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PC エンジンは次世代の開発競争には破れて消えてしまったけど、CDROM 2は時代を5年は早めたよね。すごい挑戦だった。
当時CDロムロム買うのにクリスマス、お年玉、両親、祖父母にお願いしてお金を工面した思い出があります。スーパーダライアスを購入、音質には感動しました!
分かります!逆に任天堂はお金を工面しないギリギリラインの価格なんですよね。我々世代は、ファミコンではなくPCエンジンのおかげで、お金の工面やスポンサー交渉を学んだ気がします。
二人のコメント。おんなじ!!
高校生だったけど、親の仕事手伝ってバイト代貰って中古で35000円ぐらいでロムロム買いました。買ってよかったです。スーパーファミコンも持っていたけど買ってからはほぼCDROMのソフトを買って、やってました。
X68Kのシステム作ったり、PCEやCD-ROM2の設計したり、ハドソンって本当にすごい会社でしたね
X68kのOSにGUI、BASICインタープリタ、CPU、VDP(GPU)、HDDユーティリティー、コントローラ、ゲームとなんでもかんでも作っていましたね。任天堂もファミコンだけじゃなくて、将棋盤、カルタ、トランプ、ゲームウォッチ、電子玩具といろいろやってました。
イースⅠ・ⅡのBGMも好きだけどイースⅢや英雄伝説のBGMも好きです
うちらが子供の頃に発売された時に言われていたのはCD-ROMは100年以上持つと言われていたけど光メディアが出現してから20年経った今ではアルミ蒸着部とポリカーボネートの接触部分が加水分解を起こして剥がれてしまうのが分かり20年しか持たないとなったそうです。
あ~当時CDは100年以上持つ媒体って売り文句にしてたねぇ…懐かしいwwでも全然持たなかったんだよね。
ゎ
と、言いつつも実際は二十年以上前のCDがまだ結構読めるなという感じ
@@丁酉 私は30年前の輸入洋楽CDとか全滅しましたww 湿気や紫外線など保管環境にかなり影響されますんで。
私がいまだに所有している、当時買ったPCエンジンのCD-ROMはまだ問題なく読み取り出来ますね。他に、1985年製の音楽CDも問題ありませんでした。
お疲れ様です。親戚が多かったので、お年玉で購入しました。まだ、現役です!続きが見たい。
この頃のCD-ROMは等倍速、RAM容量も少ない、磁気ディスクやROMとは勝手が違う光学メディアという、何もかもが初めて尽くしのハドソンが悲鳴を上げるのは当然だった。当時からすればファミコンソフトやHu-Cardが一冊の文庫本なら、CD-ROM2は百科事典に相当する量になるため、逆に大容量を持て余す可能性もあった。
ハドソンってゲームの絵が好みじゃなくてあまり好きなメーカーじゃなかったのですがファミコンやPCエンジン、家庭用ゲーム機への貢献度は偉大なものだったんですねありがとうハドソン!
天外魔境シリーズもそうだがイース1.2は凄いできの良さ…他のハードには真似できない(当時)斬新なスペックだった。スーパーファミコンとPSCDシステムが合体してたら凄い事に成っていたな…。
「コズミック・ファンタジー」は 1エンカウントごとにディスクアクセスしてたし
天外魔境も結構ウザかった・・・
そんな苦労があったんですね。先日発売されたPCエンジンminiがきっかけで、うちの子(小学生)やその友達の間でも、ボンバーマン(94がきっかけでSwitchのRも購入)やときメモ、天外魔境2に夢中ですよ。CDの寿命を超えて、面白いゲームは不滅?なのかも。
コメントありがとうございます。今の子供達に、昔のPCエンジンで遊んでくれているのは、嬉しいかぎりです。
このハードを買うために初めて短期バイトをして購入したんだよね友人が遊んでるのを見てどうしても欲しくて貧乏だった自分が憎らしくも思った購入したその日に遊んだイースⅠ・Ⅱは忘れられないなぁ
当方も「冬休みのバイト代(6~7万円)」を全て注ぎ込んで、ハード一式とイースⅠ・Ⅱを買ったクチですわ…( ̄▽ ̄;)格好良い生演奏っぽいBGMと喋るキャラクター…まさに『未来』を感じさせる思い出深いハードですなぁ。
バブル前の企画は本当に夢が実現みたいな技術だらけだった。正直2000本分の容量だと手間も倍々所じゃなくなって大変だったろうな。ファミコンみたいに容量のせいで色ちがいとか逆に手を抜く事が開発の手間を軽減してたのは使えないし、手間をかけるのが無限にある開発はかなり大変だろうと思う。後、スタッフどれくらいいたんだろう?
