毎度このクオリティで動画を出してくれることに感謝しかない😭
動画更新感謝です!
諸葛亮は滅茶苦茶偉大な人物だけど「人間の限界」ってイメージがある。1人の人間が努力したらここまで行けるんだって感じでこれ以上を求めるのは酷。
元来、政治の人ですからね。
総合的な知識はありますが、本質的には中央で座って大局を見据えて下に指示と上に提言する人。それが、望まず軍事・前線をも背負う事となった。
無理を承知でそれをも一流にこなすという、史実の彼の方が、演義の神仙の術士かという描写より好きですね。
諸葛亮孔明は軍政家が本職で軍人としては基本に忠実なタイプらしかったですからね
劉備が没した前後に黄権、法正、王連がいなくなったのも痛かったんじゃないですかね?
政敵ではありましたが戦略戦術財政の要が抜けちゃいましたから
地図と地名を用いての具体的な説明、大変わかりやすかったです。
地名は知ってても具体的な位置までは把握してなかったので、知ってる話でも大変新鮮でした。
最初から最後まで夢中で見れました。素晴らしい動画をありがとうございました。
司馬懿を疑い続けた結果やむを得ず保身のために魏を簒奪された曹操と、諸葛亮を信じ続け、条件付きとはいえ1度は蜀を丸ごと差し出したことでむしろ忠義を貫かせ続けた劉備の対比は個人的にかなり面白いものがある
龐統と馬良と法正と馬超がもっと長くいきていれば、諸葛亮は長安まで取れていただろうな
関羽と張飛が死なず劉備ももう少し長く生きれただろうし。
北伐そのものに無理があった。しかし蜀漢の国是としてやらないわけにもいかないし‥
劉備が死んでから北伐できるまで持ちなおしたのが異常なくらい
諸葛亮の何がすごいかって、丞相という位置にいながら暗君の阿斗の座を奪うことなく、夷陵の戦いで失っていた国力を北伐を何回も行える状態にまでもっていけたことだよな
諸葛亮はたしかにスーパー丞相ですし、実質4回?の北伐は、インパール作戦を4回やって4回失敗して4回軍を保って撤退したというような、意味わからん軍事的偉業です。
が、やや荊州閥を優遇した点、あと、人事で、とにかく独断専行を嫌って、上の命令を忠実に聞く小役人タイプばかりを好んだ点は、ただでさえ薄い蜀の人材を小物ばかりにして、後の蜀のジリ貧と敗北を用意したように思います。いずれ敗北は見えてたとはいえ。
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劉禅は無茶な粛清せず、部下を信用して任せることができて、長期政権維持できたのだから、実はかなりの名君だったと思います。普通なら疑心暗鬼で諸葛亮と仲違いして殺し合ってたところです。楽毅と違って主君と仲違いせず100%手腕をふるうことができたのは、諸葛亮にとって大変幸運でした。
IQ高すぎて戦略視点でしかモノを見れないのが諸葛亮の軍事分野での限界を現してると思う
戦略的に負けない事は80点の合格レベルを出すには必須だが、リスクを負って戦術的に勝負をかけてこそ120点を狙える。
そして蜀は弱いので後者でワンチャンをかける理由は十分あった。
戦術的視野の武官から成り上がって戦略家になったルートの名将たちと違って、政治家が戦略家になった諸葛亮はやはり軍事専門外だったんだよな
1時間の大作、ありがとうございます!しかも大好きな諸葛亮😆とても勉強になりました!
初コメ!次の投稿楽しみにしてたところ、まかさの諸葛亮でロングバージョン。
教科書以上で最高すぎます!
夷陵で荊州閥の人材が枯渇したのも痛かったですね。政治バランス的に益州閥の実力者は起用したくない様にも見受けられますし
魏延や蒋琬のような乾坤一擲な作戦を取らずに長期的な戦略なので魏としては目障りではあっても対応はし易かったでしょうし
ある程度三国志を知ってる身(魔理沙視点?)の自分はすごい楽しめました!
特に劉備の諸葛亮への遺言の投稿者の観点は確かにと納得するところもありました。
素敵な解説動画ありがとうございます!
