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例せば威音王仏の像法の時・不軽菩薩・我深敬等の二十四字を以て彼の土に広宣流布し一国の杖木等の大難を招きしが如し、彼の二十四字と此の五字と其の語殊なりと雖も其の意是れ同じ彼の像法の末と是の末法の初と全く同じ彼の不軽菩薩は初随喜の人・日蓮は名字の凡夫なり。 疑つて云く何を以て之を知る汝を末法の初の法華経の行者なりと為すと云うことを、答えて云く法華経に云く「況んや滅度の後をや」又云く「諸の無智の人有つて悪口罵詈等し及び刀杖を加うる者あらん」又云く「数数擯出せられん」又云く「一切世間怨多くして信じ難し」又云く「杖木瓦石をもつて之を打擲す」又云く「悪魔・魔民・諸天竜・夜叉・鳩槃荼等其の便りを得ん」等云云、此の明鏡に付いて仏語を信ぜしめんが為に、日本国中の王臣・四衆の面目に引き向えたるに予よりの外には一人も之無し、時を論ずれば末法の初め一定なり、然る間若し日蓮無くんば仏語は虚妄と成らん、難じて云く汝は大慢の法師にして大天に過ぎ四禅比丘にも超えたり如何、答えて云く汝日蓮を蔑如するの重罪又提婆達多に過ぎ無垢論師にも超えたり、我が言は大慢に似たれども仏記を扶け如来の実語を顕さんが為なり、然りと雖も日本国中に日蓮を除いては誰人を取り出して法華経の行者と為さん汝日蓮を謗らんとして仏記を虚妄にす豈大悪人に非ずや。 疑つて云く如来の未来記汝に相当れり、但し五天竺並びに漢土等にも法華経の行者之有るか如何、答えて云く四天下の中に全く二の日無し四海の内豈両主有らんや、疑つて云く何を以て汝之を知る、答えて云く月は西より出でて東を照し日は東より出でて西を照す仏法も又以て是くの如し正像には西より東に向い末法には東より西に往く例せば威音王仏(いおんのうぶつ)の像法の時・不軽菩薩(ふきょうぼさつ)・我深敬(がじんきょう)等の二十四字を以て彼の土に広宣流布し一国の杖木(じょうもく)等の大難(たいなん)を招きしが如し大聖人様の御身のうえは、不軽菩薩と同じである。不軽菩薩が威音王仏の像法の時に現れ、「我れ深く汝(なんじ)等を敬(うやま)う、敢(あえ)て軽慢(きょうまん)せず、所以(ゆえん)は何(いか)ん、汝等皆菩薩の道を行じて当(まさ)に作仏(さぶつ)することを得べし」といって、二十四文字の経文をもって一国に広宣流布した。そのときに非常にいじめられた。杖(つえ)や棒でもってしょっちゅう追い回された。そのように、いまの大聖人様の御境涯(ごきょうがい)も同じです。しかし、広宣流布は不軽の時もしたではないか。不軽の時に広宣流布したと同じに、このたびも広宣流布するのであると、こうおっしゃっているのです。彼の二十四字と此の五字と其の語殊なりと雖も其の意是れ同じすなわち、不軽菩薩の二十四文字の経文と、大聖人様の七文字の南無妙法蓮華経の経文と、言葉は違っているが、その心、法華経という意味においては同じである。彼の像法の末と是の末法の初と全く同じ彼の不軽(ふきょう)菩薩は初随喜(しょずいき)の人・日蓮は名字(みょうじ)の凡夫(ぼんぷ)なり不軽菩薩の像法の末と大聖人様の末法の初めとは、まったく広宣流布をする様相が同じである。ただ不軽菩薩は初随喜の人、ただ喜んで、うれしいうれしいという人です。大聖人様は名字の凡夫であらせられます。それだけの違いです。不軽も大聖人様も、だれが見ても偉そうな光相、光を放った仏様のような姿はしていない。大聖人様は凡夫の姿そのままでいらっしゃる。 また不軽菩薩は初随喜、信仰を始めたばかりの姿でいるのです。ですから、その姿において広宣流布するということは同じであるというのです。 広宣流布する立場においては、われわれもみな同じです。ところが、よくこういうことをいいます。南無妙法蓮華経を唱えていても行儀が悪い。信仰したから立派な人間にならなければいけないと。そんなバカなことありません。凡夫です。みな凡夫の姿で成仏の境界になるのです。行儀がいいとか悪いとか、あるいはその品行がどうとかこうとか、そんなことは枝葉の問題です。それは、泥棒していいというのではない。また詐欺をやっていいというのではない。そんなことは、絶対にいけません。ただ世間の人は、よく、信仰したくせにという。まるで信仰したら、お人形さんみたいな顔をしていなければならないと思っているのです。そんなことはできるものではない。「私きょうから信仰しました。行儀よくなります」と。冗談ではありません。そんなものではなりません。立派な凡夫である、けっして偉そうになるのではありません。ほしいものはほしいのだ。欲張りたい者は欲張っていいのです。けちんぼしたい者はけちんぼすればいい。そういうふうに考えなくてはだめです。疑つて云く何を以て之を知る汝を末法の初の法華経の行者なりと為すと云うことを疑っていわく、たしかにいろいろの経文を引いて、自分が法華経の行者だと、こういわんばかりであるが、あなたが末法の初めの法華経の行者であるということは、どうして知ることができるのですか、どうしてそれがわかるのですかと、そういう意味です。答えて云く法華経に云く「況んや滅度の後をや」法華経にいわく「況んや滅度の後をや」怨嫉(おんしつ)が多い、そのとおりになっているではないかというのです。又云く「諸の無智(むち)の人有つて悪口罵詈(あっくめり)等し及び刀杖(とうじょう)を加うる者あらん」また法華経に予言していわく、無智の人あって悪口罵詈等しと、そのとおり、いま自分が悪口罵詈されているではないか。刀杖を加う、刀(かたな)で切り殺されそうになっていらっしゃる。ケガをしていらっしゃる。ケガをしていらっしゃる。襲われていらっしゃる。そのとおりではないかと仰せです。又云く「数数(しばしば)擯出(ひんずい)せられん」これは数数(さくさく)とも読みますが、さくさくというのは二度のことです。一度は伊豆の伊東へ、二度はこの佐渡へ流罪せられ、経文どおり身をもって読んでいらっしゃる。擯出というのは島流しということです。これも、そのとおりになっているではないかというのです。
又云く「一切世間怨(あだ)多くして信じ難し」また、怨多くして信じ難し、じつにみな大聖人様を憎んでいるではないか。一切世間が、ほんとうに信じないではないか。これもその証拠ではないか。又云く「杖木瓦石(じょうもくがしゃく)をもつて之を打擲(ちょうちゃく)す」また、瓦(かわら)や石や、また杖(つえ)やなんかで大聖人様を打っているではないか。私はこのとおり討たれているのですから、証拠になっているよというのです。又云く「悪魔(あくま)・魔民(まみん)・諸天竜(しょてんりゅう)・夜叉(やしゃ)・鳩槃荼(くはんだ)等其の便りを得ん」等云云悪魔、天竜や夜叉また鳩槃荼等が便りを得といっているが、そのとおりではないか。さきに説明したように、それが王臣一同のその身の中にはいって、命にはいって、そして大聖人様を憎んでいるではないか。平左衛門(へいさえもん)なんかいちばんその見本です。此の明鏡(めいきょう)に付いて仏語(ぶつご)を信ぜしめんが為に、日本国中の王臣・四衆の面目に引き向えたるに予よりの外には一人も之無しこの明鏡、この立派な経文の鏡をもって、日本国中の人をその鏡に向かわしてみるならば、それらの人がこの経文どおりにやっている相手というものは、予一人のほかはない、大聖人様一人しかいないではないか。