PCエンジンのCD-ROM2は後のプレイステーションなんかと比べるとメモリが少なくて開発が、大変だったとは聞いた事があります。
以前、持っていましたが、ロードエラーが半端ない位あったのは、メモリー不足の仕業だったのでしょうか?あまりの酷さに、すぐに下取りに出しましたが、今思えば持っていた方が良かったと思いました。
当時、友達の家で喋るゲーム(イースだったと思う)を見て、欲しくて欲しくて止まらなくなり買ってしまった。PCエンジン本体も売って、メガドライブを買ってましたが、本体を買いなおしてまでCDロムロムと抱き合わせで買いました。
SEGAがメガCDを作る時にゲームアーツと手を組んだわけなんだね、こう言ったことがあったので・・・次はメガCDとかの開発部分もやってほしいなぁ。
バブル崩壊直前にリリースしてメーカーが無理やり盛り上げようとしていたネオジオの家庭用なんて景気後退の荒波に勝てずに、しまいには会社倒産まで招いてもっと悲惨だったし。PCエンジンのバリエーションの多彩さは日本が景気が良かった時代の象徴として、幸せな記憶だと思うよ
ファイティングストリート(ストリートファイター)はステージの合間の読み込み以外はAC版と遜色なくて感動しましたね。勿論コントローラには強弱センサーが付いてなかった訳ですが、ボタンを押す時間の長さで強弱を判断してました。スト1のスピードだとこれでも違和感がなかったので、改めてハドソンの技術力というかアレンジ能力には感心させられました。当然スト2以降の感覚でやったらストレスがたまる作りではありますが、それはオリジナルのAC版もおなじですしね
CDROM2 って、記録方式がAudioCDなんだよねこれがある意味最強のプロテクトになっているとも言われているけどwまだ、PCでもCDROMが普及する前だからISO9660とかUDFとかファイルシステム使っていなくて、データを音声化したものがトラック2と最終トラックにはいっているだからトラック1に入っている注意音声もソフトによって凝った演出をしていて楽しみでした
1倍速という足枷もあるのにファイルシステムでCD-ROM内の好きな位置にデータを配置できないのでフロッピーとかで見かけるインターリーブ技術なんかも無理だったのかな。
まあ、その当時のCD-ROMが等倍速だったとしたら、540MB全部読み込むのに60分掛かる計算だからねえ。
当時、専門学校生だったので、1ヶ月分のバイト代を突っ込んで買いました!ファイティングストリート、コブラ、天外魔境など結構、感動させられましたね。
次は遂にレーザーアクティブの登場ですね!わくわく
家庭用ゲーム機は本体を安くしてプラットフォームを普及させるものだから高価で、更に上乗せで新たなプラットフォームを展開する周辺機器は昔からうまくいかない今でもPSVRはPS4の5%しか普及していないそうだし
当時の状況から考えてもこんな本体よりも高価で世界初の得体のしれない周辺機器を約200万台(20%)売り上げましたからふつうに偉業ですよ。
一体型のDuoの成功で、スーパーCDロムロムはプラットフォームとして確立したな。単体のスーパーCDロムロムは散々だったけど。
いえ、前提として単体CD-ROM2の普及が進みプラットフォームとして確立したからこその一体型ですよ。むしろDuoが出てきたのはシャトル、GT、LT、スパグラの失敗で現状CD-ROM2でしかPCEの勝機が無かったからです。
真夏に「天外魔境」だったかな、クーラーもない部屋でやってて・・・読み込みしなくなって大変だったなぁ・・・w
当時、CD本体が20万円とか30万円とかした時代だから、59800円ってびっくりするほど安かったのさ
微妙に補足すると、ここで言われているシステムカードのRAMというのは、PCで言えば本体のRAM容量ではなく、仮想ディスク領域のことなんですよ。そもそも本体のPCエンジンの動作は、カードのROMにデータを読みにいって本体RAMに展開してプログラムを実行するというもの。CD-ROMを接続したときも本体の動作は変わらず、システムカードにある仮想ディスクというか仮想カードにアクセスして、本体RAMで展開する形になっている。そしてその仮想ディスク領域がひじょうに小さかったのが問題だったという話。直接CDを読んでRAMに展開するように作ってあれば問題はなかったんだけど、そこは黎明期の悲しさで技術が足りなかったのか、想定が甘かったのか。部材が高かったのか。足りなくなればまたロードすればいいと考えていたのかもしれない。
すごく面白かったです。この続き探しているのですが、どれなんだろう
当時の技術でCDロムをゲーム機として発売するには無謀でしたね、メガCDも不発だったし任天堂も結局発売しなかった。とはいってもPCエンジンと言えばCDロムだしいろんな名作を出してくれたんでユーザーとしては感謝です。
PCエンジンのマルチタップの5人同時プレイ、外部記憶装置、CDROMドライブ、プリンタにカラオケとコア構想、Switchの原型となる据え置き機と携帯ゲーム機の統合とか、今のゲーム機の未来像をPCエンジンDUOで完成させていました。今のゲーム機って、PCエンジンDUOを発展させた形式になってますね。
きっと君は来ない~♪ 一人きりのクリスマスイブ~♪ JR東海のクリスマスエクスプレスの前身が放送された年ですね。懐かしいなぁ~。ゲームとは関係ないですけどねw
頻繁にデータロードするデータは内側にイベントなどは外側気味に配置したり基本部分は各所にコピペして複数にデータを配置して読み込みを早くさせていたんじゃなかったけ?メガCDのシルフィードだと演算データをメディアから読み込ませてポリゴンを描いたり光メディアはデータの振り分け技術が必要
死にかけのじいさんにビフテキ食わすって言葉もこの当時流行ったなぁCDROM2もコアシリーズやDuoが出てきてシステムカード2で延命しようとしたが、当時システムカードだけでもバカ高いのにそこまで金かけて遊ぶ代物ではなかったし、一部の金持ちか変り者しか持っていなかったイメージ
友達の小渕君が空き巣に入られてCDロムロム盗まれたの思い出した。
開始から6分前までに流れるは、天外2風のイラストだろうか? 菊五郎のあんな表情見たことない。それにカブキみたいなのはどのゲームキャラかしら。
初期のCD-ROM2の頃でもアクセスのストレス感じたのは最初の天外魔境くらいだったかなイースI・IIもそこそこ速かったし、スーパーダライアスもステージクリアの時数秒くらいだったような当時親がSONYのハイビジョンモニターテレビ買ってたのでいい環境でゲームさせてもらいました
