょっと・・・。無理くりが・・・。
子供の頃から歴史の教科書なんかどうでもいいと思っている。試験が終わればすぐ忘れる。トインビーなら尊敬できる。歴史の考え方が全然違う。アホだ。
何故?CMがつかないか?知られると困る民族がいる!頑張って欲しい、真実を伝えて欲しい、メディアでは伝えられない放送!
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理系でしたが受験は日本史世界史を選択して歴史大好きでした。それでも邪馬「台」国と教えられて「臺」は高校では決して教えられませんでした。旧唐書も偽書と一行解説があっただけでした。でもずっと学んでいるとやっぱり歴史は面白いですね。あっそうだったのかと腑におちたとき、誰かに話したくなるほど嬉しくなります。
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いつも興味深く拝見しています。
縦板に水。聞いていて本当に気持ち良いですね☺️‼️
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旧唐書にたいする風評加害が典型例で、自分の意向に合わない資料は破壊したい、って歴史アカデミズム勢の行動パターンはテロリストそのものです
@@ダニエル滝之輔 現代における焚書坑儒ですね (怒)。
文系のアカデミズムには失笑を禁じ得ません。証拠に対し色眼鏡無しで向き合わなければ、系統的かつ客観的に物事をまとめることはできないのではないのでしょうか?
「聴いたことも、考え、そしてまとめることをしないかぎり、シエンツァ (科学・知識) とはならない」とはマキャベリの言葉ですが、科学技術でメシを食う私の拠り所とする言葉でもあります。
日本の文科省はどんだけ嘘を教え続けるんだよ!
旧唐書なんて知らなかった。。。
戦後の日本教育ってなに?
戦前も戦後も変わらないというのがなんとも。
@@giantszero6962 戦前と教育が変わったからこの動画が作られたんじゃないの?
@@wt6133 さん そうだと思います。元教師が”学校は死んだ”本を書いています。(5年生まで教育勅語で育った、じじい)
戦後に反日国人を優先して採用したからですよ、最近でも議員や公務員に外国籍のヤツが就任してたし、スパイ防止法も反日防止法も無いです。
とても勉強になりました。
ありがとうございます。
先生のケンケンみたいな笑い方が好き
皇帝の持つ印は象牙ではなくて玉です。玉璽と言われてます。
先生は卑弥呼が九州にいたのか畿内にいたのか旧唐書では判らないと仰っていますが、九州が邪馬台国で畿内が日本国(やまとこく)なら、卑弥呼は邪馬台国の女王なのだから、九州でいいのでは? それとも畿内から来た人も邪馬台国といったのかな?
旧唐書の訳されたものをサイトで見たけど、その中に出てくる日本(やまと)の人が言うには、「西と南は海があるが、東と北は山がすごくて広大に広がっていて、山の向こうには毛人がいる」
だそうだ。
となると、この人が住んでるところは九州ではなく畿内ではないかと思われる。
後に、倭国と日本国が合併したと書いてある。なのでやっぱり邪馬台国があったのは九州でいいと思う。
確か旧唐書には、倭国では十二階の冠位があったとも書かれているようですが、これと聖徳太子の冠位十二階との関係はあるのでしょうか?
倭国と日本が並立していたとすれば、仏教が伝わり冠位十二階を制定した日本よりも早くに仏教や漢字、官位が伝わっていたのは倭国のほうだと
いうことになるのでしょうか?
邪馬台国論争でも未だに九州や山陽地方、畿内で色々な学者や郷土史研究家が我こそが正統と言わんばかりに対立しているようで、一体いつに
なったら我々の本当の古代史が明らかになるんでしょうか?期待してるんですけど..