魏も呉も後継者争いの時にこう思ったらしい…
「諸葛孔明が我が国に居てくれたら」と
蜀漢の全てを掌握し決して正道から外れなかった諸葛孔明が現代まで語り継がれる理由だと思います
劉備に「儒学サロンを優遇しないと組織の運営は不可能」ってことを教えたのも諸葛孔明ですよねぇ
長い編集お疲れ様でございます。
個人的北伐たられば2選。
①馬謖が下手を打たず善戦。
②魏延の長安急襲採用裁可。
根が任侠の劉備に諸葛亮が惚れ込んでいた可能性がありそうだが
出師表初めて全文見ました。
これだけ奸臣に釘を刺してたのに。
1時間越えという超大作ありがとうございます。
正史でも諸葛亮はすごく優秀な人物なんですね。
内容とても面白かったです😊
英雄扱いされてる偉人ってたいがい後世の誇張で調べてみるとガッカリパターン多いけど諸葛亮って調べてみるとイメージよりスゲェってなる
演技で語られてるような曲芸的な奇策がもてはやされがちだけど本当に凄いのは崩壊寸前に至ってる国を何度も立て直している事なんだよなぁ今みたいにネットで瞬時に各地の状況が分かるような時代でもない事を考えたらとんでもない先見の明が必要ってことだからね
成都に向けて進軍する魏軍が諸葛亮の墓の前を通り過ぎるときに、全員で墓参りをしてから成都に進軍を再開したという逸話が残っている。
劉備の孔明への遺言の真意の解釈は様々ですが、この動画の推察がいちばん納得できるものでした!
帝位を奪わないように釘を刺したとか納得出来ない考察も世の中にありますが、そんな人物のためにこのあと孔明が亡くなるまで自分の全てを捧げるだろうか?と
孔明がその後、蜀の全権を掌握する立場になっても、先帝の遺児をどこまでも立て、先帝の意志を継ぎ実現を目指したのも劉備に対しての深い恩と想いがあったからこそと思うし、また劉備も孔明が忠義を尽くすだけの魅力のあった人だったと思っています
素敵な動画をありがとうございます
永久保存したい
冷静に考えてこんな人物なかなかいないよねぇ
三国志に触れ始めた頃
『孔明凄いな。天才軍師やん!』
少しづつ調べるようになった頃
『軍事音痴の普通の政治家やん。』
ちょっと詳しくなってきた頃
『やっぱスゲーや。人間じゃねーよ・・・』
5:15「黄承彦」に関する記述が乏しい。正史三国志の注「襄陽記」などによると、諸葛亮の妻の母親であり同時に黄承彦の妻である人物は蔡瑁の父である蔡諷の長女であり、次女が劉表に嫁いで劉琮を産んだ蔡夫人のため、黄承彦は劉表とは義理の兄弟。これにより、諸葛亮は劉表とは義理の叔父と甥の間柄であり、劉表の子劉琦・劉琮とは義理の従兄弟同士ということ。
軍事に明るい政治家という、戦乱の世にあまりにもマッチし過ぎた偉人、諸葛孔明。
諸葛亮ファンは漫画で知り憧れ、歴史を少しかじると落胆し、さらなる沼に嵌るとより一層心酔する
劉備の後事の遺訓は「合理的な策を打てる時にプライドと徳信が邪魔して打てなかった」事への後悔にも思える。
このシリーズ、別の人でもやってほしい…
神動画を本当にありがとう
曹操、曹魏を応援する気持ちで見ていたけど、諸葛亮がここまで忠義の士とは思わなかった
やっぱり三国志は面白いなあ
諸葛亮の政治手腕の部分を具体的かつわかりやすく解説していて見応えありました
感謝申し上げますm(_ _)m
過労死そのものですが自身を そこまで追い込んだからこそ国が一丸となったのだと思います。
逆説的に彼が亡くなった時点で国内が分裂を止められなくなった。
孔融あたりとは仲が良かったあたり、士大夫層とも交流はだいぶしてたっぽいですが。
このシリーズ面白いけど再生数伸びないなあって不安だったけど、ジワジワ来ててよかった
まぁ中原を曹氏が取って万全の統治をした時点で、呉蜀の命運は決まったよね。
戦国末期の豊臣家と北条家、島津家みたいなもの。劉禅は暗君というより、むしろ軍門に下るのが遅きに失したと思う。
任侠道の劉備に照らし合わせて語って下すった劉備の遺言への解釈は、今後死ぬまでの私の歴史解釈とさせていただきます。我が三国志ロマンにふさわしいからです。
本当に街亭…
出師の表が思わぬブーメラン
> 出師表
黄皓の事を考えると涙が止まりませんよ
このチャンネルで解説されてきた数々の戦いはすべてこの動画のための予習だったのか