和ゲーのムービーゲーの悪癖はここからだったと思う
良くも悪くもですねー
部屋はいるとムービー戦闘終わるとムービー歩くとムービームービームービーでウンザリするね
ムービーとリアルタイムデモとの区別付いてなさそう。
内容すげー面白いからチャンネル登録したけど低い男の声と質問の女の子のこえのチョイスが怖すぎる普通のボイス選んでほしいな…
現在じゃ再生できないCDが出て来てるから!記録型CD-R特に短いw
だから、初期ほとんどのCD-ROMゲームはデータトラック抜かせばサントラとして聴けてしまったんだろうなぁ。ただ、この動画ではなんでインターフェースユニットが2万7千もするのか譜に落なかった。機能はわかるけど・・・背景のエメラルドドラゴン長めでなんか嬉しい。
動画にも説明ありますが発売当初はまだ消費税はなかったのですがCDプレーヤーには税金がかかりました。おそらくその対策でCDプレーヤーの価格をかなり抑えてその代わりにインターフェースユニットをお高めにしたんじゃないかと思います。もしCDプレーヤー50000円、インターフェースユニット9800円にしてたら税金がかかる割合が高くなりますからね。
当時、中学生だった自分には天の上の存在で、存在していないのと同じだったな。憧れていたか?って言うとそうでもなくて、スーファミとかメガドラがめちゃくちゃ楽しかったから飢餓感は無かった。
雑誌の裏表紙に大竹まことが広告で出てた記憶があります。まさに当時は高嶺の花でした。
当時フルセットで約60000円くらいでした
システムカードにRAMを積んだのって、スーパーシステムカードからじゃないですか?最初のシステムカードにもRAMを積んでいたってのは初耳です…
コメントありがとうございます。そうですね、最初のシステムカードにもRAMが搭載されていたのですけど、容量が少なすぎてゲーム開発で大苦戦することになるんです。でも当時は半導体の価格が高かったのでCDROM2の値段がこれ以上がるよりは、よかったのかもしれません。
初代システムカードにはメモリ搭載されてませんよ。インターフェースユニットにRAM64KB、PCMサウンド用に64KB、合計128KB搭載されてますね。サウンドバッファはPCMがそもそも残念音質だったんで、ゲーム用に流用されてたらしいですがwシステムカードには汎用文字フォントが搭載されていています。そもそもVRAMもカツカツなので文字フォントをROMに逃がしただけでも節約になるので、もしかしたら「メモリ増やしてくれ会議」の結果だったのかもしれませんね。
ああ、早く続きが待ちどうしいです(^o^)
この続編動画はあるんでしょうか…
今はブルーレイだと25gb以上ですから時代の流れは恐ろしい(笑)
FMタウンズ買った、アフターバーナーやってた。
最新技術ですごかったけど高過ぎで全く手が出ないというか親も買ってくれなかった。Duoが出るあたりでようやく買えるかなって感じだった。天外魔境IIとイースI・IIだけで元取れたけど個人的にはうる星やつらのストーリーが素晴らしくて買って良かったなあと思ったよ。
発売日に新聞配達で貯めてた5万いくら払って買って帰って箱開けたらインターフェイスユニットのみしかなくてもっかい店に取りに行った覚えあるわ店側もよく把握してなかったんだなぁ〜
NECは無印エンジン以降(特に光媒体)の色々で 酷評され、終わってしまったが、日電時代からのTOPメーカーの一角だし、ゲームでもより次世代へ無理をしたのが禍だったのかもな;無理せず、あるもので、可能な面白い物をの 違うN社 や様子をみて、いろんな折り合いを付けてのS社 が勝つけど、歳をとって考えると、あらゆる意味で、遊び難いハードだったけど、プライドとか意地とかスピリットみたいなものは評価していいかと思ってきた。NECも 色んな意味でまとまってて、ユーザーにも受け入れられる範囲の ノーマルエンジンをコツコツと伸ばして、5年、10年後にはみたいな感じでやってれば、成功はしないかもだけどもう少しいい結果になったのではないかと思う。母体が強いから、パワーがあって、より強いパワーみたいなのを無理にやったのが悪い結果になってしまった感がある
コイツの値段を知った時には絶望しましたよwそれでもねダライアスを家で遊びたかったんですよ。オリジナルボスと戦いたかったんですよでもあの時頑張ってバイトしてなかったら当時の感性で素晴らしいゲーム達に出会っていなかった事を思うと後悔なんて無いんだよなぁ
確か天外魔境が、最初アクションぽいゲームだったのに データが少なくて済むドラクエタイプに変わってびっくりした思い出が…何かしらのゲーム紹介ビデオで、ジライヤが術使って喋ったりしてたのでワクワクしてたのに、実際はテキストのドラクエタイプでアニメーションも無く、音楽も生音かと思いきやPCEの波形メモリ?だったかのBGMで、戦闘の絵と音がかなりしょぼくなって結構ショックだったなぁ……まぁ 買ったけどwシステムカードって2Mくらいじゃなかったっけ? と思ったけどあれだね、後に出たバージョンアップしたやつだね。カードに厚みのあるやつね、スーパーCDロムロム対応ってやつ。懐かしいなぁ…
この欠点が分かっていれば、ネオジオCDも、当初期のCD ROM2も 購入は見合わせていたのに、、、、
当時、間違えてCD-ROMをオーディオ機器にセットしないように必ず注意書きがあったな。いま似たような注意書きがタバコのパッケージに記載されてます。wだから当時のCD-ROMは必ず1トラック目に音声で注意メッセージが収録されてるんだけど、だんだんメーカーも工夫してきてゲーム内の声優さんにメッセージ読ませたりしてました。ボーナストラックだと思って必ずオーディオで聞いてたなー。本末転倒なんだけどね。あ、CDプレーヤーとか高くて買えなかったのでROM2で音楽CDを聴いてました。
でも、昔の方が日本は金持ちですがスマホに10万円かけるのが普通だから5万円がなぜか安く感じる。
開発はハドソン、販売はNEC?色々と揃えなきゃゲームできないのは不便でした
複数人での対談形式で話を進めるのはいいけど、同じ内容のセリフを繰り返したり、意味のないセリフを挟んだり、著しくテンポが悪くなっているので観ていてイライラする。もっと簡潔に要点を抑え、伝えたい事を伝える努力をしたほうがいい。動画の時間を無駄に伸ばしたい意図で行っているのならもう少し楽しめる掛け合いにすべし。
最後の最後そのゲームは…天外魔境だろ?
