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江夏さんの話面白いなぁ❗️掛布さんが楽しそうに聴いてる姿もなんだか嬉しい気持ちになります😊
こんな貴重な話を聞ける、いい時代だなぁ。
確かに
凄い話。江夏さん掛布さんありがとうございます。
江夏さん長生きして下さい❗
野村はやっぱ別格だなこの江夏を惹かれさすわけだから
連続9三振を取ったボールを宿敵の王さんが拾って手渡してくれたなんて感動もの。まさに認め合うライバル。
江夏投手はオールスターを楽しみにしていたと思いますだってバックにONですよ・・・一流の投手しか味わえないマウンドで シーズン中の不調は何のその気合いの投球で数々の奇跡を見せてくれました
田渕さんはその9連続三振のウイニングボールを無造作に投げ捨てた、それを、見た王さんがあわてて、一塁から真っ先にボールを拾い江夏さんに渡した
ホークスは、江夏さんをチームに迎える時、酷使によって握力は17まで落ち、ボロボロになっていた左腕を再生させるために、当時150万円もするパラフィン治療器を準備してくれていたのは有名な話。球団に野村監督がかけ合ったらしい。
阪神の江夏で終わっていたらその後の21球もなかったんだなやはり出会いというのは大事
これは逸話になるお話ですね。おそらく野村さんと野球を一緒にすることは運命だったんですね。
やっぱり投手は、コントロールですか…膝元にボールを投げれば、打者の待っているボールが分かるとの天才江夏豊の名言。ブリューワーズで生き残りを掛けた勝負は、見事でした。ありがとうございます!
1970年の第2試合から、71年の第3試合まで入れると15連続奪三振なんですね
16人目はノムさんのセカンドゴロ。
ここに野村克也さんがいれば、楽しいのにな・・・
まったくその通り!
江夏さんと野村監督の話、大好きです😊
江夏、田淵の最強黄金バッテリー!✨江夏、野村も黄金バッテリー✨と呼ぶのに確かにふさわしいと思いました!😎
田淵さんの事をこんなに言えるのはさすが江夏さん(笑
今年ももうすぐオールスターがやってきます。プロ野球には数々の偉大な記録が残されていますが、そのなかでも江夏さんの9連続三振を更新するなんてほぼ不可能でしょうね。でも江川さんがおっしゃっていたように、9個目を振り逃げで10個取るなんて非現実すぎることを、ロッテの若いバッテリーやオリックスの両エース達に挑戦してもらいたいです。次回はいよいよトレード後のお話に入っていくようで、これもまたドラマが沢山あるでしょうから楽しみで仕方ありません!
1971年7月17日、当時 中学生の私は、現地 西宮球場の三塁側内野席 一番前で観戦していました。試合前の三塁側ブルペンでの練習から江夏投手の豪速球か唸りを上げていたのが瞼に焼き付いています。オ-ルスター9連続三振という歴史的瞬間に立ち会えるたのは奇跡でした。 阪神タイガースファン一筋の老人ですが、定年退職のささやかな自分へのご褒美として、5月に 大阪のキング刺繍さんにご無理を言って[28 ENATSU] を背中に刺繍した特別注文の阪神タイガースユニフォームを届けてもらいました。 8月16日 神宮球場 ヤクルト戦が、私の江夏投手ユニフォームデビュー戦です。 一本杉球場での引退試合で阪神タイガースのユニフォームを着てくれて涙が溢れました。江夏投手の阪神愛をしっかりと心に受けとめて、今シ-ズン後半戦 優勝🏆に向かって魂を込めて応援します。
江夏さんは、田淵さんとの対談動画でもおっしゃってましたね。でもその談話を何回お聞きしても神がかりな話でしたし、貴重な話でした。
江夏さんのNPB通算193セーブはセーブ制度が出来て以降の記録で、実際はそれ以前の登板をセーブ換算すると250以上あるらしい。また、ホールド制も存在していたら、これもある程度の数字に換算できたとの事。歴代投手の当時の記録の見直しが出来るとどんな数字が出て来るのでしょうかね。
江夏さんが今の投手分業制の礎を築いたそう言っても過言では無いと思います1971年のオールスターゲームも投げては9連続奪三振、打席に入ればホームランゲームMVPを受賞、二刀流でも元祖ですね。
当時のリリーフは今みたいに1回限定じゃないし、中継ぎなんていない
9連続三振後の田淵さんの塩対応&王さんのナイス対応のエピソードも好きです😁
71年のオールスターはたしかファン投票1位で選ばれたんじゃなかったかな?しかし9連続奪三振って凄いな。伝説に彩られた黄金左腕。
田渕さんって、頼りなかった⁉️笑かせてもらいました。野村さんのとき、「日本の野球を革命起こしてみないか」との決めゼリフがあった、野村さんの「私の履歴書」に記載ありました😭
途中から急に音声が小さくなってませんか!?
