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歴史好きの面倒くささ(褒め言葉)が出ててとっても良きです!
本当に毎回毎回、楽しく学ばせて頂いてます!皆さんのおしゃべりに参加してる気分で…なんと楽しい歴史談義!
平泉の歴史的遺物を焼いたことに怒った、きりゅう先生が、畠山重忠のイケメンエピソードを語る時は急にニコニコしていた🤣この振り幅に驚きました。しかし、滅亡してしまうと寂しいものですね。まさに『兵どもが夢の跡』です。
奥州合戦楽しみにしていたのですが、テレビではナレ戦で終わってしまいましたので先生に細かく解説いただきよく分かりました。痒い所に手が届く先生の解説、とても嬉しいです。
奥州合戦解説まってました!景時のエピソードとしては、たしか頼朝と白河の関で歌を交わしたりしてましたよね。前九年合戦の踏襲で抑えておきたいのは、前九年合戦の終結が「康平五年九月十七日、厨川の柵陥落」あることになぞらえて、「文治五年九月十七日に厨川の柵陥落」で終わる予定にしていたというのもありますね。宣旨なしで攻め込んだのもこの予定を守るため、という理由もあったと理解しています。
しばらく忙しくて久しぶりにかしまし観よ〜と思って観たら、初めにかしまし紹介入っててとってもいい導入になったと思います👍✨そして平泉が燃えてしまったことに対するきりゅうさんの怒りスイッチが入ったところ、おもしろかった😂😂イケメンタイムも素敵にまとめてあって、たいへんいい動画に仕上がるってるなぁと思いながら楽しませていただきました👍👍
毎回お三方の掛け合いが楽しいです。応援してます。
由利八郎さんを取り上げてくれてありがとうございます。子供の頃、奥州の歴史を書いた本を読んだのですが、その本の中で「北の最後の勇者」という副題で書かれてました。頼朝が「主人のために一人で頑張るお主は天晴れな男だ。」と褒める姿は何かグッとくるものがありました。
ISが遺跡を破壊した時「何してくれるねん💢」と思いましたが、理由は違うけど奥州藤原氏もそうだったんですねー。楽しく学ばせてもらってます。ありがとうございます♥
バーミヤン(泣)
きりゅうさんが興奮して咳き込んでるところをあえて動画編集でカットしないく~さん😂
むむむ…中国古典…。他のチャンネルには無いその博識。さすがでございます。紫式部の大河では いっぱい出て来ますよね。
今日のヒット賞「ま、おちつこう」
>>源氏の家人以前NHK大型時代劇「武蔵坊弁慶」で、鞍馬を出奔した義経を平泉の藤原秀衡が出迎えた際に、「(奥州藤原氏が)源家に対し奉り臣下の礼をとるは奥州の倣い」という台詞がありましたが、それもこのあたりを意識していたのでしょうかね。
畠山重忠は、夜中に堀を埋めて攻め入った話がありますね。あと由利維平は、話の筋が正論だったので、御家人になったとか。平泉が焼けてしまったのは、本当に残念です。猫の置物とかいっぱい残っていたらしいですが、西行さんが頼朝から銀の猫の置物を貰ったけど、遊んでいる子供にあげてしまったという話は、西行さんらしくて好きですね
歴史好きにとっては文書こそ宝なんですね もしかしたらまだ残っていたのかもしれないけれど鎌倉武士たちは気づかなかったのかも
有難う御座います。
大河ドラマでは数秒だけの出演だった藤原国衡やってる平山祐介くん、彼の大学生・サラリーマンだった頃を少し知ってるので、藤原国衡推しです。合戦シーンもなかったので残念。写真出したってください。父らも一目置かれる武勇に優れた武将ってことらしいのでその辺を掘ってほしいです
歴史好きでなくても記録の書は大事!と痛感している現代ニッポンのワタシ。ところでこのドラマで度々大きな書棚が登場し、なんか新鮮に感じます。頼朝が源氏の頭領となって幕府を開けたのは、こういう官僚的な仕事を大事にしたのもあったんだろうなと。最初の頃、義時がまさにパシ…、いや官僚的な働きしていたし。
力関係でいえば、既に頼朝>後白河なんでしょうね。後鳥羽のチャレンジも失敗、後醍醐の復興も一時的。以後は空気。まさに朝廷の黄昏
>>デモンストレーション頼朝は奥州合戦では、わざわざ前九年合戦で安倍貞任の首級を掛けた武士の子孫を選んで泰衡の首級を掛けさせていますしね。
この時代に現代の警察の取り調べ飴とムチテク?が本当にあったら面白いですね😄 豪華絢爛な平泉、、見てみたかったです🥺
きりゅうさん、スタイリストさん付けたのかな😗お出かけする様な清楚なお召し物ですね😊
きりゅう先生がお仲間にグラフィックデザイナーを選んだ点がたいへん良い方向にいっていると思います
ホンマに歴史好きなんやねぇ😍きりゅうさんの生い立ちが知りたい。どこで歴史習ったの?