遅っせぇファイティングストリートと、謎過ぎるnorikoとかで、買う価値あんのか?なんてと思った世代ですが…540MBで6万とかいう話からしたら、1000円で16GBのUSBメモリや、RAMの単位が基本GBとか、未来に生きてるんだなぁって思います
PCエンジン本体買った後、CDROM2は高すぎて無理ってのは子供の俺でもわかったのであきらめたなw
余程の金持ちのお宅でもない限り…当時買えたユーザーは、やはり「自分でアルバイトして金を工面できる高校生以上」が中心だったでしょうなぁ~。
64kバイトが少ないと言うけど当時のパソコンのRAM容量だから扱う自信はあったのかも?
88年だとゲーム市場が98への移行を始めたところで、まだ88のほうが主流でしたね。90年になるとさすがに98が主流になります。
「赤文字の、バカみたいなおうむ返しは、バカみたいだ。」「バカみたい?」
最先端技術すぎて本体より高い周辺機器って今で言うPSVRみたいだな
64KBでそんなに苦労するようなことは無かったと思うけど。どちらかというとハドソンが苦労したのは、当時のハードディスク以上の容量を持つCD-ROMを複数のハードディスクを使いエミュレートする技術と、8mmテープを使ったマスター提出などの、開発環境の構築だったと思うよ。ちなみにモード2を使って700MB使えるようにもなりました。
ものすごく苦労してた事を元中の人が書いてるよね。というか苦労してたからスーパーシステムカード等を出すことになったんだし。
そうでした。すっかり忘れてました。4倍になったスーパーで苦労してなかったので勘違いしてました。
アクションゲーム好きというのもあるけど、サードパーティのゲームは酷いゲーム多かったな、一度のロードで敵が二種類だけとかあからさまに限界を感じるゲームばっかだった…
良いところで終わったw
その点メガCDなんて・本体CPUより高クロックで動作するCPU・RAMが6Mbit(768KB)・PCM用メモリが512Kbit・CD-ROM用データキャッシュが128Kbit・バックアップメモリが64Kbit・サウンドにPCM8音(ステレオ)・2軸の回転、拡大縮小機能という当時としてはかなり贅沢な仕様を、49,800円で発売!したにも関わらず殆ど流行らなかった(´・∀・`)
PCエンジンやメガドライブも本体は原価くらいか原価割れ。利益出そうと思ったら8万円くらいとらないと黒字にならないらしい。
いつ、続き作るの?もう2021年だよ
コメントありがとうございます。申し訳ございません、なるべく早く公開させて頂きます。
CDロムロムが無かったら今の大容量ゲームは無かった
正直に言うとCDROM2でゲーム嫌いになっていった気がする。やっぱりHuカードで妄想補完するのがゲームの醍醐味だった。多くを語らず口数少ない方がミステリアスでもっと知りたい意欲が増すんだよね。R-TYPE ComleteCDが良い例だと思わない?余計な部分が注入されてテンポ崩壊で萎えた人多いんじゃないかな。ディスクは10年20年じゃ壊れないね。だって30年前のCD今も読み込めるもの。
CD10年劣化説、材料のアルミニウムが酸化して10年でデータが読み出せなくなるという説。劣化しにくい金を使用したゴールドCD(音楽)が発売されたこともある。しかし本当に10年で劣化するなら、マスコミが大騒ぎするはずだが。ちなみに、CD-ROMを音楽用として再生すると「データ用で音楽用ではない。オーディオ機器を破壊するおそれがある」旨のアナウンスがあるが、どんな音がするか聞こうとしたのは私だけ?(ビビリだから聞いていません)
コンパクトディスクの規格そのものは昭和の最後に近い頃に策定されたのだが…1983年の頃に音楽用のCDの話を聞いていたので(当時小学5年)。確か試作機で東芝が1985(昭和60)年にMSX2向けのCD-ROMを使ったシステムの提案があったと思うが、その後にPCエンジンことHEシステム向けのCD-ROMシステムの事案があったのを覚えております。…今思えば、昭和63年こと1988年に世界初の家庭用ゲーム機向けCD-ROMシステムがあったことに驚きすら感じることがあります。昭和時代に発売されたCDプレイヤー(LD再生互換機も含む)のうち、CD-ROM規格が策定される直前の機種であれば、「ギーガガガバリバリバリバリザ~ッ」という音が壮大な大音量で再生されます。しかし平成以後のCDプレイヤーに至ってはCD-ROMフォーマットのデータヘッダーを検出して無音にするという機種がほとんどになったのですが、しかしながらデータ部分の最後で急に「ザッ!」という雑音が出る機種があるために気をつけられた方が良いと思います。
イースのCDロムを家庭用のCDプレイヤーや車のCDプレイヤーで再生してました。普通に音声データだけが再生されたのでサントラとして聴いちゃってました。
この国のマスコミは本当にヤバい事は発表しないよパニックになるのが解っているからね
@@yan4431 様おっしゃる通り、音楽部分は普通に通常のCDプレイヤーで再生できますね。データ部分については自分が先に書いた通りですが、PCエンジンに限っては2トラック目と最終トラック目にデータ部分が入っている、という印象があります。しかし、他のゲーム機やパソコン用のCD-ROMの場合は1トラック目にデータ部分、その後のトラックからは音楽部分として再生できます。(例外的に初代プレイステーションのように、CD-ROM/XAと呼ばれる方式で音楽を再生しているソフトもあります)
ゲームと関係あるミニドラマなどが、入っていた場合も…私はゲーム部分を再生してしまい、スピーカーを壊しましたw
CDの寿命が10年20年?