「ヤマタイコク」は「ヤマトコク」と読むというのが現代確定したことです。新井白石が読み間違ったのですよね。
あらー両方あったのかぁ
久々の目から鱗^^
小名木さん、私も邪馬台国はヤマトと読むと見立てます。がもう一つ、我こそはヤマトの国であると二つのヤマト国の使者が争ったという文章が旧唐書のどこにあるのか見せてください。この話の中で見せてほしかったと思います。
ヤマトは今の意味だと(村落に毛が生えた一小国と対比して)「大国」とか「連合王国」とかいう意味で
邪馬台国のヤマトが滅んだ後、幾多のヤマトが出現したのかもよ
>旧唐書のどこにあるのか見せてください
そうですね!そんな話は『旧唐書』の中には無いと思いますよ。
旧唐書は、編纂した時に「ヤマト=日本の旧名」という情報から「類推」して、「邪馬台国=ヤマト」と判断した可能性もあるかも
小名木先生、日本を愛するが故にだとは思うのですが一部の発言内容についてもう一度お聞きしたい。
先生は旧唐書には二人のヤマトの使者がやってきて我こそがヤマトだとケンカをしたと書いてあるとおっしゃっています。
旧唐書に上記と同じような表現が記載されている箇所を探したのですが見当たりませんでした。
日本は倭の別種というところがこのような表現になったのであれば少し行き過ぎかとも思いましたのでもう一度お聞きしたいと思いました。
日巫女・ヤマトヒメ・三重(伊勢)と思ったらまんまでした。
高天原≒日高見国を近畿の大和朝廷が忘れてしまっていた?らしい。
邪馬台国は九州の熊本県と福岡県の間らしい。当時の旅の様子で旅程を計算すると。
神武東征は西洋紀元後70年ごろになるらしい。「日本の始まり」を読むと納得出来るかも。
この動画は三年前。文部省トップはビーチ前川の時代じゃないか?ガールズバーに通い詰めるサヨクのエロおやじに、子供の教育がまかされていた・・・と思うと悲しく、怒る。
古代が、飛鳥から平安までの区分で教科書にのっているということに愕然としました
今では、老害通産省がフレンチに遅刻する理由で母子を轢き殺す時代ですよ。
1世紀の金印貰ったの周(天皇族)です。3世紀の金印貰ったのは商(天照大神の卑弥呼)です。夏の出雲族を取り込んで大和王朝になった。
金印を「文章に押した」と説明していますが、「封泥として粘土に押した」のでは?
封泥は漢時代に盛んだったけど
、魏志倭人伝の頃だと紙が普及していたのでは。
紙の普及は西晋以降だね。三国時代は簡牘に封泥。
邪馬台国の当時の発音は「ヤマド」だと言ってたのは井沢さんの逆説シリーズで読みましたが邪馬台国は何処か?より「邪馬台国と大和の同一説」が論争成るかと思ったら🇯🇵日本歴史学会は静かでした😁井沢さんでも部外者なのかなぁ?日本史の主流って何なんですかね😢
昔も今も、「元祖」VS「本家」の仁義なき戦い(笑)
平和や戦争という考えはフォーカスの範囲が狭いとおもいました。
文献を無視したらそれは
歴史
では無いんですよね
歴史とは
書かれたもの
だから
日中の文献を読めば
倭国の位置は自ずと明らかです
適当に1000人くらいの日本人を選んで退行催眠をかけてドンドン意識を遡らせて2000年くらい前まで戻したらねず先生がおっしゃっているような光景を思い出す人がほとんどなのではないか?こういう意識科学の研究も進めていって歴史の検証に使われる時代が来るといいな。
退行催眠は実際は記憶を退行してるわけじゃなく
新たな記憶の合成だって結論が出てるので余り当てにならないですよ
オカルトすぎる
都合の悪い資料は全て二級資料扱いで、説得力に欠ける物として扱います。
人文系の学問では良くあることですね、権威の言うことは正しいとか。近くでは憲法学会の例を目にしたと思います。
自然科学系だと、実験などで覆すことができますが、人文系は新しい事実がみつかっても見なかった事にされるのが常ですね。
正直、学問といえるものではありません。
エゴでしょうか、それとも利権がらみでしょうか。政治的なものが関与しているんでしょうね。本来なら学者は信頼に足るレクしてきエヴィデンスに対しては尊重しその上で自らの見解を展開していべきで、事実を否定して構築された説論はどこかで矛盾に直面せざるを得ず敗退する運命にあると信じます。今回の子名木先生の講義は全く見事でしたね。高く評価されてしかるべきと思います。NY在住
韓国笑えねえな。
ブツがあるのに「偉い人が言ってるからこのブツの方が捏造に決まってる」と言ってる様なもん。
邪馬台国は2説じゃなくて、10説以上あるみたい。なので、自由社は訂正してもらいたいなあw 四国説けっこういい気がする。
高麗をそのまま朝鮮と見るかは置いとくとして、
ウィキによれば
"1400年、朝鮮王朝が高麗に代わって半島を統治したことを認めて金印を贈る。(中村栄孝『朝鮮』(吉川弘文館、1971年、p59-60による)"となってます。
邪馬台国、徳島説もあります。
以前は、お笑い説かとおもわれていましたが、いろいろな証拠が発見されて、数年前から有力候補の1つになったと思います。
四国説ありで、ただ、愛媛側じゃないかなと思います。徳島は工場地帯(丹を採掘して加工する場所)ではないでしょうか。
工場と都は普通わけるので、ちょっと離れた四国のどこかだけど、徳島県内にあまり農業がしやすくはないので、平地がまあまあある愛媛側かなと。食料がちょっと足りないかなという気がします。愛媛県なら、剣山に神様がいて、山上集落があるし。港も作れそう。田んぼを作れる平地もあります。白玉=真珠が取れますしね。さらに、絹まで愛媛県から出土していることを確認しました。
扶桑国の日高の古名が「日本」です。by『全世界史』
自分の都合の悪い事を認めたがらない、何の為に学問やってるんだ?
