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ジキル&ハイド
Japan
เข้าร่วมเมื่อ 3 ส.ค. 2019
【漫画】実在した伝説の日本兵...驚異の視力3.5撃墜王「坂井三郎」
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วีดีโอ
マスコミへの復讐!フ◯イデー襲撃事件を漫画にした。
มุมมอง 66K5 ปีที่แล้ว
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05:03 1994?
私は自衛官です!なんと、彼の娘さんは敵国、アメリカに留学し、フィアンセはアメリカ陸軍士官です!青い目の孫を見たとき、坂井三郎さんの胸中はいかほどでしょうね、時代の流れとはいえ、アメリカ人に操を捧げた娘さん😂父親のかたきです!大和撫でしこもおしまいです!
1994年って戦争終わってるやん
この人の著書には眉唾なエピソードも混じっている(例の輸送機の話とか)ので、妄信しなように。飛行とか操縦につては記録としてよいと思う。
台南空時代の視力検査で0.7と読んだ事がある。動体視力は良かったそう。
大空のサムライは高城肇さんの執筆つまりゴーストライター、間違い、ウソがイッパイ
マイクロソフトのコンバットシミュレーター2の製作にも参加していた、と聞いた気がします・・・。
坂井さんの凄かったとこは隊長時に僚機の喪失がなかったとこ
1944年6月、硫黄島上空の空戦で列機2機を失っています。
@@幸男橘 まあ、でも硫黄島上空の空戦の時は片目で、実質現役戦闘機パイロットとしては、ガダルカナル上空で重傷を負った時点で 終わっていますしね。それ以降は、坂井さん的には「無かったこと」なのかもしれません。
杉田庄一(撃墜数120機以上のスーパーエース)「坂井なんてラバウルで敵がまだ弱い頃しか知らない。本当に大変だったのは奴が居なくなってから。それなのに若い搭乗員をジャク(未熟者)呼ばわりしやがって。何様だ。あんなインチキ野郎はぶん殴る」。坂井三郎の343空時代の実話
彼は60歳そこらからゴルフは始め、2回程ホールインワンを達成している。 運ではない何かか。運を強引に引き寄せる何かを持っているんだろう。
坂井さんに夢中になりましたが、最近では評価を下げている。やはり私が問題視するところは、初日のガタルカナル攻撃で負傷して帰国した事だ!それ以来ラバウルに戻ってない。残された隊員は、苦しい戦況の中、坂井以上に活躍して散って逝った。
3時間飛んで空戦し、3時間かけて帰る。これを毎日繰り返したら、疲労で注意力が落ちてやられることになる。ガダルカナルの無謀な遠征で多くの搭乗員が散っていった。
5:05 1994年❓🤣🤣
たしか坂井は『7.7㎜機銃』がお好みで『20㎜機関砲』は射程距離の短い『◯ョン◯ン弾』と言ってたらしい。 しかし米軍がヘルキャットを投入したら7.7㎜機銃では落とせなく成った。 紫電改(20㎜機関砲しか付いていない)に乗り換えた『菅野』や『杉田』は順調にスコアを伸ばしたが、あくまで『ゼロ戦(7.7㎜機銃か?)』に拘ったから、(ヘルキャット相手に)スコアが伸びなくなったみたいですね。 坂井曰く「(ヘルキャットは)二度と戦いたくない相手だ。」 後輩から「『菅野大尉』や『杉田飛曹』は今でも米軍機を撃墜してるが、坂井(特務)中尉は『弱かった頃の米軍機しか撃墜していない』。」 と『陰口』を言われてたみたい。
9歳小3の時分父が”ゼロ戦” という本を持ち帰り、私も半年をかけて漢和辞書で漢字を調べながら、半年をかけて読んだものです。今であれば、全て読破する時間も根気も、失いました。子供ってスゴいですね。
坂井さんめっちゃ話盛るからなー笑 輸送機の話も会ったって話も確認されてないし、、 自称だからどこまで信じれるか笑 ガ島の攻防戦初日に負傷で離脱したから、もしあのガ島攻防戦を何ヶ月もってなったら生き残れたか… ラバウルの地獄は坂井さんが離脱したあとだよ😢