ゆえに予は末法の初めの法華経の行者であるというのです。時を論ずれば末法の初め一定(じょう)なり、然る間若し日蓮無くんば仏語は虚妄(こもう)と成らん さて時を論ずるならば、末法の初め、いまが一定である。日蓮無くんば、大聖人様がいらっしゃらなかったらば、仏の予言が全部ウソになるではないか。断じてウソはない、そのとおりではないか。予言どおりであるから、日蓮は末法の法華経の行者である。法華経の行者とは、すなわち仏ということであると仰せです。難じて云く汝は大慢(だいまん)の法師にして大天(だいてん)に過ぎ四禅比丘(ぜんびく)にも超えたり如何大聖人に対して、大慢の法師である。法華経の行者である、自分は仏である、末法の仏であるというのは非常に慢じすぎる。大天にもすぎ四禅比丘、非常に謗法(ほうぼう)した人間ですが、これらにもすぎている。いずれも仏法を慢じたいちばんの悪人よりも、おまえはすぎているではないかというのです。答えて云く汝日蓮を蔑如(べつじょ)するの重罪又提婆達多(だいばだった)に過ぎ無垢論師(むくろんし)にも超えたり「おまえは大慢の法師である」という問いをこしらえて、それに対して答えるには、日蓮を蔑如(べつじょ)する、日蓮をバカにする侮蔑(ぶべつ)罪は、提婆達多より、無垢論師よりもなおひどいものである。罪は大きいというのです。このような強い御言葉をはっきり言い残しているところに、大聖人様御自身が仏であるとの確信が厳然としてあらわされているのです。 提婆達多は釈尊を蔑如して、生きながら無間地獄に堕(お)ちた男ですが、大聖人を誹謗(ひぼう)する罪は、その提婆よりもひどいということは、大聖人様は釈尊よりも勝れているという確信があるのです。この御文は、ほんとうに強い御言葉です。我が言は大慢に似たれども仏記(ぶつき)を扶(たす)け如来の実語(じつご)を顕さんが為なり自分の言葉は大慢に聞こえるかもしれない。けれども、仏記をたすけ、すなわち仏の予言書どおりであるというためなのです。然りと雖も日本国中に日蓮を除いては誰人を取り出して法華経の行者と為さん汝日蓮を謗(そし)らんとして仏記を虚妄(こもう)にす豈大悪人(あにだいあくにん)に非ずやしからば、大聖人様を除いて、誰人が法華経の行者といいうる者がいようかと。あなたは、もし日蓮を法華経の行者ではないと謗(そし)ろうとするならば、仏記、仏の未来記を、予言書を、ぶちこわす大悪人である。日蓮は断じて仏である。法華経の行者であると、こう断じていらっしゃるのです。疑つて云く如来の未来記(みらいき)汝に相当れり、但し五天竺(てんじく)並びに漢土(かんど)等にも法華経の行者之有るか如何こんどは範囲を広げてきたのです。たしかにそういわれてみれば、あなたは仏の未来記にそのとおりあたっているから、末法の法華経の行者でしょう。だが日本ではあなたを認めますが、インドや中国にもあなたと同じような人がいるのではありませんか。あなた一人いばることはないでしょうと、こういういい方なのです。答えて云く四天下(てんげ)の中に全く二の日無し四海の内豈(あに)両主有らんやこの言葉なども強い。二つの日が、太陽があるわけがない。一国に二人の王様がいるわけがない。いま東洋中に日蓮ただ一人が仏である。仏というものは、二人が同時代に出ることはないのです。あちらにも生き仏様がいる、こちらにも生き如来様だなどと、いまみたいに仏様が濫造(らんぞう)されるということはない。いまは粗製(そせい)濫造の仏様がたくさんいます。真実の仏様というものは一仏にかぎるです。疑つて云く何を以て汝之を知る、答えて云く月は西より出でて東を照し日は東より出でて西を照す仏法も又以て是くの如し正像には西より東に向い末法には東より西に往く疑っていうのには、どうしてあなたは、それがわかるのかというのです。 答えていうのには、まず原理を示された。月は西より出でて東を照らす。どういうわけなのか、ちょっと合点がいかないでしょう。これは、そのとおりなのです。月は西から出るのです。東から出るのではないのです。ウソだと思ったらきょうから、天文の観測をやってごらんなさい。 新月からしだいに月が満たされていくにしたがって、月の出が西から東へ動いていくのです。これを東行運動といいますが、三日月ぐらいのときには、西方の空に出る。三日月は東から出ません。へんだと思っているのではないですか。いつも下ばかり見ているから。三日月は西から出てくるのです。そうして西へ落ちてします。その次はちょっと東寄りから出てくる。また西に落ちてしまう。次はまた少し東寄りから出てくるのです。このように、西から東へとしだいに移っていきます。そして、満月になると東から出る。また、だんだんと落ちてくるのです。ですから、西から出てきて東を照らすという言葉が、それにあたるのです。 ところが「日は東より出でて西を照す」これはこのとおりです。「仏法も又以て是くの如し」-釈尊の仏法は西から出て、だんだんと東に移ってきたが、こんど日本の仏法すなわち大聖人様の仏法は、東の日本から出でて西を照らす、朝鮮、中国、インドと南無妙法蓮華経の仏法が移っていく。 いま朝鮮の方々はじつに一生懸命、南無妙法蓮華経と唱えているそうです。朝鮮からだんだんと中国へいって、終わりにはインドにいくのです。これは大聖人様の予言ですから、そのとおりになります。仏教が日本にしかないということが、この文証でわかるでしょう。
妙楽大師の云く「豈中国に法を失いて之を四維に求むるに非ずや」等云云、天竺に仏法無き証文なり漢土に於て高宗皇帝の時北狄東京を領して今に一百五十余年仏法王法共に尽き了んぬ、漢土の大蔵の中に小乗経は一向之れ無く大乗経は多分之を失す、日本より寂照等少少之を渡す然りと雖も伝持の人無れば猶木石の衣鉢を帯持せるが如し、故に遵式の云く「始西より伝う猶月の生ずるが如し今復東より返る猶日の昇るが如し」等云云、此等の釈の如くんば天竺漢土に於て仏法を失せること勿論なり、問うて云く月氏漢土に於て仏法無きことは之を知れり、東西北の三洲に仏法無き事は何を以て之を知る、答えて云く法華経の第八に云く「如来の滅後に於て閻浮提の内に広く流布せしめて断絶せざらしめん」等云云、内の字は三洲を嫌う文なり、問うて曰く仏記既に此くの如し汝が未来記如何、答えて曰く仏記に順じて之を勘うるに既に後五百歳の始に相当れり仏法必ず東土の日本より出づべきなり、其の前相必ず正像に超過せる天変地夭之れ有るか、所謂仏生の時・転法輪の時・入涅槃の時吉瑞・凶瑞共に前後に絶えたる大瑞なり、仏は此れ聖人の本なり経経の文を見るに仏の御誕生の時は五色の光気・四方に遍くして夜も昼の如し仏御入滅の時には十二の白虹・南北に亘り大日輪光り無くして闇夜の如くなりし、其の後正像二千年の間・内外の聖人・生滅有れども此の大瑞には如かず、而るに去ぬる正嘉年中より今年に至るまで或は大地震・或は大天変・宛かも仏陀の生滅の時の如し、当に知るべし仏の如き聖人生れたまわんか、大虚に亘つて大彗星出づ誰の王臣を以て之に対せん、当瑞大地を傾動