私、団塊世代ですが、たまたま歴史に興味ある若者がそばにおり、私の知る限りですが教えています。ここで問題になるのが、ここで述べられたような話をしますと、(そんな文書があるのに表に出ないわけないのでは?)となります。最近でこそおとなしくなりましたが、以前は(インテリは自虐で日本を貶める嘘ばかり言っていた)と言うのが理解できないのです。そんなワケないだろう、日本人でしかもインテリなら、となってしまうのです。
僕はギリ昭和生まれですが、
僕の頃でも自虐史観はかなりまかり通ってました。
従軍慰安婦や「創氏改姓は強制」とかも教わりましたね。
昔はインテリ=左翼が当たり前だったというのは聞いた事あります。
僕の子供の頃の歴史漫画なんて、
毛沢東や大躍進・文革を賞賛したものすんげえ多かったです。
皇帝の印は玉璽だから材質は玉で翡翠じゃないの?
江戸時代に銀は日本での産出が世界一だったと記憶にあるので、その昔に銀の簪があって、庶民が使っていてもおかしくないと思う。
鬼界カルデラの噴火後、近畿のほうが文明発達したんじゃないかな〜と思う。
はっきり言わないけど、唐書によると、九州に倭国(恐らく卑弥呼も)があり、神武天皇の近畿地方への東征により大和朝廷(日本国)が成立では・・・
九州だったら南北の方が東西より長いから四国か西日本かだろう
旧唐書は怪文書なのか・・・
九州から近畿に遷都したんでしょ、
天皇陛下の姓が阿毎(アマ、アメ)だったことを知りました。
お話し有難う御座います。同感したのですが、作者の陳寿はもしかして、邪馬壹國の壹を故意に充てたのではと思いました。魏志倭人伝の舞台は九州ですが、別にヤマト政権があることに気づき、後世読者に壹に気をつけるよう示唆したのかもです。221005
嘘ばっかじゃないですかぁ(笑)
日本人はもっと日本について勉強しよう!
九州ヤマトから近畿ヤマトに遷都。
現代は近畿から関東に遷都。そのうち東北へ行く。
新邪馬台国(大和国)が、畿内。
旧邪馬台国(大和国)は、九州。
例えば、荒れている中国大陸から距離が近いので、九州から畿内に移動した。
ただし、畿内は移動してから落ち着き政務が正常に取れるまでは、それまで通り九州が窓口となり。
畿内の新邪馬台国が、通常運営をされる様になると九州の旧邪馬台国は、出先機関となったのではないか?
政府の移転なので、現在の政治とあまり変わらないのでは?
今よりも劣っていたと考えるのは、現代人の傲慢ですな。
金銀銅と泥の判子は???隣の半島は判子が泥だと保守速報で見た事があります。
皇帝の印は象牙ではないよ!玉印だよ。
金田夢 象牙の印材なんて聞いた事ないですよね。当時の最高級印材も「田黄」かな?
唐の人は壬申の乱で民族が入れ替わったと勘違いしたのかな?
朝鮮半島南部が663年に無くなったので日本にした。
天皇家か秋篠宮家どちらが正式なの?
って言っている様なもの
邪馬台国(ヤマトコク)って読むんだよw 九州にある。 大和政権は畿内だけどね。
すみません、結論はとっくに出ていると言われていますが、邪馬台国は畿内説ですか?九州説ですか?邪馬台国の発音が、「やまたい」であるので、即ち「やまと」であると断定されるということでよろしいのですか?つまり畿内説、その中でも奈良、あるいは京都大阪和歌山あたりということにはなるのでしょうか?
ねずさんの持論では「結論は、九州も畿内も『やまと』である」と。国名の呼び方については、そもそも邪馬台と書いて『やまと』と素直に読む(一文字に一音)べき所を『やまたい』と言い換えている。大和と関係がないかのように世間一般に広められている。
畿内説も、九州説も黙ってしまう、鉄の最大出土地は、林・藤島遺跡。
そして、ここは米の最大農耕地域
旧唐書のフィリップみたいな。旧唐書の全巻日本語訳って出てないんですね。それに中国の歴史書の和訳って、何故か古文が多いんですよ。現代語訳じゃないから、イマイチわからない。読むのがしんどい。明らかに日本人を遠ざけようという意図を感じる。
+Tacos 多分そんな意図がないわ~
もし本当に古文を読みたいなら、中国人はほぼ古文から読むです。
現代語訳したものはたまに信用られません。古文こそ、元々の意味です。
一次資料の信頼性云々は研究者の世界の話であって、非専門家や一般の人間は信頼のある訳者が訳した二次資料としての訳本で十分だろ。じゃ、あなたはカエサルのガリア戦記をちゃんとラテン語で読むんだな? プラトンの国家を古代ギリシャ語で読むんだな? 死者の書は当然、象形文字だな? もっと言うと三平方の定理もピタゴラスが発見者だから、数学の授業の前にギリシャ語だな。形式主義の極致だな。
四国説邪馬台国じゃないの?
賛成です。九州と畿内、何十年も対決しているのに、みつからないのは、それ以外のところにある証かと。
根拠も何もない推測ですけど、旧唐書も信憑性にかける気がします。
唐の時代というと遣唐使を派遣していた時期で、大和朝廷が昔から権力を持っていたことを示すために書いてもらった可能性とかもあるんじゃないだろうか。
唐の時代に2~3世紀の日本の話が書かれている時点で何かしらの政治の力は関与していそう。
もちろん書かれていることが事実の可能性もあるし、やはり不明確な歴史にはロマンを感じますね。
2章2話では 卑弥呼はどこにいたのか、九州説か畿内説。群馬か埼玉のさきたまの 日本王国も 来ていたのでは ないのですか。
「卑弥呼」て、大陸の人が自国語で表した名ですよね。日本では「ヒメミコ」で皇女。つまり天皇の娘では?
He llegado al otro lado de internet
日本武尊が九州に行き戦を起こしな朝廷に帰り暗殺された。
倭国について考えると、旧唐書、隋書、情報は少ないけど山海経、漢書も大事だと思うけど、学会で無視されているとは思わない。どこの学会のことを言ってるんだろう?
「YはXの別種なり」の解釈は「YはXから派生した」という意味ですよ。
例えば、新唐書の百済のところでも「百済は扶余の別種なり」と書かれています。こちらの解釈も「百済は扶余から派生した」ですよね?
邪馬台国ってヤマトクニでしょ?
金印は辺境の国がもらえた。強大だから金印もらったのではない。金印もらった国のラインナップ見ればわかる。
国としてその運営が自立してるか、自立運営出来ずに中華様に依存してるか の違い?
左の人、勉強が出来るだけの子供みたい。よく議員できてるよな。
2つだけとは思えないんだけどな。
二千年まえも公民館で田植えの打ち合わせ?