司馬懿の様に乗っ取ることもなく、職の面々はなんだかんだ言ってもまとまってたよな。
馬謖が失敗していない場合でも後で逆転されそう
諸葛亮が軍事畑の出世街道にいたのは、南部三郡から得た軍勢が劉備ではなく諸葛亮に帰属しているからでしょうね。
劉備の遺言の場面は劉備と諸葛亮の2人っきりのようなイメージですが、李厳伝では先に劉備に呼ばれていた李厳と共に後事を託されているので、本来なら李厳も含まれていると思います。
劉封まで死なせた諸葛亮の持つ影響力を睨んで簒奪したければどうぞと言いつつ、李厳には対抗させるべく全ての軍事権を委ねているので、単に釘を刺しただけなのでしょう。
だとしたら劉備は後々諸葛亮に王位(将来の簒奪)を薦めた李厳の本性が見抜けてなかったことに…。
まあ言うて劉備も蒋琬とか龐統とか前例あるし有り得なくないかもだけど。
史実だと軍師というよりか政治家 北伐で軍を率いる事もあるけど、基本は手堅い作戦・極力人材を失わない方法を取るから賭けに勝つ大勝は無いけど、大負けして再起不能になるような事は無かった
関羽の死と荊州失陥、劉備の夷陵の戦い大敗北、人材が少ない、孔明の仕事を分担・任せられるような事ができる人が居なかった、魏がなんだかんだ内政・制度が充実していて、そんなに付け入る隙がなかったなどが魏に勝てなかった原因
諸葛亮にそこまでさせた劉備という存在もすごいんだよなあ
もし本当に諸葛亮が赤壁の戦いにおいて大した仕事をしていなかったとしたら、それまでに失敗ばっかりしていた劉備がいきなり荊州四郡を一気に落とすなんてあまりにも不自然ですね。
実際は呉が劉備に取らせる為にバックアップしてるしね。その後も龐統とかも周瑜の部下で周瑜の亡骸を呉に届けるくらいに信用されてたけど、劉備に仕えさせて呉の思惑通りに動いてもらうように重用するように働きかけたりしてる。
赤壁前の孫権って、曹操がどんな奴でどんな戦いをするか何も知らない手探りの状態だったんですよ
ネットも何もない時代、情報は代え難い価値があった
曹操と直接面識があり剣も交えた劉備の情報源というのは劉備と孫権を台頭に結ばせるだけのカードになった
周瑜もすごいが、劉備一派がいなければ曹操には勝てなかったでしょうね
軍師連盟司馬懿のウソ泣き劉禅を思い出した
曹操が徐州だかどっかで大虐殺してなければ諸葛亮も荊州に避難することもなく劉備も曹操と仲違いすることなく曹操陣営に入ってたと思う…曹操は劉備派閥をかなり優遇し特に劉備を同列に扱ってたはず。
個人の能力値は高かったけど人を使うことに関しては劉備の方が上手かった。その一翼が折れたことで劉禅時代は大変だっただろうな
キャットエンペラータイム最強!
馬謖は参謀に据え置いておけばなぁ
徐州出身で荊州から蜀に行って北伐やったりしてたけど、
言語ってどうしてたんだろう。
当時は標準語なんて無いし、中国は広いから訛りの差が多言語レベルだって聞いたけど。
それこそ日本語で言うところの青森弁と沖縄弁くらい。
通訳介したりしてたのかな。
それとも支配層はある程度中原の言葉が理解出来たとか?
孔明(や兄の諸葛瑾)の出身地って、もっと西の方だと思ってた
司馬懿という天才がいたのが不運😅
司馬昭が部下に諸葛亮の用兵を継承させってところ、どんなのだろう?書物とか残ってるのかな?
荊州を関羽に任せたのがいけなかった
多分夷陵の敗戦後に孔明ちゃんがグチグチ言って劉備死ぬのが解ってて、
あーもう俺だめだわ、てめぇが好きなようにやってみろ (笑)俺にとらわれんなって話だろうなぁ。
孔明の失敗として、劉備が口先男と喝破した馬謖を重要な局面に使い敗北を招いたことは言い訳できまい。
孔明は北伐を繰り返したが、本気で魏に勝つ気はなかったと思う。攻撃は最大の防御としてやっていただけだろう。一時的に勝利を得ても、勝ち続ける国力がないことを分かっていたはずだ。
後年、姜維が桃水の戦いで大勝利を得るが、その後大敗を喫してしまった。国力的にそうならざるを得なかったのだ。
大口叩いて後世の人々に中国一の軍師、丞相ってイメージがついたw
とにかく聞きにくい
本当に長編そして細かいところまで描いていただきありがとうございます。出師の表はやはり感動ものです😢高評価しか押しようがありません。