して三たび振裂す何れの聖賢を以て之に課せん、当に知るべし通途世間の吉凶の大瑞には非ざるべし惟れ偏に此の大法興廃の大瑞なり、天台云く「雨の猛きを見て竜の大なるを知り華の盛なるを見て池の深きを知る」等云云、妙楽の云く「智人は起を知り蛇は自ら蛇を識る」等云云、日蓮此の道理を存して既に二十一年なり、日来の災・月来の難・此の両三年の間の事既に死罪に及ばんとす今年・今月万が一も脱がれ難き身命なり、世の人疑い有らば委細の事は弟子に之を問え、幸なるかな一生の内に無始の謗法を消滅せんことを悦ばしいかな未だ見聞せざる教主釈尊に侍え奉らんことよ、願くは我を損ずる国主等をば最初に之を導かん、我を扶くる弟子等をば釈尊に之を申さん、我を生める父母等には未だ死せざる已前に此の大善を進めん、但し今夢の如く宝塔品の心を得たり、此の経に云く「若し須弥を接つて他方の無数の仏土に擲げ置かんも亦未だ為難しとせず乃至若し仏の滅後に悪世の中に於て能く此の経を説かん是れ則ち為難し」等云云、伝教大師云く「浅きは易く深きは難しとは釈迦の所判なり浅きを去つて深きに就くは丈夫の心なり、天台大師は釈迦に信順し法華宗を助けて震旦に敷揚し・叡山の一家は天台に相承し法華宗を助けて日本に弘通す」等云云、安州の日蓮は恐くは三師に相承し法華宗を助けて末法に流通す三に一を加えて三国四師と号く、南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経。 文永十年太歳癸酉後五月十一日 桑門日蓮之を記す妙楽大師(みょうらくだいし)の云く「豈中国に法を失いて之を四維(い)に求むるに非ずや」等云云、天竺に仏法無き証文(しょうもん)なりここでいう中国とは、仏法発祥の地、中心地ということで、インドをさしていうのです。「中国に法を失いて之を四維に求むるに非ずや」と、ここでインドに仏法はもうないということを、いまの言葉をもって説明したのです。それを印度にはたしかに仏法がある。だから他に求める必要はないのだという考え方をしているものに対して、インドにはもう仏法がないということを、この言葉をもって説明、証明しています。漢土(かんど)に於て高宗皇帝(こうそうこうてい)の時北狄東京(ほくてきとんきん)を領して今に一百五十余年仏法王法共に尽き了んぬこれは南宋(なんそう)だと思いましたが北狄、北のほうの蕃族(ばんぞく)が攻め込んできて、宋の高宗をつかまえていって監禁してしまった。宋も滅び、仏法もいっしょに滅んでしまった。その事実を大聖人様は仰せられまして、中国では宋が滅びているくらいであるから、そのときに仏法もいっしょに滅びたのであると、歴史を引いて、事実をあげていわれているのです。漢土の大蔵の中に小乗経は一向之れ無く大乗経は多分之を失すすなわち、中国の大蔵経のなかには小乗経はもうない。大乗経もほぼこれがなくなっている。だから仏教などは、もう中国にはないと、こういっているのです。いまではぜんぜんありません。日本より寂照(じゃくしょう)等少少之を渡す然りと雖も伝持の人無れば猶木石(もくせき)の衣鉢(えはつ)を帯持(たいじ)せるが如し日本から、少し大乗経や法華経を向こうに渡したのです。移したけれどもその精神がわかっていませんから、それを伝え持(たも)つ人がいなければ、経文があっても、お経は少しばかり読むけれども、仏教のことなどなにも知らない。なにも知らないから、木や石に衣を着せて、鉢を持たせたと同じであるというのです。いまの僧侶のことです。ただ、石や木なら飯を食べないからいいけれども、彼らは飯を食べるから米が減って困る。故に遵式(じゅんしき)の云く「始西より伝う猶月の生ずるが如し今復(また)東より返る猶日の昇るが如し」等云云遵式がはっきりいっているというのです。まえの「月は西より出(い)でて東を照し日は東より出でて西を照す」というのと、わが日本の仏法は同じであるというのです。此等の釈(しゃく)の如くんば天竺漢土(てんじくかんど)に於て仏法を失(しつ)せること勿論なりインドや中国にはもう仏法はない。大聖人様の時からないのです。それから七百年もたっているのですから、なおさらなくなってしまって、いまはなにもなくなっています。問うて云く月氏漢土(がっしかんど)に於て仏法無きことは之を知れり、東西北の三洲(しゅう)に仏法無き事は何を以て之を知るそれではインドにも、中国にもないということはよくわかりました。しかしそれは、南閻浮提(なんえんぶだい)にはないということであって、そのほかの東の方、西の方、北の方にあるのではなかろうか。あなたはそこにあるのを知らずして、いっているのではありませんかというのです。答えて云く法華経の第八に云く「如来の滅後に於て閻浮提(えんぶだい)の内に広く流布せしめて断絶せざらしめん」等云云、内の字は三洲を嫌う文なりところが法華経の第八の巻に、仏の滅後において閻浮提のうちにこれを弘めて、そして断絶することはないのであるという経文があると、まず経文を引いています。「閻浮提の内」という内の字は、外の方は関係しないという字になるのであるから、外にないということになるのであると。これではっきりするでしょうというのです。
問うて曰く仏記既に此くの如し汝が未来記如何釈尊の予言はあなたの身のうえに見事にあたった。しからばあなたの未来記はどうなのですかと。こういう問いを起こしたのです。末法の本仏の未来記はいかんというのです。答えて曰く仏記に順じて之を勘(かんが)うるに既に後五百歳の始に相当れり仏法必ず東土の日本より出づべきなりここで、大聖人様がはっきりいいきっておられます。「東土の日本より出づべきなり」すなわち新しい仏法、釈尊の仏法でないところの新しい仏法、真の末法の仏法は、東土の日本から出るのであるというのです。日蓮大聖人様の仏法は、釈尊の仏法とは違うということがはっきりします。其の前相(ぜんそう)必ず正像に超過(ちょうか)せる天変地夭(てんぺんちよう)之れ有るかしからば、その前相、瑞相、すなわち前兆(ぜんちょう)、それがあるであろうかというのです。所謂仏生(ぶっしょう)の時・転法輪(てんぽうりん)の時・入涅槃(にゅうねはん)の時吉瑞(きちずい)・凶瑞(きょうずい)共に前後に絶えたる大瑞(だいずい)なり釈尊の生まれたとき、転法輪というのは法輪を転ずといいまして説法のことです。涅槃というのは死ぬときです。いろいろな兆候(ちょうこう)があったというのです。仏は此れ聖人の本なり経経(きょうぎょう)の文を見るに仏の御誕生の時は五色(しき)の光気(こうき)・四方に遍くして夜も昼の如し仏様の生まれた時は、このように景気がよかったというのです。五色の雲がたなびいて、そうして花が咲いてたいへん鮮やかな瑞相があった。仏御入滅の時には十二の白虹(はくこう)・南北に亘(わた)り大日輪光り無くして闇夜の如くなりし、其の後正像二千年の間・内外(ないげ)の聖人・生滅有れども此の大瑞(だいずい)には如(し)かず仏の御入滅の時には、白い虹(にじ)が出たというのです。また太陽が光りをなくしてしまったというのです。その後、いろいろな瑞相や凶相(きょうそう)があったけれども、これほど大きいものはなかったというのです。