歴女の最高峰に居る先生の解説楽しく拝見しています。元々奥州攻めをしたかったんてすね。ドラマでは義経が逃げるのに疲れて奥州に、逃れたと思っていましたが史実では、義経が奥州に逃げ込んだのは、渡りに船だったのか、それとも奥州に逃げるように仕向けたのか、いずれにしても義経が可哀相!!に想えてしょうがない。
く~ さん。鋭い指摘。景時、悪役説。あるなぁ。あるある。
コメント失礼します、いつも楽しく拝見しています。何よりも吾妻鏡に対しての博識ぶりと流れる様な話しぶりに感嘆しています。ドラマの中で阿津加志山の戦いを是非ともやって欲しかった。わが先祖がこの戦いで手柄を立てて頼朝公から褒美に岩手県盛岡市の近辺に領土を拝領した河村四郎千鶴丸だからなのです(現在でも山北町にある河村城址で毎年河村城址祭りが有り私を含め全国から河村氏の末裔が招待を受けます。一族の中には麻生内閣で官房長官を務めた河村健夫さんや名古屋市長の河村たかしさんもいらっしゃり本丸跡で酒を酌み交わします)。河村氏は中臣氏を始祖としする藤原秀郷の末裔・波多野氏の直系で神奈川県足柄上郡山北町を中心に納めていた豪族、流鏑馬神事の発祥の一族です。河村氏は大庭景義の計らいで頼朝公の御家人になりました。手柄を立てた四郎千鶴丸はこの時若干13歳の元服前。夜陰に乗じて敵陣に乗り込み弓で武功を立て認められ、頼朝公の命で加々美長清を烏帽子親として元服し河村四郎秀清と名乗ったのです。前の大河ドラマ「青天を衝け」で平岡円四郎のボディーガードをしていた剣の達人の川村恵十郎もわが一族ですし、葛飾北斎も一族です。すいません長くなりました、これからも楽しみにしております。
小学館の歴史漫画では大庭のお兄ちゃんは初期からいる御家人の筆頭みたいなキャラクターでこの進言シーンもあるので、歴史好きは知ってる人が多いと思います!
奥州藤原氏の成り立ち理解できました。ありがとうございます。その後葛西家が奥州を任されたと言われていますが、そこを知りたいです。母方が葛西家の家紋と同じで、丸はありますがかなり近い流れだったと思います。奥州仕置き後は乱もありましたが、家系図が残されておらず、叔母が書き写した家系図のコピーがあります。
審神者には馴染みがありすぎる阿津可志山の戦い…奥州藤原氏の栄華がほとんどわからないのは文書が残っていないからなんですね。
軍中の将軍は勅も聞かず。は関東軍も悪用しましたね。
お疲れ様です。文楽でも畠山重忠は名将のお話。壇浦兜軍記の中では平景清の行方を探索中に彼の愛妾阿古屋を捕らえて景清の行方の尋問。行方を知らないと言う阿古屋に琴、三味線、胡弓の3種類の楽器を弾かせ淀みのない音色に嘘、偽りなしと放免した。私の好きな文楽の演目です。
源義家の件とか、東北からしたら逆恨みもいいとことか思うわ。
もし奥州征伐が失敗してたらイギリスみたいに日本にも複数の国家が出来たのかな…
平家の隠れ里が勢いづいて、もう1国くらい出来たかもしれませんねw
先生かわいい💞
僕も泰衡には、腹が立ちました😡 😆
ろくなことしないから頼朝は3代で滅びたんだろうな。
岩手県紫波町の陣ケ岡宿営跡に泰衡の首洗い井戸があります。貞任の首を持ち込まれたり河田次郎が斬首された場所で怖いですね。阿倍比羅夫、坂上田村麻呂、源頼義、義家、源頼朝が宿営した場所です。歴史的に朝廷との縁もあるせいか明治天皇も来訪しています。
泰衡も流石に金色堂は燃やせなかったから、今も残っているのかな?あと少し秀衡が生きてたら。。。
金色堂って再建じゃなかった?あれ
改めて解説を聞いてると泰衡の祖先の藤原経清となまくら刀で首を切られる処刑方法じゃなかったのは唯一の救い
光源氏のモデルになった方~~~生田斗真さんはどうでしょう⁉️😊♡⃛最近この動画を知りハマっておりマス~~~学生の頃、きりゅうセンセイのような方と巡り会えてたらいちばん苦手な歴史もっと楽しく勉強できたな~~~😢😊❤
事実上の決戦地となった阿津賀志山は私の父方の実家がある町内。
焚書といい記録を消す行為は(現代人の感覚なのはわかるが)本当に止めて欲しい。漢の蕭何はホントにナイスプレーですよね。(それも後の漢の為を思っての面もあると思うが)
藤原氏、こんな簡単に滅びてしまったのは、やはり泰衡に4代目の器量がなかったからなんでしょうか。信玄⇒勝頼と重なります。