えぐい強気な記者だなー笑
前年と翌年を合わせると15連続?三振だったのですね。野村さん、田淵さんとのお話も興味深く思いました。
今回のお話しは本で読んだ事ありましたが生の声で聞けて良かったです!P.S. BGM無くて全然大丈夫ですよ!このBGM…じっくり聞く野球トークにはすこぶる合わない気がする…このBGMにはトラウマがありまして、良い印象が無い…
貴重な、アーカイブ、阪神の歴史に残る、レジェンド対談
小学校低学年のころ、ファイターズ時代の江夏さんを後楽園球場でリアルタイムで見ていました。小学校5年生の時、阪神タイガースが日本一になりました。幼き日のヒーローのお2人の対談。個人的には永久保存版です。
当時の話として野村さんは、「江夏は○十球しか投げられない。まるで子供の握力に迄落ちている」「これをどう活かそうか考えていた」とコメントしていた記憶が在ります。江夏さんは偶然出た話の様に語っていましたが野村さんは江夏さんに相当気を遣って何日も掛けて話を進めたのでしょうね。
愛していたタイガースから放出されて傷付いていた江夏さんにとって、新天地のホークスで野村さんと大好きな野球について語り合った日々は特別な思い出なんでしょうね江夏さんにはいつかブリュワーズでのメジャーリーグ挑戦のお話も語ってもらえたら嬉しいです
江夏さんの移籍はタイガースからだったのに驚きました!
本当に革命起きたよな。今では分業制が当たり前だし効率的だしな。先発が300イニング投げるなんておかしいからな。
面白いです。
ということは連続14奪三振なんですね。
田淵さんと江夏さんの対談は面白そう。
掛布さん江夏さん対談しました江夏さんがオールスターで三振記録を達成しました江夏さんは阪神からトレードに出される頃は江夏さん不摂生が酷かったみたいです
江夏さんは広島の時もまっすぐか速い時は空振りで三振をよく取られてましたね❗️阪神時代の全盛期のストレートはONがカスリもしなかったらしいですね❗️あんな糸を引くようなボールを投げる投手は今いませんよ。
江夏 江川 両者に三振の美学を感じます(∀`*ゞ)エヘヘ
足掛け2年で14連続三振ですか。正にレジェンドです。
長島巨人と野村南海の日本シリーズを見たかった。HAWKSファンとすれば。チャンスがあったのは1977年かな。近鉄と五分でやっておれば、もしかしたら、やっぱり阪急が強かったかな。なんばで近鉄側に行けば近鉄戦いろいろ思い出す笑
すみません🙏南海時代の江夏さんも知りませんが野村さんとの野球談議が聞きたかったです😊その後カープ時代からは存じております😊
江夏のオールスター9連続三振記録は、今でこそ本人はソフトに話してますが、当時江夏は人間関係がうまくいっておらず、なおかつ成績も負け先行でムシャクシャしていた心境から、取り巻きの記者に「なんかおもろい事ないかのぉー、スカッとするような事ないか?」 と半ば愚痴のように記者と雑談してた時に、ある一人の記者が「それやったら、今度のオールスターで9人全員から三振獲ったったらエエやん」と冗談でいったところ江夏は、「ほぉ〜、それおもろいな、よしいっちょやったろかいな」と、目の色変えてギラついたとある記事で読みました今回の対談では江夏さんはかなりソフトに、そして昔のとがってた江夏 ではなく、かなり丸くなった江夏さん として発言してますが昔のあのギラついてた江夏 なら自分は昔の記事で読んだエピソードの方を信じますねそしてファールフライを「捕るな」とは言ってなくて、本当は「ブチ(田淵)、追うなっ」ですね
掛布さんと江夏さんがいたときは2年間でしたが、まだ年数もない掛布さんがミスをして、江夏さんが気にするなと声をかけたそうで、掛布さんが大活躍してた頃は江夏さんは広島(1978~1980年)で対決してたと思う。