而るに去(い)ぬる正嘉(しょうか)年中より今年に至るまで或は大地震・或は大天変(だいてんぺん)・宛(あた)かも仏陀(ぶっだ)の生滅(しょうめつ)の時の如しすなわち、大聖人様ご出世の時に出た正嘉の大地震、すなわちあのような大地震などは、釈尊の滅後、初めての大地震ではないか。大凶兆(だいきょうちょう)ではないか。当に知るべし仏の如き聖人生れたまわんかあの大地震をみても、仏教の経文では「地六種に震動(しんどう)し」といいまして、地震はそういうことも現すということになっている。ですから仏と同じ方が現れるのである。すなわち自分が仏なのである。自分が現れたからこういうふうになったのであると。大虚(おおぞら)に亘つて大彗星(ほうきぼし)出づ誰の王臣を以て之に対せん国を救う大忠臣、大王臣の現れる前兆として彗星(すいせい)が現れたのである。どういう人に、どのような偉い人に、これがあてはまるであろうか。あの人が出てきたから、こういうことになったのだということになるかどうかということです。当瑞大地(とうずいだいち)を傾動(けいどう)して三たび振裂(しんれつ)す何れの聖賢を以て之に課(おお)せんどういう聖賢が現れたから、こういう大地震があったのかと考えてみなさい。これはみな前兆である。仏の現れる前兆である。当に知るべし通途(つうず)世間の吉凶の大瑞には非ざるべし惟(こ)れ偏(ひとえ)に此の大法興廃の大瑞なりこの正嘉の大地震にしても、こういういろいろのことが現れるのは、ふつうの吉凶ではないと。大法興廃の兆(きざし)である。すなわち南無妙法蓮華経という大法が興(おこ)るか興らないかの前兆である。天台云く「雨の猛きを見て竜の大なるを知り華の盛なるを見て池の深きを知る」等云云雨が激しければ竜が大きいのだと。蓮華の華の大きいのは池が深いからであると。こういうことでわかるように、こういう大瑞が現れているということは大法興廃の兆ではないかと、こう仰せになっている。妙楽(みょうらく)の云く「智人(ちじん)は起(き)を知り蛇は自ら蛇を識る」等云云妙楽がいうのには、智慧(ちえ)のあるものは起(き)を知る、こういうことがあるからなにか起こるのである、未来がわかると。わからないのは凡夫です。また蛇(じゃ)は自ら蛇を知る、蛇(へび)というのは足がないのでしょう。それでいて蛇は自分の足がわかっているという意味なのです。蛇は蛇の足を知ると読むのです。蛇は足がないけれどもきちんと歩けるのですから、自分の足をよく知っているということです。日蓮此の道理を存して既に二十一年なり、日来(ひごろ)の災・月来(つきごろ)の難・此の両三年の間の事既に死罪に及ばんとす今年・今月万が一も脱がれ難き身命(しんみょう)なり大聖人様は、御自分では二十一年来このことを知っている。しかもこの三年間に受けた難というものは、大きなものであるというのです。しかも今年は命があぶないかもしれない。すでに大聖人様が殺されるという評判が立っているのです。のがれがたき命であるかもしれないとおっしゃっているのです。世の人疑い有らば委細(いさい)の事は弟子に之を問え弟子に聞きなさい。弟子はみんな知っている。幸なるかな一生の内に無始(むし)の謗法(ほうぼう)を消滅(しょうめつ)せんことを悦ばしいかな未だ見聞せざる教主釈尊(きょうしゅしゃくそん)に侍(つか)え奉らんことよあなた方だったらできません。すっかりだまされたと思うだけです。ひとりぼっちで行っていて、こんな手紙を書きなさいといわれたって書けますか。書いたとしてもワンワン泣いた手紙ばかり書いてよこすにちがいない。しかるに大聖人様は余裕しゃくぜんたるお手紙ではありませんか。 悦(よろこ)ばしいかなとおっしゃっているのも、むりはありません。ほんとうに悦ばしいかなです。これから行って御本尊様におめにかかるのだといわんばかりの御手紙です。
願くは我を損(そん)ずる国主等をば最初に之を導かんすごいものです。まず自分をいじめた国主・北条執権、北条一家を導いてやろうというのです。われわれでしたら、死んだら化けて出てくるのが関の山です。うらむところを、仏様はまず導いてやろうと、大慈悲のお言葉です。我を扶(たす)くる弟子等をば釈尊に之を申さん、我を生める父母等には未だ死せざる已前(いぜん)に此の大善を進めんすなわち御本尊に、自分をたすけた弟子どもをまず仏に申してあげよう。仏にともどもしてあげようという意味です。守ってあげますというのです。自分の父母には親孝行しようという意味です。但し今夢の如く宝塔品(ほうとうぼん)の心を得たり宝塔品の意味がようやくわかったというのです。夢のようにようやくわかったということはないのですけれども、とっくにわかっていらっしゃるのですが、これだなということをはっきりと胸に刻んだのであるとおっしゃるのです。此の経に云く「若し須弥(しゅみ)を接(と)つて他方の無数の仏土(ぶつど)に擲(な)げ置かんも亦未だ為(これ)難しとせず乃至若し仏の滅後に悪世の中に於て能く此の経を説かん是れ則ち為(これ)難し」等云云これは、こういう経文なのです。須弥山(しゅみせん)をつかんで、あらゆる仏土に投げることはめんどうではないが、ただ仏の滅度の後(のち)において、悪世の時にこの法華経を説くということは、じつにそれよりめんどうである。その意味が、ほんとうにめんどうでたいへんなことが、よくわかったという意味です。伝教大師云く「浅きは易く深きは難しとは釈迦の所判(しょはん)なり浅きを去つて深きに就(つ)くは丈夫の心なり伝教大師は「めんどうなことに向かって敢然と戦うのは丈夫の心である。やさしいことばかりやっているのは、それはダメな者なのである。やさしいことと、めんどうなことがあるとしたら、めんどうな方へつくのが丈夫の心である」というのです。 広宣流布などは、いちばんめんどうなことです。これほどめんどうなことはありません。これをやろうというのですから、みなさんは丈夫の心です。天台大師は釈迦に信順(しんじゅん)し法華宗を助けて震旦(しんたん)に敷揚(ふよう)し・叡山(えいざん)の一家は天台に相承(そうじょう)し法華宗を助けて日本に弘通す」等云云天台大師は、法華経を弘(ひろ)めて釈尊に従順して、いちばんめんどうな法華経を、震旦(しんたん)すなわち中国に弘めたと。叡山の一家とは伝教大師をさします。次の義真までだけですが、法華経を助けて日本に弘めたというのです。安州の日蓮は恐くは三師に相承し法華宗を助けて末法に流通す三に一を加えて三国四師と号(なず)く、南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経。文永十年太歳(たいさい)癸酉後(みずのとりのちの)五月十一日 桑門(そうもん)日蓮之を記す安房(あわ)の国の日蓮は、三師に相承して、すなわち、釈尊、天台、伝教をついで法華経を助けて日本国に広宣流布するのであると。四人の仏をたて、正法の仏は釈尊、像法の仏は天台、伝教、末法の仏は日蓮大聖人様と。これで、三国に四人の仏ということになると、こう仰せられているのです。
おはようございます🌸りっ葉な凡ぶに成ります🎉ありがとうございます🌸