三谷さん…どんだけ戦を書くの苦手なんですかねぇ?😅麒麟が来るでも真田丸でも、ホント、戦シーン書かないんですよね😅なので、歴史的に大事なシーンでもある戦シーンを、極力カットして話を進めちゃうんですよね😁横柄な態度に立腹したと言えば…曹操と袁紹の天下分け目の戦い、官渡の戦いで、袁紹を見限り(この時、袁紹を見限った者は他にもいたけどね😅)曹操に寝返った許攸が、「誰のお陰で勝てたと思ってるんだ?」と許褚に自慢して「無礼者❗️」と斬られた話を思い出しました😅
「麒麟がくる」は池端さんww
@@kashimashi_rekishi_ch ああ…やっぱ違ってたか😫💦書いてから、アレ?って思ったんですよね…ご指摘、ありがとうございました🙏
🥰🥰🥰🥰🥰
随分、頼朝側(勝った側)目線に偏った説明。勘違いを生む動画だね。吾妻鏡がそもそも信用出来ない代物だし。で、締めは畠山さんの話?
左下の方、マスク外したら良いのに('ω')ノ
くーさんの好きにさせてあげてほしい
イケメンイケメンうるさいからもう観ません。
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奥州合戦解説まってました!
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前九年合戦の踏襲で抑えておきたいのは、前九年合戦の終結が「康平五年九月十七日、厨川の柵陥落」あることになぞらえて、「文治五年九月十七日に厨川の柵陥落」で終わる予定にしていたというのもありますね。宣旨なしで攻め込んだのもこの予定を守るため、という理由もあったと理解しています。
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イケメンタイムも素敵にまとめてあって、たいへんいい動画に仕上がるってるなぁと思いながら楽しませていただきました
👍👍
毎回お三方の掛け合いが楽しいです。応援してます。
由利八郎さんを取り上げてくれてありがとうございます。
子供の頃、奥州の歴史を書いた本を読んだのですが、その本の中で「北の最後の勇者」という副題で書かれてました。
頼朝が「主人のために一人で頑張るお主は天晴れな男だ。」と褒める姿は何かグッとくるものがありました。
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今日のヒット賞
「ま、おちつこう」
>>源氏の家人
以前NHK大型時代劇「武蔵坊弁慶」で、鞍馬を出奔した義経を平泉の藤原秀衡が出迎えた際に、「(奥州藤原氏が)源家に対し奉り臣下の礼をとるは奥州の倣い」という台詞がありましたが、それもこのあたりを意識していたのでしょうかね。
畠山重忠は、夜中に堀を埋めて攻め入った話がありますね。
あと由利維平は、話の筋が正論だったので、御家人になったとか。
平泉が焼けてしまったのは、本当に残念です。
猫の置物とかいっぱい残っていたらしいですが、
西行さんが頼朝から銀の猫の置物を貰ったけど、
遊んでいる子供にあげてしまったという話は、西行さんらしくて好きですね
歴史好きにとっては文書こそ宝なんですね もしかしたらまだ残っていたのかもしれないけれど鎌倉武士たちは気づかなかったのかも
有難う御座います。
大河ドラマでは数秒だけの出演だった
藤原国衡やってる平山祐介くん、彼の
大学生・サラリーマンだった頃を少し
知ってるので、藤原国衡推しです。
合戦シーンもなかったので残念。
写真出したってください。
父らも一目置かれる武勇に優れた
武将ってことらしいのでその辺を
掘ってほしいです
歴史好きでなくても記録の書は大事!と痛感している現代ニッポンのワタシ。
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力関係でいえば、既に頼朝>後白河なんでしょうね。後鳥羽のチャレンジも失敗、後醍醐の復興も一時的。以後は空気。まさに朝廷の黄昏
>>デモンストレーション
頼朝は奥州合戦では、わざわざ前九年合戦で安倍貞任の首級を掛けた武士の子孫を選んで泰衡の首級を掛けさせていますしね。
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ホンマに歴史好きなんやねぇ😍きりゅうさんの生い立ちが知りたい。どこで歴史習ったの?