男性の読み上げボイスが怖過ぎです。可愛い声だけでいい。
声が聞き取りにくい(>_
PC エンジンは次世代の開発競争には破れて消えてしまったけど、CDROM 2は時代を5年は早めたよね。
すごい挑戦だった。
当時CDロムロム買うのにクリスマス、お年玉、両親、祖父母にお願いしてお金を工面した思い出があります。スーパーダライアスを購入、音質には感動しました!
分かります!逆に任天堂はお金を工面しないギリギリラインの価格なんですよね。
我々世代は、ファミコンではなくPCエンジンのおかげで、お金の工面やスポンサー交渉を学んだ気がします。
二人のコメント。
おんなじ!!
高校生だったけど、親の仕事手伝ってバイト代貰って中古で35000円ぐらいでロムロム買いました。買ってよかったです。スーパーファミコンも持っていたけど買ってからはほぼCDROMのソフトを買って、やってました。
X68Kのシステム作ったり、PCEやCD-ROM2の設計したり、ハドソンって本当にすごい会社でしたね
X68kのOSにGUI、BASICインタープリタ、CPU、VDP(GPU)、HDDユーティリティー、コントローラ、ゲームとなんでもかんでも作っていましたね。任天堂もファミコンだけじゃなくて、将棋盤、カルタ、トランプ、ゲームウォッチ、電子玩具といろいろやってました。
イースⅠ・ⅡのBGMも好きだけどイースⅢや英雄伝説のBGMも好きです
うちらが子供の頃に発売された時に言われていたのは
CD-ROMは100年以上持つと言われていたけど
光メディアが出現してから20年経った今では
アルミ蒸着部とポリカーボネートの接触部分が加水分解を起こして剥がれてしまうのが分かり20年しか持たないとなったそうです。
あ~当時CDは100年以上持つ媒体って売り文句にしてたねぇ…懐かしいww
でも全然持たなかったんだよね。
ゎ
と、言いつつも実際は二十年以上前のCDがまだ結構読めるなという感じ
@@丁酉 私は30年前の輸入洋楽CDとか全滅しましたww 湿気や紫外線など保管環境にかなり影響されますんで。
私がいまだに所有している、当時買ったPCエンジンのCD-ROMはまだ問題なく読み取り出来ますね。
他に、1985年製の音楽CDも問題ありませんでした。
お疲れ様です。
親戚が多かったので、お年玉で購入しました。
まだ、現役です!
続きが見たい。
この頃のCD-ROMは等倍速、RAM容量も少ない、磁気ディスクやROMとは勝手が違う光学メディアという、何もかもが初めて尽くしのハドソンが悲鳴を上げるのは当然だった。
当時からすればファミコンソフトやHu-Cardが一冊の文庫本なら、CD-ROM2は百科事典に相当する量になるため、逆に大容量を持て余す可能性もあった。
ハドソンってゲームの絵が好みじゃなくてあまり好きなメーカーじゃなかったのですが
ファミコンやPCエンジン、家庭用ゲーム機への貢献度は偉大なものだったんですね
ありがとうハドソン!
天外魔境シリーズもそうだがイース1.2は凄いできの良さ…他のハードには真似できない(当時)斬新なスペックだった。スーパーファミコンとPSCDシステムが合体してたら凄い事に成っていたな…。
「コズミック・ファンタジー」は 1エンカウントごとにディスクアクセスしてたし
天外魔境も結構ウザかった・・・
そんな苦労があったんですね。先日発売されたPCエンジンminiがきっかけで、うちの子(小学生)やその友達の間でも、ボンバーマン(94がきっかけでSwitchのRも購入)やときメモ、天外魔境2に夢中ですよ。CDの寿命を超えて、面白いゲームは不滅?なのかも。
コメントありがとうございます。今の子供達に、昔のPCエンジンで遊んでくれているのは、嬉しいかぎりです。
このハードを買うために初めて短期バイトをして購入したんだよね
友人が遊んでるのを見てどうしても欲しくて貧乏だった自分が憎らしくも思った
購入したその日に遊んだイースⅠ・Ⅱは忘れられないなぁ
当方も「冬休みのバイト代(6~7万円)」を全て注ぎ込んで、ハード一式とイースⅠ・Ⅱを買ったクチですわ…( ̄▽ ̄;)
格好良い生演奏っぽいBGMと喋るキャラクター…まさに『未来』を感じさせる思い出深いハードですなぁ。
バブル前の企画は本当に夢が実現みたいな技術だらけだった。
正直2000本分の容量だと手間も倍々所じゃなくなって大変だったろうな。
ファミコンみたいに容量のせいで色ちがいとか逆に手を抜く事が開発の手間を軽減してたのは使えないし、手間をかけるのが無限にある開発はかなり大変だろうと思う。
後、スタッフどれくらいいたんだろう?