例せば威音王仏の像法の時・不軽菩薩・我深敬等の二十四字を以て彼の土に広宣流布し一国の杖木等の大難を招きしが如し、彼の二十四字と此の五字と其の語殊なりと雖も其の意是れ同じ彼の像法の末と是の末法の初と全く同じ彼の不軽菩薩は初随喜の人・日蓮は名字の凡夫なり。
疑つて云く何を以て之を知る汝を末法の初の法華経の行者なりと為すと云うことを、答えて云く法華経に云く「況んや滅度の後をや」又云く「諸の無智の人有つて悪口罵詈等し及び刀杖を加うる者あらん」又云く「数数擯出せられん」又云く「一切世間怨多くして信じ難し」又云く「杖木瓦石をもつて之を打擲す」又云く「悪魔・魔民・諸天竜・夜叉・鳩槃荼等其の便りを得ん」等云云、此の明鏡に付いて仏語を信ぜしめんが為に、日本国中の王臣・四衆の面目に引き向えたるに予よりの外には一人も之無し、時を論ずれば末法の初め一定なり、然る間若し日蓮無くんば仏語は虚妄と成らん、難じて云く汝は大慢の法師にして大天に過ぎ四禅比丘にも超えたり如何、答えて云く汝日蓮を蔑如するの重罪又提婆達多に過ぎ無垢論師にも超えたり、我が言は大慢に似たれども仏記を扶け如来の実語を顕さんが為なり、然りと雖も日本国中に日蓮を除いては誰人を取り出して法華経の行者と為さん汝日蓮を謗らんとして仏記を虚妄にす豈大悪人に非ずや。
疑つて云く如来の未来記汝に相当れり、但し五天竺並びに漢土等にも法華経の行者之有るか如何、答えて云く四天下の中に全く二の日無し四海の内豈両主有らんや、疑つて云く何を以て汝之を知る、答えて云く月は西より出でて東を照し日は東より出でて西を照す仏法も又以て是くの如し正像には西より東に向い末法には東より西に往く
例せば威音王仏(いおんのうぶつ)の像法の時・不軽菩薩(ふきょうぼさつ)・我深敬(がじんきょう)等の二十四字を以て彼の土に広宣流布し一国の杖木(じょうもく)等の大難(たいなん)を招きしが如し
大聖人様の御身のうえは、不軽菩薩と同じである。不軽菩薩が威音王仏の像法の時に現れ、「我れ深く汝(なんじ)等を敬(うやま)う、敢(あえ)て軽慢(きょうまん)せず、所以(ゆえん)は何(いか)ん、汝等皆菩薩の道を行じて当(まさ)に作仏(さぶつ)することを得べし」といって、二十四文字の経文をもって一国に広宣流布した。そのときに非常にいじめられた。杖(つえ)や棒でもってしょっちゅう追い回された。そのように、いまの大聖人様の御境涯(ごきょうがい)も同じです。しかし、広宣流布は不軽の時もしたではないか。不軽の時に広宣流布したと同じに、このたびも広宣流布するのであると、こうおっしゃっているのです。
彼の二十四字と此の五字と其の語殊なりと雖も其の意是れ同じ
すなわち、不軽菩薩の二十四文字の経文と、大聖人様の七文字の南無妙法蓮華経の経文と、言葉は違っているが、その心、法華経という意味においては同じである。
彼の像法の末と是の末法の初と全く同じ彼の不軽(ふきょう)菩薩は初随喜(しょずいき)の人・日蓮は名字(みょうじ)の凡夫(ぼんぷ)なり
不軽菩薩の像法の末と大聖人様の末法の初めとは、まったく広宣流布をする様相が同じである。ただ不軽菩薩は初随喜の人、ただ喜んで、うれしいうれしいという人です。大聖人様は名字の凡夫であらせられます。それだけの違いです。不軽も大聖人様も、だれが見ても偉そうな光相、光を放った仏様のような姿はしていない。大聖人様は凡夫の姿そのままでいらっしゃる。
また不軽菩薩は初随喜、信仰を始めたばかりの姿でいるのです。ですから、その姿において広宣流布するということは同じであるというのです。
広宣流布する立場においては、われわれもみな同じです。ところが、よくこういうことをいいます。南無妙法蓮華経を唱えていても行儀が悪い。信仰したから立派な人間にならなければいけないと。そんなバカなことありません。凡夫です。みな凡夫の姿で成仏の境界になるのです。行儀がいいとか悪いとか、あるいはその品行がどうとかこうとか、そんなことは枝葉の問題です。それは、泥棒していいというのではない。また詐欺をやっていいというのではない。そんなことは、絶対にいけません。ただ世間の人は、よく、信仰したくせにという。まるで信仰したら、お人形さんみたいな顔をしていなければならないと思っているのです。そんなことはできるものではない。「私きょうから信仰しました。行儀よくなります」と。冗談ではありません。そんなものではなりません。立派な凡夫である、けっして偉そうになるのではありません。ほしいものはほしいのだ。欲張りたい者は欲張っていいのです。けちんぼしたい者はけちんぼすればいい。そういうふうに考えなくてはだめです。
疑つて云く何を以て之を知る汝を末法の初の法華経の行者なりと為すと云うことを
疑っていわく、たしかにいろいろの経文を引いて、自分が法華経の行者だと、こういわんばかりであるが、あなたが末法の初めの法華経の行者であるということは、どうして知ることができるのですか、どうしてそれがわかるのですかと、そういう意味です。
答えて云く法華経に云く「況んや滅度の後をや」
法華経にいわく「況んや滅度の後をや」怨嫉(おんしつ)が多い、そのとおりになっているではないかというのです。
又云く「諸の無智(むち)の人有つて悪口罵詈(あっくめり)等し及び刀杖(とうじょう)を加うる者あらん」
また法華経に予言していわく、無智の人あって悪口罵詈等しと、そのとおり、いま自分が悪口罵詈されているではないか。刀杖を加う、刀(かたな)で切り殺されそうになっていらっしゃる。ケガをしていらっしゃる。ケガをしていらっしゃる。襲われていらっしゃる。そのとおりではないかと仰せです。
又云く「数数(しばしば)擯出(ひんずい)せられん」
これは数数(さくさく)とも読みますが、さくさくというのは二度のことです。一度は伊豆の伊東へ、二度はこの佐渡へ流罪せられ、経文どおり身をもって読んでいらっしゃる。擯出というのは島流しということです。これも、そのとおりになっているではないかというのです。
又云く「一切世間怨(あだ)多くして信じ難し」
また、怨多くして信じ難し、じつにみな大聖人様を憎んでいるではないか。一切世間が、ほんとうに信じないではないか。これもその証拠ではないか。
又云く「杖木瓦石(じょうもくがしゃく)をもつて之を打擲(ちょうちゃく)す」
また、瓦(かわら)や石や、また杖(つえ)やなんかで大聖人様を打っているではないか。私はこのとおり討たれているのですから、証拠になっているよというのです。
又云く「悪魔(あくま)・魔民(まみん)・諸天竜(しょてんりゅう)・夜叉(やしゃ)・鳩槃荼(くはんだ)等其の便りを得ん」等云云
悪魔、天竜や夜叉また鳩槃荼等が便りを得といっているが、そのとおりではないか。さきに説明したように、それが王臣一同のその身の中にはいって、命にはいって、そして大聖人様を憎んでいるではないか。平左衛門(へいさえもん)なんかいちばんその見本です。
此の明鏡(めいきょう)に付いて仏語(ぶつご)を信ぜしめんが為に、日本国中の王臣・四衆の面目に引き向えたるに予よりの外には一人も之無し
この明鏡、この立派な経文の鏡をもって、日本国中の人をその鏡に向かわしてみるならば、それらの人がこの経文どおりにやっている相手というものは、予一人のほかはない、大聖人様一人しかいないではないか。ゆえに予は末法の初めの法華経の行者であるというのです。