ありそう
『旧唐書』について「唐の国の成立するよりも以前の歴史を書いた歴史書」と発言されておられますが、フリップの上部にも「945年に成立」と書かれ、『旧唐書』(北京中華書局1975年5月刊本)の出版説明にも「天福六年(公元九四一年)才正式開始編修、到出帝開運二年(公元九四五年)修成」と書かれている通り、『旧唐書』が成立したのは唐の国の成立以前ではなくて唐の国の滅亡後です。それと「倭人は仏法を敬うって書いてあるんだね。『旧唐書』ね。おかしいですよね。どこかの国の教科書では仏教を伝えてあげたと書いているんですけど、『唐書』の。唐の国ができる前の時代にそういうことが書いてある。」と発言されておられますが、百済の王様が日本に仏教を伝えて来たのは『日本書紀』によれば西暦552年、『旧唐書』に書いてあることは西暦618年の唐の成立から西暦907年の唐の滅亡までの約300年間のこと。となれば西暦550年頃に百済から日本に入ってきた仏教が西暦618年以後には日本で庶民にまで広く広まっていたということになり、何の問題もありません。また、「お互いに大和国の使いだと主張して争った」と発言されておりますが、『旧唐書倭国日本伝・宋史日本伝・元史日本伝』(岩波文庫本)で確認しましたが、そういった記述は見つかりませんでした。エビデンスは何でしょうか。
せっかくいろいろと史料に基づいてコメントを書かれていますが、ここはマトモなコメントが通用しない世界だと思います。
>エビデンスは何でしょうか
多分、『日本書紀』の遣唐使記事中の伊吉連博徳書あたりがネタ元ではないかと思います。詳しい出典が聞きたいところですが、、、
銅でもいい国 受けるわwwwwww
日本が統一される前。東日本にも大陸と独自に交流があり、独自の文化を持ていた。何でも中央集権的に考える方が大間違いだという事です。しかも、中央集権はまとめたのではなく周囲を倫略したに過ぎないことも忘れてはなりません。
邪馬台国の一部であったものが
後に別れたものです。
歴史学は人文科学の一分野だとなっているが、そもそも自然科学以外に社会科学(法律政治経済)や人文科学(文学宗教歴史芸術音楽)などという科学モドキがあること自体が、間違っている。実験で検証できない学問は、少なくとも科学と呼ぶべきではない。日本では理数系に落ちこぼれて、文系へ行かざる得なくなった学者らの劣等感の裏返しで、俺たちのやっていることも立派な科学だと、やせ我慢の見栄を張っているに過ぎない(笑)。そもそも欧米では、理系文系の区別はなく、リベラルアーツである教養として理数系の知識を持っているものが、歴史文学や法律経済の研究をしているのが実態
。だからどの学問分野でも堂々としている。
mouse mikky 化学
科学もどき…とは言わないけど、
歴史って本来、
地理、もっと言うなら地学や化学・生物学の視点も
要るはずなんだけどね。
「豊かな土地」の条件考えると、
「山も海もあり、川があって平野があって…」というのが当然挙がるし、
「米が作れる」は実は魅力的なポイントでもあるのだが、
こういう「理系の視点」欠けていて歴史語れるの?とは思う。
歴史は「科学」ですよ。仮説について検証に検証を重ねた研究成果が「科学」です。研究成果は再検証に耐えうる客観的事実でなければなりません。司法の捜査も裁判も「科学」です。
日本はもう中国視点の歴史感は捨てなければいけませんね。自分たちで自国の歴史をしつかり見つめなおさなければならないのでしょうね。
「銅印」を与えるのは「どうでもいん」国。わあ、面白い!!
銀を与えるほどでは無く銅で十分な国 → 銅でもいい国 → どうでもいい国 ってわけですね、丁度よい語呂合わせになっていて感銘。
顔面に入れ墨いれたり、奴隷を持つ風習は、畿内にはみられない。
入れ墨入れているのは畿内、天皇家では、限られた武士だけ(首切られたときに体で判別するため)。身分の高い人は入れ墨をしない。
でもヤマタイ国の人は、結構誰もかれもやっていて、これは海人文化の証。海人族は、潜って魚を取るので、サメや海蛇にみつかりにくいように、体に模様をつける習慣があった。
だから、入れ墨をする理由や、よく入れ墨をする身分の層に大きな違いがあるので、完全に別の文化圏。
邪馬台はヤマドゥって読むんだよ。覚えとき。w
5:55 くっそ、同じこと言ってやがるぜw
旧唐書がデタラメときたかw
私は、小学生のころから、畿内説でした。正直当時の大人をバッカじゃあ無いの??って、思てました。結局畿内説が、優性ですよね!!ヤマタイ って発音からして、大和の事でしょ!! ホント永年イラついていたんです。。ホントばかどもばかりだって、 でもやっぱり畿内説ですよね!!