坂井氏によれば、米軍OBとの懇談会の席で、この中に硫黄島で俺を追いかけたグラマンのパイロットはいないか、と尋ねたところ、「俺だ」と一人手を挙げた男がいたそうです。そして彼はこう言った、と。「さてはあれがサカイだったのか。あの回避機動(射撃位置につこうとする瞬間を捉えて左への急旋回をすることで延々と逃げる)をされたら、俺たちは絶対に敵わない。仲間が何十機いたとしても落とせない」。
右のサムネがめっちゃ唇青い人に見えた
視力3.5??! 来日後のオスマン·サンコンレベル じゃんか😂😂😂
まぁ、大学で光の勉強してる人は分かるけど視力2以上は人間の構造上ありえないんだけどね
海軍でも類似した実話があったね イギリス海軍が日本軍に撃沈されて海を漂流していた! そこに日本軍が現れたが、艦長は「敵兵を救助せよ」弱ってる敵を攻撃は武士道に反すると 坂井さん 敵でも敵でない! そうやって銃撃しなかった!
ああ、戦艦、雷(いかづち)の工藤艦長ですね。
実は残念なことに件のSBD集中たこ殴りのせいで坂井はラバウルでも米軍が新鋭機を投入して本当に厳しくなった時期を知りません。そのため三四三空に教官として赴任した際はラバウル帰りの猛者たちから相手にされず、結局去ることになってしまいました。そのため紫電改部隊でのエピソードがほぼないのです
昔々、大空のサムライを読みました。内容を忘れていましたが、改めて、坂井三郎中尉の話を聞くと、涙が出てきました。
同僚パイロットから随分評判悪いみたいな
サザーランドの名前が出てこないのか
昔の人って生命力ガチやばすぎw
本当の侍ですね
撃墜王が坂井三郎と岩本徹三なんだよなぁ
坂井三郎…。撃墜王?う〜ん。違うなぁ!信じる人だけで良いんじゃない。
真の撃墜王は岩本徹三ですよね。
1994年硫黄島の戦いって‥
これだけ視力のある人がなぜ戦闘機と後方に機銃のある爆撃機を見間違えて撃たれる羽目になったのか謎ですね。
そういうことは、ガダルカナルの時に限らず坂井はいろいろやってるよ。有名なのは硫黄島上空でF6Fの編隊を味方の紫電改の編隊と誤認し、編隊を組みに行ったら向こうに勘づかれ、1対15のドッグファイトになったという話。勿論坂井が逃げ切ったから「大空のサムライ」があるんだけど。
それは往路で持ち込んだサイダーを噴出させて前面風防を曇らせてしまい、 拭くのに集中した結果戦場に着く前に疲労した結果、集中力が低下して戦闘機と急降下爆撃機を見誤ったのが原因。 ちなみに開戦当初のドイツ軍もヘボ揃いで、 ボールトンポール デファイアントと言う前方に機銃が無く後方の砲塔で攻撃する英国面全開の戦闘機とハリケーンを見間違えて坂井三郎同様の攻撃方法を取った為バタバタ落とされたものの、ガーランドが機種識別法と戦法をみっちり仕込んだ結果、坂井三郎がガダルカナルで犯した凡ミスは起きてません。 アメリカはBー29搭乗員が日本空襲時にバドワイザーやコカコーラを機内に持ち込んでますが、ここでは往路飲用を厳禁にしたことと与圧キャビンの効果で坂井三郎が犯した凡ミスは起きてません。 笹井少佐は坂井三郎が負傷した経緯を知って激怒し、以後機内へのサイダーやラムネ持ち込みを厳禁にし製造さえ禁止してます。 替わりに紅茶を支給していたそうです。 ちなみにラムネ持ち込みは海軍独自で、陸軍はラムネ製造する発想も設備も無いことから開戦当初より紅茶などのお茶を支給していました。
サイダーは操縦席に持ち込む前に栓を開けて、予め気を抜いておくのが当然のルーティンだったのに、その日に限って忘れてしまい、うっかり上空で開けたら風防内に飛び散ってしまった、とのこと。マフラーで懸命に拭いたそうですが、集中力が削がれる結果になってしまったようです。
元から台南航空隊はDEに横須賀航空隊だったから復帰しても所属はそうなったと思うよ 確か終戦は大村基地だったと思うよ、局地戦闘機紫電改に乗っていたよ、マンガ紫電改の鷹に出てくるよ、教官でベテランパイロットの酒井さん
よく生き延びて 小説を書いてくれたと思うよ 生きている時にTVで見れて良かったですよ、天才じゃなくて努力家だったからだと思うよ
大日本帝国の武士道・・・日本人の誇りです・・・。
ちゃんと調べた?