時を論ずれば末法の初め一定(じょう)なり、然る間若し日蓮無くんば仏語は虚妄(こもう)と成らん
さて時を論ずるならば、末法の初め、いまが一定である。日蓮無くんば、大聖人様がいらっしゃらなかったらば、仏の予言が全部ウソになるではないか。断じてウソはない、そのとおりではないか。予言どおりであるから、日蓮は末法の法華経の行者である。法華経の行者とは、すなわち仏ということであると仰せです。
難じて云く汝は大慢(だいまん)の法師にして大天(だいてん)に過ぎ四禅比丘(ぜんびく)にも超えたり如何
大聖人に対して、大慢の法師である。法華経の行者である、自分は仏である、末法の仏であるというのは非常に慢じすぎる。大天にもすぎ四禅比丘、非常に謗法(ほうぼう)した人間ですが、これらにもすぎている。いずれも仏法を慢じたいちばんの悪人よりも、おまえはすぎているではないかというのです。
答えて云く汝日蓮を蔑如(べつじょ)するの重罪又提婆達多(だいばだった)に過ぎ無垢論師(むくろんし)にも超えたり
「おまえは大慢の法師である」という問いをこしらえて、それに対して答えるには、日蓮を蔑如(べつじょ)する、日蓮をバカにする侮蔑(ぶべつ)罪は、提婆達多より、無垢論師よりもなおひどいものである。罪は大きいというのです。このような強い御言葉をはっきり言い残しているところに、大聖人様御自身が仏であるとの確信が厳然としてあらわされているのです。
提婆達多は釈尊を蔑如して、生きながら無間地獄に堕(お)ちた男ですが、大聖人を誹謗(ひぼう)する罪は、その提婆よりもひどいということは、大聖人様は釈尊よりも勝れているという確信があるのです。この御文は、ほんとうに強い御言葉です。
我が言は大慢に似たれども仏記(ぶつき)を扶(たす)け如来の実語(じつご)を顕さんが為なり
自分の言葉は大慢に聞こえるかもしれない。けれども、仏記をたすけ、すなわち仏の予言書どおりであるというためなのです。
然りと雖も日本国中に日蓮を除いては誰人を取り出して法華経の行者と為さん汝日蓮を謗(そし)らんとして仏記を虚妄(こもう)にす豈大悪人(あにだいあくにん)に非ずや
しからば、大聖人様を除いて、誰人が法華経の行者といいうる者がいようかと。あなたは、もし日蓮を法華経の行者ではないと謗(そし)ろうとするならば、仏記、仏の未来記を、予言書を、ぶちこわす大悪人である。日蓮は断じて仏である。法華経の行者であると、こう断じていらっしゃるのです。
疑つて云く如来の未来記(みらいき)汝に相当れり、但し五天竺(てんじく)並びに漢土(かんど)等にも法華経の行者之有るか如何
こんどは範囲を広げてきたのです。たしかにそういわれてみれば、あなたは仏の未来記にそのとおりあたっているから、末法の法華経の行者でしょう。だが日本ではあなたを認めますが、インドや中国にもあなたと同じような人がいるのではありませんか。あなた一人いばることはないでしょうと、こういういい方なのです。
答えて云く四天下(てんげ)の中に全く二の日無し四海の内豈(あに)両主有らんや
この言葉なども強い。二つの日が、太陽があるわけがない。一国に二人の王様がいるわけがない。いま東洋中に日蓮ただ一人が仏である。仏というものは、二人が同時代に出ることはないのです。あちらにも生き仏様がいる、こちらにも生き如来様だなどと、いまみたいに仏様が濫造(らんぞう)されるということはない。いまは粗製(そせい)濫造の仏様がたくさんいます。真実の仏様というものは一仏にかぎるです。
疑つて云く何を以て汝之を知る、答えて云く月は西より出でて東を照し日は東より出でて西を照す仏法も又以て是くの如し正像には西より東に向い末法には東より西に往く
疑っていうのには、どうしてあなたは、それがわかるのかというのです。
答えていうのには、まず原理を示された。月は西より出でて東を照らす。どういうわけなのか、ちょっと合点がいかないでしょう。これは、そのとおりなのです。月は西から出るのです。東から出るのではないのです。ウソだと思ったらきょうから、天文の観測をやってごらんなさい。
新月からしだいに月が満たされていくにしたがって、月の出が西から東へ動いていくのです。これを東行運動といいますが、三日月ぐらいのときには、西方の空に出る。三日月は東から出ません。へんだと思っているのではないですか。いつも下ばかり見ているから。三日月は西から出てくるのです。そうして西へ落ちてします。その次はちょっと東寄りから出てくる。また西に落ちてしまう。次はまた少し東寄りから出てくるのです。このように、西から東へとしだいに移っていきます。そして、満月になると東から出る。また、だんだんと落ちてくるのです。ですから、西から出てきて東を照らすという言葉が、それにあたるのです。
ところが「日は東より出でて西を照す」これはこのとおりです。
「仏法も又以て是くの如し」-釈尊の仏法は西から出て、だんだんと東に移ってきたが、こんど日本の仏法すなわち大聖人様の仏法は、東の日本から出でて西を照らす、朝鮮、中国、インドと南無妙法蓮華経の仏法が移っていく。
いま朝鮮の方々はじつに一生懸命、南無妙法蓮華経と唱えているそうです。朝鮮からだんだんと中国へいって、終わりにはインドにいくのです。これは大聖人様の予言ですから、そのとおりになります。仏教が日本にしかないということが、この文証でわかるでしょう。
妙楽大師の云く「豈中国に法を失いて之を四維に求むるに非ずや」等云云、天竺に仏法無き証文なり漢土に於て高宗皇帝の時北狄東京を領して今に一百五十余年仏法王法共に尽き了んぬ、漢土の大蔵の中に小乗経は一向之れ無く大乗経は多分之を失す、日本より寂照等少少之を渡す然りと雖も伝持の人無れば猶木石の衣鉢を帯持せるが如し、故に遵式の云く「始西より伝う猶月の生ずるが如し今復東より返る猶日の昇るが如し」等云云、此等の釈の如くんば天竺漢土に於て仏法を失せること勿論なり、問うて云く月氏漢土に於て仏法無きことは之を知れり、東西北の三洲に仏法無き事は何を以て之を知る、答えて云く法華経の第八に云く「如来の滅後に於て閻浮提の内に広く流布せしめて断絶せざらしめん」等云云、内の字は三洲を嫌う文なり、問うて曰く仏記既に此くの如し汝が未来記如何、答えて曰く仏記に順じて之を勘うるに既に後五百歳の始に相当れり仏法必ず東土の日本より出づべきなり、其の前相必ず正像に超過せる天変地夭之れ有るか、所謂仏生の時・転法輪の時・入涅槃の時吉瑞・凶瑞共に前後に絶えたる大瑞なり、仏は此れ聖人の本なり経経の文を見るに仏の御誕生の時は五色の光気・四方に遍くして夜も昼の如し仏御入滅の時には十二の白虹・南北に亘り大日輪光り無くして闇夜の如くなりし、其の後正像二千年の間・内外の聖人・生滅有れども此の大瑞には如かず、而るに去ぬる正嘉年中より今年に至るまで或は大地震・或は大天変・宛かも仏陀の生滅の時の如し、当に知るべし仏の如き聖人生れたまわんか、大虚に亘つて大彗星出づ誰の王臣を以て之に対せん、当瑞大地を傾動して三たび振裂す何れの聖賢を以て之に課せん、当に知るべし通途世間の吉凶の大瑞には非ざるべし惟れ偏に此の大法興廃の大瑞なり、天台云く「雨の猛きを見て竜の大なるを知り華の盛なるを見て池の深きを知る」等云云、妙楽の云く「智人は起を知り蛇は自ら蛇を識る」等云云、日蓮此の道理を存して既に二十一年なり、日来の災・月来の難・此の両三年の間の事既に死罪に及ばんとす今年・今月万が一も脱がれ難き身命なり、世の人疑い有らば委細の事は弟子に之を問え、幸なるかな一生の内に無始の謗法を消滅せんことを悦ばしいかな未だ見聞せざる教主釈尊に侍え奉らんことよ、願くは我を損ずる国主等をば最初に之を導かん、我を扶くる弟子等をば釈尊に之を申さん、我を生める父母等には未だ死せざる已前に此の大善を進めん、但し今夢の如く宝塔品の心を得たり、此の経に云く「若し須弥を接つて他方の無数の仏土に擲げ置かんも亦未だ為難しとせず乃至若し仏の滅後に悪世の中に於て能く此の経を説かん是れ則ち為難し」等云云、伝教大師云く「浅きは易く深きは難しとは釈迦の所判なり浅きを去つて深きに就くは丈夫の心なり、天台大師は釈迦に信順し法華宗を助けて震旦に敷揚し・叡山の一家は天台に相承し法華宗を助けて日本に弘通す」等云云、安州の日蓮は恐くは三師に相承し法華宗を助けて末法に流通す三に一を加えて三国四師と号く、南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経。
文永十年太歳癸酉後五月十一日 桑門日蓮之を記す
妙楽大師(みょうらくだいし)の云く「豈中国に法を失いて之を四維(い)に求むるに非ずや」等云云、天竺に仏法無き証文(しょうもん)なり
ここでいう中国とは、仏法発祥の地、中心地ということで、インドをさしていうのです。「中国に法を失いて之を四維に求むるに非ずや」と、ここでインドに仏法はもうないということを、いまの言葉をもって説明したのです。それを印度にはたしかに仏法がある。だから他に求める必要はないのだという考え方をしているものに対して、インドにはもう仏法がないということを、この言葉をもって説明、証明しています。
漢土(かんど)に於て高宗皇帝(こうそうこうてい)の時北狄東京(ほくてきとんきん)を領して今に一百五十余年仏法王法共に尽き了んぬ
これは南宋(なんそう)だと思いましたが北狄、北のほうの蕃族(ばんぞく)が攻め込んできて、宋の高宗をつかまえていって監禁してしまった。宋も滅び、仏法もいっしょに滅んでしまった。その事実を大聖人様は仰せられまして、中国では宋が滅びているくらいであるから、そのときに仏法もいっしょに滅びたのであると、歴史を引いて、事実をあげていわれているのです。
漢土の大蔵の中に小乗経は一向之れ無く大乗経は多分之を失す
すなわち、中国の大蔵経のなかには小乗経はもうない。大乗経もほぼこれがなくなっている。だから仏教などは、もう中国にはないと、こういっているのです。いまではぜんぜんありません。
日本より寂照(じゃくしょう)等少少之を渡す然りと雖も伝持の人無れば猶木石(もくせき)の衣鉢(えはつ)を帯持(たいじ)せるが如し
日本から、少し大乗経や法華経を向こうに渡したのです。移したけれどもその精神がわかっていませんから、それを伝え持(たも)つ人がいなければ、経文があっても、お経は少しばかり読むけれども、仏教のことなどなにも知らない。なにも知らないから、木や石に衣を着せて、鉢を持たせたと同じであるというのです。いまの僧侶のことです。ただ、石や木なら飯を食べないからいいけれども、彼らは飯を食べるから米が減って困る。
故に遵式(じゅんしき)の云く「始西より伝う猶月の生ずるが如し今復(また)東より返る猶日の昇るが如し」等云云
遵式がはっきりいっているというのです。まえの「月は西より出(い)でて東を照し日は東より出でて西を照す」というのと、わが日本の仏法は同じであるというのです。
此等の釈(しゃく)の如くんば天竺漢土(てんじくかんど)に於て仏法を失(しつ)せること勿論なり
インドや中国にはもう仏法はない。大聖人様の時からないのです。それから七百年もたっているのですから、なおさらなくなってしまって、いまはなにもなくなっています。
問うて云く月氏漢土(がっしかんど)に於て仏法無きことは之を知れり、東西北の三洲(しゅう)に仏法無き事は何を以て之を知る
それではインドにも、中国にもないということはよくわかりました。しかしそれは、南閻浮提(なんえんぶだい)にはないということであって、そのほかの東の方、西の方、北の方にあるのではなかろうか。あなたはそこにあるのを知らずして、いっているのではありませんかというのです。
答えて云く法華経の第八に云く「如来の滅後に於て閻浮提(えんぶだい)の内に広く流布せしめて断絶せざらしめん」等云云、内の字は三洲を嫌う文なり
ところが法華経の第八の巻に、仏の滅後において閻浮提のうちにこれを弘めて、そして断絶することはないのであるという経文があると、まず経文を引いています。「閻浮提の内」という内の字は、外の方は関係しないという字になるのであるから、外にないということになるのであると。これではっきりするでしょうというのです。
問うて曰く仏記既に此くの如し汝が未来記如何
釈尊の予言はあなたの身のうえに見事にあたった。しからばあなたの未来記はどうなのですかと。こういう問いを起こしたのです。末法の本仏の未来記はいかんというのです。
答えて曰く仏記に順じて之を勘(かんが)うるに既に後五百歳の始に相当れり仏法必ず東土の日本より出づべきなり
ここで、大聖人様がはっきりいいきっておられます。「東土の日本より出づべきなり」すなわち新しい仏法、釈尊の仏法でないところの新しい仏法、真の末法の仏法は、東土の日本から出るのであるというのです。日蓮大聖人様の仏法は、釈尊の仏法とは違うということがはっきりします。
其の前相(ぜんそう)必ず正像に超過(ちょうか)せる天変地夭(てんぺんちよう)之れ有るか
しからば、その前相、瑞相、すなわち前兆(ぜんちょう)、それがあるであろうかというのです。
所謂仏生(ぶっしょう)の時・転法輪(てんぽうりん)の時・入涅槃(にゅうねはん)の時吉瑞(きちずい)・凶瑞(きょうずい)共に前後に絶えたる大瑞(だいずい)なり
釈尊の生まれたとき、転法輪というのは法輪を転ずといいまして説法のことです。涅槃というのは死ぬときです。いろいろな兆候(ちょうこう)があったというのです。
仏は此れ聖人の本なり経経(きょうぎょう)の文を見るに仏の御誕生の時は五色(しき)の光気(こうき)・四方に遍くして夜も昼の如し
仏様の生まれた時は、このように景気がよかったというのです。五色の雲がたなびいて、そうして花が咲いてたいへん鮮やかな瑞相があった。
仏御入滅の時には十二の白虹(はくこう)・南北に亘(わた)り大日輪光り無くして闇夜の如くなりし、其の後正像二千年の間・内外(ないげ)の聖人・生滅有れども此の大瑞(だいずい)には如(し)かず
仏の御入滅の時には、白い虹(にじ)が出たというのです。また太陽が光りをなくしてしまったというのです。その後、いろいろな瑞相や凶相(きょうそう)があったけれども、これほど大きいものはなかったというのです。