PCエンジンのCD-ROM2は後のプレイステーションなんかと比べるとメモリが少なくて開発が、大変だったとは聞いた事があります。
以前、持っていましたが、ロードエラーが半端ない位あったのは、メモリー不足の仕業だったのでしょうか?
あまりの酷さに、すぐに下取りに出しましたが、今思えば持っていた方が良かったと思いました。
当時、友達の家で喋るゲーム(イースだったと思う)を見て、欲しくて欲しくて止まらなくなり買ってしまった。PCエンジン本体も売って、メガドライブを買ってましたが、本体を買いなおしてまでCDロムロムと抱き合わせで買いました。
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バブル崩壊直前にリリースしてメーカーが無理やり盛り上げようとしていたネオジオの家庭用なんて
景気後退の荒波に勝てずに、しまいには会社倒産まで招いてもっと悲惨だったし。
PCエンジンのバリエーションの多彩さは日本が景気が良かった時代の象徴として、幸せな記憶だと思うよ
ファイティングストリート(ストリートファイター)はステージの合間の読み込み以外はAC版と遜色なくて感動しましたね。
勿論コントローラには強弱センサーが付いてなかった訳ですが、ボタンを押す時間の長さで強弱を判断してました。
スト1のスピードだとこれでも違和感がなかったので、改めてハドソンの技術力というかアレンジ能力には感心させられました。
当然スト2以降の感覚でやったらストレスがたまる作りではありますが、それはオリジナルのAC版もおなじですしね
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これがある意味最強のプロテクトになっているとも言われているけどw
まだ、PCでもCDROMが普及する前だからISO9660とかUDFとかファイルシステム
使っていなくて、データを音声化したものがトラック2と最終トラックにはいっている
だからトラック1に入っている注意音声もソフトによって凝った演出をしていて
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1倍速という足枷もあるのに
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まあ、その当時のCD-ROMが等倍速だったとしたら、540MB全部読み込むのに60分掛かる計算だからねえ。
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次は遂にレーザーアクティブの登場ですね!わくわく
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高価で、更に上乗せで新たなプラットフォームを展開する周辺機器は
昔からうまくいかない
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当時の状況から考えてもこんな本体よりも高価で世界初の得体のしれない周辺機器を約200万台(20%)売り上げましたからふつうに偉業ですよ。
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微妙に補足すると、ここで言われているシステムカードのRAMというのは、PCで言えば本体のRAM容量ではなく、仮想ディスク領域のことなんですよ。
そもそも本体のPCエンジンの動作は、カードのROMにデータを読みにいって本体RAMに展開してプログラムを実行するというもの。
CD-ROMを接続したときも本体の動作は変わらず、システムカードにある仮想ディスクというか仮想カードにアクセスして、本体RAMで展開する形になっている。
そしてその仮想ディスク領域がひじょうに小さかったのが問題だったという話。
直接CDを読んでRAMに展開するように作ってあれば問題はなかったんだけど、そこは黎明期の悲しさで技術が足りなかったのか、想定が甘かったのか。部材が高かったのか。
足りなくなればまたロードすればいいと考えていたのかもしれない。
すごく面白かったです。この続き探しているのですが、どれなんだろう
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頻繁にデータロードするデータは内側に
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光メディアはデータの振り分け技術が必要
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開始から6分前までに流れるは、天外2風のイラストだろうか? 菊五郎のあんな表情見たことない。それにカブキみたいなのはどのゲームキャラかしら。
初期のCD-ROM2の頃でもアクセスのストレス感じたのは最初の天外魔境くらいだったかな
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当時親がSONYのハイビジョンモニターテレビ買ってたのでいい環境でゲームさせてもらいました
和ゲーのムービーゲーの悪癖はここからだったと思う
良くも悪くもですねー
部屋はいるとムービー
戦闘終わるとムービー
歩くとムービー
ムービームービー
でウンザリするね
ムービーとリアルタイムデモとの
区別付いてなさそう。
内容すげー面白いからチャンネル登録したけど
低い男の声と質問の女の子のこえのチョイスが怖すぎる
普通のボイス選んでほしいな…
現在じゃ再生できないCDが出て来てるから!記録型CD-R特に短いw
だから、初期ほとんどのCD-ROMゲームはデータトラック抜かせばサントラとして聴けてしまったんだろうなぁ。
ただ、この動画ではなんでインターフェースユニットが2万7千もするのか譜に落なかった。機能はわかるけど・・・
背景のエメラルドドラゴン長めでなんか嬉しい。
動画にも説明ありますが発売当初はまだ消費税はなかったのですがCDプレーヤーには税金がかかりました。
おそらくその対策でCDプレーヤーの価格をかなり抑えてその代わりにインターフェースユニットをお高めにしたんじゃないかと思います。
もしCDプレーヤー50000円、インターフェースユニット9800円にしてたら税金がかかる割合が高くなりますからね。
当時、中学生だった自分には天の上の存在で、存在していないのと同じだったな。
憧れていたか?って言うとそうでもなくて、
スーファミとかメガドラがめちゃくちゃ楽しかったから飢餓感は無かった。
雑誌の裏表紙に大竹まことが広告で出てた記憶があります。まさに当時は高嶺の花でした。
当時フルセットで約60000円くらいでした
システムカードにRAMを積んだのって、スーパーシステムカードからじゃないですか?
