【ゆっくり解説】謎に包まれたクノイチの世界!!本当にいたの?
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- เผยแพร่เมื่อ 17 ต.ค. 2024
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クノイチ!!
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歴史は何のために学ぶのか。この疑問を持ったことがある方は少なくないでしょう。仕事では直接使うことはほとんどないですよね。
過去を学ぶことで未来に活かせると私は考えています。教養という意味でも社会で必要な知識でしょう。
先人たちはどのような暮らしでなぜそのような文化が形成されたのか。面白いことばかりです。
こういった考えから、このチャンネルでは社会人の方が、ゆっくり楽しく歴史上の偉人のことを学べ、更に、そこから日常でも役立てられるような動画を作っています。
このチャンネルを通して学び、役立てられる人が1人でも多くなるようにチャンネル運営を頑張っていきます。応援してもらえると嬉しいです。
ほぼ毎日17時に動画を配信中 にっぽんぽん 運営 山本陽太
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#ゆっくり #ゆっくり日本史 #ゆっくり解説
女性諜報員はいただろうね
魔理沙が尽く霊夢のボケをスルーしてて草
日本のアニメやゲームに登場する「乳ばい~ん、お尻ぷり~ん」な女忍者の方が、外国が作った殺人マシーン的女忍者よりよっぽど歴史的現実に近いと思うとちょっと笑えてくるw
そりゃまぁそのものずばり?の、鼻の下を伸ばしてる武将を色香で誑かすってのは、有り得ますよね。
市中にて諜報や伝播を担う工作員はいただろうけど、忍び装束を纏って戦う所謂忍者は南総里見八剣伝等にみる創作の類いであろう。
モデルになった人物はいただろうが。変装の名人だったり。尾行が得意な人だったり。細工に詳しかったり。
クノイチといえば「棒涸らしの蛍」。「棒」中術とは、一体・・・・
昔の「真田太平記」の遥クララさんがやっていたお江みたいな事をやっていたんやと思いますわ。
遥クララさん色っぽかったなあ。
僕も セクシー忍者見たい😃
結局烈海王に帰結する
対 魔 忍
クノイチのコンテンツなら閃乱カグラも加えてさしあげろ
霊夢ちゃんの言っているのは、山本崇一朗先生のくノ一ツバキの胸の内では、それとも、水戸黄門の由美かおるさんでしょうか?
中井貴一さん演じる雲霧仁左衛門に出てくる女性達を女忍者と呼ぶのではないでしょうか。
自前か外注かは兎も角、諜報員は戦には必須ですからね……
まあ、漫画や映画の忍者は有り得ん、あんなに目立つ時点で失格……
ハニートラップ要因とかは必要だから女性がいても不思議では無い
忍法乳時雨!
有難うございます😁
第4次川中島で。
山内家上杉氏は浪人や若武者に今。
までの名門の家の人々を置いて戦った。
望月千代女の旦那様は。
荒川伊豆守に襲われたとか?
武田信繁神様も浪人だった備前守の名前
に討たれた?山本勘助も討たれたとか?
山本勘助は大林氏の養子になったとか?
近江八幡の野神神社は
農民達に(大林村?)大林氏が多かった
とか?野神神社に氏子か?
大林氏が祀っていた?歴史看板見て下さい
野上神社参りましたが。
大林組が建設業仕切っているのに
大林氏の野上神社が潰れかけてますよ😖
近江八幡市文化ホール前に。
なんとかして下さい。地元の神様達😖
鷹取町の八幡宮では近江八幡宮は?
不動明王様も祀ってあって参りました😁
安土や岐阜方面に旧道は繋がっていたの
では?
織田信長神様はいつも近江八幡宮に
参って出陣だったのでは?
山勘で参れて良かったです。
甲賀の大鳥神社もお参りしました😁
全ての方々が。
信濃国の上野国なら。
龍神様の家系の神様ですね
他家の子に取られて無ければ🙏
よく解らないって事ですか?。クノイチは、時代劇の世界の人?。
?。
そりゃ、後世の一般市民に周知されてたら諜報と言うには大失敗だろうし
発掘現場で手裏剣などの武具が出たとされる報告書はあるのだろうか?かったぱしから見てみたが、お寺や山城からでた十字の金属片などそれらしく見える物も、それは神道や修験道で使われる飾りで武器ではない。まだ調べきっていないが、女どころか忍者自体歴史上に存在させていいのか疑問なのだ。いまさら言っても仕方ないが、これだけ観光資源になった物に「いちゃもん」をつけるようで悪いのだが、沖縄の海底地形のようにちゃんと確定調査もされず文献の中だけの存在を国費をかけて観光地化するのは注意しないといけない。それが日本の歴史に関わってくる重大な事なのだ。
忍者に関しては発掘記録がほとんどない。甲賀市竜法師城跡の出土した石製神像や岩槻城跡と大和田陣屋跡、八王子城遺跡など秀吉の小田原攻めの際に使用された石つぶてや土製のまきびしはみつかっている。がこれは忍者集団の道具という確証はあるのだろうか?要は誰でも使えるものだ。「忍者」ついて確かに忍術伝書と呼ばれる物は残っている「万川集海」「正忍記」「忍秘伝」など三大忍術書だ。政情も安定した江戸時代中期に「忍術の流儀」として出された物だ。なかには印を結ぶなどのサンスクリット語をつかった仕草や作法などあるが、梵語に関しても理解は間違っているところも多い。修験道の影響を受けて存在はしたんだろうが果たしてどこまで戦国の世に存在していたのか。江戸時代の大げさに書いた空想伝奇本なのではないか?常に不安は残るし、まさに懐疑的だ私は。圧倒的に男社会で女性がかかわってくることなどほとんどないのは確かだが。今日中東の「アサシン」でさえ歴史の中で史実として確かかどうか疑問にされている。たんなる「大麻中毒者の集団」の可能性が出ている。ただ向こうは発掘記録として残っている。集団として活動はしていたようだ。「カルト教団」なのか「集団」なのかよくわかっていない。