而るに去(い)ぬる正嘉(しょうか)年中より今年に至るまで或は大地震・或は大天変(だいてんぺん)・宛(あた)かも仏陀(ぶっだ)の生滅(しょうめつ)の時の如し
すなわち、大聖人様ご出世の時に出た正嘉の大地震、すなわちあのような大地震などは、釈尊の滅後、初めての大地震ではないか。大凶兆(だいきょうちょう)ではないか。
当に知るべし仏の如き聖人生れたまわんか
あの大地震をみても、仏教の経文では「地六種に震動(しんどう)し」といいまして、地震はそういうことも現すということになっている。ですから仏と同じ方が現れるのである。すなわち自分が仏なのである。自分が現れたからこういうふうになったのであると。
大虚(おおぞら)に亘つて大彗星(ほうきぼし)出づ誰の王臣を以て之に対せん
国を救う大忠臣、大王臣の現れる前兆として彗星(すいせい)が現れたのである。どういう人に、どのような偉い人に、これがあてはまるであろうか。あの人が出てきたから、こういうことになったのだということになるかどうかということです。
当瑞大地(とうずいだいち)を傾動(けいどう)して三たび振裂(しんれつ)す何れの聖賢を以て之に課(おお)せん
どういう聖賢が現れたから、こういう大地震があったのかと考えてみなさい。これはみな前兆である。仏の現れる前兆である。
当に知るべし通途(つうず)世間の吉凶の大瑞には非ざるべし惟(こ)れ偏(ひとえ)に此の大法興廃の大瑞なり
この正嘉の大地震にしても、こういういろいろのことが現れるのは、ふつうの吉凶ではないと。大法興廃の兆(きざし)である。すなわち南無妙法蓮華経という大法が興(おこ)るか興らないかの前兆である。
天台云く「雨の猛きを見て竜の大なるを知り華の盛なるを見て池の深きを知る」等云云
雨が激しければ竜が大きいのだと。蓮華の華の大きいのは池が深いからであると。こういうことでわかるように、こういう大瑞が現れているということは大法興廃の兆ではないかと、こう仰せになっている。
妙楽(みょうらく)の云く「智人(ちじん)は起(き)を知り蛇は自ら蛇を識る」等云云
妙楽がいうのには、智慧(ちえ)のあるものは起(き)を知る、こういうことがあるからなにか起こるのである、未来がわかると。わからないのは凡夫です。また蛇(じゃ)は自ら蛇を知る、蛇(へび)というのは足がないのでしょう。それでいて蛇は自分の足がわかっているという意味なのです。蛇は蛇の足を知ると読むのです。蛇は足がないけれどもきちんと歩けるのですから、自分の足をよく知っているということです。
日蓮此の道理を存して既に二十一年なり、日来(ひごろ)の災・月来(つきごろ)の難・此の両三年の間の事既に死罪に及ばんとす今年・今月万が一も脱がれ難き身命(しんみょう)なり
大聖人様は、御自分では二十一年来このことを知っている。しかもこの三年間に受けた難というものは、大きなものであるというのです。しかも今年は命があぶないかもしれない。すでに大聖人様が殺されるという評判が立っているのです。のがれがたき命であるかもしれないとおっしゃっているのです。
世の人疑い有らば委細(いさい)の事は弟子に之を問え
弟子に聞きなさい。弟子はみんな知っている。
幸なるかな一生の内に無始(むし)の謗法(ほうぼう)を消滅(しょうめつ)せんことを悦ばしいかな未だ見聞せざる教主釈尊(きょうしゅしゃくそん)に侍(つか)え奉らんことよ
あなた方だったらできません。すっかりだまされたと思うだけです。ひとりぼっちで行っていて、こんな手紙を書きなさいといわれたって書けますか。書いたとしてもワンワン泣いた手紙ばかり書いてよこすにちがいない。しかるに大聖人様は余裕しゃくぜんたるお手紙ではありませんか。
悦(よろこ)ばしいかなとおっしゃっているのも、むりはありません。ほんとうに悦ばしいかなです。これから行って御本尊様におめにかかるのだといわんばかりの御手紙です。
願くは我を損(そん)ずる国主等をば最初に之を導かん
すごいものです。まず自分をいじめた国主・北条執権、北条一家を導いてやろうというのです。われわれでしたら、死んだら化けて出てくるのが関の山です。うらむところを、仏様はまず導いてやろうと、大慈悲のお言葉です。
我を扶(たす)くる弟子等をば釈尊に之を申さん、我を生める父母等には未だ死せざる已前(いぜん)に此の大善を進めん
すなわち御本尊に、自分をたすけた弟子どもをまず仏に申してあげよう。仏にともどもしてあげようという意味です。守ってあげますというのです。自分の父母には親孝行しようという意味です。
但し今夢の如く宝塔品(ほうとうぼん)の心を得たり
宝塔品の意味がようやくわかったというのです。夢のようにようやくわかったということはないのですけれども、とっくにわかっていらっしゃるのですが、これだなということをはっきりと胸に刻んだのであるとおっしゃるのです。
此の経に云く「若し須弥(しゅみ)を接(と)つて他方の無数の仏土(ぶつど)に擲(な)げ置かんも亦未だ為(これ)難しとせず乃至若し仏の滅後に悪世の中に於て能く此の経を説かん是れ則ち為(これ)難し」等云云
これは、こういう経文なのです。須弥山(しゅみせん)をつかんで、あらゆる仏土に投げることはめんどうではないが、ただ仏の滅度の後(のち)において、悪世の時にこの法華経を説くということは、じつにそれよりめんどうである。その意味が、ほんとうにめんどうでたいへんなことが、よくわかったという意味です。
伝教大師云く「浅きは易く深きは難しとは釈迦の所判(しょはん)なり浅きを去つて深きに就(つ)くは丈夫の心なり
伝教大師は「めんどうなことに向かって敢然と戦うのは丈夫の心である。やさしいことばかりやっているのは、それはダメな者なのである。やさしいことと、めんどうなことがあるとしたら、めんどうな方へつくのが丈夫の心である」というのです。
広宣流布などは、いちばんめんどうなことです。これほどめんどうなことはありません。これをやろうというのですから、みなさんは丈夫の心です。
天台大師は釈迦に信順(しんじゅん)し法華宗を助けて震旦(しんたん)に敷揚(ふよう)し・叡山(えいざん)の一家は天台に相承(そうじょう)し法華宗を助けて日本に弘通す」等云云
天台大師は、法華経を弘(ひろ)めて釈尊に従順して、いちばんめんどうな法華経を、震旦(しんたん)すなわち中国に弘めたと。叡山の一家とは伝教大師をさします。次の義真までだけですが、法華経を助けて日本に弘めたというのです。
安州の日蓮は恐くは三師に相承し法華宗を助けて末法に流通す三に一を加えて三国四師と号(なず)く、南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経。
文永十年太歳(たいさい)癸酉後(みずのとりのちの)五月十一日 桑門(そうもん)日蓮之を記す
安房(あわ)の国の日蓮は、三師に相承して、すなわち、釈尊、天台、伝教をついで法華経を助けて日本国に広宣流布するのであると。四人の仏をたて、正法の仏は釈尊、像法の仏は天台、伝教、末法の仏は日蓮大聖人様と。これで、三国に四人の仏ということになると、こう仰せられているのです。
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