4:40 江夏豊さんの記憶では3対1のトレードとありますが、正確には2対4(江夏豊、望月充↔︎江本孟紀、長谷川勉、池内豊、島野育夫)のトレードですね。あと、江夏さんは当時の監督の吉田義男さんのことは批判していたから言いづらいのかな。
9連続三振の年は江夏さんが仰っている様に確かに不調でした。なので、その事をニュースで聞いた時、えっ?って感じでした。大記録を打ち立てる時はそんなもんなんですね。
なんか江夏さんて、凄い人だとは思ってましたが、凄い大きな耳をしてますね、まるでダンボみたいに大きな耳ですね。私の母も大きな耳をしてますが、それ以上に大きいですね!人間的にも大きい人だとは思ってます。江夏さんいつまでもお元気でいてくださいね、掛布さんとの対談は見ていてドキドキします、ありがとうございます。
田淵さんが現役の時に受けた中で一番球が速かった投手は江夏さんだと仰っていたのでオールスターの件は許してあげて下さいw
401の三振を取った年、子供だった巨人ファンの自分がラジオで聞くアナウンサーの「三振!!」「三振!!」そればっか。絶叫するアナウンサー。三振の山を取られるのは巨人の選手。子供時代に江夏さんが出てきたらラジオを消してました。勝てる気がしないのと全部三振ばかり取られる巨人が情けなかったですね。ゆったりしたフォームからスリークォーターで投げる剛球はほんとに見ていてすごかったですね。なんで巨人に来てくれないのとよく思いました。高橋一三、堀内二人と交換して欲しかった。
シーズン終了後には現役選手の佐藤輝明選手や村上選手、柳田選手、吉田選手といった左の強打者とのトークが見てみたいです。
野村克也氏は、当時のプレイイングマネージャー時代の二悪党と、江夏、門田のお二人を呼びますね。
それと江本で三悪党ですね門田は本人がやりたいスタイルと野村が求めるスタイルが正反対で門田本人が強く拒絶、最後まで野村の指示を守らなかった江本は思ったことを遠慮なくいう性格、自身のことだけじゃなくチームのことも代表してあーだこーだ言って反発してくるじゃ江夏はというと、江夏は指示を出せばその理由と目的の説明をひとつひとつに求めたという納得しないと動かない、しかも細かいところまで聞いてくる邪険に扱うと従わなくなるので野村もすべてに応えたそうですそういうのもあって江夏は野村の言うことに付き従ったわけですこの3人だと門田がいちばん手を焼いたみたいですね、あの手この手で説得しても一切自分のスタイルを曲げなかった
次のゲストは田淵幸一、お願いします。
田淵がファールフライを追わなくなった原因はそこにあった説。
セーブという概念がMLBでルールブックに記載されたのが1973年。それを受けて日本でも1974年から公式記録になる。江夏氏が南海移籍したのは1976年 一年目は先発もやっていたから6勝12敗6セーブという阪神放出の理由になったのと同じ球速の衰えによる悪い成績。だが二年目はほぼ抑え登板で4勝2敗19セーブでセーブ王残念ながら野村監督の放逐で南海時代は二年で終わったが、その後は広島・日ハムで「セーブ王」といえば江夏 という感じで5年連続セーブ王つけられた名称は「優勝請け負い人」 当時、米国を熱狂させたバレンズエラが体型が似てて、江夏との比較をされていた。(江夏氏は自身の体型について“ワシは腹でなげるんじゃ”と開き直っていた)最後に個人的思い出を語れば、神保町の古本街で昔の野球雑誌を漁っていたとき、『 ONからET時代へ 』というキャプションの特集記事を見つけたのが記憶に残ってる。ETとは江夏・田淵のバッテリーで、いうまでもなくスピルバーグ映画よりだいぶ前の造語である。
朗希よ、あんたこれ見ろ
佐々木に挑戦してほしい
年度跨いで15連続三振取っていますよね?
