鶯沢神楽保存会 弁慶安宅の関

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  • เผยแพร่เมื่อ 7 ก.ย. 2024
  • 2024年 5月3日(金・憲法記念日)
    平泉町 春の藤原まつり 熊野三社春例大祭
    南部神楽伝承推進協議会主催 南部神楽公演
    鶯沢神楽保存会 〜 弁慶安宅の関 〜
    ※演目解説
    文治元年4月、一ノ谷・屋島・壇ノ浦の戦いで平家を壊滅した義経は、源氏方の梶原景時の讒言(ざんげん)によって兄頼朝の追補令を受ける身となり、その時の義経の潔白を訴えた腰越状は有名。
    血を分けた兄頼朝の仕打ちに、最早西国に居る事は出来ず傷心の身を抱きながら懐かしの平泉を指して都を後にした。途中追ってに会い、たのむ忠信は義経を逃す為奮戦し吉野の山で戦死する。義経は愛妻静と生き別れになる。
    山伏姿に身を装い北陸路を東国に下る。安宅の関所に差し掛かり関守の富樫泰家に咎められる。関守と弁慶の押し問答、弁慶の機転の勧進帳、主君への強打となる。
    関守は、武士の情けでこれを見逃す。弁慶は詫びを入れ自害せんとするも、義経がこれを止め深く感謝し涙を流して礼を申し、これを許し「 平泉まで頼む 」と云う。主従信頼の場面であります。

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