エドさん!私もGroup Sounds GS 時代に青春を過ごした団塊世代の自分ですがあの頃を懐かしく思い出しました。貴重な話を有り難うございます。 裏話しや逸話を教えてくれる人はエドさんだけ。感謝感謝です。GSは今も心の中に健在です。DTMで友人とインターネットでコラボして遊んでます。Group Sounds Music-Cover B men Roy
この頃の注目バンド(笑) ビルヘイリー&コメッツ 「アラウン ザ ロック クロック」🎶 ライチャーブラザース 「アンチェンジド メロディー」 (UNCHAINGED medley)🎶 ➕Boys town Gang★ 「Cant' take my eyes off of you 」 (アメリカ ベトナム戦争絡みの 世相のうた当時大ヒット) 🌷🌸🌺🌻🌷🌸🌺🌻
実際のGSのレコーディングを
支えてたスタジオミュージシャンの
顔ぶれも、どんな人達だったのか
興味があります。
恐らくどこも半ば専属でしょうから、
ある程度固定したメンツ
だったのではないかと。
海外でもこうした
"吹き替え"演奏していた
スタジオミュージシャンが
後に有名になった例も
ありますし。
懐かしいね。シックスジョーンズ、れこーどあります。片面四曲で枯れ葉とかやってたね、エドさんの話為になるし楽しいです。
失礼しました。レコードです。家の親が持ってました。
GSの黎明期のお話、そしてGSが現在の音楽に与えた影響。大変楽しく聴かせていただきました。素晴らしいです。
私的にはGSに夢中になったのは毎朝TBSで放送されてた“ヤング720”です。まだ小学生だった私は学校が近かったせいで、番組終了ギリギリまで良くみてました。その当時若い頃の関口宏さんが司会をされていて、グループ・サウンズも良く出演されていたような記憶が有ります。印象に残ってるのが1968年発売の小さなスナック/パープルシャドウズです。あの曲をこの番組で知りイントロのエレキギターの音色に圧倒され、後にギターに興味を持ったしだいです。後で思うとあんなに朝早くから良くGSの皆さんが出演されてたなぁ~と不思議です。今後もエドさんのGSの講習楽しみにしております。
エドさん最近見始めました。イヤーイイですね。今更ですがファンになりました。これからも応援します。
ちなみにdo you know は小田さん作ですよね。
エドさんのグループサウンズ話いつ聞いても最高です😆❗️途中少し触れられてたスタジオミュージシャンの方(江藤勲さんや石川晶さん)のお話もぜひお願いします🙇♂️❗️
懐かしいな。ブルコメが出てからデビューまでが思い出します。最初は演奏のみで途中からコメッツコーラスになり青い瞳でデビューした。ファンクラブに入り何回も見に行った。
3年前コンサートに行ったがジャッキーさんは車椅子で挨拶して演奏はしなかった。
皆さまおっしゃるとおり、今回はいつにも増し学術的でしたね。大変、大変興味深く拝聴させていただきました。
最後の最後で起源はベンチャーズと仰っています。ビートルズと言わないことがミソですね。日本ではどちらがさきだろう?私、69歳ですが、個人的記憶ではほぼ同時でしたね。クラスの女子はビートルズ、男子はベンチャーズ、、という感じ。橋も舟木も頑張っていました。何かの本にありましたが、1965年の国内のレコード売上はビートルズよりベンチャーズの方が上だったそうです。その後の両者の活動、影響のスケールを考えると、昭和30年代以降の方には信じ難い事実でしょう。この感じは昭和20年代生まれの人はよくわかるでしょう。
余計なこと書きましたが、エドさん、末長くお願いします。(私が生きている限り)!!
自分は物心ついた時に既にGSがいたのですが、そのルーツ、変遷について何も知らなかったので大変興味深くまた、いつものようにエドさんの語りに引き込まれて見ました!