江夏さんが出ない球宴なんて味気ないですもんね。
オールスター連続9三振の年の成績が6勝9敗なんて意外でした。江夏さんが負けが先行するのは意外でした。しかし、阪神の悪いとこを言うのは、掛布さんに失礼だが、江夏さんや田淵さんなど阪神の70年代を軸でやった選手を移籍させたり、つい最近は鳥谷さんや福留さんを放出したり、こう言う体質は是非変えて欲しいものです。チームを作るにはベテラン、中堅、若手がバランス良く起用しなければ1年間のペナントレースは乗り越えられないと思います。追伸、今の阪神の首脳陣は元中日に居たコーチが中心だが、これを阪神OBの人でチームを再生して欲しいです。
えっと・・中学生?
こういう話は語り継がれていかなければなりませんね。
阪神はなぜスター選手二人を放出しちゃったのかな?
オールスター前までに6勝9負なんや
記者もすごいよな若いとはいえあの江夏に「よくそんな成績で出てこれたな」なんて言えるよ普通の神経してない、当時のいかついヤクザよりいかつかったのに、その江夏にケンカ売れるなんて・・・!
当時の記者って横柄だからな今みたいに選手の顔色うかがうようなことは絶対しない
もうオールスターで3イニング投げるピッチャーいないよな。
あ
掛布さん、ゲストの話の腰を折らない様にしましょう。一番美味しいところは頷くだけでゲストに喋らせましょう。
江夏さんの話面白いなぁ❗️掛布さんが楽しそうに聴いてる姿もなんだか嬉しい気持ちになります😊
こんな貴重な話を聞ける、いい時代だなぁ。
確かに
凄い話。江夏さん掛布さんありがとうございます。
江夏さん長生きして下さい❗
野村はやっぱ別格だな
この江夏を惹かれさすわけだから
連続9三振を取ったボールを宿敵の王さんが拾って手渡してくれたなんて感動もの。まさに認め合うライバル。
江夏投手はオールスターを楽しみにしていたと思います
だってバックにONですよ・・・一流の投手しか味わえないマウンドで シーズン中の不調は何のその
気合いの投球で数々の奇跡を見せてくれました
田渕さんはその9連続三振のウイニングボールを無造作に投げ捨てた、それを、見た王さんがあわてて、一塁から真っ先にボールを拾い江夏さんに渡した
ホークスは、江夏さんをチームに迎える時、酷使によって握力は17まで落ち、ボロボロになっていた左腕を再生させるために、当時150万円もするパラフィン治療器を準備してくれていたのは有名な話。球団に野村監督がかけ合ったらしい。
阪神の江夏で終わっていたら
その後の21球もなかったんだな
やはり出会いというのは大事
これは逸話になるお話ですね。おそらく野村さんと野球を一緒にすることは運命だったんですね。
やっぱり投手は、コントロールですか…
膝元にボールを投げれば、打者の待っているボールが分かるとの天才江夏豊の名言。
ブリューワーズで生き残りを掛けた勝負は、見事でした。ありがとうございます!
1970年の第2試合から、71年の第3試合まで入れると15連続奪三振なんですね
16人目はノムさんのセカンドゴロ。
ここに野村克也さんがいれば、楽しいのにな・・・
まったくその通り!