大変恐縮ですが、「百姓たちも皆マゲを結っている」の「百姓」は農民という意味ではなく「一般人民」という意味ではないですか?ねずさんの解説は為になりますが時々おかしな部分がありますね。この方の歴史認識を総論として好意的に聞く人は十分行間を埋めながら理解するのでそれでもいいのですが、現在の歴史教育のメインストリームとは異なることを主張されるのなら、もう少し正確に、変なツッコミが入らないようご説明される方が良いかと思います。
「時々おかしな部分」ですかね???かなりおかしな部分があると思うのですが。
大昔の何が正しいか断定できないことならまだしも、比較的近年でよく知られていことでも、知られていることとは違うことを言っているよう思えます。
絶体に小名木氏の発言が誤りであるのを挙げときます。(昨日見たもんで)
「世界を繋ぐ鉄道計画と新幹線」というので、”リニヤ”のことを”最新の新幹線”と言っていますね。ついでにいえば、リニアには運転席が無い(自動運転らしい)のですが、「運転席は外部からほとんど見えなくて(運転席の窓が外部からは見えない)、内側から(運転席からは)外がよく見える」とあり得ないことを平気で発言しています。更にいえば、この新幹線(実はリニヤ)が「恐らく世界最速の新幹線になるのではないかと期待されている。」とこれまた妙な発言ですね。
この手の動画は、事前に準備したことを発言しているにもかかわらず(そのときの流れで多少違うことを言うにしても)、明らかな嘘を連発していることから、他の発言(普通の人は何が正しいかわからないことに対する発言)も似たりよったりの正しいとは言えない発言では?と思えますね。
つまり、ゴキブリが1匹いれば他にもたくさんゴキブリがいる(いるケースが多い)のと同じで、1つの嘘を言っている人は、他でもたくさん嘘を言っているのでは?と思います。
もう少し勉強してほしい
邪馬台国から、何代目かの豪族の王子が今の大分から出て畿内に行って開いたのが大和王朝で、邪馬台国とは別物です。
この講師のご意見はあくまでも講師個人の見方、考えかたでしかありません
この講師さんがそうだとは断定しませんが、最近、歴史学を学んでもいない、つまり歴
史学において学術的経験のないかたが、
このような動画でご自説をご披露するかたが多いようです
ですが、これは大抵の場合、あくまでも素人のご意見です(この講師さんの場合、大学において歴史学の学術経験があるのなら該当しませんが)
大学で学術経験のないかたは、学者は嘘をつく、隠蔽するとすぐに邪推されますが、学
術というものは歴史学か否かに関係なく、根拠、整合性、
信頼性を伴いつつ、かつ慎重なものではなくなてはなりません
もちろん、閉鎖的であること、一般人にはわかりにくいことは反省しなければいけない
点ではあります
しかし、適当なこと、曖昧なことを論文として書けないのは極々当たり前のことです
ところが、素人さんは、そのような教員として研究者としての自覚、責任が一切なく、論
文を書いて学術雑誌に掲載して、専門家による薫陶(指摘、
反論、議論等)を受けることもないため、いくらでも独自の見方を主張できるわけです
愛国心を擽るために作られであろう動画とはいえ、学術的には通用しない場合が多いことを差し
引いてお考えいただけると幸いです
そんなもので、自尊心を一時的に向上させて何の意味がありますか
そもそも卑弥呼も邪馬台国も悪意に満ちた字を当ててる。
作者は日本嫌い(今の中国人と同じ)なのは容易に想像できる。
日巫女(あるいは日皇子)
大和大国(大和国)
なのはなんとなく分かるようにしてくれてるやん。
ヤマタイコクではありませんね。ヤマトコクと発音するのです。新井白石が読み違ったのが原因。
xzp
z
旧唐書の成立年代から、この文書は参考にはならないのでは?ちょっと・・・。無理くりが・・・。
子供の頃から歴史の教科書なんかどうでもいいと思っている。試験が終わればすぐ忘れる。トインビーなら尊敬できる。歴史の考え方が全然違う。アホだ。
何故?CMがつかないか?知られると困る民族がいる!頑張って欲しい、真実を伝えて欲しい、メディアでは伝えられない放送!