レコードよりもハコとか驚きです、歌手とかバンドの人はレコードで食ってるのが普通と思ってました(笑)そのレコードも廃れて、今はインターネットですね。便利だけど、せめて音楽はレコードやCDで聴く時代に戻って欲しいと儚い夢を見てます。
エドさんこんにちは❗️
今回は…、いや、今回も、もはや「講義」の域ですね‼️
ボクにとっては永久保存版にしたい内容でした‼️☝️🧐
今日もありがとうございました‼️😊
もはや現代音楽史の講義。有料級。
いつも楽しく拝見させていただいております。
今回は特にエドさんしか語れない内容で貴重なお話ありがとうございました。
おそらくこの時代のポピュラー音楽変遷の裏事情をこういう切り口で解説・考察された唯一のものではないか? 近代ポップス史の背骨でありながら、エドさんが語らなければ、決して表に出て来ることはなかったであろう話題の数々は記録されるべき。
GS時代の始まりから急変化する時の流れ話し面白いです。
あの頃の様子をブラウン管、銀幕で見てきましたから、エドさんの話良く分かります。最高!
興味深いお話でした。僕が中学の時に西城秀樹さんの“Do You Know”のシングルが出て、全然売れなかったのですが
僕はメチャメチャ大好きでした。今でもヒデキのトップ10に入るくらいですよ。
フランツ・フリーデルさんのカバーというのは知りませんでした。
いつも「へ~!?」とか「あ、そうだったんだ。」とか「なるほどね~!」なんて言いながら見ているんですが今回は特にこれらが多かった回です。
毎回豊富な知識と話術のうまさで本当に感心しながら見ています。
有料級の貴重なお話を惜しげもなく ありがとうございます。
存分に楽しませて頂きました。エド仙人様
ここまで見てきて、とてもお話しに引き込まれます🙀。
特にハコバン時代の逸話はバンドをやっていた人間にとっては同じような経験もして共感できるエピソードばかり😸。
いわゆるハコバンを経験した人達が私の周りには居なくなってしまいました😨。エドさんのチャンネル動画が、
今後日本の貴重な証言資料になると思います。G.Sの逸話や人の流れなども良く覚えていらして素晴らしいです。😺👍
エドさんの話しは、いつも味が有りますコロナで自粛している中イラつきがやわらげますいつまでもスカっとヨロシク
温故知新。
ふと頭に言葉が浮かびました。
確かに一理あると思います❗️
感心させられました🐈
語りがスゴイ! まさに立て板に水、当時の裏事情をこんなに流暢にしゃべれるのは、エドさんだけでしょうね、脱帽!!!
そう言えば、ブルージーンズとシャープ5も双璧エレキ・バンドでした。
「ブルーシャトー」の摩訶不思議な歌詞の魅力は、言葉では言い表わせない。今でも体がゾクゾクする。
今回、中身の濃い回でした。映像で言えばズームで寄ったり、広角で時代を俯瞰したり、エド流に
縦横無尽に解説頂きありがとうございました。
エドさん!私もGroup Sounds GS 時代に青春を過ごした団塊世代の自分ですがあの頃を懐かしく思い出しました。貴重な話を有り難うございます。
裏話しや逸話を教えてくれる人はエドさんだけ。感謝感謝です。GSは今も心の中に健在です。DTMで友人とインターネットでコラボして遊んでます。Group Sounds Music-Cover
B men Roy
バンドの二頭対抗論、興味深く反芻させていたできました。確かに自分の知っている世代でも、70年代後半からツイストVSサザン、80年代前半YMOVSオフコース、中盤チェッカーズVSCCB、80年代後半BOOWYvsブルーハーツ、作り手意識とは関係ない所で、送り出しのメデイアの反応が付加的にそうさせるんでしょうね。源平巨人阪神戦、皆の衆よ見よ、みたいな。
エレキギターもGSのおかげでいろんな音がでるようになりましたよね。
エドさん生き字引だなあ! 凄いです。又、GSのお話して下さい。
これは神回だな
このあとの70年代の細野晴臣さんや山下達郎さんの
アーティストさん系誕生秘話の歴史がわかると面白いかも
やっぱりこの頃の話は凄く面白い!!