江夏さんと野村監督の話、大好きです😊
江夏、田淵の最強黄金バッテリー!✨
江夏、野村も黄金バッテリー✨と呼ぶのに確かにふさわしいと思いました!😎
田淵さんの事をこんなに言えるのはさすが江夏さん(笑
今年ももうすぐオールスターがやってきます。プロ野球には数々の偉大な記録が残されていますが、そのなかでも江夏さんの9連続三振を更新するなんてほぼ不可能でしょうね。でも江川さんがおっしゃっていたように、9個目を振り逃げで10個取るなんて非現実すぎることを、ロッテの若いバッテリーやオリックスの両エース達に挑戦してもらいたいです。
次回はいよいよトレード後のお話に入っていくようで、これもまたドラマが沢山あるでしょうから楽しみで仕方ありません!
1971年7月17日、当時 中学生の私は、
現地 西宮球場の三塁側内野席 一番前で
観戦していました。試合前の三塁側ブルペンでの練習から江夏投手の豪速球か唸りを上げていたのが瞼に焼き付いています。
オ-ルスター9連続三振という歴史的瞬間に立ち会えるたのは奇跡でした。
阪神タイガースファン一筋の老人ですが、定年退職のささやかな自分へのご褒美として、5月に 大阪のキング刺繍さんに
ご無理を言って[28 ENATSU] を背中に刺繍した特別注文の阪神タイガースユニフォームを届けてもらいました。
8月16日 神宮球場 ヤクルト戦が、
私の江夏投手ユニフォームデビュー戦です。
一本杉球場での引退試合で阪神タイガースのユニフォームを着てくれて涙が溢れました。江夏投手の阪神愛をしっかりと心に受けとめて、今シ-ズン後半戦 優勝🏆に向かって魂を込めて応援します。
江夏さんは、田淵さんとの対談動画でもおっしゃってましたね。
でもその談話を何回お聞きしても神がかりな話でしたし、貴重な話でした。
江夏さんのNPB通算193セーブはセーブ制度が出来て以降の記録で、実際はそれ以前の登板をセーブ換算すると250以上あるらしい。また、ホールド制も存在していたら、これもある程度の数字に換算できたとの事。歴代投手の当時の記録の見直しが出来るとどんな数字が出て来るのでしょうかね。
江夏さんが今の投手分業制の礎を築いた
そう言っても過言では無いと思います
1971年のオールスターゲームも
投げては9連続奪三振、打席に入ればホームラン
ゲームMVPを受賞、二刀流でも元祖ですね。
当時のリリーフは今みたいに1回限定じゃないし、中継ぎなんていない
9連続三振後の田淵さんの塩対応&王さんのナイス対応のエピソードも好きです😁
71年のオールスターはたしかファン投票1位で選ばれたんじゃなかったかな?
しかし9連続奪三振って凄いな。
伝説に彩られた黄金左腕。
田渕さんって、頼りなかった⁉️
笑かせてもらいました。
野村さんのとき、「日本の野球を革命起こしてみないか」との決めゼリフがあった、野村さんの「私の履歴書」に記載ありました😭
途中から急に音声が小さくなってませんか!?
えぐい強気な記者だなー笑
前年と翌年を合わせると15連続?三振だったのですね。
野村さん、田淵さんとのお話も興味深く思いました。
今回のお話しは本で読んだ事ありましたが生の声で聞けて良かったです!
P.S. BGM無くて全然大丈夫ですよ!このBGM…じっくり聞く野球トークにはすこぶる合わない気がする…このBGMにはトラウマがありまして、良い印象が無い…
貴重な、アーカイブ、阪神の歴史に残る、レジェンド対談
小学校低学年のころ、
ファイターズ時代の江夏さんを
後楽園球場でリアルタイムで見ていました。
小学校5年生の時、阪神タイガースが
日本一になりました。
幼き日のヒーローのお2人の対談。
個人的には永久保存版です。
当時の話として野村さんは、「江夏は○十球しか投げられない。まるで子供の握力に迄落ちている」「これをどう活かそうか考えていた」とコメントしていた記憶が在ります。江夏さんは偶然出た話の様に語っていましたが野村さんは江夏さんに相当気を遣って何日も掛けて話を進めたのでしょうね。
愛していたタイガースから放出されて傷付いていた江夏さんにとって、新天地のホークスで野村さんと大好きな野球について語り合った日々は特別な思い出なんでしょうね
江夏さんにはいつかブリュワーズでのメジャーリーグ挑戦のお話も語ってもらえたら嬉しいです
江夏さんの移籍はタイガースからだったのに驚きました!