昼間に空を凝視しているとき、一瞬星が見えたというくらいだからその視力で戦いを生き抜いてきたのですね。
坂井はホンマに嫌い 自分の事しか考えてへん 杉田や武藤の方が遥かに上やろ 343空で文字通り追い出されたけど 転出先の横空でもあんなヤツいらんっちゅう感じやったやないか
戦時中の米軍パイロットによるの毒殺説
自分も小学生の時に本を読んで感動しましたが 一説によると 色々と過剰に盛って伝えてる事が多くて 関係者からば 余り相手にされなかった とかも言われてますね。 実際の葬儀にも 軍関係者の参列者が3人とか4人だったとか言われている事もありますよね?。 戦果も当時は帰還してから 自主報告が殆どで 各自 評価を上げたいので かなり盛ってる事は 米軍の撃墜記録との差があり過ぎるのも判ってきたみたいです。米軍の記録自体も自国の悪い戦果を正確には伝えて無いとは思うので 何が真実かは 判らないですね。
坂井三郎と前田明の対談動画見た?
かっこよすぎる
あの技術に加え目がよかったのか〜そりゃ強いわ
零式で多数のヘルキャットと対峙して一体何をどうやって逃げ切れたのかが知りたい・・・。 性能的にはHONDA のビートとFordのマスタングがチェイスするような状態だと思うんだけど、ありえないよ。。
低空だから零戦52型とヘルキャットとの性能差はそれほどない。坂井なら敵が射撃を開始したのをみて機体を滑らせて射弾をかわすことができるし、一度に1機しか攻撃できないことも知っている。ひたすらかわし続ける腕があったということでしょう。下手糞100機よりベテラン1機の方が強い・・・戦闘機の世界ではそれほど差がある。
戦場で出会った輸送機を迎撃距離に捉えたものの、女子供含む多くの非戦闘民が搭乗している事に気づき、逡巡した後に、これを撃墜する事無くその場から離脱したというエピソードにたまらなく心が揺さぶられます。これこそが侍と呼ばれる所以なのだろうなと。。。
この人多分伸びるわw
たいてい撃墜数を稼いだ日本のパイロットはもちろん格闘戦も優れているけどほとんど一撃離脱で撃墜数を稼いだ!
大多数の旧軍パイロットは自分の撃墜戦果を自慢したりはしない。他のパイロット、整備員、地上勤務員、機体を製造した人等の協力があってこそ。 陸軍64戦隊では、報道班員に撃墜数を訪ねられた時は、戦隊の撃墜数を答えるよう指導してたはず。 この人は戦後、戦記物出版社のエース。
坂井三郎以外にも、零戦虎徹・岩本徹三やラバウルの魔王・西沢広義やイエローファイター・菅野直など日本軍には素晴らしいエースパイロットがいたけれど、戦争を体験した人が次々といなくなってしまっている。彼らが命をかけて守った日本の平和を我々は受け継いでいかなければいけない
1994年は草
やば‥後半涙出てきた🥲
戦時中、戦後世の中のため疾走されたんですね。 お疲れ様でした安らかに。