寺内タケシが「グループで演奏するんだからグループサウンズでいいじゃない」
エドさん 毎回楽しく拝見しています。早速TH-camで「青い瞳」の英語版も見つけました♪エドさんの解説がなかったら見過ごしていたと思います。そしてエミージャクソンが豪華なバックバンドで「涙の太陽」を英和両方で歌っている動画もみつけました。エドさん奥様これからもどうぞよろしくお願いします。 th-cam.com/video/WiySerKrKXY/w-d-xo.html
黎明期は試行錯誤の繰り返し。
苦労も有っただろうけどやりがいも有ったのだろうと案じました。
涙の太陽と忍者部隊月光のテーマはよく似たエレキサウンド
まだドラムが8ビートになりきれないとこが懐かしくいいですね
めちゃ面白い! レコーディングの苦労はありましたからね。
バンドのレコーディング方法なんて誰も知りませんでしたからね。
海外の楽曲をコピーしたGSらのアルバムがありますが今の技術でレコーディングしていたら大きな違いがありましたでしょうね。
特にベース、ドラムラインなどは当時は茶地な録音でしたからね。
涙の太陽は昭和40年(65年)ですね
1963年頃にビートルズが米国のキャピトルレコードからデビューするまで、米国白人社会の一般的な人達の間では、未だ往年のジャスビッグバンド形式の名残で、バンドマンは歌っちゃいけないものだと思っていた。唄はバンドの前に立って歌う歌手が歌うものだと思っていた節が有る。モータウンレコードも歌手メインでバンドはあくまでもバッキングだった。
其処に、1950年当時からシカゴ中心に黒人向けメインに営業していたチェスレコードのマルディ・ウォーターズやハウリング・ウルフやチャック・ベリーのカルトなマニアだったイギリスの白い肌をしたビートルズやストーンズ等のコピーバンドが出て来て、米国の白人の若者達はバンドが歌って良いんだ!と新たな認識をする事になる。
さすがに語ります!勉強になります。これを肴に飲みたいものです。
とっても勉強になりました。
素人疑問で、アレンジャーの仕事や業績について関心を持っています。おりあらば、ご紹介ください。
大御所が、ネルソン・リドルを決して手放さなかったなどと聞いたのがきっかけです。
最高に面白かった。
「渡辺晋とシックス・ジョーズ」ですね
エドさん、メチャクチャ面白い!エドさんのお話は団塊の世代にすれば宝物。すっごくいい!ありがとう。(^^♪
確かに言われてみれば。
諸説あるにしてもGSから生まれたとされるものも多いですもんね。
楽器の進化、録音の進化など技術面や
ギターやベースなどの楽器の奏法、
音楽ジャンルもムード歌謡や演歌も辿るとGSとされていたりしますもんね。
ちなみにブルコメは北欧でも人気があるようで、
フィンランドで青い瞳とブルーシャトーが歌われている動画が、
TH-camrに流れていたり。
これが違和感無いんよね。
本日もお疲れ様です。エドさんの熱い話が先走ってるのが、心に響きますね。そうですベンチャーズが歴史を作ったんですよね。
本日も最高ですね^^また次回楽しみ待ってますよ~。😍😍😍😍😍👍👍👍
プルコメの蒼い瞳は英語版で聴くとゾンビーズみたいだよね。自分はこっちの方が好きです。
仙人長生きしてほしい。
GSの名付け親には諸説がありますね。「いつ見ても波瀾万丈」で寺内氏が、ワイルド・ワンズやブルーコメッツがオリジナル曲をひっさげて日劇ウエスタンカーニバルに登場した時、ジャンルを記者から聞かれて、「グループで演奏しているんだからグループ・サウンズって言うんだろうな」と答えたことでGSという言葉が定着したと言っていました
映画「嵐を呼ぶ男」の最初の方で 平尾昌晃が♪おいらは銀座のジャズ小僧~をジャズ喫茶で歌っていた ロカビリー
スマイリー小原!背中で指揮者!懐かしい!涙の太陽はS45より前ですね?
なにせ同年代で同じ方を見ながら生きて来た⁈訳ですから、エドさんの話面白いハズなんですね、今日スカパーで釣り日記やってました江の島のやつ、雨凄かったんですね色々な人が出ていますが、釣果を主眼にしない釣り番組良いと思います(汗。
60年代(笑)🌷🌸🌺🌻
そのころは 地方はわりと
バンドと 云わず「楽団」🌷🌸🌺🌻
ライブは 「実演」(笑)🌷🌸🌺🌻
m(_ _)m🍃🌿🍀☘
ライブアルバムは実況録音盤
上野のジャズ喫茶はテネシ-ですね。
「エミ―ジャクソンの昭和45年…」、ん? 昭和45年(1970)はオイらが大学に入って東京に出てきた年だ。1965年と勘違いなさってんでは?
寺内さんがマスコミに聞かれて、「グループでやってるのでグループサウンドでいいんじゃね」って言ったと聞きましたが…
115回目は、奥さん出演かな?