本当に革命起きたよな。今では分業制が当たり前だし効率的だしな。先発が300イニング投げるなんておかしいからな。
面白いです。
ということは連続14奪三振なんですね。
田淵さんと江夏さんの対談は面白そう。
掛布さん江夏さん対談しました江夏さんがオールスターで三振記録を達成しました江夏さんは阪神からトレードに出される頃は江夏さん不摂生が酷かったみたいです
江夏さんは広島の時もまっすぐか速い時は空振りで三振をよく取られてましたね❗️阪神時代の全盛期のストレートはONがカスリもしなかったらしいですね❗️あんな糸を引くようなボールを投げる投手は今いませんよ。
江夏 江川 両者に三振の美学を感じます(∀`*ゞ)エヘヘ
足掛け2年で14連続三振ですか。正にレジェンドです。
長島巨人と野村南海の日本シリーズを見たかった。HAWKSファンとすれば。チャンスがあったのは1977年かな。近鉄と五分でやっておれば、もしかしたら、やっぱり阪急が強かったかな。なんばで近鉄側に行けば近鉄戦いろいろ思い出す笑
すみません🙏南海時代の江夏さんも知りませんが
野村さんとの野球談議が聞きたかったです😊
その後カープ時代からは存じております😊
江夏のオールスター9連続三振記録は、今でこそ本人はソフトに話してますが、当時江夏は人間関係がうまくいっておらず、なおかつ成績も負け先行でムシャクシャしていた心境から、取り巻きの記者に
「なんかおもろい事ないかのぉー、スカッとするような事ないか?」
と半ば愚痴のように記者と雑談してた時に、ある一人の記者が
「それやったら、今度のオールスターで9人全員から三振獲ったったらエエやん」と冗談でいったところ
江夏は、「ほぉ〜、それおもろいな、よしいっちょやったろかいな」
と、目の色変えてギラついた
とある記事で読みました
今回の対談では江夏さんはかなりソフトに、そして昔のとがってた江夏 ではなく、かなり丸くなった江夏さん として発言してますが
昔のあのギラついてた江夏 なら自分は昔の記事で読んだエピソードの方を信じますね
そしてファールフライを「捕るな」とは言ってなくて、本当は「ブチ(田淵)、追うなっ」ですね
掛布さんと江夏さんがいたときは2年間でしたが、まだ年数もない掛布さんがミスをして、江夏さんが気にするなと声をかけたそうで、掛布さんが大活躍してた頃は江夏さんは広島(1978~1980年)で対決してたと思う。
4:40 江夏豊さんの記憶では3対1のトレードとありますが、正確には2対4(江夏豊、望月充↔︎江本孟紀、長谷川勉、池内豊、島野育夫)のトレードですね。
あと、江夏さんは当時の監督の吉田義男さんのことは批判していたから言いづらいのかな。
9連続三振の年は江夏さんが仰っている様に確かに不調でした。
なので、その事をニュースで聞いた時、えっ?って感じでした。
大記録を打ち立てる時はそんなもんなんですね。
なんか江夏さんて、凄い人だとは思ってましたが、凄い大きな耳をしてますね、まるでダンボみたいに大きな耳ですね。私の母も大きな耳をしてますが、それ以上に大きいですね!