歴女の最高峰に居る
先生の解説楽しく拝見しています。
元々奥州攻めをしたかったんてすね。
ドラマでは義経が逃げるのに疲れて奥州に、逃れたと思っていましたが
史実では、義経が奥州に
逃げ込んだのは、渡りに船だったのか、それとも
奥州に逃げるように仕向けたのか、いずれにしても
義経が可哀相!!に想えてしょうがない。
く~ さん。鋭い指摘。景時、悪役説。あるなぁ。あるある。
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わが先祖がこの戦いで手柄を立てて頼朝公から褒美に岩手県盛岡市の近辺に領土を拝領した河村四郎千鶴丸だからなのです(現在でも山北町にある河村城址で毎年河村城址祭りが有り私を含め全国から河村氏の末裔が招待を受けます。一族の中には麻生内閣で官房長官を務めた河村健夫さんや名古屋市長の河村たかしさんもいらっしゃり本丸跡で酒を酌み交わします)。
河村氏は中臣氏を始祖としする藤原秀郷の末裔・波多野氏の直系で神奈川県足柄上郡山北町を中心に納めていた豪族、流鏑馬神事の発祥の一族です。
河村氏は大庭景義の計らいで頼朝公の御家人になりました。
手柄を立てた四郎千鶴丸はこの時若干13歳の元服前。夜陰に乗じて敵陣に乗り込み弓で武功を立て認められ、頼朝公の命で加々美長清を烏帽子親として元服し河村四郎秀清と名乗ったのです。
前の大河ドラマ「青天を衝け」で平岡円四郎のボディーガードをしていた剣の達人の川村恵十郎もわが一族ですし、葛飾北斎も一族です。
すいません長くなりました、これからも楽しみにしております。
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奥州藤原氏の成り立ち理解できました。
ありがとうございます。
その後葛西家が奥州を任されたと言われていますが、そこを知りたいです。
母方が葛西家の家紋と同じで、丸はありますがかなり近い流れだったと思います。
奥州仕置き後は乱もありましたが、家系図が残されておらず、叔母が書き写した家系図のコピーがあります。
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お疲れ様です。
文楽でも畠山重忠は名将のお話。
壇浦兜軍記の中では平景清の行方を探索中に彼の愛妾阿古屋を捕らえて景清の行方の尋問。行方を知らないと言う阿古屋に琴、三味線、胡弓の3種類の楽器を弾かせ淀みのない音色に嘘、偽りなしと放免した。私の好きな文楽の演目です。
源義家の件とか、東北からしたら逆恨みもいいとことか思うわ。
もし奥州征伐が失敗してたらイギリスみたいに日本にも複数の国家が出来たのかな…
平家の隠れ里が勢いづいて、もう1国くらい出来たかもしれませんねw
先生
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僕も泰衡には、腹が立ちました😡 😆
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阿倍比羅夫、坂上田村麻呂、源頼義、義家、源頼朝が宿営した場所です。
歴史的に朝廷との縁もあるせいか明治天皇も来訪しています。
泰衡も流石に金色堂は燃やせなかったから、今も残っているのかな?
あと少し秀衡が生きてたら。。。
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ハマっておりマス~~~
学生の頃、きりゅうセンセイのような方と巡り会えてたら
いちばん苦手な歴史
もっと楽しく勉強できたな~~~😢😊❤
事実上の決戦地となった阿津賀志山は私の父方の実家がある町内。
焚書といい記録を消す行為は(現代人の感覚なのはわかるが)本当に止めて欲しい。漢の蕭何はホントにナイスプレーですよね。(それも後の漢の為を思っての面もあると思うが)
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三谷さん…どんだけ戦を書くの苦手なんですかねぇ?😅
麒麟が来るでも真田丸でも、ホント、戦シーン書かないんですよね😅
なので、歴史的に大事なシーンでもある戦シーンを、極力カットして話を進めちゃうんですよね😁
横柄な態度に立腹したと言えば…
曹操と袁紹の天下分け目の戦い、官渡の戦いで、袁紹を見限り(この時、袁紹を見限った者は他にもいたけどね😅)曹操に寝返った許攸が、
「誰のお陰で勝てたと思ってるんだ?」
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「無礼者❗️」
と斬られた話を思い出しました😅
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ああ…やっぱ違ってたか😫💦
書いてから、アレ?って思ったんですよね…ご指摘、ありがとうございました🙏
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