デュエット曲の、カナダからの手紙か、今夜は離さないを歌って下さい。
ライブ演奏なんかのステージでの音作りに凝りだしたのもGSからなんですかね。PAシステムとか。
この頃の注目バンド(笑)
ビルヘイリー&コメッツ
「アラウン ザ ロック クロック」🎶
ライチャーブラザース
「アンチェンジド メロディー」
(UNCHAINGED medley)🎶
➕Boys town Gang★
「Cant' take my eyes off of you 」
(アメリカ ベトナム戦争絡みの
世相のうた当時大ヒット)
🌷🌸🌺🌻🌷🌸🌺🌻
2chの 録音 まったく レトロで
難しかったでしょうね 😱💦
70年代も なると 4トラの
エンドレステープになった
カーオディオ ありましたよね?
8トラも あったかな?(笑)
エンドレスなので ずっと
4曲 8曲 聴ける 当時としては
奇跡のオーディオ(カセット
カートリッジ式)🌷🌸🌺🌻
m(_ _)m💙💚💛💜❤💗💖
東芝EMI前夜だったのですね
すぎやまこういちさんは、文化放送に入社後、退社してフジテレビに入った説があります。フジテレビではラジオ局からの出向者も多数ありますが、この場合は主にフジサンケイグループのニッポン放送からになります。
すぎやまさんはQRからCXへの出向です、しょくないで給料以上稼げるのでCXに辞表出しました
エドさんいい忘れました前回の街角インタビューあんただよあんたいいねスカッとしました
エミージャクソン涙の太陽は1965年 昭和40年の発売です‼️
後に 安西マリアさんの
日本語cover たしか
ありましたね🌷🌸🌺🌻
m(_ _)m 「涙の太陽」
日本の音楽史のターニングポイントが勉強になりました‼️m(_ _)m
綱木さんが言ってましたがブルコメはGSじゃないとム~ド歌謡バンドだと⁉️
私が中学時代にむさぼり読んだ、「みんなGSが好きだった」の超・濃縮版ですね。目次の"協力"の欄に、エドさんのお名前もありました。
ブルーコメッツはネクタイにス―ツ 我々も詰襟学生服をおって背広風にしてドンチャンやってました‼️
憧れはミリタリールック
かっこよかった‼️
どういう過程で生まれたんでしょうか?スパイダーズが一番だね‼️
GS復活発起人 マニアック甲斐そう会
Ⅰ ご夫婦編につづき、楽しみな、G.S. の詳説、ありがとうございます。今から視聴しますよ!Posted on Apr.7, 2021. ☆追伸で、すみませんが、4月6日、伊東ゆかり先生の誕生日、おめでとうございました。どうぞ、ずっとお元気で!Ⅱ 金子様の話し、涙の太陽、湯川さん…。青い瞳!すごく、良い話しですね!☆『ついたて』発案の田邊先輩については、誰だかこれまで知らず大尊敬します(田辺エージェンシー所属の夏目三久さん、新郎の有吉くん!寿、おめでとう!春から縁起よし!)。
エイトビートはポール・モーリア楽団なんかもそうですね、意外と
あと、このギターいいですね、アリアかもしれませんが低音弦なんかは本物よりいい音していたりして?
GSは寺内タケシさんが名付けたと「波乱万丈(寺内タケシ)2000年2月13日収録、爆笑・ビートルズ前座裏話」で言っていますが違うのでしょうか?
確かに、ハモリはG.S. からだよね。もっともその基はリバプールサウンドだけれど。
エドさん、お元気でいらっしゃいますか?新しいユーチューブが上がらないので心配しています。
ありがとうございます。次の動画じきに上がりまーす。
ついたてたてるのはローリングストーンズもやってましたよ。
日本ではって話でしょ
@@たたたた-e2o そうでしたー。すみませーん。笑
GS全盛期はPAシステムはどうだったんだろう?
GOOD fighting
グループ・サウンズと言う言葉は1967年には存在してた。シックス・ジョーンズじゃなくてシックス・ジョーズ。上野にACBはない。スパイダースはフィリップス前に何枚もレコード出してるし、この人の話は間違い、記憶違いが実に多い。
うん、バンド名も変えます。東京ベンチャラーズ、ありがとうございましたっ!
スマイリー小原
シックスジョーンズ× シックスジョーズ〇
もうちょっと配信頻度増やしてもらえないかしら。
適当な時代でしたから(笑)