人間的にも大きい人だとは思ってます。江夏さんいつまでもお元気でいてくださいね、掛布さんとの対談は見ていてドキドキします、ありがとうございます。
田淵さんが現役の時に受けた中で
一番球が速かった投手は
江夏さんだと仰っていたので
オールスターの件は許してあげて下さいw
401の三振を取った年、子供だった巨人ファンの自分がラジオで聞くアナウンサーの「三振!!」「三振!!」そればっか。絶叫するアナウンサー。三振の山を取られるのは巨人の選手。子供時代に江夏さんが出てきたらラジオを消してました。勝てる気がしないのと全部三振ばかり取られる巨人が情けなかったですね。ゆったりしたフォームからスリークォーターで投げる剛球はほんとに見ていてすごかったですね。なんで巨人に来てくれないのとよく思いました。高橋一三、堀内二人と交換して欲しかった。
シーズン終了後には現役選手の佐藤輝明選手や村上選手、柳田選手、吉田選手といった左の強打者とのトークが見てみたいです。
野村克也氏は、当時のプレイイングマネージャー時代の二悪党と、江夏、門田のお二人を呼びますね。
それと江本で三悪党ですね
門田は本人がやりたいスタイルと野村が求めるスタイルが正反対で門田本人が強く拒絶、最後まで野村の指示を守らなかった
江本は思ったことを遠慮なくいう性格、自身のことだけじゃなくチームのことも代表してあーだこーだ言って反発してくる
じゃ江夏はというと、江夏は指示を出せばその理由と目的の説明をひとつひとつに求めたという
納得しないと動かない、しかも細かいところまで聞いてくる
邪険に扱うと従わなくなるので
野村もすべてに応えたそうです
そういうのもあって江夏は野村の言うことに付き従ったわけです
この3人だと門田がいちばん手を焼いたみたいですね、あの手この手で説得しても一切自分のスタイルを曲げなかった
次のゲストは田淵幸一、お願いします。
田淵がファールフライを追わなくなった原因はそこにあった説。
セーブという概念がMLBでルールブックに記載されたのが1973年。それを受けて日本でも1974年から公式記録になる。
江夏氏が南海移籍したのは1976年 一年目は先発もやっていたから6勝12敗6セーブという阪神放出の理由になったのと同じ球速の衰えによる悪い成績。
だが二年目はほぼ抑え登板で4勝2敗19セーブでセーブ王
残念ながら野村監督の放逐で南海時代は二年で終わったが、その後は広島・日ハムで「セーブ王」といえば江夏 という感じで5年連続セーブ王
つけられた名称は「優勝請け負い人」 当時、米国を熱狂させたバレンズエラが体型が似てて、江夏との比較をされていた。(江夏氏は自身の体型について“ワシは腹でなげるんじゃ”と開き直っていた)
最後に個人的思い出を語れば、神保町の古本街で昔の野球雑誌を漁っていたとき、
『 ONからET時代へ 』というキャプションの特集記事を見つけたのが記憶に残ってる。
ETとは江夏・田淵のバッテリーで、いうまでもなくスピルバーグ映画よりだいぶ前の造語である。
朗希よ、あんたこれ見ろ
佐々木に挑戦してほしい
年度跨いで15連続三振取っていますよね?
江夏さんが出ない球宴なんて味気ないですもんね。
オールスター連続9三振の年の成績が6勝9敗なんて意外でした。江夏さんが負けが先行するのは意外でした。しかし、阪神の悪いとこを言うのは、掛布さんに失礼だが、江夏さんや田淵さんなど阪神の70年代を軸でやった選手を移籍させたり、つい最近は鳥谷さんや福留さんを放出したり、こう言う体質は是非変えて欲しいものです。チームを作るにはベテラン、中堅、若手がバランス良く起用しなければ1年間のペナントレースは乗り越えられないと思います。追伸、今の阪神の首脳陣は元中日に居たコーチが中心だが、これを阪神OBの人でチームを再生して欲しいです。
えっと・・中学生?
こういう話は語り継がれていかなければなりませんね。
阪神はなぜスター選手二人を放出しちゃったのかな?
オールスター前までに6勝9負なんや
記者もすごいよな
若いとはいえあの江夏に「よくそんな成績で出てこれたな」なんて言えるよ
普通の神経してない、当時のいかついヤクザよりいかつかったのに、その江夏にケンカ売れるなんて・・・!
当時の記者って横柄だからな
今みたいに選手の顔色うかがうようなことは絶対しない
もうオールスターで3イニング投げるピッチャーいないよな。
あ
掛布さん、ゲストの話の腰を折らない様にしましょう。一番美味しいところは頷くだけでゲストに喋らせましょう。