最初のシステムカードにもRAMを積んでいたってのは初耳です…
コメントありがとうございます。そうですね、最初のシステムカードにもRAMが搭載されていたのですけど、容量が少なすぎてゲーム開発で大苦戦することになるんです。でも当時は半導体の価格が高かったのでCDROM2の値段がこれ以上がるよりは、よかったのかもしれません。
初代システムカードにはメモリ搭載されてませんよ。
インターフェースユニットにRAM64KB、PCMサウンド用に64KB、合計128KB搭載されてますね。サウンドバッファはPCMがそもそも残念音質だったんで、ゲーム用に流用されてたらしいですがw
システムカードには汎用文字フォントが搭載されていています。そもそもVRAMもカツカツなので文字フォントをROMに逃がしただけでも節約になるので、もしかしたら「メモリ増やしてくれ会議」の結果だったのかもしれませんね。
ああ、早く続きが待ちどうしいです(^o^)
この続編動画はあるんでしょうか…
今はブルーレイだと25gb以上ですから時代の流れは恐ろしい(笑)
FMタウンズ買った、アフターバーナーやってた。
最新技術ですごかったけど高過ぎで全く手が出ないというか親も買ってくれなかった。Duoが出るあたりでようやく買えるかなって感じだった。天外魔境IIとイースI・IIだけで元取れたけど個人的にはうる星やつらのストーリーが素晴らしくて買って良かったなあと思ったよ。
発売日に新聞配達で貯めてた
5万いくら払って買って帰って箱開けたら
インターフェイスユニットのみしかなくて
もっかい店に取りに行った覚えあるわ
店側もよく把握してなかったんだなぁ〜
NECは無印エンジン以降(特に光媒体)の色々で 酷評され、終わってしまったが、
日電時代からのTOPメーカーの一角だし、ゲームでもより次世代へ無理をしたのが禍だったのかもな;
無理せず、あるもので、可能な面白い物をの 違うN社 や
様子をみて、いろんな折り合いを付けてのS社 が勝つけど、
歳をとって考えると、あらゆる意味で、遊び難いハードだったけど、
プライドとか意地とかスピリットみたいなものは評価していいかと思ってきた。
NECも 色んな意味でまとまってて、ユーザーにも受け入れられる範囲の ノーマルエンジンを
コツコツと伸ばして、5年、10年後にはみたいな感じでやってれば、成功はしないかもだけど
もう少しいい結果になったのではないかと思う。
母体が強いから、パワーがあって、より強いパワーみたいなのを無理にやったのが悪い結果になってしまった感がある
コイツの値段を知った時には絶望しましたよw
それでもねダライアスを家で遊びたかったんですよ。オリジナルボスと戦いたかったんですよ
でもあの時頑張ってバイトしてなかったら当時の感性で素晴らしいゲーム達に出会っていなかった事を思うと後悔なんて無いんだよなぁ
確か天外魔境が、最初アクションぽいゲームだったのに データが少なくて済むドラクエタイプに変わってびっくりした思い出が…
何かしらのゲーム紹介ビデオで、ジライヤが術使って喋ったりしてたのでワクワクしてたのに、
実際はテキストのドラクエタイプでアニメーションも無く、音楽も生音かと思いきやPCEの波形メモリ?だったかのBGMで、戦闘の絵と音がかなりしょぼくなって結構ショックだったなぁ…
…まぁ 買ったけどw
システムカードって2Mくらいじゃなかったっけ? と思ったけどあれだね、
後に出たバージョンアップしたやつだね。カードに厚みのあるやつね、スーパーCDロムロム対応ってやつ。
懐かしいなぁ…
この欠点が分かっていれば、ネオジオCDも、当初期のCD ROM2も 購入は見合わせていたのに、、、、
当時、間違えてCD-ROMをオーディオ機器にセットしないように必ず注意書きがあったな。
いま似たような注意書きがタバコのパッケージに記載されてます。w
だから当時のCD-ROMは必ず1トラック目に音声で注意メッセージが収録されてるんだけど、だんだんメーカーも工夫してきてゲーム内の声優さんにメッセージ読ませたりしてました。
ボーナストラックだと思って必ずオーディオで聞いてたなー。
本末転倒なんだけどね。
あ、CDプレーヤーとか高くて買えなかったのでROM2で音楽CDを聴いてました。
でも、昔の方が日本は金持ちですがスマホに10万円かけるのが普通だから5万円がなぜか安く感じる。
開発はハドソン、販売はNEC?
色々と揃えなきゃゲームできないのは不便でした
複数人での対談形式で話を進めるのはいいけど、同じ内容のセリフを繰り返したり、意味のないセリフを挟んだり、著しくテンポが悪くなっているので観ていてイライラする。
もっと簡潔に要点を抑え、伝えたい事を伝える努力をしたほうがいい。動画の時間を無駄に伸ばしたい意図で行っているのならもう少し楽しめる掛け合いにすべし。
最後の最後そのゲームは…
天外魔境だろ?
遅っせぇファイティングストリートと、謎過ぎるnorikoとかで、買う価値あんのか?なんてと思った世代ですが…
540MBで6万とかいう話からしたら、1000円で16GBのUSBメモリや、RAMの単位が基本GBとか、未来に生きてるんだなぁって思います
PCエンジン本体買った後、CDROM2は高すぎて無理ってのは子供の俺でもわかったのであきらめたなw
余程の金持ちのお宅でもない限り…当時買えたユーザーは、やはり「自分でアルバイトして金を工面できる高校生以上」が中心だったでしょうなぁ~。
64kバイトが少ないと言うけど
当時のパソコンのRAM容量だから扱う自信はあったのかも?
88年だとゲーム市場が98への移行を始めたところで、まだ88のほうが主流でしたね。90年になるとさすがに98が主流になります。
「赤文字の、バカみたいなおうむ返しは、バカみたいだ。」「バカみたい?」
最先端技術すぎて本体より高い周辺機器って今で言うPSVRみたいだな
64KBでそんなに苦労するようなことは無かったと思うけど。
どちらかというとハドソンが苦労したのは、当時のハードディスク以上の容量を持つCD-ROMを複数のハードディスクを使いエミュレートする技術と、8mmテープを使ったマスター提出などの、開発環境の構築だったと思うよ。
ちなみにモード2を使って700MB使えるようにもなりました。
ものすごく苦労してた事を元中の人が書いてるよね。というか苦労してたからスーパーシステムカード等を出すことになったんだし。
そうでした。すっかり忘れてました。
4倍になったスーパーで苦労してなかったので勘違いしてました。
アクションゲーム好きというのもあるけど、サードパーティのゲームは酷いゲーム多かったな、
一度のロードで敵が二種類だけとかあからさまに限界を感じるゲームばっかだった…
良いところで終わったw
その点メガCDなんて
・本体CPUより高クロックで動作するCPU
・RAMが6Mbit(768KB)
・PCM用メモリが512Kbit
・CD-ROM用データキャッシュが128Kbit
・バックアップメモリが64Kbit
・サウンドにPCM8音(ステレオ)
・2軸の回転、拡大縮小機能
という当時としてはかなり贅沢な仕様を、49,800円で発売!
したにも関わらず殆ど流行らなかった(´・∀・`)
PCエンジンやメガドライブも本体は原価くらいか原価割れ。利益出そうと思ったら8万円くらいとらないと黒字にならないらしい。
いつ、続き作るの?もう2021年だよ
コメントありがとうございます。申し訳ございません、なるべく早く公開させて頂きます。
CDロムロムが無かったら今の大容量ゲームは無かった
正直に言うとCDROM2でゲーム嫌いになっていった気がする。
やっぱりHuカードで妄想補完するのがゲームの醍醐味だった。
多くを語らず口数少ない方がミステリアスでもっと知りたい意欲が増すんだよね。
R-TYPE ComleteCDが良い例だと思わない?
余計な部分が注入されてテンポ崩壊で萎えた人多いんじゃないかな。
ディスクは10年20年じゃ壊れないね。
だって30年前のCD今も読み込めるもの。
CD10年劣化説、材料のアルミニウムが酸化して10年でデータが読み出せなくなるという説。劣化しにくい金を使用したゴールドCD(音楽)が発売されたこともある。しかし本当に10年で劣化するなら、マスコミが大騒ぎするはずだが。
ちなみに、CD-ROMを音楽用として再生すると「データ用で音楽用ではない。オーディオ機器を破壊するおそれがある」旨のアナウンスがあるが、どんな音がするか聞こうとしたのは私だけ?(ビビリだから聞いていません)
コンパクトディスクの規格そのものは昭和の最後に近い頃に策定されたのだが…1983年の頃に音楽用のCDの話を聞いていたので(当時小学5年)。
確か試作機で東芝が1985(昭和60)年にMSX2向けのCD-ROMを使ったシステムの提案があったと思うが、その後にPCエンジンことHEシステム向けのCD-ROMシステムの事案があったのを覚えております。
…今思えば、昭和63年こと1988年に世界初の家庭用ゲーム機向けCD-ROMシステムがあったことに驚きすら感じることがあります。
昭和時代に発売されたCDプレイヤー(LD再生互換機も含む)のうち、CD-ROM規格が策定される直前の機種であれば、「ギーガガガバリバリバリバリザ~ッ」という音が壮大な大音量で再生されます。
しかし平成以後のCDプレイヤーに至ってはCD-ROMフォーマットのデータヘッダーを検出して無音にするという機種がほとんどになったのですが、しかしながらデータ部分の最後で急に「ザッ!」という雑音が出る機種があるために気をつけられた方が良いと思います。
イースのCDロムを家庭用のCDプレイヤーや車のCDプレイヤーで再生してました。普通に音声データだけが再生されたのでサントラとして聴いちゃってました。
この国のマスコミは本当にヤバい事は発表しないよ
パニックになるのが解っているからね
@@yan4431 様
おっしゃる通り、音楽部分は普通に通常のCDプレイヤーで再生できますね。
データ部分については自分が先に書いた通りですが、PCエンジンに限っては2トラック目と最終トラック目にデータ部分が入っている、という印象があります。
しかし、他のゲーム機やパソコン用のCD-ROMの場合は1トラック目にデータ部分、その後のトラックからは音楽部分として再生できます。
(例外的に初代プレイステーションのように、CD-ROM/XAと呼ばれる方式で音楽を再生しているソフトもあります)
ゲームと関係あるミニドラマなどが、入っていた場合も…
私はゲーム部分を再生してしまい、スピーカーを壊しましたw
CDの寿命が10年20年?
男性の読み上げボイスが怖過ぎです。可愛い声だけでいい。
声が聞き取りにくい(>_